漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2014年02月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <967>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3819韓愈詩-260-#3

韓愈《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫》 たとえば親身の骨肉のものであっても、とにかく互いに可否し合うということがあるものだ。それに加えて我々は、生来愚鈍であって、人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせることが出来なかったからこのような関係になってしまったのだ。子犯も行き届かなかったのは、私でさえ知っているといった通りで、私が不束なものであることは十分承知している。ということで、貴公におかれても枉げて(つとめて)、私の過失を許してもらいたいと思う次第で、私もすっかり、事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたいのだ。


2014年2月28日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(17)#7-2 文選 賦<114―(17)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1054 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3818
孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 諸葛亮(孔明)出師表
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <967  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3819韓愈詩-260-#3

李商隠詩 (1) 李商隠詩 (2)
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-36-4 《太子張舍人遺織成褥段―#4》 ふたたび成都 杜甫<667-#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3820 杜甫詩1000-667-#4-958/1500 777
杜甫詩 作時(1) 青年李白 杜甫詩 作時(2)青年期・就活
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 13-3《 虞美人六首 其三 》顧太尉敻(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集」Gs-455-13-(3) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3822
薛濤の全詩 花間集(1) 花間集(2) 花間集(3) 花間集(4) 花間集(5)
魚玄機全詩
温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻
毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻
魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 古詩源 花間集


 

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <967  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3819韓愈詩-260-#3

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕 

作地點: 潯陽(江南西道 / 江州 / 潯陽

及地點:  江州 (江南西道 江州 江州)     

鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏     

岳州 (江南西道 岳州 岳州) 別名:沅湘     

湓城 (江南西道 江州 潯陽) 別名:盆城     

交遊人物: 李程

 

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

不枉故人書,無因帆江水。 

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

#2

別來已三望望長迢遞。 

君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。

咫尺不相聞,平生那可計。 

こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。

年皆過半百,來日苦無多。 

お互いに年齢は五十を過ぎて、今後、来るべき日数は少なく、寿命がもう長くなくなって心細い感じなのである。

少年樂新知,衰暮思故友。 

青年のころというのは、新たに知り合った人を楽しみにするものであるが、こうした老年になれば、昔馴染みの友人を慕わしく思うのが人情で、君との旧懐の念に堪えないのがしごく当たり前のことであった。

#3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

たとえば親身の骨肉のものであっても、とにかく互いに可否し合うということがあるものだ。

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

それに加えて我々は、生来愚鈍であって、人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせることが出来なかったからこのような関係になってしまったのだ。

子犯亦有言,臣猶自知之。 

子犯も行き届かなかったのは、私でさえ知っているといった通りで、私が不束なものであることは十分承知している。

公其務貰過,我亦請改事。 

ということで、貴公におかれても枉げて(つとめて)、私の過失を許してもらいたいと思う次第で、私もすっかり、事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたいのだ。

儻可收,願寄相思字。 

例えば、功を桑楡に収めてくれるようにしてくれて、今後もなお更のご厚情を下し賜るならば、どうか時々、相思の書簡詩文の「文字」をもって私に寄せられたいものである。

 

官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す #1

盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。 

故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。 

故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。 

而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。 

#2

別來 已に三望望として長く迢遞【ちょうてい】たり。 

咫尺 相い聞かざれば,平生 那んぞ計る可き。 

我が齒 落ち且つ盡き,君の鬢 白きこと幾何ぞ。 

年 皆 半ば百を過ぎ,來日 苦だ多き無し。 

少年には 新知を樂しみ,衰暮には 故友を思う。 

#3

譬【たと】えば親骨 肉の如きも,寧ろ相い可不するをれんや。 

我 昔 實に愚蠢【ぐとう】にして,色辭【しょくじ】を降す能わず。 

子犯【しはん】も亦た言える有り,臣 猶お自ら之を知る。 

公 其れ務めて過【あやま】ちを貰【ゆる】せ,我も亦た請う事を改めん。 

 【も】し收む可くんば,願わくば相思の字を寄せよ。  

楸001 

 

『除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫』 現代語訳と訳註

(本文) #3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

子犯亦有言,臣猶自知之。 

公其務貰過,我亦請改事。 

儻可收,願寄相思字。 

 

(下し文)#3

譬【たと】えば親骨 肉の如きも,寧ろ相い可不するをれんや。 

我 昔 實に愚蠢【ぐとう】にして,色辭【しょくじ】を降す能わず。 

子犯【しはん】も亦た言える有り,臣 猶お自ら之を知る。 

公 其れ務めて過【あやま】ちを貰【ゆる】せ,我も亦た請う事を改めん。 

 儻【も】し收む可くんば,願わくば相思の字を寄せよ。

 

(現代語訳)

たとえば親身の骨肉のものであっても、とにかく互いに可否し合うということがあるものだ。

それに加えて我々は、生来愚鈍であって、人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせることが出来なかったからこのような関係になってしまったのだ。

子犯も行き届かなかったのは、私でさえ知っているといった通りで、私が不束なものであることは十分承知している。

ということで、貴公におかれても枉げて(つとめて)、私の過失を許してもらいたいと思う次第で、私もすっかり、事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたいのだ。

例えば、功を桑楡に収めてくれるようにしてくれて、今後もなお更のご厚情を下し賜るならば、どうか時々、相思の書簡詩文の「文字」をもって私に寄せられたいものである。

泰山の夕日 

(訳注) #3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

たとえば親身の骨肉のものであっても、とにかく互いに可否し合うということがあるものだ。

相可不 互いに可否し合う。

 

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

それに加えて我々は、生来愚鈍であって、人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせることが出来なかったからこのような関係になってしまったのだ。

實愚蠢 生来愚鈍であること。実際には、具屯な虫けらほどの者であること。へりくだった言い方。

降色辭 人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせること。

 

子犯亦有言,臣猶自知之。 

子犯も行き届かなかったのは、私でさえ知っているといった通りで、私が不束なものであることは十分承知している。

子犯 中国春秋時代の晋の政治家狐偃(こえん)のこと。字は子犯。舅犯、または咎犯(どちらもきゅうはんと読む)と呼ばれる。狐偃は文公の覇業を大いにたすけた。周の襄王が叔帯の乱を避けて鄭に亡命し、諸侯にたすけを求めたが、権威の低下した周王室をあえてたすけようとする諸侯はいなかった。 狐偃は「君は王をたすけて民に義を示すべきです」と文公に進言したので、文公は兵を率いて王室の乱を平定した。

この功により晋は王室から温・原などの中央に近い地を賜り、これがのちの晋の大発展の礎となった。また、諸侯に先駆けて王室をたすけて義を示したことにより、晋の文公の名は天下に轟いた。

 

公其務貰過,我亦請改事。 

ということで、貴公におかれても枉げて(つとめて)、私の過失を許してもらいたいと思う次第で、私もすっかり、事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたいのだ。

務貰過 ・務:枉げて~、つとめて~。・貰過:過失を許してもらう。

請改事 事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたい。

 

儻可收,願寄相思字。 

例えば、功を桑楡に収めてくれるようにしてくれて、今後もなお更のご厚情を下し賜るならば、どうか時々、相思の書簡詩文の「文字」をもって私に寄せられたいものである。

桑楡に収める。桑は東の畑に植え、楡の木の間に日が堕ちる。毎日コツコツと仕事に精を出す人生に喩える。1日の後半(午後遅く日が落ちてから夜まで)夕方 逢魔が時 暮相 夕景・黄昏をいう。

相思・長相思 綿の縁語。綿綿と長く続く意をとる。

『古詩十九首之第十八首』

客從遠方來,遺我一端綺。

相去萬餘里,故人心尚爾。

文彩雙鴛鴦,裁為合歡被。

著以長相思,緣以結不解。

以膠投漆中,誰能別離此?

古詩十九首之十八 漢の無名氏(18) 漢詩<106>Ⅱ李白に影響を与えた詩540 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1437

 蘇伯玉妻『盤中詩』

北上堂,西入階。急機絞,杼聲催。

長嘆息,當語誰。

君有行,妾念之。出有日,還無期。

結巾帶,長相思。君忘妾,未知之。

妾忘君,罪當治。妾有行,宜知之。

盤中詩 蘇伯玉妻 漢詩<141-#2>古詩源 巻二 女性詩579 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1554
云亭 

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <966>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3814韓愈詩-260-#2

韓愈《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫》君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。


2014年2月27日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(16)(華麗な後宮)#7-1 文選 賦<114―(16)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1053 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3813
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <966>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3814韓愈詩-260-#2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ廣徳2年764-36-3 《太子張舍人遺織成褥段―#3》 ふたたび成都 杜甫<667-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3815 杜甫詩1000-667-#3-957/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor13 -2 虞美人六首 其二 顧太尉敻(顧夐【こけい】)五十五首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-454-13-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3817
 花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5)
     
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 魚玄機の全詩 訳注解説 案内表薛濤の全詩 訳注解説 案内表李白詩 訳注解説 案内表 
■ 花間集から
温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻
毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻
魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻
『花間集』継続中 
杜甫全詩韓愈全詩李白全集文選古詩源花間集

 

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <966  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3814韓愈詩-260-#2

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕 

作地點: 潯陽(江南西道 / 江州 / 潯陽

及地點:  江州 (江南西道 江州 江州)     

鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏     

岳州 (江南西道 岳州 岳州) 別名:沅湘     

湓城 (江南西道 江州 潯陽) 別名:盆城     

交遊人物: 李程

 

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

不枉故人書,無因帆江水。 

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

#2

別來已三望望長迢遞。 

君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。

咫尺不相聞,平生那可計。 

こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。

年皆過半百,來日苦無多。 

お互いに年齢は五十を過ぎて、今後、来るべき日数は少なく、寿命がもう長くなくなって心細い感じなのである。

少年樂新知,衰暮思故友。 

青年のころというのは、新たに知り合った人を楽しみにするものであるが、こうした老年になれば、昔馴染みの友人を慕わしく思うのが人情で、君との旧懐の念に堪えないのがしごく当たり前のことであった。

詩人李白5x5#3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

子犯亦有言,臣猶自知之。 

公其務貰過,我亦請改事。 

儻可收,願寄相思字。 

 

官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す #1

盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。 

故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。 

故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。 

而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。 

#2

別來 已に三望望として長く迢遞【ちょうてい】たり。 

咫尺 相い聞かざれば,平生 那んぞ計る可き。 

我が齒 落ち且つ盡き,君の鬢 白きこと幾何ぞ。 

年 皆 半ば百を過ぎ,來日 苦だ多き無し。 

少年には 新知を樂しみ,衰暮には 故友を思う。 

#3

譬【たと】えば親骨 肉の如きも,寧ろ相い可不するをれんや。 

我 昔 實に愚蠢【ぐとう】にして,色辭【しょくじ】を降す能わず。 

子犯【しはん】も亦た言える有り,臣 猶お自ら之を知る。 

公 其れ務めて過【あやま】ちを貰【ゆる】せ,我も亦た請う事を改めん。 

 【も】し收む可くんば,願わくば相思の字を寄せよ。 

洞庭湖鄂州02 

 

『除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫』 現代語訳と訳註

(本文) ##2

別來已三,望望長迢遞。 

咫尺不相聞,平生那可計。 

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

年皆過半百,來日苦無多。 

少年樂新知,衰暮思故友。 

 

(下し文)

別來 已に三,望望として長く迢遞【ちょうてい】たり。 

咫尺 相い聞かざれば,平生 那んぞ計る可き。 

我が齒 落ち且つ盡き,君の鬢 白きこと幾何ぞ。 

年 皆 半ば百を過ぎ,來日 苦だ多き無し。 

少年には 新知を樂しみ,衰暮には 故友を思う。 

 

(現代語訳)

君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。

こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。

さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。

お互いに年齢は五十を過ぎて、今後、来るべき日数は少なく、寿命がもう長くなくなって心細い感じなのである。

青年のころというのは、新たに知り合った人を楽しみにするものであるが、こうした老年になれば、昔馴染みの友人を慕わしく思うのが人情で、君との旧懐の念に堪えないのがしごく当たり前のことであった。

韓愈の地図00 

(訳注) #2

別來已三望望長迢遞。 

君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。

○已三 817年裴度の呉元濟討伐の行軍司馬となってから、819年「佛骨を論ずる表」で貶せらるまでの間、長安にいた。この詩が820年であるから三年であるから817年の交際で、この時言い争いをしている。

○望望 遠くから希望すること。

○長迢遞 道程遠く隔てていた

 

咫尺不相聞,平生那可計。 

こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。

○咫尺 1 距離が非常に近いこと。「―の間(かん)2 貴人の前近くに出て拝謁すること。

 

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。

 

年皆過半百,來日苦無多。 

お互いに年齢は五十を過ぎて、今後、来るべき日数は少なく、寿命がもう長くなくなって心細い感じなのである。

○過半百 百歳は詩的表現で50を超えれば百ということ。

○來日苦無多 今度、来るべき日ははなはだ少ない。

 

少年樂新知,衰暮思故友。

青年のころというのは、新たに知り合った人を楽しみにするものであるが、こうした老年になれば、昔馴染みの友人を慕わしく思うのが人情で、君との旧懐の念に堪えないのがしごく当たり前のことであった。

樂新知 楚辞九歌「樂莫樂兮新相知」とある。

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <965>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3809韓愈詩-260

韓愈《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〕》 盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。


2014年2月26日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(15)(末央宮の内外)#6 文選 賦<114―(15)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1052 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3808
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <965>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3809韓愈詩-260
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-36-2 《太子張舍人遺織成褥段―#2》 ふたたび成都 杜甫<667-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3810 杜甫詩1000-667-#2-956/1500775
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 13 -1 虞美人六首 其一 顧太尉敻(顧夐【こけい】)五十五首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-453-13-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3812
  花間集(1) 花間集(2) 花間集(3) 花間集(4) 花間集(5)
           
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機の全詩 訳注解説 案内表 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3816 (02/27)
薛濤の全詩 訳注解説 案内表 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3811 (02/26)
■ 花間集から
温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻
毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻
魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 古詩源 花間集

 

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <965>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3809韓愈詩-260

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕 

作地點: 潯陽(江南西道 / 江州 / 潯陽

及地點:  江州 (江南西道 江州 江州)     

鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏     

岳州 (江南西道 岳州 岳州) 別名:沅湘     

湓城 (江南西道 江州 潯陽) 別名:盆城     

交遊人物: 李程

 

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

不枉故人書,無因帆江水。 

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

#2

別來已三望望長迢遞。 

咫尺不相聞,平生那可計。 

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

年皆過半百,來日苦無多。 

少年樂新知,衰暮思故友。 

#3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

子犯亦有言,臣猶自知之。 

公其務貰過,我亦請改事。 

儻可收,願寄相思字。 

 

官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す #1

盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。 

故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。 

故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。 

而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。 

#2

別來 已に三望望として長く迢遞【ちょうてい】たり。 

咫尺 相い聞かざれば,平生 那んぞ計る可き。 

我が齒 落ち且つ盡き,君の鬢 白きこと幾何ぞ。 

年 皆 半ば百を過ぎ,來日 苦だ多き無し。 

少年には 新知を樂しみ,衰暮には 故友を思う。 

#3

譬【たと】えば親骨 肉の如きも,寧ろ相い可不するをれんや。 

我 昔 實に愚蠢【ぐとう】にして,色辭【しょくじ】を降す能わず。 

子犯【しはん】も亦た言える有り,臣 猶お自ら之を知る。 

公 其れ務めて過【あやま】ちを貰【ゆる】せ,我も亦た請う事を改めん。 

 【も】し收む可くんば,願わくば相思の字を寄せよ。  

 嶺南道圖00

 

『除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫』 現代語訳と訳註

(本文) #1

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

不枉故人書,無因帆江水。 

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

 

(下し文)

官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す #1

盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。 

故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。 

故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。 

而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。 

 

(現代語訳)

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

洞庭湖鄂州02 

 

(訳注)

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

この詩は、821年元和十五年九月、韓愈が兗州から召し還されて、國子祭酒に拝せられようとした時、長安に帰るに江州に立ち寄って作ったものである。詩の内容から、李程があらかじめ、韓愈に書を送って、招いたので、韓愈は江州に立ち寄って会見しこの詩を贈った。

除官 故官を除去して新官に就くこと。

鄂岳李大夫 李程のこと。字は表臣。隴西の人。貞元十二年の進士。元和十三年四月禮部侍郎に拝し、六月鄂岳刺史観察使となる。

鄂岳大夫とは鄂岳観察使で「江南西道江州潯陽郡、鄂州江夏郡、岳州巴陵郡 、岳州沅湘郡 」『唐書地理誌』に属すとある。    

    

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

盆城 湓城 (江南西道 江州 潯陽) 別名:盆城。 

鄂渚 現在の武漢。『楚辞』「九章、渉江」「乗鄂渚而反顧兮、欵秋冬之緒風。」(鄂渚に乗りて反顧すれば、ああ、秋冬の緒風なり。)

 

不枉故人書,無因帆江水。 

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

不枉 ちょっと寄り道にはなるけれど

故人書 我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば

 

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

禮闈 禮部侍郎に拝し、六月鄂岳刺史観察使となる

旌節 旌節を賜ったこと。

江圻 江辺の要地。江南西道江州潯陽郡、鄂州江夏郡、岳州巴陵郡 、岳州沅湘郡。

 

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

竄逐者 罪を得て、潮州に貶められ、兗州に量移されたもので、この度朝廷にやっと召されて戻ることになったということを自嘲気味にいったもの。

龍鐘初得歸 龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

《題秀禪師房》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <964>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3804韓愈詩-259

韓愈《題秀禪師房》 両岸には、松が生い茂り、その間には橋が架かっていてその長さは百歩行くだけの長さのものである。それを渡り尽くすと秀禪師の僧房で竹牀 莞席が用意してある。そこでしばらくの間、肘を枕に寝そべってみて、それから、起き上がって、今度は、釣り竿を手にして、魚が最も釣れそうな砂浜に降りて行くのである。


2014年2月25日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(14) #5-2 文選 賦<114―(14)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1051 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3803
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《題秀禪師房》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <964>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3804韓愈詩-259
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-36-1 《太子張舍人遺織成褥段―#1》 ふたたび成都 杜甫<667-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3805 杜甫詩1000-667-#1-955/1500774
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 296 《奉酬盧給事雲夫四兄曲江荷花行見寄并呈上錢七兄》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3806 (02/25)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 『花間集』 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(5)和凝と顧夐 詩目次 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3807
  花間集(1) 花間集(2) 花間集(3) 花間集(4) 花間集(5)
           
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 古詩源 花間集

 

《題秀禪師房》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <964  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3804韓愈詩-259

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 題秀禪師房 

作地點: 目前尚無資料 

交遊人物: 秀禪師

 

 

題秀禪師房

(秀禪師は、宣渓付近に房を構えていて、そこに訪問したもので、そこの壁に題したものである。)

橋夾水松行百步,竹床莞席到僧家。 

両岸には、松が生い茂り、その間には橋が架かっていてその長さは百歩行くだけの長さのものである。それを渡り尽くすと秀禪師の僧房で竹牀 莞席が用意してある。

暫拳一手支頭臥,還把魚竿下釣沙。 

そこでしばらくの間、肘を枕に寝そべってみて、それから、起き上がって、今度は、釣り竿を手にして、魚が最も釣れそうな砂浜に降りて行くのである。

 

秀禪師の房に題す

橋は水松を夾【あわ】せて行くこと百步,竹床 莞席【かんせき】僧家に到る。 

暫く一手を拳げて頭を支えて臥し,還た 魚竿を把って釣沙に下る。

韓愈の地図00 

 

『題秀禪師房』 現代語訳と訳註

(本文)

題秀禪師房

橋夾水松行百步,竹床莞席到僧家。 

暫拳一手支頭臥,還把魚竿下釣沙。 

 

(下し文)

秀禪師の房に題す

橋は水松を夾【あわ】せて行くこと百步,竹床 莞席【かんせき】僧家に到る。 

暫く一手を拳げて頭を支えて臥し,還た 魚竿を把って釣沙に下る。

 

(現代語訳)

(秀禪師は、宣渓付近に房を構えていて、そこに訪問したもので、そこの壁に題したものである。)

両岸には、松が生い茂り、その間には橋が架かっていてその長さは百歩行くだけの長さのものである。それを渡り尽くすと秀禪師の僧房で竹牀 莞席が用意してある。

そこでしばらくの間、肘を枕に寝そべってみて、それから、起き上がって、今度は、釣り竿を手にして、魚が最も釣れそうな砂浜に降りて行くのである。

 泰山の夕日

(訳注)

題秀禪師房

(秀禪師は、宣渓付近に房を構えていて、そこに訪問したもので、そこの壁に題したものである。)

韓愈が潮州に貶められ量移されて、兗州に向かう際に作ったもの。量移とは、唐代に遠方に貶せられ、許されて近い地へ転任させられることをいう。

 

橋夾 水松 百步 ,竹牀 莞席 僧家

両岸には、松が生い茂り、その間には橋が架かっていてその長さは百歩行くだけの長さのものである。それを渡り尽くすと秀禪師の僧房で竹牀 莞席が用意してある。

「竹牀」竹で作ったベッド。

「莞席」器物、生活用品、起居用品、席。

 

暫拳 一手 支頭臥 ,還把 魚竿 下釣

そこでしばらくの間、肘を枕に寝そべってみて、それから、起き上がって、今度は、釣り竿を手にして、魚が最も釣れそうな砂浜に降りて行くのである。
2潮州広東00 

《將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <963>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3799韓愈詩-258

韓愈《將至韶州,先寄張端公使君借圖經》韶州の曲江の山水を見るにつけ聞くにつけ、十分満足するものであるとするものだが、前もって名前を覚えておかないと、其の地を訪ねても一層難しいという心配があった。そこで、君からこの地の地図を拝借し、それを持って、韶州の界に入ろうを思う。


2014年2月24日 の紀頌之5つのブログ  
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(13)(未央宮の正殿) #5-1 文選 賦<114―(13)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1050 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3798
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <963>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3799韓愈詩-258
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-35-3 《揚旗―#3》 ふたたび成都 杜甫<666-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3800 杜甫詩1000-666-#3-954/1500773
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 295 《奉和錢七兄曹長盆池所植》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3801 (02/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 『花間集』 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(4)毛文錫、牛希濟と欧陽烱 詩目次 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3802
  花間集(1) 花間集(2) 花間集(3) 花間集(4)    
             
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 古詩源 玉台新詠 花間集

 

《將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <963  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3799韓愈詩-258

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕 

及地點:  韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東     

曲江 (嶺南道東部 韶州 曲江)     

交遊人物/地點: 張蒙 書信往來(嶺南道東部 韶州 韶州)

 

 

將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕

(韶州に到ろうとするので、まず、刺史の張曙に寄せて、地図を借りようとこの詩を作った)

曲江山水聞來久,恐不知名訪倍難。 

韶州の曲江の山水を見るにつけ聞くにつけ、十分満足するものであるとするものだが、前もって名前を覚えておかないと、其の地を訪ねても一層難しいという心配があった。

願借圖經將入界,每逢佳處便開看。 

そこで、君からこの地の地図を拝借し、それを持って、韶州の界に入ろうを思う。その道すがら、素晴らしい景色を訪れて、そのたびごとに、その地図を開きさえすれば、すぐに名前がわかって、せっかくの名所を見落とさなくて済むことであろう。

 

(將に韶州に至らむとし,先づ張端公使君に寄せて圖經を借る〔將に韶州に入らむとし,先づ張端公使君に寄せて圖經を借る〕)

曲江の山水 聞き來ること久し,恐らくは名を知らず 訪うこと倍【ますま】す難からんことを 

願わくば圖經を借りて將に界に入らむとし,佳處に逢う每に便を開いて看ん。 

浮桟橋00 

 

『將至韶州,先寄張端公使君借圖經』 現代語訳と訳註

(本文)

將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕

曲江山水聞來久,恐不知名訪倍難。 

願借圖經將入界,每逢佳處便開看。 

 

(下し文)

(將に韶州に至らむとし,先づ張端公使君に寄せて圖經を借る〔將に韶州に入らむとし,先づ張端公使君に寄せて圖經を借る〕)

曲江の山水 聞き來ること久し,恐らくは名を知らず 訪うこと倍【ますま】す難からんことを 

願わくば圖經を借りて將に界に入らむとし,佳處に逢う每に便を開いて看ん。 

 

(現代語訳)

(韶州に到ろうとするので、まず、刺史の張曙に寄せて、地図を借りようとこの詩を作った)

韶州の曲江の山水を見るにつけ聞くにつけ、十分満足するものであるとするものだが、前もって名前を覚えておかないと、其の地を訪ねても一層難しいという心配があった。

そこで、君からこの地の地図を拝借し、それを持って、韶州の界に入ろうを思う。その道すがら、素晴らしい景色を訪れて、そのたびごとに、その地図を開きさえすれば、すぐに名前がわかって、せっかくの名所を見落とさなくて済むことであろう。

sas0002 

(訳注)

將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕

(韶州に到ろうとするので、まず、刺史の張曙に寄せて、地図を借りようとこの詩を作った)

韶州に至る際に韶州刺史張曙に地図を借りようとしてこの詩を作った。韓愈はこの地図を借りたので韶州に入り、宣渓に宿泊し、駅路は韶州ではないところを通ったために、張曙似合わずに行くため、刺史から書を寄せられた。

 

曲江山水聞來久,恐不知名訪倍難。 

韶州の曲江の山水を見るにつけ聞くにつけ、十分満足するものであるとするものだが、前もって名前を覚えておかないと、其の地を訪ねても一層難しいという心配があった。

曲江 韶州の曲江(23

 

願借圖經將入界,每逢佳處便開看。 

そこで、君からこの地の地図を拝借し、それを持って、韶州の界に入ろうを思う。その道すがら、素晴らしい景色を訪れて、そのたびごとに、その地図を開きさえすれば、すぐに名前がわかって、せっかくの名所を見落とさなくて済むことであろう。
2潮州広東00 

《從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之〔時憲宗元和十四年十月。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <962>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3794韓愈詩-257

韓愈《從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之》北の方を望み見て長安の方に向かうということで、塞上に向かう雁に随って一緒に行けばよいということだがそうもいくまい。わずかの間とはいえ南の地に左遷されたのではあるが、兗州はよい所で、わずかに江魚の腹中に葬られるということを免れたということかもしれない。


2014年2月23日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(12)#4-3 文選 賦<114―(12)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1049 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3793
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之〔時憲宗元和十四年十月。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <962>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3794韓愈詩-257
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 徳2年764-35-2 《揚旗―#2》 ふたたび成都 杜甫<666-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3795 杜甫詩1000-666-#2-953/1500772
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 294 《 題張十八所居【張籍。】》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3796 (02/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 『花間集』 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(3)薛昭蘊、牛嶠と張泌 詩目次 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3797
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之〔時憲宗元和十四年十月。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <962  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3794韓愈詩-257

 

 

作時年:819年 元和十四年 52

卷別:    卷三四四              文體:  七言律詩

詩題:    從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之〔時憲宗元和十四年十月。〕

潮州 (嶺南道東部 潮州 潮州)            

袁州 (江南西道 袁州 袁州) 別名:宜春          

韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東       

韶石 (嶺南道東部 韶州 曲江)            

交遊人物/:張蒙  

 

 

從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之

(韓愈が兗州に量移されることの命を受けた時、さっそく韶州において会いたいと張曙に書簡を送って、韶州刺史張曙から慶賀の詩をよこされた。そしてそれに酬ゆるためにしてこの詩を作った。)

〔時憲宗元和十四年十月。〕

〔元和十四十月に兗州に遷って元和十五年正月に兗州に着く際のことである。〕
明時遠逐事何如,遇赦移官罪未除。

この清明なこの世おける朝廷によって、遠地に左遷されたのはよくよくのことで今日恩赦によって兗州に量移されたもののその日承けた罪科がすべて取りのけられたものではないということだ。

北望詎令隨塞雁,南遷纔免葬江魚。

北の方を望み見て長安の方に向かうということで、塞上に向かう雁に随って一緒に行けばよいということだがそうもいくまい。わずかの間とはいえ南の地に左遷されたのではあるが、兗州はよい所で、わずかに江魚の腹中に葬られるということを免れたということかもしれない。

將經貴郡煩留客,先惠高文謝起予。

やがて出発したなら、君郡を通過することは間違いなく、ずいぶんお世話になることとなるであろうとは思うものの、その前に貴君からの慶事の書簡を寄せられ、私の気持ちを私の詩を作ろうとする気を引き起こしてくれたこと、感謝に堪えません。

暫欲繫船韶石下,上賓虞舜整冠裾。

もう少しすれば貴郡の韶州の「韶石」というところに船を繋留して名だたる方々、それは五帝の虞・舜の廟に参詣するために衣冠を整えて上陸致すので、其の地にご案内いただければありがたいのです。

 

(從潮州袁州に量移さる,張韶州端公詩を以て相い賀す,因って之に酬ゆ)〔時に憲宗元和十四年十月なり。〕

明時【めいじ】遠逐【えんちく】事 何如【いかん】,遇赦移官罪未除。

北望 詎ぞ塞雁【さいがん】に隨わしめむ,南遷 纔【わずか】に江魚に葬むるを免る。

將に貴郡をて客を留むるを煩わさんとし,先ず高文を惠んで予を起すを謝す。

暫らく船を韶石の下に繫んとし,虞舜に上賓して冠裾を整えんと欲す。

2潮州広東00 

『從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之』現代語訳と訳註

(本文)

從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之〔時憲宗元和十四年十月。〕

明時遠逐事何如,遇赦移官罪未除。

北望詎令隨塞雁,南遷纔免葬江魚。

將經貴郡煩留客,先惠高文謝起予。

暫欲繫船韶石下,上賓虞舜整冠裾。

 

(下し文)

(從潮州袁州に量移さる,張韶州端公詩を以て相い賀す,因って之に酬ゆ)〔時に憲宗元和十四年十月なり。〕

明時【めいじ】遠逐【えんちく】事 何如【いかん】,遇赦移官罪未除。

北望 詎ぞ塞雁【さいがん】に隨わしめむ,南遷 纔【わずか】に江魚に葬むるを免る。

將に貴郡をて客を留むるを煩わさんとし,先ず高文を惠んで予を起すを謝す。

暫らく船を韶石の下に繫んとし,虞舜に上賓して冠裾を整えんと欲す。

 

(現代語訳)

(韓愈が兗州に量移されることの命を受けた時、さっそく韶州において会いたいと張曙に書簡を送って、韶州刺史張曙から慶賀の詩をよこされた。そしてそれに酬ゆるためにしてこの詩を作った。)

この清明なこの世おける朝廷によって、遠地に左遷されたのはよくよくのことで今日恩赦によって兗州に量移されたもののその日承けた罪科がすべて取りのけられたものではないということだ。

北の方を望み見て長安の方に向かうということで、塞上に向かう雁に随って一緒に行けばよいということだがそうもいくまい。わずかの間とはいえ南の地に左遷されたのではあるが、兗州はよい所で、わずかに江魚の腹中に葬られるということを免れたということかもしれない。

やがて出発したなら、君郡を通過することは間違いなく、ずいぶんお世話になることとなるであろうとは思うものの、その前に貴君からの慶事の書簡を寄せられ、私の気持ちを私の詩を作ろうとする気を引き起こしてくれたこと、感謝に堪えません。

もう少しすれば貴郡の韶州の「韶石」というところに船を繋留して名だたる方々、それは五帝の虞・舜の廟に参詣するために衣冠を整えて上陸致すので、其の地にご案内いただければありがたいのです。 

 泰山の夕日

(訳注)

從潮州量移袁州,張韶州端公以詩相賀,因酬之〔時憲宗元和十四年十月。〕

(韓愈が兗州に量移されることの命を受けた時、さっそく韶州において会いたいと張曙に書簡を送って、韶州刺史張曙から慶賀の詩をよこされた。そしてそれに酬ゆるためにしてこの詩を作った。)

 

明時 遠逐 何如,遇赦 移官 未除。

この清明なこの世おける朝廷によって、遠地に左遷されたのはよくよくのことで今日恩赦によって兗州に量移されたもののその日承けた罪科がすべて取りのけられたものではないということだ。

「明時」清明なこの世における朝廷。

「遠逐」遠地に左遷された。

「事何如」よくよくのことである。

「遇赦」今日たまたまうけた恩赦。

「移官罪」その日承けた罪科が量移によってすべて取りのけられたものではないということ。 

 

北望 詎令 塞雁 ,南遷 纔免葬 江魚

北の方を望み見て長安の方に向かうということで、塞上に向かう雁に随って一緒に行けばよいということだがそうもいくまい。わずかの間とはいえ南の地に左遷されたのではあるが、兗州はよい所で、わずかに江魚の腹中に葬られるということを免れたということかもしれない。

「北望」北の方を望み見て長安の方に向かうということ。

「塞雁」渡り鳥は北の塞の方に向かって飛んでいく。。

「南遷」南の地に左遷され。

「葬江魚」南方の魚の腹の中に葬り去られる。 

 

將經 貴郡 留客 ,先惠 高文 起予

やがて出発したなら、君郡を通過することは間違いなく、ずいぶんお世話になることとなるであろうとは思うものの、その前に貴君からの慶事の書簡を寄せられ、私の気持ちを私の詩を作ろうとする気を引き起こしてくれたこと、感謝に堪えません。

「經」君郡を通過することは間違いないこと。

「高文」貴君からの慶事の書簡を寄せられたこと。

「謝」語義類別:人、行為動作、言語動作、謝。

「起」私の気持ちを私の詩を作ろうとする気を引き起こしてくれたこと。 

 

暫欲 繫船 韶石 ,上賓 虞舜 冠裾

もう少しすれば貴郡の韶州の「韶石」というところに船を繋留して名だたる方々、それは五帝の虞・舜の廟に参詣するために衣冠を整えて上陸致すので、其の地にご案内いただければありがたいのです。

「暫」語義類別:時、時間、範圍時間(時刻)、暫時。

「繫船」語義類別:人、行為動作、一般行為(糸部)、繫。

「韶石」韶州を目標とするときの大岩。

「上賓」ここでは三皇五帝というほどの意味。。

「虞舜」三皇五帝の虞、舜。

「整冠裾」衣冠を整えて。かしこまって服装を整えること。
韓愈の地図01

《韶州留別張端公使君〔時憲宗元和十四年十月。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <961>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3789韓愈詩-256

韓愈《韶州留別張端公使君》君の文才は六朝後期の江總のように、久しく欽慕していたが、私自身のことは、虞翻と同じように骨相からして不運に遭うものとしてきまっていてしかたのないことと覚悟している。しかし、私は、功課を奏上され、やがて都に召し還されることもあろうから、ここに淹留して白蘋を詠じていることなどしているわけにはいかないのだ。


2014年2月22日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(11)#4-2 文選 賦<114―(11)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1048 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3788
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《韶州留別張端公使君〔時憲宗元和十四年十月。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <961>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3789韓愈詩-256
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-35-1 《揚旗―#1》 ふたたび成都 杜甫<666-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3790 杜甫詩1000-666-#1-952/1500 771
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 293 《奉和庫部盧四兄曹長元日朝廻》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3791 (02/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 花間集』 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(2)皇甫松と韋荘 詩目次
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《韶州留別張端公使君〔時憲宗元和十四年十月。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <961  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3789韓愈詩-256

 

 

作時年:  820  元和十五年  53 

卷別: 卷三四四  文體: 七言律詩 

詩題: 韶州留別張端公使君〔時憲宗元和十四年十月。〕

作地點: 韶州(嶺南道東部 / 韶州 / 韶州

及地點: 韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東     

交遊人物: 張曙(蒙) 當地交遊(嶺南道東部 韶州 韶州)

 

 

韶州留別張端公使君

(韓愈が潮州より兗州に量移されたことによって再び韶州を通過する際、張曙に面会し、その去る時に留別のために作って示したものである。)

〔時憲宗元和十四年十月。〕

〔元和十四十月に兗州に遷って元和十五年正月に兗州に着く際のことである。〕

來往再逢梅柳新,別離一醉綺羅春。

去年も、今年もこの韶州を通過し、そのどちらの時に梅柳が新芽を芽吹いた春の季節である。ことに、今回は、別離に際し、綺羅の筵において一酔することを得たことは感謝に堪えない。

久欽江總文才妙,自歎虞翻骨相屯。

君の文才は六朝後期の江總のように、久しく欽慕していたが、私自身のことは、虞翻と同じように骨相からして不運に遭うものとしてきまっていてしかたのないことと覚悟している。

鳴笛急吹爭落日,清歌緩送款行人。

今しも、別れの宴会の饗がたけなわになって、笛の音が急に鳴り、笛の音が堕ちこんでいくのも、落日と争うように思える。清歌の声はゆっくりと送って、旅ゆく人をとどめるものとしている。
已知奏課當徵拜,那復淹留詠白蘋。

しかし、私は、功課を奏上され、やがて都に召し還されることもあろうから、ここに淹留して白蘋を詠じていることなどしているわけにはいかないのだ。

 

韶州 張端公使君と留別す〔時 憲宗元和十四年十月なり。〕

來往 再び梅柳の新なるに逢う,別離 一たび綺羅の春に醉う。

久しく欽す 江總 文才の妙なるを,自ら歎ず 虞翻 骨相の屯なるを。

鳴笛 急に吹いて落日を爭い,清歌 緩く送って行人を款【とど】む。

已に知る 奏課の當【まさ】に徵拜【ちょうはい】すべきを,那ぞ復た淹留【えんりゅう】して白蘋を詠ぜん。

2潮州広東00


『韶州留別張端公使君』
〔時憲宗元和十四年十月。〕 現代語訳と訳註

(本文)

韶州留別張端公使君〔時憲宗元和十四年十月。〕

來往再逢梅柳新,別離一醉綺羅春。

久欽江總文才妙,自歎虞翻骨相屯。

鳴笛急吹爭落日,清歌緩送款行人。

已知奏課當徵拜,那復淹留詠白蘋。

 

(下し文)

韶州 張端公使君と留別す〔時 憲宗元和十四年十月なり。〕

來往 再び梅柳の新なるに逢う,別離 一たび綺羅の春に醉う。

久しく欽す 江總 文才の妙なるを,自ら歎ず 虞翻 骨相の屯なるを。

鳴笛 急に吹いて落日を爭い,清歌 緩く送って行人を款【とど】む。

已に知る 奏課の當【まさ】に徵拜【ちょうはい】すべきを,那ぞ復た淹留【えんりゅう】して白蘋を詠ぜん。

 

(現代語訳)

(韓愈が潮州より兗州に量移されたことによって再び韶州を通過する際、張曙に面会し、その去る時に留別のために作って示したものである。)

〔元和十四十月に兗州に遷って元和十五年正月に兗州に着く際のことである。〕

去年も、今年もこの韶州を通過し、そのどちらの時に梅柳が新芽を芽吹いた春の季節である。ことに、今回は、別離に際し、綺羅の筵において一酔することを得たことは感謝に堪えない。

君の文才は六朝後期の江總のように、久しく欽慕していたが、私自身のことは、虞翻と同じように骨相からして不運に遭うものとしてきまっていてしかたのないことと覚悟している。

今しも、別れの宴会の饗がたけなわになって、笛の音が急に鳴り、笛の音が堕ちこんでいくのも、落日と争うように思える。清歌の声はゆっくりと送って、旅ゆく人をとどめるものとしている。
しかし、私は、功課を奏上され、やがて都に召し還されることもあろうから、ここに淹留して白蘋を詠じていることなどしているわけにはいかないのだ。

 

(訳注)

韶州留別張端公使君

〔時憲宗元和十四年十月。〕

(韓愈が潮州より兗州に量移されたことによって再び韶州を通過する際、張曙に面会し、その去る時に留別のために作って示したものである。)

〔元和十四十月に兗州に遷って元和十五年正月に兗州に着く際のことである。〕

○張の名は曙 端公は、御史中丞、使君は刺史で、この時、韶州の刺史たる人であった。夏にも詩を唱和している。『晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之一』『同、二首之二』とある。

この詩は韓愈が潮州より兗州に量移されたことによって道を北に向い再び韶州を通過する。今度は、夏に唱和していた張曙に面会し、その去る時に留別のために作って示したものである。

toujidaimap 

來往 再逢 梅柳 ,別離 一醉 綺羅

去年も、今年もこの韶州を通過し、そのどちらの時に梅柳が新芽を芽吹いた春の季節である。ことに、今回は、別離に際し、綺羅の筵において一酔することを得たことは感謝に堪えない。

「來往」元和十四年一月「佛骨を論ずる表」を以て潮州に貶められ、三月に潮州に着いた。十月に兗州に遷って元和十五年正月兗州に着いた。韶州を往来上下している。

「梅柳新」意気も帰りも新春の梅柳の新たな芽吹きを見ている。

「綺羅」《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

 

久欽 江總 文才 ,自歎 虞翻 相屯。

君の文才は六朝後期の江總のように、久しく欽慕していたが、私自身のことは、三国呉の虞翻と同じように骨相からして不運に遭うものとしてきまっていてしかたのないことと覚悟している。

「久」語義類別:時、時間、相對時間、久。

「欽」欽慕する。

「江總」南朝陳の公主、本名、江總。文華の人。江 総(こう そう、519 - 594年)は、中国南北朝時代、梁・陳の政治家・文学者。字は総持。済陽郡考城(現河南省)の人。南朝の名門貴族の家に生まれ、梁・陳の高官を歴任し、陳の後主の時代には尚書令(宰相)となるが、後主の宴席にはべり詩文を作るのみで政務に励まず、陳が北朝の隋に滅ぼされる原因を作った一人とされる。

なお初唐の三大家の一人、欧陽詢の出生を題材にした唐代の伝奇小説『補江総白猿伝』は、江総の『白猿伝』を補訂したものとされるが、後世の仮託であるとする見方が一般的である。

「文才」18歳で武陵王蕭紀の法曹参軍として初めて出仕し、その後、梁の武帝に詩才を評価され、当時の重臣・学者たちからも年齢を超えた交友をもって遇された。548年、江総は徐陵とともに東魏への使者に選ばれたが、病気を理由に辞退した。同年、侯景の乱が起こり、翌549年に首都建康が反乱軍によって陥落すると、江総は戦乱を避けて会稽(現浙江省紹興市)に逃れた。さらにおじの広州刺史蕭勃を頼って嶺南に避難し、以後10数年を広州で過ごした。

563年、陳の文帝により中書侍郎として朝廷に召還され、文帝・宣帝に仕えた。宣帝の皇太子陳叔宝(後の後主)は江総を非常に気に入り、彼を自分の太子詹事とするよう懇願し、一緒に長夜の宴を開いたり、お忍びで江総の屋敷に通うほどであった。569年、江総の友人の欧陽紇が広州で反乱を起こし殺されると、江総は彼の唯一の遺児であった欧陽詢をかくまって養育した。

583年、後主が即位すると、江総は彼の信任を受け高官を歴任し、586年には尚書令となった。江総は宰相の位についたものの政務に従事せず、後主と日夜酒宴の席で詩文を作るのみで、人々からは陳喧・孔範らとともに「狎客」と呼ばれていた。589年、隋が陳を滅ぼすと、隋の朝廷に入り上開府となった。594年、江都(現江蘇省揚州市)で死去、享年76。。

「虞翻」三国呉の学者。字は仲翔(ちゆうしよう)。会稽余姚(よよう)(浙江省)の人。呉主孫権に仕え,胆力ある直諫の臣として知られた。ことに〈易〉に通じ,全9巻の《周易注》を著した。いまその一部が清の孫堂による輯本として伝わる。また同じく彼の手になる《国語注》22巻は,清の馬国翰によって輯本が編まれている。さらに《論語》および《老子》の注も著したが,早く散逸した。

「骨」語義類別:人、身體器官、五臟器官、骨。

 

鳴笛 急吹 落日 ,清歌 緩送 行人

今しも、別れの宴会の饗がたけなわになって、笛の音が急に鳴り、笛の音が堕ちこんでいくのも、落日と争うように思える。清歌の声はゆっくりと送って、旅ゆく人をとどめるものとしている。

「爭」語義類別:人、行為動作、一般行為(其他部)、爭。

「落日」笛の音が落日を誘うように聞こえること

「清歌」樂曲泛稱、歌。1 すんだ声で歌うこと。また、その歌。2 管弦の伴奏なしに歌うこと。また、その歌。

「款行人」旅ゆく人をとどめるもの。

 

已知 奏課 當徵拜 ,那復淹留 白蘋

しかし、私は、功課を奏上され、やがて都に召し還されることもあろうから、ここに淹留して白蘋を詠じていることなどしているわけにはいかないのだ。

「奏」奏上すること。

「課」功課。潮州に行って報告書『』を書いて、認められている。《潮州刺史謝上表》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <933  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3649韓愈詩-242-1

「徵拜」都に召し還される。

「淹留」長く同じ場所にとどまること。滞留。滞在。

○「白蘋」白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

《過始興江口感懷》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <960>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3784韓愈詩-255

韓愈《過始興江口感懷》 始興江口に来て、韶州というところを思い出してみると子供のころ長兄にしたがってこの地に来たのである。今またこうして南に遣って来たのは、その頃のものは誰もいなくてわたし一人だけになっている。


2014年2月21日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(10)(宮殿の造営)#4-1 文選 賦<114―(10)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1047 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3783
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《過始興江口感懷》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <960>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3784韓愈詩-255
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-34-2 《水檻―#2》 ふたたび成都 杜甫<665-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3785 杜甫詩1000-665-2-951/1500770
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 292 《早赴街西行香,贈盧、李二中舍人》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3786 (02/21)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 『花間集」 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(1)温庭筠の詩目次
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《過始興江口感懷〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <960>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3784韓愈詩-255

 

 

年:819  元和十四年  52

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 過始興江口感懷〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕

地點:  始興江口 (嶺南道東部 韶州 始興)     

2潮州広東00 

過始興江口感懷

(始興江口を過ぎての感懷)

〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕

〔韓愈の兄韓會は大曆十に年起居舍人から罪によって韶州刺史に貶められ,韓愈は大曆十四年,韓會に隨って左遷の任地行ったのである,その時歳は十であった。是に至って潮州に貶られ,道を始興を過ぎる,感有っての作。i23

憶作兒童隨伯氏,南來今只一身存。 

始興江口に来て、韶州というところを思い出してみると子供のころ長兄にしたがってこの地に来たのである。今またこうして南に遣って来たのは、その頃のものは誰もいなくてわたし一人だけになっている。

目前百口還相逐,舊事無人可共論。 

こうして私のこの旅のお供をして面前を行ったり来たり、旅を一緒にする人が大勢いるけれども、昔のことを語り合えるものは誰もいないのだ。

 

(始興江口を過ぎての感懷)

〔大曆十四年,起居舍人韓會は罪を以て貶められ韶刺史とし,愈は會に隨いて遷とす,時に年十なり。是に至て潮州に貶れ,道は始興を過ぎて,感有って作る。〕
憶う 兒童たりし作り伯氏に隨いしを,南に來って今 只だ一身存するのみ。 

目前の百口 還た相い逐えども,舊事 人 共に論ず可きもの 無し。


隋堤01

『過始興江口感懷』 現代語訳と訳註

(本文)

過始興江口感懷
〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕 

憶作兒童隨伯氏,南來今只一身存。 

目前百口還相逐,舊事無人可共論。 

 

(下し文)

(始興江口を過ぎての感懷)

憶う 兒童たりし作り伯氏に隨いしを,南に來って今 只だ一身存するのみ。 

目前の百口 還た相い逐えども,舊事 人 共に論ず可きもの 無し。 

 

(現代語訳)

(始興江口を過ぎての感懷)

〔韓愈の兄韓會は大曆十に年起居舍人から罪によって韶州刺史に貶められ,韓愈は大曆十四年,韓會に隨って左遷の任地行ったのである,その時歳は十であった。是に至って潮州に貶られ,道を始興を過ぎる,感有っての作。i23

始興江口に来て、韶州というところを思い出してみると子供のころ長兄にしたがってこの地に来たのである。今またこうして南に遣って来たのは、その頃のものは誰もいなくてわたし一人だけになっている。

こうして私のこの旅のお供をして面前を行ったり来たり、旅を一緒にする人が大勢いるけれども、昔のことを語り合えるものは誰もいないのだ。

 

(訳注)

過始興江口感懷

(始興江口を過ぎての感懷)

〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕

〔韓愈の兄韓會は大曆十に年起居舍人から罪によって韶州刺史に貶められ,韓愈は大曆十四年,韓會に隨って左遷の任地行ったのである,その時歳は十であった。是に至って潮州に貶られ,道を始興を過ぎる,感有っての作。i23

韓會は大曆十四年三月、罪を以て左遷された。

2潮州広東00 

憶作 兒童 伯氏 ,南來 今只 一身

始興江口に来て、韶州というところを思い出してみると子供のころ長兄にしたがってこの地に来たのである。今またこうして南に遣って来たのは、その頃のものは誰もいなくてわたし一人だけになっている。

「伯氏」親人眷屬、長兄。

 

 

目前 百口 相逐 ,舊事 無人 可共論

こうして私のこの旅のお供をして面前を行ったり来たり、旅を一緒にする人が大勢いるけれども、昔のことを語り合えるものは誰もいないのだ。

「目前」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、目前。

「百口」百人。ここでは大勢の人をいう。

「「相逐」追いつ追われつする。ここでは一緒に旅をすること。

「舊事」昔のこと。

「共論」ともに論じあえること。

《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <959>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3779韓愈詩-254

韓愈〔晚次宣溪,二首之二〕貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。


2014年2月20日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(9)#3-2 文選 賦<114―(9)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1046 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3778
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <959>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3779韓愈詩-254
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-34-1 《水檻―#1》 ふたたび成都 杜甫<665-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3780 杜甫詩1000-665-1-950/1500769
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 291 《遊城南十六首:遣興》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3781 (02/20)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -20 漁父一首 其一 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-447-12-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3782
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <959  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3779韓愈詩-254

 

 

年:819  元和十四年  52

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕 

及地點:  宣溪 (嶺南道東部 韶州 韶州)     

韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東     

交遊人物: 張蒙

韓愈の地図01 

 

晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)その二
兼金那足比清文,百首相隨愧使君。 

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。

俱是嶺南巡管莫欺荒僻斷知聞。 

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。 

兼金も那んぞ清文を比するに足らん,百首 相い隨って 使君に愧ず。 

俱に是れ 嶺南巡管の荒僻に欺むかれて、知聞を斷つこと莫れ。 

葵00 

晚次宣溪,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

晚次宣溪,二首之一

韶州南去接宣溪,雲水蒼茫日向西。 

客淚數行先自落,鷓鴣休傍耳邊啼。 

 

(下し文)

(晚に宣溪を次【よぎ】り韶州【しょうしゅう】張端公 使君【しくん】書を惠し別を敘するを【かたじけの】辱うし、句二章を以て酬ゆ,二首の一)

韶州 南に去れば 宣溪に接【むか】い,雲水 蒼茫 日 西に向う。 

客の淚 先ず自ら落ちる 數行なり,鷓鴣【しゃこ】耳邊【じへん】に傍うて啼くを休めよ。 

 

(現代語訳)

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)その二

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。

 

(訳注)

晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之二

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)その二

○宣溪は嶺南道韶州府城の南80里にある。819  元和十四年  52の夏にこの詩を作る。

○張の名は曙 端公は、御史中丞、使君は刺史で、この時、韶州の刺史たる人であった。

○この詩は、韓愈が晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作ったということである。

 

兼金 那足比 清文 ,百首 相隨 使君。

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。

「兼金」金の上にさらに黄金で飾ったようなひとである。

 

俱是 嶺南 巡管 ,莫欺 荒僻 知聞

しかし、潮州も、韶州も同じ嶺南節度使の管轄区域内で,そんなにも隔てているわけでもないから、辺鄙で荒れ果てているということにかまけて折角知り合ったのにそのまま音信不通になることがないようにしましょう。

「嶺南 巡管 」潮州も、韶州も同じ嶺南節度使の管轄区域内

「荒僻」辺鄙で荒れ果てているということ。
2潮州広東00 

《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <958>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3774韓愈詩-253

韓愈〔晚次宣溪,二首之一〕韶州から南に進んでいけばその地は宣渓に向って接続する。折から、雲と渓谷の水が繋がっているほど蒼茫として、日は西に向かって傾き暮れて行こうとしている。行き行きては八十里ここにお出ましになるのも容易ではないからということでわざわざ書簡をお送りいただいて感謝に堪えない次第であります。

2014年2月19日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(8)(帝都の計画)#3-1 文選 賦<114―(8)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1045 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3773
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <958>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3774韓愈詩-253
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-33-2 《 破船ー#2》 ふたたび成都 杜甫<664-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3775 杜甫詩1000-664-2-949/1500768
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 290 《遊城南十六首:楸樹》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3776 (02/19)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -19 柳枝三首 其三 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-446-12-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3777
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <958  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3774韓愈詩-253

 

 

年:819  元和十四年  52

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕

地點:  宣溪 (嶺南道東部 韶州 韶州)  / 韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東     

交遊人物: 張蒙


 

晚次宣溪,二首之一

晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之一

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)

韶州南去接宣溪,雲水蒼茫日向西。 

韶州から南に進んでいけばその地は宣渓に向って接続する。折から、雲と渓谷の水が繋がっているほど蒼茫として、日は西に向かって傾き暮れて行こうとしている。

客淚數行先自落,鷓鴣休傍耳邊啼。 

行き行きては八十里ここにお出ましになるのも容易ではないからということでわざわざ書簡をお送りいただいて感謝に堪えない次第であります。それは今も、この頬に涙が数行、自然に流れてやまないほどであり、そこへ鷓鴣が耳の傍で鳴いていて、ますます絶えることが出来なくなるので、しばらく休めと言っているのであります。

 

〔晚次宣溪,二首之一〕

(晚に宣溪を次【よぎ】り韶州【しょうしゅう】張端公 使君【しくん】書を惠し別を敘するを【かたじけの】辱うし、句二章を以て酬ゆ,二首の一)

韶州 南に去れば 宣溪に接【むか】い,雲水 蒼茫 日 西に向う。 

客の淚 先ず自ら落ちる 數行なり,鷓鴣【しゃこ】耳邊【じへん】に傍うて啼くを休めよ。 

韓愈の地図01 

 

晚次宣溪,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

晚次宣溪,二首之一

韶州南去接宣溪,雲水蒼茫日向西。 

客淚數行先自落,鷓鴣休傍耳邊啼。 

 

(下し文)

(晚に宣溪を次【よぎ】り韶州【しょうしゅう】張端公 使君【しくん】書を惠し別を敘するを【かたじけの】辱うし、句二章を以て酬ゆ,二首の一)

韶州 南に去れば 宣溪に接【むか】い,雲水 蒼茫 日 西に向う。 

客の淚 先ず自ら落ちる 數行なり,鷓鴣【しゃこ】耳邊【じへん】に傍うて啼くを休めよ。 

 

(現代語訳)

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)

韶州から南に進んでいけばその地は宣渓に向って接続する。折から、雲と渓谷の水が繋がっているほど蒼茫として、日は西に向かって傾き暮れて行こうとしている。

行き行きては八十里ここにお出ましになるのも容易ではないからということでわざわざ書簡をお送りいただいて感謝に堪えない次第であります。それは今も、この頬に涙が数行、自然に流れてやまないほどであり、そこへ鷓鴣が耳の傍で鳴いていて、ますます絶えることが出来なくなるので、しばらく休めと言っているのであります。

 

(訳注)

晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以句二章,二首之一

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)

○宣溪は嶺南道韶州府城の南80里にある。819  元和十四年  52の夏にこの詩を作る。

○張の名は曙 端公は、御史中丞、使君は刺史で、この時、韶州の刺史たる人であった。

○この詩は、韓愈が晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作ったということである。

 

韶州 南去 接宣溪 ,雲水 蒼茫 日向 西

韶州から南に進んでいけばその地は宣渓に向って接続する。折から、雲と渓谷の水が繋がっているほど蒼茫として、日は西に向かって傾き暮れて行こうとしている。

「韶州」(g-22)韶州。

「宣溪」語義類別:地、地名、河湖地名(江河溪流)、宣溪。

「雲水」茫茫として蒼茫としていて、急流で雲に続く様な渓谷である。天に続くほどではないということ。。

「蒼茫」蒼茫の用語解説 - [ト・タル][文][形動タリ]1 見渡すかぎり青々として広いさま。「―たる大海」2 ほの暗いさま。

 

客淚 數行 自落 ,鷓鴣 休傍 耳邊

行き行きては八十里ここにお出ましになるのも容易ではないからということでわざわざ書簡をお送りいただいて感謝に堪えない次第であります。それは今も、この頬に涙が数行、自然に流れてやまないほどであり、そこへ鷓鴣が耳の傍で鳴いていて、ますます絶えることが出来なくなるので、しばらく休めと言っているのであります。

「客淚」手紙をもらった客、韓愈。

「數行」手紙をもらったことが嬉しくて流す涙。

「鷓鴣」キジ科シャコ属の鳥の総称。茶褐色の羽毛をもつものが多く、コジュケイに似る。約40種がアフリカ・アジア・ヨーロッパに分布。鈎輈【こうちゅう】 力強く鳴く鷓鴣のなきごえ。『本草鷓鴣』「集解、孔志約曰、鷓鴣生江南、形似る母鷄、鳴けば云う鈎輈格磔亅。」(集解、孔志約曰く、鷓鴣は江南に生ず、形母鷄に似る、鳴けば鈎輈格磔【かくたく】と云う)。
2潮州広東00

《題臨瀧寺》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <957>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3769韓愈詩-252

韓愈(臨瀧寺に題す)長安を離れて知らぬ間に既に五千里の遠き地まで来てしまった。この地のことは『隴吏』に述べたが、旅で疲れ果て、衰病の身を助けて、早瀬を下る船に乗り込んだものだ。潮州がいかなるところであるか私はまだその地に到着しないものの能くその地の風土がすごしやすいものと希望して喜んでいる。ただここ湊水23を見渡す限り、海氣昏昏として起ちこめ、逆巻く急流の流れは空を打つばかりのまことにものすごく恐ろしい所である。


2014年2月18日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(7)#2-4 文選 賦<114―(7)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1044 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3768
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《題臨瀧寺》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <957>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3769韓愈詩-252
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-33-1 《 破船ー#1》 ふたたび成都3240 杜甫<664-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3770 杜甫詩1000-664-1-948/1500767
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 289 《遊城南十六首:嘲少年》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3771 (02/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -18 柳枝三首  其二 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-445-12-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3772
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《題臨瀧寺》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <957>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3769韓愈詩-252

 

 

年:  819  元和十四年  52

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 題臨瀧寺 

及地點: 臨瀧寺 (嶺南道東部 韶州 韶州)

        潮陽 (嶺南道東部 潮州 潮陽)     

 

 

題臨瀧寺 

(臨瀧寺に題す)

不覺離家已五千,仍將衰病入瀧船。 

長安を離れて知らぬ間に既に五千里の遠き地まで来てしまった。この地のことは『隴吏』に述べたが、旅で疲れ果て、衰病の身を助けて、早瀬を下る船に乗り込んだものだ。

潮陽未到吾能海氣昏昏水拍天。 

潮州がいかなるところであるか私はまだその地に到着しないものの能くその地の風土がすごしやすいものと希望して喜んでいる。ただここ湊水23を見渡す限り、海氣昏昏として起ちこめ、逆巻く急流の流れは空を打つばかりのまことにものすごく恐ろしい所である。

 

臨瀧寺に題す 

覺えず 家を離れて已に五千,仍お衰病を將って瀧船に入る。 

潮陽 未だ到らず 吾れ能く【よろこ】び海氣 昏昏として水 天を拍つ。 

 

 

『題臨瀧寺』 現代語訳と訳註

(本文)

題臨瀧寺 

不覺離家已五千,仍將衰病入瀧船。 

潮陽未到吾能海氣昏昏水拍天。 

 

(下し文)

臨瀧寺に題す 

覺えず 家を離れて已に五千,仍お衰病を將って瀧船に入る。 

潮陽 未だ到らず 吾れ能く【よろこ】び,海氣 昏昏として水 天を拍つ。 

 

(現代語訳)

(臨瀧寺に題す)

長安を離れて知らぬ間に既に五千里の遠き地まで来てしまった。この地のことは『隴吏』に述べたが、旅で疲れ果て、衰病の身を助けて、早瀬を下る船に乗り込んだものだ。

潮州がいかなるところであるか私はまだその地に到着しないものの能くその地の風土がすごしやすいものと希望して喜んでいる。ただここ湊水23を見渡す限り、海氣昏昏として起ちこめ、逆巻く急流の流れは空を打つばかりのまことにものすごく恐ろしい所である。

幻日環01 

 

(訳注)

題臨瀧寺 

臨瀧は韶州にある県名。現在は曲江県に属す。寺のことは見えないが韓愈『隴吏』と同じ時期、同じ場所である。場所名をとった寺であるが、現在までには廃絶されてない。韓愈が韶州を過る際に作ったもの。

 

不覺離家已五千,仍將衰病入瀧船。 

長安を離れて知らぬ間に既に五千里の遠き地まで来てしまった。この地のことは『隴吏』に述べたが、旅で疲れ果て、衰病の身を助けて、早瀬を下る船に乗り込んだものだ。

 

潮陽未到吾能,海氣昏昏水拍天。 

潮州がいかなるところであるか私はまだその地に到着しないものの能くその地の風土がすごしやすいものと希望して喜んでいる。ただここ湊水23を見渡す限り、海氣昏昏として起ちこめ、逆巻く急流の流れは空を打つばかりのまことにものすごく恐ろしい所である。

2潮州広東00

 

 

 

不覺離家已五千,仍將衰病入瀧船。

潮陽未到吾能【潮州未到吾能】【潮陽未到人先】【潮州未到人先】,海氣昏昏水拍天。 

 

《次鄧州界》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <956>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3764韓愈詩-251

《次鄧州界》潮州の潮陽はここから南へ行き、賈誼の貶められた長沙までの倍の道のりもあるというが、この身は旅中にあって、絶えず天子のことを思い、また家のことを思うと絶えることが出来ない気持ちになる。そういっても、愁いが来ればこの心をひたすら熱して、火を貯えるのかと疑われ、眼は散々泣き腫らしたから、別後、おのずから花を添えてなぐさめるようなものなのだろう。


2014年2月17日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(6) #2-3 文選 賦<114―(6)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1043 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3763
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《次鄧州界》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <956>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3764韓愈詩-251
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-32 《四松#3》 ふたたび成都 杜甫<663-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3765 杜甫詩1000-663-3-947/1500766
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 288 《遊城南十六首:把酒》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3766 (02/17)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -17 柳枝三首  其一 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-444-12-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3767
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

  

《次鄧州界》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <956  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3764韓愈詩-251

 

 

年: 元和十四年  819  52

卷別: 卷三四四  文體: 七言律詩 

詩題: 次鄧州界 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  鄧州 (山南東道 鄧州 鄧州)     

潮陽 (嶺南道東部 潮州 潮陽)     

潭州 (江南西道 潭州 潭州) 別名:潭州     

商山 (山南東道 商州 商州) 別名:南山、地肺山、楚山、商顏     

 

 

次鄧州界

(武関を通り過ぎてから、鄧州の界に休息したときに作ったもの)

潮陽南去倍長沙,戀闕那堪又憶家。 

潮州の潮陽はここから南へ行き、賈誼の貶められた長沙までの倍の道のりもあるというが、この身は旅中にあって、絶えず天子のことを思い、また家のことを思うと絶えることが出来ない気持ちになる。

心訝愁來惟貯火,眼知別後自添花。 

そういっても、愁いが来ればこの心をひたすら熱して、火を貯えるのかと疑われ、眼は散々泣き腫らしたから、別後、おのずから花を添えてなぐさめるようなものなのだろう。

商顏暮雪逢人少,鄧鄙春泥見驛 

商山には残雪も多くまだ積もっていて、春猶寒く、行き交う旅人もきわめて少なく、鄧州は辺鄙なところで、雪解けの泥道がぬかるみ、宿場駅はなかなか遠いように感じられる。

早晚王師收海嶽,普將雷雨發萌芽。 

ここらあたりの潘鎮は、なお、王命に服しないものがあるというが、何時、王師はこれらをことごとく平定し、海山を改めて一つにし、そして、この天下に雷雨によって恵みを降らせたまいて、すべての草木が勢いよく成長することを願うのである。

 

(鄧州の界を次【よぎ】る)

潮陽 南に去って長沙に倍す,闕を戀う 那んぞ堪えん 又た家を憶うを。

心訝【いぶか】る 愁い來って惟だ火を貯うるを,眼は知る 別後 自ら花を添うるを。

商顏の暮雪 人に逢うこと少く,鄧鄙の春泥 驛を見ること【はるか】なり

早晚 王師 海嶽を收め,普【あま】ねく雷雨を將って萌芽を發せん。 

終南山06 

 

『次鄧州界』 現代語訳と訳註

(本文)

次鄧州界

潮陽南去倍長沙,戀闕那堪又憶家。 

心訝愁來惟貯火,眼知別後自添花。 

商顏暮雪逢人少,鄧鄙春泥見驛 

早晚王師收海嶽,普將雷雨發萌芽。 

 

(下し文)

(鄧州の界を次【よぎ】る)

潮陽 南に去って長沙に倍す,闕を戀う 那んぞ堪えん 又た家を憶うを。

心訝【いぶか】る 愁い來って惟だ火を貯うるを,眼は知る 別後 自ら花を添うるを。

商顏の暮雪 人に逢うこと少く,鄧鄙の春泥 驛を見ること【はるか】なり

早晚 王師 海嶽を收め,普【あま】ねく雷雨を將って萌芽を發せん。 

 

 

(現代語訳)

(武関を通り過ぎてから、鄧州の界に休息したときに作ったもの)

潮州の潮陽はここから南へ行き、賈誼の貶められた長沙までの倍の道のりもあるというが、この身は旅中にあって、絶えず天子のことを思い、また家のことを思うと絶えることが出来ない気持ちになる。

そういっても、愁いが来ればこの心をひたすら熱して、火を貯えるのかと疑われ、眼は散々泣き腫らしたから、別後、おのずから花を添えてなぐさめるようなものなのだろう。

商山には残雪も多くまだ積もっていて、春猶寒く、行き交う旅人もきわめて少なく、鄧州は辺鄙なところで、雪解けの泥道がぬかるみ、宿場駅はなかなか遠いように感じられる。

ここらあたりの潘鎮は、なお、王命に服しないものがあるというが、何時、王師はこれらをことごとく平定し、海山を改めて一つにし、そして、この天下に雷雨によって恵みを降らせたまいて、すべての草木が勢いよく成長することを願うのである。

 

(訳注)

次鄧州界

(武関を通り過ぎてから、鄧州の界に休息したときに作ったもの)

鄧州南陽郡は山南東道に属す。この詩は、武関を通り過ぎてから、鄧州の界に休息したときに作ったものである。

 

潮陽南去倍長沙,戀闕那堪又憶家。 

潮州の潮陽はここから南へ行き、賈誼の貶められた長沙までの倍の道のりもあるというが、この身は旅中にあって、絶えず天子のことを思い、また家のことを思うと絶えることが出来ない気持ちになる。

倍長沙 長沙に左遷され中央に戻された賈誼のことを例にとる。前漢文帝に仕えた文臣。若くして洛陽の秀才とうたわれ,文帝の新政に抜擢されて最年少の博士からさらに太中大夫となった。そこで漢王朝の基礎を固める諸制度の改革に乗り出し,文帝もさらに公卿に任じようとしたが,保守的な元老にはばまれ,ついに失脚して長沙に左遷された。その後また召し返され,文帝の子の梁王の太傅(たいふ)となったが,ほどなく梁王が落馬して死に,1年余ののち彼も33歳で死んだ。著述は58編あったといわれるが,現存の《新書》58編はそのままのものでなく,《漢書》賈誼伝や食貨志などの引用文が重要である。

戀闕 ここでは、天子を指す。古代中国の宮殿,祠廟,陵墓などの門前の両脇に張り出して左右対称に設けられた望楼。中間が闕然として何もないことから,その名がある。闕の名称は西周時代の文献にすでに見える。一般に高い基壇の上に楼閣を立てたが,のちには石造でそのかたちをかたどったもの。天子、帝王あるいは貴人の名が出たとき,これを尊敬していう。

 

心訝愁來惟貯火,眼知別後自添花。 

そういっても、愁いが来ればこの心をひたすら熱して、火を貯えるのかと疑われ、眼は散々泣き腫らしたから、別後、おのずから花を添えてなぐさめるようなものなのだろう。

 

商顏暮雪逢人少,鄧鄙春泥見驛 

商山には残雪も多くまだ積もっていて、春猶寒く、行き交う旅人もきわめて少なく、鄧州は辺鄙なところで、雪解けの泥道がぬかるみ、宿場駅はなかなか遠いように感じられる。

商顏 商山は長安の東南商州にある山の名、漢の高祖の時四人の老人があり秦の乱をさけでその山に隠れ芝を採ってくらした。中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。みな鬚眉(しゅび)が皓白(こうはく)の老人であったのでいう。

暮雪 春の根雪、冬の積雪が盛春を過ぎようとするのに残雪としてのこっていること。

 

早晚王師收海嶽,普將雷雨發萌芽。 

ここらあたりの潘鎮は、なお、王命に服しないものがあるというが、何時、王師はこれらをことごとく平定し、海山を改めて一つにし、そして、この天下に雷雨によって恵みを降らせたまいて、すべての草木が勢いよく成長することを願うのである。
安陸・南陽・嚢陽 李白00

《武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <955> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3759韓愈詩-250

(武関の西で流罪に処津汚れたチベット人に出会ったときの詩)ああ、お前たち異民族であるチベット人よ そういたましげにするな。お前たちの流される湖南で、それも近い土地だからいのちに別条はないだろうから、そう慘然として歎き悲しむには及ぶまい。わたしは今罪が重くて、長安を去ってひとすじに行くみちのりは八千里の彼方である潮州に流されるのである。到底長安に召し返される望みは無いくらいなのだ、これにくらべれてみれば、少しは、自ら慰めることにはなるまいか。


2014年2月16日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(5) #2-2 文選 賦<114―(5)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1042 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3758
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <955> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3759韓愈詩-250
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-31 《四松#2》 ふたたび成都 杜甫<671> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3760 杜甫詩1000-671-946/1500765
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 287 《遊城南十六首:出城》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3761 (02/16)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -16 採桑子一首  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-443-12-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3762
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

  

《武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <955 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3759韓愈詩-250

 

 

作時年:  819  元和十四年  52

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕 

作地點: 武關(山南東道 / 商州 / 武關

及地點: 長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     

 

 

武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕

(武関の西で流罪に処津汚れたチベット人に出会ったときの詩)

嗟爾戎人莫慘然,湖南地近保生全。 

ああ、お前たち異民族であるチベット人よ そういたましげにするな。お前たちの流される湖南で、それも近い土地だからいのちに別条はないだろうから、そう慘然として歎き悲しむには及ぶまい。

我今罪重無歸望,直去長安路八千。 

わたしは今罪が重くて、長安を去ってひとすじに行くみちのりは八千里の彼方である潮州に流されるのである。到底長安に召し返される望みは無いくらいなのだ、これにくらべれてみれば、少しは、自ら慰めることにはなるまいか。

 

(武關の西に配流の吐蕃に逢う)

〔潮州に謫さるる時の途中作〕

嗟あ、爾じ 戎人 慘然たること莫れ,湖南は地 近くして生を保つことを全からん。

我れ今 罪重うして 歸る望み無し,直ちに長安を去ること路 八千。

toujidaimap 

 

『武關西逢配流吐蕃』 現代語訳と訳註

(本文)

武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕

嗟爾戎人莫慘然,湖南地近保生全。 

我今罪重無歸望,直去長安路八千。 

 

(下し文)

(武關の西に配流の吐蕃に逢う)

〔潮州に謫さるる時の途中作〕

嗟あ、爾じ 戎人 慘然たること莫れ,湖南は地 近くして生を保つことを全からん。

我れ今 罪重うして 歸る望み無し,直ちに長安を去ること路 八千。

 

(現代語訳)

(武関の西で流罪に処津汚れたチベット人に出会ったときの詩)

ああ、お前たち異民族であるチベット人よ そういたましげにするな。お前たちの流される湖南で、それも近い土地だからいのちに別条はないだろうから、そう慘然として歎き悲しむには及ぶまい。

わたしは今罪が重くて、長安を去ってひとすじに行くみちのりは八千里の彼方である潮州に流されるのである。到底長安に召し返される望みは無いくらいなのだ、これにくらべれてみれば、少しは、自ら慰めることにはなるまいか。

 

(訳注)

武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕

(武関の西で流罪に処津汚れたチベット人に出会ったときの詩)

武関西逢配流吐蕃 緯愈が潮州へ貶せられて行く途中、武関の西で流罪に処せられたチベット人に出会ったときの詩。韓愈五十一歳、819年元和十四年正月の作。武関は、今の陝西省商許県の西にある関所。配流は、流罪に処せられること。配も、流刑のことである。吐蕃は1チベット人。唐代、安史の乱後、西方の異民族の国家中、最も力のあったのは、回紇と吐蕃で、絶えず唐の領内に侵入して来ていた。吐蕃は、818年前年元和十三月に、今の寧夏省東南部に人馬して来ているから、今配流せられて行くチベット人たちは、その時の捕虜かもしれない。

 

嗟爾 戎人 莫慘然 ,湖南 地近 保生 全。

ああ、お前たち異民族であるチベット人よ そういたましげにするな。お前たちの流される湖南で、それも近い土地だからいのちに別条はないだろうから、そう慘然として歎き悲しむには及ぶまい。。

戎人 西方の異民族を戎といった。吐蕃は西方の異民族である。

湖南 今の湖南省。吐蕃の配流される土地である。

惨然 痛ましげなさま。

 

我今罪重無歸望,直去長安路八千。 

わたしは今罪が重くて、長安を去ってひとすじに行くみちのりは八千里の彼方である潮州に流されるのである。到底長安に召し返される望みは無いくらいなのだ、これにくらべれてみれば、少しは、自ら慰めることにはなるまいか。

帰望 長安に帰って来る希望。

直 ずっとまっすぐ。

八千 潮州は、韓愈の未達された土地。八千は、八千里(1km=0.576m約四千キロメートル)、韓愈はあっちに寄り、こっちに寄るために倍くらいの距離を移動しているもの。唐代の地理を書いた「元和郎県志」にょれは、長安から潮州まで、直線五千六百二十五里(3,240km)で、八千里まではない。旅程を述べる『通典』によれば七千六百六十七里とされていることから、この表示は正確なものであったのである。

『左遷至藍關示姪孫湘』〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕

一封朝奏九重天,夕貶潮州路八千。 

欲為聖朝除弊事,肯將衰朽惜殘年。  

雲橫秦嶺家何在,雪擁藍關馬不前。 

知汝遠來應有意,好收吾骨瘴江邊。  
2蜀の山00 

左遷至藍關示姪孫湘〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕》117韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <954>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3754韓愈詩-249

韓愈《左遷至藍關示姪孫湘》 朝に上奏文を一通、九重おく深い天子さまの宮居にたてまつった。すると夕べには八千里も路程のある潮州に流されることになった。聖明な天子さまのために悪弊を除きたいと思えばこそで、衰えはてた身なのに、今さら老いぼれの年を惜しもうとは思わない。


2014年2月15日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(4)(長安の地勢) #2-1 文選 賦<114―(4)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1041 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3753
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
左遷至藍關示姪孫湘〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕》117韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <954>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3754韓愈詩-249
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-30 《四松#1》再び成都 杜甫<670> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3755 杜甫詩1000-670-945/1500764
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 286 《遊城南十六首:晚雨》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3756 (02/15)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -15 春光好二首 其二 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-442-12-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3757
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

左遷至藍關示姪孫湘〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕》117韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <954  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3754韓愈詩-249

 

 

年:  819  元和十四年  52

卷別: 卷三四四  文體: 七言律詩 

詩題: 左遷至藍關示姪孫湘〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕 

作地點: 藍田關(京畿道 / 京兆府 / 藍田

及地點: 藍田關 (京畿道 京兆府 藍田) 別名:藍關     

潮州 (嶺南道東部 潮州 潮州)     

秦嶺 (京畿道 京兆府 藍田)     

九重 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

左遷至藍關示姪孫湘

(左遷され潮州に赴く途中、長安東南の初めての関、藍田関に到着したので姪孫韓湘にこの詩を示す)

〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕

姪孫は、兄弟の孫。湘は、その名。韓湘(794-未詳)は、韓愈の次兄韓介の孫、十二郎韓老成(未詳-803年)の子である。長慶三年(823年)進士になった。
一封朝奏九重天,夕貶潮州路八千。 

朝に上奏文を一通、九重おく深い天子さまの宮居にたてまつった。すると夕べには八千里も路程のある潮州に流されることになった。

欲為聖朝除弊事,肯將衰朽惜殘年。 

聖明な天子さまのために悪弊を除きたいと思えばこそで、衰えはてた身なのに、今さら老いぼれの年を惜しもうとは思わない。

雲橫秦嶺家何在,雪擁藍關馬不前。 

雲は秦嶺山脈にたなびき、わたしの家はどこにあるかもう分からない、雪は藍田関をうずめつくして、わたしの馬は進まない。

知汝遠來應有意,好收吾骨瘴江邊。 

おまえがはるばるやって来たのはきっと何かのつもりあってのことだとわたしには分かる、それならわたしの骨を瘴気たちこめる大江のほとりでとり収めてくれればよいのだ。

 

(左遷されて藍關に至り姪孫【てつそん】湘に示す。)

〔湘は,愈の姪十二郎の子なり,長慶三年の進士に第し登るもの。〕

一封 朝に奏す 九重の天、夕べに潮州に貶せらる 路八千。

聖明の為に弊事を除かんと欲っし、肯えて衰朽を将って残年を惜しまんや。

雲は秦嶺に横たわって家何くにか在る、雪は藍蘭を擁して馬前まず。

知んぬ 汝が遠く来たる 応に意有るべし、好し 吾が骨を瘴江の辺に収めよ。

終南山06 

 

『左遷至藍關示姪孫湘』 現代語訳と訳註

(本文)

左遷至藍關示姪孫湘

〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕

一封朝奏九重天,夕貶潮州路八千。 

欲為聖朝除弊事,肯將衰朽惜殘年。 

雲橫秦嶺家何在,雪擁藍關馬不前。 

知汝遠來應有意,好收吾骨瘴江邊。 

 

(下し文)

(左遷されて藍關に至り姪孫【てつそん】湘に示す。)

〔湘は,愈の姪十二郎の子なり,長慶三年の進士に第し登るもの。〕

一封 朝に奏す 九重の天、夕べに潮州に貶せらる 路八千。

聖明の為に弊事を除かんと欲っし、肯えて衰朽を将って残年を惜しまんや。

雲は秦嶺に横たわって家何くにか在る、雪は藍蘭を擁して馬前まず。

知んぬ 汝が遠く来たる 応に意有るべし、好し 吾が骨を瘴江の辺に収めよ。

 

(現代語訳)

(左遷され潮州に赴く途中、長安東南の初めての関、藍田関に到着したので姪孫韓湘にこの詩を示す)

朝に上奏文を一通、九重おく深い天子さまの宮居にたてまつった。すると夕べには八千里も路程のある潮州に流されることになった。

聖明な天子さまのために悪弊を除きたいと思えばこそで、衰えはてた身なのに、今さら老いぼれの年を惜しもうとは思わない。

雲は秦嶺山脈にたなびき、わたしの家はどこにあるかもう分からない、雪は藍田関をうずめつくして、わたしの馬は進まない。

おまえがはるばるやって来たのはきっと何かのつもりあってのことだとわたしには分かる、それならわたしの骨を瘴気たちこめる大江のほとりでとり収めてくれればよいのだ。

韓愈の地図01 

(訳注)

左遷至藍關示姪孫湘

(左遷され潮州に赴く途中、長安東南の初めての関、藍田関に到着したので姪孫韓湘にこの詩を示す)

左遷至農園示姪孫湘 ・左遷:官位を下げられること。むかし、中国では、右を尊んで、左を卑しいとしたところからいう。

ここは、韓愈が、憲宗皇帝(李純)の仏骨を迎えたのに反対して、「仏骨を論ずる表」をたてまつったため、皇帝の激怒を買い、刑部侍郎(刑法をつかさどる役所の次官)から、潮州(今の広東省潮川市)の刺史(州の長官)に転任させられたことをいう。藍関は、藍田関。首都長安から東南にあたる藍田縣(今の陝西省藍田県)の峡谷にある。長安から華中華南へ行く山越えの街道にあたっていた。

 

韓愈が潮州刺史に発令されたのが正月十四日、その日にさっそく出発している。この年正月十四日は、太陽暦では二月十二日になるから、彼れが藍田関に分け入ったとき、雪が深く積もっていたことは、十分想像できる。

 

〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕

姪孫は、兄弟の孫。湘は、その名。韓湘(794-未詳)は、韓愈の次兄韓介の孫、十二郎韓老成(未詳-803年)の子である。長慶三年(823年)進士になった。
神仙の術を学んだといわれ、八仙の一人に数えられている。この詩は、潮州へ流され行く途中、藍田関についたとき、韓湘に示した詩であって、韓愈五十二歳、元和十四年(
819年)正月(旧暦)十四日から二三日のうちの作である。

 

一封朝奏九重天,夕貶潮州路八千。 

朝に上奏文を一通、九重おく深い天子さまの宮居にたてまつった。すると夕べには八千里も路程のある潮州に流されることになった。

一封 一通の上奏。封は、封事。天子に上奏する文は、秘密を保つため、黒い袋に封じこまれてたてまつられたので、封事といった。ここは、「仏骨を論ずる表」をさす。

奏 天子に進言する。

九重天 天子の住む宮殿。天子の門が九つあり、また天が九重であるとされ、天子を天に此するところからいう。

夕貶 朝奏とあって、夕貶と受けるように、この時の韓愈に対する処分は、非常にすみやかであった。・貶:官位を下げられること。

潮川路八干 潮州は、韓愈の未達された土地。八千は、八千里(1km=0.576m約四千キロメートル)、韓愈はあっちに寄り、こっちに寄るために倍くらいの距離を移動しているもの。唐代の地理を書いた「元和郎県志」にょれは、長安から潮州まで、直線五千六百二十五里(3,240km)で、八千里まではない。旅程を述べる『通典』によれば七千六百六十七里とされていることから、この表示は正確なものであったのである。

 

欲為聖朝除弊事,肯將衰朽惜殘年。 

聖明な天子さまのために悪弊を除きたいと思えばこそで、衰えはてた身なのに、今さら老いぼれの年を惜しもうとは思わない。

聖明 聖明な天子。憲宗皇帝をさす。聖明は、天子の徳についていうことばで、その道はどこにでも通じ、その明は至るところを照らすことをいう。

弊事 弊害のある事。わるい事。ここは、仏舎利を宮中に迎えることをいう。韓愈は仏教徒になった皇帝は、短命で不運であるということで、仏舎利塔を宮殿内に作るのに反対した「佛骨を論ずる表」を上奏した。《論佛骨表》(1)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <884  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3404韓愈詩-227-1

肯 承知する。妥協する。ここは、反語で、何とかして……しようとなどは思わない、という意。

衰朽 年老いてからだのおとろえていること。

殘年 老いぼれの年。残は、盛りをすぎで、くずれようとする状態をいう。単なる残りというのとは、少こし語感がちがう。敗残というときの残が、よく感じを表わしている。

 

雲橫秦嶺家何在,雪擁藍關馬不前。 

雲は秦嶺山脈にたなびき、わたしの家はどこにあるかもう分からない、雪は藍田関をうずめつくして、わたしの馬は進まない。

秦嶺 終南山を中心とする秦嶺山脈。長安の南側の連山。

家何在 自分の住んでいたなつかしい家がどこにあるだろうか。雲がおおいかくして見えない。

擁 ふさいでまもっている。

応有意 当然何かつもりがあってのことにちがいない。応は、当然をあらわす助辞。

 

知汝遠來應有意,好收吾骨瘴江邊。 

おまえがはるばるやって来たのはきっと何かのつもりあってのことだとわたしには分かる、それならわたしの骨を瘴気たちこめる大江のほとりでとり収めてくれればよいのだ。

好収 収めるがよい。好は、そうした処置(ここでは収)を喜ぶ気持ちを表わすことば。

瘴江 病気をおこすという蒸気の立つ川。特別の川をさすのではなかろう。瘴は、嶺南・華南の高温多湿によって生ずる風土病をひろくいう。
nat0003 

《元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什》115韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <953>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3749韓愈詩-248

《元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什》君が元日の新詩を寄せられたのは去年の元日のことで、はるばる蔡州から、平生のお心くばりのたまもので、私にとってはまことにありがたい幸せな事であり、ご返事を怠っていた私といたしまして慚愧に堪えないものであります。


2014年2月14日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(3) 文選 賦<114―(3)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1040 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3748
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什》115韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <953>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3749韓愈詩-248
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-29 《草堂 #8》 ふたたび成都 杜甫<669> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3750 杜甫詩1000-669-944/1500763
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 285 《遊城南十六首:題韋氏莊》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3751 (02/14)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -14 春光好二首 其一 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-441-12-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3752
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什》115韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <953  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3749韓愈詩-248

 

 

作時年:  819  元和十四年  52

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什 

及地點: 豫州 (河南道 豫州 豫州) 別名:蔡州     

交遊人物: 馬總

 

元日 酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什

(この詩は818年元和13年元日に一詩を韓愈に寄せていたものを翌年の819年元日に唱和したもの。)

元日新詩已去年,蔡州遙寄荷相憐。 

君が元日の新詩を寄せられたのは去年の元日のことで、はるばる蔡州から、平生のお心くばりのたまもので、私にとってはまことにありがたい幸せな事であり、ご返事を怠っていた私といたしまして慚愧に堪えないものであります。

今朝縱有誰人領,自是三峰不敢眠。 

しかし、あの詩が、去年でなく、たとえ今朝ほど到着致したものとしても、だれがその意を領して、御答をしないで居れましょう。ここに今年の元日に至って應酬できることに、やっと心がのびのびできたのであります。

  

(元日 蔡州馬十二尚書の去年の蔡州元日に見寄せられし什に酬ゆ。)

元日の新詩 已に去年のことなり,蔡州より遙かに寄せて相憐を荷う。 

今朝 縱い有りとも誰人か領せん,自ら是れ 三峰 敢えて眠らず。 

 

 

『元日 酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什』 現代語訳と訳註

(本文)

元日 酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什

元日新詩已去年,蔡州遙寄荷相憐。 

今朝縱有誰人領,自是三峰不敢眠。 

 

(下し文)

(元日 蔡州馬十二尚書の去年の蔡州元日に見寄せられし什に酬ゆ。)

元日の新詩 已に去年のことなり,蔡州より遙かに寄せて相憐を荷う。 

今朝 縱い有りとも誰人か領せん,自ら是れ 三峰 敢えて眠らず。 

 

(現代語訳)

(この詩は818年元和13年元日に一詩を韓愈に寄せていたものを翌年の819年元日に唱和したもの。)

君が元日の新詩を寄せられたのは去年の元日のことで、はるばる蔡州から、平生のお心くばりのたまもので、私にとってはまことにありがたい幸せな事であり、ご返事を怠っていた私といたしまして慚愧に堪えないものであります。

しかし、あの詩が、去年でなく、たとえ今朝ほど到着致したものとしても、だれがその意を領して、御答をしないで居れましょう。ここに今年の元日に至って應酬できることに、やっと心がのびのびできたのであります。

 

 

(訳注)

元日 酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什

(この詩は818年元和13年元日に一詩を韓愈に寄せていたものを翌年の819年元日に唱和したもの。)

818年裴度が呉元濟を征伐した。平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)詩がある。

酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

為文無出相如右,謀師難居郤縠先。 

歸去雪銷溱洧動,西來旌旆拂晴天。

文をつくったとしても、あの司馬相如の右に出ることなどとても難しいものだ。戦の廟略・戦略については春秋の文公の家臣、郤縠に先んじることはむつかしい。

君がその地を去って帰って來る頃には雪は解け消えて溱水・洧水は流れているだろう。隊列の旗は晴天の空にはためいて西に進むのである。

〇民本巻十。卷三四四  文體: 七言句呉元済の乱が平定したのち、裴度は現地の事後処理をさせるため副位の馬摠を彰義軍留後としてのこして、他のものはつれて長安に帰ることにした。このとき韓愈が馬摠に贈った詩である。《酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <838  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3174韓愈詩-210

泰山の夕日 

 

元日新詩已去年,蔡州遙寄荷相憐。 

君が元日の新詩を寄せられたのは去年の元日のことで、はるばる蔡州から、平生のお心くばりのたまもので、私にとってはまことにありがたい幸せな事であり、ご返事を怠っていた私といたしまして慚愧に堪えないものであります。

 

今朝縱有誰人領,自是三峰不敢眠。 

しかし、あの詩が、去年でなく、たとえ今朝ほど到着致したものとしても、だれがその意を領して、御答をしないで居れましょう。ここに今年の元日に至って應酬できることに、やっと心がのびのびできたのであります。

三峰 諸説あるが、東嶽の泰山、中嶽の嵩山、西嶽の華山を行ったり来たりする忙しさ、信仰に、儒学者として忙しさを示すもの。

 河南郾城05

《題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <952>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3744韓愈詩-247

韓愈《題楚昭王廟》昭王の清涼に覆われて人をして綃魂せしむるところというべきものであるが、ここが古の王都とはどうしても思えないう位である。しかしこの地で育った楚の国のものは昭王が国の滅亡の瀬戸際から回復させたその旧徳を忘れずに、わずか一間ほどの茅屋ではあるものの、昭王廟としてこれを祀っていて、王の霊を千秋の後までも絶やさず讃えていっているのである。

2014年2月13日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(2) 文選 賦<114―(2)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1039 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3743
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(2) 文選 賦<114―(2)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1039 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3743
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 《題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <952>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3744韓愈詩-247
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 284 《遊城南十六首:贈張十八助教》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3746 (02/13)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -13 天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-440-12-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3747
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <952  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3744韓愈詩-247

 

 

作時年:  819  元和十四年  52 

卷別: 卷三四三  文體: 七言 

詩題: 題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕 

(楚の昭王の廟に題す。)〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  楚昭王廟 (山南東道 襄州 率道)     

 

題楚昭王廟

(楚の昭王の廟に題す。)―潮州に左遷されて、長安よりその地に赴く土地に立ち寄り作った。―

〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕

〔この襄州宜城県の駅は古の宣城内に有り。駅の東北に井戸有り、これを伝えるは昭王の井戸、霊異あり、今に至ってこれを汲むことはない。井戸の東北、数十歩に昭王の廟がある。〕

丘墳滿目衣冠盡,城闕連雲草樹荒。 

見渡す限り、土饅頭、墳墓、陵墓ばかりで、衣冠のひとは、とっくの昔に死んでしまい、城郭の城門だけは高く雲に連なり、周りはというと草樹により荒れ果てたままなのだ。

猶有國人懷舊德,一間茅屋祭昭王。 

しかし、昭王の清涼に覆われて人をして綃魂せしむるところというべきものであるがここが古の王都とはどうしても思えないう位である。しかしこの地で育った楚の国のものは昭王が国の滅亡の瀬戸際から回復させたその旧徳を忘れずに、わずか一間ほどの茅屋ではあるものの、昭王廟としてこれを祀っていて、王の霊を千秋の後までも絶やさず讃えていっているのである。

 

(楚の昭王の廟に題す。)

〔襄州 宜城縣 驛東の北 井有り,是に王の井を傳う,井は東北へ數十步,昭王の廟有り。〕

丘墳 滿目 衣冠 盡き,城闕 連雲 草樹 荒る。 

猶お國人の舊德を懷う有り,一間の茅屋 昭王を祭る。 

 

 

『題楚昭王廟』 現代語訳と訳註

(本文) 題楚昭王廟

〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕

丘墳滿目衣冠盡,城闕連雲草樹荒。 

猶有國人懷舊德,一間茅屋祭昭王。 

 

(下し文)

(楚の昭王の廟に題す。)

〔襄州 宜城縣 驛東の北 井有り,是に王の井を傳う,井は東北へ數十步,昭王の廟有り。〕

丘墳 滿目 衣冠 盡き,城闕 連雲 草樹 荒る。 

猶お國人の舊德を懷う有り,一間の茅屋 昭王を祭る。 

 

(現代語訳)

(楚の昭王の廟に題す。)〔潮州に左遷されて、長安よりその地に赴く土地に立ち寄り作った。〕

見渡す限り、土饅頭、墳墓、陵墓ばかりで、衣冠のひとは、とっくの昔に死んでしまい、城郭の城門だけは高く雲に連なり、周りはというと草樹により荒れ果てたままなのだ。

しかし、昭王の清涼に覆われて人をして綃魂せしむるところというべきものであるがここが古の王都とはどうしても思えないう位である。しかしこの地で育った楚の国のものは昭王が国の滅亡の瀬戸際から回復させたその旧徳を忘れずに、わずか一間ほどの茅屋ではあるものの、昭王廟としてこれを祀っていて、王の霊を千秋の後までも絶やさず讃えていっているのである。

 花瓊

(訳注)

題楚昭王廟

〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕

この襄州宜城県の駅は古の宣城内に有り。駅の東北に井戸有り、これを伝えるは昭王の井戸、霊異あり、今に至ってこれを汲むことはない。井戸の東北、数十歩に昭王の廟がある。旧時には、高木万株あり、多くその名を得ず、歴代あえてこれを剪伐することはなかった。ということで、古松大竹を多くしていた。

もとの廟屋は極めて宏盛であったが、今は草屋一棟のみである。

○元和十四年二月二日、潮州に左遷されて、長安よりその地に赴く土地に立ち寄り作った。以下の作品と同時期のものである。

《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》―#1 嶺南行(1)-#1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <902  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3494韓愈詩-228

229嶺南行(2)《食曲河驛》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <904  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3504韓愈詩-229 嶺南行(2)

230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230 嶺南行(3) 236

《瀧吏-9分割1回目〔元和十四年出為潮州作。〕》嶺南行(4)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <906  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3514韓愈詩-231

○昭王(しょうおう、? - 紀元前489年、在位:紀元前515 - 紀元前489年)は、中国春秋時代の楚の王。姓は羋、氏は熊。諱は珍または軫。平王の子。

 

丘墳 滿目 衣冠 盡,城闕 連雲 草樹

見渡す限り、土饅頭、墳墓、陵墓ばかりで、衣冠のひとは、とっくの昔に死んでしまい、城郭の城門だけは高く雲に連なり、周りはというと草樹により荒れ果てたままなのだ。

「丘墳」土饅頭、墳墓、陵墓ばかりである。

「滿目」見渡す限り。

「衣冠」職官爵位、士大夫をいう。

「城」都城、城郭。

「闕」城門

 

猶有 國人 舊德 ,一間 茅屋 昭王

しかし、昭王の清涼に覆われて人をして綃魂せしむるところというべきものであるがここが古の王都とはどうしても思えないう位である。しかしこの地で育った楚の国のものは昭王が国の滅亡の瀬戸際から回復させたその旧徳を忘れずに、わずか一間ほどの茅屋ではあるものの、昭王廟としてこれを祀っていて、王の霊を千秋の後までも絶やさず讃えていっているのである。

「舊德」前506年の柏挙の戦いでは、伍子胥率いる呉の軍勢が楚の都郢に攻め入ったので、昭王は都を脱出して隨に逃れた。楚の臣申包胥は秦を訪れ、哀公に救援を求めたが、哀公は当初これに応じなかった。そのため、申包胥は秦の宮廷の庭で77晩にわたって泣き続けた。哀公はその忠誠心に感じ入り、ついに楚に援軍を出した。これにより楚は呉軍の撃退に成功し、昭王は郢に戻ることができた。士太夫、農民にとって、虐殺化、奴隷になるのを防いだ昭王に対する感謝の気持ちが千三、四百年の続いているということ。

「一間」一間巾。
杏の白花01 

《別趙子》#4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <951>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3739韓愈詩-246

韓愈《別趙子》#4 人の心は、基より同じものではない、また、一理を以て区割するわけにいかない。それぞれの持っている志、勤めにしたがって、その天職を全うすればそれでよいのである。何も、互いに賢愚、良し悪しと甲乙を分けてこれを用いることなどないのである。


2014年2月12日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
張平子(張衡)《西京賦》(1) 文選 賦<114―(1)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1038 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3738
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《別趙子》#4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <951>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3739韓愈詩-246
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-27 《草堂 #6》 ふたたび成都 杜甫<667> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3740 杜甫詩1000-667-942/1500 761
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 283 《遊城南十六首:贈同遊》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3741 (02/12)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -12 天仙子二首 其一 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-439-12-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3742
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html