漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2013年12月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

《瀧吏》嶺南行(4)-3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <908>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3524韓愈詩-233

韓愈《瀧吏》嶺南行(4)-3 御主人はこれから自分でその地においでになるんでしょうから、ここでみだりにお聞きになることなど及ばないのではないでしょうか。まったく思いがけなくもやりこめられたので、冷汗を流し、恥じ入り、且つ、驚きもしたのである。
 

2013年12月31日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《瀧吏》嶺南行(4)-3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <908  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3524韓愈詩-233

嶺南行(4)-3         

 

 

嶺南行(4)  瀧吏9分割―#1

南行逾六旬,始下昌樂瀧。

南へ南へと行くこと六十日あまりくると、やっと昌楽滝を下ることになった。

險惡不可狀,船石相舂撞。

その危険さは口にもいいあらわせないほど、船は岩石にぶつかりあってくだる。

 

往問瀧頭吏,潮州尚幾里。

急流を下る途中で、わざわざ瀧のほとりの役人に聞いてみた、「これから、私の任地である潮州までまだどのぐらいきょりがあるのでしょうか。」と

行當何時到,土風復何似

「それから、わたしたちが任地に着くのはいつことになるだろうか、南蛮の異民族の風習があると聞いたが、土地の風俗はどんなだね。」と。

 

嶺南行(4)-#2

瀧吏垂手笑,官何問之愚。

瀧川役人はあいさつもせずに笑い出した、都の高官の御主人は何とおろかなことをお聞きになりますね。

譬官居京邑,何由知東

御主人がみやこにいらっしゃるとき、南蛮の東呉の地方を御存知ではなかったでしょう。

 

遊宦官知自有由。

東呉は地方官として赴任する土地だから、ご主人が御存知になるおりももちろんあったのではないでしょうか。

潮州底處所,有罪乃竄流。

だが潮州とはどんなところなのでしょうか、わたしは罪あるものとしてはじめてそこに流されるのです。

 

嶺南行(4)-#3

儂幸無負犯,何由到而知。

わたしは幸いに何の法にそむいたり、罪もおかすことなどなかったもので、どうしてそんなところへ行くことがありましょう。したがってそこを知るはずがありません。

官今行自到,那遽妄問為。

御主人はこれから自分でその地においでになるんでしょうから、ここでみだりにお聞きになることなど及ばないのではないでしょうか。

 

不虞卒見困,汗出愧且駭。

まったく思いがけなくもやりこめられたので、冷汗を流し、恥じ入り、且つ、驚きもしたのである。

吏曰聊戲官,儂嘗使往罷。

瀧川の役人は気の毒に思ったのか言う、「ええちょっとご主人をからかってみたんですよ、じつはわたしは或る時、役所の使いで行ったことがあるんです。」

 

#4

嶺南大抵同,官去道苦遼。

下此三千里,有州始名潮。

 

惡溪瘴毒聚,雷電常洶洶。

鱷魚大於船,牙眼怖殺儂。

 

#5

州南數十里,有海無天地。

颶風有時作,掀簸真差事。

 

聖人於天下,於物無不容。

比聞此州囚,亦在生還儂。

 

#6

官無嫌此州,固罪人所徙。

官當明時來,事不待委。

 

官不自謹慎,宜即引分往。

胡為此水邊,神色久戃慌。

#7

缸大缾甖小,所任自有宜。

官何不自量,滿溢以取斯。

 

工農雖小人,事業各有守。

不知官在朝,有益國家不。

 

#8

得無虱其間,不武亦不文。

仁義飭其躬,巧姦敗群倫。

 

叩頭謝吏言,始慚今更羞。

歷官二十餘,國恩並未酬。

 

#9

凡吏之所訶,嗟實頗有之。

不即金木誅,敢不識恩私。

 

潮州雖云遠,雖惡不可過。

於身實已多,敢不持自賀。

韓愈の地図01

 

『瀧吏』 現代語訳と訳註

(本文) 嶺南行(5)  瀧吏9分割―#3

儂幸無負犯,何由到而知。

官今行自到,那遽妄問為。

 

不虞卒見困,汗出愧且駭。

吏曰聊戲官,儂嘗使往罷。

 

(下し文) #3

儂【われ】幸にして負犯【ふはん】無し,何に由って到って知らん。

官 今行いて自ら到らん,那ぞ遽【にわか】に妄【みだり】に問うことを為さんと。

 

虞【はから】ざりき卒【にわか】に見困しめられんとは,汗出でて愧じ且つ駭【おどろ】く。

吏曰く聊【いささ】か戲官に【たわむ】る,儂【われ】嘗って使いして往いて罷【や】む。

 

(現代語訳)

わたしは幸いに何の法にそむいたり、罪もおかすことなどなかったもので、どうしてそんなところへ行くことがありましょう。したがってそこを知るはずがありません。

御主人はこれから自分でその地においでになるんでしょうから、ここでみだりにお聞きになることなど及ばないのではないでしょうか。

まったく思いがけなくもやりこめられたので、冷汗を流し、恥じ入り、且つ、驚きもしたのである。

瀧川の役人は気の毒に思ったのか言う、「ええちょっとご主人をからかってみたんですよ、じつはわたしは或る時、役所の使いで行ったことがあるんです。」

 

(訳注) #3(楽昌:下図24)から(潮州u-18)に向かう

儂幸無負犯,何由到而知。

わたしは幸いに何の法にそむいたり、罪もおかすことなどなかったもので、どうしてそんなところへ行くことがありましょう。したがってそこを知るはずがありません。

儂 古い蘇州方言の第一人称といわれているが、今でも用いているところがあるという。広東省なのに、蘇州方言を用いいたのは地方の感じを出すためにあてはめたのだろう。

負犯 法に負いたり罪を犯すこと。

 

官今行自到,那遽妄問為。

御主人はこれから自分でその地においでになるんでしょうから、ここでみだりにお聞きになることなど及ばないのではないでしょうか。

行「まさに…:せんとす」の将と同じ意味。これから……するだろう。

遽 「遂に」という意。「何遽」で、「何寛」とおなじく「何でまあ」という問いつめる気持ちをあらわす。

妄問為 普通の語順なら「為妄問」であるが、押韻の関係で「為」字を句末に置いた。

 

不虞卒見困,汗出愧且駭。

まったく思いがけなくもやりこめられたので、冷汗を流し、恥じ入り、且つ、驚きもしたのである。

 

吏曰聊戲官,儂嘗使往罷。

瀧川の役人は気の毒に思ったのか言う、「ええちょっとご主人をからかってみたんですよ、じつはわたしは或る時、役所の使いで行ったことがあるんです。」
2潮州広東00

《瀧吏》嶺南行(4)-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <907>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3519韓愈詩-232

《瀧吏》嶺南行(4)-2 東呉は地方官として赴任する土地だから、ご主人が御存知になるおりももちろんあったのではないでしょうか。だが潮州とはどんなところなのでしょうか、わたしは罪あるものとしてはじめてそこに流されるのです。
 

2013年12月30日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《瀧吏》嶺南行(4)-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <907>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3519韓愈詩-232
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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嶺南行(4)-2

 

 

嶺南行(4)  瀧吏9分割―#1

南行逾六旬,始下昌樂瀧。

南へ南へと行くこと六十日あまりくると、やっと昌楽滝を下ることになった。

險惡不可狀,船石相舂撞。

その危険さは口にもいいあらわせないほど、船は岩石にぶつかりあってくだる。

 

往問瀧頭吏,潮州尚幾里。

急流を下る途中で、わざわざ瀧のほとりの役人に聞いてみた、「これから、私の任地である潮州までまだどのぐらいきょりがあるのでしょうか。」と

行當何時到,土風復何似。

「それから、わたしたちが任地に着くのはいつことになるだろうか、南蛮の異民族の風習があると聞いたが、土地の風俗はどんなだね。」と。

 
 

#2

瀧吏垂手笑,官何問之愚。

瀧川役人はあいさつもせずに笑い出した、都の高官の御主人は何とおろかなことをお聞きになりますね。

譬官居京邑,何由知東

御主人がみやこにいらっしゃるとき、南蛮の東呉の地方を御存知ではなかったでしょう。

 

遊宦官知自有由。

東呉は地方官として赴任する土地だから、ご主人が御存知になるおりももちろんあったのではないでしょうか。

潮州底處所,有罪乃竄流。

だが潮州とはどんなところなのでしょうか、わたしは罪あるものとしてはじめてそこに流されるのです。

 

#3

儂幸無負犯,何由到而知。

官今行自到,那遽妄問為。

 

不虞卒見困,汗出愧且駭。

吏曰聊戲官,儂嘗使往罷。

 

#4

嶺南大抵同,官去道苦遼。

下此三千里,有州始名潮。

 

惡溪瘴毒聚,雷電常洶洶。

鱷魚大於船,牙眼怖殺儂。

 

#5

州南數十里,有海無天地。

颶風有時作,掀簸真差事。

 

聖人於天下,於物無不容。

比聞此州囚,亦在生還儂。

 

#6

官無嫌此州,固罪人所徙。

官當明時來,事不待委。

 

官不自謹慎,宜即引分往。

胡為此水邊,神色久戃慌。

甘粛省-嘉峪関

#7

缸大缾甖小,所任自有宜。

官何不自量,滿溢以取斯。

 

工農雖小人,事業各有守。

不知官在朝,有益國家不。

 

#8

得無虱其間,不武亦不文。

仁義飭其躬,巧姦敗群倫。

 

叩頭謝吏言,始慚今更羞。

歷官二十餘,國恩並未酬。

 

#9

凡吏之所訶,嗟實頗有之。

不即金木誅,敢不識恩私。

 

潮州雖云遠,雖惡不可過。

於身實已多,敢不持自賀。

 

『瀧吏』 現代語訳と訳註

(本文) 嶺南行(5)  瀧吏9分割―#2

瀧吏垂手笑,官何問之愚。

譬官居京邑,何由知東

 

遊宦官知自有由。

潮州底處所,有罪乃竄流。

 

(下し文) #2

瀧吏【ろうり】手を垂れて笑い,官 何んぞ問うことの愚【おろか】なるや。

譬【たと】えば官の京邑【きょうゆう】に居るときは,何に由ってか東知らん

 

遊宦のなり官の知ること自ら由し有り。

潮州は底【なん】の處所【しょしょ】ぞ,罪有るもの乃ち竄流【ざんりゅう】さる。

 

(現代語訳)

瀧川役人はあいさつもせずに笑い出した、都の高官の御主人は何とおろかなことをお聞きになりますね。

御主人がみやこにいらっしゃるとき、南蛮の東呉の地方を御存知ではなかったでしょう。

東呉は地方官として赴任する土地だから、ご主人が御存知になるおりももちろんあったのではないでしょうか。

だが潮州とはどんなところなのでしょうか、わたしは罪あるものとしてはじめてそこに流されるのです。

 

韓愈の地図01

  

(訳注) 嶺南行(5)  瀧吏9分割―#2

瀧吏 底本巻六。瀧吏とは昌擽滝という急流の河岸の駅吏。昌楽滝はいまの広東省の楽昌県にある。

 

瀧吏垂手笑,官何問之愚。

瀧川役人はあいさつもせずに笑い出した、都の高官の御主人は何とおろかなことをお聞きになりますね。

垂手 前に手を組合わせてあげるのが、指というあいさつの方法であるが、手を垂れるとは、しないで、手をさげたままでいること。

 官についているものに対して呼びかけることば。都の高官の御主人というていどのあいさつ。つまり韓愈をさす。

 

譬官居京邑,何由知東

御主人がみやこにいらっしゃるとき、南蛮の東呉の地方を御存知ではなかったでしょう。

京邑 みやこ。長安をさす。

東呉 呉は今の江蘇省。中国全体からでは東方にあるから、束呉という。おなじく南ではあるが、都から比較的近い地域。

 

遊宦官知自有由。

東呉は地方官として赴任する土地だから、ご主人が御存知になるおりももちろんあったのではないでしょうか。

遊宦 遊は、地方に旅行すること、宦は、官吏として仕えること。遊宦は、地方官として赴任することをいう。

 

潮州底處所,有罪乃竄流。

だが潮州とはどんなところなのでしょうか、わたしは罪あるものとしてはじめてそこに流されるのです。

底 「何」という意。

筑流 鼠も流も、ともに流しものにすること。
nat0021 

《瀧吏-9分割1回目〔元和十四年出為潮州作。〕》嶺南行(4)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <906>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3514韓愈詩-231

韓愈《瀧吏》これから、私の任地である潮州までまだどのぐらい距離があるのでしょうか。それから、わたしたちが任地に着くのはいつことになるだろうか、南蛮の異民族の風習があると聞いたが、土地の風俗はどんなだね。
 

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《瀧吏〔元和十四年出為潮州作。〕》嶺南行(4)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <906  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3514韓愈詩-231

 

 

嶺南行(4)

作時年:  819  元和十四年  52

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 瀧吏〔元和十四年出為潮州作。〕 

及地點:  昌樂瀧 (嶺南道東部 韶州 樂昌)   ・潮州 (嶺南道東部 潮州 潮州・韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東 ・惡溪 (嶺南道東部 潮州 潮州)  

  

昌楽滝の役人について述べる。吏は小役人のこと。杜甫『三吏三別』に倣って作ったものであろう。彼らは雇い人であって、中央から任命される正式の官吏でなく、普通現地の土地の人用いた。官庁の実際実務・事務に習熟し、地方政治上において実力をもっていた。ここは、危険な急流下りであるから、船つき場に船を監督する村役人がいたのであろうか。

元和十四年(819年)潮州に貶められたとき、旅行中の作。韓愈時に五十二歳。長い詩であるから、押韻の変わるごとに区切り、四韻ごとに注釈を加えることにする。

 

 

嶺南行(4)  瀧吏9分割―#1

南行逾六旬,始下昌樂瀧。

南へ南へと行くこと六十日あまりくると、やっと昌楽滝を下ることになった。

險惡不可狀,船石相舂撞。

その危険さは口にもいいあらわせないほど、船は岩石にぶつかりあってくだる。

 

往問瀧頭吏,潮州尚幾里。

急流を下る途中で、わざわざ瀧のほとりの役人に聞いてみた、「これから、私の任地である潮州までまだどのぐらいきょりがあるのでしょうか。」と

行當何時到,土風復何似。

「それから、わたしたちが任地に着くのはいつことになるだろうか、南蛮の異民族の風習があると聞いたが、土地の風俗はどんなだね。」と。 

#2

瀧吏垂手笑,官何問之愚。

譬官居京邑,何由知東

 

遊宦官知自有由。

潮州底處所,有罪乃竄流。

 

#3

儂幸無負犯,何由到而知。

官今行自到,那遽妄問為。

 

不虞卒見困,汗出愧且駭。

吏曰聊戲官,儂嘗使往罷。

 

#4

嶺南大抵同,官去道苦遼。

下此三千里,有州始名潮。

 

惡溪瘴毒聚,雷電常洶洶。

鱷魚大於船,牙眼怖殺儂。

 

#5

州南數十里,有海無天地。

颶風有時作,掀簸真差事。

 

聖人於天下,於物無不容。

比聞此州囚,亦在生還儂。

 

#6

官無嫌此州,固罪人所徙。

官當明時來,事不待委。

 

官不自謹慎,宜即引分往。

胡為此水邊,神色久戃慌。

#7

缸大缾甖小,所任自有宜。

官何不自量,滿溢以取斯。

 

工農雖小人,事業各有守。

不知官在朝,有益國家不。

 

#8

得無虱其間,不武亦不文。

仁義飭其躬,巧姦敗群倫。

 

叩頭謝吏言,始慚今更羞。

歷官二十餘,國恩並未酬。

 

#9

凡吏之所訶,嗟實頗有之。

不即金木誅,敢不識恩私。

 

潮州雖云遠,雖惡不可過。

於身實已多,敢不持自賀。

 

駅亭の池01 

『瀧吏』 現代語訳と訳註

(本文) 嶺南行(4)  瀧吏9分割―#1

南行逾六旬,始下昌樂瀧。

險惡不可狀,船石相舂撞。

 

往問瀧頭吏,潮州尚幾里。

行當何時到,土風復何似。

 

(下し文) 嶺南行(4)  瀧吏9分割―#1

南行 六旬を逾え,始めて昌樂瀧を下る。

險惡 狀【たと】う可からず,船と石と相い舂撞【しょうとう】す。

 

往きて瀧頭の吏に問うらく,潮州 尚お幾ばく里ぞ。

行きて當に何れの時にか到るべき,土風 復た何似【いかん】。

 

(現代語訳)

南へ南へと行くこと六十日あまりくると、やっと昌楽滝を下ることになった。

その危険さは口にもいいあらわせないほど、船は岩石にぶつかりあってくだる。

急流を下る途中で、わざわざ瀧のほとりの役人に聞いてみた、「これから、私の任地である潮州までまだどのぐらいきょりがあるのでしょうか。」と

「それから、わたしたちが任地に着くのはいつことになるだろうか、南蛮の異民族の風習があると聞いたが、土地の風俗はどんなだね。」と。

 

(訳注) 嶺南行(4)  瀧吏9分割―#1

瀧吏 底本巻六。瀧吏とは昌擽滝という急流の河岸の駅吏。昌楽滝はいまの広東省の楽昌県にある。

 

南行逾六旬,始下昌樂瀧。

南へ南へと行くこと六十日あまりくると、やっと昌楽滝を下ることになった。

潜行逾六旬 長安からいえば、この地広東省は南にあたる。韓愈は、曹月十四日に潮州刺史に貶められる勅命が下り、即日出発しているから、六十日をこえたといえは、三月中旬の作ということになる。旬は十日。

昌楽滝 滝ははやせ、急流。昌楽滝とは、いわば唱楽峡というようなものである。昌楽滝は、今の広東省楽昌縣にあり、珠江の一方の本流北江の上流である。

 

險惡不可狀,船石相舂撞。

その危険さは口にもいいあらわせないほど、船は岩石にぶつかりあってくだる。

不可状 形容できない。状は、形容する。

舂撞 舂も撞もぶつかること。

 

往問瀧頭吏,潮州尚幾里。

急流を下る途中で、わざわざ瀧のほとりの役人に聞いてみた、「これから、私の任地である潮州までまだどのぐらいきょりがあるのでしょうか。」と

瀧頭吏 瀧のほとりの吏。

潮州 今の広東省潮州市。韓愈が刺史として流された任地。

 

行當何時到,土風復何似。

「それから、わたしたちが任地に着くのはいつことになるだろうか、南蛮の異民族の風習があると聞いたが、土地の風俗はどんなだね。」と。

 DCF00212

230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230 嶺南行(3) 236

韓愈《過南陽》 南陽をすぎて、城郭の東門外に出ると,桑の木の下には麥が青青と延びている。  この私の旅もここを去っていって留まることはできないのだし,この春の鳩がのどかに鳴いているのも鳴きやむことはないのだ。
 

 

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230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230    嶺南行(3)             236

 

 

本気で韓愈を死刑にしたがっていたわけではない、たてまえであって、裴度たちのとりなしを受け入れた形で韓愈の死刑を免じ、かわりに潮州へ流すこととしたのだ。形式上は潮州刺史に任ずる旨の辞令を出し、都から追ったのである。潮州は今の広東省に属し、福建省との境に近い海岸の町で、当時においては未開野蛮の土地である。

その辞令が出たのは元和十四年正月十四日のことで、実質上は流罪なのだから、とりあっかいも罪人なみとなることは、やむを得ない。韓愈の屋敷へいきなり役人が来て、その場で出発を催促するのであった。そして韓愈が出て行ったあとで、家族も長安から追放の処分を受け、韓愈のあとを追って旅に出た。十二歳になる四女の挐はたまたま病中であったが、これも病床に残ることは許されず、ともに旅へと出たのであった(この娘はついに旅の途中で死んでしまい、韓愈の一行はその遺体を道はたに仮埋葬して、旅を続ける)。杜甫が『三吏三別』、秦州紀行、同谷紀行、成都紀行と綴ったように、韓愈は詠っている。

 

ここでは『嶺南行』として整理、カテゴリーとする

(1)『路傍堠』〔元和十四年出為潮州作〕

(2)『食曲河驛』〔元和十四年出為潮州作〕

(3) 『過南陽』〔元和十四年出為潮州作〕

(4)『瀧吏』〔元和十四年出為潮州作〕

・・・・・。

 菖蒲02

 

嶺南行(3)

作年:  819  元和十四年  52

卷別: 卷三四一  文體: 五言律詩 

詩題: 過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  南陽 (山南東道 鄧州 南陽) 別名:南都    河南省南陽県 

商山 (山南東道 商州 商州) 別名:南山、地肺山、楚山、商顏     

 

 

嶺南行(3)

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

(山南東道 鄧州の南陽を通り過ぎる。)

南陽郭門外,桑下麥青青。 

南陽をすぎて、城郭の東門外に出ると,桑の木の下には麥が青青と延びている。 

行子去未已,春鳩鳴不停。 

この私の旅もここを去っていって留まることはできないのだし,この春の鳩がのどかに鳴いているのも鳴きやむことはないのだ。

秦商邈既遠,湖海浩將經。 

首を回らせば、秦関商山は邈として既に遠く隔たって,これより先は湖海浩渺たる間を過ぎていかないといけないのだ。 

孰忍生以慼,吾其寄餘齡。 

いっそ一思いに死ねたら却ってよいと思うが、絶えず心に憂戚をいだくということは、誰にしても、忍びかねることであるが、我は、なお爲ある身なるに倚り、余齢を憂戚のなかに寄せる覚悟でさればこそ、従容として、はるかに潮州の謫地に向かうのである。

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

南陽 郭門の外,桑下 麥 青青たり。 

行子【こうし】去って未だ已まず,春鳩【しゅんきょう】鳴いて停【とど】まらず。 

秦商【しんしょう】邈【ばく】として既に遠く,湖海【こかい】浩として將に經んとす。 

孰【たれ】か 忍んで生きて以って慼【うれ】えむ,吾 其れ餘齡【よれい】を寄せむ。 

泰山の夕日 

『過南陽』 現代語訳と訳註

(本文) 嶺南行(3)

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

南陽郭門外,桑下麥青青。 

行子去未已,春鳩鳴不停。 

秦商邈既遠,湖海浩將經。 

孰忍生以慼,吾其寄餘齡。 

 

(下し文)

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

南陽 郭門の外,桑下 麥 青青たり。 

行子【こうし】去って未だ已まず,春鳩【しゅんきょう】鳴いて停【とど】まらず。 

秦商【しんしょう】邈【ばく】として既に遠く,湖海【こかい】浩として將に經んとす。 

孰【たれ】か 忍んで生きて以って慼【うれ】えむ,吾 其れ餘齡【よれい】を寄せむ。 

 

(現代語訳)

(山南東道 鄧州の南陽を通り過ぎる。)

南陽をすぎて、城郭の東門外に出ると,桑の木の下には麥が青青と延びている。 

この私の旅もここを去っていって留まることはできないのだし,この春の鳩がのどかに鳴いているのも鳴きやむことはないのだ。

首を回らせば、秦関商山は邈として既に遠く隔たって,これより先は湖海浩渺たる間を過ぎていかないといけないのだ。 

いっそ一思いに死ねたら却ってよいと思うが、絶えず心に憂戚をいだくということは、誰にしても、忍びかねることであるが、我は、なお爲ある身なるに倚り、余齢を憂戚のなかに寄せる覚悟でさればこそ、従容として、はるかに潮州の謫地に向かうのである。

洛陽南陽地図002 

(訳注)

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

(山南東道 鄧州の南陽を通り過ぎる。)

藍田関を抜けて商陵に入り、そして鄧州を過ぎようとして作った。

未だ夜が明けないうちに出発し、早朝に曲河驛すぎて鄧州に入ったのだった。山南東道 鄧州 南陽、 別名:南都    河南省南陽県(g6

 

南陽郭門外,桑下麥青青。 

南陽をすぎて、城郭の東門外に出ると,桑の木の下には麥が青青と延びている。 

 

行子去未已,春鳩鳴不停。 

この私の旅もここを去っていって留まることはできないのだし,この春の鳩がのどかに鳴いているのも鳴きやむことはないのだ。 

 

秦商邈既遠,湖海浩將經。 

首を回らせば、秦関商山は邈として既に遠く隔たって,これより先は湖海浩渺たる間を過ぎていかないといけないのだ。 

・秦商 秦は長安、商は商山。商山四皓の用語解説 - 中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。みな鬚眉(しゅび)が皓白(こうはく)の老人であったのでいう。

 

孰忍生以慼,吾其寄餘齡。 

いっそ一思いに死ねたら却ってよいと思うが、絶えず心に憂戚をいだくということは、誰にしても、忍びかねることであるが、我は、なお爲ある身なるに倚り、余齢を憂戚のなかに寄せる覚悟でさればこそ、従容として、はるかに潮州の謫地に向かうのである。
DCF00212 

229嶺南行(2)《食曲河驛》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <904>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3504韓愈詩-229 嶺南行(2)

韓愈《食曲河驛》 (鳥がむらがって駅亭の庭樹に巣を作っていて、ツバメの雛がおり、軒端を飛び回っている。このようにして鳥やツバメたちでさえ各々その倚るところがあるのに、わたしはここで重罪をもってただ一人、万里の道のりを孤独な旅で潮州にむかうのである。


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229嶺南行(2)《食曲河驛》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <904  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3504韓愈詩-229              嶺南行(2)

 

 

作年:  819  元和十四年  52

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 食曲河驛

作地點: 鄧州(山南東道 / 鄧州 / 鄧州

及地點: 曲河驛 (山南東道 鄧州 穰縣)     

 

漢文委員会紀頌之タイトル002 

嶺南行(2)

食曲河驛

(鄧州穰縣の曲河驛で食事をする)

晨及曲河驛,悽然自傷情。 

未だ夜が明けないうちに出発し、早朝に曲河驛に差し掛かり、付近のようす風景を見ると、棲然として自らわが心の心情を傷ましめた。

群烏巢庭樹,乳燕飛簷楹。 

鳥がむらがって駅亭の庭樹に巣を作っていて、ツバメの雛がおり、軒端を飛び回っている。

而我抱重罪,孑孑萬里程。 

このようにして鳥やツバメたちでさえ各々その倚るところがあるのに、わたしはここで重罪をもってただ一人、万里の道のりを孤独な旅で潮州にむかうのである。

親戚頓乖角,圖史棄縱橫。 

親族眷屬はにわかに分裂、分隔してしまい、毎日親しんでいた書物も、散らかしたまま捨ててきてしまった。

下負明義重,上孤朝命榮。 

おもえば、下は朋友間の交誼の重さに背いてしまったし、上はせっかく相当の官職に拝された朝命のかたじけなさにたがえてしまった。

殺身諒無補,何用答生成。 

論語に言う「身を殺して持って仁を為すこと有り」のようにいささかなりとも世の稗補となろうとしたのである。何をもって天地の化育に酬いることが出来るであろうかということは常に思っていることなのである。

 

(曲河驛に食す)

晨に曲河驛に及び,悽然【せいぜん】として自ら情を傷ましむ。 

群烏は庭樹に巢い,乳燕【にゅうえん】は簷楹【えんえい】に飛ぶ。 

而かも我は重罪を抱き孑孑【けつけつ】たり萬里の程。 

親戚 頓に乖角【かいかく】,圖史【とし】棄てて縱橫。 

下は明義の重さに負【そむ】き,上は朝命の榮に孤【たが】う。 

身を殺すも諒【まこと】に補う無くんば,何を用ってか生成に答えん。 

 

杏の花0055 

『食曲河驛』 現代語訳と訳註

(本文)

食曲河驛

晨及曲河驛,悽然自傷情。 

群烏巢庭樹,乳燕飛簷楹。 

而我抱重罪,孑孑萬里程。 

親戚頓乖角,圖史棄縱橫。 

下負明義重,上孤朝命榮。 

殺身諒無補,何用答生成。 

 

 

(下し文)

(曲河驛に食す)

晨に曲河驛に及び,悽然【せいぜん】として自ら情を傷ましむ。 

群烏は庭樹に巢い,乳燕【にゅうえん】は簷楹【えんえい】に飛ぶ。 

而かも我は重罪を抱き孑孑【けつけつ】たり萬里の程。 

親戚 頓に乖角【かいかく】,圖史【とし】棄てて縱橫。 

下は明義の重さに負【そむ】き,上は朝命の榮に孤【たが】う。 

身を殺すも諒【まこと】に補う無くんば,何を用ってか生成に答えん。 

 

(現代語訳)

(鄧州穰縣の曲河驛で食事をする)

未だ夜が明けないうちに出発し、早朝に曲河驛に差し掛かり、付近のようす風景を見ると、棲然として自らわが心の心情を傷ましめた。

鳥がむらがって駅亭の庭樹に巣を作っていて、ツバメの雛がおり、軒端を飛び回っている。

このようにして鳥やツバメたちでさえ各々その倚るところがあるのに、わたしはここで重罪をもってただ一人、万里の道のりを孤独な旅で潮州にむかうのである。

親族眷屬はにわかに分裂、分隔してしまい、毎日親しんでいた書物も、散らかしたまま捨ててきてしまった。

おもえば、下は朋友間の交誼の重さに背いてしまったし、上はせっかく相当の官職に拝された朝命のかたじけなさにたがえてしまった。

論語に言う「身を殺して持って仁を為すこと有り」のようにいささかなりとも世の稗補となろうとしたのである。何をもって天地の化育に酬いることが出来るであろうかということは常に思っていることなのである。

  

(訳注)嶺南行(2)

食曲河驛

(鄧州穰縣の曲河驛で食事をする)

●食曲河駅 底本巻六。食は食事をする。曲河駅はいまでいえば陝西省商県と河南省都県との間にあった古駅。韓愈は商州(a)地点から鄧州穰縣(e5)を経て南陽(g6)地点に向う。「驛在商鄧間。元和十四年出為潮州作。」 

洛陽南陽地図002 

晨及 曲河驛 ,悽然 傷情

未だ夜が明けないうちに出発し、早朝に曲河驛に差し掛かり、付近のようす風景を見ると、棲然として自らわが心の心情を傷ましめた。

「曲河驛」山南東道 鄧州 穰縣(e5)。

「悽然」綜合情感)、悲哀傷痛。

 

群烏 庭樹 ,乳燕 簷楹

鳥がむらがって駅亭の庭樹に巣を作っていて、ツバメの雛がおり、軒端を飛び回っている。

「群烏」(飛禽)、烏鴉。

「庭樹」驛亭には馬の水飲み場を含めて庭園がつくられていた。。

「簷楹」ツバメが巣作りをしているところ。

 

而我 重罪 ,孑孑 萬里

このようにして鳥やツバメたちでさえ各々その倚るところがあるのに、わたしはここで重罪をもってただ一人、万里の道のりを孤独な旅で潮州にむかうのである。

「而我」語義類別:人、稱謂、人稱代名詞、我。

「抱」語義類別:人、行為動作、一般行為(手部)、抱。

「重罪」韓愈が『論佛骨表』を上奏したことによって皇帝が大いに怒って、死罪を言い渡されたが、許されて潮州刺史に貶められたことを言う。

「孑孑」才子 孤独のさま。

 

親戚 頓乖角 ,圖史 縱橫

親族眷屬はにわかに分裂、分隔してしまい、毎日親しんでいた書物も、散らかしたまま捨ててきてしまった。

「親戚」親人眷屬、親戚。

「圖史」毎日親しんでいた書物。

 

下負 明義 ,上孤 朝命

おもえば、下は朋友間の交誼の重さに背いてしまったし、上はせっかく相当の官職に拝された朝命のかたじけなさにたがえてしまった。

 

殺身 無補 ,何用 生成

論語に言う「身を殺して持って仁を為すこと有り」のようにいささかなりとも世の稗補となろうとしたのである。何をもって天地の化育に酬いることが出来るであろうかということは常に思っていることなのである。

「殺身」論語衛霊公第十五の九。 「子曰、志士仁人、無求生以害仁、有殺身以成仁。」(子曰わく、志士(しし)仁人(じんじん)は、生を求めて以(もっ)て仁を害すること無し。身を殺して以て仁を成すこと有り。)

「生成」天地の化育。

駅亭の池01

《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <903>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3499韓愈詩-228-#2

韓愈(韓退之)《路傍堠》韓愈の屋敷へいきなり役人が来て、その場で出発を催促するのであった。そして韓愈が出て行ったあとで、家族も長安から追放の処分を受け、韓愈のあとを追って旅に出た。

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《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <903  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3499韓愈詩-228-2

 

 

本気で韓愈を死刑にしたがっていたわけではない、たてまえであって、裴度たちのとりなしを受け入れた形で韓愈の死刑を免じ、かわりに潮州へ流すこととしたのだ。形式上は潮州刺史に任ずる旨の辞令を出し、都から追ったのである。潮州は今の広東省に属し、福建省との境に近い海岸の町で、当時においては未開野蛮の土地である。

その辞令が出たのは元和十四年正月十四日のことで、実質上は流罪なのだから、とりあっかいも罪人なみとなることは、やむを得ない。韓愈の屋敷へいきなり役人が来て、その場で出発を催促するのであった。そして韓愈が出て行ったあとで、家族も長安から追放の処分を受け、韓愈のあとを追って旅に出た。十二歳になる四女の挐はたまたま病中であったが、これも病床に残ることは許されず、ともに旅へと出たのであった(この娘はついに旅の途中で死んでしまい、韓愈の一行はその遺体を道はたに仮埋葬して、旅を続ける)。杜甫が『三吏三別』、秦州紀行、同谷紀行、成都紀行と綴ったように、韓愈は詠っている。

 

ここでは『嶺南行』として整理、カテゴリーとする

(1)『路傍堠』〔元和十四年出為潮州作〕

(2)『過南陽』〔元和十四年出為潮州作〕

(3)『瀧吏』〔元和十四年出為潮州作〕

・・・・・。

 

年: 元和十四年  819  52 

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題:路傍堠〔元和十四年出為潮州作。〕

及地點:  㶚水駅・藍田の

 

路傍堠〔元和十四年出為潮州作。〕 #1

(路傍の道標として堆く盛り土をしている)#1

堆堆路傍堠,一雙復一隻。 

路傍の道標として堆く盛り土をしているのが「堠」である。一対になっているのが十里で、一隻は五里であって、五里ごとにつづいているのである。

迎我出秦關,送我入楚澤。 

この度の長安を出て㶚水の関所を抜けたら五里塚が迎えてくれ、見送ってくれると、秦嶺の山を越えて雲霧澤に続く平野にはいるのである。

千以高山遮,萬以遠水隔。 

振り返ってみればもう千個の道標塚も過ぎ、これを高山まで設置することで遮断されたように感じられ、、万個過ぎたら、遠水さえも隔離されたように感じられるのである。

#2

(路傍の道標として堆く盛り土をしている)#2

吾君勤聽治,照與日月敵。 

我が皇帝陛下は努めて政務を能くお聞きになられおり、その帝の聖徳は太陽と月とがあまねく照らされるのと同様に隅々まで行き届いたお恵みをお与えになっている。

臣愚幸可哀,臣罪庶可釋。 

さすがにこの臣下である私の愚鈍さを気の毒に思召され、丞相へのお怒りの罰はどうやらご赦免になろうかと、ここから潮州に行くもののこい願うことなのである。

何當迎送歸,緣路高歷歷。 

どうかお許しになって必ず長安に帰ることになってこの送ってくれた道標塚にお迎えをされることになるだろうか、そして、再びこの街道路の景色に沿うて、この塚が高く歴々と並んでいるのを見たいものである。

 

路傍の堠【こう】〔案:元和十四年出為潮州作。〕

堆堆【たいたい】たり路傍の堠,一雙復た一隻【いっそう】。 

我を迎えて秦關を出で,我を送って楚の澤に入る。 

千は高山を以って遮られ,萬は遠水を以って隔つ。 

 

吾が君 勤めて治を聽く,照は日と月とを敵す。 

臣の愚 幸いに哀れむ可く,臣の罪 庶わくば釋【ゆる】す可し。 

何ぞ當に歸るを迎送し,路に緣【よ】って高く歷歷たらむ。 

 泰山の夕日

 

 

『路傍堠』 現代語訳と訳註

(本文) #2

吾君勤聽治,照與日月敵。 

臣愚幸可哀,臣罪庶可釋。 

何當迎送歸,緣路高歷歷。 

 

(下し文)

路傍の堠【こう】〔元和十四年出為潮州作。〕 #2

吾が君 勤めて治を聽く,照は日と月とを敵す。 

臣の愚 幸いに哀れむ可く,臣の罪 庶わくば釋【ゆる】す可し。 

何ぞ當に歸るを迎送し,路に緣【よ】って高く歷歷たらむ。 

 

(現代語訳)

(路傍の道標として堆く盛り土をしている)#2

我が皇帝陛下は努めて政務を能くお聞きになられおり、その帝の聖徳は太陽と月とがあまねく照らされるのと同様に隅々まで行き届いたお恵みをお与えになっている。

さすがにこの臣下である私の愚鈍さを気の毒に思召され、丞相へのお怒りの罰はどうやらご赦免になろうかと、ここから潮州に行くもののこい願うことなのである。

どうかお許しになって必ず長安に帰ることになってこの送ってくれた道標塚にお迎えをされることになるだろうか、そして、再びこの街道路の景色に沿うて、この塚が高く歴々と並んでいるのを見たいものである。

 

(訳注)

路傍堠〔元和十四年出為潮州作。〕 2

(路傍の道標として堆く盛り土をしている)#2

漢文委員会紀頌之タイトル002 

吾君 勤聽 ,照與 日月

我が皇帝陛下は努めて政務を能くお聞きになられおり、その帝の聖徳は太陽と月とがあまねく照らされるのと同様に隅々まで行き届いたお恵みをお与えになっている。

「聽治」天下の政を聞くこと。

・照與 日月  善き皇帝派たいようとつきのようにすみずみまでてらすということ。

 

臣愚 可哀 ,臣罪 可釋

さすがにこの臣下である私の愚鈍さを気の毒に思召され、丞相へのお怒りの罰はどうやらご赦免になろうかと、ここから潮州に行くもののこい願うことなのである。

「幸 可哀」憐れんでくださることが出来るならば幸福だ。気の毒に思召され。

「臣罪」韓愈が『論佛骨表』を上奏したことによって皇帝が大いに怒って、死罪を言い渡されたが、許されて潮州刺史に貶められたことを言う。

 

何當迎送 ,緣路 歷歷

どうかお許しになって必ず長安に帰ることになってこの送ってくれた道標塚にお迎えをされることになるだろうか、そして、再びこの街道路の景色に沿うて、この塚が高く歴々と並んでいるのを見たいものである。

「迎」塚が迎えてくれる。

「送」塚が、送ってくれる。

「歸」長安に歸ってくること。。

「緣路」帰る時の同じ街道沿いの景色。
DCF00212 

《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》―#1 嶺南行(1)-#1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <902>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3494韓愈詩-228

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韓愈の屋敷へいきなり役人が来て、その場で出発を催促するのであった。そして韓愈が出て行ったあとで、家族も長安から追放の処分を受け、韓愈のあとを追って旅に出た。

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《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》―#1 嶺南行(1)-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <902  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3494韓愈詩-228

 

 

《論佛骨表》により左遷、三度目の『嶺南行』

長安のずっと西に鳳翔(安史の乱の際、粛宗が行在所を設置、杜甫が長安で安史軍に軟禁されていたところから脱出して駆けつけたところ)があり、そこの法門寺という寺に釈尊の指の骨と伝えられるものがあって、普段は大切にしまわれているのだが、三十年ごとに開帳があり、誰でも拝むことができる。

 

その年は天下太平、五穀豊穣だと伝えられていたが、元和十四年(819)がその開帳の年にあたった。正月、憲宗は法門寺へ勅使を送って仏骨を迎えさせ、宮中で三日間供養してから長安の諸寺に回すことを命じ、市民一般に礼拝を許した。人々は争って仏骨を拝み、後生を厭い、喜捨をしすぎて倒産する老さえ出るしまつだった。

 

孔孟の「道」を守る韓愈がこれを苦々しく見ていたことは、いうまでもない。これというのも皇帝が仏教を信仰するので、万民がそれにならうのだ。そう思った韓愈は、「仏骨を論ずる表」という意見書を憲宗皇帝にささげ、仏舎利を捨てて仏教の信仰を停止せよと論じた。

 

その理由は、二つの点に要約することができる。一つは、上古の帝王たち、三皇五帝はみな百歳前後の長命だったのに(神話時代なのでみな長命なことになっているのだが、韓愈の時代には史実と信ぜられていた)、仏教が渡来してからは、歴代の皇帝のなかにはあつく仏を信じた人があったにもかかわらず、すべて短命であり、非業の最期をとげた人さえいる。仏を信じても、福が授かるわけではないのだ。第二に、釈迦とはもともと夷狄の人であって、彼が生前に中国を訪れたとしたら、かりに歓迎したとしても、夷狄が中国へ来たときの礼法以上には出ないであろう。ましてその骨など、あがめるには及ばぬものであるから、すみやかに焼きすてていただきたい。

『論佛骨表』は18回に分割して掲載している。

《論佛骨表》(1)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <884  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3404韓愈詩-227-1

 

 

これを読んだ憲宗は激怒して、韓愈の上奏文を宰相たちに見せたうえ、死刑にせよと命じた。宰相の裴度、崔群たちがとりなすと、憲宗は、仏教が渡来してからの皇帝は全部短命だったとは、臣下たる者の口にすべき言葉ではないと言ったものだ。憲宗は不老不死の薬の擒になっていた皇帝である。仏教を信仰した皇帝はみな短命だなどと不遜な物言いに対し、また、作文力のうまさに、気分を害したのである。本気で韓愈を死刑にしたがっていたわけではない、たてまえであって、裴度たちのとりなしを受け入れた形で韓愈の死刑を免じ、かわりに潮州へ流すこととしたのだ。形式上は潮州刺史に任ずる旨の辞令を出し、都から追ったのである。潮州は今の広東省に属し、福建省との境に近い海岸の町で、当時においては未開野蛮の土地である。

その辞令が出たのは元和十四年正月十四日のことで、実質上は流罪なのだから、とりあっかいも罪人なみとなることは、やむを得ない。韓愈の屋敷へいきなり役人が来て、その場で出発を催促するのであった。そして韓愈が出て行ったあとで、家族も長安から追放の処分を受け、韓愈のあとを追って旅に出た。十二歳になる四女の挐はたまたま病中であったが、これも病床に残ることは許されず、ともに旅へと出たのであった(この娘はついに旅の途中で死んでしまい、韓愈の一行はその遺体を道はたに仮埋葬して、旅を続ける)。杜甫が『三吏三別』、秦州紀行、同谷紀行、成都紀行と綴ったように、韓愈は詠っている。

 

ここでは『嶺南行』として整理、カテゴリーとする

(1)『路傍堠』〔元和十四年出為潮州作〕

(2)『過南陽』〔元和十四年出為潮州作〕

(3)『瀧吏』〔元和十四年出為潮州作〕

・・・・・。

 

年: 元和十四年  819  52 

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題:路傍堠〔元和十四年出為潮州作。〕

及地點:  㶚水駅・藍田     

 

 

路傍堠〔元和十四年出為潮州作。〕 #1

(路傍の道標として堆く盛り土をしている)#1

堆堆路傍堠,一雙復一隻。 

路傍の道標として堆く盛り土をしているのが「堠」である。一対になっているのが十里で、一隻は五里であって、五里ごとにつづいているのである。

迎我出秦關,送我入楚澤。 

この度の長安を出て㶚水の関所を抜けたら五里塚が迎えてくれ、見送ってくれると、秦嶺の山を越えて雲霧澤に続く平野にはいるのである。

千以高山遮,萬以遠水隔。 

振り返ってみればもう千個の道標塚も過ぎ、これを高山まで設置することで遮断されたように感じられ、、万個過ぎたら、遠水さえも隔離されたように感じられるのである。

#2

吾君勤聽治,照與日月敵。 

臣愚幸可哀,臣罪庶可釋。 

何當迎送歸,緣路高歷歷。 

 

路傍の堠【こう】〔案:元和十四年出為潮州作。〕

堆堆【たいたい】たり路傍の堠,一雙復た一隻【いっそう】。 

我を迎えて秦關を出で,我を送って楚の澤に入る。 

千は高山を以って遮られ,萬は遠水を以って隔つ。 

 

吾が君 勤めて治を聽く,照は與日と月と敵す。 

臣の愚 幸いに哀れむ可く,臣の罪 庶わくば釋【ゆる】す可し。 

何ぞ當に歸るを迎送し,路に緣【よ】って高く歷歷たらむ。 

 

 漢文委員会紀頌之タイトル002

 

『路傍堠』 現代語訳と訳註

(本文)

路傍堠〔元和十四年出為潮州作。〕 #1

堆堆路傍堠,一雙復一隻。 

迎我出秦關,送我入楚澤。 

千以高山遮,萬以遠水隔。 

 

(下し文)

路傍の堠【こう】〔案:元和十四年出為潮州作。〕

堆堆【たいたい】たり路傍の堠,一雙復た一隻【いっそう】。 

我を迎えて秦關を出で,我を送って楚の澤に入る。 

千は高山を以って遮られ,萬は遠水を以って隔つ。 

 

(現代語訳)

(路傍の道標として堆く盛り土をしている)#1

路傍の道標として堆く盛り土をしているのが「堠」である。一対になっているのが十里で、一隻は五里であって、五里ごとにつづいているのである。

この度の長安を出て㶚水の関所を抜けたら五里塚が迎えてくれ、見送ってくれると、秦嶺の山を越えて雲霧澤に続く平野にはいるのである。

振り返ってみればもう千個の道標塚も過ぎ、これを高山まで設置することで遮断されたように感じられ、、万個過ぎたら、遠水さえも隔離されたように感じられるのである。

 

 

(訳注)

路傍堠〔元和十四年出為潮州作。〕 #1

(路傍の道標として堆く盛り土をしている)

「堠」里塚。土を固めて台を作り、それで道程里をあらわした。十里に「雙堠」、五里に「隻堠」とされた。唐時代に駅伝制が確立され、駅と亭に馬繋ぎ、旅籠が設置された。

 

堆堆 路傍 ,一雙 復一隻

路傍の道標として堆く盛り土をしているのが「堠」である。一対になっているのが十里で、一隻は五里であって、五里ごとにつづいているのである。

「堆堆」うず高く盛り上がっている有様。

 

迎我 秦關 ,送我 楚澤

この度の長安を出て㶚水の関所を抜けたら五里塚が迎えてくれ、見送ってくれると、秦嶺の山を越えて雲霧澤に続く平野にはいるのである。

「秦關」長安付近の關津地名で、長安東10里先に㶚水を渡る㶚橋前に関所が設けられた。。

「楚澤」雲夢澤:古代中国で湖北省の武漢一帯にあったとされる大湿地。のち、長江と漢水が沖積して平原となった。武漢付近に散在する湖沼はその跡。

 

千以 高山 ,萬以 遠水

振り返ってみればもう千個の道標塚も過ぎ、これを高山まで設置することで遮断されたように感じられ、、万個過ぎたら、遠水さえも隔離されたように感じられるのである。

・千 5里塚が千個であるから、100050.7562880km
云亭 

《論佛骨表》(18)#11-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <901>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3489韓愈詩-227-18

《論佛骨表》(18) 仏がもし霊力があって、禍やたたりをなすことができるならそうなさればよい。およそわざわいがあるということでおとがめがあるならば、私のこの身にお加えなさるがよろしい。


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《論佛骨表》(18)11-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <901>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3489韓愈詩-227-18

 

 

(17)11-1

乞以此骨付之有司,投諸水火,

どうかこんな骨は役人に下げ渡されることです、そしてこれを水か火に投げ捨てることです。

根本,斷天下之疑,後代之惑。

これから先、永く仏教がひろく通ずることの根本を絶つこと、天下に欺瞞がひろがることを断絶すること、そして、後世に疑惑が伝わらぬように断つことなのです。

使天下之人,知大聖人之所作為,

天下の人々をして大聖人天子のなされる所は、世の常の人々をはるかに凌いでいるということを知らしめるのです。

出於尋常萬萬也。

天子が上に出ること万々倍の常識であることを知らしめて頂きたい。

豈不盛哉!豈不快哉!

これは何と立派なことではないか。何と心よいことではないか。

 (18)11-2

佛如有靈,能作禍祟,

仏がもし霊力があって、禍やたたりをなすことができるならそうなさればよい。

凡有殃咎,宜加臣身。

およそわざわいがあるということでおとがめがあるならば、私のこの身にお加えなさるがよろしい。

上天鑒臨,臣不怨悔。

上天の神も上からこのわたしを見下ろしておられる。私は臣下として首をはねられても怨んだり悔いたりはいたしません。

無任感激懇悃之至,謹奉表以聞。

私は感激とねんごろなまごころの至りに堪えられないので、謹んでこの上表文を奉り申し上げる、

臣某誠惶誠恐。

誠に申し訳なく誠心誠意申し上げる次第である。

 

泰山の夕日 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文) (18)11-2

佛如有靈,能作禍祟,

凡有殃咎,宜加臣身。

上天鑒臨,臣不怨悔。

無任感激懇悃之至,謹奉表以聞。
臣某誠惶誠恐。

 

(下し文)(佛骨を論ずる表)

(18)11-2

佛如有靈,能作禍祟,

凡有殃咎,宜加臣身。

上天鑒臨,臣不怨悔。

無任感激懇悃之至,謹奉表以聞。
臣某誠惶誠恐。

 

(現代語訳)

仏がもし霊力があって、禍やたたりをなすことができるならそうなさればよい。

およそわざわいがあるということでおとがめがあるならば、私のこの身にお加えなさるがよろしい。

上天の神も上からこのわたしを見下ろしておられる。私は臣下として首をはねられても怨んだり悔いたりはいたしません。

私は感激とねんごろなまごころの至りに堪えられないので、謹んでこの上表文を奉り申し上げる、

誠に申し訳なく誠心誠意申し上げる次第である。

 

(訳注) (18)11-2

佛如有靈,能作禍祟,

仏がもし霊力があって、禍やたたりをなすことができるならそうなさればよい。

有霊 霊力がある。ふしぎな力がある。

禍祟 わぎわいとたたり。

 

凡有殃咎,宜加臣身。

およそわざわいがあるということでおとがめがあるならば、私のこの身にお加えなさるがよろしい。

殃咎 とがめ。わざわい。

 

上天鑒臨,臣不怨悔。

上天の神も上からこのわたしを見下ろしておられる。私は臣下として首をはねられても怨んだり悔いたりはいたしません。

鑒臨 上から照らしのぞむ。

 

無任感激懇悃之至,謹奉表以聞。
私は感激とねんごろなまごころの至りに堪えられないので、謹んでこの上表文を奉り申し上げる、

懇悃 ねんごろなまこと。悃はまごころ。

以聞 申し上げる。上表文につける常用形式語。「いぷん」と読む。

 

臣某誠惶誠恐。

誠に申し訳なく誠心誠意申し上げる次第である。

 

DCF00212 


論佛骨表(2)#1 

臣某言:伏以佛者,夷狄之一法耳,自後漢時流入中國,上古未嘗有也。
《論佛骨表》(1)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <884  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3404韓愈詩-227-1

 (3)#2

昔者黃帝在位百年,年百一十

少昊在位八十年,年百

顓頊在位七十九年,年九十八

帝嚳在位七十年,年百五

帝堯在位九十八年,年百一十八

帝舜及禹,年皆百。此時天下太平,

百姓安樂壽考,然而中國未有佛也。

《論佛骨表》(2)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <885  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3409韓愈詩-227-2
《論佛骨表》(3)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <886  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3414韓愈詩-227-3

#3

其後,殷湯亦年百,湯孫太戊在位七十五年,武丁在位五十九年,書史不言其年壽所極,推其年數,蓋亦俱不減百,周文王年九十七,武王年九十三,穆王在位百年。此時佛法亦未入中國,非因事佛而致然也。

 《論佛骨表》(4)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <887  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3419韓愈詩-227-4

#4

漢明帝時,始有佛法,明帝在位,才十八年耳。其後亂亡相繼,運祚不長。宋、齊、梁、陳、元魏以下,事佛漸謹,年代尤促。惟梁武帝在位四十八年,前後三度舍身施佛,宗廟之祭,不用牲牢,晝日一食,止於菜果。其後竟為侯景所逼,餓死台城,國亦尋滅。事佛求福,乃更得禍。由此觀之,佛不足事,亦可知矣。

《論佛骨表》(5)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <888  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3424韓愈詩-227-5

《論佛骨表》(6)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <889  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3429韓愈詩-227-6ー#4-2 

#5

高祖始受隋禪,則議除之。當時群臣材識不遠,不能深知先王之道、古今之宜,推闡聖明,以救斯弊,其事遂止。臣常恨焉。

《論佛骨表》(7)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <890  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3434韓愈詩-227-7

#6

伏惟睿聖文武皇帝陛下,神聖英武,數千百年已來,未有倫比。即位之初,即不許度人為僧尼、道士,又不許創立寺觀。臣以為高祖之誌,必行於陛下之手,今縱未能即行,豈可恣之轉令盛也!

《論佛骨表》(8)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <891  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3439韓愈詩-227-8

《論佛骨表》(9) #7元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <892  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3444韓愈詩-227-9

#7

今聞陛下令群僧迎佛骨於鳳翔,禦樓以觀,舁入大,又令諸寺遞迎供養。臣雖至愚,必知陛下不惑於佛,作此崇奉,以祈福祥也。直以年豐人樂,徇人之心,為京都士庶設詭異之觀,戲玩之具耳。安有聖明若此,而肯信此等事哉!

《論佛骨表》(10)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <893  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3449韓愈詩-227-10

#8然百姓愚冥,易惑難曉,苟見陛下如此,將謂真心事佛。皆云:「天子大聖,猶一心敬信;百姓何人,豈合更惜身命!」焚頂燒指,百十為群,解衣散錢,自朝至暮,轉相仿效。惟恐後時,老少奔波,棄其業次。若不即加禁遏,更曆諸寺,必有斷臂臠身,以為供養者。傷風敗俗,傳笑四方,非細事也。

《論佛骨表》(11)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <894  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3454韓愈詩-227-11

《論佛骨表》(12)#8-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <895  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3459韓愈詩-227-12

#9

夫佛本夷狄之人,與中國言語不通,衣服殊制,口不言先王之法言,身不服先王之法服,不知君臣之義、父子之情。假如其身至今尚在,奉其國命,來朝京師;陛下容而接之,不過宣政一見,禮賓一設,賜衣一襲,衛而出之於境,不令惑眾也。

《論佛骨表》(13)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <896  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3464韓愈詩-227-13 

《論佛骨表》(14)#9-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <897  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3469韓愈詩-227-14

10

況其身死已久,枯朽之骨,凶穢之餘,豈宜令入宮禁?

孔子曰:「敬鬼神而遠之。」古之諸侯行吊於其國,尚令巫祝先以桃茢祓除不祥,然後進吊。今無故取朽穢之物,親臨觀之,巫祝不先,桃茢不用。群臣不言其非,禦史不舉其失,臣實恥之。

《論佛骨表》(15)#10-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <898  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3474韓愈詩-227-15 

11 

乞以此骨付之有司,投諸水火,永根本,斷天下之疑,後代之惑。使天下之人,知大聖人之所作為,出於尋常萬萬也。豈不盛哉!豈不快哉!佛如有靈,能作禍祟,凡有殃咎,宜加臣身。上天鑒臨,臣不怨悔。無任感激懇悃之至,謹奉表以聞。
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美女画55101道観 

《論佛骨表》(17)#11-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <900>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3484韓愈詩-227-17

韓愈《論佛骨表》(17)どうかこんな骨は役人に下げ渡されることです、そしてこれを水か火に投げ捨てることです。これから先、永く仏教がひろく通ずることの根本を絶つこと、天下に欺瞞がひろがることを断絶すること、そして、後世に疑惑が伝わらぬように断つことなのです。


2013年12月23日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<112―33>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483 (33)#13(神仙境)-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《論佛骨表》(17)#11-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <900>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3484韓愈詩-227-17
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《論佛骨表》(17)11-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <900>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3484韓愈詩-227-17

 

 

(17)11-1

乞以此骨付之有司,投諸水火,

どうかこんな骨は役人に下げ渡されることです、そしてこれを水か火に投げ捨てることです。

根本,斷天下之疑,後代之惑。

これから先、永く仏教がひろく通ずることの根本を絶つこと、天下に欺瞞がひろがることを断絶すること、そして、後世に疑惑が伝わらぬように断つことなのです。

使天下之人,知大聖人之所作為,

天下の人々をして大聖人天子のなされる所は、世の常の人々をはるかに凌いでいるということを知らしめるのです。

出於尋常萬萬也。

天子が上に出ること万々倍の常識であることを知らしめて頂きたい。

豈不盛哉!豈不快哉!

これは何と立派なことではないか。何と心よいことではないか。

(18)11-2

佛如有靈,能作禍祟,

凡有殃咎,宜加臣身。

上天鑒臨,臣不怨悔。

無任感激懇悃之至,謹奉表以聞。
臣某誠惶誠恐。

 

泰山の夕日 

 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文) (17)11-1

乞以此骨付之有司,投諸水火,

根本,斷天下之疑,後代之惑。

使天下之人,知大聖人之所作為,

出於尋常萬萬也。

豈不盛哉!豈不快哉!

 

(下し文) (佛骨を論ずる表)

(17)11-1

乞以此骨付之有司,投諸水火,

根本,斷天下之疑,後代之惑。

使天下之人,知大聖人之所作為,

出於尋常萬萬也。

豈不盛哉!豈不快哉!

 

(現代語訳)

どうかこんな骨は役人に下げ渡されることです、そしてこれを水か火に投げ捨てることです。

これから先、永く仏教がひろく通ずることの根本を絶つこと、天下に欺瞞がひろがることを断絶すること、そして、後世に疑惑が伝わらぬように断つことなのです。

天下の人々をして大聖人天子のなされる所は、世の常の人々をはるかに凌いでいるということを知らしめるのです。

天子が上に出ること万々倍の常識であることを知らしめて頂きたい。

これは何と立派なことではないか。何と心よいことではないか。

 

漢文委員会紀頌之タイトル002

(訳注) (17)11-1

乞以此骨付之有司,投諸水火,

どうかこんな骨は役人に下げ渡されることです、そしてこれを水か火に投げ捨てることです。

 

根本,斷天下之疑,後代之惑。

これから先、永く仏教がひろく通ずることの根本を絶つこと、天下に欺瞞がひろがることを断絶すること、そして、後世に疑惑が伝わらぬように断つことなのです。

根本 仏教流伝の根源。

 

使天下之人,知大聖人之所作為,

天下の人々をして大聖人天子のなされる所は、世の常の人々をはるかに凌いでいるということを知らしめるのです。

大聖人 天子を指す。

 

出於尋常萬萬也。

天子が上に出ること万々倍の常識であることを知らしめて頂きたい。

万万 大きいこと。万倍。

 

豈不盛哉!豈不快哉!

これは何と立派なことではないか。何と心よいことではないか。

《論佛骨表》(16)#10-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <899>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3479韓愈詩-227-16

《論佛骨表》(16) 今は故なくして朽ち穢れた仏骨を取られ、天子みずからその場に行って御覧になった。巫や祝【かんなぎ】が先に立っているものの、桃の木や葦の穂を用いて祓いをしないのだ。


2013年12月22日  の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《論佛骨表》(16)#10-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <899>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3479韓愈詩-227-16
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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《論佛骨表》(16)10-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <899>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3479韓愈詩-227-16

 

(15)10-1

況其身死已久,枯朽之骨,

まして釈迦の身は死んで随分久しときがたっている。その枯れ朽ちた骨なのである。

凶穢之餘,豈宜令入宮禁?

不吉なけがれたものの残余である仏舎利などを、どうして宮城に入れてよろしいであろうか。

孔子曰:「敬鬼神而遠之。」

孔子は言っている、「神や死者の霊魂は敬ってあなどらず、遠ざかってけがさないようにすることだ」と。

古之諸侯行吊於其國,

古代の諸侯は自分の国の中で弔問をする場合にも、

尚令巫祝先以桃茢祓除不祥,然後進吊。

やはり巫(みこ)や祝(かんなぎ)に命じて、その前に、桃や茢(葦の穂)を持って、不吉を祓い除かせて、そのあとで進んで弔ったのである。

 (16)10-2

今無故取朽穢之物,親臨觀之,

今は故なくして朽ち穢れた仏骨を取られ、天子みずからその場に行って御覧になった。

巫祝不先,桃茢不用。

巫や祝【かんなぎ】が先に立っているものの、桃の木や葦の穂を用いて祓いをしないのだ。

群臣不言其非,

群臣はそれがよくないとも言はず、

禦史不舉其失,臣實恥之。

御史もその過ちを取り挙げて責めもしない。私はまことにこれを恥ずかしく思うのである。

 云亭

 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文)

(16)10-2

今無故取朽穢之物,親臨觀之,

巫祝不先,桃茢不用。

群臣不言其非,

禦史不舉其失,臣實恥之。

 

(下し文) (佛骨を論ずる表)

(16)10-2

今故く無して朽穢【きゅうあい】の物を取り,親臨して之を觀る,

巫祝【ふしゅく】先んぜず,桃茢【とうれつ】用いず。

群臣 其の非を言わず,

禦史 其の失を舉げず,臣 實【まこと】に之を恥づ。

 

(現代語訳)

今は故なくして朽ち穢れた仏骨を取られ、天子みずからその場に行って御覧になった。

巫や祝【かんなぎ】が先に立っているものの、桃の木や葦の穂を用いて祓いをしないのだ。

群臣はそれがよくないとも言はず、

御史もその過ちを取り挙げて責めもしない。私はまことにこれを恥ずかしく思うのである。

杏の花0055 

(訳注)

(16)10-2

今無故取朽穢之物,親臨觀之,

今は故なくして朽ち穢れた仏骨を取られ、天子みずからその場に行って御覧になった。

 

巫祝不先,桃茢不用。

巫や祝【かんなぎ】が先に立っているものの、桃の木や葦の穂を用いて祓いをしないのだ。

桃茢 桃の木は鬼が畏れるもの、茢すなわち葦の穂の箒は、不祥を払う。この二つを持って先に立つ

 

群臣不言其非,

群臣はそれがよくないとも言はず、

 

禦史不舉其失,臣實恥之。

御史もその過ちを取り挙げて責めもしない。私はまことにこれを恥ずかしく思うのである。

御史 官吏の欠点を弾劾(琶(罪過を攻撃する)する役。群臣が天子の迷信を諌めないのを責めるべきであるのに取りあげない。御史台(ぎょしだい)は、中国歴史上の官署の一つである。秦、漢の時代にあっては、御史が監察事務の任にあたった。御史の執務する役所を御史府といい、蘭台、憲台とも称した。南朝の梁、陳や北魏、東魏、西魏、北斉の時代に御史台と称された。
泰山の夕日 

《論佛骨表》(15)#10-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <898>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3474韓愈詩-227-15

《論佛骨表》(15) まして釈迦の身は死んで随分久しときがたっている。その枯れ朽ちた骨なのである。不吉なけがれたものの残余である仏舎利などを、どうして宮城に入れてよろしいであろうか。


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《論佛骨表》(15)10-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <898>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3474韓愈詩-227-15

 

 

(15)10-1

況其身死已久,枯朽之骨,

まして釈迦の身は死んで随分久しときがたっている。その枯れ朽ちた骨なのである。

凶穢之餘,豈宜令入宮禁?

不吉なけがれたものの残余である仏舎利などを、どうして宮城に入れてよろしいであろうか。

孔子曰:「敬鬼神而遠之。」

孔子は言っている、「神や死者の霊魂は敬ってあなどらず、遠ざかってけがさないようにすることだ」と。

古之諸侯行吊於其國,

古代の諸侯は自分の国の中で弔問をする場合にも、

尚令巫祝先以桃茢祓除不祥,然後進吊。

やはり巫(みこ)や祝(かんなぎ)に命じて、その前に、桃や茢(葦の穂)を持って、不吉を祓い除かせて、そのあとで進んで弔ったのである。

 (16)10-2

今無故取朽穢之物,親臨觀之,

巫祝不先,桃茢不用。

群臣不言其非,

禦史不舉其失,臣實恥之。

 

DCF00212 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文)

(15)10-1

況んや其の身死して已に久し,枯朽【こきゅう】の骨,

凶穢【きょうあい】の餘,豈に宜しく宮禁に入ら令む?

孔子曰く:「鬼神を敬し之に遠ざかる。」と。

古の諸侯、吊を其の國に行うや,

尚お巫祝をして先づ桃茢【とうれつ】を以って不祥を祓除【ばつじょ】せ令め,然る後に進み吊す。

 

(下し文)(佛骨を論ずる表)

(15)10-1

況其身死已久,枯朽之骨,

凶穢之餘,豈宜令入宮禁?

孔子曰:「敬鬼神而遠之。」

古之諸侯行吊於其國,

尚令巫祝先以桃茢祓除不祥,然後進吊。

 

(現代語訳)

まして釈迦の身は死んで随分久しときがたっている。その枯れ朽ちた骨なのである。

不吉なけがれたものの残余である仏舎利などを、どうして宮城に入れてよろしいであろうか。

孔子は言っている、「神や死者の霊魂は敬ってあなどらず、遠ざかってけがさないようにすることだ」と。

古代の諸侯は自分の国の中で弔問をする場合にも、

やはり巫(みこ)や祝(かんなぎ)に命じて、その前に、桃や茢(葦の穂)を持って、不吉を祓い除かせて、そのあとで進んで弔ったのである。

 

(訳注)(15)10-1

況其身死已久,枯朽之骨,

まして釈迦の身は死んで随分久しときがたっている。その枯れ朽ちた骨なのである。

 

凶穢之餘,豈宜令入宮禁?

不吉なけがれたものの残余である仏舎利などを、どうして宮城に入れてよろしいであろうか。

凶穢之餘 不吉でけがれた残余のもの、それが仏骨なのである。韓愈は車かを崇める皇帝が短命であることで穢れたものであるというのである。

 

孔子曰:「敬鬼神而遠之。」

孔子は言っている、「神や死者の霊魂は敬ってあなどらず、遠ざかってけがさないようにすることだ」と。

孔子日 『論語』蕹也篇に「樊遅知を問ふ。孔子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して之に遠ざかる。知と謂ふべし」とある。神や人の亡魂などは、人力以上のものであるから、敬いはするが、馴れ近づいて汚していけないという意味。

 

古之諸侯行吊於其國,

古代の諸侯は自分の国の中で弔問をする場合にも、

古之諸侯 『礼記』檀弓篇に「君、臣の喪に臨むに、巫祝桃茢戈を執るを以てす」とある。

 

尚令巫祝先以桃茢祓除不祥,然後進吊。

やはり巫(みこ)や祝(かんなぎ)に命じて、その前に、桃や茢(葦の穂)を持って、不吉を祓い除かせて、そのあとで進んで弔ったのである。

桃茢 桃の木は鬼が畏れるもの、茢すなわち葦の穂の箒は、不祥を払う。この二つを持って先に立つ。
 泰山の夕日

《論佛骨表》(14)#9-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <897>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3469韓愈詩-227-14

《論佛骨表》(14) たといその身が今に至るまでまだ生きていて、その国王の命を受けて都長安に来てお目見えしても、陛下は受け入れてもてなしてくれるのに、宣政殿で一度会見され、礼賓殿でひとたび賜宴を設けられるもので、衣服ひとかさねを賜り、護衛してこれを国境から出しておやりになるだけで、これを礼拝して民衆をまどわせるようなことはなさらないであろう。


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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 229  《桃花源幷記》 陶淵明(陶潜) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3471 (12/20)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《論佛骨表》(14)#9-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <897>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3469韓愈詩-227-14

 

杏の花0055 

(13)#9-1

夫佛本夷狄之人,與中國言語不通,

一体、仏陀はもともと異民族の人である。中国と言語が通じていないのだ。

衣服殊制,口不言先王之法言,

衣服も作り方が異なり、口に先王の礼法の言説をいいわしないのだ。

身不服先王之法服,

身に先王の制定した服を着けず、

不知君臣之義、父子之情。

君臣の道である義理、父子の間の情愛を知らない。

 (14)#9-2

假如其身至今尚在,奉其國命,

たといその身が今に至るまでまだ生きていて、その国王の命を受けて

來朝京師;陛下容而接之,

都長安に来てお目見えしても、陛下は受け入れてもてなしてくれるのに、

不過宣政一見,禮賓一設,

宣政殿で一度会見され、礼賓殿でひとたび賜宴を設けられるもので、

賜衣一襲,衛而出之於境,不令惑眾也。

衣服ひとかさねを賜り、護衛してこれを国境から出しておやりになるだけで、これを礼拝して民衆をまどわせるようなことはなさらないであろう。

 

 (13)#9-1

夫れ佛は本【もとも】と夷狄【いてき】の人なり,中國と言語通ぜず。

衣服 制を殊にし,口に先王の法言を言わず。

身に先王の法服を服せず。

君臣の義、父子の情を知らず。

(14)#9-2

假如【たとい】其の身今に至るまで尚お在り,其の國命を奉ず。

京師に來朝すとも、陛下容れて 之れに接するに,

宣政【せんせい】に一見し,禮賓【れいひん】を一設し,衣一襲を賜い,衛って之れを境に出たに過ぎず,眾を惑するは令めざるなり。

10risho長安城の図035 

 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文) (14)#9-2

假如其身至今尚在,奉其國命,

來朝京師;陛下容而接之,

不過宣政一見,禮賓一設,

賜衣一襲,衛而出之於境,不令惑眾也。

 

(下し文) (14)#9-2

假如【たとい】其の身今に至るまで尚お在り,其の國命を奉ず。

京師に來朝すとも、陛下容れて 之れに接するに,

宣政【せんせい】に一見し,禮賓【れいひん】を一設し,衣一襲を賜い,衛って之れを境に出たに過ぎず,眾を惑するは令めざるなり。

 

(現代語訳)

たといその身が今に至るまでまだ生きていて、その国王の命を受けて

都長安に来てお目見えしても、陛下は受け入れてもてなしてくれるのに、

宣政殿で一度会見され、礼賓殿でひとたび賜宴を設けられるもので、

衣服ひとかさねを賜り、護衛してこれを国境から出しておやりになるだけで、これを礼拝して民衆をまどわせるようなことはなさらないであろう。

 

唐朝 大明宮2000 

(訳注) (14)#9-2

假如其身至今尚在,奉其國命,

たといその身が今に至るまでまだ生きていて、その国王の命を受けて

○假如 かりにもし。たとひ。

 

來朝京師;陛下容而接之,

都長安に来てお目見えしても、陛下は受け入れてもてなしてくれるのに、

 

不過宣政一見,禮賓一設,

宣政殿で一度会見され、礼賓殿でひとたび賜宴を設けられるもので、

○宜政 宣政殿、殿名、外国使臣の謁見するところ。

○礼賓 礼賓殿、外国人に接待饗宴を賜う殿名。

 

賜衣一襲,衛而出之於境,不令惑眾也。

衣服ひとかさねを賜り、護衛してこれを国境から出しておやりになるだけで、これを礼拝して民衆をまどわせるようなことはなさらないであろう。

〇一襲 衣服ひとかさね。

○境 国境。

花蕊夫人002 

《論佛骨表》(13)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <896>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3464韓愈詩-227-13

韓愈《論佛骨表》(13) 一体、仏陀はもともと異民族の人である。中国と言語が通じていないのだ。衣服も作り方が異なり、口に先王の礼法の言説をいいわしないのだ。

2013年12月19日  の紀頌之5つのブログ
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班孟堅(班固)《西都賦》(29)#11(閣道と建章宮)-1 文選 賦<112―29>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩983 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3463
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《論佛骨表》(13)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <896>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3464韓愈詩-227-13

 

 

(13)#9-1

夫佛本夷狄之人,與中國言語不通,

一体、仏陀はもともと異民族の人である。中国と言語が通じていないのだ。

衣服殊制,口不言先王之法言,

衣服も作り方が異なり、口に先王の礼法の言説をいいわしないのだ。

身不服先王之法服,

身に先王の制定した服を着けず、

不知君臣之義、父子之情。

君臣の道である義理、父子の間の情愛を知らない。

 (13)#9-1

夫れ佛は本【もとも】と夷狄【いてき】の人なり,中國と言語通ぜず。

衣服 制を殊にし,口に先王の法言を言わず。

身に先王の法服を服せず。

君臣の義、父子の情を知らず。

(14)
#9-2

假如其身至今尚在,奉其國命,

來朝京師;陛下容而接之,

不過宣政一見,禮賓一設,

賜衣一襲,衛而出之於境,不令惑眾也。

 

(14)#9-2

假如【たとい】其の身今に至るまで尚お在り,其の國命を奉ず。

京師に來朝すとも、陛下容れて 之れに接するに,

宣政【せんせい】に一見し,禮賓【れいひん】を一設し,衣一襲を賜い,衛って之れを境に出たに過ぎず,眾を惑するは令めざるなり。

漢文委員会紀頌之タイトル002 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文) (13)#9-1

夫佛本夷狄之人,與中國言語不通,

衣服殊制,口不言先王之法言,

身不服先王之法服,

不知君臣之義、父子之情。

 

(下し文) (13)#9-1

夫れ佛は本夷狄【いてき】の人なり,中國と言語通ぜず。

衣服 制を殊にし,口に先王の法言を言わず。

身に先王の法服を服せず。

君臣の義、父子の情を知らず。

 

(現代語訳)

一体、仏陀はもともと異民族の人である。中国と言語が通じていないのだ。

衣服も作り方が異なり、口に先王の礼法の言説をいいわしないのだ。

身に先王の制定した服を着けず、

君臣の道である義理、父子の間の情愛を知らない。

 

(訳注) (13)#9-1

夫佛本夷狄之人,與中國言語不通,

一体、仏陀はもともと異民族の人である。中国と言語が通じていないのだ。

○夷狄 東夷・北狄、異民族のこと。釈迦は印度人であることをいう。

 

衣服殊制,口不言先王之法言,

衣服も作り方が異なり、口に先王の礼法の言説をいいわしないのだ。

○法言 礼法上の言説。

 

身不服先王之法服,

身に先王の制定した服を着けず、

○法服 法制上定められた服。天子、卿、大夫、士、庶それぞれ身分上定まった服。

 

不知君臣之義、父子之情。

君臣の道である義理、父子の間の情愛を知らない。
云亭 

《論佛骨表》(12)#8-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <895>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3459韓愈詩-227-12

論佛骨表》(12) それをいよいよ次から次へとお互いに倣い真似て伝える、ただ、おくれることを恐れるというし、老人も若者も奔る波のように仏寺に押し寄せて、そのすべき仕事を棄ててしまうという。


2013年12月18日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《論佛骨表》(12)#8-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <895>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3459韓愈詩-227-12

 

 

(11)#8-1

然百姓愚冥,易惑難曉,

しかし一般人民は愚かで知が明らかでないので、惑い易く、さとし難いのである。

苟見陛下如此,將謂真心事佛。

いやしくも考えるに、陛下がこのようになさるのを見れば、それはまさに本心から仏に仕えなきると思うのである。

皆云:「天子大聖,猶一心敬信;

だれも皆いう「天子の大聖人が、やはり一心に仏を敬い信じておられる、ということ。

百姓何人,豈合更惜身命!」

一般人民であれば何人に至るまでの者、それは取るに足らぬ微力なものであるとして、どうしてこの上身も命も惜しむべきであるとされるのであろうか、」と。

然れども百姓は愚冥にして、惑ひ易く曉【さと】し難し。

苟【いやし】くも陛下の此の如くなるを見るとせば、將に眞心から佛に事ふと謂い、

皆云はん、「天子大聖すら猶一心に敬信す。

百姓何人ぞ。豈に合【まさ】に更に身命を惜むべけん。」と。

 (12)#8-2

焚頂燒指,百十為群,

頭の頂を火に焼き、指の先を焼いて仏を信心する誠を示したり、十人、百人と群れをなしたりする。

解衣散錢,自朝至暮,

衣服を脱ぎ、銭をまいて仏にそなえ、朝から暮れに至るまで仏のことばかり、

轉相仿效。惟恐後時,

それをいよいよ次から次へとお互いに倣い真似て伝える、ただ、おくれることを恐れるというし、

老少奔波,棄其業次。

老人も若者も奔る波のように仏寺に押し寄せて、そのすべき仕事を棄ててしまうという。

若不即加禁遏,更曆諸寺,

若し直ちに禁止を加えずして、仏骨が更に諸寺を順に廻るならば、

必有斷臂臠身,以為供養者。

必ずわが臂を断ち、身を斬りさいなんで仏に供養をするものがあるであろう。

傷風敗俗,傳笑四方,非細事也。

風習・習俗をそこないやぶって、四方の人々に笑いを伝えひろめることになっては、陛下のために小さな事件ではないのである。

頂を焚き指を焼き、百十群を為し、

衣を解き銭を散じ、朝より暮に至り、

轉た相い仿效し、惟時に後れんことを恐れ

老少奔波して、其の業次を棄てん。

若し即ち禁遏を加へずして、更に諸寺を歴ば、

必ず斷臂臠身、以て供養を為す者有らん。

風を傷り俗を敗り、笑を四方に傳ふるは、細事に非ざるなり。

楠樹03 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文)

 (12)#8-2

焚頂燒指,百十為群,

解衣散錢,自朝至暮,

轉相仿效。惟恐後時,

老少奔波,棄其業次。

若不即加禁遏,更曆諸寺,

必有斷臂臠身,以為供養者。

傷風敗俗,傳笑四方,非細事也。

 

(下し文) (12)#8-2

頂を焚き指を焼き、百十群を為し、

衣を解き銭を散じ、朝より暮に至り、

轉た相い仿效し、惟時に後れんことを恐れ

老少奔波して、其の業次を棄てん。

若し即ち禁遏を加へずして、更に諸寺を歴ば、

必ず斷臂臠身、以て供養を為す者有らん。

風を傷り俗を敗り、笑を四方に傳ふるは、細事に非ざるなり。

 

(現代語訳)

頭の頂を火に焼き、指の先を焼いて仏を信心する誠を示したり、十人、百人と群れをなしたりする。

衣服を脱ぎ、銭をまいて仏にそなえ、朝から暮れに至るまで仏のことばかり、

それをいよいよ次から次へとお互いに倣い真似て伝える、ただ、おくれることを恐れるというし、

老人も若者も奔る波のように仏寺に押し寄せて、そのすべき仕事を棄ててしまうという。

若し直ちに禁止を加えずして、仏骨が更に諸寺を順に廻るならば、

必ずわが臂を断ち、身を斬りさいなんで仏に供養をするものがあるであろう。

風習・習俗をそこないやぶって、四方の人々に笑いを伝えひろめることになっては、陛下のために小さな事件ではないのである。

 

(訳注) (12)#8-2

焚頂燒指,百十為群,

頭の頂を火に焼き、指の先を焼いて仏を信心する誠を示したり、十人、百人と群れをなしたりする。

○焚頂焼指 頭の頂を焼き指を焼いて信心の誠を示す。

 

解衣散錢,自朝至暮,

衣服を脱ぎ、銭をまいて仏にそなえ、朝から暮れに至るまで仏のことばかり、

 

轉相仿效。惟恐後時,

それをいよいよ次から次へとお互いに倣い真似て伝える、ただ、おくれることを恐れるというし、

○轉相仿效 それからそれへと互いにならい真似てつたえる。

 

老少奔波,棄其業次。

老人も若者も奔る波のように仏寺に押し寄せて、そのすべき仕事を棄ててしまうという。

○奔放 はしり寄せる波のように押しよせはしる。

○業次 仕事の場所。生業。

 

若不即加禁遏,更曆諸寺,

若し直ちに禁止を加えずして、仏骨が更に諸寺を順に廻るならば、

○禁遏 抑えとどめる。

 

必有斷臂臠身,以為供養者。

必ずわが臂を断ち、身を斬りさいなんで仏に供養をするものがあるであろう。

○斷臂臠身 わがひじを断ち身を細切れにきざむ。仏のために誠を示す。禅宗の慧可(えか)が自ら臂を断って精進の誠をあらわした故事による。

 

傷風敗俗,傳笑四方,非細事也。

風習・習俗をそこないやぶって、四方の人々に笑いを伝えひろめることになっては、陛下のために小さな事件ではないのである。
DCF00212 

《論佛骨表》(11)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <894>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3454韓愈詩-227-11

韓愈《論佛骨表》(11)一般人民であれば何人に至るまでの者、それは取るに足らぬ微力なものであるとして、どうしてこの上身も命も惜しむべきであるとされるのであろうか、」と。

2013年12月17日  の紀頌之5つのブログ
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班孟堅(班固)《西都賦》(27)#10-2 文選 賦<112―27>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩981 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3453
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《論佛骨表》(11)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <894>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3454韓愈詩-227-11
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《論佛骨表》(11)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <894>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3454韓愈詩-227-11

 

 

(11)#8-1

然百姓愚冥,易惑難曉,

しかし一般人民は愚かで知が明らかでないので、惑い易く、さとし難いのである。

苟見陛下如此,將謂真心事佛。

いやしくも考えるに、陛下がこのようになさるのを見れば、それはまさに本心から仏に仕えなきると思うのである。

皆云:「天子大聖,猶一心敬信;

だれも皆いう「天子の大聖人が、やはり一心に仏を敬い信じておられる、ということ。

百姓何人,豈合更惜身命!」

一般人民であれば何人に至るまでの者、それは取るに足らぬ微力なものであるとして、どうしてこの上身も命も惜しむべきであるとされるのであろうか、」と。

然れども百姓は愚冥にして、惑ひ易く曉【さと】し難し。

苟【いやし】くも陛下の此の如くなるを見るとせば、將に眞心から佛に事ふと謂い、

皆云はん、「天子大聖すら猶一心に敬信す。

百姓何人ぞ。豈に合【まさ】に更に身命を惜むべけん。」と。

 (12)#8-2

焚頂燒指,百十為群,

解衣散錢,自朝至暮,

轉相仿效。惟恐後時,

老少奔波,棄其業次。

若不即加禁遏,更曆諸寺,

必有斷臂臠身,以為供養者。

傷風敗俗,傳笑四方,非細事也。

頂を焚き指を焼き、百十群を為し、

衣を解き銭を散じ、朝より暮に至り、

轉た相い仿效し、惟時に後れんことを恐れ

老少奔波して、其の業次を棄てん。

若し即ち禁遏を加へずして、更に諸寺を歴ば、

必ず斷臂臠身、以て供養を為す者有らん。

風を傷り俗を敗り、笑を四方に傳ふるは、細事に非ざるなり。

甘粛省-嘉峪関 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文) (11)#8-1

然百姓愚冥,易惑難曉,

苟見陛下如此,將謂真心事佛。

皆云:「天子大聖,猶一心敬信;

百姓何人,豈合更惜身命!」

 

(下し文) (11)#8-1

然れども百姓は愚冥にして、惑ひ易く曉【さと】し難し。

苟【いやし】くも陛下の此の如くなるを見るとせば、將に眞心から佛に事ふと謂い、

皆云はん、「天子大聖すら猶一心に敬信す。

百姓何人ぞ。豈に合【まさ】に更に身命を惜むべけん。」と。

 

(現代語訳)

しかし一般人民は愚かで知が明らかでないので、惑い易く、さとし難いのである。

いやしくも考えるに、陛下がこのようになさるのを見れば、それはまさに本心から仏に仕えなきると思うのである。

だれも皆いう「天子の大聖人が、やはり一心に仏を敬い信じておられる、ということ。

般人民であれば何人に至るまでの者、それは取るに足らぬ微力なものであるとして、どうしてこの上身も命も惜しむべきであるとされるのであろうか、」と。

 

 

(訳注) (11)#8-1

然百姓愚冥,易惑難曉,

しかし一般人民は愚かで知が明らかでないので、惑い易く、さとし難いのである。

〇愚冥 おろかで暗い。冥は眼が明らかでない。

 

苟見陛下如此,將謂真心事佛。

いやしくも考えるに、陛下がこのようになさるのを見れば、それはまさに本心から仏に仕えなきると思うのである。

 

皆云:「天子大聖,猶一心敬信;

だれも皆いう「天子の大聖人が、やはり一心に仏を敬い信じておられる、ということ。

 

百姓何人,豈合更惜身命!」

一般人民であれば何人に至るまでの者、それは取るに足らぬ微力なものであるとして、どうしてこの上身も命も惜しむべきであるとされるのであろうか、」と。

○合 応当の意。・・・・・・するのがふさわしい。ねうちがある。「合【まさ】に……すべし」と訓む。

幻日環01 

《論佛骨表》(10)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <893>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3449韓愈詩-227-10

《論佛骨表》(10) 長安の士人、庶民のために、あやしい見せ物や、たわむれもてあそびのための道具を設けなさっただけである。このような聖徳明智のお方でありながら、どうしてこれらのあやしい事を信じることを承知なさることがあろうか。
 

2013年12月16日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(26)#10-1(朝廷の百官) 文選 賦<112―26>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩980 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3448
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(10)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <893>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3449韓愈詩-227-10
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 721 《舟前小鵝兒〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕》 蜀中転々 杜甫 <628>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3450 杜甫詩1000-628-884/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 225  《贈鄭夫子魴》 孟郊(孟東野)  唐宋詩kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3451 (12/16)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 5 浣溪紗八首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-381-9-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3452
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《論佛骨表》(10)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <893>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3449韓愈詩-227-10

 

 

(9)#7-1

今聞陛下令群僧迎佛骨於鳳翔,

今聞くところでは、陛下は多数の僧をして仏骨を鳳翔に抑えさせられた。

禦樓以觀,舁入大

陛下は楼上にお出ましになってこしれを御覧になり、それを大内裡にかつぎ入れられた。

又令諸寺遞迎供養。

また諸寺をして次々と迎えて供養させなさるとのことであった。

臣雖至愚,必知陛下不惑於佛、

私は至って愚かではあるけれども、きっと陛下は仏に惑ってこのようにあがめお仕えなされたのだ。

作此崇奉,以祈福祥也。

それでもって福や目出度いことを祈りをされるというのではないことはわかっている。

(10)72

直以年豐人樂,徇人之心,

ただ、年のみのりが豊かで人民が楽しんでいるので、人々の心に従って、

為京都士庶設詭異之觀,戲玩之具耳。

長安の士人、庶民のために、あやしい見せ物や、たわむれもてあそびのための道具を設けなさっただけである。

安有聖明若此,而肯信此等事哉!

このような聖徳明智のお方でありながら、どうしてこれらのあやしい事を信じることを承知なさることがあろうか。

函谷関長安地図座標005 

 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文) (10)72

直以年豐人樂,徇人之心,

為京都士庶設詭異之觀,戲玩之具耳。

安有聖明若此,而肯信此等事哉!

 

(下し文) (10)72

直だ 年豐かに人樂しむを以て,人の心に徇【したが】い,

京都 士庶【ししょ】の為に、詭異の觀,戲玩【ぎかん】の具を設けるのみ。

安んぞ聖明此の若く,而肯えて此等の事を信ずること有らん哉!

 

(現代語訳)

ただ、年のみのりが豊かで人民が楽しんでいるので、人々の心に従って、

長安の士人、庶民のために、あやしい見せ物や、たわむれもてあそびのための道具を設けなさっただけである。

このような聖徳明智のお方でありながら、どうしてこれらのあやしい事を信じることを承知なさることがあろうか。

云亭 

 

(訳注) (10)72

直以年豐人樂,徇人之心,

ただ、年のみのりが豊かで人民が楽しんでいるので、人々の心に従って、

狗 したがう。

 

為京都士庶設詭異之觀,戲玩之具耳。

長安の士人、庶民のために、あやしい見せ物や、たわむれもてあそびのための道具を設けなさっただけである。

詭異之観 あやしくめずらしい見もの。詭はまたあざむく。人の目をごまかすあやしい見せ物。

戯玩之具 たわむれもてあそびのための道具。

 

安有聖明若此,而肯信此等事哉!

このような聖徳明智のお方でありながら、どうしてこれらのあやしい事を信じることを承知なさることがあろうか。

《論佛骨表》(9) #7元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <892>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3444韓愈詩-227-9

《論佛骨表》(9) 今聞くところでは、陛下は多数の僧をして仏骨を鳳翔に抑えさせられた。

陛下は楼上にお出ましになってこしれを御覧になり、それを大内裡にかつぎ入れられた。

2013年12月15日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《西都賦》(25)#9―4 文選 賦<112―25>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩979 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3443
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(9) #7元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <892>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3444韓愈詩-227-9
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】》 蜀中転々 杜甫 <627>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500五言律詩
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 4 浣溪紗八首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-380-9-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3447
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《論佛骨表》(9) #7元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <892>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3444韓愈詩-227-9

 

 

(9)#7-1

今聞陛下令群僧迎佛骨於鳳翔,

今聞くところでは、陛下は多数の僧をして仏骨を鳳翔に抑えさせられた。

禦樓以觀,舁入大

陛下は楼上にお出ましになってこしれを御覧になり、それを大内裡にかつぎ入れられた。

又令諸寺遞迎供養。

また諸寺をして次々と迎えて供養させなさるとのことであった。

臣雖至愚,必知陛下不惑於佛、

私は至って愚かではあるけれども、きっと陛下は仏に惑ってこのようにあがめお仕えなされたのだ。

作此崇奉,以祈福祥也。

それでもって福や目出度いことを祈りをされるというのではないことはわかっている。(10)72

直以年豐人樂,徇人之心,

為京都士庶設詭異之觀,戲玩之具耳。

安有聖明若此,而肯信此等事哉!

華州から秦州同谷成都00 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文) (9)#7-1

今聞陛下令群僧迎佛骨於鳳翔,

禦樓以觀,舁入大

又令諸寺遞迎供養。

臣雖至愚,必知陛下不惑於佛、

作此崇奉,以祈福祥也。

 

(下し文) (9)#7-1

今聞く陛下 群僧をして佛骨を鳳翔に於て迎い令め,

樓に禦して以て觀,舁【か】きて大入れ,

又た諸寺をして遞迎【ていげい】供養せ令しむと。

臣 至愚【しぐ】なりと雖も,必ず陛下 佛に惑いて、此の崇奉【すうほう】を作し,以て福祥を祈らざるを知る也。

 

(現代語訳)

今聞くところでは、陛下は多数の僧をして仏骨を鳳翔に抑えさせられた。

陛下は楼上にお出ましになってこしれを御覧になり、それを大内裡にかつぎ入れられた。

また諸寺をして次々と迎えて供養させなさるとのことであった。

私は至って愚かではあるけれども、きっと陛下は仏に惑ってこのようにあがめお仕えなされたのだ。

それでもって福や目出度いことを祈りをされるというのではないことはわかっている。

 

 

(訳注) (9)#7-1

今聞陛下令群僧迎佛骨於鳳翔,

今聞くところでは、陛下は多数の僧をして仏骨を鳳翔に抑えさせられた。

鳳翔 韓愈『石鼓歌』 石鼓文(せっこぶん)とは、唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑、またはそれに刻まれた文字をいう。現存する中国の石刻文字資料としては最古のもので、出土した当時から珍重され、現在は北京故宮博物院に展示されている。

 

禦樓以觀,舁入大

陛下は楼上にお出ましになってこしれを御覧になり、それを大内裡にかつぎ入れられた。

禦樓 高どのにお出ましになる。御は上にいる。取と同じ。

舁 かくと読む。かつぎ上げる。

大内 大内裡、宮中。

 

又令諸寺遞迎供養。

また諸寺をして次々と迎えて供養させなさるとのことであった。

逓迎 次々と迎える。適は次第に。

供養 仏に供物をそなえる。

 

臣雖至愚,必知陛下不惑於佛、

私は至って愚かではあるけれども、きっと陛下は仏に惑ってこのようにあがめお仕えなされたのだ。

 

作此崇奉,以祈福祥也。

それでもって福や目出度いことを祈りをされるというのではないことはわかっている。

崇奉 あがめ仕える。

福祥 さいわいとめでたいこと。
幻日環01 

《論佛骨表》(8)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <891>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3439韓愈詩-227-8

《論佛骨表》(8) 御即位のはじめに、すぐさま人を俗世から離れさせて僧尼や道士とすることを許さないことである。私は常に思っていた、高祖の仏教を険こうとの御志が陛下の手で行われるであろう、と。

2013年12月14日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(24)#9―3 文選 賦<112―24>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩978 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3438
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(8)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <891>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3439韓愈詩-227-8
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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《論佛骨表》(8)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <891>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3439韓愈詩-227-8

 

 

(5)#4-1

漢明帝時,始有佛法,

後漢の明帝の時、はじめて仏法が存在したが、

明帝在位,才十八年耳。

明帝は帝位に在ることわずかに十八年だけであった。

其後亂亡相繼,運祚不長。

そして、その後、国は乱れたり、亡んだりすることが相継いだのであり、国運も帝位も長くなかったのである。

宋、齊、梁、陳、元魏以下,

南朝の宋・斉・梁・陳や北朝の元魏より以下、

事佛漸謹,年代尤促。

仏教のおしえに仕えることが段々と謹みて敬われるようになったが、王朝の年代は最も短いものでしかなかったのである。

 (6)#4-2

惟梁武帝在位四十八年,

ただ梁の武帝は在位四十八年で、

前後三度舍身施佛,宗廟之祭,

その間前後あわせて三度も身を捨て仏に献げて、僧侶となり、祖先のみたまやの祭りにも犠牲の肉を用いず、

不用牲牢,晝日一食,止於菜果。

昼の間は一食、それもただ野菜や果物だけであった。

其後竟為侯景所逼,餓死台城,

その後とうとう侯景のために迫られて、台城の中で餓死し、国もまたついで滅んでしまった。

國亦尋滅。事佛求福,乃更得禍。

仏につかえて福を求めたはずなのに、すなわち、さらに一層の禍を得たのであった。

由此觀之,佛不足事,亦可知矣。

これをもって観れば、仏は仕えるだけのねうちがないこともまたよくわかるのである

 (7)#5

高祖始受隋禪,則議除之。

唐の高祖皇帝がはじめて隋からの禅譲を受けて天子の位に即かれたときには、この仏教を除き去ろうと諮儀相談された。

當時群臣材識不遠,不能深知先王之道、

当時の群臣は才力も見識も遠くを見抜くことができず、深く儒家の先王の道ともとめた。

古今之宜,推闡聖明,

古今に通ずる宜しい処置を知って、聖徳明智の高祖の御心を推し広め明らかにした。

以救斯弊,其事遂止。

この仏教の弊害を救うことができなかったため、その事は遂に取り止めになった。

臣常恨焉。

私は平素これを残念に思っていた。

 (8)#6

伏惟睿聖文武皇帝陛下,神聖英武,

伏して謹み思うに、睿聖文武皇帝陛下は、神のごとくひいでて武勇におわしますのである。

數千百年已來,未有倫比。

それは幾千年幾百年以来より、まだそのたぐいの無いおかたであるのだ。

即位之初,即不許度人為僧尼、道士,

御即位のはじめに、すぐさま人を俗世から離れさせて僧尼や道士とすることを許さないことである。

又不許創立寺觀。

以為高祖之誌,必行於陛下之手,

私は常に思っていた、高祖の仏教を険こうとの御志が陛下の手で行われるであろう、と。

今縱未能即行,豈可恣之轉令盛也!

今たとい、まだ、すぐさま行うことはできなくとも、どうしてその仏教を勝手にふるまわせ、ますます盛んにならせてよいであろうか、と。

美女画55101道観 

 

『論佛骨表』 現代語訳と訳註

(本文) (8)#6

伏惟睿聖文武皇帝陛下,神聖英武,

數千百年已來,未有倫比。

即位之初,即不許度人為僧尼、

道士,又不許創立寺觀。

以為高祖之誌,必行於陛下之手,

今縱未能即行,豈可恣之轉令盛也!

 

(下し文) (8)#6

伏して惟【おもんみ】るに睿聖【えいせい】文武【もんぶ】皇帝陛下,神聖【しんせい】英武【えいぶ】,

數千百年 已來【いらい】,未だ倫比【りんぴ】有らず。

即位の初めに,即ち人を度して僧尼【そうに】、

道士【どうし】と為すを許さず。

又た寺觀を創立するを許さず。

臣 【つね】に以為【おもえ】らく高祖の誌【こころざし】,必ず陛下の手に行われんと。

今 縱【たと】い未だ即ち行う能わずとも,豈に之を恣【ほしいまま】にし轉【うた】た盛んならしむ可けんや!

 

(現代語訳)

伏して謹み思うに、睿聖文武皇帝陛下は、神のごとくひいでて武勇におわしますのである。

それは幾千年幾百年以来より、まだそのたぐいの無いおかたであるのだ。

御即位のはじめに、すぐさま人を俗世から離れさせて僧尼や道士とすることを許さないことである。

また仏寺や道観を新たに立てることを許されなかったのである。

私は常に思っていた、高祖の仏教を険こうとの御志が陛下の手で行われるであろう、と。

今たとい、まだ、すぐさま行うことはできなくとも、どうしてその仏教を勝手にふるまわせ、ますます盛んにならせてよいであろうか、と。

 

(訳注) (8)#6

伏惟睿聖文武皇帝陛下,神聖英武。

伏して謹み思うに、睿聖文武皇帝陛下は、神のごとくひいでて武勇におわしますのである。

睿聖文武皇帝 憲宗の尊号。臣下が随意に用いた敬称ではない。

神聖 神のようにすぐれた。二字で神の意味。

英武 すぐれて、たけく勇ましい。

 

數千百年已來,未有倫比。

それは幾千年幾百年以来より、まだそのたぐいの無いおかたであるのだ。

数千百年 幾千年幾百年。

倫比 たぐい、同類。

 

即位之初,即不許度人為僧尼、道士,

御即位のはじめに、すぐさま人を俗世から離れさせて僧尼や道士とすることを許さないことである。

度人 俗人から離脱させる¢済度する。

道士 道教の修行考

 

又不許創立寺觀。

また仏寺や道観を新たに立てることを許されなかったのである。

寺観 寺院、仏教では寺といい、道教では観という。僧尼道士の居住する所。

 

以為高祖之誌,必行於陛下之手,

私は常に思っていた、高祖の仏教を険こうとの御志が陛下の手で行われるであろう、と。

 

今縱未能即行,豈可恣之轉令盛也!

今たとい、まだ、すぐさま行うことはできなくとも、どうしてその仏教を勝手にふるまわせ、ますます盛んにならせてよいであろうか、と。

恣 勝手にする。

転 いよいよ。ますます。それからそれへと転ずる義。
漢文委員会紀頌之タイトル002 

《論佛骨表》(7)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <890>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3434韓愈詩-227-7

《論佛骨表》(7) 古今に通ずる宜しい処置を知って、聖徳明智の高祖の御心を推し広め明らかにした。この仏教の弊害を救うことができなかったため、その事は遂に取り止めになった。


2013年12月13日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《論佛骨表》(7)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <890>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3434韓愈詩-227-7
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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(5)#4-1

漢明帝時,始有佛法,

後漢の明帝の時、はじめて仏法が存在したが、

明帝在位,才十八年耳。

明帝は帝位に在ることわずかに十八年だけであった。

其後亂亡相繼,運祚不長。

そして、その後、国は乱れたり、亡んだりすることが相継いだのであり、国運も帝位も長くなかったのである。

宋、齊、梁、陳、元魏以下,

南朝の宋・斉・梁・陳や北朝の元魏より以下、

事佛漸謹,年代尤促。

仏教のおしえに仕えることが段々と謹みて敬われるようになったが、王朝の年代は最も短いものでしかなかったのである。

 (6)#4-2

惟梁武帝在位四十八年,

ただ梁の武帝は在位四十八年で、

前後三度舍身施佛,宗廟之祭,

その間前後あわせて三度も身を捨て仏に献げて、僧侶となり、祖先のみたまやの祭りにも犠牲の肉を用いず、

不用牲牢,晝日一食,止於菜果。

昼の間は一食、それもただ野菜や果物だけであった。

其後竟為侯景所逼,餓死台城,

その後とうとう侯景のために迫られて、台城の中で餓死し、国もまたついで滅んでしまった。

國亦尋滅。事佛求福,乃更得禍。

仏につかえて福を求めたはずなのに、すなわち、さらに一層の禍を得たのであった。

由此觀之,佛不足事,亦可知矣。

これをもって観れば、仏は