漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2013年10月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

《晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <847>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3219韓愈詩-219

韓愈《晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和》裴度相公は南、蔡州を征しこの度、凱旋して華山の東に差しかかると、勅書が夜到着し、第一の戦功を賞されて、昇進の御沙汰があった。

 

2013年10月31日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <847  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3219韓愈詩-219

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體: 七言律詩 

詩題: 晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和 

作地點: 桃林(都畿道 / 陜州 / 桃林

及地點: 華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳     

交遊人物:裴度

書信往來:都畿道 陜州 桃林

 

 

晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和

(裴度相公、晉國公は呉元濟という賊を征伐し、晉國公に封じられ、台司と名付られた。裴度相公が帰朝され、宰相に復帰され、詩を作り、賓客に示された。その詩に唱和してこの詩を奉った。)

南伐旋師太華東,天書夜到冊元功。

裴度相公は南、蔡州を征しこの度、凱旋して華山の東に差しかかると、勅書が夜到着し、第一の戦功を賞されて、昇進の御沙汰があった。

將軍舊壓三司貴,相國新兼五等崇。

裴度相公は先に将軍としては、開府儀同を貴きをも圧し、この度、あらたに相國となっては、五等爵の最上に列せられた。

鵷鷺欲歸仙仗裡,熊羆還入禁營中。

かくて、幕府の僚佐は鵷鷺の行列を整えて朝廷なる仙仗のうちに帰着せんとし、引き具したる熊羆の勇士共は、やがて、もとの禁營にはいるであろう。

長慚典午非材職,得就閒官即至公。

菲才、予(韓愈)のごときは、一時、行軍司馬ににんぜられたが、もとこの身にかなった官職でもなく、したがってこのような功績がなかったときには、まことに慚愧とおもうところで、幸いに何か、閒官に転任されたならば、至極公平のお沙汰であるのである。つまり、裴度相国の栄進を賀するにつけて、驥尾に付する自己の無能が、いよいよ恥ずかしく思われるのである。

 

(晉公賊破って回えり重ねて台司を拜し,詩を以て幕中賓客に示さる,愈奉和す。)

南伐 師を旋【かえ】す太華の東,天書 夜に到り 元功を冊す。

將軍 舊【もと】三司の貴さを壓し,相國 新たに五等の崇を兼ねる。

鵷鷺【あんう】仙仗の裡に歸らんと欲し,熊羆【ゆうひ】還た入禁營中。

長く慚ず 典午の材職に非ざるを,閒官に就くを得ば 即ち至公。

 

 

晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和』 現代語訳と訳註

(本文)

晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和

南伐旋師太華東,天書夜到冊元功。

將軍舊壓三司貴,相國新兼五等崇。

鵷鷺欲歸仙仗裡,熊羆還入禁營中。

長慚典午非材職,得就閒官即至公。

 

 

(下し文)

(晉公賊破って回えり重ねて台司を拜し,詩を以て幕中賓客に示さる,愈奉和す。)

南伐 師を旋【かえ】す太華の東,天書 夜に到り 元功を冊す。

將軍 舊【もと】三司の貴さを壓し,相國 新たに五等の崇を兼ねる。

鵷鷺【あんう】仙仗の裡に歸らんと欲し,熊羆【ゆうひ】還た入禁營中。

長く慚ず 典午の材職に非ざるを,閒官に就くを得ば 即ち至公。

 

 

(現代語訳)

(裴度相公、晉國公は呉元濟という賊を征伐し、晉國公に封じられ、台司と名付られた。裴度相公が帰朝され、宰相に復帰され、詩を作り、賓客に示された。その詩に唱和してこの詩を奉った。)

裴度相公は南、蔡州を征しこの度、凱旋して華山の東に差しかかると、勅書が夜到着し、第一の戦功を賞されて、昇進の御沙汰があった。

裴度相公は先に将軍としては、開府儀同を貴きをも圧し、この度、あらたに相國となっては、五等爵の最上に列せられた。

かくて、幕府の僚佐は鵷鷺の行列を整えて朝廷なる仙仗のうちに帰着せんとし、引き具したる熊羆の勇士共は、やがて、もとの禁營にはいるであろう。

菲才、予(韓愈)のごときは、一時、行軍司馬ににんぜられたが、もとこの身にかなった官職でもなく、したがってこのような功績がなかったときには、まことに慚愧とおもうところで、幸いに何か、閒官に転任されたならば、至極公平のお沙汰であるのである。つまり、裴度相国の栄進を賀するにつけて、驥尾に付する自己の無能が、いよいよ恥ずかしく思われるのである。

 

 

(訳注)

晉公破賊回重拜台司,以詩示幕中賓客,愈奉和

(裴度相公、晉國公は呉元濟という賊を征伐し、晉國公に封じられ、台司と名付られた。裴度相公が帰朝され、宰相に復帰され、詩を作り、賓客に示された。その詩に唱和してこの詩を奉った。)

・晉公 817817日郾城にいたって破り、おおよその賊を抑えたが、間隙をついて、1011日裴度の管轄、配下でなかった唐鄧節度使李愬が呉元濟を束縛した。同年12月、晉國公に封ぜられ、台司と名付けられる。

・破賊 蔡州の呉元濟を征伐したこと。

・拜台司 晉國公に封じられたこと。

 

南伐旋師太華東,天書夜到冊元功。

裴度相公は南、蔡州を征しこの度、凱旋して華山の東に差しかかると、勅書が夜到着し、第一の戦功を賞されて、昇進の御沙汰があった。

・南伐 蔡州の呉元濟を征伐したこと。

・旋師 軍隊と共に凱旋する。

・太華 華山、長安に凱旋する際に目指す山であること。

・天書 天子の御沙汰。勅書。

 

將軍舊壓三司貴,相國新兼五等崇。

裴度相公は先に将軍としては、開府儀同を貴きをも圧し、この度、あらたに相國となっては、五等爵の最上に列せられた。

・三司貴 開府儀同の貴きことをいう。

・五等崇 五等爵(公候伯子男)の最上に列せられたこと。

 

鵷鷺欲歸仙仗裡,熊羆還入禁營中。

かくて、幕府の僚佐は鵷鷺の行列を整えて朝廷なる仙仗のうちに帰着せんとし、引き具したる熊羆の勇士共は、やがて、もとの禁營にはいるであろう。

・鵷鷺 朝廷の官僚の行列。

・仙仗 仙人の杖。ここでは朝廷を仙界としているので、施政を行うことを示す。

・熊羆 宮殿警護の兵士。近衛兵。

・禁營 天子の宮殿警護の軍隊。近衛軍営。

 

長慚典午非材職,得就閒官即至公。

菲才、予(韓愈)のごときは、一時、行軍司馬ににんぜられたが、もとこの身にかなった官職でもなく、したがってこのような功績がなかったときには、まことに慚愧とおもうところで、幸いに何か、閒官に転任されたならば、至極公平のお沙汰であるのである。つまり、裴度相国の栄進を賀するにつけて、驥尾に付する自己の無能が、いよいよ恥ずかしく思われるのである。

・典午 行軍司馬。

・閒官 暇な職、自分の役職についての謙譲語。

・至公 きわめて公平な態度をとること。

《桃林夜賀晉公》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3214韓愈詩-218

韓愈《桃林夜賀晉公》裴度相公は、今次、晉國公を賜り、合わせて、宰相に任ぜられ、命珪と相印とを両つながら此れを手にするはまことにめでたいことで、朝廷においては、早速論功行賞をなし、一時に二つの賜命を重ね合わせて、今次第一の功勲たる相公に賜ったのである。

 

2013年10月30日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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司馬相如《上林賦 》(28)―#10-3  文選 賦<110-#10-3>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩933 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3213
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《桃林夜賀晉公》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3214韓愈詩-218
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ675 《春日梓州登樓,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <581>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3215 杜甫詩1000-581-837/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ58  曹植(曹子建) 《吁嗟篇 魏詩》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3216 (10/30)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor菩薩蠻七首 其五 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-334-6-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3217
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠
《桃林夜賀晉公》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <846  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3214韓愈詩-218

 

 

作者: 韓愈 

皇帝紀年: 元和十二年 

寫作時間: 817 

寫作年紀: 50 

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 桃林夜賀晉公 

作地點: 桃林(都畿道 / 陜州 / 桃林別名:桃塞

交遊人物: 裴度

唐時代 韓愈関連01 

 

桃林夜賀晉公

(夜、潼関付近の桃林に宿したときに裴度の昇任の報を得たことにより、これを賀して作ったものである。)
西來騎火照山紅,夜宿桃林臘月中。 

西に向かって進む騎士の炬火は山の紅葉を照らしていて、折から十二月の寒さにもかかわらず、今宵はここ桃林に一宿をした。
手把命珪兼相印,一時重疊賞元功。 

裴度相公は、今次、晉國公を賜り、合わせて、宰相に任ぜられ、命珪と相印とを両つながら此れを手にするはまことにめでたいことで、朝廷においては、早速論功行賞をなし、一時に二つの賜命を重ね合わせて、今次第一の功勲たる相公に賜ったのである。

 

(桃林の夜 晉公を賀す)

西來りて 騎火 山紅に照らし,夜 桃林 臘月の中に宿す。

手に命珪と兼ねて相印を把り,一時 重疊 元功を賞す。

 

 

『桃林夜賀晉公』 現代語訳と訳註

(本文)

桃林夜賀晉公

西來騎火照山紅,夜宿桃林臘月中。 

手把命珪兼相印,一時重疊賞元功。 

 

 

(下し文)

(桃林の夜 晉公を賀す)

西來りて 騎火 山紅に照らし,夜 桃林 臘月の中に宿す。

手に命珪と兼ねて相印を把り,一時 重疊 元功を賞す。

 

(現代語訳)

(夜、潼関付近の桃林に宿したときに裴度の昇任の報を得たことにより、これを賀して作ったものである。)

西に向かって進む騎士の炬火は山の紅葉を照らしていて、折から十二月の寒さにもかかわらず、今宵はここ桃林に一宿をした。

裴度相公は、今次、晉國公を賜り、合わせて、宰相に任ぜられ、命珪と相印とを両つながら此れを手にするはまことにめでたいことで、朝廷においては、早速論功行賞をなし、一時に二つの賜命を重ね合わせて、今次第一の功勲たる相公に賜ったのである。

 

千畳敷0010

 

(訳注)

桃林夜賀晉公

(夜、潼関付近の桃林に宿したときに裴度の昇任の報を得たことにより、これを賀して作ったものである。)

同時期の詩として下記がある。この一連の詩にける韓愈の裴度に関しての評価と「平淮西碑」の経緯等を見るととても興味深いものである。

次潼關先寄張十二閣老使君

荊山已去華山來,日出潼關四扇開。 

刺史莫辭迎候遠,相公親破蔡州迴。 

《次潼關先寄張十二閣老使君》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <844  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3204韓愈詩-216

次潼關上都統相公

暫辭堂印執兵權,盡管諸軍破賊年。 

冠蓋相望催入相,待將功德格皇天。 

《次潼關上都統相公【案:韓弘也。】》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <845  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3209韓愈詩-217

 

西來 騎火 山紅 ,夜宿 桃林 臘月

西に向かって進む騎士の炬火は山の紅葉を照らしていて、折から十二月の寒さにもかかわらず、今宵はここ桃林に一宿をした。

「騎火」語義類別:物、器物、交通工具(陸路)、騎。

「山紅」山の紅葉が残っている部分の騎士のかざす炬火が。

「宿」語義類別:人、行為動作、一般行為(宀部)、宿。

「桃」語義類別:物、生物、植物專名(木本)、桃。

「臘月」十二月。

 

 

手把 命珪 兼相印 ,一時 重疊 元功

裴度相公は、今次、晉國公を賜り、合わせて、宰相に任ぜられ、命珪と相印とを両つながら此れを手にするはまことにめでたいことで、朝廷においては、早速論功行賞をなし、一時に二つの賜命を重ね合わせて、今次第一の功勲たる相公に賜ったのである。

「命珪」天子から賜った珪玉。

「相印」宰相の印

「賞功」論功行賞。

 

 

元和十二年(817)、韓愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

もっとも、このときの戦争では、韓愈は直接戦闘には加わっていない。彼が買って出たのは根まわしとでもいうべき役まわりなのであって、たとえば、韓愈は裴度の軍と途中で別れて津州(河南省開封市)へと急行し、そこにいた宣武軍節度使の韓弘に了解と協力を取りつけるのに成功している。これは韓弘が朝廷の命によって呉元済討伐の軍を指揮していたためで、それで戦線が膠着し、裴度の出馬となったわけだが、ともかく韓弘にわたりをつけておく必要はあった。韓愈はその役をつとめたのである。

 

 

このたびの従軍における韓愈の詩は、ほとんど残っていないし、残るものもこの詩に見られるような、比較的軽い作品である。たぶん韓愈としては、ここが腕の見せ場と張り切ったのであろうが、あまり張り切りすぎて、詩作のほうは二の次となってしまったのかもしれない。戦闘には参加していないので、詩の題材となるような劇的な事件には乏しかったという事情もあろう。
 

だが、韓愈にも戦闘に参加する機会が全くなかったわけではない。官軍が進撃する途中、呉元済の本拠地である蔡州の様子をさぐらせたところ、元済の軍の精鋭は前線に配置されており、蔡州を守るのは弱卒で、しかも数が少ないことがわかった。そこで韓愈は自分に三千の兵を分けてもらえれば、間道つたいに蔡州を乗っ取ってみせると進言した。
 

このとき同じ情報を手に入れたのが、呉元済討伐には加わっているが裴度の指揮には属さない唐鄧随節度使の李愬という人物であった。彼はさっそく九千の手勢を率いて元和十二年十月の吹雪の夜、強行軍のすえ、察州を攻略して、呉元済を捕虜とした。准西の乱はここに鎮定されたわけで、韓愈としては手柄をたてる機会を人に取られてしまったことになる。
 

だがともかく、官軍は赫々たる戦果をおさめたわけで、韓愈はその年の十二月に長安の都へ凱旋した。そして歳末に論功行賞があり、韓愈は刑部侍郎に昇進した。行政官庁である尚書省は六部(吏部・戸部・礼部・兵部・刑部・工部)に分けられ、それぞれの長官が尚書、次官が侍郎である。現在の日本ならば法務省の事務次官とでもいうべきところで、むろん韓愈のこれまでの履歴では最高の地位である。DCF00044

《次潼關上都統相公》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3209韓愈詩-217

韓愈《次潼關上都統相公》天子は今まで丞相公の功徳、皇天に到達することを待っておられたので、いよいよ凱旋となると、頻りに、使者を遣わして、冠蓋をたがいに望んで、早く帰朝し、再び入って宰相となることを催促されている。裴度公、声望の隆盛なることは大したものである。

 

 (韓退之) Ⅱ中唐詩 <845  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3209韓愈詩-217

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《次潼關上都統相公》韓愈

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年50

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 次潼關上都統相公

作地點: 目前尚無資料 

及地點: 潼關 (京畿道 華州 潼關)     

交遊人物: 裴度

 

 

次潼關上都統相公

(この詩は潼関に次せしとき、全軍総管の裴度公にたてまつった。)

暫辭堂印執兵權,盡管諸軍破賊年。 

裴度丞相公はしばらく宰相の印を返上して、全軍の権限を握り、淮西の諸軍を統率して、今次、大功を建てられた。

冠蓋相望催入相,待將功德格皇天。 

天子は今まで丞相公の功徳、皇天に到達することを待っておられたので、いよいよ凱旋となると、頻りに、使者を遣わして、冠蓋をたがいに望んで、早く帰朝し、再び入って宰相となることを催促されている。裴度公、声望の隆盛なることは大したものである。

 

潼關に次し 都統相公に上【たてまつ】る。

暫く堂印を辭して兵權を執る,盡く諸軍を管す 賊を破るの年。

冠蓋 相い望んで 入って相たるを催す,功德を將って皇天に格【いた】らむことを待つ。 

華州から秦州同谷成都00 

 

『次潼關上都統相公』 現代語訳と訳註

(本文)

次潼關上都統相公

暫辭堂印執兵權,盡管諸軍破賊年。 

冠蓋相望催入相,待將功德格皇天。 

 

 

(下し文)

潼關に次し 都統相公に上【たてまつ】る。

暫く堂印を辭して兵權を執る,盡く諸軍を管す 賊を破るの年。

冠蓋 相い望んで 入って相たるを催す,功德を將って皇天に格【いた】らむことを待つ。 

 

 

(現代語訳)

(この詩は潼関に次せしとき、全軍総管の裴度公にたてまつった。)

裴度丞相公はしばらく宰相の印を返上して、全軍の権限を握り、淮西の諸軍を統率して、今次、大功を建てられた。

天子は今まで丞相公の功徳、皇天に到達することを待っておられたので、いよいよ凱旋となると、頻りに、使者を遣わして、冠蓋をたがいに望んで、早く帰朝し、再び入って宰相となることを催促されている。裴度公、声望の隆盛なることは大したものである。

 

 

(訳注)

次潼關上都統相公

(この詩は潼関に次せしとき、全軍総管の裴度公にたてまつった。)

・都統 全軍総管。

 

 

暫辭 堂印 兵權 ,盡管 諸軍 破賊

裴度丞相公はしばらく宰相の印を返上して、全軍の権限を握り、淮西の諸軍を統率して、今次、大功を建てられた。

「辭」宰相の印を返上したこと。

「堂印」廟堂宰相の公印。

「兵權」兵卒の全権。

「賊」淮西の諸軍を統率。

 

 

冠蓋 相望 入相 ,待將 功德 格皇天

天子は今まで丞相公の功徳、皇天に到達することを待っておられたので、いよいよ凱旋となると、頻りに、使者を遣わして、冠蓋をたがいに望んで、早く帰朝し、再び入って宰相となることを催促されている。裴度公、声望の隆盛なることは大したものである。

 

 

 

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元和十二年(817)、韓愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

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韓愈《次潼關先寄張十二閣老使君〔張賈也。〕》荊山はすでに後ろになり、華山が突兀として前面に見えはじめてきた。今しも、朝日は、高草氏上り、潼関の四枚の大扉も開かれて、凱旋の軍士は、ぞろぞろとその中に入る。

 

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《次潼關先寄張十二閣老使君〔張賈也。〕》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <844  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3204韓愈詩-216

 

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 次潼關先寄張十二閣老使君〔張賈也。〕 

及地點: 

潼關 (京畿道 華州 潼關)   

荊山 (山南東道 無第二級行政層級 荊山)   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳   

豫州 (河南道 豫州 豫州) 別名:蔡州     

交遊人物/地點: 張賈 書信往來(京畿道 華州 華州)

 

 

次潼關先寄張十二閣老使君

(潼関過るとき一時休息の際、張賈華州刺史に寄せる。)

荊山已去華山來,日出潼關四扇開。 

荊山はすでに後ろになり、華山が突兀として前面に見えはじめてきた。今しも、朝日は、高草氏上り、潼関の四枚の大扉も開かれて、凱旋の軍士は、ぞろぞろとその中に入る。

刺史莫辭迎候遠,相公親破蔡州迴。 

刺史たる君が出迎いのために遠く来たることを辞せられざるは、まことに宜しい。裴度相公はこの度、蔡州を平定して帰られる。この絶代の功勲に対しても、ここまで出迎えるくらいは、基より至当のことである。

 

潼關を次【よぎ】り先づ張十二閣老使君に寄す

荊山 已に去って華山來る,日出でて潼關 四扇開く。 

刺史 辭する莫れ 迎候の遠きを,相公 親【みずか】ら蔡州を破って迴る。 

華山000 

 

『次潼關先寄張十二閣老使君』 現代語訳と訳註

(本文)

次潼關先寄張十二閣老使君

荊山已去華山來,日出潼關四扇開。 

刺史莫辭迎候遠,相公親破蔡州迴。 

 

 

(下し文)

潼關を次【よぎ】り先づ張十二閣老使君に寄す

荊山 已に去って華山來る,日出でて潼關 四扇開く。 

刺史 辭する莫れ 迎候の遠きを,相公 親【みずか】ら蔡州を破って迴る。 

 

 

(現代語訳)

(潼関過るとき一時休息の際、張賈華州刺史に寄せる。)

荊山はすでに後ろになり、華山が突兀として前面に見えはじめてきた。今しも、朝日は、高草氏上り、潼関の四枚の大扉も開かれて、凱旋の軍士は、ぞろぞろとその中に入る。

刺史たる君が出迎いのために遠く来たることを辞せられざるは、まことに宜しい。裴度相公はこの度、蔡州を平定して帰られる。この絶代の功勲に対しても、ここまで出迎えるくらいは、基より至当のことである。

 

 

(訳注)

次潼關先寄張十二閣老使君

(潼関過るとき一時休息の際、張賈華州刺史に寄せる。)

張十二閣は原注に張賈とあり、華州刺史であった。この詩は、蔡州より凱旋の途中、潼関で一時休息をとった際に華州刺史張賈に示したのである。

 

 

荊山 已去 華山 ,日出 潼關 四扇

荊山はすでに後ろになり、華山が突兀として前面に見えはじめてきた。今しも、朝日は、高草氏上り、潼関の四枚の大扉も開かれて、凱旋の軍士は、ぞろぞろとその中に入る。

「荊山」陝西省富平縣にある荊山。

「華山」華山(西嶽;2,160m陝西省渭南市華陰市) 華山(かざん、ホワシャン ピンイン Huà Shān)は、中国陝西省華陰市にある険しい山。道教の修道院があり、中国五名山の一つで、西岳と称されている。最高峰となる南峰の標高は2,160m。花崗岩の岩場を削って、無数の石段が作られており、一部には断崖絶壁の上に作られた20cmほどしかない足場や桟道を通って行かねばならない場所があり、宗教聖地として、格段の険しい山として知られる。「潼關」陝西省東端の県。人口14(1994)。南流した黄河が華山につき当たって東に向かう屈曲点に位置し,また西からは渭水が注いで天下の険をなし,古来中原地方から関中に入る最大の要地として有名である。

 

 

刺史 莫辭 候遠 ,相公 親破蔡州

刺史たる君が出迎いのために遠く来たることを辞せられざるは、まことに宜しい。裴度相公はこの度、蔡州を平定して帰られる。この絶代の功勲に対しても、ここまで出迎えるくらいは、基より至当のことである。

「刺史」華州刺史張賈のこと。

「相公」裴度宰相。

「蔡州」「蔡州」 蔡州 (河南省) - 中華人民共和国河南省にかつて設置された州。 蔡州 (湖北省) - 中華人民共和国湖北省にかつて設置された州。 

華山道教000 

《和李司勳過連昌宮》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <843>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3199韓愈詩-215

《和李司勳過連昌宮》韓愈 枝葉扶疎たる並木の槐は古い根を露出していて、そこら辺りは人通りが少ないことは言うまでもない。高い大屋根の甍、大きいたるきの大建築物は此の平原を圧するばかり、さすがに連昌宮と感じさせるものである。

 

2013年10月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《和李司勳過連昌宮》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <843  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3199韓愈詩-215

 

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體:七言 

詩題: 和李司勳過連昌宮 

作地點: 壽安(都畿道 / 河南府 / 壽安

及地點:  連昌宮 (都畿道 河南府 壽安)     

交遊人物/地點: 李正封 當地交遊(都畿道 河南府 壽安)

 

 

和李司勳過連昌宮

(李司勳外郎「連昌宮を過る」詩に唱和する。)

夾道疏槐出老根,高甍巨桷壓山原。 

枝葉扶疎たる並木の槐は古い根を露出していて、そこら辺りは人通りが少ないことは言うまでもない。高い大屋根の甍、大きいたるきの大建築物は此の平原を圧するばかり、さすがに連昌宮と感じさせるものである。

宮前遺老來相問,今是開元幾葉孫。 

その門前の遺老達は時勢の推移を知らず、今の皇帝は開元の治世の玄宗から幾代かの子孫であると問いかけてくるのである。

李司勳【りしくん】連昌宮を過ぐるに和す

道を夾む疏槐【そかい】老根【ろうこん】を出し,高甍【こうぼう】巨桷【きょかく】山原【さんげん】を壓す。 

宮前の遺老來って相い問う,今是れ開元幾葉【いくよう】の孫。 

楠樹03 

 

『和李司勳過連昌宮』 現代語訳と訳註

(本文)

和李司勳過連昌宮

夾道疏槐出老根,高甍巨桷壓山原。 

宮前遺老來相問,今是開元幾葉孫。 

 

 

(下し文)

李司勳【りしくん】連昌宮を過ぐるに和す

道を夾む疏槐【そかい】老根【ろうこん】を出し,高甍【こうぼう】巨桷【きょかく】山原【さんげん】を壓す。 

宮前の遺老來って相い問う,今是れ開元幾葉【いくよう】の孫。 

 

 

(現代語訳)

(李司勳外郎「連昌宮を過る」詩に唱和する。)

枝葉扶疎たる並木の槐は古い根を露出していて、そこら辺りは人通りが少ないことは言うまでもない。高い大屋根の甍、大きいたるきの大建築物は此の平原を圧するばかり、さすがに連昌宮と感じさせるものである。

その門前の遺老達は時勢の推移を知らず、今の皇帝は開元の治世の玄宗から幾代かの子孫であると問いかけてくるのである。

 

 

(訳注)

和李司勳過連昌宮

(李司勳外郎「連昌宮を過る」詩に唱和する。)

・李司勳 別のテクストでは李二十八とある。これは李正封で、司勲外郎であった。

・連昌宮 唐書地理志に洛陽から西南に40里に壽安がある。そこより29里に連昌宮がある。

 

夾道 疏槐 老根 ,高甍 巨桷 山原

枝葉扶疎たる並木の槐は古い根を露出していて、そこら辺りは人通りが少ないことは言うまでもない。高い大屋根の甍、大きいたるきの大建築物は此の平原を圧するばかり、さすがに連昌宮と感じさせるものである。

「夾道」槐が街道をはさんでいる。槐は大木である。

「老根」植物生命狀態が、老木の根。

「高甍」高い大屋根の甍。

「桷」大きいたるきの大建築物。

 

 

宮前 遺老 相問 ,今是 開元 幾葉

その門前の遺老達は時勢の推移を知らず、今の皇帝は開元の治世の玄宗から幾代かの子孫であると問いかけてくるのである。

「宮前」門前。

「開元」君王年號の開元。「開元の治世」玄宗。

「幾葉」幾世代。

「孫」子孫。
楠樹01 

《次硤石》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <842>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3194韓愈詩-214

《次硤石》韓愈 ここ数日の行進でやっと雪より離れることが出来た。同時に、今朝はまた山峡を出で平坦なところに差し掛かった。そこで、こころみに高い処に昇って前途を望んでみると、それと明確に確認はできないものの潼関が見えてきたのである。

 

2013年10月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如《上林賦 》(24)―#9-2  文選 賦<110-#9-2>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩929 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3193
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《次硤石》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <842>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3194韓愈詩-214
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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《次硤石》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <842  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3194韓愈詩-214

 

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體:  五言 

詩題: 次硤石〔次峽石〕 

及地點:  峽石 (都畿道 陜州 峽石) 別名:硤石  ・潼關 (京畿道 華州 潼關)     

 

 

次硤石

(硤石の村を過ぎる。)

數日方離雪,今朝又出山。 

ここ数日の行進でやっと雪より離れることが出来た。同時に、今朝はまた山峡を出で平坦なところに差し掛かった。

試憑高處望,隱約見潼關。 

そこで、こころみに高い処に昇って前途を望んでみると、それと明確に確認はできないものの潼関が見えてきたのである。

硤石【けんせき】を次【よぎ】る。

數日 方に雪を離れ,今朝 又 山を出づ。 

試に高處に憑って望めば,隱約として潼關を見る。   

唐時代 韓愈関連01

 

『次硤石』 現代語訳と訳註

(本文)

次硤石

數日方離雪,今朝又出山。 

試憑高處望,隱約見潼關。 

 

 

(下し文)

硤石【けんせき】を次【よぎ】る。

數日 方に雪を離れ,今朝 又 山を出づ。 

試に高處に憑って望めば,隱約として潼關を見る。 

 

 

(現代語訳)

(硤石の村を過ぎる。)

ここ数日の行進でやっと雪より離れることが出来た。同時に、今朝はまた山峡を出で平坦なところに差し掛かった。

そこで、こころみに高い処に昇って前途を望んでみると、それと明確に確認はできないものの潼関が見えてきたのである。

 

 

(訳注)

次硤石

(硤石の村を過ぎる。)

・硤石 河南省陝縣(上の図C―4)〔中国歴史地図より作成〕新安から西に向かう陝州までの中間地点にある。ここは峠のようなところではなかろうか。杜甫の三吏三別の詩の地点である。

 

數日 方離 ,今朝 又出山

ここ数日の行進でやっと雪より離れることが出来た。同時に、今朝はまた山峡を出で平坦なところに差し掛かった。

「數日」雪が降りしきる中の行軍を云う。

「離雪」雪が降らず、道にも雪がなくなってきたことをいう。

「出山」山峰崖嶺の道であったところから、平野部にでたことをいう。。

 

試憑 高處 ,隱約 潼關

そこで、こころみに高い処に昇って前途を望んでみると、それと明確に確認はできないものの潼関が見えてきたのである。

「高處」高い所。ここでは函谷関を超える際の高所を云う。

「隱約」あるにはあるが、それと明確に確認はできない状況を云う。

「潼關」河南省と陝西省の境にある。黄河が南下から東に流れを帰る地点であることを云う。
 華州から秦州同谷成都00




















杜甫
関連 地図中段の右側が『三吏三別』詩の地点。
 

《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <841>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3189韓愈詩-213

《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈夜のこの宿亭は、このように宿くしたとしても寒くてとても眠られないと思うので、諸君と共に一酌いたしたいと思う次第です。なにとぞここにおいでくだされたく、征衣の袖を被い合わせて寒さをしのぎつつ盃を傾けようではないですか。

 

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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <841>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3189韓愈詩-213
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <841  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3189韓愈詩-213

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 宿神龜招李二十八、馮十七〔宿神龜驛招李二十八、馮十七〕 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  神龜驛臺 (都畿道 汝州 汝州) 別名:神龜     

交遊人物: 李正封・馮宿 當地交遊(都畿道 汝州 汝州)

 

 

宿神龜招李二十八、馮十七〔宿神龜驛招李二十八、馮十七〕

(神龜驛臺に宿したが李正封と馮宿お招きしたいと思い賦いたした。)

荒山野水照斜暉,啄雪寒鴉趁始飛。 

冬ざれの荒れ果てた山水はゆうひにてらされている。ちじょうにはざんせつがつもりのこる、寒鴉は餌をあさっても得られないままに雪をついばんでいる。人が走り出せば、初めて飛び立つ。

夜宿驛亭愁不睡,幸來相就蓋征衣。 

夜のこの宿亭は、このように宿くしたとしても寒くてとても眠られないと思うので、諸君と共に一酌いたしたいと思う次第です。なにとぞここにおいでくだされたく、征衣の袖を被い合わせて寒さをしのぎつつ盃を傾けようではないですか。

神龜【しんき】に宿して李二十八、馮十七を招く

〔神龜驛に宿して李二十八と馮十七を招く〕

荒山 野水 斜暉に照らさる,雪を啄むの寒鴉【かんあ】趁【お】うて始めて飛ぶ。

夜 驛亭に宿して愁えて睡ず,幸に來って相い就いて征衣を蓋わん。 

河南郾城05 

 

『宿神龜招李二十八、馮十七』 現代語訳と訳註

(本文)

宿神龜招李二十八、馮十七〔宿神龜驛招李二十八、馮十七〕

荒山野水照斜暉,啄雪寒鴉趁始飛。 

夜宿驛亭愁不睡,幸來相就蓋征衣。 

 

 

(下し文)

神龜【しんき】に宿して李二十八、馮十七を招く

〔神龜驛に宿して李二十八と馮十七を招く〕

荒山 野水 斜暉に照らさる,雪を啄むの寒鴉【かんあ】趁【お】うて始めて飛ぶ。

夜 驛亭に宿して愁えて睡ず,幸に來って相い就いて征衣を蓋わん。 

 

 

(現代語訳)

(神龜驛臺に宿したが李正封と馮宿お招きしたいと思い賦いたした。)

冬ざれの荒れ果てた山水はゆうひにてらされている。ちじょうにはざんせつがつもりのこる、寒鴉は餌をあさっても得られないままに雪をついばんでいる。人が走り出せば、初めて飛び立つ。

夜のこの宿亭は、このように宿くしたとしても寒くてとても眠られないと思うので、諸君と共に一酌いたしたいと思う次第です。なにとぞここにおいでくだされたく、征衣の袖を被い合わせて寒さをしのぎつつ盃を傾けようではないですか。

 

 

(訳注)

宿神龜招李二十八、馮十七〔宿神龜驛招李二十八、馮十七〕

(神龜驛臺に宿したが李正封と馮宿お招きしたいと思い賦いたした。)

・神龜驛 汝州に神龜驛臺があった。今の河南省陜県、郾城聯句にもみえる。李二十八は李正封、馮十七は馮宿である。韓愈が二人を招く際に賦して贈ったもの。

 

 

荒山 野水 斜暉 ,啄雪 寒鴉 始飛

冬ざれの荒れ果てた山水はゆうひにてらされている。ちじょうにはざんせつがつもりのこる、寒鴉は餌をあさっても得られないままに雪をついばんでいる。人が走り出せば、初めて飛び立つ。

「寒鴉」(飛禽)、ラス、鳥類スズメ 

「趁」人がはしること。


 

 

夜宿 驛亭 不睡 ,幸來 相就蓋征衣

夜のこの宿亭は、このように宿くしたとしても寒くてとても眠られないと思うので、諸君と共に一酌いたしたいと思う次第です。なにとぞここにおいでくだされたく、征衣の袖を被い合わせて寒さをしのぎつつ盃を傾けようではないですか。

「驛亭」30(16km)に一か所作られた驛。傳馬のための施設。

「征衣」衣冠腰帶。1 旅に出るときの服装。旅装。2 兵士が戦争に行くときの服装。
隋堤01

《過襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <840>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3184韓愈詩-212

《過襄城》すでに蔡州から三百里も来て、叛乱の賊の旧地を通過し終わり、この先、何らの心配もないから、わが家人もわざわざ遠くに出迎えに來るには及ばない。

 

2013年10月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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《過襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <840>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3184韓愈詩-212

 

 

元和十二年(817)、愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 過襄城 

及地點: 襄城 (河南道 許州 襄城郾城 (河南道 豫州 郾城)     

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高     

豫州 (河南道 豫州 豫州) 別名:蔡州     

 

 

過襄城

(襄城を過る)

郾城辭罷過襄城,潁水嵩山刮眼明。 

既に郾城を立ち去って襄城にさしかかった。道すがら、穎水の流れは清く、嵩山の緑は濃く、これを見る目さえ拭われてはっきりしたような心持になる。

已去蔡州三百里,家人不用遠來迎。 

すでに蔡州から三百里も来て、叛乱の賊の旧地を通過し終わり、この先、何らの心配もないから、わが家人もわざわざ遠くに出迎えに來るには及ばない。

 

 

『過襄城』 現代語訳と訳註

(本文)

過襄城

郾城辭罷過襄城,潁水嵩山刮眼明。 

已去蔡州三百里,家人不用遠來迎。 

 

 

(下し文)

過襄城

郾城【えんじょう】辭し 罷んで襄城を過ぐ,潁水【えいすい】嵩山【すうざん】眼を刮【けず】りて明かなり。 

已に蔡州を去ること三百里,家人 遠く來り迎うるを用いず。 

 

 

(現代語訳)

(襄城を過る)

既に郾城を立ち去って襄城にさしかかった。道すがら、穎水の流れは清く、嵩山の緑は濃く、これを見る目さえ拭われてはっきりしたような心持になる。

すでに蔡州から三百里も来て、叛乱の賊の旧地を通過し終わり、この先、何らの心配もないから、わが家人もわざわざ遠くに出迎えに來るには及ばない。

 

 

(訳注)

過襄城

(襄城を過る)

襄城は河南省襄城県。

同李二十八夜次襄城

周楚仍連接,川原乍屈盤。

雲垂天不暖,塵漲雪猶乾。

印綬歸台室,旌旗別將壇。

欲知迎候盛,騎火萬星攢。

(李正封に同行して襄城に宿する。)

呉元済が謀叛した淮南の地は、古代の周と楚であり、そこは隣接し地形も連なっている。川原がひろがり、高原がつづいたらき、たちまち上下左右にうねっているのだ。

その上、雲はひくく垂れて、天からの暖かくなることが全くないのだ。塵は一帯を覆い尽くし、そこに雪が降るが猶おかんきで乾いている。

呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に帰ってきた。攻め入る軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。

凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。

《同李二十八夜次襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <839  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3179韓愈詩-211

 

郾城 辭罷 襄城 ,潁水 嵩山 刮眼

既に郾城を立ち去って襄城にさしかかった。道すがら、穎水の流れは清く、嵩山の緑は濃く、これを見る目さえ拭われてはっきりしたような心持になる。

「郾城」郾城は河南省中南部「晩秋郾城夜會聯句」に、『平淮西碑』「勝之邵陵,郾城來降。」下図で(D-

平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#16>Ⅱ中唐詩759 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2779 とある。東都洛陽は(B-4・5)地点で東南250里(約150km)○の場所である。


河南郾城05

「襄城」襄城は河南省襄城県。

「潁水」中国河南省臨潁(りんえい)県を流れる川。鄭州(ていしゅう)付近に源を発し、淮河(わいが)に注ぐ。長さ約550キロ。隠士の許由(きょゆう)が帝尭(ぎょう)に召されたが栄達を望まず、その話を耳の汚れとしてこの川で洗い清めたという。潁川(えいせん)

「嵩山」中国河南省登封市にある山岳群である。五岳の1つの中岳に数えられる。最高峰は標高1440mの太室山である。

  

 

已去 蔡州 三百 ,家人 不用 來迎

すでに蔡州から三百里も来て、叛乱の賊の旧地を通過し終わり、この先、何らの心配もないから、わが家人もわざわざ遠くに出迎えに來るには及ばない。

「蔡州」 蔡州 (河南省) - 中華人民共和国河南省にかつて設置された州。 蔡州 (湖北省) - 中華人民共和国湖北省にかつて設置された州。 

《同李二十八夜次襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <839>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3179韓愈詩-211

《同李二十八夜次襄城》呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に帰ってきた。攻め入る軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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司馬相如 《上林賦 》(21)#8-1 文選 賦<110-#8-1>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩926 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3178
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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《同李二十八夜次襄城》韓愈 ( 韓退之) Ⅱ中唐詩 <839  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3179韓愈詩-211

 

 

作者: 韓愈    817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 同李二十八夜次襄城〔李正封也。〕 

作地點: 襄城(河南道 / 許州 / 襄城

及地點: 襄城(河南道 許州 襄城)     

交遊: 李正封

 

 

同李二十八夜次襄城

(李正封に同行して襄城に宿する。)

周楚仍連接,川原乍屈盤。

呉元済が謀叛した淮南の地は、古代の周と楚であり、そこは隣接し地形も連なっている。川原がひろがり、高原がつづいたらき、たちまち上下左右にうねっているのだ。

雲垂天不暖,塵漲雪猶乾。

その上、雲はひくく垂れて、天からの暖かくなることが全くないのだ。塵は一帯を覆い尽くし、そこに雪が降るが猶おかんきで乾いている。

印綬歸台室,旌旗別將壇。

呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に帰ってきた。攻め入る軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。

欲知迎候盛,騎火萬星攢。

凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。

 

李二十八と同うし 夜 襄城に次【やど】る。

周・楚 仍お連接し,川原 乍【たちま】ち屈盤す。

雲は垂れ 天 暖【あたたか】ならず,塵は漲って雪猶お乾く。

印綬 台室に歸り,旌旗 將壇【しょうだん】別る。

迎候の盛を知らんと欲す,騎火 萬星 攢【あつま】る。

 

 河南郾城05

『同李二十八夜次襄城』 現代語訳と訳註

(本文)

同李二十八夜次襄城

周楚仍連接,川原乍屈盤。

雲垂天不暖,塵漲雪猶乾。

印綬歸台室,旌旗別將壇。

欲知迎候盛,騎火萬星攢。

 

 

(下し文)

李二十八と同うし 夜 襄城に次【やど】る。

周・楚 仍お連接し,川原 乍【たちま】ち屈盤す。

雲は垂れ 天 暖【あたたか】ならず,塵は漲って雪猶お乾く。

印綬 台室に歸り,旌旗 將壇【しょうだん】別る。

迎候の盛を知らんと欲す,騎火 萬星 攢【あつま】る。

 

 

(現代語訳)

(李正封に同行して襄城に宿する。)

呉元済が謀叛した淮南の地は、古代の周と楚であり、そこは隣接し地形も連なっている。川原がひろがり、高原がつづいたらき、たちまち上下左右にうねっているのだ。

その上、雲はひくく垂れて、天からの暖かくなることが全くないのだ。塵は一帯を覆い尽くし、そこに雪が降るが猶おかんきで乾いている。

呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に帰ってきた。攻め入る軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。

凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。

 

 

(訳注)

同李二十八夜次襄城

(李正封に同行して襄城に宿する。)

底本巻十。卷三四四  文體、五言律詩。李二十八は李正封。やはり裴度の幕下となり従軍し、郾城で韓愈と長い聯句をつくっている。襄城は河南省襄城県。

 

周楚 仍連接,川原 屈盤

古代の周の地である長安より、呉元済が謀叛した楚の地であった淮南の地は、そこは隣接し地形も連なっている。川原がひろがり、高原がつづいたらき、ちまち上下左右にうねっているのだ。

「周楚」朝代名號、周。民族邦國名、楚。古の周の地と楚の地、ここでは、長安と、呉元済のいた淮南とをさす。

「川原」河川と原野に阻まれ、攻めるに難しいことを云う。

「乍」語義類別:時、時間、範圍時間(時刻)、乍。

「屈盤」うねる。曲折。

 

 

雲垂 不暖 ,塵漲 猶乾

その上、雲はひくく垂れて、天からの暖かくなることが全くないのだ。塵は一帯を覆い尽くし、そこに雪が降ったが猶お寒気で乾いて残っている。

「雲垂」冬の雲が垂れこみ気温が上がらない。。

「塵」空気が乾燥して、冬の風の中、塵が吹きすさぶ。

「雪乾」乾いた雪が横殴りする。

 

 

印綬 台室 ,旌旗 將壇

呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に凱旋して君は帰ってきた。軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。

・台室 台省と同じで、宰相のいる役所。

・迎候 歓迎。

・騎火 騎馬兵の手にもつたいまつ。

「印綬」節度使の公的印。

「台室」亭臺樓閣、臺。

「壇」寺廟道觀、壇。

 

 

欲知 候盛,騎火 萬星

凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。

sas0009 

《酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <838>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3174韓愈詩-210

韓愈《酬別留後侍郎》平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)

 

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《酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <838  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3174韓愈詩-210

 

 

作者: 韓愈    817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕 

作地點: 襄城(河南道 / 許州 / 襄城

及地點: 襄城(河南道 許州 襄城)     

交遊人物:馬摠

 

 

酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)

為文無出相如右,謀師難居郤縠先。 

文をつくったとしても、あの司馬相如の右に出ることなどとても難しいものだ。戦の廟略・戦略については春秋の文公の家臣、郤縠に先んじることはむつかしい。

歸去雪銷溱洧動,西來旌旆拂晴天。 

君がその地を去って帰って來る頃には雪は解け消えて溱水・洧水は流れているだろう。隊列の旗は晴天の空にはためいて西に進むのである。

 

留後侍郎の別るるに酬ゆ〔蔡 平げて,馬總が命ぜられ留後と為す。〕

文をる為るは相如の右に出づる無く,師【すい】を謀る郤縠【げきこく】の先に居り難し。 

歸り去りて雪銷【き】えて溱洧【しんい】動き,西に來るに旌旆【しょうはい】は晴天を拂わん。  

河南郾城05 

『酬別留後侍郎』 現代語訳と訳註

(本文)

酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

為文無出相如右,謀師難居郤縠先。 

歸去雪銷溱洧動,西來旌旆拂晴天。 

 

 

(下し文)

留後侍郎の別るるに酬ゆ〔蔡 平げて,馬總が命ぜられ留後と為す。〕

文をる為るは相如の右に出づる無く,師【すい】を謀る郤縠【げきこく】の先に居り難し。 

歸り去りて雪銷【き】えて溱洧【しんい】動き,西に來るに旌旆【しょうはい】は晴天を拂わん。 

 

 

(現代語訳)

平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)

文をつくったとしても、あの司馬相如の右に出ることなどとても難しいものだ。戦の廟略・戦略については春秋の文公の家臣、郤縠に先んじることはむつかしい。

君がその地を去って帰って來る頃には雪は解け消えて溱水・洧水は流れているだろう。隊列の旗は晴天の空にはためいて西に進むのである。

 

 

(訳注)

酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)

民本巻十。卷三四四  文體: 七言呉元済の乱が平定したのち、裴度は現地の事後処理をさせるため副位の馬摠を彰義軍留後としてのこして、他のものはつれて長安に帰ることにした。このとき韓愈が馬摠に贈った詩である。

 

 

為文 無出 相如 右,謀師 難居 郤縠

文をつくったとしても、あの司馬相如の右に出ることなどとても難しいものだ。戦の廟略・戦略については春秋の文公の家臣、郤縠に先んじることはむつかしい。

「文」賦、詩文。

「相如」漢代の文豪司馬相加。この句は、文章家としては相如以上の人はないが、馬摠はその相如のようだ、とたたえているのである。

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司馬相如 《上林賦 》(1)#1-1 文選 賦<110-#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩906 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3078

「郤縠」本名、郤縠(春秋晉)。春秋時代の戦略家。春秋晋の文公は19年もの亡命の末、帰国して晋公になった。この長い亡命に付き従った寵臣はみな賢臣であったと言われ、 文公が即位することが出来た一つの大きな要因とされている。この賢臣たちの中で、郤縠は中軍の将となった。

 

 

歸去 雪銷 溱洧 ,西來 旌旆 晴天

君がその地を去って帰って來る頃には雪は解け消えて溱水・洧水は流れているだろう。隊列の旗は晴天の空にはためいて西に進むのである。

「溱」溱水: 河川名: 1.源於河南省密縣,與洧水會流後注入賈魯河。 2.發源於河南省桐柏縣桐柏山,流至汝南縣注入汝水。 3.發源於湖南省臨武縣,流入廣東。

「洧」洧水:河川名。1.源於河南省密縣,與洧水會流後注入賈魯河。 2.發源於河南省桐柏縣桐柏山,流至汝南縣注入汝水。 3.發源於湖南省臨武縣,流入廣東。
幻日環01 

《郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <837>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3169韓愈詩-209

韓愈《郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外》行軍中の郾城での節度使次長刑部侍郎の馬総、都官員外郎の馮宿、禮部員外郎の李宗閔などを両使判官書記として行軍してきて、夕方から飲み始め、そしてこの詩を贈ったものである。(馮と李はこの時、裴度公の東征に従っていたものである)

 

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《郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <837  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3169韓愈詩-209

 

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿〕・李〔宗閔〕二員外〔馮李時從裴度東征〕 

作地點: 郾城(河南道 / 豫州 / 郾城

交遊人物: 馬總 馮宿 ・李宗閔

元和十二年(817)、愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

 

 

過鴻溝

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

龍疲虎困割川原,億萬蒼生性命存。

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

誰勸君王回馬首,真成一擲賭乾坤。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

 

鴻溝を過【よぎ】る

龍は疲れ 虎は困しんで川原【せんげん】を割く,億萬の蒼生 性命 存す。 

誰が 君王に勸めて馬首を回し,真成 一擲 乾坤を賭す。 

 

送張侍郎

(張侍郎は張賈で、そのころ、兵部侍郎から出でて華州刺史となったので、この詩はその赴任をするというのでこれを送った。)


徒東鎮馳書謁,丞相西來走馬迎。 

君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

兩府元臣今轉密,一方逋寇不難平。 

藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公は交際は愈々親密であって謀略毫も齟齬せず、着々として成功するから、呉元濟のごとき、区々として一方に拠れる逋寇は平定することが困難ではなく、いずれ遠からずして太平の世に復興する、それにつけても、君との倍旧の尽力を希望する次第である。

 

(張侍郎を送る)

司徒は東に鎮し 書を馳せて謁し,丞相西來走馬迎。 

兩府 元臣 今 轉【うた】た密なり,一方の逋寇【ほこう】平らけ難からず。 

 

奉和裴相公東征,途經女几山下作

(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)


穿曉日雲霞雜,山倚秋空劍戟明。 

裴度公の東征に就いて、暁の日のひかりの中にうがちはいるのはわが軍旗、雲と霞を交えたようである。秋空にそびゆる女几山は、その乱立した山々は剣戟のごと明らかなのである。

敢請相公平賊後,暫攜諸吏上崢嶸。 

わたしののぞむところを敢て請うとすれば、裴度宰相が蔡州に至り手呉元濟の賊軍を平らげた後その帰途ふたたびこの地に立ち寄りおおくの上下の従官と共に、崢嶸を攀じてこの山の勝景を賞せられたのである。

裴相公「東征の途女几山下を經て作る」に和し奉る。

旗は曉日を穿って雲霞雜わり,山は秋空に倚って劍戟明らかなり。

敢えて請う 相公賊を平らげて後,暫く諸吏を攜えて崢嶸に上りたまへ。

 

 

郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿〕・李〔宗閔〕二員外〔馮李時從裴度東征〕

行軍中の郾城での節度使次長刑部侍郎の馬総、都官員外郎の馮宿、禮部員外郎の李宗閔などを両使判官書記として行軍してきて、夕方から飲み始め、そしてこの詩を贈ったものである。(馮と李はこの時、裴度公の東征に従っていたものである)

城上赤雲呈勝氣,眉間黃色見歸期。

蔡州の城上には、赤い雲が深く立ち込め、味方の戦勝の兆候として知られ、諸君の眉宇の間には、黄色が動きはじめて凱旋の期の遠からざることを示している。

幕中無事惟須飲,即是連鑣向闕時。

行營の陣幕内であるから、格別の事務もないから、ただゆっくりと酒を飲めばよいということで、やがて、轡を並べて、長安の朝廷に向かうようになるであろう。

郾城【えんじょう】晚飲、副使馬侍郎及び馮【ひょう】李二員外に贈り奉る。

城上の赤雲 勝氣を呈し,眉間の黃色 歸期を見る。

幕中 無事 惟だ須【すべか】らく飲むべし,即ち是れ連鑣【れんひょう】闕に向うの時なり。

 

『郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外』 現代語訳と訳註

(本文)

郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿〕・李〔宗閔〕二員外〔馮李時從裴度東征〕

城上赤雲呈勝氣,眉間黃色見歸期。

幕中無事惟須飲,即是連鑣向闕時。

 

 

(下し文)

郾城【えんじょう】晚飲、副使馬侍郎及び馮【ひょう】李二員外に贈り奉る。

城上の赤雲 勝氣を呈し,眉間の黃色 歸期を見る。

幕中 無事 惟だ須【すべか】らく飲むべし,即ち是れ連鑣【れんひょう】闕に向うの時なり。

 

 

(現代語訳)

行軍中の郾城での節度使次長刑部侍郎の馬総、都官員外郎の馮宿、禮部員外郎の李宗閔などを両使判官書記として行軍してきて、夕方から飲み始め、そしてこの詩を贈ったものである。(馮と李はこの時、裴度公の東征に従っていたものである)

蔡州の城上には、赤い雲が深く立ち込め、味方の戦勝の兆候として知られ、諸君の眉宇の間には、黄色が動きはじめて凱旋の期の遠からざることを示している。

行營の陣幕内であるから、格別の事務もないから、ただゆっくりと酒を飲めばよいということで、やがて、轡を並べて、長安の朝廷に向かうようになるであろう。

 

 

(訳注)

郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿〕・李〔宗閔〕二員外〔馮李時從裴度東征〕

行軍中の郾城での節度使次長刑部侍郎の馬総、都官員外郎の馮宿、禮部員外郎の李宗閔などを両使判官書記として行軍してきて、夕方から飲み始め、そしてこの詩を贈ったものである。(馮と李はこの時、裴度公の東征に従っていたものである)

郾城は河南省中南部「晩秋郾城夜會聯句」に、『平淮西碑』「勝之邵陵,郾城來降。」下図で(D-2

平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#16>Ⅱ中唐詩759 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2779 とある。東都洛陽は(B-4・5)地点で東南250里(約150km)○の場所である。


・侍郎 漢朝の郎官の一種であり、元々は宮廷の近侍であった。東漢(後漢)以後、尚書の属官となり、始めは郎中に任じられ、満一年後に尚書郎’’になり、満三年して侍郎’’となる。以後、尚書台の権利が大きくなるにつれて、侍郎も重要となってきた。隋・唐の時代、首都に、戸礼刑工吏兵の六部が設けられ、国家の政務を司った。その中で、各部に一名の侍郎が置かれ、尚書主管の事務、実際の執行の補佐をした。現在の内閣の次長に相当する。中書省の副官を中書侍郎、門下省の副官を門下侍郎(黄門侍郎)と呼んだ。

行政官庁である尚書省は六部(吏部・戸部・礼部・兵部・刑部・工部)に分けられ、それぞれの長官が尚書、次官が侍郎である。

河南郾城05 

城上 赤雲 呈勝氣 ,眉間 黃色 歸期

蔡州の城上には、赤い雲が深く立ち込め、味方の戦勝の兆候として知られ、諸君の眉宇の間には、黄色が動きはじめて凱旋の期の遠からざることを示している。

「赤雲」夕方の雲霧煙霞、雲ということでもあるが、ここは味方の軍勢が優勢であることを示す者。

「黃色」原色、黃であるが、安心したものをあらわす。

 

 

幕中 無事 惟須 ,即是 連鑣 向闕

行營の陣幕内であるから、格別の事務もないから、ただゆっくりと酒を飲めばよいということで、やがて、轡を並べて、長安の朝廷に向かうようになるであろう。

「幕中」行營の陣幕内。

「無事」格別の事務もない。

「須」語義類別:人、狀態、心理能願、須。

「飲」語義類別:人、行為動作、一般行為(其他部)、飲。

「連鑣」轡を並べること。

「向闕」長安の朝廷に向かう。
hinode0100 

《奉和裴相公東征,途經女几山下作》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <836>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3164韓愈詩-208

奉和裴相公東征,途經女几山下作(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)

 

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《奉和裴相公東征,途經女几山下作》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <836  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3164韓愈詩-208

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年50

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 奉和裴相公東征,途經女几山下作 

及地點:  女几山 (都畿道 河南府 福昌)     

 

 

奉和裴相公東征,途經女几山下作

(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)

旗穿曉日雲霞雜,山倚秋空劍戟明。 

裴度公の東征に就いて、暁の日のひかりの中にうがちはいるのはわが軍旗、雲と霞を交えたようである。秋空にそびゆる女几山は、その乱立した山々は剣戟のごと明らかなのである。

敢請相公平賊後,暫攜諸吏上崢嶸。 

わたしののぞむところを敢て請うとすれば、裴度宰相が蔡州に至り手呉元濟の賊軍を平らげた後その帰途ふたたびこの地に立ち寄りおおくの上下の従官と共に、崢嶸を攀じてこの山の勝景を賞せられたのである。

裴相公「東征の途女几山下を經て作る」に和し奉る。

旗は曉日を穿って雲霞雜わり,山は秋空に倚って劍戟明らかなり。

敢えて請う 相公賊を平らげて後,暫く諸吏を攜えて崢嶸に上りたまへ。

幻日環01

 

『奉和裴相公東征途經女几山下作』 現代語訳と訳註

(本文)

奉和裴相公東征,途經女几山下作

旗穿曉日雲霞雜,山倚秋空劍戟明。

敢請相公平賊後,暫攜諸吏上崢嶸。

 

 

(下し文)

裴相公「東征の途女几山下を經て作る」に和し奉る。

旗は曉日を穿って雲霞雜わり,山は秋空に倚って劍戟明らかなり。

敢えて請う 相公賊を平らげて後,暫く諸吏を攜えて崢嶸に上りたまへ。

 

 

(現代語訳)

(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)

裴度公の東征に就いて、暁の日のひかりの中にうがちはいるのはわが軍旗、雲と霞を交えたようである。秋空にそびゆる女几山は、その乱立した山々は剣戟のごと明らかなのである。

わたしののぞむところを敢て請うとすれば、裴度宰相が蔡州に至り手呉元濟の賊軍を平らげた後その帰途ふたたびこの地に立ち寄りおおくの上下の従官と共に、崢嶸を攀じてこの山の勝景を賞せられたのである。

 

 

(訳注)

奉和裴相公東征,途經女几山下作 

(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)

民本巻十。卷三四四  文體: 七言句。元和十二年七月、裴度は門下侍郎同平章事兼彰義節度使となり淮西宜慰招討処置使に充当せられた。つまり呉元済討伐の最高指揮官となったわけである。そうして刑部侍郎の馬総が宜慰副使。韓愈は彰義行軍司馬判官書記、つまり従軍副官を命ぜられた。河南道許州穎川郡の郾城が本営に決定した。この詩はその本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した作。この時の裴度の作はのこっていない。

平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#10>Ⅱ中唐詩753 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2749

の前後に詳しく述べる。

 

 

 

旗穿 曉日 雲霞 雜,山倚 秋空 劍戟

裴度公の東征に就いて、暁の日のひかりの中にうがちはいるのはわが軍旗、雲と霞を交えたようである。秋空にそびゆる女几山は、その乱立した山々は剣戟のごと明らかなのである。

「穿曉日」清晨のひかりの中にうがちいること。・暁の光のさす中を軍旗がすすんでゆくさまをこのように形容している。

「劍戟」剣や戈。


 

敢請 相公 平賊 ,暫攜 諸吏 崢嶸

わたしののぞむところを敢て請うとすれば、裴度宰相が蔡州に至り手呉元濟の賊軍を平らげた後その帰途ふたたびこの地に立ち寄りおおくの上下の従官と共に、崢嶸を攀じてこの山の勝景を賞せられたのである。

「相公」裴度宰相。淮西を征するとき、「女几山を過ぎる」詩に和している。

「賊」呉元濟のこと。

「攜」語義類別:人、行為動作、一般行為(手部)、攜。

「諸吏」上下の従官、吏。

「崢嶸」山の嶮しいさま。都畿道、河南府、福昌にある女几山のこと。

 

 

■平淮西碑 (韓碑)に関する韓愈の年譜

815

憲宗

元和

10

48

5月、「淮西の事宜を論ずる状」を上奏し、淮西の乱に断固たる措置を求める。夏、「順宗実録」を撰進。*「盆地五首」*「児に示す」作。

816

11

49

正月20日、中書舎人に転任。緋魚袋を賜わる。5月18日、太子右庶士に降任。*「張籍を調(あざけ)る」作

817

12

50

7月29日、裴度、淮西宣慰招討処置使となるに伴い、兼御史中丞、彰義軍行軍司馬となる。8月、滝関を出、本隊より離れて汴州に急行し、宣武軍節度使韓弘の協力をとりつける。10月、敵の本拠、蔡州を間道づたいに突くことを願うも、唐鄧随節度使李愬に先をこされる。1128日、蔡州を発して長安へ向かう。1216日、長安へ帰る。21日、刑部侍郎に転任。*「裴相公の東征して途に女几山の下を経たりの作に和し奉る」作

818

13

51

正月、「淮西を平らぐる碑」 を上るも、李愬の訴えにより、碑文は磨り消される。4月、鄭余慶、詳定礼楽使となり、推薦されて副使をつとめる。*「独り釣る四首」

819

14

52

正月14日、「仏骨を論ずる表」を上り、極刑に処せられるところを、裴度らのとりなしで、潮州刺史に左遷となる。3月25日、潮州に着任。1024日、兗州刺史に転任。*「左遷せられて藍関に至り姪孫湘に示す」*「滝吏」*「始興江口に過る感懐」*「柳柳州の蝦蟇を食うに答う」*「兗州に量移せらる張端公詩を以て相賀す因って之に酬ゆ」  *二月二日、潮州への旅の途次、四女挐、死没。7月、大赦。

 

 

《贈刑部馬侍郎》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <835>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3159韓愈詩-207

韓愈《贈刑部馬侍郎》君は久しく桂宮經略観察使として、紅旗、南海を照らし、南方の未開の地を鎮圧されていたが、徴集されて中央政府に入り刑部侍郎に栄転せられた。

 

2013年10月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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司馬相如 《上林賦 》(17)#7-1 文選 賦<110-#7-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩922 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3158
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《贈刑部馬侍郎》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <835>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3159韓愈詩-207
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor666 七言古詩《發閬中》 蜀中転々5P42 杜甫 <572>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3160 杜甫詩1000-572-826/1500
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor應天長二首 其二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-323-6-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3162
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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《贈刑部馬侍郎》韓愈

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 贈刑部馬侍郎【案:馬總,時副晉公東征。】 

交遊人物/地點: 馬總 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

・過鴻溝

・送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕

・贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

・奉和裴相公東征,途經女几山下作

・郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿。李宗閔。二員外:馮李時從裴度東征。〕

・酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

 

 

贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

(馬総は前に酒を寄せた馬侍郎で、この詩は馬総の従軍東征を送って作ったのである。)

紅旗照海壓南荒,徵入中臺作侍郎。

君は久しく桂宮經略観察使として、紅旗、南海を照らし、南方の未開の地を鎮圧されていたが、徴集されて中央政府に入り刑部侍郎に栄転せられた。

暫從相公平小寇,便歸天闕致時康。

しかしこの度、丞相裴度公にしたがってかの悪党呉元濟を征伐に出かけられるがあっぱれの功績を挙げられ、やがて凱旋して皇城に入城して,一時の太平を為すようにありたいものである。

 

刑部馬侍郎に贈る〔馬總,時に晉公に副として東征す。〕

紅旗 海を照して南荒を壓し,徵されて中臺に入って侍郎となる。

暫く相公に從って小寇を平らげ,便ち天闕【てんけつ】に歸って時康【じこう】を致す。

sas0009 

 

『贈刑部馬侍郎』 現代語訳と訳註

(本文)

贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

紅旗照海壓南荒,徵入中臺作侍郎。

暫從相公平小寇,便歸天闕致時康。

 

 

(下し文)

刑部馬侍郎に贈る〔馬總,時に晉公に副として東征す。〕

紅旗 海を照して南荒を壓し,徵されて中臺に入って侍郎となる。

暫く相公に從って小寇を平らげ,便ち天闕【てんけつ】に歸って時康【じこう】を致す。

 

 

(現代語訳)

(馬総は前に酒を寄せた馬侍郎で、この詩は馬総の従軍東征を送って作ったのである。)

君は久しく桂宮經略観察使として、紅旗、南海を照らし、南方の未開の地を鎮圧されていたが、徴集されて中央政府に入り刑部侍郎に栄転せられた。

しかしこの度、丞相裴度公にしたがってかの悪党呉元濟を征伐に出かけられるがあっぱれの功績を挙げられ、やがて凱旋して皇城に入城して,一時の太平を為すようにありたいものである。

 

 

(訳注)

贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

(馬総は前に酒を寄せた馬侍郎で、この詩は馬総の従軍東征を送って作ったのである。)

『酬馬侍郎寄酒』〔馬總也。〕

一壺情所寄,四句意能多。

秋到無詩酒,其如月色何。

(馬總が詩を添えて酒を送って来たのに対しお礼の詩を送った)

卷三四四、五言句。馬侍郎刑部侍郎の馬總。字は會元、扶風の人。馬總が詩を添えて酒を送って来たのに対しお礼の詩を送ったものである。韓愈の詩が五言絶句であったことは馬総の詩が五絶であったということ。  「検校工部尚書蔡州刺史となり、淮西節度使に充てらる」とある。すると、馬總はこの時、刑部侍郎であつたので、元和八年より十年に至るまでの間、長安に居たのである。

 

 

紅旗 照海 南荒 ,徵入 中臺 侍郎

君は久しく桂宮經略観察使として、紅旗、南海を照らし、南方の未開の地を鎮圧されていたが、徴集されて中央政府に入り刑部侍郎に栄転せられた。

「紅旗」。

「照」語義類別:其他、現象、自然現象、照。

「海」南海。

「壓」鎮圧。

「南荒」南方の未開の地。

「徵」徴集。

「入」入城。

「中臺」内閣、中央政府。

 

 

暫從相公 平小寇 ,便歸 天闕 致時康

しかしこの度、丞相裴度公にしたがってかの悪党呉元濟を征伐に出かけられるがあっぱれの功績を挙げられ、やがて凱旋して皇城に入城して,一時の太平を為すようにありたいものである。

「相公」宰相、裴度。

「小寇」盜匪。淮西節度使・呉元済が横暴を極め蔡州を占拠して反抗を続けており、憲宗は軍を派遣したが鎮圧に失敗していた。群臣の多くは撤兵を進言したが、裴度だけは断固討伐すべきであることを論じ、自ら督戦することを請願して許され、8178月からの裴度の処置により10月には乱が鎮定された。この功績により金紫光禄大夫・弘文館大学士に加えられ、上柱国を賜い晋国公に封ぜられた。韓愈は行軍司馬として、この呉元済の乱を鎮圧する軍に従っていたために、詔を受けて「平淮西碑」の文を撰述し、裴度を称えている。

「天闕」皇城。

「時康」一時的な太平。
nat0010 

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <835  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3159韓愈詩-207

《送張侍郎》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <834>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3154韓愈詩-206

韓愈《送張侍郎》君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

 

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 《送張侍郎》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <834  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3154韓愈詩-206

 

 

元和十二年(817)、愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裳度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

もっとも、このときの戦争では、韓愈は直接戦闘には加わっていない。彼が買って出たのは根まわしとでもいうべき役まわりなのであって、たとえば、韓愈は装度の軍と途中で別れて津州(河南省開封市)へと急行し、そこにいた宣武軍節度使の韓弘に了解と協力を取りつけるのに成功している。これは韓弘が朝廷の命によって呉元済討伐の軍を指揮していたためで、それで戦線が膠着し、裴度の出馬となったわけだが、ともかく韓弘にわたりをつけておく必要はあった。韓愈はその役をつとめたのである。

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕 

作地點: 汴州(河南道 / 汴州 / 汴州

交遊人物/地點: 張正甫 當地交遊(河南道 汴州 汴州)

 

 

送張侍郎

司徒東鎮馳書謁,丞相西來走馬迎。 

兩府元臣今轉密,一方逋寇不難平。 

(張侍郎は張賈で、そのころ、兵部侍郎から出でて華州刺史となったので、この詩はその赴任をするというのでこれを送った。)

君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公は交際は愈々親密であって謀略毫も齟齬せず、着々として成功するから、呉元濟のごとき、区々として一方に拠れる逋寇は平定することが困難ではなく、いずれ遠からずして太平の世に復興する、それにつけても、君との倍旧の尽力を希望する次第である。

 

(張侍郎を送る)

司徒は東に鎮し 書を馳せて謁し,丞相西來走馬迎。 

兩府 元臣 今 轉【うた】た密なり,一方の逋寇【ほこう】平らけ難からず。 

終南山06 

 

『送張侍郎』 現代語訳と訳註

(本文)

送張侍郎

司徒東鎮馳書謁,丞相西來走馬迎。 

兩府元臣今轉密,一方逋寇不難平。 

 

 

(下し文)

(張侍郎を送る)

司徒は東に鎮し 書を馳せて謁し,丞相西來走馬迎。 

兩府 元臣 今 轉【うた】た密なり,一方の逋寇【ほこう】平らけ難からず。 

 

 

(現代語訳)

(張侍郎は張賈で、そのころ、兵部侍郎から出でて華州刺史となったので、この詩はその赴任をするというのでこれを送った。)

君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公は交際は愈々親密であって謀略毫も齟齬せず、着々として成功するから、呉元濟のごとき、区々として一方に拠れる逋寇は平定することが困難ではなく、いずれ遠からずして太平の世に復興する、それにつけても、君との倍旧の尽力を希望する次第である。

 

 

(訳注)

送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕

(張侍郎は張賈で、そのころ、兵部侍郎から出でて華州刺史となったので、この詩はその赴任をするというのでこれを送った。)

 

司徒 東鎮 馳書 ,丞相 西來 走馬

君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

「司徒」宜武節度使韓宏を司徒となす。。

「東」東方、東都洛陽より東で乱がおこったので、淮西の乱。

「鎮」邦國都城、鎮する。

「馳書」前もって照会して。

「丞相」職官爵位、裴度のこと。

「西」西方向、長安。

 

 

兩府 元臣 轉密 ,一方 逋寇 不難 平。

藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公は交際は愈々親密であって謀略毫も齟齬せず、着々として成功するから、呉元濟のごとき、区々として一方に拠れる逋寇は平定することが困難ではなく、いずれ遠からずして太平の世に復興する、それにつけても、君との倍旧の尽力を希望する次第である。

「兩府元臣」藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公。

「轉密」交際は愈々親密であること。

「逋寇」淮西の乱の、盜匪。

《過鴻溝》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <833>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3149韓愈詩-205

韓愈《過鴻溝》項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

 

 

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
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孟郊詩 
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『花間集』継続中

 
《過鴻溝》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <833  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3149韓愈詩-205

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50  

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 過鴻溝 

寫作地點: 滎陽(都畿道 / 鄭州 / 滎陽

寫及地點:  鴻溝 (都畿道 鄭州 滎陽)     

 汜水関などの地図

 

過鴻溝

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

龍疲虎困割川原,億萬蒼生性命存。

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

誰勸君王回馬首,真成一擲賭乾坤。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

 

鴻溝を過【よぎ】る

龍は疲れ 虎は困しんで川原【せんげん】を割く,億萬の蒼生 性命 存す。 

誰が 君王に勸めて馬首を回し,真成 一擲 乾坤を賭す。 

 

 千畳敷0010

『過鴻溝』 現代語訳と訳註

(本文)

過鴻溝

龍疲虎困割川原,億萬蒼生性命存。

誰勸君王回馬首,真成一擲賭乾坤。

 

 

(下し文)

鴻溝を過【よぎ】る

龍は疲れ 虎は困しんで川原【せんげん】を割く,億萬の蒼生 性命 存す。 

誰が 君王に勸めて馬首を回し,真成 一擲 乾坤を賭す。

 

 

(現代語訳)

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

 

 

(訳注)

過鴻溝

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

元和十二年八月、蔡州に向かう途中、汴州に入って鴻溝の古址をよぎった時にこの詩を作った。この時絶句のシリーズを六首作っている。今の河南省の賈魯河のことで、そのかみ、秦滅びて天下がまだ統一しない時、楚の項羽と漢の劉邦(後の高祖)がここに一線を画して天下を分有した。詩は当時を追懐したものである。

・過鴻溝

・送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕

・贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

・奉和裴相公東征,途經女几山下作

・郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿。李宗閔。二員外:馮李時從裴度東征。〕

・酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

 

龍疲 虎困 川原 ,億萬 蒼生 性命

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

「龍疲 虎困」項羽と漢の高祖とが久しくたたかったことを云う。

「割」。鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結んだこと。

「川原」中原の要地。

「蒼生」人民。

 

 

誰勸 君王 馬首 ,真成 一擲 乾坤

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

「回馬首」いったん帰りかけたのに、また馬の頭を基向いていた戦場の方にむきなおす。

「乾坤一擲」道家語を使ったものであり、李白『経乱離後天恩 流夜郎憶旧遊書懐贈江夏韋太守良宰』「天地賭一擲、未能忘戦争」。に基づいているものである。

《閒遊,二首之二》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <832>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3144韓愈詩-204

韓愈《閒遊,二首之二》夕暮れには烏が林でここを訪れた客にたいして訝って泣いている。岸辺に迫る丈の林にはすっかり伸びて、隣の家へと続く道を遮ってしまっている。

 

2013年10月16日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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《閒遊,二首之二》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <832  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3144韓愈詩-204

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 閒遊,二首之一 

寫作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

閒遊,二首之一

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)

雨後來更好,繞池遍青青。

雨が止んでそこにやってきたら、お天気はさらによくなっていて、池の周り一面に若草が青々としている。

柳花閒度竹,菱葉故穿萍。

柳が花を咲かせ、ひっそりとした竹林に花びらが飛んで行き渡り、菱の葉はくっきりと浮草の間から、わたしに見せようと突き出ている。

獨坐殊未厭,孤斟詎能醒。

春の景色に一人そこに座ってみると、それこそ飽きるということはない、相手が居なくても注ぎ、注ぐ酒がどうして醒めることがあろうか。

持竿至日暮,幽詠欲誰聽。

釣り座をを持ったままでいつの間にか日暮れになるが、一人口遊んで詠う歌は、誰かに聞かせようというものではないのだ。

 

閒遊【かんゆう】,二首の一

雨後に來れば更に好し,池を繞って遍【あまね】く青青。

柳花は閒【しずか】に竹を度【わた】り,菱葉は故【ことさら】に萍【くさ】を穿【うが】つ。

獨坐 殊に未だ厭【あ】かず,孤斟【こじん】詎【なん】ぞ能く醒めん。

竿を持して日暮にる至,幽詠【ゆうえい】誰の聽くを欲するか。

 

 

閒遊,二首之二 

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)二

茲遊苦不數,再到遂經旬。 

しばしばここにきて遊べないのは大変残念に思う。でもまたつぎに来るのは十日くらいしてからのことである。

萍蓋汙池淨,藤籠老樹新。 

十日間で浮き草が泥の沼を奇麗に蔽ってくれている。藤は老木を新しい木のように飾ってくれているのだ。

林烏鳴訝客,岸竹長遮鄰。 

夕暮れには烏が林でここを訪れた客にたいして訝って泣いている。岸辺に迫る丈の林にはすっかり伸びて、隣の家へと続く道を遮ってしまっている。

子雲祗自守,奚事九衢塵。 

漢の揚雄は狩猟の賦を書いてただ自らを守るということだけをしたものだが、どうして雑沓するまちなかの塵にまみれるような、俗事についての奔走をしようか。

閒遊【かんゆう】,二首の二

茲の遊び 數【しばし】ばならざるを苦【いた】む,再び到りしとき遂に旬を經たり。

萍【うきくさ】は汙池を蓋【おお】うて淨く,藤は老樹を籠めて新たなり。

林の烏は鳴いて客を訝【いぶか】り,岸べの竹は長くして鄰を遮【さえぎ】る。

子雲は祗だ自らを守る,奚【なん】ぞ九衢【きゅうく】の塵を事とせん。 

隋堤01 

 

『閒遊,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

閒遊,二首之二 

茲遊苦不數,再到遂經旬。 

萍蓋汙池淨,藤籠老樹新。 

林烏鳴訝客,岸竹長遮鄰。 

子雲祗自守,奚事九衢塵。 

 

 

(下し文)

閒遊【かんゆう】,二首の二

茲の遊び 數【しばし】ばならざるを苦【いた】む,再び到りしとき遂に旬を經たり。

萍【うきくさ】は汙池を蓋【おお】うて淨く,藤は老樹を籠めて新たなり。

林の烏は鳴いて客を訝【いぶか】り,岸べの竹は長くして鄰を遮【さえぎ】る。

子雲は祗だ自らを守る,奚【なん】ぞ九衢【きゅうく】の塵を事とせん。 

 

 

(現代語訳)

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)二

しばしばここにきて遊べないのは大変残念に思う。でもまたつぎに来るのは十日くらいしてからのことである。

十日間で浮き草が泥の沼を奇麗に蔽ってくれている。藤は老木を新しい木のように飾ってくれているのだ。

夕暮れには烏が林でここを訪れた客にたいして訝って泣いている。岸辺に迫る丈の林にはすっかり伸びて、隣の家へと続く道を遮ってしまっている。

漢の揚雄は狩猟の賦を書いてただ自らを守るということだけをしたものだが、どうして雑沓するまちなかの塵にまみれるような、俗事についての奔走をしようか。

 

 

(訳注)

閒遊,二首之二 

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)

卷三四四  文體: 五言律詩

ここの自然は自分のために風流な感じに飾ってくれている。秀作である。

 

 

茲遊 不數 ,再到 遂經旬

しばしばここにきて遊べないのは大変残念に思う。でもまたつぎに来るのは十日くらいしてからのことである。

「遊」この場所にあそびにくること。

「苦」大変残念に思う。

「數」數々回來る。

「經旬」旬:月三分割で、10日間のこと。

 

 

萍蓋 池淨 ,藤籠 老樹

十日で浮き草が泥の沼を奇麗に蔽ってくれている。藤は老木を新しい木のように飾ってくれているのだ。

 

 

林烏 訝客 ,岸竹 遮鄰

夕暮れには烏が林でここを訪れた客にたいして訝って泣いている。岸辺に迫る丈の林にはすっかり伸びて、隣の家へと続く道を遮ってしまっている。

「林烏」烏が巣に帰ってなくことを、林にいる韓愈を訝って泣くという表現をしたのである。

「遮」池の水のほとりに歩道があり、その道を遮ぎる。

「鄰」道が続いている様子を云う。

 

 

子雲 祗自守 ,奚事 九衢

漢の揚雄は狩猟の賦を書いてただ自らを守るということだけをしたものだが、どうして雑沓するまちなかの塵にまみれるような、俗事についての奔走をしようか。

「子雲」・揚 雄(よう ゆう、紀元前53年(宣帝の甘露元年) - 18年(王莽の天鳳五年))は、中国前漢時代末期の文人、学者。現在の四川省に当たる蜀郡成都の人。字は子雲。また楊雄とも表記する。蜀の地に在った若いころは、郷土の先輩司馬相如の影響から辞賦作りに没頭していたが、30歳を過ぎたとき上京する。前漢最末期の都長安で、何とか伝手を頼って官途にありつくと、同僚に王莽、劉歆らの顔があった。郷里では博覧強記を誇った揚雄も、京洛の地で自らの夜郎自大ぶりを悟り、成帝の勅許を得て3年間勉学のために休職すると、その成果を踏まえ「甘泉賦」「長揚賦」「羽猟賦」などを次々とものし、辞賦作家としての名声をほしいままにした。

・奚事九衢塵 衢は四つ辻。長安城は南北の筋路は9筋であった。どうして雑沓するまちなかの塵にまみれるような、俗事についての奔走をしようか。

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《閒遊,二首之一》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <831>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3139韓愈詩-203

韓愈《閒遊,二首之一》柳が花を咲かせ、ひっそりとした竹林に花びらが飛んで行き渡り、菱の葉はくっきりと浮草の間から、わたしに見せようと突き出ている。