漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2013年09月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

《庭楸》韓愈(韓退之) 194-#3Ⅱ中唐詩 <816>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3064韓愈詩-194-#3

韓愈《庭楸》そんな主人に会えるのは九頭の牛に紛れた毛を表わし、物の数にも入らないという故事のようなものであり、未だに多量と少量のあいだであるということはないのである。(多少に関係なくほとんどの人に逢わない)

 

2013年9月30日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《庭楸》韓愈(韓退之) 194-#3Ⅱ中唐詩 <816  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3064韓愈詩-194-#3

 

 

庭楸

庭楸止五株,共生十步間。

にわのヒサギは五本だけにしている。それでもそれぞれの間がが10歩程度で列にして植えている。

各有藤繞之,上各相鉤聯。

その五本には藤が絡みついて、上の方では互いに引っ張り合い繋がり合っている。

下葉各垂地,樹顛各雲連。

下の方ではヒサギの葉がそれぞれの木々の枝に垂れ、それぞれの木の頂は高く雲と連なっている。

朝日出其東,我常坐西偏。

朝日はその木の東側からのぼって來ると、我々は何時も西側に座ってこれを眺める。

夕日在其西,我常坐東邊。

夕日がその木の西にしずむ頃には、我々は東のへりに座ってこれを眺める。

#2

當晝日在上,我在中央間。

昼の日が真上にある時には我々は五本の木の中央の所に座って過ごすのである。

仰視何青青,上不見纖穿。

仰ぎ見るといかにしてか枝葉が青々としてしげっていいて、上の方にはわずかの隙間もないようだ。

朝暮無日時,我且八九旋。

夜明け前や日が沈んだ後には我々は八、九回もそこを徘徊する。

濯濯晨露香,明珠何聯聯。

朝早くに香しい朝露はツルンツルンと落ちる。その露の玉はどうしてか宝玉のように聯聯とすこし連なっている。

夜月來照之,蒨蒨自生煙。

日が暮れて、夜月が來ってこれを照らした。そのこんもり茂ったところから、煙を生ずるように鮮明に照らしている。

#3

我已自頑鈍,重遭五楸牽。

わたしはもともと頑固で愚鈍であることを自覚している、だから、庭の五本のヒサギに対し牽牛星のように重ねて遭遇するというものだ。

客來尚不見,肯到權門前。

客が来るけれどなお面会することはない。敢て名門の権勢のある家の前に到達することなどないのだ。

權門眾所趨,有客動百千。

権勢のある家の門には、みんながあつまってくるものだ。客が有るのは、ややもすれば百も千もの人がたくさんがくるのである。

九牛亡一毛,未在多少間。

そんな主人に会えるのは九頭の牛に紛れた毛を表わし、物の数にも入らないという故事のようなものであり、未だに多量と少量のあいだであるということはないのである。(ほとんどの人に逢わない)

往既無可顧,不往自可憐。

自分が権門に出世したとしてもこれまでのことは顧みることはすべきでない。往かなければ、ただ自らの運命を貫くことを憐れむだけなのである。

 

庭楸【ていしゅう】

庭楸 五株【ごしゅう】止のみ,共に十步の間に生ず。

各の藤有って之を繞り,上は各の相い鉤聯【こうれん】す。

下葉は各の地に垂れ,樹顛【じゅてん】各の雲と連る。

朝日 其の東に出づれば,我 常に西偏に坐す。

夕日 其の西に在れば,我 常に東邊に坐す。

#2

晝に當って 日 上に在れば,我 中央の間に在り。

仰ぎ視れば 何ぞ青青たる,上 纖穿【せんせん】を見ず。

朝暮 日無き時,我 且つ八九たび旋【めぐ】る。

濯濯【たくたく】として晨露【しんろ】香しく,明珠【めいしゅ】何ぞ聯聯たる。

夜月 來って之を照らし,蒨蒨【せんせん】として自ら煙を生ず。

#3

我れ已に自ら頑鈍【がんとん】,重ねて五楸の牽くに遭う。

客來たるも尚お見えず,肯えて權門の前に到らむや。

權門は眾の趨【はし】る所,客有り動じて百千。

九牛に一毛を亡う,未だ多少の間に在らず。

往けば既に顧【かえるみ】る可き無く,往かざれば自ら憐れむ可し。

 楠樹03

 

 

『庭楸』 現代語訳と訳註

(本文) #3

我已自頑鈍,重遭五楸牽。

客來尚不見,肯到權門前。

權門眾所趨,有客動百千。

九牛亡一毛,未在多少間。

往既無可顧,不往自可憐。

 

 

(下し文) #3

我れ已に自ら頑鈍【がんとん】,重ねて五楸の牽くに遭う。

客來たるも尚お見えず,肯えて權門の前に到らむや。

權門は眾の趨【はし】る所,客有り動じて百千。

九牛に一毛を亡う,未だ多少の間に在らず。

往けば既に顧【かえるみ】る可き無く,往かざれば自ら憐れむ可し。

 

 

(現代語訳)

わたしはもともと頑固で愚鈍であることを自覚している、だから、庭の五本のヒサギに対し牽牛星のように重ねて遭遇するというものだ。

客が来るけれどなお面会することはない。敢て名門の権勢のある家の前に到達することなどないのだ。

権勢のある家の門には、みんながあつまってくるものだ。客が有るのは、ややもすれば百も千もの人がたくさんがくるのである。

そんな主人に会えるのは九頭の牛に紛れた毛を表わし、物の数にも入らないという故事のようなものであり、未だに多量と少量のあいだであるということはないのである。(ほとんどの人に逢わない)

自分が権門に出世したとしてもこれまでのことは顧みることはすべきでない。往かなければ、ただ自らの運命を貫くことを憐れむだけなのである。

 

 

(訳注)

庭楸

 

 

我已 自頑鈍 ,重遭 五楸

わたしはもともと頑固で愚鈍であることを自覚している、だから、庭の五本のヒサギに対し牽牛星のように重ねて遭遇するというものだ。

「頑鈍」頑固で愚鈍なこと。

「五楸」五本の楸。

「牽」牽牛。わし座のアルファ星アルタイルの漢名。天の河をへだてて織女と対する。牽牛星。彦星(ひこぼし)。男星(おぼし)。 [季] 秋。

 

客來 尚不見 ,肯到 權門

客が来るけれどなお面会することはない。敢て名門の権勢のある家の前に到達することなどないのだ。

「權門」(1)位が高く権勢のある家柄。 「―勢家」 (2)権力者に対する饗応や贈賄。

「前」語義類別:地、空間、位置、前。

 

權門 眾所趨,有客 百千

権勢のある家の門には、みんながあつまってくるものだ。客が有るのは、ややもすれば百も千もの人がたくさんがくるのである。

「權門」語義類別:人、稱謂、指代稱謂、權貴。

「有」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(有)。

「客」語義類別:人、稱謂、一般稱謂、客。

「動」語義類別:人、行為動作、一般行為(其他部)、動。

「百千」語義類別:其他、數詞、概量數詞、百千。

 

九牛 一毛 ,未在 多少

そんな主人に会えるのは九頭の牛に紛れた毛を表わし、物の数にも入らないという故事のようなものであり、未だに多量と少量のあいだであるということはないのである。(多少に関係なくほとんどの人に逢わない)

「九牛」《「漢書」司馬遷伝「九牛亡一毛」。多くの牛の中の1本の毛の意》多数の中のごく一部分。取るに足りないこと。

 

 

往既 無可 顧,不往 自可憐

自分が権門に出世したとしてもこれまでのことは顧みることはすべきでない。往かなければ、ただ自らの運命を貫くことを憐れむだけなのである。
燕麦01 

《庭楸》韓愈(韓退之) 194-#2Ⅱ中唐詩 <815>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3059韓愈詩-194-#2

韓愈《庭楸》朝早くに香しい朝露はツルンツルンと落ちる。その露の玉はどうしてか宝玉のように聯聯とすこし連なっている。日が暮れて、夜月が來ってこれを照らした。そのこんもり茂ったところから、煙を生ずるように鮮明に照らしている。

 

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《庭楸》韓愈(韓退之) 194-#2Ⅱ中唐詩 <815  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3059韓愈詩-194-#2

 

庭楸

庭楸止五株,共生十步間。

にわのヒサギは五本だけにしている。それでもそれぞれの間がが10歩程度で列にして植えている。

各有藤繞之,上各相鉤聯。

その五本には藤が絡みついて、上の方では互いに引っ張り合い繋がり合っている。

下葉各垂地,樹顛各雲連。

下の方ではヒサギの葉がそれぞれの木々の枝に垂れ、それぞれの木の頂は高く雲と連なっている。

朝日出其東,我常坐西偏。

朝日はその木の東側からのぼって來ると、我々は何時も西側に座ってこれを眺める。

夕日在其西,我常坐東邊。

夕日がその木の西にしずむ頃には、我々は東のへりに座ってこれを眺める。

#2

當晝日在上,我在中央間。

昼の日が真上にある時には我々は五本の木の中央の所に座って過ごすのである。

仰視何青青,上不見纖穿。

仰ぎ見るといかにしてか枝葉が青々としてしげっていいて、上の方にはわずかの隙間もないようだ。

朝暮無日時,我且八九旋。

夜明け前や日が沈んだ後には我々は八、九回もそこを徘徊する。

濯濯晨露香,明珠何聯聯。

朝早くに香しい朝露はツルンツルンと落ちる。その露の玉はどうしてか宝玉のように聯聯とすこし連なっている。

夜月來照之,蒨蒨自生煙。

日が暮れて、夜月が來ってこれを照らした。そのこんもり茂ったところから、煙を生ずるように鮮明に照らしている。

#3

我已自頑鈍,重遭五楸牽。

客來尚不見,肯到權門前。

權門眾所趨,有客動百千。

九牛亡一毛,未在多少間。

往既無可顧,不往自可憐。

 

庭楸【ていしゅう】

庭楸 五株【ごしゅう】止のみ,共に十步の間に生ず。

各の藤有って之を繞り,上は各の相い鉤聯【こうれん】す。

下葉は各の地に垂れ,樹顛【じゅてん】各の雲と連る。

朝日 其の東に出づれば,我 常に西偏に坐す。

夕日 其の西に在れば,我 常に東邊に坐す。

#2

晝に當って 日 上に在れば,我 中央の間に在り。

仰ぎ視れば 何ぞ青青たる,上 纖穿【せんせん】を見ず。

朝暮 日無き時,我 且つ八九たび旋【めぐ】る。

濯濯【たくたく】として晨露【しんろ】香しく,明珠【めいしゅ】何ぞ聯聯たる。

夜月 來って之を照らし,蒨蒨【せんせん】として自ら煙を生ず。

#3

我れ已に自ら頑鈍【がんとん】,重ねて五楸の牽くに遭う。

客來たるも尚お見えず,肯えて權門の前に到らむや。

權門は眾の趨【はし】る所,客有り動じて百千。

九牛に一毛を亡う,未だ多少の間に在らず。

往けば既に顧【かえるみ】る可き無く,往かざれば自ら憐れむ可し。

 

楠樹03 

 

 

『庭楸』 現代語訳と訳註

(本文) #2

當晝日在上,我在中央間。

仰視何青青,上不見纖穿。

朝暮無日時,我且八九旋。

濯濯晨露香,明珠何聯聯。

夜月來照之,蒨蒨自生煙。

 

 

(下し文) #2

晝に當って 日 上に在れば,我 中央の間に在り。

仰ぎ視れば 何ぞ青青たる,上 纖穿【せんせん】を見ず。

朝暮 日無き時,我 且つ八九たび旋【めぐ】る。

濯濯【たくたく】として晨露【しんろ】香しく,明珠【めいしゅ】何ぞ聯聯たる。

夜月 來って之を照らし,蒨蒨【せんせん】として自ら煙を生ず。

 

 

(現代語訳)

昼の日が真上にある時には我々は五本の木の中央の所に座って過ごすのである。

仰ぎ見るといかにしてか枝葉が青々としてしげっていいて、上の方にはわずかの隙間もないようだ。

夜明け前や日が沈んだ後には我々は八、九回もそこを徘徊する。

朝早くに香しい朝露はツルンツルンと落ちる。その露の玉はどうしてか宝玉のように聯聯とすこし連なっている。

日が暮れて、夜月が來ってこれを照らした。そのこんもり茂ったところから、煙を生ずるように鮮明に照らしている。

 

 

(訳注)

當晝 日在 ,我在 中央

昼の日が真上にある時には我々は五本の木の中央の所に座って過ごすのである。

「當晝」語義類別:時、時間、範圍時間(白晝)、晝。

楸002 

 

仰視 何青青 ,上 不見 纖穿

仰ぎ見るといかにしてか枝葉が青々としてしげっていいて、上の方にはわずかの隙間もないようだ。

「纖穿」語義類別:地、自然景觀、洞穴坑谷、洞。

 

 

朝暮 無日 ,我且 八九 旋。

夜明け前や日が沈んだ後には我々は八、九回もそこを徘徊する。

「朝暮」語義類別:時、時間、相對時間、朝暮。

「無」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(無)。

「日」語義類別:物、天文、日、日。

「時」語義類別:時、時間、範圍時間(時刻)、時。

「我且」語義類別:人、稱謂、人稱代名詞、我。

「八九」語義類別:其他、數詞、概量數詞、八九。

 

 

濯濯 晨露 ,明珠 何聯聯

朝早くに香しい朝露はツルンツルンと落ちる。その露の玉はどうしてか宝玉のように聯聯とすこし連なっている。

「濯濯」山が、また草木がなくはげている.たくたくとおちる。

「明珠」光芒とした玉石。

「聯聯」すこし連ねる。

 

 

夜月 照之 ,蒨蒨 自生煙

日が暮れて、夜月が來ってこれを照らした。そのこんもり茂ったところから、煙を生ずるように鮮明に照らしている。

「蒨蒨」彗星のように鮮明に出る。

「生煙」煙を生ずるように。

《庭楸》韓愈(韓退之) 194-#1Ⅱ中唐詩 <814>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3054韓愈詩-194-#1

韓愈《庭楸》にわのヒサギは五本だけにしている。それでもそれぞれの間がが10歩程度で列にして植えている。その五本には藤が絡みついて、上の方では互いに引っ張り合い繋がり合っている。

 

2013年9月28日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《庭楸》韓愈(韓退之) 194-#1Ⅱ中唐詩 <814  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3054韓愈詩-194-#1              五言古詩

 

作者: 韓愈  816年元和十一年  49

卷別: 卷三四二  文體: 五言古詩 

詩題: 庭楸 

 

 

庭楸

庭楸止五株,共生十步間。

にわのヒサギは五本だけにしている。それでもそれぞれの間がが10歩程度で列にして植えている。

各有藤繞之,上各相鉤聯。

その五本には藤が絡みついて、上の方では互いに引っ張り合い繋がり合っている。

下葉各垂地,樹顛各雲連。

下の方ではヒサギの葉がそれぞれの木々の枝に垂れ、それぞれの木の頂は高く雲と連なっている。

朝日出其東,我常坐西偏。

朝日はその木の東側からのぼって來ると、我々は何時も西側に座ってこれを眺める。

夕日在其西,我常坐東邊。

夕日がその木の西にしずむ頃には、我々は東のへりに座ってこれを眺める。

#2

當晝日在上,我在中央間。

仰視何青青,上不見纖穿。

朝暮無日時,我且八九旋。

濯濯晨露香,明珠何聯聯。

夜月來照之,蒨蒨自生煙。

#3

我已自頑鈍,重遭五楸牽。

客來尚不見,肯到權門前。

權門眾所趨,有客動百千。

九牛亡一毛,未在多少間。

往既無可顧,不往自可憐。

 

庭楸【ていしゅう】

庭楸 五株【ごしゅう】止のみ,共に十步の間に生ず。

各の藤有って之を繞り,上は各の相い鉤聯【こうれん】す。

下葉は各の地に垂れ,樹顛【じゅてん】各の雲と連る。

朝日 其の東に出づれば,我 常に西偏に坐す。

夕日 其の西に在れば,我 常に東邊に坐す。

#2

晝に當って 日 上に在れば,我 中央の間に在り。

仰ぎ視れば 何ぞ青青たる,上 纖穿【せんせん】を見ず。

朝暮 日無き時,我 且つ八九たび旋【めぐ】る。

濯濯【たくたく】として晨露【しんろ】香しく,明珠【めいしゅ】何ぞ聯聯たる。

夜月 來って之を照らし,蒨蒨【せんせん】として自ら煙を生ず。

#3

我れ已に自ら頑鈍【がんとん】,重ねて五楸の牽くに遭う。

客來たるも尚お見えず,肯えて權門の前に到らむや。

權門は眾の趨【はし】る所,客有り動じて百千。

九牛に一毛を亡う,未だ多少の間に在らず。

往けば既に顧【かえるみ】る可き無く,往かざれば自ら憐れむ可し。

 楠樹03

 

『庭楸』 現代語訳と訳註

(本文)

庭楸

庭楸止五株,共生十步間。

各有藤繞之,上各相鉤聯。

下葉各垂地,樹顛各雲連。

朝日出其東,我常坐西偏。

夕日在其西,我常坐東邊。

 

 

(下し文)

庭楸【ていしゅう】

庭楸 五株【ごしゅう】止のみ,共に十步の間に生ず。

各の藤有って之を繞り,上は各の相い鉤聯【こうれん】す。

下葉は各の地に垂れ,樹顛【じゅてん】各の雲と連る。

朝日 其の東に出づれば,我 常に西偏に坐す。

夕日 其の西に在れば,我 常に東邊に坐す。

 

 

(現代語訳)

にわのヒサギは五本だけにしている。それでもそれぞれの間がが10歩程度で列にして植えている。

その五本には藤が絡みついて、上の方では互いに引っ張り合い繋がり合っている。

下の方ではヒサギの葉がそれぞれの木々の枝に垂れ、それぞれの木の頂は高く雲と連なっている。

朝日はその木の東側からのぼって來ると、我々は何時も西側に座ってこれを眺める。

夕日がその木の西にしずむ頃には、我々は東のへりに座ってこれを眺める。

 

(訳注)

庭楸

庭に植えてある高いもの8・9本の半分以上の5本がこの「ヒサギ」であるとこの詩でのべている。

城南のかなり広い庭である。

「庭楸」・楸 ひさぎ、また、キササゲという木である。ノウゼンカズラ科の落葉高木。中国中南部原産。葉は大形で、キリの葉に似る。夏、枝先に淡黄色の花を密につける。果実は細長く垂れ、ササゲのさやに似る。果実を食用、また利尿薬にする。花園, 庭園; . 黄蝉を意味する。『遊城南十六首:楸樹,二首之一』

生成為大樹,一朝纏繞困長藤。

誰人與青羅帔,看吐高花萬萬層。

遊城南十六首:楸樹,二首之一 韓愈(韓退之) <173>Ⅱ中唐詩784 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2904

遊城南十六首:楸樹,二首之二 韓愈(韓退之) <174>Ⅱ中唐詩785 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2909

 

庭楸 止五株 ,共生 十步

にわのヒサギは五本だけにしている。それでもそれぞれの間がが10歩程度で列にして植えている。

「五株」ヒサギの木が五本。

 

 

各有 繞之 ,上各 相鉤聯

その五本には藤が絡みついて、上の方では互いに引っ張り合い繋がり合っている。

「鉤聯」つりばり、連なる。

 

下葉 各垂地 ,樹顛 各雲連

下の方ではヒサギの葉がそれぞれの木々の枝に垂れ、それぞれの木の頂は高く雲と連なっている。

「樹顛」それぞれの木の頂。

 

朝日 其東 ,我常 西偏

朝日はその木の東側からのぼって來ると、我々は何時も西側に座ってこれを眺める。

「朝」清晨。

「其東」ヒサギの木々の東方向。

「西偏」西方向の空間の地。

 

 

夕日 其西 ,我常 東邊

夕日がその木の西にしずむ頃には、我々は東のへりに座ってこれを眺める。

「其西」ヒサギの木々の西方向。

「東邊」東邊の空間の地。
泰山の夕日02 

《奉和錢七兄曹長盆池所植》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <813>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3049韓愈詩-193

韓愈《奉和錢七兄曹長盆池所植》蓮の花がひらひらと翻っている大江の入り江に、今この盆地の中に植えられて生き生きしている。擢擢として水上に揺れる菰の葉が長く伸びている。誰がその根をここに移したのだろうか。

 

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《奉和錢七兄曹長盆池所植》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <813  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3049韓愈詩-193        五言律詩

 

 

作者: 韓愈  816  元和十一年  49

卷別: 卷三四二  文體: 五言律詩 

詩題: 奉和錢七兄【案:徽。】曹長盆池所植 

交遊人物/地點: 錢徽 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 

奉和錢七兄曹長盆池所植

(錢徽が盆地に植えた蓮、菰、などを詠った詩に対し和して作った詩。)

翻翻江浦荷,而今生在此。 

蓮の花がひらひらと翻っている大江の入り江に、今この盆地の中に植えられて生き生きしている。

擢擢菰葉長,芳根復誰徙。 

擢擢として水上に揺れる菰の葉が長く伸びている。誰がその根をここに移したのだろうか。

露涵兩鮮翠,風蕩相磨倚。 

この二種は同じところに育っているが朝早く露に潤う時はともに翠色にとても鮮やかになる。風に吹かれ動かされるときは互いに擦れ合って寄りかかっている。

但取主人知,誰言盆盎是。 

ここに植えている二種は主人の認知する所となったうえでは、生長に対してだれがここの場所だけがいいというのだろうか。

 

(錢七兄曹長の盆池植うる所に和し奉る)

翻翻たり江浦の荷,而して今 生じて此に在り。

擢擢として 菰葉長たり,芳根 誰か復た徙【うつ】さむ。

露は涵【ひた】して 兩つながら鮮翠【せんすい】,風は蕩して相い磨倚す。

但だ主人の知を取る,誰か言う 盆盎【ぼんおう】是れなりと。  

pla039

 

『奉和錢七兄曹長盆池所植』 現代語訳と訳註

(本文)

奉和錢七兄曹長盆池所植

翻翻江浦荷,而今生在此。 

擢擢菰葉長,芳根復誰徙。 

露涵兩鮮翠,風蕩相磨倚。 

但取主人知,誰言盆盎是。 

 

 

(下し文)

(錢七兄曹長の盆池植うる所に和し奉る)

翻翻たり江浦の荷,而して今 生じて此に在り。

擢擢として 菰葉長たり,芳根 誰か復た徙【うつ】さむ。

露は涵【ひた】して 兩つながら鮮翠【せんすい】,風は蕩して相い磨倚す。

但だ主人の知を取る,誰か言う 盆盎【ぼんおう】是れなりと。 

 

 

(現代語訳)

(錢徽が盆地に植えた蓮、菰、などを詠った詩に対し和して作った詩。)

蓮の花がひらひらと翻っている大江の入り江に、今この盆地の中に植えられて生き生きしている。

擢擢として水上に揺れる菰の葉が長く伸びている。誰がその根をここに移したのだろうか。

この二種は同じところに育っているが朝早く露に潤う時はともに翠色にとても鮮やかになる。風に吹かれ動かされるときは互いに擦れ合って寄りかかっている。

ここに植えている二種は主人の認知する所となったうえでは、生長に対してだれがここの場所だけがいいというのだろうか。

 

 

(訳注)

奉和錢七兄【案:徽。】曹長盆池所植

(錢徽が盆地に植えた蓮、菰、などを詠った詩に対し和して作った詩。)

錢七は錢徽。曹長は侍郎。錢徽が盆地に植えた蓮、菰、などを詠った詩に対し和して作った。主人が知っていようがいまいが、場所がどこであろうがしっかりと育つものである。主人は何をどこに植えるかという選択を間違わないようにすることが重要であるということである。

 

翻翻江浦荷,而今生在此。 

蓮の花がひらひらと翻っている大江の入り江に、今この盆地の中に植えられて生き生きしている。

・翻翻 ひらひらひるがえるさま。

 

擢擢菰葉長,芳根復誰徙。 

擢擢として水上に揺れる菰の葉が長く伸びている。誰がその根をここに移したのだろうか。

・擢擢 水に揺れるようす。

 

露涵兩鮮翠,風蕩相磨倚。 

この二種は同じところに育っているが朝早く露に潤う時はともに翠色にとても鮮やかになる。風に吹かれ動かされるときは互いに擦れ合って寄りかかっている。

 

但取主人知,誰言盆盎是。 

ここに植えている二種は主人の認知する所となったうえでは、生長に対してだれがここの場所だけがいいというのだろうか。
nat0026 

《奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【案:徽。】閣老張十八助教》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <812>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3044韓愈詩-192

《「曲江荷花行」詩に寄せる詩仙境、神仙は、天上のこととして尊いには相違ないが、さまざまの官府かおかれている。それより、地上の散仙として、鸞鳳に鞭ちをあて、絡日追陪して遊び戯れる方が、はるかに面白く、願わくば、給事を此に呼んで来て、共に崑明の蓮の花を観賞したいものである。

 

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【案:徽。】閣老張十八助教》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <812  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3044韓愈詩-192

 

 

奉酬盧給事雲夫四兄「曲江荷花行」見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教  #1

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)
曲江千頃秋波淨,平鋪紅雲蓋明鏡。

曲江池は広さ一千頃、おりしも秋水もまさに漲って、浪光はなはだ浄く、おまけに、紅い蓮の花がいっぱい咲き満ちて、さながら紅雲を浮ばせたような感じで、それが鏡と見まごう水面におおわれている。

大明宮中給事歸,走馬來看立不正。 

盧給事は、大明宮より退出し、直に馬を走らし、曲江に來て、荷花を観賞し、佇立の姿勢正しからす、いろいろな風をして眺めあかした。

遺我明珠九十六,寒光映骨睡驪目。 

そこで、詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

我今官閒得婆娑,問言何處芙蓉多。

われはこの時、太子右良庶子に轉じで、勤務も暇である處から、遠ざけることも乗り出す出摩るか、何處が蓮の花が多くさいているのか、問いただして謂うのである。

撐舟昆明度雲錦,敲兩舷叫歌。

舟の舳先をかえて、昆明池に乗り出し雲海をわたる。足で以で両舷を叩いて音頭を取りつつ、大聾で呉歌を唄った。

#2

太白山高三百里,負雪崔嵬插花裡。 

仰ぎ見れば、太白山は高さ三百里である、六月まで雪を戴いて、その名に負けず、崔嵬として白く聳え立つのであるが、連なる山頂は蓮の花の間に挿みこんでいる。

玉山前卻不復來,曲江汀瀅水平盃。 

昔から宝玉のとれた玉山の創ある藍田山などは、これに威圧されたものか、前に在りながら.退却して.再び出て来ない。おもへぱ、曲江は、池色は澄んでいて綺麗であるか、ささやかなこと以、盃中に水を平に盛ったようなもので、到底くらべ物にはならない。

我時相思不覺一回首,天門九扇相當開。 

その時、われわれは、盧給事を思うて、覚えず一度び首をめぐらせたが、九重の宮門は、左右それぞれが同じように開き、その給事は、そこに出仕して居られるのである。

上界真人足官府,豈如散仙鞭笞鸞鳳終日相追陪。 

仙境、神仙は、天上のこととして尊いには相違ないが、さまざまの官府かおかれている。それより、地上の散仙として、鸞鳳に鞭ちをあて、絡日追陪して遊び戯れる方が、はるかに面白く、願わくば、給事を此に呼んで来て、共に崑明の蓮の花を観賞したいものである。 

(盧給事雲夫四兄、「曲江荷花行」を寄せらるる酬い奉り、見并せて錢【徽】七兄閣老・張十八助教に呈上す)

曲江 千頃【うけい】秋波淨く,平らかに紅雲を鋪【し】いて明鏡を蓋う。

大明宮中、給事歸り,馬を走らし來り看て立つこと正しからず。 

我に遺る明珠 九十六,寒光 骨に映じて驪目【りもく】睡る。 

我、今、官閒にして 婆娑たる得たり,問うて言う 何の處か 芙蓉多きと。 

舟を撐【とう】して 昆明 雲錦を度る,【あし】は兩舷【りょうげん】を【たた】いて歌を叫ぶ。

 

太白山は高し三百里,雪を負うて、崔嵬、花裡【かり】插【さしはさ】む。 

玉山 前に卻りて 復た來らず,曲江 汀瀅【ていえい】として 水 盃に平かなし。 

我 時に相い思うて 覺えず一び 首を回らす,天門 九扇 相い當って開く。

上界の真人 官府足れり,豈に如かむや 散仙の鸞鳳を鞭笞【べんち】して 終日 相い追陪するに。 

 

終南山06 

 

『奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄閣老張十八助教』 現代語訳と訳註

(本文) #2

太白山高三百里,負雪崔嵬插花裡。 

玉山前卻不復來,曲江汀瀅水平盃。 

我時相思不覺一回首,天門九扇相當開。 

上界真人足官府,豈如散仙鞭笞鸞鳳終日相追陪。 

 

 

(下し文)

太白山は高し三百里,雪を負うて、崔嵬、花裡【かり】插【さしはさ】む。 

玉山 前に卻りて 復た來らず,曲江 汀瀅【ていえい】として 水 盃に平かなし。 

我 時に相い思うて 覺えず一び 首を回らす,天門 九扇 相い當って開く。

上界の真人 官府足れり,豈に如かむや 散仙の鸞鳳を鞭笞【べんち】して 終日 相い追陪するに。 

 

 

(現代語訳)

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)#2

仰ぎ見れば、太白山は高さ三百里である、六月まで雪を戴いて、その名に負けず、崔嵬として白く聳え立つのであるが、連なる山頂は蓮の花の間に挿みこんでいる。

昔から宝玉のとれた玉山の創ある藍田山などは、これに威圧されたものか、前に在りながら.退却して.再び出て来ない。おもへぱ、曲江は、池色は澄んでいて綺麗であるか、ささやかなこと以、盃中に水を平に盛ったようなもので、到底くらべ物にはならない。

その時、われわれは、盧給事を思うて、覚えず一度び首をめぐらせたが、九重の宮門は、左右それぞれが同じように開き、その給事は、そこに出仕して居られるのである。

仙境、神仙は、天上のこととして尊いには相違ないが、さまざまの官府かおかれている。それより、地上の散仙として、鸞鳳に鞭ちをあて、絡日追陪して遊び戯れる方が、はるかに面白く、願わくば、給事を此に呼んで来て、共に崑明の蓮の花を観賞したいものである。

 

 

(訳注)

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)#2

 

太白山 三百 ,負雪 崔嵬 插花

仰ぎ見れば、太白山は高さ三百里である、六月まで雪を戴いて、その名に負けず、崔嵬として白く聳え立つのであるが、連なる山頂は蓮の花の間に挿みこんでいる。

「太白山」/秦嶺山脈  陝西省南辺部を東西に走る山脈で、同省西部の太白山(3767m)を最高峰とする。甘粛省南部で岷山山脈、河南省西南部で伏牛山脈に連なり、大散関・嶢関などの交通の要衝を抱え、渭水・漢水の分水嶺をなすだけでなく、淮水とともに中国南北の自然地理・生活文化の分水嶺でもあり、しばしば秦淮と呼ばれる。藍田県にある秦嶺山は終南山の後背であり、東麓では商県と洛陽の峠でもある。

「崔嵬」山で、岩や石がごろごろしていて険しいさま。堂や塔などが高くそびえているさま。。

 

 

玉山 前卻 不復 ,曲江 汀瀅 水平

昔から宝玉のとれた玉山の創ある藍田山などは、これに威圧されたものか、前に在りながら.退却して.再び出て来ない。おもへぱ、曲江は、池色は澄んでいて綺麗であるか、ささやかなこと以、盃中に水を平に盛ったようなもので、到底くらべ物にはならない。

「玉山」玉山 藍田にある山の名、即ち藍田山。昔、宝玉を産出していたのでそう呼ぶ。

「曲江」曲江  唐の都長安の中心部より東南東数㎞の風光明媚なところに、曲江池という池があった。池は、「隋の長安建都の時に黄渠の水を引いて池を作り、これを曲江と呼んだ」とされる。宋代(南宋11271279)の趙彦衛が撰した『雲麓漫鈔』に記述があるが、隋はこの地に「芙蓉園」を造って離宮とした。

「汀瀅」景物形態、清澈。

 

 

我時 相思 不覺 回首 ,天門 九扇 相當開

その時、われわれは、盧給事を思うて、覚えず一度び首をめぐらせたが、九重の宮門は、左右それぞれが同じように開き、その給事は、そこに出仕して居られるのである。

「天門 九扇」大明宮には天子のもとにいく九つの門をくぐることをいう。

 

上界 真人 足官府 ,豈如散仙 鞭笞 鸞鳳 終日 相追陪

仙境、神仙は、天上のこととして尊いには相違ないが、さまざまの官府かおかれている。それより、地上の散仙として、鸞鳳に鞭ちをあて、絡日追陪して遊び戯れる方が、はるかに面白く、願わくば、給事を此に呼んで来て、共に崑明の蓮の花を観賞したいものである。

「上界」仙境、天上界。

「官府」朝廷。

「散仙」仙界からつかわされた仙人たち。

「鞭笞」鞭うつ。

「鸞鳳」伝説の動物、鸞と鳳凰。
 華山道教000

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教 韓愈(韓退之) <189>Ⅱ中唐詩804 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3004

《「曲江荷花行」詩に寄せる詩詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

 

2013年9月25日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html
 Ⅰ李商隠150首

 

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教 韓愈(韓退之) <189>Ⅱ中唐詩804 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3004

 

816-13    韓愈       奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教

 

 

作者: 韓愈  816  元和十一年  49  

卷別: 卷三四二  文體: 雜言古詩 

詩題: 奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

及地點: 樂遊原 (京畿道 京兆府 長安) 別名:宜春北苑、宜春北院、宜春苑、太平公主山莊、曲江、樂遊苑、樂遊園、江頭

大明宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:永安宮、蓬萊宮、含元殿、蓬萊殿     

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)     

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰     

交遊人物: 盧汀 、錢徽 、張籍

 
 

奉酬盧給事雲夫四兄「曲江荷花行」見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教  #1

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)

曲江千頃秋波淨,平鋪紅雲蓋明鏡。

曲江池は広さ一千頃、おりしも秋水もまさに漲って、浪光はなはだ浄く、おまけに、紅い蓮の花がいっぱい咲き満ちて、さながら紅雲を浮ばせたような感じで、それが鏡と見まごう水面におおわれている。

大明宮中給事歸,走馬來看立不正。 

盧給事は、大明宮より退出し、直に馬を走らし、曲江に來て、荷花を観賞し、佇立の姿勢正しからす、いろいろな風をして眺めあかした。
遺我明珠九十六,寒光映骨睡驪目。 

そこで、詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

我今官閒得婆娑,問言何處芙蓉多。

われはこの時、太子右良庶子に轉じで、勤務も暇である處から、遠ざけることも乗り出す出摩るか、何處が蓮の花が多くさいているのか、問いただして謂うのである。

撐舟昆明度雲錦,敲兩舷叫歌。

舟の舳先をかえて、昆明池に乗り出し雲海をわたる。足で以で両舷を叩いて音頭を取りつつ、大聾で呉歌を唄った。#2

太白山高三百里,負雪崔嵬插花裡。 

玉山前卻不復來,曲江汀瀅水平盃。 

我時相思不覺一回首,天門九扇相當開。 

上界真人足官府,豈如散仙鞭笞鸞鳳終日相追陪。 

 

(盧給事雲夫四兄、「曲江荷花行」を寄せらるる酬い奉り、見并せて錢【徽】七兄閣老・張十八助教に呈上す)

曲江 千頃【うけい】秋波淨く,平らかに紅雲を鋪【し】いて明鏡を蓋う。

大明宮中、給事歸り,馬を走らし來り看て立つこと正しからず。 

我に遺る明珠 九十六,寒光 骨に映じて驪目【りもく】睡る。 

我、今、官閒にして 婆娑たる得たり,問うて言う 何の處か 芙蓉多きと。 

舟を撐【とう】して 昆明 雲錦を度る,【あし】は兩舷【りょうげん】を【たた】いて歌を叫ぶ。

 

太白山は高し三百里,雪を負うて、崔嵬、花裡【かり】插【さしはさ】む。 

玉山 前に卻りて 復た來らず,曲江 汀瀅【ていえい】として 水 盃に平かなし。 

我 時に相い思うて 覺えず一び 首を回らす,天門 九扇 相い當って開く。

上界の真人 官府足れり,豈に如かむや 散仙の鸞鳳を鞭笞【べんち】して 終日 相い追陪するに。 

 

 

 

『奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄閣老張十八助教』 現代語訳と訳註

(本文)

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教  #1

曲江千頃秋波淨,平鋪紅雲蓋明鏡。

大明宮中給事歸,走馬來看立不正。 

遺我明珠九十六,寒光映骨睡驪目。 

我今官閒得婆娑,問言何處芙蓉多。

撐舟昆明度雲錦,敲兩舷叫歌。

 

 

(下し文)

(盧給事雲夫四兄、「曲江荷花行」を寄せらるる酬い奉り、見并せて錢【徽】七兄閣老・張十八助教に呈上す)

曲江 千頃【うけい】秋波淨く,平らかに紅雲を鋪【し】いて明鏡を蓋う。

大明宮中、給事歸り,馬を走らし來り看て立つこと正しからず。 

我に遺る明珠 九十六,寒光 骨に映じて驪目【りもく】睡る。 

我、今、官閒にして 婆娑たる得たり,問うて言う 何の處か 芙蓉多きと。 

舟を撐【とう】して 昆明 雲錦を度る,【あし】は兩舷【りょうげん】を【たた】いて歌を叫ぶ。 

 

(現代語訳)

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)

曲江池は広さ一千頃、おりしも秋水もまさに漲って、浪光はなはだ浄く、おまけに、紅い蓮の花がいっぱい咲き満ちて、さながら紅雲を浮ばせたような感じで、それが鏡と見まごう水面におおわれている。

盧給事は、大明宮より退出し、直に馬を走らし、曲江に來て、荷花を観賞し、佇立の姿勢正しからす、いろいろな風をして眺めあかした。

そこで、詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

われはこの時、太子右良庶子に轉じで、勤務も暇である處から、遠ざけることも乗り出す出摩るか、何處が蓮の花が多くさいているのか、問いただして謂うのである。

舟の舳先をかえて、昆明池に乗り出し雲海をわたる。足で以で両舷を叩いて音頭を取りつつ、大聾で呉歌を唄った。

 

 

(訳注)

奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄【徽。】閣老張十八助教

(盧給事から、「曲江荷花行」を寄せられたので、それに酬いためにこの詩を、それに合わせて錢徽閣老・張籍助教にこの詩を呈上する)

盧給事は盧四、名は汀、宇は雲夫。銭七、名は徽。字は蔚章。閣老といへば侍郎で、今の内閣員、但し何部だか分からない。張十八は張籍、國子助教である。この詩は。盧給筝が「曲江荷花行」という詩を作つで寄せられだから.この詩を賦して酬い、且つ併せて銭徽・張籍の二君に呈すというものである。

 

 

曲江 千頃 秋波 ,平鋪 紅雲 明鏡

曲江池は広さ一千頃、おりしも秋水もまさに漲って、浪光はなはだ浄く、おまけに、紅い蓮の花がいっぱい咲き満ちて、さながら紅雲を浮ばせたような感じで、それが鏡と見まごう水面におおわれている。

「曲江」語義類別:地、地名、河湖地名(江河溪流)、曲江。

「千頃」面積單位、千頃。

「秋」秋水もまさに漲っているさま。

「波淨」浪光はなはだ浄いさま。

「平」蓮の花がいっぱい咲き満ちている。

「紅雲」、紅い蓮の花が紅雲を浮ばせたような感じになる。

「蓋」ふたをするようなさま。

「明鏡」鏡と見まごう水面。

 

 

大明宮 給事 ,走馬 來看 不正

盧給事は、大明宮より退出し、直に馬を走らし、曲江に來て、荷花を観賞し、佇立の姿勢正しからす、いろいろな風をして眺めあかした。

「大明宮」建築專名(宮室屋廬)、大明宮。唐の長安城の北東にあった宮城。三大内(だいだい)の東内。634(貞観8)に建設。662(竜朔2)に重建,蓬萊宮と改称し,705(神竜1)より旧名に復した。含元殿を正殿,丹鳳門を正門とし,含元の北に宣政殿(左右に中書,門下省)や紫宸殿などを配した。195759年に規模,城垣,宮牆,門,宮殿,池渠の遺跡分布測量調査があり,そのうち玄武,銀漢,重玄など4門,麟徳殿跡や西内苑の含光殿跡および夾城などが発掘された。

 

 

遺我 明珠 九十六 ,寒光 映骨 驪目

そこで、詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられ、全篇九十六字、一字一珠、即ち九十六明可珠を贈られたが、寒光骨に映ずるを覚えるばかり.驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

「遺我」詩を作ったといって、「曲江荷花行」の一篇を寄せられたこと。

「明珠」語義類別:其他、現象、光芒、玉石。ここでは詩篇をいう。

「九十六」九十六字。

「寒光映骨」寒光骨に映ずるを覚えるばかり。

「目」自然資源、玉石、珠。驪龍はおのが頷下の珠を大事にして、滅多に睡らないというが、これほど多くの明珠をもらったから、目を塞いで、やすやすと睡つて居る。

 

 

我今 官閒 得婆娑 ,問言 何處 芙蓉

われはこの時、太子右良庶子に轉じで、勤務も暇である處から、遠ざけることも乗り出す出摩るか、何處が蓮の花が多くさいているのか、問いただして謂うのである。

「婆娑」景物形態、婆娑。

「問」語義類別:人、行為動作、言語動作、問。

「言」語義類別:人、行為動作、言語動作、言。

「何處」語義類別:地、地理、場域概稱、何處。

「芙蓉」語義類別:物、生物、植物專名(草本)、芙蓉。

「多」語義類別:物、狀態、對比狀態、多少(多)。

 

 

撐舟 昆明 雲錦 兩舷

舟の舳先をかえて、昆明池に乗り出し雲海をわたる。足で以で両舷を叩いて音頭を取りつつ、大聾で呉歌を唄った。

「撐」(1) 支える,突っかい棒をする.(2) (船で)竿(さお)さす,竿を突っ張る撑船竿で船を進める.(3) 持ちこたえる,我慢する.(4) 開く,広げる撑傘を差す.(5) いっぱいに入れる,ぎっしり詰める.。

「昆明」昆明池。昆明の南方にある湖、池(てんち)の別名。 中国、漢の武帝が、をまねて長安城の西に掘らせた池。

「度」(其他部)、度。

「雲錦」雲霧煙霞。雲海。

足で叩いて音頭を取る

歌」李白「子夜歌」。

李白『白紵辞其二

館娃日落歌吹深、月寒江清夜沉沉。

美人一笑千黃金、垂羅舞縠揚哀音。

郢中白雪且莫吟、子夜歌動君心。

動君心、冀君賞。

愿作天池雙鴛鴦、一朝飛去青雲上。

館娃宮では日が落ちて歌と笛とがいっそうたけなわ。月はつめたく長江の水清く、夜はしんしんとふけてゆく。

美人のほほえみには千の黄金も惜しくない。うすぎぬを垂らし、ちぢみの絹でかざって舞いおどり、かなしそうに、せつなそうに、声をあげる。

郢の白雪というような他国の高尚な歌は、今は場違いだから唄ってはいけない。この国の民謡である子夜の呉歌で君の心を動かそう。(この歌で君の心つかめるか)

君の心を動かして、君から誉めてもらって承諾をもらおう。

願わくは御苑の池のつがいのおしどりのように、やがては青雲の上に飛んで行く心地になろう。

李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞

子夜呉歌 其一 春

秦地羅敷女、採桑緑水辺。

素手青条上、紅粧白日鮮。

蚕飢妾欲去、五馬莫留連。

子夜呉歌其二 夏

鏡湖三百里、函萏発荷花。    

五月西施採、人看隘若耶。    

囘舟不待月、帰去越王家。

子夜呉歌其三 秋

長安一片月、万戸擣衣声。

秋風吹不尽、総是玉関情。

何日平胡虜、良人罷遠征。

子夜呉歌其四 冬

明朝駅使発、一夜絮征袍。

素手抽針冷、那堪把剪刀。

裁縫寄遠道、幾日到臨洮。

李白22 子夜呉歌 春と夏

李白24 子夜呉歌其三 秋 と25 冬

五言律詩 題張十八所居【案:籍。】 韓愈(韓退之) <188>Ⅱ中唐詩803 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2999

韓愈《題張十八所居》張籍君の現在の立場を題した詩) われわれは新しく勢いのある語句を常に問われている。君は我々のために六書の講釈をしてくれるありがたい存在であるのだ。

 

2013年9月24日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 
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五言律詩 題張十八所居【案:籍。】 韓愈(韓退之) <188>Ⅱ中唐詩803 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2999    

 

 

作者: 韓愈  元和十一年  816  49

卷別: 卷三四二  文體: 五言律詩 

詩題: 題張十八所居【案:籍。】 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

及地點:  張十八所居 (京畿道 京兆府 長安)     

交遊人物: 張籍

 

 

題張十八所居

(張籍君の現在の立場を題した詩)

君居泥溝上,溝濁萍青青。

張君は泥溝運河のほとりに住んでいる。運河の水は濁っているが域浮草は青々と茂っている。

蛙讙橋未掃,蟬嘒門長扃。

門前の橋は掃除もしないで人も通らないので橋の下で蛙がやかましく鳴いている。門が閉じられたままで家の周囲の木々に留まっている蝉が鳴いている。

名秩後千品,詩文齊六經。

君は優秀な才学がありながら、冠位としては決して高くはなく種々の階級の人にも後れを取っている。詩文は六經に基づいて整えている。

端來問奇字,為我講聲形。

われわれは新しく勢いのある語句を常に問われている。君は我々のために六書の講釈をしてくれるありがたい存在であるのだ。

 

(張十八の居る所に題す)

君は泥溝の上に居る,溝 濁って 萍 青青たり。

蛙は讙【かまびす】しくして、橋 未だ掃らず,蟬は嘒【な】いて 門 長く扃【と】づ。

名秩 千品に後【おく】れ,詩文 六經【ろくけい】を齊【とと】のう。

端【まさ】に來って奇字を問えば,我が為に聲形を講ず。 

4岳陽樓詩人003 

 

『題張十八所居』 現代語訳と訳註

(本文)

題張十八所居

君居泥溝上,溝濁萍青青。

蛙讙橋未掃,蟬嘒門長扃。

名秩後千品,詩文齊六經。

端來問奇字,為我講聲形。

 

 

(下し文)

(張十八の居る所に題す)

君は泥溝の上に居る,溝 濁って 萍 青青たり。

蛙は讙【かまびす】しくして、橋 未だ掃らず,蟬は嘒【な】いて 門 長く扃【と】づ。

名秩 千品に後【おく】れ,詩文 六經【ろくけい】を齊【とと】のう。

端【まさ】に來って奇字を問えば,我が為に聲形を講ず。 

 

 

(現代語訳)

(張籍君の現在の立場を題した詩)

張君は泥溝運河のほとりに住んでいる。運河の水は濁っているが域浮草は青々と茂っている。

門前の橋は掃除もしないで人も通らないので橋の下で蛙がやかましく鳴いている。門が閉じられたままで家の周囲の木々に留まっている蝉が鳴いている。

君は優秀な才学がありながら、冠位としては決して高くはなく種々の階級の人にも後れを取っている。詩文は六經に基づいて整えている。

われわれは新しく勢いのある語句を常に問われている。君は我々のために六書の講釈をしてくれるありがたい存在であるのだ。

 

 

(訳注)

題張十八所居

(張籍君の現在の立場を題した詩)

張籍 中唐の詩人。字は文昌。和州烏江(安徽省)あるいは東郡(河南省)の人といわれる。貞元15(799)の進士で国子司業などをつとめる。韓愈の門下のひとり。とりわけ楽府(がふ)に長じ,僚友の王建の作とともに〈張王楽府〉と並称される。官僚としては不遇だった彼には〈征婦怨〉や〈築城詞〉など民衆の苦痛を訴え,為政者を批判する作品が多く,その点杜甫,元結の詩風を受け継ぎ,同時代の大詩人で友人でもあった白居易が絶賛している。

 

君居泥溝上,溝濁萍青青。

張君は長安の西の場末、泥溝運河のほとりに住んでいる。運河の水は濁っているが浮草は青々と茂っている。

・泥溝 泥溝運河。そういう地形の所であろう。あるいは地名であろう.

 

蛙讙橋未掃,蟬嘒門長扃。

門前の橋は掃除もしないで人も通らないので橋の下で蛙がやかましく鳴いている。門が閉じられたままで家の周囲の木々に留まっている蝉が鳴いている。

・讙 かまびすしい。

・橋 門前の橋。

・嘒 蝉が鳴く。

・萍青青 浮草は青々と茂っていること。

 

名秩後千品,詩文齊六經。

君は優秀な才学がありながら、冠位としては決して高くはなく種々の階級の人にも後れを取っている。詩文は六經に基づいて整えている。

・名秩 冠位、官名秩序。

・千品 種々の階級。

・齊六經 六經に基づいて整える。

 

端來問奇字,為我講聲形。

われわれは新しく勢いのある語句を常に問われている。君は我々のために六書の講釈をしてくれるありがたい存在であるのだ。

・問奇字 詩人にとって新しい語句を創造することが求められている。新鮮な語句、造語が問われている。

・講聲形 六書の講釈をしてくれること。

五言律詩 晚寄張十八助教周郎博士 韓愈(韓退之) <187>Ⅱ中唐詩802 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2994

韓愈《晚寄張十八助教周郎博士》 日の色が次第に薄くなって、今日も暮れようとしている。夕べの景色は、物とはなしに曠闊に見える。わたしは、ちょっとの間、散歩して歸宅する。そして、家の前側の簷の下に偃臥して居る。

 

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孟郊詩 
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五言律詩 晚寄張十八助教周郎博士 韓愈(韓退之) <187>Ⅱ中唐詩802 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2994

 

作者: 韓愈  816  元和十一年49

卷別: 卷三四二  文體: 五言律詩 

詩題: 晚寄張十八助教周郎博士

〔張籍、周況也。況,愈之從婿。〕 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

交遊人物: 張籍

 

 

晚寄張十八助教周郎博士

(晩方、張籍、周況の博士に寄せる詩)

日薄風景曠,出歸偃前簷。 

日の色が次第に薄くなって、今日も暮れようとしている。夕べの景色は、物とはなしに曠闊に見える。わたしは、ちょっとの間、散歩して歸宅する。そして、家の前側の簷の下に偃臥して居る。

晴雲如擘絮,新月似磨鐮。 

先刻見ていた野の景色はどうかというに、晴れた空に白雲が、さながら綿をちぎつたようであるし、ゆうぐれのそらには新月が、それが恰も鎌を磨いだようなのである。

田野興偶動,衣冠情久厭。 

このような晩方の景色を見て、詩を吟ずる興がたまたま動いたが、これにつけても。衣冠を身につけて、官途において昇沈することは、心から、すでに厭きはてて仕舞った。

吾生可攜手,歎息將淹。 

われは、君等二人で手を携えて、塵外に逍遥したいと思って居るが、歳月頻りに移り、しかも意の如くならず、元の通りぐずぐずして居るのは、まことに嘆息に堪えぬ次第である。 

(晚に張十八助教・周郎博士に寄す。)

日薄くして風景曠く,出でて歸って前簷【ぜんえん】に偃【ふ】す。 

晴雲 絮【じょ】を擘【つな】ぐが如く,新月 鐮を磨く似にたり。 

田野 興 偶【たまた】ま動き,衣冠 情 久しく厭【あ】ぐ。 

吾が生 手を攜う可き,歎息  將に淹せむとするを。 

 

蛺蝶02 

『晚寄張十八助教周郎博士』 現代語訳と訳註

(本文)

晚寄張十八助教周郎博士

日薄風景曠,出歸偃前簷。 

晴雲如擘絮,新月似磨鐮。 

田野興偶動,衣冠情久厭。 

吾生可攜手,歎息將淹。 

 

 

(下し文)

(晚に張十八助教・周郎博士に寄す。)

日薄くして風景曠く,出でて歸って前簷【ぜんえん】に偃【ふ】す。 

晴雲 絮【じょ】を擘【つな】ぐが如く,新月 鐮を磨く似にたり。 

田野 興 偶【たまた】ま動き,衣冠 情 久しく厭【あ】ぐ。 

吾が生 手を攜う可き,歎息  將に淹せむとするを。

 

 

(現代語訳)

(晩方、張籍、周況の博士に寄せる詩)

日の色が次第に薄くなって、今日も暮れようとしている。夕べの景色は、物とはなしに曠闊に見える。わたしは、ちょっとの間、散歩して歸宅する。そして、家の前側の簷の下に偃臥して居る。

先刻見ていた野の景色はどうかというに、晴れた空に白雲が、さながら綿をちぎつたようであるし、ゆうぐれのそらには新月が、それが恰も鎌を磨いだようなのである。

このような晩方の景色を見て、詩を吟ずる興がたまたま動いたが、これにつけても。衣冠を身につけて、官途において昇沈することは、心から、すでに厭きはてて仕舞った。

われは、君等二人で手を携えて、塵外に逍遥したいと思って居るが、歳月頻りに移り、しかも意の如くならず、元の通りぐずぐずして居るのは、まことに嘆息に堪えぬ次第である。

 

 

(訳注)

晚寄張十八助教周郎博士

(晩方、張籍、周況の博士に寄せる詩)

この詩は、或日の暮に、賦して張・周二人に寄せたので.原注に「張籍、周況也。況,愈之從婿。」(張籍・周況なり、況や愈のいとこの娘婿)とある。

二人とも國子四門學の教官であった。

この詩は816 元和十一年49である。

 

 

日薄 風景 ,出歸 前簷

日の色が次第に薄くなって、今日も暮れようとしている。夕べの景色は、物とはなしに曠闊に見える。わたしは、ちょっとの間、散歩して歸宅する。そして、家の前側の簷の下に偃臥して居る。

「日薄」黃昏時。

「曠」曠闊。

「偃」1 風になびく。2 ひれ伏す。平伏する。付き従う。

「簷」ひさし. 1 屋根の下端で、建物の壁面より外に突出している部分。2 (ひさし)。軒の玉水軒先から落ちる雨垂れ。

 

 

晴雲 如擘絮 ,新月 似磨鐮

先刻見ていた野の景色はどうかというに、晴れた空に白雲が、さながら綿をちぎつたようであるし、ゆうぐれのそらには新月が、それが恰も鎌を磨いだようなのである。

「絮」柳絮。

「新月」月はじめの月。三日月の前。

「磨」新月が鎌のようなので研ぐ、磨くという。。

「鐮」語義類別:物、器物、工具用品(農牧漁獵工)、鐮。

 

 

田野 偶動 ,衣冠 久厭

このような晩方の景色を見て、詩を吟ずる興がたまたま動いたが、これにつけても。衣冠を身につけて、官途において昇沈することは、心から、すでに厭きはてて仕舞った。

「興」興がわく。

「衣冠」絲帛服飾(合稱)、衣冠。官途に就くこと。

 

 

吾生 可攜手 ,歎息 將淹

われは、君等二人で手を携えて、塵外に逍遥したいと思って居るが、歳月頻りに移り、しかも意の如くならず、元の通りぐずぐずして居るのは、まことに嘆息に堪えぬ次第である。

 

 

詩文(含異文)

日薄風景曠【日落風景曠】,出歸偃前簷。

晴雲如擘絮,新月似磨鐮。

田野興偶動,衣冠情久厭。

吾生可攜手,歎息將淹。

(晚に張十八助教・周郎博士に寄す。)

日薄くして風景曠く,出でて歸って前簷【ぜんえん】に偃【ふ】す。 

晴雲 絮【じょ】を擘【つな】ぐが如く,新月 鐮を磨く似にたり。 

田野 興 偶【たまた】ま動き,衣冠 情 久しく厭【あ】ぐ。 

吾が生 手を攜う可き,歎息  將に淹せむとするを。
くちなしの花 

五言古詩《送張道士》 韓愈(韓退之) <188-#6>Ⅱ中唐詩808 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3024

韓愈《送張道士》 上書がとりあげられるわけはないので、お上の御用があるというわけでもない。だから、しばらく帰って家の採りいれの用をするつもりだ。」と。

 

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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html
孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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Ⅰ李商隠150首

 

五言古詩《送張道士》 韓愈(韓退之) <188-#6>Ⅱ中唐詩808 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3024     

 

送張道士幷序 #1

張道士。嵩高之隠者。通古今學。有文武長材。

張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。

寄跡老子法中。爲道士。以養其親。九年。

老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

聞朝廷將治東方貢賦之不如法者。三猷書不報。

ちかごろ朝廷で、法則通りに税金などを上納しない東方の潘鎮を処分される計画がある、と聞き、三たび上書して、この問題の処理法を具陳したけれども、お取り上げにはならなかった。

長揖而去。京師士大夫多爲詩以贈。而屬愈爲序。

詩日。

そこでみきりをつけて、帰ることにした。長安の紳士たちは、詩をつくってこれに贈るものが多く、あたくし韓愈がその序文をつくることになった。その詩で次のように言う。

 

送張道士 #2

大匠無棄材,尋尺各有施。 

すぐれた大工の棟梁というものは棄てる材木などだしはし無いのだ。一尋であれ一尺であれ、それぞれに使いどころがあるものだ。

況當營都邑,杞梓用不疑。 

まして、都の街並みを造営するにあたっては、器物を作るに用いる良材といわれるオオチもアズサもよい棟梁に用いられること疑いない。

張侯嵩高來,面有熊豹姿。 

張君は嵩山からやって来たのである、そのため、熊か豹かというような面構えだ。

開口論利害,劍鋒白差差。 

そして口を開いて政策の良し悪し得失を論じると、論調が剣のキッ先が白い剣の切つ尖のように鋭いのだ。

#3

恨無一尺捶,為國笞羌夷。 

残念ながら打つべき一尺のむちもなく、わずかばかりの権力をもつ地位がないので、国家のために羌夷の異民族どもを鞭うつこともできないのだ。

詣闕三上書,臣非黃冠師。 

朝廷にもうでて三たびたてまつった上奏書にいわく

「家臣たる者で、もとより黄なる冠いただく道士の身にあらず」

臣有膽與氣,不忍死茅茨。 

「家臣たる者で、肝もすわり、やる気、向かう気は十分あり、このまま隠者の家に世話になるままで一生を終わるわけにはいかないのです。」
又不媚笑語,不能伴兒嬉。 

「そして 人の冗談に調子合わせ、こびることなどしないし、子供じみたるたわむれのお相手をすることなどするわけもないことです。」

#4

乃著道士服,眾人莫臣知。 

それで、よんどころなく道士の服をつけたわけですけれど、それが衆人の家臣でありたいわたしの心をさとる者がいないのである。

臣有平賊策,狂童不難治。 

わたしには、賊を平げる秘策をもっています。気の狂ったという小僧たちといっても治めるのは難からず。

其言簡且要,陛下幸聽之。 

そうはいっても、それが簡単なことで、かつそれを要求するので、陛下、このような幸いにあずかって、このうえはどうぞこれをお聴ききください。」と。

天空日月高,下照理不遺。 

そしていう「天子は心をむなしくし、日月と共に高くす。それで、下々を照したもうて、あますところ無くことわりを遣わされなくてもよいのです。
或是章奏繁,裁擇未及斯。 

あるいは奏上のあまりに繁多なるがゆえにあきらかにし、決裁選択はいまだここまで及んでいることはないのです。
 

張道士を送る #2

大匠に棄材無し,尋尺も各の施す有り。 

況んや都邑を營むに當って,杞梓【きじ】用いられんことを疑わず。 

張侯は嵩高より來り,面に熊豹【ゆうひょう】の姿有り。 

口を開いて利害を論ずれば,劍鋒 白くして差差たり。 

#3

恨むらくは一尺の捶【すき】の,國の為に羌夷【きょうい】笞【むちう】つ無し。 

闕に詣【いた】って三たび上書す,臣は黃冠の師に非ず。 

臣に膽と氣と有り,茅茨【ばくじ】に死するに忍びず。 

又た笑語に媚びず,兒嬉に伴う能わず。 

#4

乃ち道士の服を著く,眾人 臣を知る莫し。 

臣に賊を平らぐる策有り,狂童 治め難からず。 

其の言 簡にして要,陛下 幸に「之を聽け」と。 

天は空しくして日月高し,下に照して理遺【のこ】さず。 

或いは是れ章奏【しょうそう】繁くして,裁擇【さいたく】未だ斯【ここ】に及ばざるならん。 

美女004美女004

 

 

 

#5

寧當不俟報,歸袖風披披。 

どうしてそんなにお返事も下さらぬうちに、はたはたと帰り支度の風を起こされるのか。」

答我事不爾,吾親屬吾思。 

わたしに答えていう「そういうことではないのだが、わたしの親がわたしのことを頼りにしていて、帰りを心配しているのです。

昨宵夢倚門,手取連環持。 

きのうの夜も 夢の中にあらわれ、門に倚りかかってたっていたのです。無事帰るおまじないの円い輪を手にもっていたのです。

今日有書至,又言歸何時。 

今日になって、手紙が届いたのですが、そこにもやっぱり書いてあるのが「何時になったら帰るのか」ということ。

霜天熟柿栗,收拾不可遲。

そして、「霜がつづいて 柿も粟も熟したゆえ、とりいれが遅うなってもなるまい」と。

#6 

嶺北梁可構,寒魚下清伊。 

嵩高連峯の北山にそろそろ梁をかけるべきである。冬の絞まった魚が伊水の清い流れを下りはじめた。

既非公家用,且復還其私。 

上書がとりあげられるわけはないので、お上の御用があるというわけでもない。だから、しばらく帰って家の採りいれの用をするつもりだ。」と。

從容進退間,無一不合宜。 

出処進退については、素直であるということにしているし、一も無ければそれで合致することもないでもそれでよろしいというものである。

時有利不利,雖賢欲奚為。 

時には利があり、時には不利があるというもの、賢者といわれる人であってもこの状態というのは、やりようがないというものだ。

但當勵前操,富貴非公誰。 

ただ、これまでつとめて節操をまもっていることは励まされることであるし、富貴と地位というものはお上の仕事というものではあろうはずもない、それなら君ならぬ誰ということであろうか。

 

#5

「寧【なん】ぞ當【まさに】報を俟【ま】たずして,歸袖【きしゅう】の風 披披【ひひ】たらましむか」 と。 

我に答え 「事 爾【しか】らず,吾が親 吾に思いを屬す。 

昨宵【さくしょう】夢に門に倚り,手に連環を取り持す。 

今日 書に至る有,又た言う 歸るは 何時ぞ。 

霜天 柿栗【しりつ】を熟し,收拾 遲れるべからず。

#6 

嶺北 梁 構う可く,寒魚 清伊を下らむとす。」と。 

「既に公家の用に非ず,且【しばら】く復た其の私に還らん。」と。 

從容たり進退の間,一として不宜しきに合わざる無し。 

時に利と不利と有り,賢と雖も奚為【いかんせん】と欲する。 

但だ當に前の操を勵【はげま】すべし,富貴 公に非ずしては誰ぞ。  

 

 

『送張道士』 現代語訳と訳註

(本文)#6 

嶺北梁可構,寒魚下清伊。 

既非公家用,且復還其私。 

從容進退間,無一不合宜。 

時有利不利,雖賢欲奚為。 

但當勵前操,富貴非公誰。 

 

 

(下し文) #6 

嶺北 梁 構う可く,寒魚 清伊を下らむとす。」と。 

「既に公家の用に非ず,且【しばら】く復た其の私に還らん。」と。 

從容たり進退の間,一として不宜しきに合わざる無し。 

時に利と不利と有り,賢と雖も奚為【いかんせん】と欲する。 

但だ當に前の操を勵【はげま】すべし,富貴 公に非ずしては誰ぞ。 

 

 

(現代語訳)

嵩高連峯の北山にそろそろ梁をかけるべきである。冬の絞まった魚が伊水の清い流れを下りはじめた。

上書がとりあげられるわけはないので、お上の御用があるというわけでもない。だから、しばらく帰って家の採りいれの用をするつもりだ。」と。

出処進退については、素直であるということにしているし、一も無ければそれで合致することもないでもそれでよろしいというものである。

時には利があり、時には不利があるというもの、賢者といわれる人であってもこの状態というのは、やりようがないというものだ。

ただ、これまでつとめて節操をまもっていることは励まされることであるし、富貴と地位というものはお上の仕事というものではあろうはずもない、それなら君ならぬ誰ということであろうか。

 

 

(訳注) #6 

嶺北梁可構,寒魚下清伊。 

嵩高連峯の北山にそろそろ梁をかけるべきである。冬の絞まった魚が伊水の清い流れを下りはじめた。

・嶺北 張道士のすんでいたのは嵩高連峯の中の少室山であったから、この嶺北は、少室山の北側を流れる川である。

・清伊 清らかな伊水の流れ。

 

 

既非公家用,且復還其私。 

上書がとりあげられるわけはないので、お上の御用があるというわけでもない。だから、しばらく帰って家の採りいれの用をするつもりだ。」と。

・既非公家用 いまここに滞在するのもすでにお上の御用のためではない。上書がとりあげられた上でならば、お上の御用といえるが、まだとりあげられていないのだから、私用の域を出ないわけである。

 

 

從容進退間,無一不合宜。 

出処進退については、素直であるということにしているし、一も無ければそれで合致することもないでもそれでよろしいというものである。

 

 

時有利不利,雖賢欲奚為。 

時には利があり、時には不利があるというもの、賢者といわれる人であってもこの状態というのは、やりようがないというものだ。

 

 

但當勵前操,富貴非公誰。 

ただ、これまでつとめて節操をまもっていることは励まされることであるし、富貴と地位というものはお上の仕事というものではあろうはずもない、それなら君ならぬ誰ということであろうか。

・前操 前からもっていたような節操。
nat0010 

送張道士 韓愈(韓退之) <188-#5>Ⅱ中唐詩807 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3019

韓愈《送張道士》 今日になって、手紙が届いたのですが、そこにもやっぱり書いてあるのが「何時になったら帰るのか」ということ。そして、「霜がつづいて 柿も粟も熟したゆえ、とりいれが遅うなってもなるまい」と。

 

2013年9月21日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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#5

寧當不俟報,歸袖風披披。 

どうしてそんなにお返事も下さらぬうちに、はたはたと帰り支度の風を起こされるのか。」

答我事不爾,吾親屬吾思。 

わたしに答えていう「そういうことではないのだが、わたしの親がわたしのことを頼りにしていて、帰りを心配しているのです。

昨宵夢倚門,手取連環持。 

きのうの夜も 夢の中にあらわれ、門に倚りかかってたっていたのです。無事帰るおまじないの円い輪を手にもっていたのです。

今日有書至,又言歸何時。 

今日になって、手紙が届いたのですが、そこにもやっぱり書いてあるのが「何時になったら帰るのか」ということ。

霜天熟柿栗,收拾不可遲。

そして、「霜がつづいて 柿も粟も熟したゆえ、とりいれが遅うなってもなるまい」と。

#6 

嶺北梁可構,寒魚下清伊。 

既非公家用,且復還其私。 

從容進退間,無一不合宜。 

時有利不利,雖賢欲奚為。 

但當勵前操,富貴非公誰。 

 

#5

「寧【なん】ぞ當【まさに】報を俟【ま】たずして,歸袖【きしゅう】の風 披披【ひひ】たらましむか」 と。 

我に答え 「事 爾【しか】らず,吾が親 吾に思いを屬す。 

昨宵【さくしょう】夢に門に倚り,手に連環を取り持す。 

今日 書に至る有,又た言う 歸るは 何時ぞ。 

霜天 柿栗【しりつ】を熟し,收拾 遲れるべからず。

#6 

嶺北 梁 構う可く,寒魚 清伊を下らむとす。」と。 

「既に公家の用に非ず,且【しばら】く復た其の私に還らん。」と。 

從容たり進退の間,一として不宜しきに合わざる無し。 

時に利と不利と有り,賢と雖も奚為【いかんせん】と欲する。 

但だ當に前の操を勵【はげま】すべし,富貴 公に非ずしては誰ぞ。 

 aki010

 

『送張道士』 現代語訳と訳註

(本文) #5

寧當不俟報,歸袖風披披。 

答我事不爾,吾親屬吾思。 

昨宵夢倚門,手取連環持。 

今日有書至,又言歸何時。 

霜天熟柿栗,收拾不可遲。

 

 

(下し文) #5

「寧【なん】ぞ當【まさに】報を俟【ま】たずして,歸袖【きしゅう】の風 披披【ひひ】たらましむか」 と。 

我に答え 「事 爾【しか】らず,吾が親 吾に思いを屬す。 

昨宵【さくしょう】夢に門に倚り,手に連環を取り持す。 

今日 書に至る有,又た言う 歸るは 何時ぞ。 

霜天 柿栗【しりつ】を熟し,收拾 遲れるべからず。

 

 

(現代語訳)

どうしてそんなにお返事も下さらぬうちに、はたはたと帰り支度の風を起こされるのか。」

わたしに答えていう「そういうことではないのだが、わたしの親がわたしのことを頼りにしていて、帰りを心配しているのです。

きのうの夜も 夢の中にあらわれ、門に倚りかかってたっていたのです。無事帰るおまじないの円い輪を手にもっていたのです。

今日になって、手紙が届いたのですが、そこにもやっぱり書いてあるのが「何時になったら帰るのか」ということ。

そして、「霜がつづいて 柿も粟も熟したゆえ、とりいれが遅うなってもなるまい」と。

 

 

(訳注)#5

yamanoki04寧當不俟報,歸袖風披披。 

どうしてそんなにお返事も下さらぬうちに、はたはたと帰り支度の風を起こされるのか。」

・披披 擬音語で、はたはた、ひらひら、というほどの意。

 

 

答我事不爾,吾親屬吾思。 

わたしに答えていう「そういうことではないのだが、わたしの親がわたしのことを頼りにしていて、帰りを心配しているのです。

・我事不爾 わたしが故郷に帰ろうとするのは、それ、すなわち上書がまだ採用されないこと、が理由なのではない。

・吾親 わたしの罰。親をさすことによって他の親族をもこめていうのである。

・属吾思 わたしに思いをかけている。私を頼りにしていること。

 

 

昨宵夢倚門,手取連環持。 

きのうの夜も 夢の中にあらわれ、門に倚りかかってたっていたのです。無事帰るおまじないの円い輪を手にもっていたのです。

・夢倚門 夢の中にあらわれ、門に倚りかかってたっていた。夢にあらわれるのはたがいに思いあっているからだという、あるいは自分のことを思ってくれているはずであるということ考え方は、唐代では特にあらわであったものであり、中国人的考え方である。

・手取連環持 手に円い輪をもっていた。連環は輪だが、環の物は必ず戻るということ、柳の枝を折って輪にするのもこのことを示す。

 

今日有書至,又言歸何時。 

今日になって、手紙が届いたのですが、そこにもやっぱり書いてあるのが「何時になったら帰るのか」ということ。

 

 

霜天熟柿栗,收拾不可遲。

そして、「霜がつづいて 柿も粟も熟したゆえ、とりいれが遅うなってもなるまい」と。

・収拾不可遅 とりいれがおそくなってはいけない。張道士は道士として、自然との一体感としての仕事として霜が、柿や栗を甘くした。そして放置すると腐らせるの。そのバロメーターが霜の量であったということ。唐代の民間知識人の経済生活を察知する、これは一つの資料ともなるであろう。
 

送張道士 韓愈(韓退之) <188-#4>Ⅱ中唐詩806 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3014

韓愈送張道士》#4 それで、よんどころなく道士の服をつけたわけですけれど、それが衆人の家臣でありたいわたしの心をさとる者がいないのである。

 

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

送張道士 韓愈(韓退之) <188-#4>Ⅱ中唐詩806 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3014

 

 

送張道士幷序 #1

張道士。嵩高之隠者。通古今學。有文武長材。

張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。

寄跡老子法中。爲道士。以養其親。九年。

老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

聞朝廷將治東方貢賦之不如法者。三猷書不報。

ちかごろ朝廷で、法則通りに税金などを上納しない東方の潘鎮を処分される計画がある、と聞き、三たび上書して、この問題の処理法を具陳したけれども、お取り上げにはならなかった。

長揖而去。京師士大夫多爲詩以贈。而屬愈爲序。

詩日。

そこでみきりをつけて、帰ることにした。長安の紳士たちは、詩をつくってこれに贈るものが多く、あたくし韓愈がその序文をつくることになった。その詩で次のように言う。

 

送張道士 #2

大匠無棄材,尋尺各有施。 

すぐれた大工の棟梁というものは棄てる材木などだしはし無いのだ。一尋であれ一尺であれ、それぞれに使いどころがあるものだ。

況當營都邑,杞梓用不疑。 

まして、都の街並みを造営するにあたっては、器物を作るに用いる良材といわれるオオチもアズサもよい棟梁に用いられること疑いない。

張侯嵩高來,面有熊豹姿。 

張君は嵩山からやって来たのである、そのため、熊か豹かというような面構えだ。

開口論利害,劍鋒白差差。 

そして口を開いて政策の良し悪し得失を論じると、論調が剣のキッ先が白い剣の切つ尖のように鋭いのだ。

#3

恨無一尺捶,為國笞羌夷。 

残念ながら打つべき一尺のむちもなく、わずかばかりの権力をもつ地位がないので、国家のために羌夷の異民族どもを鞭うつこともできないのだ。

詣闕三上書,臣非黃冠師。 

朝廷にもうでて三たびたてまつった上奏書にいわく

「家臣たる者で、もとより黄なる冠いただく道士の身にあらず」

臣有膽與氣,不忍死茅茨。 

「家臣たる者で、肝もすわり、やる気、向かう気は十分あり、このまま隠者の家に世話になるままで一生を終わるわけにはいかないのです。」
又不媚笑語,不能伴兒嬉。 

「そして 人の冗談に調子合わせ、こびることなどしないし、子供じみたるたわむれのお相手をすることなどするわけもないことです。」

#4

乃著道士服,眾人莫臣知。 

それで、よんどころなく道士の服をつけたわけですけれど、それが衆人の家臣でありたいわたしの心をさとる者がいないのである。

臣有平賊策,狂童不難治。 

わたしには、賊を平げる秘策をもっています。気の狂ったという小僧たちといっても治めるのは難からず。

其言簡且要,陛下幸聽之。 

そうはいっても、それが簡単なことで、かつそれを要求するので、陛下、このような幸いにあずかって、このうえはどうぞこれをお聴ききください。」と。

天空日月高,下照理不遺。 

そしていう「天子は心をむなしくし、日月と共に高くす。それで、下々を照したもうて、あますところ無くことわりを遣わされなくてもよいのです。
或是章奏繁,裁擇未及斯。 

あるいは奏上のあまりに繁多なるがゆえにあきらかにし、決裁選択はいまだここまで及んでいることはないのです。
 

張道士を送る #2

大匠に棄材無し,尋尺も各の施す有り。 

況んや都邑を營むに當って,杞梓【きじ】用いられんことを疑わず。 

張侯は嵩高より來り,面に熊豹【ゆうひょう】の姿有り。 

口を開いて利害を論ずれば,劍鋒 白くして差差たり。 

#3

恨むらくは一尺の捶【すき】の,國の為に羌夷【きょうい】笞【むちう】つ無し。 

闕に詣【いた】って三たび上書す,臣は黃冠の師に非ず。 

臣に膽と氣と有り,茅茨【ばくじ】に死するに忍びず。 

又た笑語に媚びず,兒嬉に伴う能わず。 

#4

乃ち道士の服を著く,眾人 臣を知る莫し。 

臣に賊を平らぐる策有り,狂童 治め難からず。 

其の言 簡にして要,陛下 幸に「之を聽け」と。 

天は空しくして日月高し,下に照して理遺【のこ】さず。 

或いは是れ章奏【しょうそう】繁くして,裁擇【さいたく】未だ斯【ここ】に及ばざるならん。 

美女004美女004

 

『送張道士』 現代語訳と訳註

(本文) #4

乃著道士服,眾人莫臣知。 

臣有平賊策,狂童不難治。 

其言簡且要,陛下幸聽之。 

天空日月高,下照理不遺。 

或是章奏繁,裁擇未及斯。 

 

 

(下し文) #4

乃ち道士の服を著く,眾人 臣を知る莫し。 

臣に賊を平らぐる策有り,狂童 治め難からず。 

其の言 簡にして要,陛下 幸に「之を聽け」と。 

天は空しくして日月高し,下に照して理遺【のこ】さず。 

或いは是れ章奏【しょうそう】繁くして,裁擇【さいたく】未だ斯【ここ】に及ばざるならん。 

 

 

(現代語訳)

それで、よんどころなく道士の服をつけたわけですけれど、それが衆人の家臣でありたいわたしの心をさとる者がいないのである。

わたしには、賊を平げる秘策をもっています。気の狂ったという小僧たちといっても治めるのは難からず。

そうはいっても、それが簡単なことで、かつそれを要求するので、陛下、このような幸いにあずかって、このうえはどうぞこれをお聴ききください。」と。

そしていう「天子は心をむなしくし、日月と共に高くす。それで、下々を照したもうて、あますところ無くことわりを遣わされなくてもよいのです。 

あるいは奏上のあまりに繁多なるがゆえにあきらかにし、決裁選択はいまだここまで及んでいることはないのです。
 

(訳注)#4

乃著道士服,眾人莫臣知。 

それで、よんどころなく道士の服をつけたわけですけれど、それが衆人の家臣でありたいわたしの心をさとる者がいないのである。

 

 

臣有平賊策,狂童不難治。 

わたしには、賊を平げる秘策をもっています。気の狂ったという小僧たちといっても治めるのは難からず。

・平賊策 賊軍を平定するための策略、戦略。元和九年閏八月、彰義節度使の呉少陽が死んだ。そのおいの呉元濟は少陽の死をかくして、そのまま少陽にかわって軍務をとり、九月に入って朝廷から呉少陽弔問の任を出したが、元濟はこれを迎えず叛乱した。ここでいう平賊という賊、次の句の狂童は、呉元済をさすものと考えてよいであろう。

 

其言簡且要,陛下幸聽之。 

そうはいっても、それが簡単なことで、かつそれを要求するので、陛下、このような幸いにあずかって、このうえはどうぞこれをお聴ききください。」と。

 

 

天空日月高,下照理不遺。 

そしていう「天子は心をむなしくし、日月と共に高くす。それで、下々を照したもうて、あますところ無くことわりを遣わされなくてもよいのです。

・下照理不通 天子の聡明は地上をてらして、一切をおさめて、とりのこされることなどはない。

 

或是章奏繁,裁擇未及斯。 

あるいは奏上のあまりに繁多なるがゆえにあきらかにし、決裁選択はいまだここまで及んでいることはないのです。

・或是章奏繁 にもかかわらず張道士の上書がとりあげられないのは、あるいは、これは、臣下や民間から天子に奏上するしょろ書類が多すぎるためではなかろうか。

・裁択 選択し裁下する。
終南山03 

送張道士 韓愈(韓退之) <188-#3>Ⅱ中唐詩805 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3009

韓愈《送張道士》#3 残念ながら打つべき一尺のむちもなく、わずかばかりの権力をもつ地位がないので、国家のために羌夷の異民族どもを鞭うつこともできないのだ。

 

2013年9月19日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

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送張道士幷序 #1

張道士。嵩高之隠者。通古今學。有文武長材。

張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。

寄跡老子法中。爲道士。以養其親。九年。

老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

聞朝廷將治東方貢賦之不如法者。三猷書不報。

ちかごろ朝廷で、法則通りに税金などを上納しない東方の潘鎮を処分される計画がある、と聞き、三たび上書して、この問題の処理法を具陳したけれども、お取り上げにはならなかった。

長揖而去。京師士大夫多爲詩以贈。而屬愈爲序。

詩日。

そこでみきりをつけて、帰ることにした。長安の紳士たちは、詩をつくってこれに贈るものが多く、あたくし韓愈がその序文をつくることになった。その詩で次のように言う。

 

送張道士 #2

大匠無棄材,尋尺各有施。 

すぐれた大工の棟梁というものは棄てる材木などだしはし無いのだ。一尋であれ一尺であれ、それぞれに使いどころがあるものだ。

況當營都邑,杞梓用不疑。 

まして、都の街並みを造営するにあたっては、器物を作るに用いる良材といわれるオオチもアズサもよい棟梁に用いられること疑いない。

張侯嵩高來,面有熊豹姿。 

張君は嵩山からやって来たのである、そのため、熊か豹かというような面構えだ。

開口論利害,劍鋒白差差。 

そして口を開いて政策の良し悪し得失を論じると、論調が剣のキッ先が白い剣の切つ尖のように鋭いのだ。

#3

恨無一尺捶,為國笞羌夷。 

残念ながら打つべき一尺のむちもなく、わずかばかりの権力をもつ地位がないので、国家のために羌夷の異民族どもを鞭うつこともできないのだ。

詣闕三上書,臣非黃冠師。 

朝廷にもうでて三たびたてまつった上奏書にいわく

「家臣たる者で、もとより黄なる冠いただく道士の身にあらず」

臣有膽與氣,不忍死茅茨。 

「家臣たる者で、肝もすわり、やる気、向かう気は十分あり、このまま隠者の家に世話になるままで一生を終わるわけにはいかないのです。」
又不媚笑語,不能伴兒嬉。 

「そして 人の冗談に調子合わせ、こびることなどしないし、子供じみたるたわむれのお相手をすることなどするわけもないことです。」

#4

乃著道士服,眾人莫臣知。 

臣有平賊策,狂童不難治。 

其言簡且要,陛下幸聽之。 

天空日月高,下照理不遺。 

或是章奏繁,裁擇未及斯。 

 

張道士を送る #2

大匠に棄材無し,尋尺も各の施す有り。 

況んや都邑を營むに當って,杞梓【きじ】用いられんことを疑わず。 

張侯は嵩高より來り,面に熊豹【ゆうひょう】の姿有り。 

口を開いて利害を論ずれば,劍鋒 白くして差差たり。 

#3

恨むらくは一尺の捶【すき】の,國の為に羌夷【きょうい】笞【むちう】つ無し。 

闕に詣【いた】って三たび上書す,臣は黃冠の師に非ず。 

臣に膽と氣と有り,茅茨【ばくじ】に死するに忍びず。 

又た笑語に媚びず,兒嬉に伴う能わず。 

#4

乃ち道士の服を著く,眾人 臣を知る莫し。 

臣に賊を平らぐる策有り,狂童 治め難からず。 

其の言 簡にして要,陛下 幸に「之を聽け」と。 

天は空しくして日月高し,下に照して理遺【のこ】さず。 

或いは是れ章奏【しょうそう】繁くして,裁擇【さいたく】未だ斯【ここ】に及ばざるならん。 

kyoko113
 

『送張道士』 現代語訳と訳註

(本文) #3

恨無一尺捶,為國笞羌夷。 

詣闕三上書,臣非黃冠師。 

臣有膽與氣,不忍死茅茨。 

又不媚笑語,不能伴兒嬉。 

 

 

(下し文) #3

恨むらくは一尺の捶【すき】の,國の為に羌夷【きょうい】笞【むちう】つ無し。 

闕に詣【いた】って三たび上書す,臣は黃冠の師に非ず。 

臣に膽と氣と有り,茅茨【ばくじ】に死するに忍びず。 

又た笑語に媚びず,兒嬉に伴う能わず。 

 

 

(現代語訳)

残念ながら打つべき一尺のむちもなく、わずかばかりの権力をもつ地位がないので、国家のために羌夷の異民族どもを鞭うつこともできないのだ。

朝廷にもうでて三たびたてまつった上奏書にいわく

「家臣たる者で、もとより黄なる冠いただく道士の身にあらず」

「家臣たる者で、肝もすわり、やる気、向かう気は十分あり、このまま隠者の家に世話になるままで一生を終わるわけにはいかないのです。」
「そして 人の冗談に調子合わせ、こびることなどしないし、子供じみたるたわむれのお相手をすることなどするわけもないことです。」

 

 

(訳注)#3

恨無一尺捶,為國笞羌夷。 

残念ながら打つべき一尺のむちもなく、わずかばかりの権力をもつ地位がないので、国家のために羌夷の異民族どもを鞭うつこともできないのだ。

・一尺捶 一尺のムチ。すなわちわずかばかりの権力をもつ地位。

・羌夷 えびす。漢民族以外の異民族をいう。

 

詣闕三上書,臣非黃冠師。 

朝廷にもうでて三たびたてまつった上奏書にいわく

「家臣たる者で、もとより黄なる冠いただく道士の身にあらず」

・黃冠師 道士。かれらは黄衣黄冠をつけるのでこういう。

 

臣有膽與氣,不忍死茅茨。 

「家臣たる者で、肝もすわり、やる気、向かう気は十分あり、このまま隠者の家に世話になるままで一生を終わるわけにはいかないのです。」

・茅茨 カヤとイバラ。それでふいた家。すなわち隠者のそまった家。そこで死ぬに忍びない、というのは仕官して官吏として努力もし、その努力にふさわしい地位につきたい希望を切にもっている、というのである。

 

又不媚笑語,不能伴兒嬉。 

「そして 人の冗談に調子合わせ、こびることなどしないし、子供じみたるたわむれのお相手をすることなどするわけもないことです。」
4岳陽樓詩人003 

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送張道士》#2 すぐれた大工の棟梁というものは棄てる材木などだしはし無いのだ。一尋であれ一尺であれ、それぞれに使いどころがあるものだ。まして、都の街並みを造営するにあたっては、器物を作るに用いる良材といわれるオオチもアズサもよい棟梁に用いられること疑いない。

 

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

送張道士 韓愈(韓退之) <188-#2>Ⅱ中唐詩804 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3004

 

 

送張道士幷序 #1

張道士。嵩高之隠者。通古今學。有文武長材。

張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。

寄跡老子法中。爲道士。以養其親。九年。

老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

聞朝廷將治東方貢賦之不如法者。三猷書不報。

ちかごろ朝廷で、法則通りに税金などを上納しない東方の潘鎮を処分される計画がある、と聞き、三たび上書して、この問題の処理法を具陳したけれども、お取り上げにはならなかった。

長揖而去。京師士大夫多爲詩以贈。而屬愈爲序。

詩日。

そこでみきりをつけて、帰ることにした。長安の紳士たちは、詩をつくってこれに贈るものが多く、あたくし韓愈がその序文をつくることになった。その詩で次のように言う。

 

送張道士 #2

大匠無棄材,尋尺各有施。 

すぐれた大工の棟梁というものは棄てる材木などだしはし無いのだ。一尋であれ一尺であれ、それぞれに使いどころがあるものだ。

況當營都邑,杞梓用不疑。 

まして、都の街並みを造営するにあたっては、器物を作るに用いる良材といわれるオオチもアズサもよい棟梁に用いられること疑いない。

張侯嵩高來,面有熊豹姿。 

張君は嵩山からやって来たのである、そのため、熊か豹かというような面構えだ。

開口論利害,劍鋒白差差。 

そして口を開いて政策の良し悪し得失を論じると、論調が剣のキッ先が白い剣の切つ尖のように鋭いのだ。

#3

恨無一尺捶,為國笞羌夷。 

詣闕三上書,臣非黃冠師。 

臣有膽與氣,不忍死茅茨。 

又不媚笑語,不能伴兒嬉。 

#4

乃著道士服,眾人莫臣知。 

臣有平賊策,狂童不難治。 

其言簡且要,陛下幸聽之。 

天空日月高,下照理不遺。 

或是章奏繁,裁擇未及斯。 

 

張道士を送る #2

大匠に棄材無し,尋尺も各の施す有り。 

況んや都邑を營むに當って,杞梓【きじ】用いられんことを疑わず。 

張侯は嵩高より來り,面に熊豹【ゆうひょう】の姿有り。 

口を開いて利害を論ずれば,劍鋒 白くして差差たり。 

#3

恨むらくは一尺の捶【すき】の,國の為に羌夷【きょうい】笞【むちう】つ無し。 

闕に詣【いた】って三たび上書す,臣は黃冠の師に非ず。 

臣に膽と氣と有り,茅茨【ばくじ】に死するに忍びず。 

又た笑語に媚びず,兒嬉に伴う能わず。 

#4

乃ち道士の服を著く,眾人 臣を知る莫し。 

臣に賊を平らぐる策有り,狂童 治め難からず。 

其の言 簡にして要,陛下 幸に「之を聽け」と。 

天は空しくして日月高し,下に照して理遺【のこ】さず。 

或いは是れ章奏【しょうそう】繁くして,裁擇【さいたく】未だ斯【ここ】に及ばざるならん。 

 

 

『送張道士』 現代語訳と訳註

王屋山01(本文) #2

送張道士

大匠無棄材,尋尺各有施。 

況當營都邑,杞梓用不疑。 

張侯嵩高來,面有熊豹姿。 

開口論利害,劍鋒白差差。 

 

 

(下し文) #2

張道士を送る

大匠に棄材無し,尋尺も各の施す有り。 

況んや都邑を營むに當って,杞梓【きじ】用いられんことを疑わず。 

張侯は嵩高より來り,面に熊豹【ゆうひょう】の姿有り。 

口を開いて利害を論ずれば,劍鋒 白くして差差たり。 

 

 

(現代語訳)

すぐれた大工の棟梁というものは棄てる材木などだしはし無いのだ。一尋であれ一尺であれ、それぞれに使いどころがあるものだ。

まして、都の街並みを造営するにあたっては、器物を作るに用いる良材といわれるオオチもアズサもよい棟梁に用いられること疑いない。

張君は嵩山からやって来たのである、そのため、熊か豹かというような面構えだ。

そして口を開いて政策の良し悪し得失を論じると、論調が剣のキッ先が白い剣の切つ尖のように鋭いのだ。

 

 

(訳注) #2

送張道士

(張道士を送る。)

・送張道士 底本巻二十一。張遺士については、序文と詩で知られること以外にくわしいことはわからない。韓愈には別に七言「飲城南道邊古墓上,逢中丞過,贈禮部衛員外少室張道士」(城南道辺の古墓上に中丞の過るに逢う礼部衛員外・少室張道士に贈る」といぅ詩があり、白居易『白居易集』 巻十二、 感傷四』『送張山人帰嵩陽』(張山人の嵩陽に帰るを送る)「長安古来名利地、空手無金行路」という詩がある。

 

大匠無棄材,尋尺各有施。 

すぐれた大工の棟梁というものは棄てる材木などだしはし無いのだ。一尋であれ一尺であれ、それぞれに使いどころがあるものだ。

・大匠 すぐれた大工の棟梁。

・棄材 棄てるべき材木。

・尋尺 尋は一ひらすなわち八尺、尺は一尺。

・有施 使い道がある。

 

況當營都邑,杞梓用不疑。 

まして、都の街並みを造営するにあたっては、器物を作るに用いる良材といわれるオオチもアズサもよい棟梁に用いられること疑いない。

・杞梓 オオチとアズサ。杞はカワヤナギということも考えられる。共に器物を作るに用いる良材。もっともこれを大材とするというよりも、良材、人材の意に用いられたということである。

 

張侯嵩高來,面有熊豹姿。 

張君は嵩山からやって来たのである、そのため、熊か豹かというような面構えだ。

・張侯 張さん。侯はもと爵位ある人の敬称だったが、のちには一般の敬称としても用いられた。

・嵩高 嵩山。洛陽の東南にある名山で、隠者が多くすみ、仏教・道教の寺観もあった。

・熊豹姿 勇猛なさま。

 

開口論利害,劍鋒白差差。 

そして口を開いて政策の良し悪し得失を論じると、論調が剣のキッ先が白い剣の切つ尖のように鋭いのだ。

・劍鋒 論調が剣のキッ先のようにする

どいというのである。

・白差差 すごいほどにまっ白だ。差差は擬音語で、シソとする、あるいはジーソとするというほどの意。

 終南山06

送張道士幷序 韓愈(韓退之) <188-#1>Ⅱ中唐詩803 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2999

《送張道士幷序》張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

 

2013年9月17日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 

送張道士幷序 韓愈(韓退之) <188-#1>Ⅱ中唐詩803 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2999

 

 

作者: 韓愈  814  元和九年 47

卷別: 卷三四五  文體: 五言古詩 

詩題: 送張道士 

作地點: 目前尚無資料 

及地點: 嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高     

交遊人物: 張道士

 

 

詩文:

送張道士幷序 #1

張道士。嵩高之隠者。通古今學。有文武長材。

張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。

寄跡老子法中。爲道士。以養其親。九年。

老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

聞朝廷將治東方貢賦之不如法者。三猷書不報。

ちかごろ朝廷で、法則通りに税金などを上納しない東方の潘鎮を処分される計画がある、と聞き、三たび上書して、この問題の処理法を具陳したけれども、お取り上げにはならなかった。

長揖而去。京師士大夫多爲詩以贈。而屬愈爲序。

詩日。

そこでみきりをつけて、帰ることにした。長安の紳士たちは、詩をつくってこれに贈るものが多く、あたくし韓愈がその序文をつくることになった。その詩で次のように言う。

張道士を送る 幷びに序 #1

張道士は、嵩高の隠者。古今の學に通じ、文武の長材有り。

跡を老子の法中に寄せ、道士と爲り、以って其の親を養うこと、九年なり。

朝廷の將に東方の貢賦の不法の如くならざる者を治めむと聞き、三たび書を猷ぜしも報ぜられず。

長揖【ちょうゆう】して去る。

京師の士大夫、多く爲詩を以って贈り、而して愈に屬して序を爲【つく】らしむ。詩に日く。

 

送張道士 #2

大匠無棄材,尋尺各有施。 

況當營都邑,杞梓用不疑。 

張侯嵩高來,面有熊豹姿。 

開口論利害,劍鋒白差差。 

#3

恨無一尺捶,為國笞羌夷。 

詣闕三上書,臣非黃冠師。 

臣有膽與氣,不忍死茅茨。 

又不媚笑語,不能伴兒嬉。 

#4

乃著道士服,眾人莫臣知。 

臣有平賊策,狂童不難治。 

其言簡且要,陛下幸聽之。 

天空日月高,下照理不遺。 

或是章奏繁,裁擇未及斯。 

#5

寧當不俟報,歸袖風披披。 

答我事不爾,吾親屬吾思。 

昨宵夢倚門,手取連環持。 

今日有書至,又言歸何時。 

霜天熟柿栗,收拾不可遲。

#6 

嶺北梁可構,寒魚下清伊。 

既非公家用,且復還其私。 

從容進退間,無一不合宜。 

時有利不利,雖賢欲奚為。 

但當勵前操,富貴非公誰。 

mugi880 

 

『送張道士』 現代語訳と訳註

(本文)

送張道士幷序 #1

張道士。嵩高之隠者。通古今學。有文武長材。

寄跡老子法中。爲道士。以養其親。九年。

聞朝廷將治東方貢賦之不如法者。三猷書不報。

長揖而去。京師士大夫多爲詩以贈。而屬愈爲序。

 

 

(下し文)

張道士を送る 幷びに序 #1

張道士は、嵩高の隠者。古今の學に通じ、文武の長材有り。

跡を老子の法中に寄せ、道士と爲り、以って其の親を養うこと、九年なり。

朝廷の將に東方の貢賦の不法の如くならざる者を治めむと聞き、三たび書を猷ぜしも報ぜられず。

長揖【ちょうゆう】して去る。

京師の士大夫、多く爲詩を以って贈り、而して愈に屬して序を爲【つく】らしむ。詩に日く。

 

 

(現代語訳)

張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。

老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

ちかごろ朝廷で、法則通りに税金などを上納しない東方の潘鎮を処分される計画がある、と聞き、三たび上書して、この問題の処理法を具陳したけれども、お取り上げにはならなかった。

そこでみきりをつけて、帰ることにした。長安の紳士たちは、詩をつくってこれに贈るものが多く、あたくし韓愈がその序文をつくることになった。その詩で次のように言う。

 

 

(訳注)

送張道士幷序 #1

・送張道士 底本巻二十一。張遺士については、序文と詩で知られること以外にくわしいことはわからない。韓愈には別に七言「飲城南道邊古墓上,逢中丞過,贈禮部衛員外少室張道士」(城南道辺の古墓上に中丞の過るに逢う礼部衛員外・少室張道士に贈る」といぅ詩があり、白居易『白居易集』 巻十二、 感傷四』『送張山人帰嵩陽』(張山人の嵩陽に帰るを送る)「長安古来名利地、空手無金行路」という詩がある。題中にみえる張道士も同じ人物であろう。ともかく道士ではあっても、それはただ生活のためにやっているので、仕官したい気持ちをもっている人だったから、韓愈のこの詩も、さきの「誰氏子」にみえるような非難のことばは少しもない。

 

張道士、嵩高之隠者、通古今學、有文武長材。

張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。

 

寄跡老子法中、爲道士、以養其親、九年。

老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

 

聞朝廷將治東方貢賦之不如法者、三猷書不報。

ちかごろ朝廷で、法則通りに税金などを上納しない東方の潘鎮を処分される計画がある、と聞き、三たび上書して、この問題の処理法を具陳したけれども、お取り上げにはならなかった。

 

長揖而去、京師士大夫多爲詩以贈。而屬愈爲序。詩日。

そこでみきりをつけて、帰ることにした。長安の紳士たちは、詩をつくってこれに贈るものが多く、あたくし韓愈がその序文をつくることになった。その詩で次のように言う。
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奉和庫部盧四兄曹長元日朝廻 韓愈(韓退之) <187>Ⅱ中唐詩802 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2994

奉和庫部盧四兄曹長元日朝廻天子を守る衛兵は夜になって出御の近づいたことを告げる太鼓を鳴らして、羽の旗を掲げている。春の雲に変わり草木の萌える臭いが広がると夜明けを告げる鶏が元気に叫んでいる。黄金に飾られた香炉に香煙がくゆり、宮殿へつづく竜の頭に飾られた欄干の足元は暗い。宮殿に揃う者たちの佩び玉の音が響き、雉尾の扇は おごそかに高い。
 

2013年9月16日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(10)#4-3 文選 賦<109-#4-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩889 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2993
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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奉和庫部盧四兄曹長元日朝廻 韓愈(韓退之) <187>Ⅱ中唐詩802 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2994
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 649 五言律詩 《巴西驛亭觀江漲呈竇使君,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <554>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2995 杜甫詩1000-554-793/1500
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 

奉和庫部盧四兄曹長元日朝廻 韓愈(韓退之) <187>Ⅱ中唐詩802 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2994

 

 

卷別: 卷三四三  文體: 七言律詩 

詩題: 奉和庫部盧四兄曹長元日朝回〔案:盧汀也。〕 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

交遊人物: 盧汀 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 

詩文:

奉和庫部盧四兄曹長元日朝回

(庫部をつかさどる盧汀曹長が「元日朝回」の詩に唱和した詩を奉る。)

天仗宵嚴建羽旄,春雲送色曉雞號。 

天子を守る衛兵は夜になって出御の近づいたことを告げる太鼓を鳴らして、羽の旗を掲げている。春の雲に変わり草木の萌える臭いが広がると夜明けを告げる鶏が元気に叫んでいる。

金爐香動螭頭暗,玉珮聲來雉尾高。 

黄金に飾られた香炉に香煙がくゆり、宮殿へつづく竜の頭に飾られた欄干の足元は暗い。宮殿に揃う者たちの佩び玉の音が響き、雉尾の扇は おごそかに高い。

戎服上趨承北極,儒冠列侍映東曹。 

儀仗衛兵の指揮官は天子の前に進み出て朝廷の左右内外の平安を奏上する。朝廷の文官は列を整え、東側に居並ぶ。

太平時節難身遇,郎署何須歎二毛。 

此れだけの太平の世はありがたくいただくものである。郎中のいる役所にはどういうことか嘆くことの表れである白髪頭がそろっているという。

 

庫部盧四兄曹長の「元日朝より回える」に和し奉る。

天仗【てんじょう】 宵嚴【しょうげん】にして羽旄【うぼう】を建つ,春雲 色を送って曉雞 號【さけ】ぶ。 

金爐【きんろ】香 動いて 螭頭【ちとう】暗く,玉珮【ぎょくはい】聲來って 雉尾【ちび】高し。 

戎服【じゅうふく】上趨【じょうすう】して北極を承け,儒冠【じゅかん】列侍して 東曹に映ず。

太平の時節 身 遇い難し,郎署【ろうしょ】何ぞ須いむ 二毛を歎ずるを。  

DCF00212 

 

『奉和庫部盧四兄曹長元日朝回』現代語訳と訳註

(本文)

奉和庫部盧四兄曹長元日朝回

天仗宵嚴建羽旄,春雲送色曉雞號。 

金爐香動螭頭暗,玉珮聲來雉尾高。 

戎服上趨承北極,儒冠列侍映東曹。 

太平時節難身遇,郎署何須歎二毛。 

 

 

詩文(含異文)

天仗宵嚴建羽旄,春雲送色曉雞號。

金爐香動螭頭暗,玉珮聲來雉尾高。

戎服上趨承北極,儒冠列侍映東曹。

太平時節難身遇【太平時節身難遇】,郎署何須歎二毛。 

 

(下し文)

庫部盧四兄曹長の「元日朝より回える」に和し奉る。

天仗【てんじょう】 宵嚴【しょうげん】にして羽旄【うぼう】を建つ,春雲 色を送って曉雞 號【さけ】ぶ。 

金爐【きんろ】香 動いて 螭頭【ちとう】暗く,玉珮【ぎょくはい】聲來って 雉尾【ちび】高し。 

戎服【じゅうふく】上趨【じょうすう】して北極を承け,儒冠【じゅかん】列侍して 東曹に映ず。

太平の時節 身 遇い難し,郎署【ろうしょ】何ぞ須いむ 二毛を歎ずるを。  

 

 

(現代語訳)

(庫部をつかさどる盧汀曹長が「元日朝回」の詩に唱和した詩を奉る。)

天子を守る衛兵は夜になって出御の近づいたことを告げる太鼓を鳴らして、羽の旗を掲げている。春の雲に変わり草木の萌える臭いが広がると夜明けを告げる鶏が元気に叫んでいる。

黄金に飾られた香炉に香煙がくゆり、宮殿へつづく竜の頭に飾られた欄干の足元は暗い。宮殿に揃う者たちの佩び玉の音が響き、雉尾の扇は おごそかに高い。

儀仗衛兵の指揮官は天子の前に進み出て朝廷の左右内外の平安を奏上する。朝廷の文官は列を整え、東側に居並ぶ。

此れだけの太平の世はありがたくいただくものである。郎中のいる役所にはどういうことか嘆くことの表れである白髪頭がそろっているという。
 

kairo10680 

 


(訳注)

奉和庫部盧四兄曹長元日朝回

(庫部をつかさどる盧汀曹長が「元日朝回」の詩に唱和した詩を奉る。)

・奉和庫都塵四兄曹長元日朝唱 底本巻九。

・庫部 戎器・幽簿・儀仗を司る官。ここは庫部員外郎の略。員外郎は課長ぐらいにあたる。

・盧四 慮汀のこと。字は雲夫、四は排行である。

・曹長 唐代には尚書丞郎をこう称した。員外部は院長とよぶ。碑愈は盧汀とはたびたび唱和していて、他の詩では院長とよんでいる。この詩を作ったときも院長とよぶべきだが、それを曹長とよんでいるのほ、あるいは盧汀が昇叙の内命をうけていたためであるかもしれない。

 

天仗 宵嚴 建羽旄 ,春雲 送色 曉雞

天子を守る衛兵は夜になって出御の近づいたことを告げる太鼓を鳴らして、羽の旗を掲げている。春の雲に変わり草木の萌える臭いが広がると夜明けを告げる鶏が元気に叫んでいる。

・天仗 天子の儀杖衛兵。

・宵餃 宵は夜。厳は天子の出御の時の近づいたことを知らす大鼓。

・羽旄 羽かざりのついた旗。

 

 

金爐 香動 螭頭 ,玉珮 聲來 雉尾

黄金に飾られた香炉に香煙がくゆり、宮殿へつづく竜の頭に飾られた欄干の足元は暗い。宮殿に揃う者たちの佩び玉の音が響き、雉尾の扇は おごそかに高い。

・螭頭 角のない竜の頭。欄干などの飾りの形をいう。

・雉尾 キジの尾でつくった大きな団扇。

 

 

戎服 上趨 承北極 ,儒冠 列侍 東曹

儀仗衛兵の指揮官は天子の前に進み出て朝廷の左右内外の平安を奏上する。朝廷の文官は列を整え、東側に居並ぶ。

・戎服 武官。ここは衛兵の指揮官である金吾将軍をさすもののようである。

・上趨承北極 天子の前に進み出て朝廷の左右内外の平安を奏上する。

・儒冠 文官。

・映東曹 東側に屏ならぶ。

 

 

太平 時節 身遇 ,郎署 何須 二毛

此れだけの太平の世はありがたくいただくものである。郎中のいる役所にはどういうことか嘆くことの表れである白髪頭がそろっているという。

・部署 郎中のいる役所。この詩を作ったとき韓愈は考功郎中だった。漢の顔駟という人は不遇で、白髪になってもまだ郎中より上の役に昇れなかったという故事をふまえ、自分を含めた中郎の者が白髪だらけである。韓愈のユーモア表現である。

・二毛 白髪。

 miyajima0033221107930

早赴街西行香,贈盧、李二中舍人 韓愈(韓退之) <186>Ⅱ中唐詩801 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2989

韓愈≪早赴街西行香長安の街はひろく国忌行香といっても東と西とでは随分違った様子である。天子のお命でとうとうあちこち遊び廻われたのである。

 

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
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早赴街西行香,贈盧、李二中舍人 韓愈(韓退之) <186>Ⅱ中唐詩801 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2989

 

 

作者: 韓愈  816年 元和十一年  49

卷別: 卷三四二  文體: 五言律詩 

詩題: 早赴街西行香,贈盧、李二中舍人

〔盧汀、李逢吉。〕 

作地點: 長安(京畿道 京兆府 長安)   

及地點: 天街(京畿道 京兆府 長安)     

交遊人物: 盧汀 當地交遊(京畿道 京兆府 長安) 、李逢吉 當地交遊(京畿道 京兆府 長安)

 

 

詩文:

早赴街西行香,贈盧、李二中舍人

(早朝から天命により長安の西街に赴いて盧汀、李逢吉の二人の中舍人にこの詩を贈る。)

天街東西異,祗命遂成遊。

長安の街はひろく国忌行香といっても東と西とでは随分違った様子である。天子のお命でとうとうあちこち遊び廻われたのである。

月明御溝曉,蟬吟堤樹秋。

明月は御溝にキラキラと輝きてらして、夜明けがちかづいているようだ。秋蝉が啼いていて土手の堤の樹木も秋の様相を示している。

老僧情不薄,僻寺境還幽。

天命の国忌行香であっても老僧は不愛想でない、街はずれの寺の境内にくると清々しく幽閑だった。

寂寥二三子,歸騎得相收。

やはりひっそり行香遊びでここにいた二人三人がいる。その人たちと帰りをご一緒してよかった。

 

早【あした】に街西に赴きて行香し,盧・李二中舍人に贈る

天街 東西 異る,祗た命じて遂に遊びを成す。

月明 御溝の曉,蟬吟 堤樹の秋。

老僧 情 薄からず,僻寺 境 還た幽なり。

寂寥たり 二三子,歸騎 相い收むるを得たり。

満月00 

 

『早赴街西行香,贈盧、李二中舍人』 現代語訳と訳註

(本文)

早赴街西行香,贈盧、李二中舍人

天街東西異,祗命遂成遊。

月明御溝曉,蟬吟堤樹秋。

老僧情不薄,僻寺境還幽。

寂寥二三子,歸騎得相收。

 

 

(下し文)

早【あした】に街西に赴きて行香し,盧・李二中舍人に贈る

天街 東西 異る,祗た命じて遂に遊びを成す。

月明 御溝の曉,蟬吟 堤樹の秋。

老僧 情 薄からず,僻寺 境 還た幽なり。

寂寥たり 二三子,歸騎 相い收むるを得たり。

 

 

(現代語訳)

(早朝から天命により長安の西街に赴いて盧汀、李逢吉の二人の中舍人にこの詩を贈る。)

長安の街はひろく国忌行香といっても東と西とでは随分違った様子である。天子のお命でとうとうあちこち遊び廻われたのである。

明月は御溝にキラキラと輝きてらして、夜明けがちかづいているようだ。秋蝉が啼いていて土手の堤の樹木も秋の様相を示している。

天命の国忌行香であっても老僧は不愛想でない、街はずれの寺の境内にくると清々しく幽閑だった。

やはりひっそり行香遊びでここにいた二人三人がいる。その人たちと帰りをご一緒してよかった。

 

(訳注)

早赴街西行香,贈盧、李二中舍人

(早朝から天命により長安の西街に赴いて盧汀、李逢吉の二人の中舍人にこの詩を贈る。)

・早赴街西行香贈鹿李二中舍人 民本巻七

は早朝。

・街西は長安の西街。

行香は香炉を執って仏全道場内を綴りゆくこと。唐代では単に行香といっても因忌行香のことをさすことが多いが、この詩の場合もそうであったかどうかは、はっきりしない。国忌行香とは、天子及び皇后の崩去の日、すなわち忌晨を、国家的忌晨として全国わ官民が一定の仏寺、道観にあっまって行香の儀式を行なったことである。盧、李は盧汀、李逢吉の二人。李達吉は、字は慮舟、悶西の人で、元和九年中書舎人、十一年間平章事になった。

七言律詩『奉和庫部盧四兄曹長元日朝廻』がある

 

天街東西異,祗命遂成遊。

長安の街はひろく国忌行香といっても東と西とでは随分違った様子である。天子のお命でとうとうあちこち遊び廻われたのである。

・天街 長安の街。

・祗命 命ぜられたから。この行香が国忌行香であり、皇帝の命による強制力をもつものであった。排仏家の韓恵は、行楽の場所あるいは宿舎として寺院を利用はしたが、仏教行事に自ら参加することはなかったはずで、それを参加するのだから、命によりやむなくとの意をこめてこの文字を使用したのかもしれない.

 

月明御溝曉,蟬吟堤樹秋。

明月は御溝にキラキラと輝きてらして、夜明けがちかづいているようだ。秋蝉が啼いていて土手の堤の樹木も秋の様相を示している。

・御溝 宮城の内外を流れる御掘。

 

老僧情不薄,僻寺境還幽。

天命の国忌行香であっても老僧は不愛想でない、街はずれの寺の境内にくると清々しく幽閑だった。

 

寂寥二三子,歸騎得相收。

やはりひっそり行香遊びでここにいた二人三人がいる。その人たちと帰りをご一緒してよかった。

・相収 同行というほどの意。
岳陽樓詩人0051 

病鴟 韓愈(韓退之) <185-#5>Ⅱ中唐詩800 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2984

韓愈《病鴟》#5 偶然に得る幸運などおまえにそんな幸福はないだろうから、天空の岐路ではお前がどちらか窺うことを止めることだ。


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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 
病鴟 韓愈(韓退之

) <185-#5>Ⅱ中唐詩800 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2984

 

 

病鴟 #1

(世の中の汚れに鴟【とび】が病【わずら】う。)

屋東惡水溝,有鴟墮鳴悲。 

この家の東側には運河の水が汚れている。トンビがいるが堕ちて悲しげに鳴いている。

青泥揜兩翅,拍拍不得離。 

靑泥が両の羽にかかって付いてしまった。羽音をパタパタするけれど靑泥の水溝から離れることが出来ない。

群童叫相召,瓦礫爭先之。 

沢山の子供が騒ぎ立てていて互いを呼び合って叫んでいる。つまらない者たちがこれらのなかで我の先と争っている。

計校生平事,殺卻理亦宜。

はかり考えることは常日頃のこととしている。それによって殺されるか却って理にかなっていてまた成り行きとして良いということなのである。

#1

鴟【とび】が病【わずら】う 

屋の東 惡水溝あり,鴟有り墮ちて鳴悲す。 

青泥 兩翅に揜し,拍拍として離れること得ず。 

童群って 相い召して叫び,瓦礫として 之を先すを爭う。 

計校すは平事を生じ,殺 卻て 理も亦た宜し。

 

#2

奪攘不愧恥,飽滿盤天嬉。 

奪い取るように奪い、恥となることを愧じとしないし、張り裂けるほど満杯で飽きてしまい、おおきな天空をたのしむことを喜ぶ。

晴日占光景,高風恣追隨。 

晴れ渡り日に照らされるその光景はこの世界を占め、高い所を吹く風はただ好き勝手に追いかけてそれを又追跡している。

遂凌鸞鳳群,肯顧鴻鵠卑。 

ついに鸞鳳の群を凌駕する。あえてかえりみると鴻や鵠が卑しく見えるのである。

今者命運窮,遭逢巧丸兒。

いまにして、命運が窮まるのであるし、遭遇するのは巧みに円状に子供が集まっているのに出会うことである。

#2

攘を奪い恥を愧じず,滿を飽き天を盤【たの】しみ嬉ぶ。 

晴日 光景を占め,高風 追隨を恣【ほしいま】まにす。 

遂に鸞鳳の群を凌ぎ,肯えて鴻鵠の卑しきを顧みる。 

今者にして命運 窮め,遭すは巧みに丸兒に逢う。

 

#3

中汝要害處,汝能不得施。 

それでもおまえにはその中に要害の場所があり、それで、おまえによく施してやれないこともあるのだ。

於吾乃何有,不忍乘其危。 

我々にはそんなところはどこにあるのだろうか、その場に乗じて危険を絶え凌げられないのである。

丐汝將死命,浴以清水池。 

そうなればおまえに乞い求めることは「死ね」ということになる。そうであれば清らかな水の池で水を浴びられるであろう。

朝餐輟魚肉,暝宿防狐貍。

朝食事をとるのは魚と肉を止めることであり、暗くなって休む時はキツネやタヌキから防御することなのである。

 

#3

中【なか】ほどに汝 要害の處あり,汝 能く施しを得ず。 

吾に於て乃ち何ぞ有りや,乘して其の危を忍ばず。 

汝に丐うは將に死命せよ,以って清水の池に浴す。 

朝餐 魚肉を輟【とど】め,暝宿 狐貍を防ぐ。

 

#4

自知無以致,蒙德久猶疑。 

自ずから無意味であっても行くしかないことを認知し、天の徳行を蒙っているというのも長い間うたがい続けていた。

飽入深竹叢,飢來傍階基。 

竹林鬱蒼と茂っている奥まったところへ入っていくのも飽きてしまい、そこで飢えてきて朝廷の階の基礎に來るのである。

亮無責報心,固以聽所為。 

明らかに無意味なことは心持に酬いることに責任を持つことであり、こていてきなかんがえをもってその理由を聞くのである。

昨日有氣力,飛跳弄藩籬。

昨日までは気力をもっていた、とびあがって防備のための囲いをもてあそんでみたのである。

 

自ら知る 無し以て致り,德を蒙むるも 久しく猶お疑う。

深く竹叢を入るを飽く,飢來りて階基を傍にす。 

亮無 報心を責とし,固 以て所為【せい】を聽く。 

昨日 氣力有り,飛跳 藩籬を弄ぶ。

 

#5

今晨忽徑去,曾不報我知。 

この朝になってすぐに道にしたがって去って行く、そうすることで却って我々が知ることに報いることをしないのだ。

僥倖非汝福,天衢汝休窺。 

偶然に得る幸運などおまえにそんな幸福はないだろうから、天空の岐路ではお前がどちらか窺うことを止めることだ。

京城事彈射,豎子不易欺。 

都の城郭内では仕事は撃ちはなって射とめることだし、考えの浅い者が、容易にだますことなどできはしない。

勿諱泥坑辱,泥坑乃良規。 

もっとも、諱はどうしても抜けられない泥沼にいるようだし、その泥沼のような状態はすなわち良い「きまり」ということなのだ。

#5

今晨 忽ち徑去り,曾て我が知るに報いざる。 

僥倖 汝福非らざり,天衢 汝 窺【うかが】うを休【や】む。 

京城 事 彈射,豎子 欺き易らず。 

勿ち諱【いみな】泥坑の辱,泥坑乃ち良規なり。 

 

 

『病鴟』 現代語訳と訳註

大鷹01(本文) #5

今晨忽徑去,曾不報我知。 

僥倖非汝福,天衢汝休窺。 

京城事彈射,豎子不易欺。 

勿諱泥坑辱,泥坑乃良規。

 

 

(下し文)

今晨 忽ち徑去り,曾て我が知るに報いざる。 

僥倖 汝福非らざり,天衢 汝 窺【うかが】うを休【や】む。 

京城 事 彈射,豎子 欺き易らず。 

勿ち諱【いみな】泥坑の辱,泥坑乃ち良規なり。 

 

 

(現代語訳)

この朝になってすぐに道にしたがって去って行く、そうすることで却って我々が知ることに報いることをしないのだ。

偶然に得る幸運などおまえにそんな幸福はないだろうから、天空の岐路ではお前がどちらか窺うことを止めることだ。

都の城郭内では仕事は撃ちはなって射とめることだし、考えの浅い者が、容易にだますことなどできはしない。

もっとも、諱はどうしても抜けられない泥沼にいるようだし、その泥沼のような状態はすなわち良い「きまり」ということなのだ。

 

 

(訳注)#5

今晨忽徑去,曾不報我知。 

この朝になってすぐに道にしたがって去って行く、そうすることで却って我々が知ることに報いることをしないのだ。

 

僥倖非汝福,天衢汝休窺。 

偶然に得る幸運などおまえにそんな幸福はないだろうから、天空の岐路ではお前がどちらか窺うことを止めることだ。

・僥倖【ぎょうこう】1 思いがけない幸い。偶然に得る幸運。2 幸運を願い待つこと。

・衢/巷/岐【ちまた】とは。《「道()(また)」の意》1㋐道の分かれる所。分かれ道。岐路。㋑物事の分かれ目。「生死の―をさまよう」「命を寵辱(ちょうじょく)の―に懸け」〈露伴・二日物語〉2㋐人が大ぜい集まっている

 

京城事彈射,豎子不易欺。 

都の城郭内では仕事は撃ちはなって射とめることだし、考えの浅い者が、容易にだますことなどできはしない。

・豎子不易欺 考えの浅い者が、容易にだますことなどできはしない。「史記-項羽本紀」 「嗟]、豎子不足与謀。奪項王天下者、必沛公也。吾属今為之虜矣」(考えの浅い者とは、重大なことについて相談しても仕方がないということ。)に基づいている

 

勿諱泥坑辱,泥坑乃良規。

もっとも、諱はどうしても抜けられない泥沼にいるようだし、その泥沼のような状態はすなわち良い「きまり」ということなのだ。

泥坑1泥のたまったくぼ地,泥沼,ぬかるみ.泥沼にはまった。地面を掘って大きな泥沼ができた.2(比喩的に;どうしても抜けられない)泥沼.形而上学の泥沼に陥る.
長安付近図00 

病鴟 韓愈(韓退之) <185-#4>Ⅱ中唐詩799 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2979

韓愈《病鴟》(4) 自ずから無意味であっても行くしかないことを認知し、天の徳行を蒙っているというのも長い間うたがい続けていた。

 

2013年9月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    

 

病鴟 韓愈(韓退之) <185-#4>Ⅱ中唐詩799 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2979

 

 

病鴟 #1

(世の中の汚れに鴟【とび】が病【わずら】う。)

屋東惡水溝,有鴟墮鳴悲。 

この家の東側には運河の水が汚れている。トンビがいるが堕ちて悲しげに鳴いている。

青泥揜兩翅,拍拍不得離。 

靑泥が両の羽にかかって付いてしまった。羽音をパタパタするけれど靑泥の水溝から離れることが出来ない。

群童叫相召,瓦礫爭先之。 

沢山の子供が騒ぎ立てていて互いを呼び合って叫んでいる。つまらない者たちがこれらのなかで我の先と争っている。

計校生平事,殺卻理亦宜。

はかり考えることは常日頃のこととしている。それによって殺されるか却って理にかなっていてまた成り行きとして良いということなのである。

#1

鴟【とび】が病【わずら】う 

屋の東 惡水溝あり,鴟有り墮ちて鳴悲す。 

青泥 兩翅に揜し,拍拍として離れること得ず。 

童群って 相い召して叫び,瓦礫として 之を先すを爭う。 

計校すは平事を生じ,殺 卻て 理も亦た宜し。

 

#2

奪攘不愧恥,飽滿盤天嬉。 

奪い取るように奪い、恥となることを愧じとしないし、張り裂けるほど満杯で飽きてしまい、おおきな天空をたのしむことを喜ぶ。

晴日占光景,高風恣追隨。 

晴れ渡り日に照らされるその光景はこの世界を占め、高い所を吹く風はただ好き勝手に追いかけてそれを又追跡している。

遂凌鸞鳳群,肯顧鴻鵠卑。 

ついに鸞鳳の群を凌駕する。あえてかえりみると鴻や鵠が卑しく見えるのである。

今者命運窮,遭逢巧丸兒。

いまにして、命運が窮まるのであるし、遭遇するのは巧みに円状に子供が集まっているのに出会うことである。

#2

攘を奪い恥を愧じず,滿を飽き天を盤【たの】しみ嬉ぶ。 

晴日 光景を占め,高風 追隨を恣【ほしいま】まにす。 

遂に鸞鳳の群を凌ぎ,肯えて鴻鵠の卑しきを顧みる。 

今者にして命運 窮め,遭すは巧みに丸兒に逢う。

 

#3

中汝要害處,汝能不得施。 

それでもおまえにはその中に要害の場所があり、それで、おまえによく施してやれないこともあるのだ。

於吾乃何有,不忍乘其危。 

我々にはそんなところはどこにあるのだろうか、その場に乗じて危険を絶え凌げられないのである。

丐汝將死命,浴以清水池。 

そうなればおまえに乞い求めることは「死ね」ということになる。そうであれば清らかな水の池で水を浴びられるであろう。

朝餐輟魚肉,暝宿防狐貍。

朝食事をとるのは魚と肉を止めることであり、暗くなって休む時はキツネやタヌキから防御することなのである。

 

#3

中【なか】ほどに汝 要害の處あり,汝 能く施しを得ず。 

吾に於て乃ち何ぞ有りや,乘して其の危を忍ばず。 

汝に丐うは將に死命せよ,以って清水の池に浴す。 

朝餐 魚肉を輟【とど】め,暝宿 狐貍を防ぐ。

 

#4

自知無以致,蒙德久猶疑。 

自ずから無意味であっても行くしかないことを認知し、天の徳行を蒙っているというのも長い間うたがい続けていた。

飽入深竹叢,飢來傍階基。 

竹林鬱蒼と茂っている奥まったところへ入っていくのも飽きてしまい、そこで飢えてきて朝廷の階の基礎に來るのである。

亮無責報心,固以聽所為。 

明らかに無意味なことは心持に酬いることに責任を持つことであり、こていてきなかんがえをもってその理由を聞くのである。

昨日有氣力,飛跳弄藩籬。

昨日までは気力をもっていた、とびあがって防備のための囲いをもてあそんでみたのである。

 

自ら知る 無し以て致り,德を蒙むるも 久しく猶お疑う。

深く竹叢を入るを飽く,飢來りて階基を傍にす。 

亮無 報心を責とし,固 以て所為【せい】を聽く。 

昨日 氣力有り,飛跳 藩籬を弄ぶ。

 

#5

今晨忽徑去,曾不報我知。 

僥倖非汝福,天衢汝休窺。 

京城事彈射,豎子不易欺。 

勿諱泥坑辱,泥坑乃良規。 

#5

今晨 忽ち徑去り,曾て我が知るに報いざる。 

僥倖 汝福非らざり,天衢 汝 窺【うかが】うを休【や】む。 

京城 事 彈射,豎子 欺き易らず。 

勿ち諱【いみな】泥坑の辱,泥坑乃ち良規なり。 

 

 

『病鴟』 現代語訳と訳註

(本文) #4

自知無以致,蒙德久猶疑。 

飽入深竹叢,飢來傍階基。 

亮無責報心,固以聽所為。 

昨日有氣力,飛跳弄藩籬。

 

 

(下し文)

自ら知る 無し以て致り,德を蒙むるも 久しく猶お疑う。 

深く竹叢を入るを飽く,飢來りて階基を傍にす。 

亮無 報心を責とし,固 以て所為【せい】を聽く。 

昨日 氣力有り,飛跳 藩籬を弄ぶ。

 

 

(現代語訳)

自ずから無意味であっても行くしかないことを認知し、天の徳行を蒙っているというのも長い間うたがい続けていた。

竹林鬱蒼と茂っている奥まったところへ入っていくのも飽きてしまい、そこで飢えてきて朝廷の階の基礎に來るのである。

明らかに無意味なことは心持に酬いることに責任を持つことであり、こていてきなかんがえをもってその理由を聞くのである。

昨日までは気力をもっていた、とびあがって防備のための囲いをもてあそんでみたのである。

 

 

(訳注) #4

自知無以致,蒙德久猶疑。 

自ずから無意味であっても行くしかないことを認知し、天の徳行を蒙っているというのも長い間うたがい続けていた。

 

飽入深竹叢,飢來傍階基。 

竹林鬱蒼と茂っている奥まったところへ入っていくのも飽きてしまい、そこで飢えてきて朝廷の階の基礎に來るのである。

 

亮無責報心,固以聽所為。 

明らかに無意味なことは心持に酬いることに責任を持つことであり、こていてきなかんがえをもってその理由を聞くのである。

・亮 明らか、明るい、賢い、光線、助ける、

 

昨日有氣力,飛跳弄藩籬。

昨日までは気力をもっていた、とびあがって防備のための囲いをもてあそんでみたのである。

・藩籬 【はんり】① 垣根。垣。防備のための囲い。藩籬(はんり)。② 守護するもの。特に、王家を守護するもの。藩翰(はんかん)【藩屏】。③ 直轄の領地。④ 他と隔てるもの。「博愛を唱えてみだりに―を作り」⑤ 学問・芸術などの糸口。初歩的な段階。

病鴟 韓愈(韓退之) <185-#3>Ⅱ中唐詩798 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2974

韓愈《病鴟》 それでもおまえにはその中に要害の場所があり、それで、おまえによく施してやれないこともあるのだ。我々にはそんなところはどこにあるのだろうか、その場に乗じて危険を絶え凌げられないのである。

 

2013年9月12日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html    
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304    
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html    
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

病鴟 韓愈(韓退之) <185-#3>Ⅱ中唐詩798 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2974

 

 

病鴟 #1

(世の中の汚れに鴟【とび】が病【わずら】う。)

屋東惡水溝,有鴟墮鳴悲。 

この家の東側には運河の水が汚れている。トンビがいるが堕ちて悲しげに鳴いている。

青泥揜兩翅,拍拍不得離。 

靑泥が両の羽にかかって付いてしまった。羽音をパタパタするけれど靑泥の水溝から離れることが出来ない。

群童叫相召,瓦礫爭先之。 

沢山の子供が騒ぎ立てていて互いを呼び合って叫んでいる。つまらない者たちがこれらのなかで我の先と争っている。

計校生平事,殺卻理亦宜。

はかり考えることは常日頃のこととしている。それによって殺されるか却って理にかなっていてまた成り行きとして良いということなのである。 

#2

ani0021奪攘不愧恥,飽滿盤天嬉。 

奪い取るように奪い、恥となることを愧じとしないし、張り裂けるほど満杯で飽きてしまい、おおきな天空をたのしむことを喜ぶ。

晴日占光景,高風恣追隨。 

晴れ渡り日に照らされるその光景はこの世界を占め、高い所を吹く風はただ好き勝手に追いかけてそれを又追跡している。

遂凌鸞鳳群,肯顧鴻鵠卑。 

ついに鸞鳳の群を凌駕する。あえてかえりみると鴻や鵠が卑しく見えるのである。

今者命運窮,遭逢巧丸兒。

いまにして、命運が窮まるのであるし、遭遇するのは巧みに円状に子供が集まっているのに出会うことである。

 

#2

攘を奪い恥を愧じず,滿を飽き天を盤【たの】しみ嬉ぶ。 

晴日 光景を占め,高風 追隨を恣【ほしいま】まにす。 

遂に鸞鳳の群を凌ぎ,肯えて鴻鵠の卑しきを顧みる。 

今者にして命運 窮め,遭すは巧みに丸兒に逢う。

 

#3

中汝要害處,汝能不得施。 

それでもおまえにはその中に要害の場所があり、それで、おまえによく施してやれないこともあるのだ。

於吾乃何有,不忍乘其危。 

我々にはそんなところはどこにあるのだろうか、その場に乗じて危険を絶え凌げられないのである。

丐汝將死命,浴以清水池。 

そうなればおまえに乞い求めることは「死ね」ということになる。そうであれば清らかな水の池で水を浴びられるであろう。

朝餐輟魚肉,暝宿防狐貍。

朝食事をとるのは魚と肉を止めることであり、暗くなって休む時はキツネやタヌキから防御することなのである。

 

#3

中【なか】ほどに汝 要害の處あり,汝 能く施しを得ず。 

吾に於て乃ち何ぞ有りや,乘して其の危を忍ばず。 

汝に丐うは將に死命せよ,以って清水の池に浴す。 

朝餐 魚肉を輟【とど】め,暝宿 狐貍を防ぐ。

 

 

『病鴟』 現代語訳と訳註

(本文) #3

中汝要害處,汝能不得施。 

於吾乃何有,不忍乘其危。 

丐汝將死命,浴以清水池。 

朝餐輟魚肉,暝宿防狐貍。

 

 

大鷹01(下し文) #3

中【なか】ほどに汝 要害の處あり,汝 能く施しを得ず。 

吾に於て乃ち何ぞ有りや,乘して其の危を忍ばず。 

汝に丐うは將に死命せよ,以って清水の池に浴す。 

朝餐 魚肉を輟【とど】め,暝宿 狐貍を防ぐ。

 

 

 

(現代語訳)

それでもおまえにはその中に要害の場所があり、それで、おまえによく施してやれないこともあるのだ。

我々にはそんなところはどこにあるのだろうか、その場に乗じて危険を絶え凌げられないのである。

そうなればおまえに乞い求めることは「死ね」ということになる。そうであれば清らかな水の池で水を浴びられるであろう。

麻食事をとるのは魚と二句を止めることであり、暗くなって休む時はキツネやタヌキから防御することなのである。

 

 

(訳注)#3

中汝要害處,汝能不得施。 

それでもおまえにはその中に要害の場所があり、それで、おまえによく施してやれないこともあるのだ。

 

於吾乃何有,不忍乘其危。 

我々にはそんなところはどこにあるのだろうか、その場に乗じて危険を絶え凌げられないのである。

 

丐汝將死命,浴以清水池。 

そうなればおまえに乞い求めることは「死ね」ということになる。そうであれば清らかな水の池で水を浴びられるであろう。

・丐 乞う、乞い求める、乞食、恵み与える、施す、免除する、

 

朝餐輟魚肉,暝宿防狐貍。

朝食事をとるのは魚と肉を止めることであり、暗くなって休む時はキツネやタヌキから防御することなのである。

・輟 やめる。とどめる。なおす。

病鴟 韓愈(韓退之) <185-#2>Ⅱ中唐詩797 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2969

《病鴟》韓愈 奪い取るように奪い、恥となることを愧じとしないし、張り裂けるほど満杯で飽きてしまい、おおきな天空をたのしむことを喜ぶ。

 

2013年9月11日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(5)#2-2 文選 賦<109-#1-4>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩884 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2968
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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病鴟 韓愈(韓退之) <185-#2>Ⅱ中唐詩797 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2969
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 644 《絕句》 蜀中転々 杜甫 <549>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2970 杜甫詩1000-549-788/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html    
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304    
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html    
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

病鴟 韓愈(韓退之) <185-#2>Ⅱ中唐詩797 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2969

 

 

病鴟 #1

(世の中の汚れに鴟【とび】が病【わずら】う。)

屋東惡水溝,有鴟墮鳴悲。 

この家の東側には運河の水が汚れている。トンビがいるが堕ちて悲しげに鳴いている。

青泥揜兩翅,拍拍不得離。 

靑泥が両の羽にかかって付いてしまった。羽音をパタパタするけれど靑泥の水溝から離れることが出来ない。

群童叫相召,瓦礫爭先之。 

沢山の子供が騒ぎ立てていて互いを呼び合って叫んでいる。つまらない者たちがこれらのなかで我の先と争っている。

計校生平事,殺卻理亦宜。

はかり考えることは常日頃のこととしている。それによって殺されるか却って理にかなっていてまた成り行きとして良いということなのである。 

#2

ani0021奪攘不愧恥,飽滿盤天嬉。 

奪い取るように奪い、恥となることを愧じとしないし、張り裂けるほど満杯で飽きてしまい、おおきな天空をたのしむことを喜ぶ。

晴日占光景,高風恣追隨。 

晴れ渡り日に照らされるその光景はこの世界を占め、高い所を吹く風はただ好き勝手に追いかけてそれを又追跡している。

遂凌鸞鳳群,肯顧鴻鵠卑。 

ついに鸞鳳の群を凌駕する。あえてかえりみると鴻や鵠が卑しく見えるのである。

今者命運窮,遭逢巧丸兒。

いまにして、命運が窮まるのであるし、遭遇するのは巧みに円状に子供が集まっているのに出会うことである。

 

#2

攘を奪い恥を愧じず,滿を飽き天を盤【たの】しみ嬉ぶ。 

晴日 光景を占め,高風 追隨を恣【ほしいま】まにす。 

遂に鸞鳳の群を凌ぎ,肯えて鴻鵠の卑しきを顧みる。 

今者にして命運 窮め,遭すは巧みに丸兒に逢う。

 

 

『病鴟』 現代語訳と訳註

(本文) 病鴟#2

奪攘不愧恥,飽滿盤天嬉。 

晴日占光景,高風恣追隨。 

遂凌鸞鳳群,肯顧鴻鵠卑。 

今者命運窮,遭逢巧丸兒。

 

 

(下し文) #2

攘を奪い恥を愧じず,滿を飽き天を盤【たの】しみ嬉ぶ。 

晴日 光景を占め,高風 追隨を恣【ほしいま】まにす。 

遂に鸞鳳の群を凌ぎ,肯えて鴻鵠の卑しきを顧みる。 

今者にして命運 窮め,遭すは巧みに丸兒に逢う。

 

 

(現代語訳)

奪い取るように奪い、恥となることを愧じとしないし、張り裂けるほど満杯で飽きてしまい、おおきな天空をたのしむことを喜ぶ。

晴れ渡り日に照らされるその光景はこの世界を占め、高い所を吹く風はただ好き勝手に追いかけてそれを又追跡している。

ついに鸞鳳の群を凌駕する。あえてかえりみると鴻や鵠が卑しく見えるのである。

いまにして、命運が窮まるのであるし、遭遇するのは巧みに円状に子供が集まっているのに出会うことである。

 

 

(訳注) #2

奪攘不愧恥,飽滿盤天嬉。 

奪い取るように奪い、恥となることを愧じとしないし、張り裂けるほど満杯で飽きてしまい、おおきな天空をたのしむことを喜ぶ。

・攘 うばいとる。

・盤天嬉 盤:皿。物を載せる台。どぐろをまく。まがる。たのしむ。おおきな天空をたのしむことを喜ぶ。

 

晴日占光景,高風恣追隨。 

晴れ渡り日に照らされるその光景はこの世界を占め、高い所を吹く風はただ好き勝手に追いかけてそれを又追跡している。

・恣追隨 恣:ほしいままにする、好き勝手にする、好きにする、まかせる

 

遂凌鸞鳳群,肯顧鴻鵠卑。 

ついに鸞鳳の群を凌駕する。あえてかえりみると鴻や鵠が卑しく見えるのである。

・鴻鵠 はくちょう。鴻:大きなとり。鵠:1 鳥の名。ハクチョウ。2 弓の的。的の中心。

 

今者命運窮,遭逢巧丸兒。

いまにして、命運が窮まるのであるし、遭遇するのは巧みに円状に子供が集まっているのに出会うことである。終南山03

病鴟 韓愈(韓退之) <185#1>Ⅱ中唐詩796 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2964

韓愈《病鴟この家の東側には運河の水が汚れている。トンビがいるが堕ちて悲しげに鳴いている。靑泥が両の羽にかかって付いてしまった。羽音をパタパタするけれど靑泥の水溝から離れることが出来ない。

 

2013年9月10日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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司馬相如 《子虚賦 》(4)#2-1 文選 賦<109-#1-3>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩883 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2963
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病鴟 韓愈(韓退之) <185#1>Ⅱ中唐詩796 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2964
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

病鴟 韓愈(韓退之) <185#1>Ⅱ中唐詩796 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2964

 

 

作者: 韓愈  816  元和十一年49

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 病鴟 

 

 

病鴟 #1

屋東惡水溝,有鴟墮鳴悲。 

青泥揜兩翅,拍拍不得離。 

群童叫相召,瓦礫爭先之。 

計校生平事,殺卻理亦宜。

#2

奪攘不愧恥,飽滿盤天嬉。 

晴日占光景,高風恣追隨。 

遂凌鸞鳳群,肯顧鴻鵠卑。 

今者命運窮,遭逢巧丸兒。

#3

中汝要害處,汝能不得施。 

於吾乃何有,不忍乘其危。 

丐汝將死命,浴以清水池。 

朝餐輟魚肉,暝宿防狐貍。

#4

自知無以致,蒙德久猶疑。 

飽入深竹叢,飢來傍階基。 

亮無責報心,固以聽所為。 

昨日有氣力,飛跳弄藩籬。

#5

今晨忽徑去,曾不報我知。 

僥倖非汝福,天衢汝休窺。 

京城事彈射,豎子不易欺。 

勿諱泥坑辱,泥坑乃良規。 

 終南山03

 











病鴟 #1

(世の中の汚れに鴟【とび】が病【わずら】う。)

屋東惡水溝,有鴟墮鳴悲。 

この家の東側には運河の水が汚れている。トンビがいるが堕ちて悲しげに鳴いている。

青泥揜兩翅,拍拍不得離。 

靑泥が両の羽にかかって付いてしまった。羽音をパタパタするけれど靑泥の水溝から離れることが出来ない。

群童叫相召,瓦礫爭先之。 

沢山の子供が騒ぎ立てていて互いを呼び合って叫んでいる。つまらない者たちがこれらのなかで我の先と争っている。

計校生平事,殺卻理亦宜。

はかり考えることは常日頃のこととしている。それによって殺されるか却って理にかなっていてまた成り行きとして良いということなのである。 

 

『病鴟』 現代語訳と訳註

(本文) 病鴟 #1

屋東惡水溝,有鴟墮鳴悲。 

青泥揜兩翅,拍拍不得離。 

群童叫相召,瓦礫爭先之。 

計校生平事,殺卻理亦宜。

 

 

(下し文) #1

鴟【とび】が病【わずら】う 

屋の東 惡水溝あり,鴟有り墮ちて鳴悲す。 

青泥 兩翅に揜し,拍拍として離れること得ず。 

童群って 相い召して叫び,瓦礫として 之を先すを爭う。 

計校すは平事を生じ,殺 卻て 理も亦た宜し。

 

 

(現代語訳)

(世の中の汚れに鴟【とび】が病【わずら】う。)

この家の東側には運河の水が汚れている。トンビがいるが堕ちて悲しげに鳴いている。

靑泥が両の羽にかかって付いてしまった。羽音をパタパタするけれど靑泥の水溝から離れることが出来ない。

沢山の子供が騒ぎ立てていて互いを呼び合って叫んでいる。つまらない者たちがこれらのなかで我の先と争っている。

はかり考えることは常日頃のこととしている。それによって殺されるか却って理にかなっていてまた成り行きとして良いということなのである。

 

 

(訳注) #1

病鴟

(世の中の汚れに鴟【とび】が病【わずら】う。)

 

屋東惡水溝,有鴟墮鳴悲。 

この家の東側には運河の水が汚れている。トンビがいるが堕ちて悲しげに鳴いている。

・鴟 とび。タカ目タカ科の鳥。全長約60センチメートルで暗褐色。尾の形がタカの尾としては珍しく凹形。全国の低山や海岸などに生息し、動物や魚の死骸などを食べる。ピーヒョロロと鳴きながら輪を描いて滑翔(かつしよう)。トンビ。

 

青泥揜兩翅,拍拍不得離。 

靑泥が両の羽にかかって付いてしまった。羽音をパタパタするけれど靑泥の水溝から離れることが出来ない。

・揜 とる。うばう。おそう。はやいさま。

・拍拍 鳥の羽がパタパタと羽音をさせる。

 

群童叫相召,瓦礫爭先之。 

沢山の子供が騒ぎ立てていて互いを呼び合って叫んでいる。つまらない者たちがこれらのなかで我の先と争っている。

・群童 群がっている子供たち。

・瓦礫 1 かわらと小石。破壊された建造物の破片など。「―の山と化す」 2 値うちのないもの、つまらないもののたとえ。

 

計校生平事,殺卻理亦宜。

はかり考えることは常日頃のこととしている。それによって殺されるか却って理にかなっていてまた成り行きとして良いということなのである。

・計校  はかり考えること。
蛺蝶02 

遊城南十六首:遣興 韓愈(韓退之) <184>Ⅱ中唐詩795 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2959

城南十六首:遣興 韓愈人間の一生を洗い流してくれるのはただ酒だけだ。あれこれ、百の考えてみるけれどのんびり過すのが一番いいことなのだ。世間のことも 身の上もくよくよ憂いてもしかたがない。すべて、人間世界も夢の中のことと思えはいいのではないだろうか

 

2013年9月9日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如 《子虚賦 》(3)#1-2 文選 賦<109-#1-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩882 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2958
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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遊城南十六首:遣興 韓愈(韓退之) <184>Ⅱ中唐詩795 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2959
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 642 《悲秋》 蜀中転々 杜甫 <547>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2960 杜甫詩1000-547-786/1500
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html    
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304    
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html    
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー