漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2014年07月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

422 《奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集<1120>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4584韓愈詩-422

(この詩は杜元穎が勅命によって、太清宮の祭祀を奉仕し、それがおわってから、事を紀し,誠意を陳べて 十六韻の五言古詩を造り、宰相の上席にいる李相公に上つったものに和してつくったものである)〔杜相公は杜元穎であり、この詩は老子の太清宮と唐の玄宗と肅宗の二帝の廟についてのべるもの〕

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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422 《奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集<1120>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4584韓愈詩-422

 

 

製作年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四四  文體: 五言古詩 

詩題: 奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻

及地點:  太清宮 (京畿道 京兆府 西京) 別名:玄元皇帝廟、玄都     

交遊人物: 杜元穎 書信往來(京畿道 京兆府長安)

李逢吉 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

甘粛省-嘉峪関 

奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻

(この詩は杜元穎が勅命によって、太清宮の祭祀を奉仕し、それがおわってから、事を紀し,誠意を陳べて 十六韻の五言古詩を造り、宰相の上席にいる李相公に上つったものに和してつくったものである)


〔杜元穎也。太清宮,玄元皇帝廟。〕

杜相公は杜元穎であり、この詩は老子の太清宮と唐の玄宗と肅宗の二帝の廟についてのべるもの〕

#1

耒耜興國,建夏家。 

昔、后稷は犂鍬を手にし、もっぱら農事に務めて、周家を興し、禹は橇に乗り、ガンジキを履いて、天下を廻り、勤勉でもって苦しんで洪水を治めて、夏の国の基礎を作り上げた。

在功誠可尚,於道詎為華。 

この后稷と禹はその功績の上からいえば、まことに尊うべきものであるが、「道」というものの上において見れば、地味で華々しいというものではない。

象帝威容大,仙宗寶曆 

ここに我が老子は帝位を追贈されただけに、威容洪大であり、その上、仙家の宗祖として、長生不死を得られ、宝暦遙かにして数えることもできないくらいである。象帝 老子が帝位を追贈されたことをいう。

衛門羅戟槊,圖壁雜龍蛇。 

太清宮は、すなわち老子の廟であり、門には警護の兵隊が矛を並べ、四璧には龍蛇を描いて、さすがに神々しく、且つ厳かなものである。

杜相公【としょうこう】が太清宮 事を紀し,誠を陳べ 李相公に上る十六韻に和し奉る〔杜は元穎なり。太清宮,玄元皇帝の廟なり。〕

耒耜【らいし】國をし,輴【ちゅんるい】夏家を建つ。 

功に在っては誠に尚【たっと】う可く,道に於ては詎んぞ華と為さん。 

象帝 威容 大いに,仙宗 寶曆 かなり 

門を衛って戟槊【げきさく】を羅ね,壁に圖して龍蛇を雜う。 

#2

禮樂追尊盛,乾坤降福遐。 

四真皆齒列,二聖亦肩差。 

陽月時之首,陰泉氣未牙。 

殿階鋪水碧,庭炬坼金葩。 

#3

紫極觀忘倦,青詞奏不譁。 

宮夜闢,嘈唁鼓晨撾。 

褻味陳奚取,名香薦孔嘉。 

垂祥紛可錄,俾壽浩無涯。 

#4

貴相山瞻峻,清文玉瑕。 

代工聲問遠,攝事敬恭加。 

皎潔當天月,葳蕤捧日霞。 

唱妍酬亦麗,俯仰但稱嗟。 

#2

禮樂 追尊 盛んに,乾坤 福を降すこと遐【はるか】なり。 

四真 皆 齒列し,二聖 亦た 肩差す。

陽月 時の首【はじめ】,陰泉 氣 未だ牙さず。 

殿階 水碧を鋪き,庭炬 金葩【きんぱ】を坼【くじ】く。 

#3

紫極 觀て倦むを忘れ,青詞 奏して譁ならず。

【そうこう】として宮 夜に闢き,嘈唁【そうさつ】として鼓 晨に撾【う】つ。 

褻味【せつみ】陳ねて奚【なん】ぞ取らん,名香 薦めて 孔【はなは】だ嘉し。 

祥を垂れて紛として 錄す可し,俾壽をして浩として涯【かぎり】無からしめん。 

#4

貴相 山 峻なるを瞻る,清文 玉 瑕をつ。 

工に代って 聲問 遠く,事を攝して 敬恭 加わる。 

皎潔たり 天に當るの月,葳蕤【いすい】たり日を捧ぐるの霞。 

唱妍【しょうけん】にして 酬 亦た麗,俯仰して但だ 稱嗟。  

 

閶闔門001

 

『奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻』 現代語訳と訳註

(本文)

奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻〔杜元穎也。太清宮,玄元皇帝廟。〕

耒耜興國,建夏家。 

在功誠可尚,於道詎為華。 

象帝威容大,仙宗寶曆 

衛門羅戟槊,圖壁雜龍蛇。 

 

(下し文)

杜相公【としょうこう】が太清宮 事を紀し,誠を陳べ 李相公に上る十六韻に和し奉る〔杜は元穎なり。太清宮,玄元皇帝の廟なり。〕

耒耜【らいし】國を興し,輴【ちゅんるい】夏家を建つ。 

功に在っては誠に尚【たっと】う可く,道に於ては詎んぞ華と為さん。 

象帝 威容 大いに,仙宗 寶曆 かなり。 

門を衛って戟槊【げきさく】を羅ね,壁に圖して龍蛇を雜う。 

 

(現代語訳)

(このしは杜元穎が勅命によって、太清宮の祭祀を奉仕し、それがおわってから、事を紀し,誠意を陳べて 十六韻の五言古詩を造り、宰相の上席にいる李相公に上つったものに和してつくったものである)

〔杜相公は杜元穎であり、この詩は老子の太清宮と唐の玄宗と肅宗の二帝のびょうについてのべるもの〕

#1

昔、后稷は犂鍬を手にし、もっぱら農事に務めて、周家を興し、禹は橇に乗り、ガンジキを履いて、天下を廻り、勤勉でもって苦しんで洪水を治めて、夏の国の基礎を作り上げた。

この后稷と禹はその功績の上からいえば、まことに尊うべきものであるが、「道」というものの上において見れば、地味で華々しいというものではない。

ここに我が老子は帝位を追贈されただけに、威容洪大であり、その上、仙家の宗祖として、長生不死を得られ、宝暦遙かにして数えることもできないくらいである。

象帝 老子が帝位を追贈されたことをいう。

太清宮は、すなわち老子の廟であり、門には警護の兵隊が矛を並べ、四璧には龍蛇を描いて、さすがに神々しく、且つ厳かなものである。

 

(訳注)

奉和杜相公太清宮紀事,陳誠上李相公十六韻〔杜元穎也。太清宮,玄元皇帝廟。〕

(このしは杜元穎が勅命によって、太清宮の祭祀を奉仕し、それがおわってから、事を紀し,誠意を陳べて 十六韻の五言古詩を造り、宰相の上席にいる李相公に上つったものに和してつくったものである)#1

杜相公 杜元穎。[]775-838年)字君,京兆杜陵人,如晦五世

和李相公は度々韓愈の詩に述べるが、旧唐書本伝に「元和十一年四月、朝議大夫門下侍郎同平章事を加え、出でて剣南東川節度使となり、長慶二年、召しいれて復た門下侍郎同平章事となる。」とある。(

《奉和李相公題蕭家林亭》

山公自是林園主,歎惜前賢造作時。

巖洞幽深門盡鎖,不因丞相幾人知。

414 《奉和李相公題蕭家林亭【案:逢吉也。】》韓愈(韓退之)ID Index-12-504Ⅱ韓昌黎集822年長慶二年<1101>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4489韓愈詩-414

《和李相公攝事南郊,覽物興懷,呈一二知舊》

燦燦辰角曙,亭亭寒露朝。川原共澄映,雲日還浮飄。上宰嚴祀事,清途振華鑣。圓丘峻且坦,前對南山標。村樹黃複綠,中田稼何饒。顧瞻想岩穀,興歎倦塵囂。惟彼顛瞑者,去公豈不遼。為仁朝自治,用靜兵以銷。勿憚吐捉勤,可歌風雨調。聖賢相遇少,功德今宣昭。

417ー#1 《和李相公攝事南郊覽物興懷呈一二知舊》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 823年長慶三年<1111 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4539韓愈詩-417ー#1

〔杜元穎也。太清宮,玄元皇帝廟。〕

杜相公杜元穎であり、この詩は老子の太清宮と唐の玄宗と肅宗の二帝のびょうについてのべるもの〕

 

耒耜興國,建夏家。 

昔、后稷は犂鍬を手にし、もっぱら農事に務めて、周家を興し、禹は橇に乗り、ガンジキを履いて、天下を廻り、勤勉でもって苦しんで洪水を治めて、夏の国の基礎を作り上げた。

耒耜 農機具の犂鍬など。

國 周家を國といい、卲に封じられた后稷、名は奔

建夏家 書経に“水には船に乗り、陸には車に乗り、泥にはそりに乗り、山にはガンジキに乗る。”禹はこれらによって、天下を歴巡し、洪水を平らげて、夏国を建設した。

 

在功誠可尚,於道詎為華。 

この后稷と禹はその功績の上からいえば、まことに尊うべきものであるが、「道」というものの上において見れば、地味で華々しいというものではない。

詎為華 決して華やかな事ではなく、地味な仕事をする。

 

象帝威容大,仙宗寶曆 

ここに我が老子は帝位を追贈されただけに、威容洪大であり、その上、仙家の宗祖として、長生不死を得られ、宝暦遙かにして数えることもできないくらいである。

象帝 老子が帝位を追贈されたことをいう。

仙宗 仙道・仙家の宗祖。

寶曆 長生不死を得られ、宝暦遙かにして数えることもできないくらいのこと。

 

衛門羅戟槊,圖壁雜龍蛇。 

太清宮は、すなわち老子の廟であり、門には警護の兵隊が矛を並べ、四璧には龍蛇を描いて、さすがに神々しく、且つ厳かなものである。

戟槊 戟も槊のホコ、武器のこと。

圖壁 太清廟の四面の壁。
Ta唐 長安近郊圖  新02 

421 《早春呈水部張十八員外,二首之二》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集<1119>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4579韓愈詩-421

こで、君に依頼したいのは、まず、江頭に行ってもらって看てもらいたいのだ。それは柳の緑が既に深くなっているのか、未だにそうはなっていないのか、見てきて教えてくれ。もし緑深くなっているようなら、老骨に鞭うって、春のけしを見て回ろうと思うのだ。

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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421 《早春呈水部張十八員外,二首之二》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集<1119  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4579韓愈詩-421

 

 

 

製作年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題:早春呈水部張十八員外,二首之二

交遊人物: 張籍  書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 

早春呈水部張十八員外,二首之二

莫道官忙身老大,即無年少逐春心。 

憑君先到江頭看,柳色如今深未深。 

(春は名のみのころ、水部の張籍に贈呈する詩、823  長慶三年  56の作。)の二

言っても仕方のないことだが、私も、役所仕事が忙しく、おまけに年を取ってしまった。そうはいっても少年のころ、何処までも春を追い回すような心がなくなってしまったというわけでもない。

そこで、君に依頼したいのは、まず、江頭に行ってもらって看てもらいたいのだ。それは柳の緑が既に深くなっているのか、未だにそうはなっていないのか、見てきて教えてくれ。もし緑深くなっているようなら、老骨に鞭うって、春のけしを見て回ろうと思うのだ。

 

(早春 水部張十八員外に呈す,二首の

道う莫れ 官忙しく身は老大なり,即ち 年少 春を逐う心無しと。

君に憑って 先ず 江頭に到って看ん,柳色 如今 深きか 未だ深からざるかを。 

隋堤01 

 

 『早春呈水部張十八員外,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

早春呈水部張十八員外,二首之二

莫道官忙身老大,即無年少逐春心。 

憑君先到江頭看,柳色如今深未深。 

 

 (下し文)

(早春 水部張十八員外に呈す,二首の二)

道う莫れ 官忙しく身は老大なり,即ち 年少 春を逐う心無しと。

君に憑って 先ず 江頭に到って看ん,柳色 如今 深きか 未だ深からざるかを。 

 

(現代語訳)

(春は名のみのころ、水部の張籍に贈呈する詩、823  長慶三年  56の作。)の二

言っても仕方のないことだが、私も、役所仕事が忙しく、おまけに年を取ってしまった。そうはいっても少年のころ、何処までも春を追い回すような心がなくなってしまったというわけでもない。

そこで、君に依頼したいのは、まず、江頭に行ってもらって看てもらいたいのだ。それは柳の緑が既に深くなっているのか、未だにそうはなっていないのか、見てきて教えてくれ。もし緑深くなっているようなら、老骨に鞭うって、春のけしを見て回ろうと思うのだ。

 

真竹002 

(訳注)

早春呈水部張十八員外,二首之二 

(春は名のみのころ、水部の張籍に贈呈する詩、823  長慶三年  56の作。)の二

 

 

莫道官忙身老大,即無年少逐春心。 

言っても仕方のないことだが、私も、役所仕事が忙しく、おまけに年を取ってしまった。そうはいっても少年のころ、何処までも春を追い回すような心がなくなってしまったというわけでもない。

老大 年を取ってしまったこと。

年少逐春心 少年のころ、何処までも好奇心旺盛で、春の景色を訪ね追い回すような心。

 

憑君先到江頭看,柳色如今深未深。 

そこで、君に依頼したいのは、まず、江頭に行ってもらって看てもらいたいのだ。それは柳の緑が既に深くなっているのか、未だにそうはなっていないのか、見てきて教えてくれ。もし緑深くなっているようなら、老骨に鞭うって、春のけしを見て回ろうと思うのだ。

江頭 運河から渭水にかけての土手に柳が植えられていたことをいう。

如今 只今。
長安付近図00 

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車馬の行き交う都大路に春の小雨がしとしとと降るだけで、あらゆるものが潤うが道路が小雨のためにバターを練ったような状態になる、草木は初めて芽を吹き、遠くから見ると緑色であるが近寄ってみるとまだ何にもなっていないのだ。

 
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製作年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 早春呈水部張十八員外,二首之一 

交遊人物: 張籍  書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 

早春呈水部張十八員外,二首之一 

(春は名のみのころ、水部の張籍に贈呈する詩、823  長慶三年  56の作。

天街小雨潤如酥,草色遙看近卻無。 

最是一年春好處,勝煙柳滿皇都。 

車馬の行き交う都大路に春の小雨がしとしとと降るだけで、あらゆるものが潤うが道路が小雨のためにバターを練ったような状態になる、草木は初めて芽を吹き、遠くから見ると緑色であるが近寄ってみるとまだ何にもなっていないのだ。

この場所は、一年中で春景色が一番よいという、いましもその季節になったということだ、みどりに煙った柳が天子の住む都、長安に一杯に広がるので一番の景勝ということになるのだ。

 

(早春 水部張十八員外に呈す,二首の一) 

天街 小雨にして 潤うて酥の如し,草色 遙に看るも 近うて卻って無し。 

最も是れ 一年 春 好きの處,えて 勝る煙柳の皇都に滿る。 

 

楊貴妃清華池002 

 

『早春呈水部張十八員外,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

早春呈水部張十八員外,二首之一 

天街小雨潤如酥,草色遙看近卻無。 

最是一年春好處,勝煙柳滿皇都。 

 

(含異文)

天街小雨潤如酥,草色遙看近卻無。

最是一年春好處,勝煙柳滿皇都【勝花柳滿皇都】。 

 

(下し文)

(早春 水部張十八員外に呈す,二首の一) 

天街 小雨にして 潤うて酥の如し,草色 遙に看るも 近うて卻って無し。 

最も是れ 一年 春 好きの處,えて 勝る煙柳の皇都に滿る。 

 

(現代語訳)

(春は名のみのころ、水部の張籍に贈呈する詩、823  長慶三年  56の作。

車馬の行き交う都大路に春の小雨がしとしとと降るだけで、あらゆるものが潤うが道路が小雨のためにバターを練ったような状態になる、草木は初めて芽を吹き、遠くから見ると緑色であるが近寄ってみるとまだ何にもなっていないのだ。

この場所は、一年中で春景色が一番よいという、いましもその季節になったということだ、みどりに煙った柳が天子の住む都、長安に一杯に広がるので一番の景勝ということになるのだ。

唐長安城図 

 

(訳注)

早春呈水部張十八員外,二首之一 

(春は名のみのころ、水部の張籍に贈呈する詩、823  長慶三年  56の作。

 

 

天街小雨潤如酥,草色遙看近卻無。 

車馬の行き交う都大路に春の小雨がしとしとと降るだけで、あらゆるものが潤うが道路が小雨のためにバターを練ったような状態になる、草木は初めて芽を吹き、遠くから見ると緑色であるが近寄ってみるとまだ何にもなっていないのだ。

天街 都大路

潤如酥 馬や牛で路が小雨のためにバターを練ったような状態になること。

 

最是一年春好處,勝煙柳滿皇都。 

この場所は、一年中で春景色が一番よいという、いましもその季節になったということだ、みどりに煙った柳が天子の住む都、長安に一派にに広がるので一番の景勝ということになるのだ。

最是一年春好處 この場所は、一年中で春景色が一番よいという季節になったということ。

煙柳 みどりに煙った柳。

皇都 天子の住む都、長安。
隋堤01 

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韓愈《送鄭尚書赴南海》 尚書は、ひと度その地に臨んで施政を行えば、清平にして、采篇なども怒らず、風も静かであるから、鴎なども、陸から去って海に浮び、それに、官僚としても清廉であることから、古の孟嘗のように一度ここを去った真珠貝なども、またぞろ、もとの所へ戻って来ることだろう。

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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製作年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四四  文體: 五言古詩 

詩題: 送鄭尚書【案:權。】赴南海 

及地點:  南海 (嶺南道東部 廣州 南海)     

番禺 (嶺南道東部 廣州 南海)     

武王臺 (嶺南道東部 廣州 廣州) 別名:越王台     

交遊人物: 鄭權 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 

送鄭尚書赴南海 

(鄭尚書が廣州南海郡に赴かれるを送別してこの詩をつくる。)

番禺軍府盛,欲暫停杯。 

番禺の節度府は、管轄する地域が広大で、その勢威は盛んである。そこでその地の風土を説明しようとしてしばらく盃を留めて、ゆっくりと語ることにしよう。

蓋海旂幢出,連天觀閣開。 

鄭尚書がこの度赴任される道すがら、はたさしものは、海を蔽うほどに髙く掲げだし、やがて、南海に近くなれば、樓観亭閣の天に接して開くのが見える。

衙時龍集,上日馬人來。 

もとより、野蛮で荒れ果てたところであるから、役所の執務時間には、采珠を業務とする蜑戸のものどもがあつまってきて、元日には、参賀のために、馬留人どもまでやってくる。

風靜鶢鶋去,官廉蚌蛤迴。 

尚書は、ひと度その地に臨んで施政を行えば、清平にして、采篇なども怒らず、風も静かであるから、鴎なども、陸から去って海に浮び、それに、官僚としても清廉であることから、古の孟嘗のように一度ここを去った真珠貝なども、またぞろ、もとの所へ戻って来ることだろう。

貨通師子國,樂奏武王臺。 

常に獅子国と交通して、かの土地の物貨を輸入し、古の趙佗の古跡たる武王台において、楽を奏じて、官も民も心のどかに落ち着くこともできるだろう。

事事皆殊異,無嫌屈大才。 

南海は、事事物物、中土と違っているが、右の次第で、施政にも張り合いがあるというもので、折角の大才を屈することをもって嫌いと為さず、せいぜい力を盡して、朝旨にかなうようにされたらよいのではなかろうか。

 

(鄭尚書の南海に赴くを送る) 

番禺 軍府盛んなり,かんと欲して暫く 杯を停む。 

海を蓋うて 旂幢【きどう】出で,天に連って觀閣開く。 

衙時【がじ】龍集まり,上日 馬人來る。 

風靜かにして 鶢鶋【rんきょ】去り,官廉にして蚌蛤【ぼうこう】迴える。 

貨は師子國に通じ,樂は武王臺に奏す。 

事事 皆 殊異なり,嫌う無れ 大才を屈するを。 

閶闔門001 

 

『送鄭尚書赴南海』 現代語訳と訳註

(本文)

送鄭尚書赴南海 

番禺軍府盛,欲暫停杯。 

蓋海旂幢出,連天觀閣開。 

衙時龍集,上日馬人來。 

風靜鶢鶋去,官廉蚌蛤迴。 

貨通師子國,樂奏武王臺。 

事事皆殊異,無嫌屈大才。 

 

(含異文)

送鄭尚書【案:權。】赴南海 

番【案:音潘。】禺【案:音愚。】軍府盛,欲暫停杯。

蓋海旂幢出,連天觀閣開。衙時龍集,上日馬人來。

風靜鶢鶋去,官廉蚌蛤迴。貨通師子國,樂奏武王臺。

事事皆殊異,無嫌屈大才。 

 

(下し文)

(鄭尚書の南海に赴くを送る) 

番禺 軍府盛んなり,かんと欲して暫く 杯を停む。 

海を蓋うて 旂幢【きどう】出で,天に連って觀閣開く。 

衙時【がじ】龍集まり,上日 馬人來る。 

風靜かにして 鶢鶋【rんきょ】去り,官廉にして蚌蛤【ぼうこう】迴える。 

貨は師子國に通じ,樂は武王臺に奏す。 

事事 皆 殊異なり,嫌う無れ 大才を屈するを。 

 

(現代語訳)

(鄭尚書が廣州南海郡に赴かれるを送別してこの詩をつくる。)

番禺の節度府は、管轄する地域が広大で、その勢威は盛んである。そこでその地の風土を説明しようとしてしばらく盃を留めて、ゆっくりと語ることにしよう。

鄭尚書がこの度赴任される道すがら、はたさしものは、海を蔽うほどに髙く掲げだし、やがて、南海に近くなれば、樓観亭閣の天に接して開くのが見える。

もとより、野蛮で荒れ果てたところであるから、役所の執務時間には、采珠を業務とする蜑戸のものどもがあつまってきて、元日には、参賀のために、馬留人どもまでやってくる。

尚書は、ひと度その地に臨んで施政を行えば、清平にして、采篇なども怒らず、風も静かであるから、鴎なども、陸から去って海に浮び、それに、官僚としても清廉であることから、古の孟嘗のように一度ここを去った真珠貝なども、またぞろ、もとの所へ戻って来ることだろう。

常に獅子国と交通して、かの土地の物貨を輸入し、古の趙佗の古跡たる武王台において、楽を奏じて、官も民も心のどかに落ち着くこともできるだろう。

南海は、事事物物、中土と違っているが、右の次第で、施政にも張り合いがあるというもので、折角の大才を屈することをもって嫌いと為さず、せいぜい力を盡して、朝旨にかなうようにされたらよいのではなかろうか。

 

唐時代 韓愈関連05 

(訳注)

送鄭尚書赴南海 

(鄭尚書が廣州南海郡に赴かれるを送別してこの詩をつくる。)

鄭尚書 鄭尚書は、名を權、汴州開封の人。

尚書 中国の官名。秦(しん)代に設置され、初めは天子の文書の授受をつかさどる小官だったが、しだいに地位が上がり、唐代~明代には六部の長官となった。

南海 廣州南海郡。嶺南は州を七十の内、二十二は嶺南節度府に隷す、その内四十余は四府に分かち、府ごとに帥を置く。

 

番禺軍府盛,欲暫停杯。 

番禺の節度府は、管轄する地域が広大で、その勢威は盛んである。そこでその地の風土を説明しようとしてしばらく盃を留めて、ゆっくりと語ることにしよう。

番禺 南海縣のことを漢代では番禺縣という。番山と禺山があり、そのことで名づくとされる。

軍府 節度軍の幕府。

 

蓋海旂幢出,連天觀閣開。 

鄭尚書がこの度赴任される道すがら、はたさしものは、海を蔽うほどに髙く掲げだし、やがて、南海に近くなれば、樓観亭閣の天に接して開くのが見える。

旂幢 節度軍の旗。

觀閣 樓観亭閣。

 

衙時龍集,上日馬人來。 

もとより、野蛮で荒れ果てたところであるから、役所の執務時間には、采珠を業務とする蜑戸のものどもがあつまってきて、元日には、参賀のために、馬留人どもまでやってくる。

衙時 役所の執務時間。

 采珠を業務とする蜑戸のものども。

上日 元日。

馬人 馬留人。南蛮人の精鋭。

 

風靜鶢鶋去,官廉蚌蛤迴。 

尚書は、ひと度その地に臨んで施政を行えば、清平にして、采篇なども怒らず、風も静かであるから、鴎なども、陸から去って海に浮び、それに、官僚としても清廉であることから、古の孟嘗のように一度ここを去った真珠貝なども、またぞろ、もとの所へ戻って来ることだろう。

鶢鶋 かもめ。

官廉蚌蛤迴 官僚としても清廉であることから、古の孟嘗のように一度ここを去った真珠貝なども、またぞろ、もとの所へ戻って来る。

 

貨通師子國,樂奏武王臺。 

常に獅子国と交通して、かの土地の物貨を輸入し、古の趙佗の古跡たる武王台において、楽を奏じて、官も民も心のどかに落ち着くこともできるだろう。

師子國 マレーシア半島に存在した国。

武王臺 漢の廣州府、趙佗の古跡たる武王台

 

事事皆殊異,無嫌屈大才。 

南海は、事事物物、中土と違っているが、右の次第で、施政にも張り合いがあるというもので、折角の大才を屈することをもって嫌いと為さず、せいぜい力を盡して、朝旨にかなうようにされたらよいのではなかろうか。

殊異 普通見るものと違っている。
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419 《枯樹》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集823年長慶三年<1116>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4564韓愈詩-419

韓愈《枯樹》老樹は枯れてしまって、枝もなく、葉もなく、したがって風霜もまた降りたとしてもそれによって凋んだり傷んだりすることはない。横っ腹に穴が開いていて人が通れることもあるし、皮は向けてしまい、有が巣を作ったと見えて、しきりにその中に尋ねて入ってゆく。

 
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製作年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

    韓昌黎集 巻十

詩題: 枯樹 

 

 

枯樹 

(老木を見て、全く邪魔にすることはなく、役に立たないものとすることはない。)

老樹無枝葉,風霜不復侵。 

老樹は枯れてしまって、枝もなく、葉もなく、したがって風霜もまた降りたとしてもそれによって凋んだり傷んだりすることはない。

腹穿人可過,皮剝蟻還尋。 

横っ腹に穴が開いていて人が通れることもあるし、皮は向けてしまい、有が巣を作ったと見えて、しきりにその中に尋ねて入ってゆく。

寄託惟朝菌,依投暮禽。 

こうしたことに生を寄託するというのは晦朔を知らない朝菌だけであって、もはや夕方に鳥が巣に帰るといってもこんな樹にかえることはない。

猶堪持改火,未肯但空心。 

しかし、これを持って、火を改めるに用いることはできるので、何も中心まで空虚で、全く役に立たないというものでもないのである。

 

(枯樹) 

老樹 枝葉無く,風霜 復た侵さず。

腹は穿って 人 過ぐ可く,皮は剝けて 蟻 還た尋ぬ。

寄託 惟だ 朝菌,依投 暮禽をつ。

猶お 持して火をむ改るに堪えたり,未だ肯て 但だ空心ならず。

sas0011

 

『枯樹』 現代語訳と訳註

(本文)

枯樹 

老樹無枝葉,風霜不復侵。 

腹穿人可過,皮剝蟻還尋。 

寄託惟朝菌,依投暮禽。 

猶堪持改火,未肯但空心。 

 

(下し文)

(枯樹) 

老樹 枝葉無く,風霜 復た侵さず。

腹は穿って 人 過ぐ可く,皮は剝けて 蟻 還た尋ぬ。

寄託 惟だ 朝菌,依投 暮禽をつ。

猶お 持して火をむ改るに堪えたり,未だ肯て 但だ空心ならず。

 

(現代語訳)

(老木を見て、全く邪魔にすることはなく、役に立たないものとすることはない。)

老樹は枯れてしまって、枝もなく、葉もなく、したがって風霜もまた降りたとしてもそれによって凋んだり傷んだりすることはない。

横っ腹に穴が開いていて人が通れることもあるし、皮は向けてしまい、有が巣を作ったと見えて、しきりにその中に尋ねて入ってゆく。

こうしたことに生を寄託するというのは晦朔を知らない朝菌だけであって、もはや夕方に鳥が巣に帰るといってもこんな樹にかえることはない。

しかし、これを持って、火を改めるに用いることはできるので、何も中心まで空虚で、全く役に立たないというものでもないのである。

 

(訳注)

枯樹 

(老木を見て、全く邪魔にすることはなく、役に立たないものとすることはない。)

韓愈哲学というほどの物でなく、律詩としても、あんまり、良いものともいえない。二十四節季「寒食」の際に作ったものか。

寒食(ハンシク)は冬至から数えて105日目に行われる名節。端午(단오)、秋夕(추석)、旧正月(설날)とともに韓国の4大名節のひとつに数えられる。中国の介子推の伝説や改火儀礼に由来するといわれ、この日には火を使わずに冷たいものを食べる習慣がある

 

老樹無枝葉,風霜不復侵。 

老樹は枯れてしまって、枝もなく、葉もなく、したがって風霜もまた降りたとしてもそれによって凋んだり傷んだりすることはない。

 

腹穿人可過,皮剝蟻還尋。 

横っ腹に穴が開いていて人が通れることもあるし、皮は向けてしまい、有が巣を作ったと見えて、しきりにその中に尋ねて入ってゆく。

腹穿 横っ腹に穴が開いている。

 

寄託惟朝菌,依投暮禽。 

こうしたことに生を寄託するというのは晦朔を知らない朝菌だけであって、もはや夕方に鳥が巣に帰るといってもこんな樹にかえることはない。

朝菌 《荘子逍遥遊》「朝菌不知晦朔。」(朝菌は晦朔を知らず)「晦朔」は月の晦日(みそか)・朔日(ついたち)の意〕 限られた境遇にあるものは,広い世界があることを知らない。短命のたとえ。

暮禽 夕方に鳥が巣に帰ること。

 

猶堪持改火,未肯但空心。 

しかし、これを持って、火を改めるに用いることはできるので、何も中心まで空虚で、全く役に立たないというものでもないのである。

改火 古代の改火儀礼、新しい火の陽火で各季節の気を招くこと。古い火は生命力が失われ人間に対しても悪い影響を与えるとし、古い火は消し新しい 火を入れる改火儀礼が周期的に行われることをいう.老木の方がよく燃える。

空心 中心部が空になっている。

418ー#3 《送諸葛覺往隨州讀書》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集823年長慶三年<1115>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4559韓愈詩-418ー#3

そうした学問に大志を抱くことは、龍魚の海の視野を得ることであり、黃鵠が一翼千里をうって高く遠く飛ぶようなもので、ぜひそうなることを願っている。随分かしこい人がさらに学を積むのであるから、その学風を伝えてほしいが、暇を作って新しい詩文を作ってもらいたいもので、それを月に三、四幅づつ寄せてください。

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
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製作年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四二  文體: 五言古詩 

詩題: 送諸葛覺往隨州讀書〔李繁時為隨州刺史,宰相泌之子也。〕 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

及地點:  隨州 (山南東道 隨州 隨州) 別名:漢東     

交遊人物: 諸葛覺 當地交遊(京畿道 京兆府長安)

李繁 詩文提及(山南東道 隨州 隨州)

 

 

送諸葛覺往隨州讀書

(諸葛覺が随州李繁刺史のところへ学問修業のため、それと、教えを乞うため、その地に赴くに対し、韓愈がこの詩を作って、その行を送った。)

鄴侯家多書,插架三萬軸。

名だたる李鄴侯の家には、蔵書がとてもたくさんある、書棚の上には、巻物として三万軸もある。

一一懸牙籤,新若手未觸。

一一紙札を付けて書名を記し、平生の整理も、手入れも、行き届いているのでどれもこれもいまだ汚損しているものはなく、まるで新しくて、まだ手を触れぬようである。

為人強記覽,過眼不再讀。

今の主人の李繁は、人となり博聞強記で、一度目を通せば、すっかり暗記して再び読み返すことなどないのだ。

偉哉群聖文,磊落載其腹。

古来、郡聖の書かれたものは、うず高く積まれてその腹の上に乗せてある。

#2

行年五十餘,出守數已六。

而も、その年は既に五十を過ぎているというのに、官途は未だに進んでいなくて、外に出でて、刺史になること、合わせて6回に及ぶという。

京邑有舊廬,不容久食宿。

都の一角に先祖からの旧宅があるというも、そこに落ち着いて寝食することができないのである。

臺閣多官員,無地寄一足。

台閣には官員も多くいるのではあるが、李繁はその列に入って足を並べる適当な職が全くないのだ。

我雖官在朝,氣勢日局縮。

我は朝廷に在官しているとはいえ、牛李党派の争い、宦官の台頭など政治的な不遇にあって、度重ねて左遷されたことなどから意気消沈せざるを得ない状況なのだ。

#3

屢為丞相言,雖懇不見錄。

そうした中で、しばしば、丞相のために意見を述べて、そのきわめて懇切なれども、一向に取り上げてくれないということで、李繁のように、外に出る方が良いのかもしれないのだ。

送行過滻水,東望不轉目。

先に、李繁が随州へ赴任するときに、長安の東、滻水の駅亭まで送っていったときには振り返ることもなく、東の方を望んで眼を移さなかった。

今子從之遊,學問得所欲。

そうしたことから、今君が随州に行って、李繁の門下に遊ぶということは、学問が思う存分できるというものだと思う。

入海觀龍魚,矯翮逐黃鵠。

そうした学問に大志を抱くことは、龍魚の海の視野を得ることであり、黃鵠が一翼千里をうって高く遠く飛ぶようなもので、ぜひそうなることを願っている。

勉為新詩章,月寄三四幅。

随分かしこい人がさらに学を積むのであるから、その学風を伝えてほしいが、暇を作って新しい詩文を作ってもらいたいもので、それを月に三、四幅づつ寄せてください。

 

(諸葛覺の隨州に往きて書を讀むを送る)

鄴侯 家に書を多くし,架に插むは三萬軸。

一一 牙籤【がせん】を懸け,新なること 手 未だ觸れざるが若し。

人と為り 記覽に強,眼を過れば再び讀まず。

偉なる哉 群聖の文,磊落 其の腹に載す。

#2

行年 五十に餘り,出でて守たること 數 已に六。

京邑に 舊廬有れど,久しく食宿するを容さず。

臺閣に官員多けれど,一足を寄するに地無し。

我 官して朝に在りと雖も,氣勢 日に局縮す。

#3

屢ば 丞相の為に言う,雖懇なりと錄せられず。

行を送って滻水を過ぎ,東に望んで目を轉ぜず。

今 子 之に從って遊び,學問 欲する所を得ん。

海に入って龍魚を觀,翮を矯げては黃鵠を逐へ。

勉めて新詩章を為り,月き 三四幅を寄せよ。 

閶闔門001 

 

『送諸葛覺往隨州讀書』 現代語訳と訳註

(本文) #3

屢為丞相言,雖懇不見錄。送行過滻水,東望不轉目。

今子從之遊,學問得所欲。入海觀龍魚,矯翮逐黃鵠。

勉為新詩章,月寄三四幅。 

 

(下し文) #3

屢ば 丞相の為に言う,雖懇なりと錄せられず。

行を送って滻水を過ぎ,東に望んで目を轉ぜず。

今 子 之に從って遊び,學問 欲する所を得ん。

海に入って龍魚を觀,翮を矯げては黃鵠を逐へ。

勉めて新詩章を為り,月き 三四幅を寄せよ。 

 

(現代語訳)

そうした中で、しばしば、丞相のために意見を述べて、そのきわめて懇切なれども、一向に取り上げてくれないということで、李繁のように、外に出る方が良いのかもしれないのだ。

先に、李繁が随州へ赴任するときに、長安の東、滻水の駅亭まで送っていったときには振り返ることもなく、東の方を望んで眼を移さなかった。

そうしたことから、今君が随州に行って、李繁の門下に遊ぶということは、学問が思う存分できるというものだと思う。

そうした学問に大志を抱くことは、龍魚の海の視野を得ることであり、黃鵠が一翼千里をうって高く遠く飛ぶようなもので、ぜひそうなることを願っている。

随分かしこい人がさらに学を積むのであるから、その学風を伝えてほしいが、暇を作って新しい詩文を作ってもらいたいもので、それを月に三、四幅づつ寄せてください。

 

Ta唐 長安近郊圖  新02 

(訳注) #3

送諸葛覺往隨州讀書

(諸葛覺が随州李繁刺史のところへ学問修業のため、それと、教えを乞うため、その地に赴くに対し、韓愈がこの詩を作って、その行を送った。)

諸葛覺は、初め僧侶であったのが、還俗した後、学を修め洛陽にいて、韓愈・孟郊の二人と知り合う。随州は李泌の子繁が刺史であった地である。その家に蔵書が多いがために、諸葛覺は、学問修業のため、それと、李繁に教えを乞うため、その地に赴かんとし、よって韓愈がこの詩を作って、その行を送ったのである。

 

屢為丞相言,雖懇不見錄。

そうした中で、しばしば、丞相のために意見を述べて、そのきわめて懇切なれども、一向に取り上げてくれないということで、李繁のように、外に出る方が良いのかもしれないのだ。

 

送行過滻水,東望不轉目。

先に、李繁が随州へ赴任するときに、長安の東、滻水の駅亭まで送っていったときには振り返ることもなく、東の方を望んで眼を移さなかった。

滻水 ・灞滻 㶚水と滻水 長安の東を北流して渭水にそそぐ。・涇渭 涇水と渭水 渭水は長安の北側を西から東へながれ、清流であり、涇水は長安の東で渭水に合流する濁流の河川である。

司馬相如 《上林賦》

「且夫齊楚之事又烏足道乎!

君未覩夫巨麗也,獨不聞天子之上林乎?

左蒼梧,右西極,

丹水更其南,紫淵徑其北。

終始灞滻,出入涇渭;

酆鎬潦潏,紆餘委蛇,經營乎其

 

今子從之遊,學問得所欲。

そうしたことから、今君が随州に行って、李繁の門下に遊ぶということは、学問が思う存分できるというものだと思う。

 

入海觀龍魚,矯翮逐黃鵠。

そうした学問に大志を抱くことは、龍魚の海の視野を得ることであり、黃鵠が一翼千里をうって高く遠く飛ぶようなもので、ぜひそうなることを願っている。

龍魚  《山海經·海外西經》龍魚陵居在其北(西域古地名沃野北面),狀如鯉。

黃鵠 子安にたすけられた鶴 (黄鵠) が、子安の死後、三年間その墓の上でかれを思って鳴きつづけ、鶴は死んだが子安は蘇って千年の寿命を保ったという。 ここでは、鶴が命の恩人である子安を思う心の強さを住持に喩えたもの。

 

勉為新詩章,月寄三四幅。 

随分かしこい人がさらに学を積むのであるから、その学風を伝えてほしいが、暇を作って新しい詩文を作ってもらいたいもので、それを月に三、四幅づつ寄せてください。
長安付近図00 

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《送諸葛覺往隨州讀書》-#2韓愈≫而も、その年は既に五十を過ぎているというのに、官途は未だに進んでいなくて、外に出でて、刺史になること、合わせて6回に及ぶという。都の一角に先祖からの旧宅があるというも、そこに落ち着いて寝食することができないのである。

 
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年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四二  文體: 五言古詩 

詩題: 送諸葛覺往隨州讀書〔李繁時為隨州刺史,宰相泌之子也。〕 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

及地點:  隨州 (山南東道 隨州 隨州) 別名:漢東     

交遊人物: 諸葛覺 當地交遊(京畿道 京兆府長安)

李繁 詩文提及(山南東道 隨州 隨州)

 

 

送諸葛覺往隨州讀書

(諸葛覺が随州李繁刺史のところへ学問修業のため、それと、教えを乞うため、その地に赴くに対し、韓愈がこの詩を作って、その行を送った。)

鄴侯家多書,插架三萬軸。

名だたる李鄴侯の家には、蔵書がとてもたくさんある、書棚の上には、巻物として三万軸もある。

一一懸牙籤,新若手未觸。

一一紙札を付けて書名を記し、平生の整理も、手入れも、行き届いているのでどれもこれもいまだ汚損しているものはなく、まるで新しくて、まだ手を触れぬようである。

為人強記覽,過眼不再讀。

今の主人の李繁は、人となり博聞強記で、一度目を通せば、すっかり暗記して再び読み返すことなどないのだ。

偉哉群聖文,磊落載其腹。

古来、郡聖の書かれたものは、うず高く積まれてその腹の上に乗せてある。

#2

行年五十餘,出守數已六。

而も、その年は既に五十を過ぎているというのに、官途は未だに進んでいなくて、外に出でて、刺史になること、合わせて6回に及ぶという。

京邑有舊廬,不容久食宿。

都の一角に先祖からの旧宅があるというも、そこに落ち着いて寝食することができないのである。

臺閣多官員,無地寄一足。

台閣には官員も多くいるのではあるが、李繁はその列に入って足を並べる適当な職が全くないのだ。

我雖官在朝,氣勢日局縮。

我は朝廷に在官しているとはいえ、牛李党派の争い、宦官の台頭など政治的な不遇にあって、度重ねて左遷されたことなどから意気消沈せざるを得ない状況なのだ。

#3

屢為丞相言,雖懇不見錄。送行過滻水,東望不轉目。

今子從之遊,學問得所欲。入海觀龍魚,矯翮逐黃鵠。

勉為新詩章,月寄三四幅。 

 

(諸葛覺の隨州に往きて書を讀むを送る)

鄴侯 家に書を多くし,架に插むは三萬軸。

一一 牙籤【がせん】を懸け,新なること 手 未だ觸れざるが若し。

人と為り 記覽に強,眼を過れば再び讀まず。

偉なる哉 群聖の文,磊落 其の腹に載す。

#2

行年 五十に餘り,出でて守たること 數 已に六。

京邑に 舊廬有れど,久しく食宿するを容さず。

臺閣に官員多けれど,一足を寄するに地無し。

我 官して朝に在りと雖も,氣勢 日に局縮す。

#3

屢ば 丞相の為に言う,雖懇なりと錄せられず。

行を送って滻水を過ぎ,東に望んで目を轉ぜず。

今 子 之に從って遊び,學問 欲する所を得ん。

海に入って龍魚を觀,翮を矯げては黃鵠を逐へ。

勉めて新詩章を為り,月き 三四幅を寄せよ。 

 

長安城郭015 

『送諸葛覺往隨州讀書』 現代語訳と訳註

(本文) #2

行年五十餘,出守數已六。

京邑有舊廬,不容久食宿。

臺閣多官員,無地寄一足。

我雖官在朝,氣勢日局縮。

 

(下し文) #2

行年 五十に餘り,出でて守たること 數 已に六。

京邑に 舊廬有れど,久しく食宿するを容さず。

臺閣に官員多けれど,一足を寄するに地無し。

我 官して朝に在りと雖も,氣勢 日に局縮す。

 

(現代語訳)

而も、その年は既に五十を過ぎているというのに、官途は未だに進んでいなくて、外に出でて、刺史になること、合わせて6回に及ぶという。

都の一角に先祖からの旧宅があるというも、そこに落ち着いて寝食することができないのである。

台閣には官員も多くいるのではあるが、李繁はその列に入って足を並べる適当な職が全くないのだ。

我は朝廷に在官しているとはいえ、牛李党派の争い、宦官の台頭など政治的な不遇にあって、度重ねて左遷されたことなどから意気消沈せざるを得ない状況なのだ。

 

(訳注) #2

行年五十餘,出守數已六。

而も、その年は既に五十を過ぎているというのに、官途は未だに進んでいなくて、外に出でて、刺史になること、合わせて6回に及ぶという。

 

京邑有舊廬,不容久食宿。

都の一角に先祖からの旧宅があるというも、そこに落ち着いて寝食することができないのである。

京邑 長安、都の一角。

舊廬 先祖から受け継いだ旧宅がある。

食宿 生活を維持していくこと。

 

臺閣多官員,無地寄一足。

台閣には官員も多くいるのではあるが、李繁はその列に入って足を並べる適当な職が全くないのだ。

臺閣 1 たかどの。楼閣。2 国家の政治を行う機関。政府。内閣。

 

我雖官在朝,氣勢日局縮。

我は朝廷に在官しているとはいえ、牛李党派の争い、宦官の台頭など政治的な不遇にあって、度重ねて左遷されたことなどから意気消沈せざるを得ない状況なのだ。

○日局縮 日々の時局において萎縮するようなこと。韓愈はその発言に倚り、二度も罪を得て、一度目は陽山県令に、二度目は潮州刺史に貶められたことで、発言に注意しているということ。この頃は宦官が諜報機関のような役割を演じていた。そうしたなかに、牛李の党争(ぎゅうりのとうそう)は、中国唐代の憲宗期から宣宗期(808年から849年)にかけて起こった政争。牛僧孺・李宗閔の牛党と李徳裕の李党の間で激しい権力闘争が行われ、政治的混乱をもたらし、唐滅亡の要因となったと評される。
洛陽南陽地図002

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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四二  文體: 五言古詩 

詩題: 送諸葛覺往隨州讀書〔李繁時為隨州刺史,宰相泌之子也。〕 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

及地點:  隨州 (山南東道 隨州 隨州) 別名:漢東      

交遊人物/地點: 諸葛覺 當地交遊(京畿道 京兆府 長安)

李繁 詩文提及(山南東道 隨州 隨州)

 

 

送諸葛覺往隨州讀書

(諸葛覺が随州李繁刺史のところへ学問修業のため、それと、教えを乞うため、その地に赴くに対し、韓愈がこの詩を作って、その行を送った。)

鄴侯家多書,插架三萬軸。

名だたる李鄴侯の家には、蔵書がとてもたくさんある、書棚の上には、巻物として三万軸もある。

一一懸牙籤,新若手未觸。

一一紙札を付けて書名を記し、平生の整理も、手入れも、行き届いているのでどれもこれもいまだ汚損しているものはなく、まるで新しくて、まだ手を触れぬようである。

為人強記覽,過眼不再讀。

今の主人の李繁は、人となり博聞強記で、一度目を通せば、すっかり暗記して再び読み返すことなどないのだ。

偉哉群聖文,磊落載其腹。

古来、郡聖の書かれたものは、うず高く積まれてその腹の上に乗せてある。

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行年五十餘,出守數已六。京邑有舊廬,不容久食宿。

臺閣多官員,無地寄一足。我雖官在朝,氣勢日局縮。

#3

屢為丞相言,雖懇不見錄。送行過滻水,東望不轉目。

今子從之遊,學問得所欲。入海觀龍魚,矯翮逐黃鵠。

勉為新詩章,月寄三四幅。 

 

(諸葛覺の隨州に往きて書を讀むを送る)

鄴侯 家に書を多くし,架に插むは三萬軸。

一一 牙籤【がせん】を懸け,新なること 手 未だ觸れざるが若し。

人と為り 記覽に強,眼を過れば再び讀まず。

偉なる哉 群聖の文,磊落 其の腹に載す。

#2

行年 五十に餘り,出でて守たること 數 已に六。

京邑に 舊廬有れど,久しく食宿するを容さず。

臺閣に官員多けれど,一足を寄するに地無し。

我 官して朝に在りと雖も,氣勢 日に局縮す。

#3

屢ば 丞相の為に言う,雖懇なりと錄せられず。

行を送って滻水を過ぎ,東に望んで目を轉ぜず。

今 子 之に從って遊び,學問 欲する所を得ん。

海に入って龍魚を觀,翮を矯げては黃鵠を逐へ。

勉めて新詩章を為り,月き 三四幅を寄せよ。  

 韓愈ルート01

 

『送諸葛覺往隨州讀書』 現代語訳と訳註

(本文)

送諸葛覺往隨州讀書

鄴侯家多書,插架三萬軸。

一一懸牙籤,新若手未觸。

為人強記覽,過眼不再讀。

偉哉群聖文,磊落載其腹。

 

(下し文)

(諸葛覺の隨州に往きて書を讀むを送る)

鄴侯 家に書を多くし,架に插むは三萬軸。

一一 牙籤【がせん】を懸け,新なること 手 未だ觸れざるが若し。

人と為り 記覽に強,眼を過れば再び讀まず。

偉なる哉 群聖の文,磊落 其の腹に載す。

 

(現代語訳)

(諸葛覺が随州李繁刺史のところへ学問修業のため、それと、教えを乞うため、その地に赴くに対し、韓愈がこの詩を作って、その行を送った。)

名だたる李鄴侯の家には、蔵書がとてもたくさんある、書棚の上には、巻物として三万軸もある。

一一紙札を付けて書名を記し、平生の整理も、手入れも、行き届いているのでどれもこれもいまだ汚損しているものはなく、まるで新しくて、まだ手を触れぬようである。

今の主人の李繁は、人となり博聞強記で、一度目を通せば、すっかり暗記して再び読み返すことなどないのだ。

古来、郡聖の書かれたものは、うず高く積まれてその腹の上に乗せてある。

Ta唐 長安近郊圖  新02 

(訳注)

送諸葛覺往隨州讀書

(諸葛覺が随州李繁刺史のところへ学問修業のため、それと、教えを乞うため、その地に赴くに対し、韓愈がこの詩を作って、その行を送った。)

諸葛覺は、初め僧侶であったのが、還俗した後、学を修め洛陽にいて、韓愈・孟郊の二人と知り合う。随州は李泌の子繁が刺史であった地である。その家に蔵書が多いがために、諸葛覺は、学問修業のため、それと、李繁に教えを乞うため、その地に赴かんとし、よって韓愈がこの詩を作って、その行を送ったのである。

 

鄴侯家多書,插架三萬軸。

名だたる李鄴侯の家には、蔵書がとてもたくさんある、書棚の上には、巻物として三万軸もある。

鄴侯 鄴縣侯に封じられ、随州刺史に塁遷した李繁のこと。

家多書 先祖代々蔵書する家系、家族であることですこぶる所が多い。

 

一一懸牙籤,新若手未觸。

一一紙札を付けて書名を記し、平生の整理も、手入れも、行き届いているのでどれもこれもいまだ汚損しているものはなく、まるで新しくて、まだ手を触れぬようである。

牙籤 象牙を削って作った薄い札。

 

為人強記覽,過眼不再讀。

今の主人の李繁は、人となり博聞強記で、一度目を通せば、すっかり暗記して再び読み返すことなどないのだ。

 

偉哉群聖文,磊落載其腹。

古来、郡聖の書かれたものは、うず高く積まれてその腹の上に乗せてある。

磊落 ここは落ちそうなほど高く積み上げている。

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武器も溶かしてしまっても良い様になるということで、そのへんのところをよろしくご注意願いたいのです。「周公が一食三度、哺をはき、一沐に三度髪を捉えて、」天下の士を引見したという、それほど勤労を憚らず、もっぱら人材を登用したならばやがて風雨も自然に調い、世の中は太平になるであろう。

 
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製作年:  823  長慶三年  56

卷別: 卷三四二  文體: 五言古詩 

詩題: 和李相公攝事南郊覽物興懷呈一二知舊【案:李相公,逢吉也。】 

及地點:  終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山     

交遊人物: 李逢吉 書信往來

 

 

和李相公攝事南郊,覽物興懷,呈一二知舊

燦燦辰角曙,亭亭寒露朝。

川原共澄映,雲日還浮飄。

上宰嚴祀事,清途振華鑣。

圓丘峻且坦,前對南山標。

村樹黃複綠,中田稼何饒。

(この詩は李逢吉が天子の御名代として、南郊に天を祀り、その際、打ち見たる風景に対して感興を催し、詩を作って、一二の旧知に寄せたから、韓愈がこれに和して作った。)

燦々として輝く房星が角宿にあたって、夜がほのぼのと明けると、白露は所せまきまでおきあまり、

一帯の平原は澄んで相い映ずるがごとく、雲日共に清くして、さながら空中に浮薸するかと思われる。

この時、李相公は祀事の御名代を仰せつかって、立派なクツワを馬に食ませて、奇麗に掃き清めたる大道をしづしづと乗り出した。

天を祀る円丘は高くして、その上は平坦であり、そして、位置からいうと、前は終南山の絶頂に対していて、そこで例の祭儀を行われるのである。

その間なる村々の木は、既に黄ばみたるものあり、あるいは綠なるものもある。田圃の稲は十分に熟している。

#2

顧瞻想岩穀,興歎倦塵囂。

惟彼顛瞑者,去公豈不遼。

為仁朝自治,用靜兵以銷。

勿憚吐捉勤,可歌風雨調。

聖賢相遇少,功德今宣昭。

顧りみれば終南山の巖谷の幽遂なるを想い、都の御門内の塵囂には呆れ果てて、何にも考えが出来なくなるほどの歎を発したのである。

これは、彼ら富貴者たちに顛瞑している俗物は,公のもとを去ることは実に遠く、まるで相手にされないだけなら一向に構わないのである。

仁を行えば、朝廷によって自然に収まるということで、靜を用いるというならば 騒乱というものは何時しか治まってゆくのである。

武器も溶かしてしまっても良い様になるということで、そのへんのところをよろしくご注意願いたいのです。「周公が一食三度、哺をはき、一沐に三度髪を捉えて、」天下の士を引見したという、それほど勤労を憚らず、もっぱら人材を登用したならばやがて風雨も自然に調い、世の中は太平になるであろう。

はともあれ聖君賢相の相い遭うということは、きわめてまれなことで、今あなたの功徳が天下に宣昭されるのは、天子の御心にもかなうという次第である。

 

(和李相公 事を南郊に攝し,物を覽て懷を興す,一二の知舊に呈す)

燦燦【さんさん】として辰角【しんかく】を曙【あ】け,亭亭として 寒露 朝【あした】なり。 

川原と共に澄映【ちょうえい】し,雲日 還た浮飄【ふひょう】す。 

上宰 祀事を嚴にし,清途 華鑣【かひょう】を振う。 

圓丘 峻にして 且つ坦なり,前は南山の標に對す。 

村樹 黃 復た綠にして,中田 稼 何ぞ饒ならん。 

#2

顧瞻【こせん】して巖谷を想い,歎を興して塵囂【じんごう】に倦【う】む。

惟れ彼の顛瞑【てんめい】の者なり,公を去る 豈に 遼【とお】からざらんや。

仁を為して 朝 自ら治まり,靜を用いて 兵 以って 銷ゆ。

吐捉【とそく】の勤を憚かる勿れ,風雨の調えるを歌う可し。 

聖賢 相い遇うこと少し,功德 今 宣昭す。 

Ta唐 長安近郊圖  新02 

 

『和李相公攝事南郊,覽物興懷,呈一二知舊』 現代語訳と訳註

(本文)#2

顧瞻想岩穀,興歎倦塵囂。惟彼顛瞑者,去公豈不遼。

為仁朝自治,用靜兵以銷。勿憚吐捉勤,可歌風雨調。

聖賢相遇少,功德今宣昭。

(含異文)

顧瞻想巖谷,興歎倦塵囂。惟彼顛瞑者,去公豈不遼。

為仁朝自治,用靜兵以銷。勿憚吐捉勤【勿憚吐握勤】【吐捉,本《史記》;今人用吐握,本《韓詩外傳》也。】,可歌風雨調。

聖賢相遇少,功德今宣昭。 

 

(下し文)

顧瞻【こせん】して巖谷を想い,歎を興して塵囂【じんごう】に倦【う】む。

惟れ彼の顛瞑【てんめい】の者なり,公を去る 豈に 遼【とお】からざらんや。

仁を為して 朝 自ら治まり,靜を用いて 兵 以って 銷ゆ。

吐捉【とそく】の勤を憚かる勿れ,風雨の調えるを歌う可し。 

聖賢 相い遇うこと少し,功德 今 宣昭す。 

 

(現代語訳)

顧りみれば終南山の巖谷の幽遂なるを想い、都の御門内の塵囂には呆れ果てて、何にも考えが出来なくなるほどの歎を発したのである。

これは、彼ら富貴者たちに顛瞑している俗物は,公のもとを去ることは実に遠く、まるで相手にされないだけなら一向に構わないのである。

仁を行えば、朝廷によって自然に収まるということで、靜を用いるというならば 騒乱というものは何時しか治まってゆくのである。

武器も溶かしてしまっても良い様になるということで、そのへんのところをよろしくご注意願いたいのです。「周公が一食三度、哺をはき、一沐に三度髪を捉えて、」天下の士を引見したという、それほど勤労を憚らず、もっぱら人材を登用したならばやがて風雨も自然に調い、世の中は太平になるであろう。

はともあれ聖君賢相の相い遭うということは、きわめてまれなことで、今あなたの功徳が天下に宣昭されるのは、天子の御心にもかなうという次第である。

長安城郭015 

 

(訳注) #2

和李相公攝事南郊,覽物興懷,呈一二知舊

(この詩は李逢吉が天子の御名代として、南郊に天を祀り、その際、打ち見たる風景に対して感興を催し、詩を作って、一二の旧知に寄せたから、韓愈がこれに和して作った。)

和李相公は度々韓愈の詩に述べるが、旧唐書本伝に「元和十一年四月、朝議大夫門下侍郎同平章事を加え、出でて剣南東川節度使となり、長慶二年、召しいれて復た門下侍郎同平章事となる。」とある。(

《奉和李相公題蕭家林亭》

山公自是林園主,歎惜前賢造作時。

巖洞幽深門盡鎖,不因丞相幾人知。

414 《奉和李相公題蕭家林亭【案:逢吉也。】》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集822年長慶二年<1101  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4489韓愈詩-414

 

顧瞻想岩穀,興歎倦塵囂。

顧りみれば終南山の巖谷の幽遂なるを想い、都の御門内の塵囂には呆れ果てて、何にも考えが出来なくなるほどの歎を発したのである。

塵囂【じんごう】 俗世間のうるさい事柄。

 

惟彼顛瞑者,去公豈不遼。

これは、彼ら富貴者たちに顛瞑している俗物は,公のもとを去ることは実に遠く、まるで相手にされないだけなら一向に構わないのである。

顛瞑 倒れて眠ること。《荘子》富貴の地に顛瞑す。

 

為仁朝自治,用靜兵以銷。

仁を行えば、朝廷によって自然に収まるということで、靜を用いるというならば 騒乱というものは何時しか治まってゆくのである。

朝自治 朝廷によって自然に収まる。

 

勿憚吐捉勤,可歌風雨調。

武器も溶かしてしまっても良い様になるということで、そのへんのところをよろしくご注意願いたいのです。「周公が一食三度、哺をはき、一沐に三度髪を捉えて、」天下の士を引見したという、それほど勤労を憚らず、もっぱら人材を登用したならばやがて風雨も自然に調い、世の中は太平になるであろう。

吐捉勤 すべてを差し置いて賢人を熱心に求める様。 吐哺握髪ともいう。 中国の周公旦が一食の間に三度も口中の食べ物を吐き出し、一回の髪を洗う間に三度もやめて天下の士に面会した故事から。 《史記》「握髪吐哺: 一饋十起: 吐哺握髪: 吐哺捉髪.」今の人が「吐握」という語を用いるのは,《韓詩外傳》に基づくものである。

 

聖賢相遇少,功德今宣昭。

何はともあれ聖君賢相の相い遭うということは、きわめてまれなことで、今あなたの功徳が天下に宣昭されるのは、天子の御心にもかなうという次第である。
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(この詩は李逢吉が天子の御名代として、南郊に天を祀り、その際、打ち見たる風景に対して感興を催し、詩を作って、一二の旧知に寄せたから、韓愈がこれに和して作った。)燦々として輝く房星が角宿にあたって、夜がほのぼのと明けると、白露は所せまきまでおきあまり、

 
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