中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

2014年04月

《南海神廟碑-(12)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1028>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4124韓愈詩-272-4-3

廟の門を閉じて、舟のへさきをめぐらして帰途につく、すると目出度い疾風が帆を送ってくれる。旗や毛羽の飾り旗、から牛の毛の飾り旗や指揮の小旗など、飛びひるがえり日差しを掩ほどの盛んな有様であった。

        
 2014年4月30日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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《南海神廟碑-(12)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1028  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4124韓愈詩-272-4-3

 

 

(10)四段-1

(10)四段-1

公遂升舟,風雨少弛,

公はそのまま舟に乗ったら、風雨はやや穏やかになった。

棹夫奏功,雲陰解駁,

櫂を漕ぐ人夫たちの努力の結果が奏功し、雲の暗さもまばらとなっていった。


光穿漏,波伏不興。

日の光が雲をうがち漏れて射しはじめ、静まり伏した波は起こらなかった。


省牲之夕,載載陰;

供え物の犠牲を調べ見た夕べは、晴れて明るくなったりまた陰ったりであった。


將事之夜,天地開除,月星明既。

祭事を行ったその夜は、天地は晴れて雲もなく、月や星が明るく数繁く輝いた。


五鼓既作,牽牛正中,

五更を告げる太鼓もすでに鳴りわたり、牽牛星は中天にあった。
公乃盛服執笏,以入即事。

公はそこで立派な服装でしょう笏を手に持ち、そして廟に入って神事に従事した。

 

公 遂に舟に升り,風雨 少しく弛む,

棹夫 功を奏して,雲陰 駁を解く,

日光 穿ち漏れ,波 伏して興らず。

牲を省みるの夕,載【すなわ】ち暘【て】り載ち陰る;

將事を【おこな】うの夜,天地 開除し,月星 明概なり。

五鼓 既に作【おこ】り,牽牛 正に中す。

公 乃ち盛服して笏【こつ】を執【と】り,以て入りて事に即【つ】く。

(11)四段-2

文武賓屬,俯首聽位,
各執其職。

文武の官、幕賓や属官などは、皆首をたれてかしこみ、その座席にいて命を聴き、担当の職務を取り行った。

牲肥酒香,
樽爵淨潔,

犠牲は肥え、酒は香ばしくそなえ、酒樽や盃は清潔なものである。

降登有數,
神具醉飽。

階段を降り、登るにも一定の数に合致、神はみな十分に酔い飽きるまでである。

海之百靈祕怪,
慌惚畢出,

海の百霊や秘かに棲む寄怪のものも、ぼんやりとまたありありとことごとく現れ出るのである。

蜿蜿蛇蛇,來享飲食。

うねり続いて来て、自ら安んじ、満足して飲食を受けるのであった。

文武 賓屬【ひんぞく】,首を俯して位に聽き,各【おのお】の其の職を執る。

牲 肥え 酒 香しく,樽爵【そんしゃく】淨潔にす,

降登 數有り,神 具に醉飽す。

海の百靈 祕怪にし,慌惚として 畢【ことごと】く出ず,

蜿蜿【えんえん】蛇蛇【いい】として,來って飲食を享す。

 

 (12)四段-3

闔廟鏇艫,祥飆送帆,

廟の門を閉じて、舟のへさきをめぐらして帰途につく、すると目出度い疾風が帆を送ってくれる。

旗纛旄麾,飛颺靄,

旗や毛羽の飾り旗、から牛の毛の飾り旗や指揮の小旗など、飛びひるがえり日差しを掩ほどの盛んな有様であった。

饒鼓嘲轟,高管嗷噪,

銅羅や太鼓がさわがしくとどろき、高い笛の音はけたたましくさわぎまわる。

武夫奮掉,工師唱和,

武人は棹を奮って漕ぎ、船頭たちは声を合わせて唱う。

穹龜長魚,踴躍後先,

甲の丸く高い亀や長い魚などが、踊り飛び上がって後先になって送ってくる。

乾端坤倪,軒豁呈露。

天のはて、地のきわみまで見はるかせは、高く広くあらゆる物が姿をあらわし示していた。

祀之之,風災熄滅,

南海神を祀った歳は、風の災いが消えてなくなる。

人厭魚蟹,五穀胥熟。

人々は魚や蟹にあきて、五穀は皆熟した。

廟を闔【と】じ艫を鏇【めぐ】らせば,祥飆【しょうひょう】帆を送る,

旗纛【きとう】旄麾【ぼうき】,飛颺【ひよう】靄【あんあい】たり,

饒鼓【とうこ】嘲轟【とうこう】,高管嗷噪【きょうそう】,

武夫 掉を奮い,工師唱和す,

穹龜【きゅうき】長魚,踴躍【ようやく】後先す,

乾端【けんたん】坤倪【こんげい】,軒豁【けんかつ】呈露す。

之を祀るの,風災 熄滅【そくめつ】す,

人 魚蟹【ぎょかい】に厭【あ】き,五穀 胥【みな】熟す。

 (13)四段-4

明年祀歸,又廣廟宮而大之:

治其庭壇,改作東西兩序,

齋庖之房,百用具修。

明年其時,公又固往,不懈益虔,

仍大和,耋艾歌詠。

 

 (13)四段-4

明年 祀りて歸り,又 廟宮を廣げて之を大いにす:

其の庭壇を治め,東西の兩序を改作す,

齋庖の房,百用 具に修む。

明年 其の時,公 又た固く往く,懈【おこた】らずして益【ますま】す虔【つつし】めり,

 仍って大いに和し,耋艾【てつがい】の歌 詠ず。

 

南海神廟碑00 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) (12)四段-3

闔廟鏇艫,祥飆送帆,

旗纛旄麾,飛颺靄,

饒鼓嘲轟,高管嗷噪,

武夫奮掉,工師唱和,

穹龜長魚,踴躍後先,

乾端坤倪,軒豁呈露。

祀之之,風災熄滅,

人厭魚蟹,五穀胥熟。

 

(下し文) (12)四段-3

廟を闔【と】じ艫を鏇【めぐ】らせば,祥飆【しょうひょう】帆を送る,

旗纛【きとう】旄麾【ぼうき】,飛颺【ひよう】【あんあい】たり

饒鼓【とうこ】嘲轟【とうこう】,高管嗷噪【きょうそう】

武夫 掉を奮い,工師唱和す,

穹龜【きゅうき】長魚,踴躍【ようやく】後先す,

乾端【けんたん】坤倪【こんげい】,軒豁【けんかつ】呈露す。

之を祀るの,風災 熄滅【そくめつ】す

人 魚蟹【ぎょかい】に【あ】き,五穀 胥【みな】熟す。

 

(現代語訳)

廟の門を閉じて、舟のへさきをめぐらして帰途につく、すると目出度い疾風が帆を送ってくれる。

旗や毛羽の飾り旗、から牛の毛の飾り旗や指揮の小旗など、飛びひるがえり日差しを掩ほどの盛んな有様であった。

銅羅や太鼓がさわがしくとどろき、高い笛の音はけたたましくさわぎまわる。

武人は棹を奮って漕ぎ、船頭たちは声を合わせて唱う。

甲の丸く高い亀や長い魚などが、踊り飛び上がって後先になって送ってくる。

天のはて、地のきわみまで見はるかせは、高く広くあらゆる物が姿をあらわし示していた。

南海神を祀った歳は、風の災いが消えてなくなる。

人々は魚や蟹にあきて、五穀は皆熟した。

 

泰山の夕日 

(訳注) (12)四段-3

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳の作である。

 

闔廟鏇艫,祥飆送帆,

廟の門を閉じて、舟のへさきをめぐらして帰途につく、すると目出度い疾風が帆を送ってくれる。

闔 閉じる。

艫 へさき。舟の先。肺の反対。

祥飆 めでたい疾風。飆は旋風。下から上に吹きあげる突風。祥はしあわせなの意。

 

旗纛旄麾,飛颺靄,

旗や毛羽の飾り旗、から牛の毛の飾り旗や指揮の小旗など、飛びひるがえり日差しを掩ほどの盛んな有様であった。

纛 毛羽のある旗。

旄 から牛の毛で飾った旗。

 揮の小旗。

靄 たなびいて日光を蔽う。

 

饒鼓嘲轟,高管嗷噪,

銅羅や太鼓がさわがしくとどろき、高い笛の音はけたたましくさわぎまわる。

饒 銅鑼

嘲轟 鳴りとどろく。

○高管 かん高い笛の音。

嗷噪 さけびさわぐ。

 

武夫奮掉,工師唱和,

武人は棹を奮って漕ぎ、船頭たちは声を合わせて唱う。

○工師 技術者の長、ここでは船頭。

 

穹龜長魚,踴躍後先,

甲の丸く高い亀や長い魚などが、踊り飛び上がって後先になって送ってくる。

穹龜 亀の甲の円く高くなったもの。

○後先 あとになりさきになる。送って行く。

 

乾端坤倪,軒豁呈露。

天のはて、地のきわみまで見はるかせは、高く広くあらゆる物が姿をあらわし示していた。

乾端坤倪 乾坤は天地・もはて極み。天地のきわみ。

軒豁 高くひらけて見える。

○呈露 さらけ出して見せる。

 

祀之之,風災熄滅,

南海神を祀った歳は、風の災いが消えてなくなる。

○熄滅 消えてなくなる。

 

人厭魚蟹,五穀胥熟。

人々は魚や蟹にあきて、五穀は皆熟した。

 皆。

《南海神廟碑-(11)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1027>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4119韓愈詩-272-4-2

文武の官、幕賓や属官などは、皆首をたれてかしこみ、その座席にいて命を聴き、担当の職務を取り行った。階段を降り、登るにも一定の数に合致、神はみな十分に酔い飽きるまでである。


        
 2014年4月29日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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《南海神廟碑-(11)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1027  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4119韓愈詩-272-4-2

 

 杏の花01

(10)四段-1

公遂升舟,風雨少弛,

公はそのまま舟に乗ったら、風雨はやや穏やかになった。

棹夫奏功,雲陰解駁,

櫂を漕ぐ人夫たちの努力の結果が奏功し、雲の暗さもまばらとなっていった。


光穿漏,波伏不興。

日の光が雲をうがち漏れて射しはじめ、静まり伏した波は起こらなかった。


省牲之夕,載載陰;

供え物の犠牲を調べ見た夕べは、晴れて明るくなったりまた陰ったりであった。


將事之夜,天地開除,月星明既。

祭事を行ったその夜は、天地は晴れて雲もなく、月や星が明るく数繁く輝いた。


五鼓既作,牽牛正中,

五更を告げる太鼓もすでに鳴りわたり、牽牛星は中天にあった。
公乃盛服執笏,以入即事。

公はそこで立派な服装でしょう笏を手に持ち、そして廟に入って神事に従事した。

 

公 遂に舟に升り,風雨 少しく弛む,

棹夫 功を奏して,雲陰 駁を解く,

日光 穿ち漏れ,波 伏して興らず。

牲を省みるの夕,載【すなわ】ち暘【て】り載ち陰る;

將事を【おこな】うの夜,天地 開除し,月星 明概なり。

五鼓 既に作【おこ】り,牽牛 正に中す。

公 乃ち盛服して笏【こつ】を執【と】り,以て入りて事に即【つ】く。

(11)四段-2

文武賓屬,俯首聽位,
各執其職。

文武の官、幕賓や属官などは、皆首をたれてかしこみ、その座席にいて命を聴き、担当の職務を取り行った。

牲肥酒香,
樽爵淨潔,

犠牲は肥え、酒は香ばしくそなえ、酒樽や盃は清潔なものである。

降登有數,
神具醉飽。

階段を降り、登るにも一定の数に合致、神はみな十分に酔い飽きるまでである。

海之百靈祕怪,
慌惚畢出,

海の百霊や秘かに棲む寄怪のものも、ぼんやりとまたありありとことごとく現れ出るのである。

蜿蜿蛇蛇,來享飲食。

うねり続いて来て、自ら安んじ、満足して飲食を受けるのであった。

文武 賓屬【ひんぞく】,首を俯して位に聽き,各【おのお】の其の職を執る。

牲 肥え 酒 香しく,樽爵【そんしゃく】淨潔にす,

降登 數有り,神 具に醉飽す。

海の百靈 祕怪にし,慌惚として 畢【ことごと】く出ず,

蜿蜿【えんえん】蛇蛇【いい】として,來って飲食を享す。

 

 (12)四段-3

  (12)四段-3

闔廟鏇艫,祥飆送帆,

旗纛旄麾,飛颺靄,

饒鼓嘲轟,高管嗷噪,

武夫奮掉,工師唱和,

穹龜長魚,踴躍後先,

乾端坤倪,軒豁呈露。

祀之之,風災熄滅,

人厭魚蟹,五穀胥熟。

廟を闔【と】じ艫を鏇【めぐ】らせば,祥飆【しょうひょう】帆を送る,

旗纛【きとう】旄麾【ぼうき】,飛颺【ひよう】靄【あんあい】たり,

饒鼓【とうこ】嘲轟【とうこう】,高管嗷噪【きょうそう】,

武夫 掉を奮い,工師唱和す,

穹龜【きゅうき】長魚,踴躍【ようやく】後先す,

乾端【けんたん】坤倪【こんげい】,軒豁【けんかつ】呈露す。

之を祀るの,風災 熄滅【そくめつ】す,

人 魚蟹【ぎょかい】に厭【あ】き,五穀 胥【みな】熟す。

 (13)四段-4

明年祀歸,又廣廟宮而大之:

治其庭壇,改作東西兩序,

齋庖之房,百用具修。

明年其時,公又固往,不懈益虔,

仍大和,耋艾歌詠。

 

 (13)四段-4

明年 祀りて歸り,又 廟宮を廣げて之を大いにす:

其の庭壇を治め,東西の兩序を改作す,

齋庖の房,百用 具に修む。

明年 其の時,公 又た固く往く,懈【おこた】らずして益【ますま】す虔【つつし】めり,

 仍って大いに和し,耋艾【てつがい】の歌 詠ず。

 

南海神廟碑00 

 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) (11)四段-2

文武賓屬,俯首聽位,各執其職。

牲肥酒香,樽爵淨潔,

降登有數,神具醉飽。

海之百靈祕怪,慌惚畢出,

蜿蜿蛇蛇,來享飲食。

 

(下し文) (11)四段-2

文武 賓屬【ひんぞく】,首を俯して位に聽き,各【おのお】の其の職を執る。

牲 肥え 酒 香しく,樽爵【そんしゃく】淨潔にす,

降登 數有り,神 具に醉飽す。

海の百靈 祕怪にし,慌惚として 畢【ことごと】く出ず,

蜿蜿【えんえん】蛇蛇【いい】として,來って飲食を享す。

 

(現代語訳)

文武の官、幕賓や属官などは、皆首をたれてかしこみ、その座席にいて命を聴き、担当の職務を取り行った。

犠牲は肥え、酒は香ばしくそなえ、酒樽や盃は清潔なものである。

階段を降り、登るにも一定の数に合致、神はみな十分に酔い飽きるまでである。

海の百霊や秘かに棲む寄怪のものも、ぼんやりとまたありありとことごとく現れ出るのである。

うねり続いて来て、自ら安んじ、満足して飲食を受けるのであった。

韓愈の地図01 

(訳注) (11)四段-2

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳の作である。

 

文武賓屬,俯首聽位,各執其職。

文武の官、幕賓や属官などは、皆首をたれてかしこみ、その座席にいて命を聴き、担当の職務を取り行った。

○聽位 その座席に居て命を聞く。

 

牲肥酒香,樽爵淨潔,

犠牲は肥え、酒は香ばしくそなえ、酒樽や盃は清潔なものである。

○浄潔 静潔に通用する。静は浄、活である。清潔。

 

降登有數,神具醉飽。

階段を降り、登るにも一定の数に合致、神はみな十分に酔い飽きるまでである。

○降登 階段の登り降りもその数に定則がある。

 

海之百靈祕怪,慌惚畢出,

海の百霊や秘かに棲む寄怪のものも、ぼんやりとまたありありとことごとく現れ出るのである。

○秘怪 海に誓みかくれる怪物。竜蛇の類い。

○慌惚 ぼんやりとしかもありありと見える。

 

蜿蜿蛇蛇,來享飲食。

うねり続いて来て、自ら安んじ、満足して飲食を受けるのであった。

○蜿蜿蛇蛇 うねりのたくる。龍蛇の進むさま。ここは自ら安んじ、満足するさまの意がある。

《南海神廟碑-(10)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1026>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4114 韓愈詩-272-4-1

櫂を漕ぐ人夫たちの努力の結果が奏功し、雲の暗さもまばらとなっていった。日の光が雲をうがち漏れて射しはじめ、静まり伏した波は起こらなかった。供え物の犠牲を調べ見た夕べは、晴れて明るくなったりまた陰ったりであった。


        
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《南海神廟碑-(10)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1026  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4114 韓愈詩-272-4-1

 

 

(10)四段-1

公遂升舟,風雨少弛,

公はそのまま舟に乗ったら、風雨はやや穏やかになった。

棹夫奏功,雲陰解駁,

櫂を漕ぐ人夫たちの努力の結果が奏功し、雲の暗さもまばらとなっていった。


光穿漏,波伏不興。

日の光が雲をうがち漏れて射しはじめ、静まり伏した波は起こらなかった。


省牲之夕,載載陰;

供え物の犠牲を調べ見た夕べは、晴れて明るくなったりまた陰ったりであった。


將事之夜,天地開除,月星明既。

祭事を行ったその夜は、天地は晴れて雲もなく、月や星が明るく数繁く輝いた。


五鼓既作,牽牛正中,

五更を告げる太鼓もすでに鳴りわたり、牽牛星は中天にあった。
公乃盛服執笏,以入即事。

公はそこで立派な服装でしょう笏を手に持ち、そして廟に入って神事に従事した。

 

公 遂に舟に升り,風雨 少しく弛む,

棹夫 功を奏して,雲陰 駁を解く,

日光 穿ち漏れ,波 伏して興らず。

牲を省みるの夕,載【すなわ】ち暘【て】り載ち陰る;

將事を【おこな】うの夜,天地 開除し,月星 明概なり。

五鼓 既に作【おこ】り,牽牛 正に中す。

公 乃ち盛服して笏【こつ】を執【と】り,以て入りて事に即【つ】く。

(11)四段-2

文武賓屬,俯首聽位,

各執其職。牲肥酒香,

樽爵淨潔,降登有數,

神具醉飽。海之百靈祕怪,

慌惚畢出,蜿蜿蛇蛇,來享飲食。

文武 賓屬【ひんぞく】,首を俯して位に聽き,各【おのお】の其の職を執る。

牲 肥え 酒 香しく,樽爵【そんしゃく】淨潔にす,

降登 數有り,神 具に醉飽す。

海の百靈 祕怪にし,慌惚として 畢【ことごと】く出ず,

蜿蜿【えんえん】蛇蛇【いい】として,來って飲食を享す。

  (12)四段-3

闔廟鏇艫,祥飆送帆,

旗纛旄麾,飛颺靄,

饒鼓嘲轟,高管嗷噪,

武夫奮掉,工師唱和,

穹龜長魚,踴躍後先,

乾端坤倪,軒豁呈露。

祀之之,風災熄滅,

人厭魚蟹,五穀胥熟。

廟を闔【と】じ艫を鏇【めぐ】らせば,祥飆【しょうひょう】帆を送る,

旗纛【きとう】旄麾【ぼうき】,飛颺【ひよう】靄【あんあい】たり,

饒鼓【とうこ】嘲轟【とうこう】,高管嗷噪【きょうそう】,

武夫 掉を奮い,工師唱和す,

穹龜【きゅうき】長魚,踴躍【ようやく】後先す,

乾端【けんたん】坤倪【こんげい】,軒豁【けんかつ】呈露す。

之を祀るの,風災 熄滅【そくめつ】す,

人 魚蟹【ぎょかい】に厭【あ】き,五穀 胥【みな】熟す。

 (13)四段-4

明年祀歸,又廣廟宮而大之:

治其庭壇,改作東西兩序,

齋庖之房,百用具修。

明年其時,公又固往,不懈益虔,

仍大和,耋艾歌詠。

 

 (13)四段-4

明年 祀りて歸り,又 廟宮を廣げて之を大いにす:

其の庭壇を治め,東西の兩序を改作す,

齋庖の房,百用 具に修む。

明年 其の時,公 又た固く往く,懈【おこた】らずして益【ますま】す虔【つつし】めり,

 仍って大いに和し,耋艾【てつがい】の歌 詠ず。

 

南海神廟碑00  

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) (10)四段-1

公遂升舟,風雨少弛,

棹夫奏功,雲陰解駁,

光穿漏,波伏不興。

省牲之夕,載載陰;

將事之夜,天地開除,

月星明既。五鼓既作,

牽牛正中,公乃盛服執笏,以入即事。

 

(下し文) (10)四段-1

公 遂に舟に升り,風雨 少しく弛む,

棹夫 功を奏して,雲陰 駁を解く,

日光 穿ち漏れ,波 伏して興らず。

牲を省みるの夕,載【すなわ】ち暘【て】り載ち陰る;

將事を【おこな】うの夜,天地 開除し,月星 明既なり。

五鼓 既に作【おこ】り,牽牛 正に中す。

公 乃ち盛服して笏【こつ】を執【と】り,以て入りて事に即【つ】く。

 

(現代語訳)

公はそのまま舟に乗ったら、風雨はやや穏やかになった。

櫂を漕ぐ人夫たちの努力の結果が奏功し、雲の暗さもまばらとなっていった。

日の光が雲をうがち漏れて射しはじめ、静まり伏した波は起こらなかった。

供え物の犠牲を調べ見た夕べは、晴れて明るくなったりまた陰ったりであった。

祭事を行ったその夜は、天地は晴れて雲もなく、月や星が明るく数繁く輝いた。

五更を告げる太鼓もすでに鳴りわたり、牽牛星は中天にあった。
公はそこで立派な服装でしょう笏を手に持ち、そして廟に入って神事に従事した。

 

(訳注)(10)四段-1

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳の作である。

 

公遂升舟,風雨少弛,

公はそのまま舟に乗ったら、風雨はやや穏やかになった。

 

棹夫奏功,雲陰解駁,

櫂を漕ぐ人夫たちの努力の結果が奏功し、雲の暗さもまばらとなっていった。

○奏功 功を為すと同じ。事が効を現すのを奏功という。また奏効ともいう。

○駁 雜じる。まだら。雲が散るさま。

 

日光穿漏,波伏不興。

日の光が雲をうがち漏れて射しはじめ、静まり伏した波は起こらなかった。

○波伏 静かに伏し凪いだ波。

 

省牲之夕,載暘載陰;

供え物の犠牲を調べ見た夕べは、晴れて明るくなったりまた陰ったりであった。

○省 調べて視る。様子量る。

○載暘載陰 晴れたり曇ったり、載は「すなわち、…したり……した。」という語助字。

 

將事之夜,天地開除,月星明既。

祭事を行ったその夜は、天地は晴れて雲もなく、月や星が明るく数繁く輝いた。

○将事 車叢。行う。

○概 音キ、桐密。星の多い形容。

 

五鼓既作,牽牛正中,

五更を告げる太鼓もすでに鳴りわたり、牽牛星は中天にあった。

〇五鼓 五更を報ずる太鼓。五更: 1 一夜を初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称。2 五更の第五。およそ現在の午前3時から午前5時、または午前4時から午前6時ころにあたる。この知らせで家を出て朝廷に夜明けまでにはいる。

○牽牛 星名。

○正中 空の真ん中にある。
 

公乃盛服執笏,以入即事。

公はそこで立派な服装でしょう笏を手に持ち、そして廟に入って神事に従事した。

○笏 官位にある者が礼服(らいふく)または束帯を着用する際,威儀をととのえるにあたって右手に持つ細長い板をいう。中国ではコツと呼び,すでに周代から使われていた。

《南海神廟碑-(9)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1025>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4109韓愈詩-272-3-3

南海神廟碑-(9)》韓愈≫そこで州の役所の文武の官吏およそ百人ばかりそろえた。それが代わり合って見え、かわるがわる諌めたけれども、皆に軽く両手を胸先に組む会釈をして、退けて聴き入れなかった。


        
 2014年4月27日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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李白index- 41 《762年廣德元年春、宜城から涇縣陵陽に遊ぶ。寶應元年62歳陵陽から金陵に行き、晩秋、当塗に帰り11月李陽冰宅で死ぬ。》1112kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4108 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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《南海神廟碑-(9)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1025  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4109韓愈詩-272-3-3

 

紅蓼00 

(7)三段-1

元和十二年,始詔用前尚書右丞國子祭酒魯國孔公爲廣州刺史

元和十二年始めて詔して、前の尚書右国子祭酒魯国の孔公を以て広州の刺史に任じた。

兼御史大夫,以殿南服。

そして兼務として兼御史大夫に任じて、南方の地区を鎮め治めさせられた。

公正直方嚴,中心樂易,祗慎所職;

公は正直で几張面で厳格な人であるが、内心は穏やかに安らかであって、職務をつつしみ勤めるひとである。

治人以明,事神以誠;

人を治めるのに明智を以てし、神に仕えるのに誠意・真心を以てする。

内外單盡,不爲表爆。

内面、外面のことはことごとく、表面を取り繕い、上辺を飾ることをしないのである。

 

8)三段-2

至州之明年,將夏,祝冊自京師至,

広州の役所に到着した翌年、夏になろうとする時に、南海神の祝祭の文書が都からとどいた。

吏以時告,公乃齋祓視冊,誓群有司曰:

官吏は祭祀の時期を孔公に告げた。公はそこで物忌みして身を祓い清めてからその公文書を観て、多くの役人たちに誓っていった。

「冊有皇帝名,乃上所自署,

「公文書には皇帝の名があって、そこで天子の自ら御名を書き記されたものである。

其文曰:『嗣天子某,謹遣官某敬祭。』

その文には次のように言っている、『お世嗣ぎの天子某が、謹んで役人某を遺して、敬い祭るとある。』と。
其恭且嚴如是,敢有不承!

そのうやうやしく、また、いかめしいことがこのようである。押し切って命令を受けないことがあろうか。

 

 (9)三段-3

明日,吾將宿廟下,以供晨事。」

明日、私は海神の霊廟の下を宿として、そうして早朝の神事を仕えまつろう」というのである。

明日,吏以風雨白,不聽。

翌日役人は風や雨が激しいことを刺史に申しいれたが、聴き入れることはない。

於是州府文武吏士,凡百數,

そこで州の役所の文武の官吏およそ百人ばかりそろえた。

交謁更諫,皆揖而退。

それが代わり合って見え、かわるがわる諌めたけれども、皆に軽く両手を胸先に組む会釈をして、退けて聴き入れなかった。

 

(7)三段-1

元和十二年,始めて詔して 前の尚書右丞國子祭酒 魯國の孔公を用って廣州の刺史兼ね御史大夫と爲して,以て南服を殿【しず】む。

公は正直 方嚴,中心 樂易,職とする所を祗慎【ししん】す;

人を治むるに明を以てし,神に事【つか】うるに誠を以てす;

内外 單【ことご】とく盡して,表爆を爲さず。

(8)三段-2

州に至るの明年,將に夏ならんとし,祝冊 京師より至る,

吏 時を以って告ぎ,公 乃ち齋祓【さいふつ】して冊を視て,群有司に誓って曰く:

「冊に皇帝の名有りて,乃ち上の自署する所とす,

其の文に曰く:『嗣天子某,謹んで官某を遣わして敬んで祭る。』と。

其の恭 且つ嚴なること是の如し,敢て承けざる有らんや!

(9)三段-3

明日,吾 將に廟下に宿して,以て供晨事にせんとす。」と。

明日,吏 風雨を以てすと白【もう】す,聽かず。

是の於て州府の文武 吏士,凡そ百數,交【こもご】も謁して更に諫【いさ】む,皆 揖【ゆう】して退【しりぞ】く。

朱槿花・佛桑華 

 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文)  (9)三段-3

明日,吾將宿廟下,以供晨事。」

明日,吏以風雨白,不聽。

於是州府文武吏士,凡百數,

交謁更諫,皆揖而退。

 

(下し文) (9)三段-3

明日,吾 將に廟下に宿して,以て供晨事にせんとす。」と。

明日,吏 風雨を以てすと白【もう】す,聽かず。

是の於て州府の文武 吏士,凡そ百數,交【こもご】も謁して更に諫【いさ】む,皆 揖【ゆう】して退【しりぞ】く。

 

(現代語訳)

明日、私は海神の霊廟の下を宿として、そうして早朝の神事を仕えまつろう」というのである。

翌日役人は風や雨が激しいことを刺史に申しいれたが、聴き入れることはない。

そこで州の役所の文武の官吏およそ百人ばかりそろえた。

それが代わり合って見え、かわるがわる諌めたけれども、皆に軽く両手を胸先に組む会釈をして、退けて聴き入れなかった。

 

(訳注) (9)三段-3

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。

 

明日,吾將宿廟下,以供晨事。」

明日、私は海神の霊廟の下を宿として、そうして早朝の神事を仕えまつろう」というのである。

 

明日,吏以風雨白,不聽。

翌日役人は風や雨が激しいことを刺史に申しいれたが、聴き入れることはない。

 

於是州府文武吏士,凡百數,

そこで州の役所の文武の官吏およそ百人ばかりそろえた。

○凡百数 すべて古人ばかり。

 

交謁更諫,皆揖而退。

それが代わり合って見え、かわるがわる諌めたけれども、皆に軽く両手を胸先に組む会釈をして、退けて聴き入れなかった。

○揖而退 揖は胸に手をこまねく礼。挨拶して退出させるだけで、その意見に従わないことをいう。

韓愈の地図01 

《南海神廟碑-(8)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1024>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4104韓愈詩-272-3-2

南海神廟碑-(8)》韓愈≫広州の役所に到着した翌年、夏になろうとする時に、南海神の祝祭の文書が都からとどいた。官吏は祭祀の時期を孔公に告げた。公はそこで物忌みして身を祓い清めてからその公文書を観て、多くの役人たちに誓っていった。


        
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《南海神廟碑

-(8)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1024  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4104韓愈詩-272-3-2

 

 

(7)三段-1

元和十二年,始詔用前尚書右丞國子祭酒魯國孔公爲廣州刺史

元和十二年始めて詔して、前の尚書右国子祭酒魯国の孔公を以て広州の刺史に任じた。

兼御史大夫,以殿南服。

そして兼務として兼御史大夫に任じて、南方の地区を鎮め治めさせられた。

公正直方嚴,中心樂易,祗慎所職;

公は正直で几張面で厳格な人であるが、内心は穏やかに安らかであって、職務をつつしみ勤めるひとである。

治人以明,事神以誠;

人を治めるのに明智を以てし、神に仕えるのに誠意・真心を以てする。

内外單盡,不爲表爆。

内面、外面のことはことごとく、表面を取り繕い、上辺を飾ることをしないのである。

 

8)三段-2

至州之明年,將夏,祝冊自京師至,

広州の役所に到着した翌年、夏になろうとする時に、南海神の祝祭の文書が都からとどいた。

吏以時告,公乃齋祓視冊,誓群有司曰:

官吏は祭祀の時期を孔公に告げた。公はそこで物忌みして身を祓い清めてからその公文書を観て、多くの役人たちに誓っていった。

「冊有皇帝名,乃上所自署,

「公文書には皇帝の名があって、そこで天子の自ら御名を書き記されたものである。

其文曰:『嗣天子某,謹遣官某敬祭。』

その文には次のように言っている、『お世嗣ぎの天子某が、謹んで役人某を遺して、敬い祭るとある。』と。
其恭且嚴如是,敢有不承!

そのうやうやしく、また、いかめしいことがこのようである。押し切って命令を受けないことがあろうか。

 

 (9)三段-3

明日,吾將宿廟下,以供晨事。」

明日,吏以風雨白,不聽。

於是州府文武吏士,凡百數,

交謁更諫,皆揖而退。

 

(7)三段-1

元和十二年,始めて詔して 前の尚書右丞國子祭酒 魯國の孔公を用って廣州の刺史兼ね御史大夫と爲して,以て南服を殿【しず】む。

公は正直 方嚴,中心 樂易,職とする所を祗慎【ししん】す;

人を治むるに明を以てし,神に事【つか】うるに誠を以てす;

内外 單【ことご】とく盡して,表爆を爲さず。

(8)三段-2

州に至るの明年,將に夏ならんとし,祝冊 京師より至る,

吏 時を以って告ぎ,公 乃ち齋祓【さいふつ】して冊を視て,群有司に誓って曰く:

「冊に皇帝の名有りて,乃ち上の自署する所とす,

其の文に曰く:『嗣天子某,謹んで官某を遣わして敬んで祭る。』と。

其の恭 且つ嚴なること是の如し,敢て承けざる有らんや!

(9)三段-3

明日,吾 將に廟下に宿して,以て供晨事にせんとす。」と。

明日,吏 風雨を以てすと白【もう】す,聽かず。

是の於て州府の文武 吏士,凡そ百數,交【こもご】も謁して更に諫【いさ】む,皆 揖【ゆう】して退【しりぞ】く。

南海神廟碑00 

 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) 8)三段-2

至州之明年,將夏,祝冊自京師至,

吏以時告,公乃齋祓視冊,誓群有司曰:

「冊有皇帝名,乃上所自署,

其文曰:『嗣天子某,謹遣官某敬祭。』

其恭且嚴如是,敢有不承!

 

(下し文)

州に至るの明年,將に夏ならんとし,祝冊 京師より至る,

吏 時を以って告ぎ,公 乃ち齋祓【さいふつ】して冊を視て,群有司に誓って曰く:

「冊に皇帝の名有りて,乃ち上の自署する所とす,

其の文に曰く:『嗣天子某,謹んで官某を遣わして敬んで祭る。』と。

其の恭 且つ嚴なること是の如し,敢て承けざる有らんや!

 

(現代語訳)

広州の役所に到着した翌年、夏になろうとする時に、南海神の祝祭の文書が都からとどいた。

官吏は祭祀の時期を孔公に告げた。公はそこで物忌みして身を祓い清めてからその公文書を観て、多くの役人たちに誓っていった。

「公文書には皇帝の名があって、そこで天子の自ら御名を書き記されたものである。

その文には次のように言っている、『お世嗣ぎの天子某が、謹んで役人某を遺して、敬い祭るとある。』と。
そのうやうやしく、また、いかめしいことがこのようである。押し切って命令を受けないことがあろうか。

 

韓愈の地図01

(訳注) 8)三段-2

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。

 

至州之明年,將夏,祝冊自京師至,

広州の役所に到着した翌年、夏になろうとする時に、南海神の祝祭の文書が都からとどいた。

○祝冊 祭りを告げる文書。朝廷からの祭りの祝い文。

 

吏以時告,公乃齋祓視冊,誓群有司曰:

官吏は祭祀の時期を孔公に告げた。公はそこで物忌みして身を祓い清めてからその公文書を観て、多くの役人たちに誓っていった。

○齋祓 物忌みして身を祓い清める。

○視冊 その公文書を観る。

 

「冊有皇帝名,乃上所自署,

「公文書には皇帝の名があって、そこで天子の自ら御名を書き記されたものである。

 

其文曰:『嗣天子某,謹遣官某敬祭。』

その文には次のように言っている、『お世嗣ぎの天子某が、謹んで役人某を遺して、敬い祭るとある。』と。

○嗣天子 世嗣ぎの天子。

 

其恭且嚴如是,敢有不承!

そのうやうやしく、また、いかめしいことがこのようである。押し切って命令を受けないことがあろうか。

《南海神廟碑-(7)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1023>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4099韓愈詩-272-3-1

南海神廟碑-(7)》韓愈≫公は正直で几張面で厳格な人であるが、内心は穏やかに安らかであって、職務をつつしみ勤めるひとである。人を治めるのに明智を以てし、神に仕えるのに誠意・真心を以てする。


        
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李白index- 39 《760年上元元年60歳 春、武昌、夏、潯陽に行き、初秋から江南、歴陽の各地に遊ぶ。》李白詩 全詩<李白index- 39> Ⅰ李白詩1110 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4098 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor13-328《荷葉盃九首,其四》顧太尉敻(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-511-13-(328) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4102  
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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《南海神廟碑-(7)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1023  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4099韓愈詩-272-3-1

 

 

(7)三段-1

元和十二年,始詔用前尚書右丞國子祭酒魯國孔公爲廣州刺史

元和十二年始めて詔して、前の尚書右国子祭酒魯国の孔公を以て広州の刺史に任じた。

兼御史大夫,以殿南服。

そして兼務として兼御史大夫に任じて、南方の地区を鎮め治めさせられた。

公正直方嚴,中心樂易,祗慎所職;

公は正直で几張面で厳格な人であるが、内心は穏やかに安らかであって、職務をつつしみ勤めるひとである。

治人以明,事神以誠;

人を治めるのに明智を以てし、神に仕えるのに誠意・真心を以てする。

内外單盡,不爲表爆。

内面、外面のことはことごとく、表面を取り繕い、上辺を飾ることをしないのである。

 

8)三段-2

至州之明年,將夏,祝冊自京師至,

吏以時告,公乃齋祓視冊,誓群有司曰:

「冊有皇帝名,乃上所自署,

其文曰:『嗣天子某,謹遣官某敬祭。』

其恭且嚴如是,敢有不承!

(9)三段-3

明日,吾將宿廟下,以供晨事。」

明日,吏以風雨白,不聽。

於是州府文武吏士,凡百數,

交謁更諫,皆揖而退。

 

(7)三段-1

元和十二年,始めて詔して 前の尚書右丞國子祭酒 魯國の孔公を用って廣州の刺史兼ね御史大夫と爲して,以て南服を殿【しず】む。

公は正直 方嚴,中心 樂易,職とする所を祗慎【ししん】す;

人を治むるに明を以てし,神に事【つか】うるに誠を以てす;

内外 單【ことご】とく盡して,表爆を爲さず。

(8)三段-2

州に至るの明年,將に夏ならんとし,祝冊 京師より至る,

吏 時を以って告ぎ,公 乃ち齋祓【さいふつ】して冊を視て,群有司に誓って曰く:

「冊に皇帝の名有りて,乃ち上の自署する所とす,

其の文に曰く:『嗣天子某,謹んで官某を遣わして敬んで祭る。』と。

其の恭 且つ嚴なること是の如し,敢て承けざる有らんや!

(9)三段-3

明日,吾 將に廟下に宿して,以て供晨事にせんとす。」と。

明日,吏 風雨を以てすと白【もう】す,聽かず。

是の於て州府の文武 吏士,凡そ百數,交【こもご】も謁して更に諫【いさ】む,皆 揖【ゆう】して退【しりぞ】く。

 

南海神廟碑00 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) (7)三段-1

元和十二年,始詔用前尚書右丞國子祭酒魯國孔公爲廣州刺史兼御史大夫,以殿南服。

公正直方嚴,中心樂易,祗慎所職;

治人以明,事神以誠;

内外單盡,不爲表爆。

 

(下し文)

元和十二年,始めて詔して 前の尚書右丞國子祭酒 魯國の孔公を用って廣州の刺史兼ね御史大夫と爲して,以て南服を殿【しず】む。

公は正直 方嚴,中心 樂易,職とする所を祗慎【ししん】す;

人を治むるに明を以てし,神に事【つか】うるに誠を以てす;

内外 單【ことご】とく盡して,表爆を爲さず。

 

(現代語訳)

元和十二年始めて詔して、前の尚書右国子祭酒魯国の孔公を以て広州の刺史に任じた。

そして兼務として兼御史大夫に任じて、南方の地区を鎮め治めさせられた。

公は正直で几張面で厳格な人であるが、内心は穏やかに安らかであって、職務をつつしみ勤めるひとである。

人を治めるのに明智を以てし、神に仕えるのに誠意・真心を以てする。

内面、外面のことはことごとく、表面を取り繕い、上辺を飾ることをしないのである。

 

韓愈の地図01 

(訳注) (7)三段-1

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。

 

元和十二年,始詔用前尚書右丞國子祭酒魯國孔公爲廣州刺史。

元和十二年始めて詔して、前の尚書右国子祭酒魯国の孔公を以て広州の刺史に任じた。

○孔公 817年元和十二年七月に、孔鄈を嶺南節度使に任じた。

 

兼御史大夫,以殿南服。

そして兼務として兼御史大夫に任じて、南方の地区を鎮め治めさせられた。

○殿南服 南服をしずむと読む。殿は鎮圧、定、さだむと訓じてもよい。『詩経』小雅采篇に「天子の邦殿む」とある。南服は五嶺山脈の南方の邦国。天子に服する邦国を服といぅ。

 

公正直方嚴,中心樂易,祗慎所職;

公は正直で几張面で厳格な人であるが、内心は穏やかに安らかであって、職務をつつしみ勤めるひとである。

○砥慎 二字共つつしむの義。

 

治人以明,事神以誠;

人を治めるのに明智を以てし、神に仕えるのに誠意・真心を以てする。

 

内外單盡,不爲表爆。

内面、外面のことはことごとく、表面を取り繕い、上辺を飾ることをしないのである。

○単 すべて、ことごとく。

○表爆 表面を飾る。爆は外衣の限界を超える。ここは外見はどうでもよいということ。
tasogare45000 

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《南海神廟碑-(6)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1022>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4094韓愈詩-272-2-3

役人はますます物を供えず、随って神は人々を顧みて祭りを受けることをしなくなるのだ。そのため秋の暴風、あやしい雨が、吹き起こって定めなく、人はその害を蒙るのであった。


        
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《南海神廟碑-(6)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1022  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4094韓愈詩-272-2-3

 

 

(4)二段-1

而刺史常節度五嶺諸軍,

そして比の広州の刺史は、当然五嶺地方の諸軍を指し図した。

仍觀察其郡邑,於南方事無所不統,

それはやはり其の郡の都市を観察して地方を治めなければならないからであり、南方の政治軍事において、統べて支配しないものはないのである。

地大以遠,故常選用重人。

その土地は大きくて遠く京師から離れている。それ故、重臣を選んで用いることになる。

既貴而富,且不習海事,

重人はすでに貴い官について財も富み、その上、海の事に慣れていないのである。

又當祀時海常多大風,將往皆憂戚。

また祭りの時に当たって、海は常に大風が多い。南海神を祭りに扶胥の港に行こうとするときは、皆憂い盛んでいくのである。

 (5)二段-2

既進,觀顧怖悸,故常以疾爲解,

やがて船が進み、そして眺め見まわして、おそれ胸さわぎするのであった。それ故に常に病気を以て言いわけをしたのだ。

而委事於其副,其來已久。

そうして仕事を副官にまかせた。そのようなしきたりはすでに久しいのである。

故明宮齋廬,上雨旁風,無所蓋障;

故に清められた神殿、物いみの小屋も、上は雨ふり四方は風が吹き込み、屋根の蓋も、周囲の風の障りもない有様であった。

牲酒瘠酸,取具臨時;

犠牲は宿せて、酒は貧弱で酸っぱく、祭具もその時々の間に合わせのものを用いる。

 (6)二段-3

水陸之品,狼籍籩豆;

水陸の供え物の類も、竹製の入れ物、木の盛り器に散乱している。

薦裸興俯,不中儀式;

神に供え物を薦め、酒を祭壇にそそぐ裸の礼に、身を起こし下にうち伏す動作も儀式の定めにあたらない。

吏滋不供,神不顧享;

役人はますます物を供えず、随って神は人々を顧みて祭りを受けることをしなくなるのだ。

盲風怪雨,發作無節,人蒙其害。

そのため秋の暴風、あやしい雨が、吹き起こって定めなく、人はその害を蒙るのであった。

韓愈の地図01 

(4)二段-1

而して刺史は常に五嶺の諸軍を節度し,

仍ち其の郡邑を觀察すべく,南方の事に於いて統べざる所無し,

地 大に以って遠く,故に常に重人を選用す。

既に貴くして富み,且つ海事に習わず,

又 祀時に當りて 海 常に大風多く,將に往んとして 皆憂戚す。

(5)二段-2

既に進み,觀顧して怖悸【ふき】し,故に常に疾を以って解を爲す,

而して事を其の副に委ね,其の來るは已に久し。

故に明宮齋廬【さいろ】に,上雨 旁風し,蓋障【がいしょう】する所無し;

牲酒 瘠酸【せきさん】にして,具を臨時に取る;

(6)二段-3

水陸の品,籩豆に狼籍たり;

薦裸 興俯し,儀式に中【あた】らず;

吏 滋【ますま】す供せず,神 顧りみ享【う】けず;

盲風怪雨,發作して節無く,人 其の害を蒙る。

 

南海神廟碑00 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文)(6)二段-3

水陸之品,狼籍籩豆;

薦裸興俯,不中儀式;

吏滋不供,神不顧享;

盲風怪雨,發作無節,人蒙其害。

 

 

(下し文) (6)二段-3

水陸の品,籩豆に狼籍たり;

薦裸 興俯し,儀式に中【あた】らず;

吏 滋【ますま】す供せず,神 顧りみ享【う】けず;

盲風怪雨,發作して節無く,人 其の害を蒙る。

 

(現代語訳)

水陸の供え物の類も、竹製の入れ物、木の盛り器に散乱している。

神に供え物を薦め、酒を祭壇にそそぐ裸の礼に、身を起こし下にうち伏す動作も儀式の定めにあたらない。

役人はますます物を供えず、随って神は人々を顧みて祭りを受けることをしなくなるのだ。

そのため秋の暴風、あやしい雨が、吹き起こって定めなく、人はその害を蒙るのであった。

 

 

(訳注) (5)二段-3

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。

 

水陸之品,狼籍籩豆;

水陸の供え物の類も、竹製の入れ物、木の盛り器に散乱している。

○狼籍 散り乱れる。狼の臥した跡は草が籍(敷)き伏していることからいう。

○籩豆 籩は竹編みの供え物入れ。豆は木で作った塩肉を入れる物。

 

薦裸興俯,不中儀式;

神に供え物を薦め、酒を祭壇にそそぐ裸の礼に、身を起こし下にうち伏す動作も儀式の定めにあたらない。

○薦裸 薦は神に供え物を進める。裸は鬱鬯の酒(鬱金草をひたし色香をつけた酒)を条項にそそいで神霊を降す儀式。

○興僻 身を起こし、身を伏す礼拝の動作。

 

吏滋不供,神不顧享;

役人はますます物を供えず、随って神は人々を顧みて祭りを受けることをしなくなるのだ。

○滋 ますます。いよいよ。

○顧享 神よ。 神が祭る人を顧みてその供え物を享けて福を下す。

 

盲風怪雨,發作無節,人蒙其害。

そのため秋の暴風、あやしい雨が、吹き起こって定めなく、人はその害を蒙るのであった。

○盲風 秋に吹く暴風をいう。

○怪雨 気味悪い雨。

○発作 おこる。発しおこる。

 韓愈(韓退之)02

《南海神廟碑-(5)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1021>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4089韓愈詩-272-2-2

やがて船が進み、そして眺め見まわして、おそれ胸さわぎするのであった。それ故に常に病気を以て言いわけをしたのだ。そうして仕事を副官にまかせた。そのようなしきたりはすでに久しいのである。

        
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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《南海神廟碑-(5)》韓愈(韓退之Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1021  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4089韓愈詩-272-2-2

 

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(4)二段-1

而刺史常節度五嶺諸軍,

そして比の広州の刺史は、当然五嶺地方の諸軍を指し図した。

仍觀察其郡邑,於南方事無所不統,

それはやはり其の郡の都市を観察して地方を治めなければならないからであり、南方の政治軍事において、統べて支配しないものはないのである。

地大以遠,故常選用重人。

その土地は大きくて遠く京師から離れている。それ故、重臣を選んで用いることになる。

既貴而富,且不習海事,

重人はすでに貴い官について財も富み、その上、海の事に慣れていないのである。

又當祀時海常多大風,將往皆憂戚。

また祭りの時に当たって、海は常に大風が多い。南海神を祭りに扶胥の港に行こうとするときは、皆憂い盛んでいくのである。

 (5)二段-2

既進,觀顧怖悸,故常以疾爲解,

やがて船が進み、そして眺め見まわして、おそれ胸さわぎするのであった。それ故に常に病気を以て言いわけをしたのだ。

而委事於其副,其來已久。

そうして仕事を副官にまかせた。そのようなしきたりはすでに久しいのである。

故明宮齋廬,上雨旁風,無所蓋障;

故に清められた神殿、物いみの小屋も、上は雨ふり四方は風が吹き込み、屋根の蓋も、周囲の風の障りもない有様であった。

牲酒瘠酸,取具臨時;

犠牲は宿せて、酒は貧弱で酸っぱく、祭具もその時々の間に合わせのものを用いる。

 (6)二段-3

水陸之品,狼籍籩豆;

薦裸興俯,不中儀式;

吏滋不供,神不顧享;

盲風怪雨,發作無節,人蒙其害。

 

(4)二段-1

而して刺史は常に五嶺の諸軍を節度し,

仍ち其の郡邑を觀察すべく,南方の事に於いて統べざる所無し,

地 大に以って遠く,故に常に重人を選用す。

既に貴くして富み,且つ海事に習わず,

又 祀時に當りて 海 常に大風多く,將に往んとして 皆憂戚す。

(5)二段-2

既に進み,觀顧して怖悸【ふき】し,故に常に疾を以って解を爲す,

而して事を其の副に委ね,其の來るは已に久し。

故に明宮齋廬【さいろ】に,上雨 旁風し,蓋障【がいしょう】する所無し;

牲酒 瘠酸【せきさん】にして,具を臨時に取る;

(6)二段-3

水陸の品,籩豆に狼籍たり;

薦裸 興俯し,儀式に中【あた】らず;

吏 滋【ますま】す供せず,神 顧りみ享【う】けず;

盲風怪雨,發作して節無く,人 其の害を蒙る。

 

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『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文)(5)二段-2

既進,觀顧怖悸,故常以疾爲解,

而委事於其副,其來已久。

故明宮齋廬,上雨旁風,無所蓋障;

牲酒瘠酸,取具臨時;

 

(下し文)

(5)二段-2

既に進み,觀顧して怖悸【ふき】し,故に常に疾を以って解を爲す,

而して事を其の副に委ね,其の來るは已に久し。

故に明宮齋廬【さいろ】に,上雨 旁風し,蓋障【がいしょう】する所無し;

牲酒 瘠酸【せきさん】にして,具を臨時に取る;

 

(現代語訳)

やがて船が進み、そして眺め見まわして、おそれ胸さわぎするのであった。それ故に常に病気を以て言いわけをしたのだ。

そうして仕事を副官にまかせた。そのようなしきたりはすでに久しいのである。

故に清められた神殿、物いみの小屋も、上は雨ふり四方は風が吹き込み、屋根の蓋も、周囲の風の障りもない有様であった。

犠牲は宿せて、酒は貧弱で酸っぱく、祭具もその時々の間に合わせのものを用いる。

 

(訳注) (5)二段-2

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。

 

既進,觀顧怖悸,故常以疾爲解,

やがて船が進み、そして眺め見まわして、おそれ胸さわぎするのであった。それ故に常に病気を以て言いわけをしたのだ。

○怖惇 おそれ胸さわぐ。博もおそれる。

○為解 弁解とする

 

而委事於其副,其來已久。

そうして仕事を副官にまかせた。そのようなしきたりはすでに久しいのである。

 

故明宮齋廬,上雨旁風,無所蓋障;

故に清められた神殿、物いみの小屋も、上は雨ふり四方は風が吹き込み、屋根の蓋も、周囲の風の障りもない有様であった。

○明宮 神殿のこと

○齋廬 物の忌み清めをする小屋、廬はいおり。

○上雨旁風 上から雨漏り、横から風が吹き込む。

○蓋障 蓋は雨をふせぐ屋根、障は風を受ける壁、土塀など。

 

牲酒瘠酸,取具臨時;

犠牲は宿せて、酒は貧弱で酸っぱく、祭具もその時々の間に合わせのものを用いる。

○瘠酸 犠酒をうけていう。犠牲は宿せ、酒は古くて酸味がある。
韓愈の地図01 





 

《南海神廟碑-(4)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1020>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4084韓愈詩-272-2-1

それはやはり其の郡の都市を観察して地方を治めなければならないからであり、南方の政治軍事において、統べて支配しないものはないのである。その土地は大きくて遠く京師から離れている。それ故、重臣を選んで用いることになる。


        
 2014年4月22日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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《南海神廟碑-(4)》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1020  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4084韓愈詩-272-2-1

 

 

(4)二段-1

而刺史常節度五嶺諸軍,

そして比の広州の刺史は、当然五嶺地方の諸軍を指し図した。

仍觀察其郡邑,於南方事無所不統,

それはやはり其の郡の都市を観察して地方を治めなければならないからであり、南方の政治軍事において、統べて支配しないものはないのである。

地大以遠,故常選用重人。

その土地は大きくて遠く京師から離れている。それ故、重臣を選んで用いることになる。

既貴而富,且不習海事,

重人はすでに貴い官について財も富み、その上、海の事に慣れていないのである。

又當祀時海常多大風,將往皆憂戚。

また祭りの時に当たって、海は常に大風が多い。南海神を祭りに扶胥の港に行こうとするときは、皆憂い盛んでいくのである。

 (5)二段-2

既進,觀顧怖悸,故常以疾爲解,

而委事於其副,其來已久。

故明宮齋廬,上雨旁風,無所蓋障;

牲酒瘠酸,取具臨時;

(6)二段-3

水陸之品,狼籍籩豆;

薦裸興俯,不中儀式;

吏滋不供,神不顧享;

盲風怪雨,發作無節,人蒙其害。

 

(4)二段-1

而して刺史は常に五嶺の諸軍を節度し,

仍ち其の郡邑を觀察すべく,南方の事に於いて統べざる所無し,

地 大に以って遠く,故に常に重人を選用す。

既に貴くして富み,且つ海事に習わず,

又 祀時に當りて 海 常に大風多く,將に往んとして 皆憂戚す。

(5)二段-2

既に進み,觀顧して怖悸【ふき】し,故に常に疾を以って解を爲す,

而して事を其の副に委ね,其の來るは已に久し。

故に明宮齋廬【さいろ】に,上雨 旁風し,蓋障【がいしょう】する所無し;

牲酒 瘠酸【せきさん】にして,具を臨時に取る;

(6)二段-3

水陸の品,籩豆に狼籍たり;

薦裸 興俯し,儀式に中【あた】らず;

吏 滋【ますま】す供せず,神 顧りみ享【う】けず;

盲風怪雨,發作して節無く,人 其の害を蒙る。

南海神廟碑00 

 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) (4)二段-1

而刺史常節度五嶺諸軍,

仍觀察其郡邑,於南方事無所不統,

地大以遠,故常選用重人。

既貴而富,且不習海事,

又當祀時海常多大風,將往皆憂戚。

 

(下し文) (4)二段-1

而して刺史は常に五嶺の諸軍を節度し,

仍ち其の郡邑を觀察すべく,南方の事に於いて統べざる所無し,

地 大に以って遠く,故に常に重人を選用す。

既に貴くして富み,且つ海事に習わず,

又 祀時に當りて 海 常に大風多く,將に往んとして 皆憂戚す。

 

(現代語訳)

そして比の広州の刺史は、当然五嶺地方の諸軍を指し図した。

それはやはり其の郡の都市を観察して地方を治めなければならないからであり、南方の政治軍事において、統べて支配しないものはないのである。

その土地は大きくて遠く京師から離れている。それ故、重臣を選んで用いることになる。

重人はすでに貴い官について財も富み、その上、海の事に慣れていないのである。

また祭りの時に当たって、海は常に大風が多い。南海神を祭りに扶胥の港に行こうとするときは、皆憂い盛んでいくのである。

寒梅000 

(訳注) (4)二段-1

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。

 

而刺史常節度五嶺諸軍,

そして比の広州の刺史は、当然五嶺地方の諸軍を指し図した。

〇五嶺 潮撃福建の境の大痛∵始安・臨賀・桂陽・掲陽の五山傾。

 

仍觀察其郡邑,於南方事無所不統,

それはやはり其の郡の都市を観察して地方を治めなければならないからであり、南方の政治軍事において、統べて支配しないものはないのである。

 

地大以遠,故常選用重人。

その土地は大きくて遠く京師から離れている。それ故、重臣を選んで用いることになる。

○重人 重要な人物。

 

既貴而富,且不習海事,

重人はすでに貴い官について財も富み、その上、海の事に慣れていないのである。

 

又當祀時海常多大風,將往皆憂戚。

また祭りの時に当たって、海は常に大風が多い。南海神を祭りに扶胥の港に行こうとするときは、皆憂い盛んでいくのである。
韓愈の地図01 

《南海神廟碑》-3韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1019>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4079韓愈詩-272-1-3

こういうわけで、南海の神を冊書に記して尊び、広利王となした。常に立夏の気候になるときに、広州の刺史に命じて、祭事を祠廟のもとに行い、行事が終われば、宿場継ぎの速馬で朝廷に報告するのであった。

        
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南海神廟碑》-3韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1019  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4079韓愈詩-272-1-3

 sas0002

 

一段-1

海於天地間爲物最巨。

海は天地の間で、最も巨大な物である。

自三代聖王,莫不祀事,

夏・殷・周三代の聖王より以来、祀り仕えない王はなかった。

考於傳記,而南海神次最貴,

これを伝記の書に考えてみるに、南海の神の位は最も貴くて、

在北東西三神、河伯之上,

北海、東海、西海の三神や黄河の神、河伯の上にある。

號爲「祝融」。

祝融と号していた。

一段-2

天寶中,天子以爲古爵莫貴於公侯,

天宝年間に、玄宗皇帝は思われた、いにしえの爵位は公爵・侯爵より貴いものは無い。

故海嶽之祝,犧幣之數,

故に海や山の祭りの格式、供物の犠牲や絹布の数量もきまっている、

放而依之,所以致崇極於大神。

公・侯に見ならってその例により、これが尊崇の極みを大神にささげるわけのものであった。

今王亦爵也,而禮海嶽,

今は王も爵位であり、そして海や山岳に礼を以て仕える。

尚循公侯之事,虛王儀而不用,

まだ、公・侯の格式の行事に循って、王の儀礼があるのをむなしく用いないでいる。

非致崇極之意也。

崇敬の極みをささげるの意思ではないのである、ということなのである。

一段-3

由是冊尊南海神爲「廣利王」,

こういうわけで、南海の神を冊書に記して尊び、広利王となした。

祝號祭式,與次俱升。

祭神の称号及び祭礼の儀式なども、その地位とともに昇格したのである。

因其故廟,易而新之,

これまでの廟の場所をそのままにして、廟を易えて新しくした。

在今廣州治之東南,海道八十里,

今の広州の役所の東南、海路八十里離れたところにある。

扶胥之口,黄木之灣。

それが扶胥の港、黄木の湾である。
常以立夏氣至,命廣州刺史行事祠下,事訖驛聞。

常に立夏の気候になるときに、広州の刺史に命じて、祭事を祠廟のもとに行い、行事が終われば、宿場継ぎの速馬で朝廷に報告するのであった。

 

一段-1

海は天地の間において物爲ること最も巨なり。

三代の聖王より,祀事せざる莫し,

傳記に考えて,南海の神は次 最も貴し,

北、東、西の三神は、河伯の上に在る,

號して「祝融」と爲す。

一段-2

天寶中,天子以爲【おもえ】らく古の爵は公、侯より貴きは莫し,

故に海嶽の祝,犧幣【ぎへい】の數,

放【なら】って之に依り,崇極を大神に致す所以【ゆえん】なり。

今 王も亦た爵なりて,而して海嶽を禮す,

尚お公侯の事に循【したが】い,王儀を虛【むな】しゅうして用いざる,

崇極を致すの意に非ずなり。

一段-3

是に由りて冊して南海の神を尊んで「廣利王」と爲す,

祝號【しゅくごう】祭式【さいしき】,次と俱に升【のぼ】る。

其の故廟に因り,易くして之をに新す,

今の廣州の治の東南,海道八十里に在る,

扶胥【ふしょ】の口,黄木の灣あり。

常に立夏の氣至るを以って,廣州の刺史に命じて事 祠下【しか】に行わしめ,事 訖【おわ】って 驛 聞す。

南海神廟碑00 

 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文)一段-3

由是冊尊南海神爲「廣利王」,

祝號祭式,與次俱升。

因其故廟,易而新之,

在今廣州治之東南,海道八十里,

扶胥之口,黄木之灣。

常以立夏氣至,命廣州刺史行事祠下,事訖驛聞。

 

(下し文) 一段-3

是に由りて冊して南海の神を尊んで「廣利王」と爲す,

祝號【しゅくごう】祭式【さいしき】,次と俱に升【のぼ】る。

其の故廟に因り,易くして之をに新す,

今の廣州の治の東南,海道八十里に在る,

扶胥【ふしょ】の口,黄木の灣あり。

常に立夏の氣至るを以って,廣州の刺史に命じて事 祠下【しか】に行わしめ,事 訖【おわ】って 驛 聞す。

 

(現代語訳)

こういうわけで、南海の神を冊書に記して尊び、広利王となした。

祭神の称号及び祭礼の儀式なども、その地位とともに昇格したのである。

これまでの廟の場所をそのままにして、廟を易えて新しくした。

今の広州の役所の東南、海路八十里離れたところにある。

常に立夏の気候になるときに、広州の刺史に命じて、祭事を祠廟のもとに行い、行事が終われば、宿場継ぎの速馬で朝廷に報告するのであった。

 

(訳注) 一段-3

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。

 

由是冊尊南海神爲「廣利王」,

こういうわけで、南海の神を冊書に記して尊び、広利王となした。

○冊 書冊(文書) に記して公式に任命する。

○廣利王 四海竜王(しかいりゅうおう)とは四海を治めるとされる四人の竜王の事である。本記事は主に中国の四海竜王について取り上げる。四海竜王は古くは唐の玄宗が、751年に四海の神を封じてそれぞれ広徳王(東海)、広利王(南海)、広潤王(西海)、広澤王(北海)の称号をそれぞれ授けている。

竜を真の姿として現れるが、普段は人間風の竜として、龍宮(水晶宮)でエビやカニたちに守られている。海を統治すること以外に、雲と雨を操る。怒らせると、都市を洪水にしてしまう。東海竜王が最も大きい領土をもつという。それぞれ別名がある。

東海龍王: 敖廣(ごうこう),廣徳王

南海龍王: 敖欽(ごうきん)または敖紹(ごうしょう),廣利王

西海龍王: 敖閏(ごうじゅん),廣順王

北海龍王: 敖順(ごうじゅん)敖炎(ごうえん),廣澤王

『封神演義』では、四海竜王の名は東海が敖光、西海は敖順、南海は敖明、北海は敖吉と記されている

 

祝號祭式,與次俱升。

祭神の称号及び祭礼の儀式なども、その地位とともに昇格したのである。

○祝号 前述「祝」の項に記した。

○次 位。位置。

 

因其故廟,易而新之,

これまでの廟の場所をそのままにして、廟を易えて新しくした。

 

在今廣州治之東南,海道八十里,

今の広州の役所の東南、海路八十里離れたところにある。

○海道 海上の道。

 

扶胥之口,黄木之灣。

それが扶胥の港、黄木の湾である。

○扶胥之口 広東省香南県南の地名。口は港。

○黄木之湾 扶胥の地の湾名。

 

常以立夏氣至,命廣州刺史行事祠下,事訖驛聞。

常に立夏の気候になるときに、広州の刺史に命じて、祭事を祠廟のもとに行い、行事が終われば、宿場継ぎの速馬で朝廷に報告するのであった。

○立夏 夏に入るという暦の上の日。五月六日或いは七日。

○駅聞 宿場でのいわゆる駅伝制の速馬で朝廷に報告する。
韓愈の地図01 

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《南海神廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1018>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4074韓愈詩-272-1-2

天宝年間に、玄宗皇帝は思われた、いにしえの爵位は公爵・侯爵より貴いものは無い。故に海や山の祭りの格式、供物の犠牲や絹布の数量もきまっている、公・侯に見ならってその例により、これが尊崇の極みを大神にささげるわけのものであった。


        
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《南海神廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1018  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4074韓愈詩-272-1-2

 

 

一段-1

海於天地間爲物最巨。

海は天地の間で、最も巨大な物である。

自三代聖王,莫不祀事,

夏・殷・周三代の聖王より以来、祀り仕えない王はなかった。

考於傳記,而南海神次最貴,

これを伝記の書に考えてみるに、南海の神の位は最も貴くて、

在北東西三神、河伯之上,

北海、東海、西海の三神や黄河の神、河伯の上にある。

號爲「祝融」

祝融と号していた。

一段-2

天寶中,天子以爲古爵莫貴於公侯,

天宝年間に、玄宗皇帝は思われた、いにしえの爵位は公爵・侯爵より貴いものは無い。

故海嶽之祝,犧幣之數,

故に海や山の祭りの格式、供物の犠牲や絹布の数量もきまっている、

放而依之,所以致崇極於大神。

公・侯に見ならってその例により、これが尊崇の極みを大神にささげるわけのものであった。

今王亦爵也,而禮海嶽,

今は王も爵位であり、そして海や山岳に礼を以て仕える。

尚循公侯之事,虛王儀而不用,

まだ、公・侯の格式の行事に循って、王の儀礼があるのをむなしく用いないでいる。

非致崇極之意也。

崇敬の極みをささげるの意思ではないのである、ということなのである。

一段-3

由是冊尊南海神爲「廣利王」,

祝號祭式,與次俱升。

因其故廟,易而新之,

在今廣州治之東南,海道八十里,

扶胥之口,黄木之灣。

常以立夏氣至,命廣州刺史行事祠下,事訖驛聞。

 

一段-1

海は天地の間において物爲ること最も巨なり。

三代の聖王より,祀事せざる莫し,

傳記に考えて,南海の神は次 最も貴し,

北、東、西の三神は、河伯の上に在る,

號して「祝融」と爲す。

一段-2

天寶中,天子以爲【おもえ】らく古の爵は公、侯より貴きは莫し,

故に海嶽の祝,犧幣【ぎへい】の數,

放【なら】って之に依り,崇極を大神に致す所以【ゆえん】なり。

今 王も亦た爵なりて,而して海嶽を禮す,

尚お公侯の事に循【したが】い,王儀を虛【むな】しゅうして用いざる,

崇極を致すの意に非ずなり。

一段-3

是に由りて冊して南海の神を尊んで「廣利王」と爲す,

祝號【しゅくごう】祭式【さいしき】,次と俱に升【のぼ】る。

其の故廟に因り,易くして之をに新す,

今の廣州の治の東南,海道八十里に在る,

扶胥【ふしょ】の口,黄木の灣あり。

常に立夏の氣至るを以って,廣州の刺史に命じて事 祠下【しか】に行わしめ,事 訖【おわ】って 驛 聞す。

南海神廟碑00 

 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) 一段-2

天寶中,天子以爲古爵莫貴於公侯,

故海嶽之祝,犧幣之數,

放而依之,所以致崇極於大神。

今王亦爵也,而禮海嶽,

尚循公侯之事,虛王儀而不用,

非致崇極之意也。

 

(下し文)

一段-2

天寶中,天子以爲【おもえ】らく古の爵は公、侯より貴きは莫し,

故に海嶽の祝,犧幣【ぎへい】の數,

放【なら】って之に依り,崇極を大神に致す所以【ゆえん】なり。

今 王も亦た爵なりて,而して海嶽を禮す,

尚お公侯の事に循【したが】い,王儀を虛【むな】しゅうして用いざる,

崇極を致すの意に非ずなり。

 

(現代語訳)

天宝年間に、玄宗皇帝は思われた、いにしえの爵位は公爵・侯爵より貴いものは無い。

故に海や山の祭りの格式、供物の犠牲や絹布の数量もきまっている、

公・侯に見ならってその例により、これが尊崇の極みを大神にささげるわけのものであった。

今は王も爵位であり、そして海や山岳に礼を以て仕える。

まだ、公・侯の格式の行事に循って、王の儀礼があるのをむなしく用いないでいる。

崇敬の極みをささげるの意思ではないのである、ということなのである。

 

(訳注) 一段-2

南海神廟碑

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。
 

天寶中,天子以爲古爵莫貴於公侯,

天宝年間に、玄宗皇帝は思われた、いにしえの爵位は公爵・侯爵より貴いものは無い。

 

故海嶽之祝,犧幣之數,

故に海や山の祭りの格式、供物の犠牲や絹布の数量もきまっている、

○海嶽 四海、五岳のこと。

○祝 祭典などの時に用いる神の称号格式。視は祈り祭るの義であるが、ここは後の「祝号」 の略であろう。

○犠幣 供え物の犠牲(牛羊等)やぬさ(絹布) など。

 

放而依之,所以致崇極於大神。

公・侯に見ならってその例により、これが尊崇の極みを大神にささげるわけのものであった。

○放 傚、ならう。

○致崇極 崇ぶ極みをささげる。致は神にささげる。『礼記』王制に「天子は天下の名山大川を祭り、五岳は三公に視(なぞら)う。四瀆(しとく)(長江・准水・黄河・漢水)は諸侯に視う。」とある。

 

今王亦爵也,而禮海嶽,

今は王も爵位であり、そして海や山岳に礼を以て仕える。

 

尚循公侯之事,虛王儀而不用,

まだ、公・侯の格式の行事に循って、王の儀礼があるのをむなしく用いないでいる。

○虚王俵 王の儀式があるのに、これを空虚にして用いない。

 

非致崇極之意也。

崇敬の極みをささげるの意思ではないのである、ということなのである。
韓愈の地図01 

392《南海神廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1017>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4069韓愈詩-272-1-1

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。


        
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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《南海神廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1017  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4069韓愈詩-272-1-1

 

唐宋八大家文読本 巻五

index-12        392       820年元和15年 53

 

 

南海神廟碑

一段

  海於天地間爲物最巨。自三代聖王,莫不祀事,考於傳記,而南海神次最貴,在北東西三神、河伯之上,號爲「祝融」。天寶中,天子以爲古爵莫貴於公侯,故海嶽之祝,犧幣之數,放而依之,所以致崇極於大神。今王亦爵也,而禮海嶽,尚循公侯之事,虛王儀而不用,非致崇極之意也。由是冊尊南海神爲「廣利王」,祝號祭式,與次俱升。因其故廟,易而新之,在今廣州治之東南,海道八十里,扶胥之口,黄木之灣。常以立夏氣至,命廣州刺史行事祠下,事訖驛聞。

二段

而刺史常節度五嶺諸軍,仍觀察其郡邑,於南方事無所不統,地大以遠,故常選用重人。既貴而富,且不習海事,又當祀時海常多大風,將往皆憂戚。既進,觀顧怖悸,故常以疾爲解,而委事於其副,其來已久。故明宮齋廬,上雨旁風,無所蓋障;牲酒瘠酸,取具臨時;水陸之品,狼籍籩豆;薦裸興俯,不中儀式;吏滋不供,神不顧享;盲風怪雨,發作無節,人蒙其害。

 

三段

  元和十二年,始詔用前尚書右丞國子祭酒魯國孔公爲廣州刺史兼御史大夫,以殿南服。公正直方嚴,中心樂易,祗慎所職;治人以明,事神以誠;内外單盡,不爲表爆。至州之明年,將夏,祝冊自京師至,吏以時告,公乃齋祓視冊,誓群有司曰:「冊有皇帝名,乃上所自署,其文曰:『嗣天子某,謹遣官某敬祭。』其恭且嚴如是,敢有不承!明日,吾將宿廟下,以供晨事。」明日,吏以風雨白,不聽。於是州府文武吏士,凡百數,交謁更諫,皆揖而退。

四段

公遂升舟,風雨少弛,棹夫奏功,雲陰解駁,目光穿漏,波伏不興。省牲之夕,載載陰;將事之夜,天地開除,月星明既。五鼓既作,牽牛正中,公乃盛服執笏,以入即事。文武賓屬,俯首聽位,各執其職。牲肥酒香,樽爵淨潔,降登有數,神具醉飽。海之百靈祕怪,慌惚畢出,蜿蜿蛇蛇,來享飲食。闔廟鏇艫,祥飆送帆,旗纛旄麾,飛颺靄,饒鼓嘲轟,高管嗷噪,武夫奮掉,工師唱和,穹龜長魚,踴躍後先,乾端坤倪,軒豁呈露。祀之之,風災熄滅,人厭魚蟹,五穀胥熟。明年祀歸,又廣廟宮而大之:治其庭壇,改作東西兩序,齋庖之房,百用具修。明年其時,公又固往,不懈益虔,仍大和,耋艾歌詠。

 

五段

  始公之至,盡除他名之税,罷衣食於官之可去者;四方之使,不以資交;以身爲帥,燕享有時,賞與以節;公藏私蓄,上下與足。於是免屬州負逋之緡錢廿巨有四萬,米三萬二千斛。賦金之州,耗金一八百,困不能償,皆以丐之。加西南守長之俸,誅。其尤無良不聽令者,由是皆自重慎法。人士之落南不能歸者,與流徙之胄百廿八族,用。其才良,而其無告者。其女子可嫁,與之錢財,令無失時。刑德並流,方地數千里,不識盜;山行海宿,不擇處所;事神治人,其可謂備至耳矣。鹹願刻廟石,以着厥美,而系以詩。乃作詩曰:

 

 

六段

南海之墟,祝融之宅。即祀於旁,帝命南伯。

吏隋不躬,正自今公。明用享錫,右我家邦。

惟明天子,惟慎厥使。我公在官,神人致喜。

海嶺之陬,既足既濡。胡不均宏,俾執事樞。

公行勿遲,公無遽歸。匪我私公,神人具依。

 

 南海神廟碑00

一段-1

海於天地間爲物最巨。

海は天地の間で、最も巨大な物である。

自三代聖王,莫不祀事,

夏・殷・周三代の聖王より以来、祀り仕えない王はなかった。

考於傳記,而南海神次最貴,

これを伝記の書に考えてみるに、南海の神の位は最も貴くて、

在北東西三神、河伯之上,

北海、東海、西海の三神や黄河の神、河伯の上にある。

號爲「祝融」。

祝融と号していた。一段-2

天寶中,天子以爲古爵莫貴於公侯,

故海嶽之祝,犧幣之數,

放而依之,所以致崇極於大神。

今王亦爵也,而禮海嶽,

尚循公侯之事,虛王儀而不用,

非致崇極之意也。

一段-3

由是冊尊南海神爲「廣利王」,

祝號祭式,與次俱升。

因其故廟,易而新之,

在今廣州治之東南,海道八十里,

扶胥之口,黄木之灣。

常以立夏氣至,命廣州刺史行事祠下,事訖驛聞。

 

一段-1

海は天地の間において物爲ること最も巨なり。

三代の聖王より,祀事せざる莫し,

傳記に考えて,南海の神は次 最も貴し,

北、東、西の三神は、河伯の上に在る,

號して「祝融」と爲す。

一段-2

天寶中,天子以爲【おもえ】らく古の爵は公、侯より貴きは莫し,

故に海嶽の祝,犧幣【ぎへい】の數,

放【なら】って之に依り,崇極を大神に致す所以【ゆえん】なり。

今 王も亦た爵なりて,而して海嶽を禮す,

尚お公侯の事に循【したが】い,王儀を虛【むな】しゅうして用いざる,

崇極を致すの意に非ずなり。

一段-3

是に由りて冊して南海の神を尊んで「廣利王」と爲す,

祝號【しゅくごう】祭式【さいしき】,次と俱に升【のぼ】る。

其の故廟に因り,易くして之をに新す,

今の廣州の治の東南,海道八十里に在る,

扶胥【ふしょ】の口,黄木の灣あり。

常に立夏の氣至るを以って,廣州の刺史に命じて事 祠下【しか】に行わしめ,事 訖【おわ】って 驛 聞す。

 

 

『南海神廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) 一段-1

海於天地間爲物最巨。

自三代聖王,莫不祀事,

考於傳記,而南海神次最貴,

在北東西三神、河伯之上,

號爲「祝融」。

 

(下し文)一段-1

海は天地の間において物爲ること最も巨なり。

三代の聖王より,祀事せざる莫し,

傳記に考えて,南海の神は次 最も貴し,

北、東、西の三神は、河伯の上に在る,

號して「祝融」と爲す。

 

(現代語訳)

海は天地の間で、最も巨大な物である。

夏・殷・周三代の聖王より以来、祀り仕えない王はなかった。

これを伝記の書に考えてみるに、南海の神の位は最も貴くて、

北海、東海、西海の三神や黄河の神、河伯の上にある。

祝融と号していた。

 韓愈の地図01

(訳注)

広州の南海神廟を修築した事を記した碑文である。これをを以て広州の刺史孔公の治績を、神も人も喜んでいることを表彰するということが主意である。韓愈、820年、元和15年 53歳、五十三歳の作である。

 

一段-1

海於天地間爲物最巨。

海は天地の間で、最も巨大な物である。

○巨 大きい。

 

自三代聖王,莫不祀事,

夏・殷・周三代の聖王より以来、祀り仕えない王はなかった。

○祀事 まつりつかえる。

 

考於傳記,而南海神次最貴,

これを伝記の書に考えてみるに、南海の神の位は最も貴くて、

○伝記 古文書。

○次 席次、席順。

 

在北東西三神、河伯之上,

北海、東海、西海の三神や黄河の神、河伯の上にある。

○河伯 黄河の神、自棺、馬夷ともいう水仙。

 

號爲「祝融」。

祝融と号していた。

○祝融 『山海経』に南方は祝融の神が掌る。獣身人面、両龍に串を引かせる、と。江に火の神とある。南海はその支配する所。

「祝融」(シュクユウ)とは、炎帝の子孫とされ火を司る南方の神であり、その末裔と言う設定で「三国志演義」に登場する架空の人物である。三国志演義の中では「祝融夫人」とも呼ばれる。

祝融神

古代中国の火と南の方位を司る神で、「山海経」「史記」「墨子」にて語られている。

その姿は獣の顔をした人型の神と言われ、洪水を起こす水神「共工」と戦っては不周山に共工の頭をぶつけて勝利し、天帝の命をうけては殷が夏を滅ぼす際に火を降らせたりしたと言われている。三国志演義に登場する駝鳥夫人「祝融」は、この火神の末裔を自称している。
2潮州広東00 

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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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tasogare45000《唐宋八大家文読本 巻六 (15章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩<1016>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4064韓愈詩-271-19



唐宋八大家文読本
巻六  十五章
493唐故江西観察使韋公墓誌銘 
494司徒兼侍中中書令贈太尉許国公神道碑銘 
495唐中議大夫尚書左丞孔公墓誌銘 
496故幽州節度判官贈給事中清河張君墓誌銘 
497施先生墓銘 
498貞曜先生墓誌銘 
499南陽樊紹述墓誌銘 
500柳子厚墓誌銘 
501殿中少監馬君墓誌銘 
502河南少尹李公墓誌銘 
503祭馬僕射文 
504祭柳子厚文 
505祭河南張員外文 
506祭十二郎文 
507鑿魚文 
韓愈の地図01

《唐宋八大家文読本 巻五 (16章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1015>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4059韓愈詩-271-18

 《唐宋八大家文読本 巻五 (16章)》韓愈(韓退之)

        
 2014年4月17日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李白index- 31 《752年天寶十一年52歳 商州、南陽、洛陽で宗氏の娘を娶る、秋、河北道に遊び、幽州・薊門、滄州を経て梁苑で年越》1102kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4058 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ347 韓昌黎集 卷四 107 《苦寒 》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4061 (04/17) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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tasogare45000 《唐宋八大家文読本 巻五 (16章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1015>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4059韓愈詩-271-18



唐宋八大家文読本

巻五 十六章

477河南府同官記 
478新修勝王閣記 
479燕喜亭記 
480藍田県丞庁壁記 
481書記 
482太学生何蕃伝 
483圬者王承福伝 
484毛穎伝 
485317 《韓愈『淮西を平らぐの碑』について》  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3911 (03/18)
 
486392《南海神廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 <1017>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4069韓愈詩-272-1-1 
487黄陵廟碑 
488《394柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <998>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3974韓愈詩-271 
489曹成王碑 
490鳥氏廟碑銘 
491魏博節度観察使沂国公先廟碑銘 
492唐故相権公墓碑 
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《唐宋八大家文読本 巻四  (21章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1014>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4054韓愈詩-271-17

 《唐宋八大家文読本 巻四  (21章)》韓愈(韓退之)

        
 2014年4月16日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李白index- 30 《751年天寶十年51歳 春、南陽穎陽の元丹邱と、河東・関内で遊ぶ。縈陽・鄴中・絳州・邠州、華州で年越》1101kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4053 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ346 《韓昌黎集 全十一巻 卷三   古詩三十首 (案内)》  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4056 (04/16) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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tasogare45000 《唐宋八大家文読本 巻四  (21章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1014>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4054韓愈詩-271-17


唐宋八大家文読本
巻四  二十一章
456送鄭尚書序 
457送幽州李端公序 
458送水陸運使韓侍御帰治所序 
459送殷員外序 
460送区冊序 
461送石処士序 
462送温処士赴河陽軍序 
463送楊少尹序 
464送李愿帰盤谷序 
465送王填序 
466送王秀才序 
467送許郢州序 
468贈崔復州序 
469送孟東野序 
470送董邵南序 
471送斉〓下第序 
472送浮屠文暢師序 
473送高閑上人序 
474送廖道士序 
475=州渓堂詩序 
476荊潭唱和詩序 

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《唐宋八大家文読本 巻三 (18章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩<1013>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4049韓愈詩-271-16

 《唐宋八大家文読本 巻三 (18章)》韓愈(韓退之)
 

        
 2014年4月15日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李白index- 29 《750年天寶九年50歳 春、梁苑から穎陽で元丹邱と嵩山に行く、襄陽で半年、秋、南陽で年越》李白詩 全詩<李白index- 29> Ⅰ李白詩1100 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4048 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ345 《韓昌黎集 全十一巻 卷二   古詩二十九首 (案内)》 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4051 (04/15) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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 《唐宋八大家文読本 巻三 (18章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩<1013>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4049韓愈詩-271-16


唐宋八大家文読本

巻三  十八章

438上宰相書 
439応科目時与人書 
440上兵部李侍郎書 
441与少室李拾遺書 
442答元侍御書 
443与孟尚書書 
444与鄂州柳中丞書 
445再与鄂州柳中丞書 
446与孟東野書 
447上襄陽于相公書 
448与衛中行書 
449答崔立之書 
450与崔群書 
451答李翊書 
452答劉正夫書 
453答尉遅生書 
454答呂鑿山人書 
455与汝州盧郎中論薦候喜状附淮西事誼状 
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《唐宋八大家文読本 巻二 (10章) 》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1012>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4044韓愈詩-271-15

 《唐宋八大家文読本 巻二 (10章) 》韓愈(韓退之)

        
 2014年4月14日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ344 韓昌黎集 巻二 50 《薦士(薦孟郊于鄭餘慶也)》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4046 (04/14) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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 《唐宋八大家文読本 巻二 (10章) 》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1012>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4044韓愈詩-271-15


唐宋八大家文読本

巻二  十章

428儒家道徳の根源・本質を説く論文。『論佛骨表』 韓愈臣某言:伏以佛者,
429《潮州刺史謝上表》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <933>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3649韓愈詩-242-1臣某言:臣以狂妄戇愚,
 《潮州刺史謝上表》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <934>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3654韓愈詩-242-(2)#1-2 
 《潮州刺史謝上表》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <935>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3659韓愈詩-242-(3) 
 《潮州刺史謝上表》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <936>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3664韓愈詩-242-(4) 
 《潮州刺史謝上表》(5) 韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <937>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3669韓愈詩-242-(5) 
 《潮州刺史謝上表》(6)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <938>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3674韓愈詩-242-(6) 
 《潮州刺史謝上表》(7)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <939>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3679韓愈詩-242-(7) 
 《潮州刺史謝上表》(8)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <940>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3684韓愈詩-242-(8) 
 《潮州刺史謝上表》(9) 韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <941>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3689韓愈詩-242-(9) 
 潮州刺史謝上表》(10)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <942>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3694韓愈詩-242-(10) 
 《潮州刺史謝上表》(11)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <943>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3699韓愈詩-242-(11) 
 《潮州刺史謝上表》(12)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <944>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3704韓愈詩-242-(12) 
 《潮州刺史謝上表》(13)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <945>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3709韓愈詩-242-(13) 
 《潮州刺史謝上表》(14)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <946>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3714韓愈詩-242-(14) 15分割 
 《潮州刺史謝上表》(15)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <947>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3719韓愈詩-242-(15) 15分割 
430為裴相公譲官表 
431論今年停挙選状 
432復讐状 
433=袷議 
434争臣論 
435諱弁 
436張中丞伝後序 
437釈言 

tasogare45000

《唐宋八大家文読本 巻一  (17章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1011>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4039韓愈詩-272

 《唐宋八大家文読本 巻一  (17章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1011>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4039韓愈詩-272

        
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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李白index- 27 《748年天寶七年48歳 袁州済南、梁苑に遊び、夏、蕹丘・鄭縣、穎陽陳州で元丹邱を尋ねる。梁苑で年越》1098kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4038 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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《唐宋八大家文読本 巻一  (17章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1011>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4039韓愈詩-272 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor13-316《酒泉子七首,其五》顧太尉敻(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-499-13-(316) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4042 
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 《唐宋八大家文読本 巻一  (17章)》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1011>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4039韓愈詩-272

唐宋八大家文読本

 

文・表 (碑・上奏)

 
  巻一  十七章17章
411《原道》 儒家道徳の根源・本質をたずねる論文。 韓愈 博愛之謂仁,
412《原性》 儒家道徳の根源・本質をたずねる論文。 韓愈 性也者,與生俱生也
413《原人》 儒家道徳の根源・本質をたずねる論文。韓愈形於上者謂之天
414《原鬼》 儒家道徳の根源・本質をたずねる論文。韓愈有嘯於梁,
415《原毀》 儒家道徳の根源・本質をたずねる論文。韓愈古之君子,
416対禹問 
417子産不毀郷校頌 
418伯夷頌 
419師説 
420読儀礼 
421読荀子 
422雑説一 
423雑説四 
424獲麟解 
425307 《進学解》  韓退之(韓愈)詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3861 (03/08)國子先生,
426択言解 
427愛直贈李君房別 
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《韓昌黎詩集・唐宋八大家文読本 各全巻 案内》 Ⅱ中唐詩 <1010>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4034韓愈詩-272

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2014年4月12日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李白index- 26 《747年天寶六年47歳 春、揚州金陵,5月当塗、丹陽横山に隠れる。後、溧陽、金陵、兗州に帰り年を越》1097kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4033
孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表
曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>
●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首
index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首
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●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ廣徳2年764-65 《奉待嚴大夫》 ふたたび成都81奉待嚴大夫 杜甫<741> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4035 杜甫詩1500-741-978/250029
杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首
杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ343 韓昌黎集 巻二 47 《岳陽樓別竇司直》 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4041 (04/12)
      
●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor13-315《酒泉子七首,其四》顧太尉敻(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-498-13-(315) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4037
薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5)
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温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻
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韓愈(韓退之)02 《韓昌黎詩集・唐宋八大家文読本 各全巻 案内》 Ⅱ中唐詩 <1010>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4034韓愈詩-272


   
 

韓愈(韓退之)詩・文 各全巻

 
   
 

韓昌黎集

 
   
   
   
  卷一  古詩三十二首 
   
  卷二  古詩二十九首 
   
  卷三  古詩三十首 
   
  卷四  古詩三十三首 
   
  卷五  古詩三十二首 
   
  巻六  古詩二十五首 
   
  巻七  古詩二十八首 
   
  巻八  聯句十一首 
   
  巻九  律詩八十六首 
   
  巻十  律詩七十九首 
   
  巻十一 補遺(外集・遺集)三十二首 
   
   
   
   
 唐宋八大家文読本 
   
   
   
  巻一  十七章 
   
  巻二  十章 
   
  巻三  十八章 
   
  巻四  二十一章 
   
  巻五  十六章 
   
  巻六  十五章 
   
   
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《394#4-3柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1009>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4029韓愈詩-271-12

そしてわれわれに幸福を与え、われわれを長寿の慶びを与えてくれた。悪鬼は山の左に追いやり給え。低い土地で温気に苦しむことなく、高地でも乾き過ぎでない。各種の稲は十分で満ち溢れ、その多いことは蛇や蚊の龍のとぐろを巻いているようであって欲しい。今、この時から始まって世々にありがたく敬うことであろう。

 

2014年4月11日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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394#4-3柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1009  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4029韓愈詩-271-12

 


泰山の夕日 


4段目(#4)-1

荔子丹兮蕉黄。

荔子の実は赤く、芭蕉の実は黄色である、

雜餚蔬兮進侯堂。

山海の魚肉と野莱とを一緒にして、わが御神、柳侯の御堂にささげる。

侯之船兮兩旗。

わが御神、柳侯の御舟に二本の旗がある。

度中流兮風泊之。

進む船は流れの中を渡るのに、風はこれをとどめるのである。

待侯不來兮不知我悲。

わが御神、柳侯は待てども来られない。待つわれわれの悲しみを知らないのだろう。

(#4)-2

侯乘駒兮入廟。

やがて君は駒に乗ってみ、この霊屋に入られる。

慰我民兮不嚬以笑。

わが柳州の民を慰めて、その顔をしかめずに笑顔にさせ給う。

鵝之山兮柳之水。

ここには鵝の山があり、柳の水がある。

桂樹團團兮白石齒齒。

その上には桂の樹がこんもりまーるくこんもりと茂り、白い石は歯の並ぶように列なる。

侯朝出游兮暮來歸。

わが御神、柳侯は朝に出て遊び、暮れには帰って来られる。

春與猿吟兮秋鶴與飛。

春は山の猿とともに吟じ、秋には鶴とともに飛びたつ。

北方之人兮爲侯是非。

北方の長安の人々はわが柳侯の是か非かを評論したりする。

千秋萬兮侯無我違。

千秋 万歳とこえをあげ、わが柳侯はわれわれを離れ去り給うことはない。

(#4)-3

福我兮壽我。

そしてわれわれに幸福を与え、われわれを長寿の慶びを与えてくれた。

驅厲鬼兮山之左。

悪鬼は山の左に追いやり給え。

下無苦濕兮高無幹。

低い土地で温気に苦しむことなく、高地でも乾き過ぎでない。

秔稌充羨兮蛇蛟結蟠。

各種の稲は十分で満ち溢れ、その多いことは蛇や蚊の龍のとぐろを巻いているようであって欲しい。

我民報事兮無怠。

わが柳州の民は、そうなれば、その事に報いて祭ることを怠りはしない。

其始自今兮欽於世世。

それこそ、今、この時から始まって世々にありがたく敬うことであろう。

 


4段目(#4)-1

荔子は丹くして蕉は黄なり。

餚蔬を雜えて 侯の堂に進む。

侯の船には 兩旗あり。

中流を度って 風之を泊す。

侯を待てども來らず 我が悲を知らず。

(#4)-2

侯 駒に乘りて 廟入る。

我が民を慰め 嚬【ひん】せずして以て笑む。

鵝の山 柳の水。

桂樹 團團として 白石 齒齒たり。

侯 朝に出でて游び 暮に來り歸る。

春は猿と吟じ 秋は鶴と與に飛ぶ。

北方の人 侯の是非を爲す。

千秋 萬 侯 我を違うこと無かれ。

(#4)-3

我を福【さいわい】し 我を壽【ことほ】ぐ。

厲鬼を驅り 山の左に。

下くして濕に苦む無く 高くして幹【かわ】く無し。

秔稌【こうと】充羨【じゅうせん】して 蛇蛟【だこう】結蟠【けっぱん】す。

我が民 事を報じて 怠る無し。

其れ今より始めに 於世世に欽【うやま】わん。

 


柳州羅池廟碑00 


柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) (#4)-3

福我兮壽我。

驅厲鬼兮山之左。

下無苦濕兮高無幹。

秔稌充羨兮蛇蛟結蟠。

我民報事兮無怠。

其始自今兮欽於世世。

 


(下し文)

(#4)-3

我を福【さいわい】し 我を壽【ことほ】ぐ。

厲鬼を驅り 山の左に。

下くして濕に苦む無く 高くして幹【かわ】く無し。

秔稌【こうと】充羨【じゅうせん】して 蛇蛟【だこう】結蟠【けっぱん】す。

我が民 事を報じて 怠る無し。

其れ今より始めに 於世世に欽【うやま】わん。

 


(現代語訳)

そしてわれわれに幸福を与え、われわれを長寿の慶びを与えてくれた。

悪鬼は山の左に追いやり給え。

低い土地で温気に苦しむことなく、高地でも乾き過ぎでない。

各種の稲は十分で満ち溢れ、その多いことは蛇や蚊の龍のとぐろを巻いているようであって欲しい。

わが柳州の民は、そうなれば、その事に報いて祭ることを怠りはしない。

それこそ、今、この時から始まって世々にありがたく敬うことであろう。

 


(訳注) (#4)-3

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#41

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

 


福我兮壽我。

そしてわれわれに幸福を与え、われわれを長寿の慶びを与えてくれた。

 


驅厲鬼兮山之左。

悪鬼は山の左に追いやり給え。

○厲鬼 厲鬼は偉くない無名の人たちが、死んだら鬼になる。特に殺されたり、自殺したり、無惨に死んだ人たちが厲鬼になる。

 


下無苦濕兮高無幹。

低い土地で温気に苦しむことなく、高地でも乾き過ぎでない。

 


秔稌充羨兮蛇蛟結蟠。

各種の稲は十分で満ち溢れ、その多いことは蛇や蚊の龍のとぐろを巻いているようであって欲しい。

秔稌充羨 各種の稲がみちあまる。は粳、粳(うるち)、は 稲のこと。

蛇蛟結蟠 稲の収穫が、蛇や蛟龍のとぐろを巻くようにうず高く多い形容。 

 


我民報事兮無怠。

わが柳州の民は、そうなれば、その事に報いて祭ることを怠りはしない。

 


其始自今兮欽於世世。

それこそ、今、この時から始まって世々にありがたく敬うことであろう。

○欽 敬しみ、うやまう.

韓愈の地図01



《394#4-2柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1008>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4024韓愈詩-271-11

わが御神、柳侯は朝に出て遊び、暮れには帰って来られる。春は山の猿とともに吟じ、秋には鶴とともに飛びたつ。千秋 万歳とこえをあげ、わが柳侯はわれわれを離れ去り給うことはない。

2014年4月10日の紀頌之5つのブログ
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index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首
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394#4-2柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1008>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4024韓愈詩-271-11

 

 

 

4段目(#4)-1

荔子丹兮蕉黄。

荔子の実は赤く、芭蕉の実は黄色である、

雜餚蔬兮進侯堂。

山海の魚肉と野莱とを一緒にして、わが御神、柳侯の御堂にささげる。

侯之船兮兩旗。

わが御神、柳侯の御舟に二本の旗がある。

度中流兮風泊之。

進む船は流れの中を渡るのに、風はこれをとどめるのである。

待侯不來兮不知我悲。

わが御神、柳侯は待てども来られない。待つわれわれの悲しみを知らないのだろう。

(#4)-2

侯乘駒兮入廟。

やがて君は駒に乗ってみ、この霊屋に入られる。

慰我民兮不嚬以笑。

わが柳州の民を慰めて、その顔をしかめずに笑顔にさせ給う。

鵝之山兮柳之水。

ここには鵝の山があり、柳の水がある。

桂樹團團兮白石齒齒。

その上には桂の樹がこんもりまーるくこんもりと茂り、白い石は歯の並ぶように列なる。

侯朝出游兮暮來歸。

わが御神、柳侯は朝に出て遊び、暮れには帰って来られる。

春與猿吟兮秋鶴與飛。

春は山の猿とともに吟じ、秋には鶴とともに飛びたつ。

北方之人兮爲侯是非。

北方の長安の人々はわが柳侯の是か非かを評論したりする。

千秋萬兮侯無我違。

千秋 万歳とこえをあげ、わが柳侯はわれわれを離れ去り給うことはない。

(#4)-3

福我兮壽我。

驅厲鬼兮山之左。

下無苦濕兮高無幹。

秔稌充羨兮蛇蛟結蟠。

我民報事兮無怠。

其始自今兮欽於世世。

 

4段目(#4)-1

荔子は丹くして蕉は黄なり。

餚蔬を雜えて 侯の堂に進む。

侯の船には 兩旗あり。

中流を度って 風之を泊す。

侯を待てども來らず 我が悲を知らず。

(#4)-2

侯 駒に乘りて 廟入る。

我が民を慰め 嚬【ひん】せずして以て笑む。

鵝の山 柳の水。

桂樹 團團として 白石 齒齒たり。

侯 朝に出でて游び 暮に來り歸る。

春は猿と吟じ 秋は鶴と與に飛ぶ。

北方の人 侯の是非を爲す。

千秋 萬 侯 我を違うこと無かれ。

(#4)-3

我を福【さいわい】し 我を壽【ことほ】ぐ。

厲鬼を驅り 山の左に。

下くして濕に苦む無く 高くして幹【かわ】く無し。

秔稌【こうと】充羨【じゅうせん】して 蛇蛟【だこう】結蟠【けっぱん】す。

我が民 事を報じて 怠る無し。

其れ今より始めに 於世世に欽【うやま】わん。

柳州羅池廟碑00 

 

柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) 4段目(#4)-2

侯乘駒兮入廟。

慰我民兮不嚬以笑。

鵝之山兮柳之水。

桂樹團團兮白石齒齒。

侯朝出游兮暮來歸。

春與猿吟兮秋鶴與飛。

北方之人兮爲侯是非。

千秋萬兮侯無我違。

 

 

(下し文)

(#4)-2

侯 駒に乘りて 廟入る。

我が民を慰め 嚬【ひん】せずして以て笑む。

鵝の山 柳の水。

桂樹 團團として 白石 齒齒たり。

侯 朝に出でて游び 暮に來り歸る。

春は猿と吟じ 秋は鶴と與に飛ぶ。

北方の人 侯の是非を爲す。

千秋 萬 侯 我を違うこと無かれ。

 

(現代語訳)

やがて君は駒に乗ってみ、この霊屋に入られる。

わが柳州の民を慰めて、その顔をしかめずに笑顔にさせ給う。

ここには鵝の山があり、柳の水がある。

その上には桂の樹がこんもりまーるくこんもりと茂り、白い石は歯の並ぶように列なる。

わが御神、柳侯は朝に出て遊び、暮れには帰って来られる。

春は山の猿とともに吟じ、秋には鶴とともに飛びたつ。

北方の長安の人々はわが柳侯の是か非かを評論したりする。

千秋 万歳とこえをあげ、わが柳侯はわれわれを離れ去り給うことはない。

 

 

(訳注) (#4)-2

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#41

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

 

侯乘駒兮入廟。

やがて君は駒に乗って、このみ霊屋に入られる。

 

慰我民兮不嚬以笑。

わが柳州の民を慰めて、その顔をしかめずに笑顔にさせ給う。

○不嚬以笑 憂いに顔をしかめはしないで笑をうかべる。

 

鵝之山兮柳之水。

ここには鵝の山があり、柳の水がある。

○鵝之山・柳之水 羅池の山水の名。

 

桂樹團團兮白石齒齒。

その上には桂の樹がこんもりまーるくこんもりと茂り、白い石は歯の並ぶように列なる。

○団団 団(むくこんもりと茂るさま。

○歯歯 歯の並ぶように列なる。

 

侯朝出游兮暮來歸。

わが御神、柳侯は朝に出て遊び、暮れには帰って来られる。

 

春與猿吟兮秋鶴與飛。

春は山の猿とともに吟じ、秋には鶴とともに飛びたつ。

○猿 援とするてくすとあるが同じ。

 

北方之人兮爲侯是非。

北方の長安の人々はわが柳侯の是か非かを評論したりする。

 

千秋萬兮侯無我違。

千秋 万歳とこえをあげ、わが柳侯はわれわれを離れ去り給うことはない。

○違 去る。離れる。
韓愈の地図01 

《394#4-1柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1007>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4019韓愈詩-271-10

荔子の実は赤く、芭蕉の実は黄色である。山海の魚肉と野莱とを一緒にして、わが御神、柳侯の御堂にささげる。わが御神、柳侯の御舟に二本の旗がある。進む船は流れの中を渡るのに、風はこれをとどめるのである。わが御神、柳侯は待てども来られない。待つわれわれの悲しみを知らないのだろう。

2014年4月9日

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394#4-1柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1007>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4019韓愈詩-271-10

 

 

4段目(#4)-1

荔子丹兮蕉黄。

荔子の実は赤く、芭蕉の実は黄色である、

雜餚蔬兮進侯堂。

山海の魚肉と野莱とを一緒にして、わが御神、柳侯の御堂にささげる。

侯之船兮兩旗。

わが御神、柳侯の御舟に二本の旗がある。

度中流兮風泊之。

進む船は流れの中を渡るのに、風はこれをとどめるのである。

待侯不來兮不知我悲。

わが御神、柳侯は待てども来られない。待つわれわれの悲しみを知らないのだろう。

(#4)-2

侯乘駒兮入廟。

慰我民兮不嚬以笑。

鵝之山兮柳之水。

桂樹團團兮白石齒齒。

侯朝出游兮暮來歸。

春與猿吟兮秋鶴與飛。

北方之人兮爲侯是非。

千秋萬兮侯無我違。

(#4)-3

福我兮壽我。

驅厲鬼兮山之左。

下無苦濕兮高無幹。

秔稌充羨兮蛇蛟結蟠。

我民報事兮無怠。

其始自今兮欽於世世。

 

4段目(#4)-1

荔子は丹くして蕉は黄なり。

餚蔬を雜えて 侯の堂に進む。

侯の船には 兩旗あり。

中流を度って 風之を泊す。

侯を待てども來らず 我が悲を知らず。

(#4)-2

(#4)-2

侯 駒に乘りて 廟入る。

我が民を慰め 嚬【ひん】せずして以て笑む。

鵝の山 柳の水。

桂樹 團團として 白石 齒齒たり。

侯 朝に出でて游び 暮に來り歸る。

春は猿と吟じ 秋は鶴と與に飛ぶ。

北方の人 侯の是非を爲す。

千秋 萬 侯 我を違うこと無かれ。

(#4)-3

我を福【さいわい】し 我を壽【ことほ】ぐ。

厲鬼を驅り 山の左に。

下くして濕に苦む無く 高くして幹【かわ】く無し。

秔稌【こうと】充羨【じゅうせん】して 蛇蛟【だこう】結蟠【けっぱん】す。

我が民 事を報じて 怠る無し。

其れ今より始めに 於世世に欽【うやま】わん。

柳州羅池廟碑00 

 

柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) 4段目(#4)-1

荔子丹兮蕉黄。

雜餚蔬兮進侯堂。

侯之船兮兩旗。

度中流兮風泊之。

待侯不來兮不知我悲。

 

(下し文)

4段目(#4)-1

荔子は丹くして蕉は黄なり。

餚蔬を雜えて 侯の堂に進む。

侯の船には 兩旗あり。

中流を度って 風之を泊す。

侯を待てども來らず 我が悲を知らず。

 

(現代語訳)

荔子の実は赤く、芭蕉の実は黄色である、

山海の魚肉と野莱とを一緒にして、わが御神、柳侯の御堂にささげる。

わが御神、柳侯の御舟に二本の旗がある。

進む船は流れの中を渡るのに、風はこれをとどめるのである。

わが御神、柳侯は待てども来られない。待つわれわれの悲しみを知らないのだろう。

 

 (訳注) -6 4段目(#4-1

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#41

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

 

荔子丹兮蕉黄。

荔子の実は赤く、芭蕉の実は黄色である、

○荔子 荔枝の果実。福建・広東地方に産する樹で、高さ三丈(十メートル)、葉は矢じりの様な形で平滑、その果実、荔子は龍眼に似て肉は白く汁が多く、美味。皮は赤い色をしている。

○蕉 芭蕉の実は黄色。神への供え物。

 

雜餚蔬兮進侯堂。

山海の魚肉と野莱とを一緒にして、わが御神、柳侯の御堂にささげる。

○餚蔬 餚は魚肉、蔬は野菜。山海の物を供える。

 

侯之船兮兩旗。

わが御神、柳侯の御舟に二本の旗がある。

 

度中流兮風泊之。

進む船は流れの中を渡るのに、風はこれをとどめるのである。

 

待侯不來兮不知我悲。

わが御神、柳侯は待てども来られない。待つわれわれの悲しみを知らないのだろう。
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《394#3-2柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1006>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4014韓愈詩-271-9

韓愈≫柳州羅池廟碑≫3-2そこで「神を迎え、祭り、送る詩」を作って、柳州の民に贈る。大声で歌ってそれをお祭りし、そして、あわせてこれを石に刻ませるのである。柳侯は河東の人、諱は(本名)は宗元、字は子厚ともうされる。


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394#3-2柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1006  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4014韓愈詩-271-9

 

 

3段目(#3)-1

明年春,魏忠、歐陽翼使謝寧來京師,

その翌年春、魏忠・欧陽翼が、謝寧を都にやってきた。

請書其事於石。

その事柄を石碑に書くように私に要請してきた。

餘謂柳侯生能澤其民,

私は思った、「柳侯は、生きている間は、その当該の人民を恵みうるおすことができ、

死能驚動禍福之,

死んではその民を驚かし、禍を他へうごかし、福を与えることができ、

以食其土,可謂靈也已。

それで以てその土地で祭りを受けるという、神の様な不可思議な力あるひとであるというべきである」と。

(#3)-2

作《迎享送神詩》遺柳民,

そこで「神を迎え、祭り、送る詩」を作って、柳州の民に贈る。

伸歌以祀焉,而並刻之。

大声で歌ってそれをお祭りし、そして、あわせてこれを石に刻ませるのである。

柳侯,河東人,諱宗元,字子厚。

柳侯は河東の人、諱は(本名)は宗元、字は子厚ともうされる。

賢而有文章。

賢者であり、徳にすぐれて文章の才がある。

位於朝,光顯矣,

以前には朝廷の高い位につき、輝き顕れたことがあったひとである。

已而擯不用。其辭曰。

やがて押し退けられて用いられなくなった。その詩の辞にいう。

 

(#3)-1

明年春、魏忠・欧陽翼、謝寧をして京師に来らしめて、

其の事を石に書せんことを請ふ。

余謂へらく、柳侯生ては能く其の民を澤し、

死しては能く之を驚動禍福し、

以て其の土に食む。霊と謂ふ可きのみと。

(#3)-2

迎享送紳の詩を作つて、柳民に遣りて

歌つて以て祀り、而して幷せて之を刻せしむ。

柳侯は河東の人、諱は宗元、字は子厚、

賢にして文章有り、

嘗て朝に位し、光顕せり。

已にしてけられて用ひられず。其の斟に曰く。

柳州羅池廟碑00 

 

『柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) (#3)-2

作《迎享送神詩》遺柳民,

伸歌以祀焉,而並刻之。

柳侯,河東人,諱宗元,字子厚。

賢而有文章。

位於朝,光顯矣,

已而擯不用。其辭曰。

 

(下し文) (#3)-2

迎享送紳の詩を作つて、柳民に遣りて

歌つて以て祀り、而して幷せて之を刻せしむ。

柳侯は河東の人、諱は宗元、字は子厚、

賢にして文章有り、

嘗て朝に位し、光顕せり。

已にして擯けられて用ひられず。其の斟に曰く。

 

(現代語訳)

そこで「神を迎え、祭り、送る詩」を作って、柳州の民に贈る。

大声で歌ってそれをお祭りし、そして、あわせてこれを石に刻ませるのである。

柳侯は河東の人、諱は(本名)は宗元、字は子厚ともうされる。

賢者であり、徳にすぐれて文章の才がある。

以前には朝廷の高い位につき、輝き顕れたことがあったひとである。

やがて押し退けられて用いられなくなった。その詩の辞にいう。

 

(訳注) (#3)-2

作《迎享送神詩》遺柳民,

そこで「神を迎え、祭り、送る詩」を作って、柳州の民に贈る。

○迎享送神詩 神をむかえ、神が祭りを受け、神を送るの詩。

 

伸歌以祀焉,而並刻之。

大声で歌ってそれをお祭りし、そして、あわせてこれを石に刻ませるのである。

 

柳侯,河東人,諱宗元,字子厚。

柳侯は河東の人、諱は(本名)は宗元、字は子厚ともうされる。

 

賢而有文章

賢者であり、徳にすぐれて文章の才がある。

 

位於朝,光顯矣,

以前には朝廷の高い位につき、輝き顕れたことがあったひとである。

○光顕 輝きあらわれる。

 

已而擯不用。其辭曰。

やがて押し退けられて用いられなくなった。その詩の辞にいう。

 押し退けられる。棄てられる。
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《394#3-1柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1005>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4009韓愈詩-271-8

私は思った、柳侯は、生きている間は、その当該の人民を恵みうるおすことができ、死んではその民を驚かし、禍を他へうごかし、福を与えることができ、それで以てその土地で祭りを受けるという、不可思議な力あるものとこそいうべきである、と。

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・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首
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394#3-1柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1005  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4009韓愈詩-271-8

 

 

3段目(#3)-1

明年春,魏忠、歐陽翼使謝寧來京師,

その翌年春、魏忠・欧陽翼が、謝寧を都にやってきた。

請書其事於石。

その事柄を石碑に書くように私に要請してきた。

餘謂柳侯生能澤其民,

私は思った、柳侯は、生きている間は、その当該の人民を恵みうるおすことができ、

死能驚動禍福之,

死んではその民を驚かし、禍を他へうごかし、福を与えることができ、

以食其土,可謂靈也已。

それで以てその土地で祭りを受けるという、不可思議な力あるものとこそいうべきである、と。

(#3)-2

作《迎享送神詩》遺柳民,

伸歌以祀焉,而並刻之。

柳侯,河東人,諱宗元,字子厚。

賢而有文章。

位於朝,光顯矣,

已而擯不用。其辭曰。

 

(#3)-1

明年春、魏忠・欧陽翼、謝寧をして京師に来らしめて、

其の事を石に書せんことを請ふ。

余謂へらく、柳侯生ては能く其の民を澤し、

死しては能く之を驚動禍福し、

以て其の土に食む。霊と謂ふ可きのみと。

(#3)-2

迎享送紳の詩を作つて、柳民に遣りて

歌つて以て祀り、而して幷せて之を刻せしむ。

柳侯は河東の人、諱は宗元、字は子厚、

賢にして文章有り、

嘗て朝に位し、光顕せり。

已にしてけられて用ひられず。其の斟に曰く。

韓愈の地図01 

 

『柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) 3段目(#3)-1

明年春,魏忠、歐陽翼使謝寧來京師,

請書其事於石。

餘謂柳侯生能澤其民,

死能驚動禍福之,

以食其土,可謂靈也已。

 

(下し文)

 

 

(現代語訳)

その翌年春、魏忠・欧陽翼が、謝寧を都にやってきた。

その事柄を石碑に書くように私に要請してきた。

私は思った、柳侯は、生きている間は、その当該の人民を恵みうるおすことができ、

死んではその民を驚かし、禍を他へうごかし、福を与えることができ、

それで以てその土地で祭りを受けるという、不可思議な力あるものとこそいうべきである、と。

柳州羅池廟碑00 

 

(訳注) -6 3段目(#3-1

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#22

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

 

3段目(#3)-1

明年春,魏忠、歐陽翼使謝寧來京師,

その翌年春、魏忠・欧陽翼が、謝寧を都にやってきた。

 

請書其事於石。

その事柄を石碑に書くように私に要請してきた。

 

餘謂柳侯生能澤其民,

私は思った、柳侯は、生きている間は、その当該の人民を恵みうるおすことができ、

○沢 恵みうるおす。

 

死能驚動禍福之,

死んではその民を驚かし、禍を他へうごかし、福を与えることができ、

○驚動 驚かし動かす。

 

以食其土,可謂靈也已。

それで以てその土地で祭りを受けるという、不可思議な力あるものとこそいうべきである、と。

○霊 ふしぎな力がある。

《394―#2-2柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1004>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4004韓愈詩-271-7

その月の丙辰の日に廟ができ上がり、大祭をした。折しも立寄った客の李儀がそこで酒に酔った。酔いに任せて神となった柳宗元侯をその広聞であなどり悪口をいったために病気になってしまい、人から支えられて廟の門を出たが、その場で死んだ。

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394―#2-2柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1004  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4004韓愈詩-271-7

 

 

2段目(#2)-1

柳民既皆悦喜。

柳州の住民はすでに皆悦んだ。

常於其部將魏忠、謝寧、歐陽翼飲酒驛亭,謂曰:

その後ある時、柳宗元侯は部下の将魏忠、謝寧、欧陽翼と、宿場の茶屋で酒を飲んでいて語ったことは次のように言ったのだ、

「吾棄於時,而寄於此,與若等好也。

「私は王叔文の党にくみして失敗して流謫されて、此の地に身を寄せ、お前たちと仲善くなったのである。

明年,吾將死,死而爲神。

明年には、私は死ぬであろう。死んだら神となるはずである。

後三年,爲廟祀我。」

だから三年の後には、廟を造って私を祀ってくれるように。」と。

及期而死。

その時期がくると死んだのである。

#2-2

三年孟秋辛卯,侯降於州之後堂,

三年の後の初秋七月の辛卯の日に、柳宗元侯は州の役所の後の広間に神となって降りた。

歐陽翼等見而拜之。

欧陽翼らは見て、柳宗元侯に礼拝した。

其夕,夢翼而告之曰:「館我於羅池。」

その夜のこと、歐陽翼の夢に現れて告げていった、「私を羅池の館に住まわせよ」と。

其月景辰,廟成大祭,過客李儀醉酒,

その月の丙辰の日に廟ができ上がり、大祭をした。折しも立寄った客の李儀がそこで酒に酔った。

慢侮堂上,得疾,扶出廟門即死。

酔いに任せて神となった柳宗元侯をその広聞であなどり悪口をいったために病気になってしまい、人から支えられて廟の門を出たが、その場で死んだ。

 

柳民既に皆悦喜す。

常【かつ】て其の部將 魏忠【ぎちゅう】、謝寧【しゃねい】、歐陽翼【おうようよく】と酒を驛亭に飲んで,謂うて曰く:

「吾 時に棄てられて,此に寄り,若【なんじ】等 と好【よ】き也。

明年,吾 將に死せんとし,死して神と爲らん。

後三年にして,廟を爲【つく】りて我を祀れ。」と。

期に及んで死す。

#2-2

三年 孟秋 辛卯【しんぽう】,侯 州の後堂に降る。

歐陽翼等 見て之を拜す。

其の夕に,翼に夢みえて之を告げて曰く:「我を羅池に館せよ。」と。

其の月 景辰に,廟 成り大祭す,過客 李儀 酒に醉う。

堂上に慢侮【まんぶ】し,疾を得,扶けられて廟門を出でて即ち死す。

韓愈の地図01 

 

『柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文)2段目(#2)-2

#2-2

三年孟秋辛卯,侯降於州之後堂,

歐陽翼等見而拜之。

其夕,夢翼而告之曰:「館我於羅池。」

其月景辰,廟成大祭,過客李儀醉酒,

慢侮堂上,得疾,扶出廟門即死。

 

 

(下し文)

三年 孟秋 辛卯【しんぽう】,侯 州の後堂に降る。

歐陽翼等 見て之を拜す。

其の夕に,翼に夢みえて之を告げて曰く:「我を羅池に館せよ。」と。

其の月 景辰に,廟 成り大祭す,過客 李儀 酒に醉う。

堂上に慢侮【まんぶ】し,疾を得,扶けられて廟門を出でて即ち死す。

 

(現代語訳)

三年の後の初秋七月の辛卯の日に、柳宗元侯は州の役所の後の広間に神となって降りた。

欧陽翼らは見て、柳宗元侯に礼拝した。

その夜のこと、歐陽翼の夢に現れて告げていった、「私を羅池の館に住まわせよ」と。

その月の丙辰の日に廟ができ上がり、大祭をした。折しも立寄った客の李儀がそこで酒に酔った。

酔いに任せて神となった柳宗元侯をその広聞であなどり悪口をいったために病気になってしまい、人から支えられて廟の門を出たが、その場で死んだ。

柳州羅池廟碑00 

 

(訳注) -6 2段目(#2)-2

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#22

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

 

三年孟秋辛卯,侯降於州之後堂,

三年の後の初秋七月の辛卯の日に、柳宗元侯は州の役所の後の広間に神となって降りた。

○辛卯(かのとう、しんぼう)は、干支の一つ。 干支の組み合わせの28番目で、前は庚寅、次は壬辰である。陰陽五行では、十干の辛は陰の金、十二支の卯は陰の木で、相剋(金剋木)である。

 

歐陽翼等見而拜之。

欧陽翼らは見て、柳宗元侯に礼拝した。

○之 柳宗元候。

 

其夕,夢翼而告之曰:「館我於羅池。

その夜のこと、歐陽翼の夢に現れて告げていった、「私を羅池の館に住まわせよ」と。

 

其月景辰,廟成大祭,過客李儀醉酒,

その月の丙辰の日に廟ができ上がり、大祭をした。折しも立寄った客の李儀がそこで酒に酔った。

○景辰 景は正しくは丙とあるべきであるが、唐の世祖の昞の音に近いので避けて景とした。丙辰(ひのえたつ、へいしん)は、干支の一つ。 干支の組み合わせの53番目で、前は乙卯、次は丁巳である。陰陽五行では、十干の丙は陽の火、十二支の辰は陽の土で、相生(火生土)である。

 

慢侮堂上,得疾,扶出廟門即死。

酔いに任せて神となった柳宗元侯をその広聞であなどり悪口をいったために病気になってしまい、人から支えられて廟の門を出たが、その場で死んだ。

○慢侮 あなどり悪口をいった

《394-#2-1柳州羅池廟碑》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1003>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3999韓愈詩-271-6

「私は王叔文の党にくみして失敗して流謫されて、此の地に身を寄せ、お前たちと仲善くなったのである。明年には、私は死ぬであろう。死んだら神となるはずである。だから三年の後には、廟を造って私を祀ってくれるように。」と。その時期がくると死んだのである。

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など
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杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
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2段目(#2)-1

柳民既皆悦喜。

柳州の住民はすでに皆悦んだ。

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その後ある時、柳宗元侯は部下の将魏忠、謝寧、欧陽翼と、宿場の茶屋で酒を飲んでいて語ったことは次のように言ったのだ、

「吾棄於時,而寄於此,與若等好也。

「私は王叔文の党にくみして失敗して流謫されて、此の地に身を寄せ、お前たちと仲善くなったのである。
明年,吾將死,死而爲神。

明年には、私は死ぬであろう。死んだら神となるはずである。

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だから三年の後には、廟を造って私を祀ってくれるように。」と。

及期而死。

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#2-2

三年孟秋辛卯,侯降於州之後堂,

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其夕,夢翼而告之曰:「館我於羅池。」

其月景辰,廟成大祭,過客李儀醉酒,

慢侮堂上,得疾,扶出廟門即死。

 

柳民既に皆悦喜す。

常【かつ】て其の部將 魏忠【ぎちゅう】、謝寧【しゃねい】、歐陽翼【おうようよく】と酒を驛亭に飲んで,謂うて曰く:

「吾 時に棄てられて,此に寄り,若【なんじ】等 と好【よ】き也。

明年,吾 將に死せんとし,死して神と爲らん。

後三年にして,廟を爲【つく】りて我を祀れ。と。

んで

#2-2

三年 孟秋 辛卯【しんぽう】,侯 州の後堂に降る。

歐陽翼等 見て之を拜す。

其の夕に,翼に夢みえて之を告げて曰く:「我を羅池に館せよ。と。

其の月 景辰に,廟 成り大祭す,過客 李儀 酒に醉う。

堂上に慢侮【まんぶ】し,疾を得,扶けられて廟門を出でて即ち死す。

韓愈の地図01 

 

『柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文)2段目(#2)-1

柳民既皆悦喜。

常於其部將魏忠、謝寧、歐陽翼飲酒驛亭,謂曰:

「吾棄於時,而寄於此,與若等好也。

明年,吾將死,死而爲神。

後三年,爲廟祀我。」

及期而死。

 

(下し文)

柳民既に皆悦喜す。

常【かつ】て其の部將 魏忠【ぎちゅう】、謝寧【しゃねい】、歐陽翼【おうようよく】と酒を驛亭に飲んで,謂うて曰く:

「吾 時に棄てられて,此に寄り,若【なんじ】等 と好【よ】き也。

明年,吾 將に死せんとし,死して神と爲らん。

後三年にして,廟を爲【つく】りて我を祀れ。」と。

期に及んで死す。

 

(現代語訳)

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#21

柳州の住民はすでに皆悦んだ。

その後ある時、柳宗元侯は部下の将魏忠、謝寧、欧陽翼と、宿場の茶屋で酒を飲んでいて語ったことは次のように言ったのだ、

「私は王叔文の党にくみして失敗して流謫されて、此の地に身を寄せ、お前たちと仲善くなったのである。

明年には、私は死ぬであろう。死んだら神となるはずである。

だから三年の後には、廟を造って私を祀ってくれるように。」と。

その時期がくると死んだのである。

 

柳州羅池廟碑00 

(訳注) -6 2段目(#2)-1

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#21

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

 

柳民既皆悦喜。

柳州の住民はすでに皆悦んだ。

 

常於其部將魏忠、謝寧、歐陽翼飲酒驛亭,謂曰:

その後ある時、柳宗元侯は部下の将魏忠、謝寧、欧陽翼と、宿場の茶屋で酒を飲んでいて語ったことは次のように言ったのだ、

○常 嘗に通用、かつて。

○駅亭 宿場の休憩用の建物。宿場茶屋、亭。みずうまや。唐代では全国の陸駅1297に対して水駅は260,水陸兼用の駅は86に達した。古代の駅伝制で船や水夫を配置した駅公文書を通送する郵と、旅行者を送る駅伝制とし、その後、 1 里の長さは時代によって変るが、 30 里ごとに 1 駅を置くことは唐代まで変わらなかった。中国では主要交通路上に黄河や揚子江のような大きな河川・運河・湖沼などがあるために,駅伝制の駅を設けるにあたっては,駅馬や駅丁を配置した陸路の駅のほかに,船と丁(水夫)を配置した水駅を設けて舟運を利用することとした。

 

「吾棄於時,而寄於此,與若等好也。

「私は王叔文の党にくみして失敗して流謫されて、此の地に身を寄せ、お前たちと仲善くなったのである。

○棄於時 王叔文の党にくみして失敗して流謫されたこと。

 

明年,吾將死,死而爲神。

明年には、私は死ぬであろう。死んだら神となるはずである。

 

後三年,爲廟祀我。」

だから三年の後には、廟を造って私を祀ってくれるように。」と。

後三年 服喪の期間は、殷周の時代より3年であり、何もしてはならない。

 

及期而死。

その時期がくると死んだのである。
カンナ223 

《394柳州羅池廟碑》1段目(#1)-5韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1002>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3994韓愈詩-271-5

先の時代は、人民は貧しく、男女の子を互いに人質として金を借りていた。久しくかかってもその金を払って買いもどさなければ、すべて没収して使役人とする風習があった。質となった子供の労賃を以て元本を除き去り、悉く奪い取って父母の下に帰へされた。また精神の構築のため孔子廟を大いに修築された。

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394柳州羅池廟碑》1段目(#1)-5韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1002  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3994韓愈詩-271-5

 

柳州羅池廟碑 1段目(#1)-1

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-1

羅池廟者,故刺史柳侯廟也。

羅池廟は、もとの刺史柳侯(柳宗元)の廟である。

柳侯爲州,不鄙夷其民,

柳侯が州を治めるのに、モの人民を辺鄙な土地の異民族としてあつかいはしなかった。

動以禮法。三年,民各自矜奮曰:

取り扱うのに、文化の進んだものと同じく、礼義法度を以てしたのである。三年で、人民は各々自分を重んじ奮い立った。

「茲土雖遠京師,吾等亦天氓,

この土地は都から遠ざかっているけれども、われらも天の民である。

今天幸惠仁侯,若不化服,我則非人。」

今幸いにも仁愛の君を恵まれた。もしその徳に感化して服従しなければ、我々は人間でない」と。

-2

於是老幼相教語,莫違侯令。

そして「そこで老人から若いものまで、互いに教えとしての語というと、君公の命令に違反してはならない」ということだ。

凡有所爲於其閭及於其家,皆曰:

凡そその郷村の中や自分の家で何かを為そうとする者は、皆いう:

「吾侯聞之,得無不可於意否?」

「わか君がこれを聞いて、心によくないとされないか、どうであろうか、」と。

莫不忖度而後從事。

柳侯の心意をはかり考えて仕事をしないものはなかった。

-3

凡令之期,民勸趨之,

凡そ命令の期日には、民は自ら進んで集まってくる。

無有後先,必以其時。

後れたり、先んじたりする者がいなくて、必ず其の時を以て行われたのである。

於是民業有經,公無負租,

そこでは、人民の仕事には一定の収入があり、役所には未納の租税がないのである。

流逋四歸,樂生興事。

流民や逃亡民たちも、四方から帰って来て、生活を楽しみ仕事を盛んにおこしたのである。

-4

宅有新屋,步有新船,

宅地には新しい家屋が築かれ、船つき場には新造船がならぶ。

池園潔修,豬牛鴨雞,肥大蕃息。

池や園畠は清潔に整頓され、豚や牛から、鴨や鶏などの家畜は肥えて大きく繁殖したのだ。

子嚴父詔,婦夫指,

家庭では、子は父の告げる言葉を敬しみいましめ、妻は夫の考えに従順にし、円満である。

嫁娶葬送,各有條法,

嫁入り、嫁取りや葬式などに、各々一定の筋目や法則があって

出相弟長,入相慈孝。

家の外に出ては互いに年長者、子弟の礼を守り、家庭内では親子互いに慈しみと孝心を尽くすのであった。

-5

先時,民貧以男女相質,

先の時代は、人民は貧しく、男女の子を互いに人質として金を借りていた。

久不得贖,盡沒爲隸。

久しくかかってもその金を払って買いもどさなければ、すべて没収して使役人とする風習があった。

我侯之至,案國之故,

わが君公がこの州に来られて、その国の古い記録簿を調べられた。

以傭除本,悉奪歸之。

質となった子供の労賃を以て元本を除き去り、悉く奪い取って父母の下に帰へされた。

大修孔子廟。城郭巷道,

また精神の構築のため孔子廟を大いに修築された。そして、城郭や巷の道路などを整備し、

皆治使端正,樹以名木。

皆、丹念に整え正して、名木を植えたのである。

 

 

(柳州羅池廟の碑)#1-1

羅池廟は、故の刺史柳侯の廟なり。

柳侯の州を爲むる、其の民を鄙夷とせず、

動すに禮法を以てす。三年にして、民各の自ら衿奮して曰く、

「玆の土京師に遠かると雖も、吾等も亦天氓、今天幸に仁侯を恵む、

若し化服せずんば、我は則ち人に非ず」と。

#1-2

是に於て老少相敎語す、侯の令に違うこと莫れと。

几そ其の郷閭、及び其の家に爲す所有れば、皆日く、

「吾が侯之を聞いて、意に可ならざる無きを得んや否や」と。

忖度して後に事に從わざる莫し。

#1-3

凡そ令の期には、民 之に勸趨して,後有る無く,必ず其時を以てす。

是に於て民業 經に有り,公に負租無く,

流逋 四歸し,生を樂み事を興す。

#1-4

宅に新屋有り,步に新船有り,

池園 潔修し,豬牛 鴨雞あり,肥大し蕃息す。

子 嚴み 父 詔し,婦 い 夫 指す,

嫁娶 葬送し,各の條法有り,

出でては相い弟長し,入りては相い慈孝なり。

#1-5

先時,民貧しく 男女を以て相い質す,

久しく贖【あがな】うを得ざれば,盡く沒して隸と爲す。

我が侯の至る,國の故を案じ,

傭を以て本を除き,悉く奪って之を歸す。

大いに孔子の廟を修む。

城郭 巷道し,皆治めて端正なら使め,樹うるに名木を以てす。

韓愈の地図01 

 

『柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) -5

先時,民貧以男女相質,

久不得贖,盡沒爲隸。

我侯之至,案國之故,

以傭除本,悉奪歸之。

大修孔子廟。城郭巷道,

皆治使端正,樹以名木。

 

(下し文) #1-5

先時,民貧しく 男女を以て相い質す,

久しく贖【あがな】うを得ざれば,盡く沒して隸と爲す。

我が侯の至る,國の故を案じ,

傭を以て本を除き,悉く奪って之を歸す。

大いに孔子の廟を修む。

城郭 巷道し,皆治めて端正なら使め,樹うるに名木を以てす。

 

 

(現代語訳)

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-5

先の時代は、人民は貧しく、男女の子を互いに人質として金を借りていた。

久しくかかってもその金を払って買いもどさなければ、すべて没収して使役人とする風習があった。

わが君公がこの州に来られて、その国の古い記録簿を調べられた。

質となった子供の労賃を以て元本を除き去り、悉く奪い取って父母の下に帰へされた。

また精神の構築のため孔子廟を大いに修築された。そして、城郭や巷の道路などを整備し、

皆、丹念に整え正して、名木を植えたのである。

 

(訳注) -5

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-5

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

 

先時,民貧以男女相質,

先の時代は、人民は貧しく、男女の子を互いに人質として金を借りていた。

○質 人質にして金を借りる。

 

久不得贖,盡沒爲隸。

久しくかかってもその金を払って買いもどさなければ、すべて没収して使役人とする風習があった。

 

我侯之至,案國之故,

わが君公がこの州に来られて、その国の古い記録簿を調べられた。

○国之故 その国の古簿書。

 

以傭除本,悉奪歸之。

質となった子供の労賃を以て元本を除き去り、悉く奪い取って父母の下に帰へされた。

○以傭除本 労賃を以て元本を差し引く。

 

大修孔子廟。城郭巷道,

また精神の構築のため孔子廟を大いに修築された。そして、城郭や巷の道路などを整備し、

 

皆治使端正,樹以名木。

皆、丹念に整え正して、名木を植えたのである。

《394柳州羅池廟碑》1段目(#1)-4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1001>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3989韓愈詩-271-4

庭では、子は父の告げる言葉を敬しみいましめ、妻は夫の考えに従順にし、円満である。嫁入り、嫁取りや葬式などに、各々一定の筋目や法則があって、家の外に出ては互いに年長者、子弟の礼を守り、家庭内では親子互いに慈しみと孝心を尽くすのであった。


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柳州羅池廟碑 1段目(#1)-1

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-1

羅池廟者,故刺史柳侯廟也。

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柳侯爲州,不鄙夷其民,

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動以禮法。三年,民各自矜奮曰:

取り扱うのに、文化の進んだものと同じく、礼義法度を以てしたのである。三年で、人民は各々自分を重んじ奮い立った。

「茲土雖遠京師,吾等亦天氓,

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今天幸惠仁侯,若不化服,我則非人。」

今幸いにも仁愛の君を恵まれた。もしその徳に感化して服従しなければ、我々は人間でない」と。

-2

於是老幼相教語,莫違侯令。

そして「そこで老人から若いものまで、互いに教えとしての語というと、君公の命令に違反してはならない」ということだ。

凡有所爲於其閭及於其家,皆曰:

凡そその郷村の中や自分の家で何かを為そうとする者は、皆いう:

「吾侯聞之,得無不可於意否?」

「わか君がこれを聞いて、心によくないとされないか、どうであろうか、」と。

莫不忖度而後從事。

柳侯の心意をはかり考えて仕事をしないものはなかった。

-3

凡令之期,民勸趨之,

凡そ命令の期日には、民は自ら進んで集まってくる。

無有後先,必以其時。

後れたり、先んじたりする者がいなくて、必ず其の時を以て行われたのである。

於是民業有經,公無負租,

そこでは、人民の仕事には一定の収入があり、役所には未納の租税がないのである。

流逋四歸,樂生興事。

流民や逃亡民たちも、四方から帰って来て、生活を楽しみ仕事を盛んにおこしたのである。

-4

宅有新屋,步有新船,

宅地には新しい家屋が築かれ、船つき場には新造船がならぶ。

池園潔修,豬牛鴨雞,肥大蕃息。

池や園畠は清潔に整頓され、豚や牛から、鴨や鶏などの家畜は肥えて大きく繁殖したのだ。

子嚴父詔,婦夫指,

家庭では、子は父の告げる言葉を敬しみいましめ、妻は夫の考えに従順にし、円満である。

嫁娶葬送,各有條法,

嫁入り、嫁取りや葬式などに、各々一定の筋目や法則があって

出相弟長,入相慈孝。

家の外に出ては互いに年長者、子弟の礼を守り、家庭内では親子互いに慈しみと孝心を尽くすのであった。

-5

先時,民貧以男女相質,

久不得贖,盡沒爲隸。

我侯之至,案國之故,

以傭除本,悉奪歸之。

大修孔子廟。城郭巷道,

皆治使端正,樹以名木。

 

(柳州羅池廟の碑)#1-1

羅池廟は、故の刺史柳侯の廟なり。

柳侯の州を爲むる、其の民を鄙夷とせず、

動すに禮法を以てす。三年にして、民各の自ら衿奮して曰く、

「玆の土京師に遠かると雖も、吾等も亦天氓、今天幸に仁侯を恵む、

若し化服せずんば、我は則ち人に非ず」と。

#1-2

是に於て老少相敎語す、侯の令に違うこと莫れと。

几そ其の郷閭、及び其の家に爲す所有れば、皆日く、

「吾が侯之を聞いて、意に可ならざる無きを得んや否や」と。

忖度して後に事に從わざる莫し。

#1-3

凡そ令の期には、民 之に勸趨して,
有る無く,必ず其時を以てす。

是に於て民業 經に有り,公に負租無く,

流逋 四歸し,生を樂み事を興す。

#1-4

宅に新屋有り,步に新船有り,

池園 潔修し,豬牛 鴨雞あり,肥大し蕃息す。

子 嚴み 父 詔し,婦 い 夫 指す,

嫁娶 葬送し,各の條法有り,

出でては相い弟長し,入りては相い慈孝なり。

#1-5

先時,民貧しく 男女を以て相い質す,

久しく贖【あがな】うを得ざれば,盡く沒して隸と爲す。

我が侯の至る,國の故を案じ,

傭を以て本を除き,悉く奪って之を歸す。

大いに孔子の廟を修む。

城郭 巷道し,皆治めて端正なら使め,樹うるに名木を以てす。

 泰山の夕日

 

『柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文)- #1-4

宅有新屋,步有新船,

池園潔修,豬牛鴨雞,肥大蕃息。

子嚴父詔,婦夫指,

嫁娶葬送,各有條法,

出相弟長,入相慈孝。

 

(下し文) #1-4

宅に新屋有り,步に新船有り,

池園 潔修し,豬牛 鴨雞あり,肥大し蕃息す。

子 嚴み 父 詔し,婦 い 夫 指す,

嫁娶 葬送し,各の條法有り,

出でては相い弟長し,入りては相い慈孝なり。

 

(現代語訳)

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-4

宅地には新しい家屋が築かれ、船つき場には新造船がならぶ。

池や園畠は清潔に整頓され、豚や牛から、鴨や鶏などの家畜は肥えて大きく繁殖したのだ。

家庭では、子は父の告げる言葉を敬しみいましめ、妻は夫の考えに従順にし、円満である。

嫁入り、嫁取りや葬式などに、各々一定の筋目や法則があって

家の外に出ては互いに年長者、子弟の礼を守り、家庭内では親子互いに慈しみと孝心を尽くすのであった。

tasogare45000 

 

(訳注) -4

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-4

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。

 

宅有新屋,步有新船,

宅地には新しい家屋が築かれ、船つき場には新造船がならぶ。

○歩 川の舟つき場。

 

池園潔修,豬牛鴨雞,肥大蕃息。

池や園畠は清潔に整頓され、豚や牛から、鴨や鶏などの家畜は肥えて大きく繁殖したのだ。

 

子嚴父詔,婦夫指,

家庭では、子は父の告げる言葉を敬しみいましめ、妻は夫の考えに従順にし、円満である。

 

嫁娶葬送,各有條法,

嫁入り、嫁取りや葬式などに、各々一定の筋目や法則があって

 

出相弟長,入相慈孝。

家の外に出ては互いに年長者、子弟の礼を守り、家庭内では親子互いに慈しみと孝心を尽くすのであった。

唐時代 韓愈関連05 

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394柳州羅池廟碑》1段目-3そこでは、人民の仕事には一定の収入があり、役所には未納の租税がないのである。流民や逃亡民たちも、四方から帰って来て、生活を楽しみ仕事を盛んにおこしたのである。


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394柳州羅池廟碑》1段目(#1)-3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1000  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3984韓愈詩-271-3



柳州羅池廟碑 1段目(#1)-1

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-1

羅池廟者,故刺史柳侯廟也。

羅池廟は、もとの刺史柳侯(柳宗元)の廟である。

柳侯爲州,不鄙夷其民,

柳侯が州を治めるのに、モの人民を辺鄙な土地の異民族としてあつかいはしなかった。

動以禮法。三年,民各自矜奮曰:

取り扱うのに、文化の進んだものと同じく、礼義法度を以てしたのである。三年で、人民は各々自分を重んじ奮い立った。

「茲土雖遠京師,吾等亦天氓,

この土地は都から遠ざかっているけれども、われらも天の民である。

今天幸惠仁侯,若不化服,我則非人。」

今幸いにも仁愛の君を恵まれた。もしその徳に感化して服従しなければ、我々は人間でない」と。

-2

於是老幼相教語,莫違侯令。

そして「そこで老人から若いものまで、互いに教えとしての語というと、君公の命令に違反してはならない」ということだ。

凡有所爲於其閭及於其家,皆曰:

凡そその郷村の中や自分の家で何かを為そうとする者は、皆いう:

「吾侯聞之,得無不可於意否?」

「わか君がこれを聞いて、心によくないとされないか、どうであろうか、」と。

莫不忖度而後從事。

柳侯の心意をはかり考えて仕事をしないものはなかった。

-3

凡令之期,民勸趨之,

凡そ命令の期日には、民は自ら進んで集まってくる。

無有後先,必以其時。

後れたり、先んじたりする者がいなくて、必ず其の時を以て行われたのである。

於是民業有經,公無負租,

そこでは、人民の仕事には一定の収入があり、役所には未納の租税がないのである。

流逋四歸,樂生興事。

流民や逃亡民たちも、四方から帰って来て、生活を楽しみ仕事を盛んにおこしたのである。

-4

宅有新屋,步有新船,

池園潔修,豬牛鴨雞,肥大蕃息。

子嚴父詔,婦夫指,

嫁娶葬送,各有條法,

出相弟長,入相慈孝。

-5

先時,民貧以男女相質,

久不得贖,盡沒爲隸。

我侯之至,案國之故,

以傭除本,悉奪歸之。

大修孔子廟。城郭巷道,

皆治使端正,樹以名木。



(柳州羅池廟の碑)#1-1

羅池廟は、故の刺史柳侯の廟なり。

柳侯の州を爲むる、其の民を鄙夷とせず、

動すに禮法を以てす。三年にして、民各の自ら衿奮して曰く、

「玆の土京師に遠かると雖も、吾等も亦天氓、今天幸に仁侯を恵む、

若し化服せずんば、我は則ち人に非ず」と。

#1-2

是に於て老少相敎語す、侯の令に違うこと莫れと。

几そ其の郷閭、及び其の家に爲す所有れば、皆日く、

「吾が侯之を聞いて、意に可ならざる無きを得んや否や」と。

忖度して後に事に從わざる莫し。

#1-3

凡そ令の期には、民 之に勸趨して,後有る無く,必ず其時を以てす。

是に於て民業 經に有り,公に負租無く,

流逋 四歸し,生を樂み事を興す。

#1-4

宅に新屋有り,步に新船有り,

池園 潔修し,豬牛 鴨雞あり,肥大し蕃息す。

子 嚴み 父 詔し,婦 い 夫 指す,

嫁娶 葬送し,各の條法有り,

出でては相い弟長し,入りては相い慈孝なり。

#1-5

先時,民貧しく 男女を以て相い質す,

久しく贖【あがな】うを得ざれば,盡く沒して隸と爲す。

我が侯の至る,國の故を案じ,

傭を以て本を除き,悉く奪って之を歸す。

大いに孔子の廟を修む。

城郭 巷道し,皆治めて端正なら使め,樹うるに名木を以てす。



『柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) #1-3

凡令之期,民勸趨之,

無有後先,必以其時。

於是民業有經,公無負租,

流逋四歸,樂生興事。


(下し文)#1-3

凡そ令の期には、民 之に勸趨して,後先有る無く,必ず其時を以てす。

是に於て民業 經に有り,公に負租無く,

流逋 四歸し,生を樂み事を興す。


(現代語訳)

凡そ命令の期日には、民は自ら進んで集まってくる。

後れたり、先んじたりする者がいなくて、必ず其の時を以て行われたのである。

そこでは、人民の仕事には一定の収入があり、役所には未納の租税がないのである。

流民や逃亡民たちも、四方から帰って来て、生活を楽しみ仕事を盛んにおこしたのである。


(訳注)

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-1

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。


凡令之期,民勸趨之,

凡そ命令の期日には、民は自ら進んで集まってくる。


無有後先,必以其時。

後れたり、先んじたりする者がいなくて、必ず其の時を以て行われたのである。


於是民業有經,公無負租,

そこでは、人民の仕事には一定の収入があり、役所には未納の租税がないのである。

○負租 未納の税。


流逋四歸,樂生興事。

流民や逃亡民たちも、四方から帰って来て、生活を楽しみ仕事を盛んにおこしたのである。

○流逋 生活に苦しんで他国へ流出した民と国を逋れて行った民。難民。亡命。


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394柳州羅池廟碑》1段目(#1)-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <999  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3979韓愈詩-271-2


柳州羅池廟碑 1段目(#1)-1

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-1

羅池廟者,故刺史柳侯廟也。

羅池廟は、もとの刺史柳侯(柳宗元)の廟である。

柳侯爲州,不鄙夷其民,

柳侯が州を治めるのに、モの人民を辺鄙な土地の異民族としてあつかいはしなかった。

動以禮法。三年,民各自矜奮曰:

取り扱うのに、文化の進んだものと同じく、礼義法度を以てしたのである。三年で、人民は各々自分を重んじ奮い立った。

「茲土雖遠京師,吾等亦天氓,

この土地は都から遠ざかっているけれども、われらも天の民である。

今天幸惠仁侯,若不化服,我則非人。」

今幸いにも仁愛の君を恵まれた。もしその徳に感化して服従しなければ、我々は人間でない」と。

-2

於是老幼相教語,莫違侯令。

そして「そこで老人から若いものまで、互いに教えとしての語というと、君公の命令に違反してはならない」ということだ。

凡有所爲於其鄉閭及於其家,皆曰:

凡そその郷村の中や自分の家で何かを為そうとする者は、皆いう:

「吾侯聞之,得無不可於意否?」

「わか君がこれを聞いて、心によくないとされないか、どうであろうか、」と。

莫不忖度而後從事。

柳侯の心意をはかり考えて仕事をしないものはなかった。

-3

凡令之期,民勸趨之,

無有後先,必以其時。

於是民業有經,公無負租,

流逋四歸,樂生興事。

-4

宅有新屋,步有新船,

池園潔修,豬牛鴨雞,肥大蕃息。

子嚴父詔,婦夫指,

嫁娶葬送,各有條法,

出相弟長,入相慈孝。

-5

先時,民貧以男女相質,

久不得贖,盡沒爲隸。

我侯之至,案國之故,

以傭除本,悉奪歸之。

大修孔子廟。城郭巷道,

皆治使端正,樹以名木。





(柳州羅池廟の碑)#1-1

羅池廟は、故の刺史柳侯の廟なり。

柳侯の州を爲むる、其の民を鄙夷とせず、

動すに禮法を以てす。三年にして、民各の自ら衿奮して曰く、

「玆の土京師に遠かると雖も、吾等も亦天氓、今天幸に仁侯を恵む、

若し化服せずんば、我は則ち人に非ず」と。

#1-2

是に於て老少相敎語す、侯の令に違うこと莫れと。

几そ其の郷閭、及び其の家に爲す所有れば、皆日く、

「吾が侯之を聞いて、意に可ならざる無きを得んや否や」と。

忖度して後に事に從わざる莫し。

#1-3

凡そ令の期には、民 之に勸趨して,後有る無く,必ず其時を以てす。

是に於て民業 經に有り,公に負租無く,

流逋 四歸し,生を樂み事を興す。

#1-4

宅に新屋有り,步に新船有り,

池園 潔修し,豬牛 鴨雞あり,肥大し蕃息す。

子 嚴み 父 詔し,婦 い 夫 指す,

嫁娶 葬送し,各の條法有り,

出でては相い弟長し,入りては相い慈孝なり。

#1-5

先時,民貧しく 男女を以て相い質す,

久しく贖【あがな】うを得ざれば,盡く沒して隸と爲す。

我が侯の至る,國の故を案じ,

傭を以て本を除き,悉く奪って之を歸す。

大いに孔子の廟を修む。

城郭 巷道し,皆治めて端正なら使め,樹うるに名木を以てす。


『柳州羅池廟碑』 現代語訳と訳註

(本文) #1-2

於是老幼相教語,莫違侯令。

凡有所爲於其閭及於其家,皆曰:

「吾侯聞之,得無不可於意否?」

莫不忖度而後從事。


(下し文) #1-2

是に於て老少相敎語す、侯の令に違うこと莫れと。

几そ其の郷閭、及び其の家に爲す所有れば、皆日く、

「吾が侯之を聞いて、意に可ならざる無きを得んや否や」と。

忖度して後に事に從わざる莫し。


(現代語訳)

そして「そこで老人から若いものまで、互いに教えとしての語というと、君公の命令に違反してはならない」ということだ。

凡そその郷村の中や自分の家で何かを為そうとする者は、皆いう:

「わか君がこれを聞いて、心によくないとされないか、どうであろうか、」と。

柳侯の心意をはかり考えて仕事をしないものはなかった。

唐時代 韓愈関連05

(訳注)

柳州羅池廟碑

(柳宗元柳州刺史の羅池廟の碑文並びに詩)#1-1

広東省の柳州は韓文公の親友柳宗元の流されて刺史となった所であるが、遂にその地で没した。人民はその徳を慕い、霊示によって羅池に廟を建てて祠った(巻六「柳子厚墓誌銘」参照)。退之は碑文並びに詩を作って、石に刻ませたのである。

柳宗元は、中国中唐の文学者・政治家。字は子厚。本籍地の河東から、「柳河東」「河東先生」と呼ばれる。また、その最後の任地にちなみ「柳柳州」と呼ばれることもある。王維や孟浩然らとともに自然詩人として名を馳せた。散文の分野では、韓愈とともに宋代に連なる古文復興運動を実践し、唐宋八大家の1人に数えられる。



於是老幼相教語,莫違侯令。

そして「そこで老人から若いものまで、互いに教えとしての語というと、君公の命令に違反してはならない」ということだ。


凡有所爲於其
閭及於其家,皆曰:
凡そその郷村の中や自分の家で何かを為そうとする者は、皆いう:

 郷里の門。郷村の中。
 

「吾侯聞之,得無不可於意否?」

「わか君がこれを聞いて、心によくないとされないか、どうであろうか、」と。 


莫不忖度而後從事。

柳侯の心意をはかり考えて仕事をしないものはなかった。

○忖度 他人の心を推しはかる。『詩経』小雅 谷風之什 巧言篇 に「他人有心、予忖度之」(他人心有り 予之を忖度す)。

 

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