漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2014年08月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

437-#3 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID <1151> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4739韓愈詩-437-#3

暫くすると、雲霧の中より、謝自然の姿が現れて、軽やかに空中に舞上って昇天したが、その有様は、飄然として、風に漂う煙のようであったという。昇天した後、広大な世界のはるか遠い先の先までも、その影響についても、理由、接縁などの痕跡は全くなかったのである。

 
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437-#3 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID  1151 Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4739韓愈詩-437-#3

 

 

制作年:              794年貞元十年27

卷別:    卷三三六               文體:              五言古詩

韓昌黎集 巻一

詩題:    謝自然詩〔果州謝真人上昇在金泉山,貞元十年十一月十二日白晝輕舉,郡守李堅以聞,有詔褒諭。〕

及地點:              南充 (山南西道 果州 南充) 別名:南充縣      

金泉山 (山南西道 果州 金泉山)    

 

 

謝自然詩 #1

果州の謝仙女が白日天に昇ったのを、郡守李堅が,詔して褒美したことを韓愈がこの詩を寄懐至極のことだと作った)#1

果州南充縣,寒女謝自然。

所は蜀で果州の南充縣という地に謝自然と名乗る一人の貧女がいた。

童騃無所識,但聞有神仙。

言ってもまだ、子供で、一向知識も何もないが、道教を聞きかじって世に神仙と称するありがたいものがあるということを承っていた。

輕生學其術,乃在金泉山。

人並みのものを食わず、自分の生を軽んじて、神仙の術をまなび、はては、金泉山に分け入って、修業をおこなった。

繁華榮慕,父母慈愛捐。

こうして、世の中の栄華富貴など念慮を絶ち、父母の慈愛をもすててしまったということだ。

#2

凝心感魑魅,慌惚難具言。

やがて、心を凝らした一念は、魑魅をも感動せしめ、その神變不思議なことは、とても、まじめで詳しく話もできないくらいであった。

一朝坐空室,雲霧生其間。

ある朝から、誰もいない講堂に坐していると、雲霧が忽然とその間に生じる。

如聆笙竽韻,來自冥冥天。

冥冥たる天上よりはものとはなしに、笙竽の微妙なる音楽の韻がきこえてくるようなのである。

白日變幽晦,蕭蕭風景寒。

その内に、一天、にわかに搔き曇り、はくじつのひかりをうしなって、幽晦に変ずると同時に、少々として、風景凄まじく寒く淋しいものとなる。

#3

簷楹暫明滅,五色光屬聯。

一団の黒雲が落ちてきたものと見え、軒端がしばらく明滅していたが、忽ちにして、五色の光がたがいに連なる様にして入って来る。

觀者徒傾駭,躑躅詎敢前。

耀きわたった故に、見るものは、全員が大いに驚いたが、何分恐ろしいので、踟蹰して敢て進まず、かといってどういうわけか、室中に入って真相を見極めることもしないようだ。

須臾自輕舉,飄若風中煙。

暫くすると、雲霧の中より、謝自然の姿が現れて、軽やかに空中に舞上って昇天したが、その有様は、飄然として、風に漂う煙のようであったという。

茫茫八紘大,影響無由緣。

昇天した後、広大な世界のはるか遠い先の先までも、その影響についても、理由、接縁などの痕跡は全くなかったのである。

#4

里胥上其事,郡守驚且歎。

驅車領官吏,甿俗爭相先。

入門無所見,冠履同蛻蟬。

皆云神仙事,灼灼信可傳。

#5

餘聞古夏后,象物知神姦。山林民可入,魍魎莫逢旃。

逶迤不復振,後世恣欺謾。幽明紛雜亂,人鬼更相殘。

#6

秦皇雖篤好,漢武洪其源。自從二主來,此禍竟連連。

木石生怪變,狐狸騁妖患。莫能盡性命,安得更長延。

#7

人生處萬類,知識最為賢。奈何不自信,反欲從物遷。

往者不可悔,孤魂抱深冤。來者猶可誡,余言豈空文。

人生有常理,男女各有倫。

7

寒衣及飢食,在紡績耕耘。下以保子孫,上以奉君親。

苟異於此道,皆為棄其身。噫乎彼寒女,永托異物群。

感傷遂成詩,昧者宜書紳。

#8

寒衣及飢食,在紡績耕耘。

下以保子孫,上以奉君親。

苟異於此道,皆為棄其身。

噫乎彼寒女,永托異物群。

感傷遂成詩,昧者宜書紳。

 

             

謝自然の詩 #1

果州の南充縣,寒女の謝自然。

童騃 識る所無く,但だ神仙有るを聞く。

生を輕んじて其の術を學び,乃ち金泉山に在り。

繁華 榮慕,父母 慈愛 捐【す】つ。

#2

心を凝らして 魑魅を感ぜしめ,慌惚 具【つぶさ】に言い難し。

一朝 空室に坐して,雲霧 其の間に生ず。

笙竽の韻を聆【き】くが如く,冥冥の天より來る。

白日 幽晦に變じ,蕭蕭として風景寒し。

#3

簷楹【えんえい】暫らく明滅し,五色 光 屬聯す。

觀る者 徒らに傾駭,躑躅【てきちょく】して詎んぞ敢て前【すす】まん。

須臾【しゅゆ】にして自ら 輕舉して,飄として 風中の煙の若し。

茫茫として 八紘大に,影響 緣に由し無し。

#4

里胥【りしょ】其の事を上【たてまつ】り,郡守 驚き且つ歎ず。

車を驅って官吏を領し,甿俗【ぼうぞく】爭うて相い先んず。

門に入って見る所無く,冠履【かんく】蛻蟬【ぜいぜん】に同じ。

皆云う 神仙の事,灼灼として 信び傳う可し と。

#5

餘聞く 古しえの夏后,物を象って神姦を知る。

山林 民入る可し,魍魎【ほうりょう】旃【これ】に逢うこと莫れ。

逶迤【いい】として復た振わず,後世 欺謾を恣にする。

幽明 紛として雜亂,人鬼 更【かわるがわ】る相い殘【そこな】う

#6

秦皇 篤好と雖も,漢武 其の源を洪【おおい】にす

二主より來【このかた】,此の禍 竟に連連。

木石 怪變を生じ,狐狸 妖患を騁【は】す

能く性命を盡く莫く,安んぞ更に長延するを得んとする。

#7

人生 萬類を處す,知識を最も賢と為す。

奈何んぞ 自ら信ぜずして,反って物に從って遷らんと欲す。

往者 悔ゆ可からず,孤魂 深冤を抱く。

來者 猶お誡む可し,余の言 豈に空文ならんや。

人生常理有り,男女 各【おのお】の倫有り。

#8

寒衣と飢食と,紡績 耕耘に在り。

下は以って子孫を保ち,上は以て君親を奉ず。

苟しくも此の道に異ならば,皆 其の身を棄つと為す。

噫乎 彼の寒女,永く異物の群に托す。

感傷 遂に詩を成す,昧者は 宜しく紳に書すべし。

 

 

『謝自然詩』 現代語訳と訳註

(本文)  #3

簷楹暫明滅,五色光屬聯。

觀者徒傾駭,躑躅詎敢前。

須臾自輕舉,飄若風中煙。

茫茫八紘大,影響無由緣。

 

(下し文) #3

簷楹【えんえい】暫らく明滅し,五色 光 屬聯す。

觀る者 徒らに傾駭,躑躅【てきちょく】して詎んぞ敢て前【すす】まん。

須臾【しゅゆ】にして自ら 輕舉して,飄として 風中の煙の若し。

茫茫として 八紘大に,影響 緣に由し無し。

 

(現代語訳)

一団の黒雲が落ちてきたものと見え、軒端がしばらく明滅していたが、忽ちにして、五色の光がたがいに連なる様にして入って来る。

耀きわたった故に、見るものは、全員が大いに驚いたが、何分恐ろしいので、踟蹰して敢て進まず、かといってどういうわけか、室中に入って真相を見極めることもしないようだ。

暫くすると、雲霧の中より、謝自然の姿が現れて、軽やかに空中に舞上って昇天したが、その有様は、飄然として、風に漂う煙のようであったという。

昇天した後、広大な世界のはるか遠い先の先までも、その影響についても、理由、接縁などの痕跡は全くなかったのである。

女性詩人0052 

(訳注) #3

謝自然詩

果州の謝仙女が白日天に昇ったのを、郡守李堅が,詔して褒美したことを韓愈がこの詩を寄懐至極のことだと作った

〔果州謝真人上昇在金泉山,貞元十年十一月十二日白晝輕舉,郡守李堅以聞,有詔褒諭。〕

(果州の謝真人で上昇し、金泉山に在り,貞元十年十一月十二日、白晝に輕舉す,郡守李堅以聞し,詔を褒諭【ほうゆ】する有り。〕(果州の謝仙女は十四、五で道に修し、室を金泉山に築き在り,貞元十年十一月十二日、白日天に昇る。郡守李堅はこれらを表して聞きつけて,詔して褒美す。と有る〕

◎韓愈は道教を奉じた少女が、白日に昇天したなどと言うのは、無知蒙昧で決してこんなことがあるわけはない。それだけならまだしも郡守が上奏して、天子が詔を賜うという、寄懐至極のことだという。この詩は、韓愈《論佛骨表》の源泉というべきものである。

《論佛骨表》(1)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <884  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3404韓愈詩-227-1

 

簷楹暫明滅,五色光屬聯。

一団の黒雲が落ちてきたものと見え、軒端がしばらく明滅していたが、忽ちにして、五色の光がたがいに連なる様にして入って来る。

簷楹 のきの柱。「簷楹挂星斗、枕席響風水簷楹に星斗挂かり、枕席に風水響く」〔李白・宿清渓主人〕

五色 青(東)・赤(南)・黄(西)・白(天)・黒(北)の五色は『書経』にあり、道教では五色は神の色とする。

 

觀者徒傾駭,躑躅詎敢前。

耀きわたった故に、見るものは、全員が大いに驚いたが、何分恐ろしいので、踟蹰して敢て進まず、かといってどういうわけか、室中に入って真相を見極めることもしないようだ。

傾駭 全員が大いに驚いた。駭: ① 思いがけないことにあって,落ち着きを失う。びっくりする。  ② 思い知らされて,感心したり、あきれたりする。

躑躅 1 足踏みすること。ためらうこと。2 つつじ。中国で毒性のあるツツジを羊が誤って食べたところ、足ぶみしてもがき、うずくまってしまったと伝えられ、このようになることを躑躅(てきちょく)と言う。

 

須臾自輕舉,飄若風中煙。

暫くすると、雲霧の中より、謝自然の姿が現れて、軽やかに空中に舞上って昇天したが、その有様は、飄然として、風に漂う煙のようであったという。

須臾 短い時間。しばらくの間。ほんの少しの間。

輕舉 軽やかに空中に舞上って昇天したこと。

 

茫茫八紘大,影響無由緣。

昇天した後、広大な世界のはるか遠い先の先までも、その影響についても、理由、接縁などの痕跡は全くなかったのである。

茫茫 1 広々としてはるかなさま。2 ぼんやりかすんではっきりしないさま。3 草・髪などが伸びて乱れているさま

八紘 国の八方の果て。国の隅々。八極。

 美女画55101道観

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437-#2 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID  1150 Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4734韓愈詩-437-#2

 

 

制作年:              794年貞元十年27

卷別:    卷三三六               文體:              五言古詩

韓昌黎集 巻一

詩題:    謝自然詩〔果州謝真人上昇在金泉山,貞元十年十一月十二日白晝輕舉,郡守李堅以聞,有詔褒諭。〕

及地點:              南充 (山南西道 果州 南充) 別名:南充縣      

金泉山 (山南西道 果州 金泉山)    

 

 

謝自然詩 #1

果州の謝仙女が白日天に昇ったのを、郡守李堅が,詔して褒美したことを韓愈がこの詩を寄懐至極のことだと作った)#1

果州南充縣,寒女謝自然。

所は蜀で果州の南充縣という地に謝自然と名乗る一人の貧女がいた。

童騃無所識,但聞有神仙。

言ってもまだ、子供で、一向知識も何もないが、道教を聞きかじって世に神仙と称するありがたいものがあるということを承っていた。

輕生學其術,乃在金泉山。

人並みのものを食わず、自分の生を軽んじて、神仙の術をまなび、はては、金泉山に分け入って、修業をおこなった。

繁華榮慕,父母慈愛捐。

こうして、世の中の栄華富貴など念慮を絶ち、父母の慈愛をもすててしまったということだ。

#2

凝心感魑魅,慌惚難具言。

やがて、心を凝らした一念は、魑魅をも感動せしめ、その神變不思議なことは、とても、まじめで詳しく話もできないくらいであった。

一朝坐空室,雲霧生其間。

ある朝から、誰もいない講堂に坐していると、雲霧が忽然とその間に生じる。

如聆笙竽韻,來自冥冥天。

冥冥たる天上よりはものとはなしに、笙竽の微妙なる音楽の韻がきこえてくるようなのである。

白日變幽晦,蕭蕭風景寒。

その内に、一天、にわかに搔き曇り、はくじつのひかりをうしなって、幽晦に変ずると同時に、少々として、風景凄まじく寒く淋しいものとなる。

#3

簷楹暫明滅【簷楹氣明滅】,五色光屬聯。觀者徒傾駭,躑躅詎敢前。

須臾自輕舉,飄若風中煙。茫茫八紘大,影響無由緣。

#4

里胥上其事,郡守驚且歎。驅車領官吏,甿俗爭相先。

入門無所見,冠履同蛻蟬。皆云神仙事,灼灼信可傳。

#5

餘聞古夏后,象物知神姦。山林民可入,魍魎莫逢旃。

逶迤不復振,後世恣欺謾。幽明紛雜亂,人鬼更相殘。

#6

秦皇雖篤好,漢武洪其源。自從二主來,此禍竟連連。

木石生怪變,狐狸騁妖患。莫能盡性命,安得更長延。

#7

人生處萬類,知識最為賢。奈何不自信,反欲從物遷。

往者不可悔,孤魂抱深冤。來者猶可誡,余言豈空文。

人生有常理,男女各有倫。

8

寒衣及飢食,在紡績耕耘。下以保子孫,上以奉君親。

苟異於此道,皆為棄其身。噫乎彼寒女,永托異物群。

感傷遂成詩,昧者宜書紳。

             

謝自然の詩 #1

果州の南充縣,寒女の謝自然。

童騃 識る所無く,但だ神仙有るを聞く。

生を輕んじて其の術を學び,乃ち金泉山に在り。

繁華 榮慕,父母 慈愛 捐【す】つ。

#2

心を凝らして 魑魅を感ぜしめ,慌惚 具【つぶさ】に言い難し。

一朝 空室に坐して,雲霧 其の間に生ず。

笙竽の韻を聆【き】くが如く,冥冥の天より來る。

白日 幽晦に變じ,蕭蕭として風景寒し。

#3

簷楹【えんえい】暫らく明滅し,五色 光 屬聯す。

觀る者 徒らに傾駭,躑躅【てきちょく】して詎んぞ敢て前【すす】まん。

須臾【しゅゆ】にして自ら 輕舉して,飄として 風中の煙の若し。

茫茫として 八紘大に,影響 緣に由し無し。

#4

里胥【りしょ】其の事を上【たてまつ】り,郡守 驚き且つ歎ず。

車を驅って官吏を領し,甿俗【ぼうぞく】爭うて相い先んず。

門に入って見る所無く,冠履【かんく】蛻蟬【ぜいぜん】に同じ。

皆云う 神仙の事,灼灼として 信び傳う可し と。

#5

餘聞く 古しえの夏后,物を象って神姦を知る。

山林 民入る可し,魍魎【ほうりょう】旃【これ】に逢うこと莫れ。

逶迤【いい】として復た振わず,後世 欺謾を恣にする。

幽明 紛として雜亂,人鬼 更【かわるがわ】る相い殘【そこな】う

#6

秦皇 篤好と雖も,漢武 其の源を洪【おおい】にす

二主より來【このかた】,此の禍 竟に連連。

木石 怪變を生じ,狐狸 妖患を騁【は】す

能く性命を盡く莫く,安んぞ更に長延するを得んとする。

#7

人生 萬類を處す,知識を最も賢と為す。

奈何んぞ 自ら信ぜずして,反って物に從って遷らんと欲す。

往者 悔ゆ可からず,孤魂 深冤を抱く。

來者 猶お誡む可し,余の言 豈に空文ならんや。

人生常理有り,男女 各【おのお】の倫有り。

#8

寒衣と飢食と,紡績 耕耘に在り。

下は以って子孫を保ち,上は以て君親を奉ず。

苟しくも此の道に異ならば,皆 其の身を棄つと為す。

噫乎 彼の寒女,永く異物の群に托す。

感傷 遂に詩を成す,昧者は 宜しく紳に書すべし。

 

kairo10680 

『謝自然詩』 現代語訳と訳註

(本文)

 #2

凝心感魑魅,慌惚難具言。

一朝坐空室,雲霧生其間。

如聆笙竽韻,來自冥冥天。

白日變幽晦,蕭蕭風景寒。

 

 

 

(下し文) #2

心を凝らして 魑魅を感ぜしめ,慌惚 具【つぶさ】に言い難し。

一朝 空室に坐して,雲霧 其の間に生ず。

笙竽の韻を聆【き】くが如く,冥冥の天より來る。

白日 幽晦に變じ,蕭蕭として風景寒し。

 

(現代語訳)

やがて、心を凝らした一念は、魑魅をも感動せしめ、その神變不思議なことは、とても、まじめで詳しく話もできないくらいであった。

ある朝から、誰もいない講堂に坐していると、雲霧が忽然とその間に生じる。

冥冥たる天上よりはものとはなしに、笙竽の微妙なる音楽の韻がきこえてくるようなのである。

その内に、一天、にわかに搔き曇り、はくじつのひかりをうしなって、幽晦に変ずると同時に、少々として、風景凄まじく寒く淋しいものとなる。

 

華山道教000 

(訳注) #2

謝自然詩

果州の謝仙女が白日天に昇ったのを、郡守李堅が,詔して褒美したことを韓愈がこの詩を寄懐至極のことだと作った

〔果州謝真人上昇在金泉山,貞元十年十一月十二日白晝輕舉,郡守李堅以聞,有詔褒諭。〕

(果州の謝真人で上昇し、金泉山に在り,貞元十年十一月十二日、白晝に輕舉す,郡守李堅以聞し,詔を褒諭【ほうゆ】する有り。〕(果州の謝仙女は十四、五で道に修し、室を金泉山に築き在り,貞元十年十一月十二日、白日天に昇る。郡守李堅はこれらを表して聞きつけて,詔して褒美す。と有る〕

◎韓愈は道教を奉じた少女が、白日に昇天したなどと言うのは、無知蒙昧で決してこんなことがあるわけはない。それだけならまだしも郡守が上奏して、天子が詔を賜うという、寄懐至極のことだという。この詩は、韓愈《論佛骨表》の源泉というべきものである。

《論佛骨表》(1)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <884  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3404韓愈詩-227-1

 

凝心感魑魅,慌惚難具言。

やがて、心を凝らした一念は、魑魅をも感動せしめ、その神變不思議なことは、とても、まじめで詳しく話もできないくらいであった。

感魑魅 眼に見えない妖怪悪魔怪物をもかんどうさせる。

慌惚 魅力または呪文によるように影響されること。神變不思議なこと。

 

一朝坐空室,雲霧生其間。

ある朝から、誰もいない講堂に坐していると、雲霧が忽然とその間に生じる。

 

如聆笙竽韻,來自冥冥天。

冥冥たる天上よりはものとはなしに、笙竽の微妙なる音楽の韻がきこえてくるようなのである。

如聆 聞く・聞えてくるようだ。

笙竽韻 笙の笛。竽:笙(しよう)の大型のもの。古くは三六管,のち,一九管・一七管となる。平安中期には用いられなくなった。うのふえ。

 

白日變幽晦,蕭蕭風景寒。

その内に、一天、にわかに搔き曇り、はくじつのひかりをうしなって、幽晦に変ずると同時に、少々として、風景凄まじく寒く淋しいものとなる。

幽晦 奥深く明らかでない。黄昏時のように暗い。
原道孔子廟001305 

437-#1 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID <1149> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4729韓愈詩-437-#1

韓愈は道教を奉じた少女が、白日に昇天したなどと言うのは、無知蒙昧で決してこんなことがあるわけはない。それだけならまだしも郡守が上奏して、天子が詔を賜うという、寄懐至極のことだという。この詩は、韓愈《論佛骨表》の源泉というべきものである。

 
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437-#1 《謝自然詩》韓愈(韓退之)ID  1149> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4729韓愈詩-437-#1

 

 

制作年:794年貞元十年27

卷別:    卷三三六               文體:              五言古詩

韓昌黎集 巻一

詩題:    謝自然詩〔果州謝真人上昇在金泉山,貞元十年十一月十二日白晝輕舉,郡守李堅以聞,有詔褒諭。〕

及地點: 南充 (山南西道 果州 南充) 別名:南充縣      

金泉山 (山南西道 果州 金泉山)    

 

 

謝自然詩 #1

果州の謝仙女が白日天に昇ったのを、郡守李堅が,詔して褒美したことを韓愈がこの詩を寄懐至極のことだと作った)#1

果州南充縣,寒女謝自然。

所は蜀で果州の南充縣という地に謝自然と名乗る一人の貧女がいた。

童騃無所識,但聞有神仙。

言ってもまだ、子供で、一向知識も何もないが、道教を聞きかじって世に神仙と称するありがたいものがあるということを承っていた。

輕生學其術,乃在金泉山。

人並みのものを食わず、自分の生を軽んじて、神仙の術をまなび、はては、金泉山に分け入って、修業をおこなった。

繁華榮慕,父母慈愛捐。

こうして、世の中の栄華富貴など念慮を絶ち、父母の慈愛をもすててしまったということだ。

#2

凝心感魑魅,慌惚難具言。一朝坐空室,雲霧生其間。

如聆笙竽韻,來自冥冥天。白日變幽晦,蕭蕭風景寒。

#3

簷楹暫明滅【簷楹氣明滅】,五色光屬聯。觀者徒傾駭,躑躅詎敢前。

須臾自輕舉,飄若風中煙。茫茫八紘大,影響無由緣。

#4

里胥上其事,郡守驚且歎。驅車領官吏,甿俗爭相先。

入門無所見,冠履同蛻蟬。皆云神仙事,灼灼信可傳。

#5

餘聞古夏后,象物知神姦。山林民可入,魍魎莫逢旃。

逶迤不復振,後世恣欺謾。幽明紛雜亂,人鬼更相殘。

#6

秦皇雖篤好,漢武洪其源。自從二主來,此禍竟連連。

木石生怪變,狐狸騁妖患。莫能盡性命,安得更長延。

#7

人生處萬類,知識最為賢。奈何不自信,反欲從物遷。

往者不可悔,孤魂抱深冤。來者猶可誡,余言豈空文。

人生有常理,男女各有倫。

7

寒衣及飢食,在紡績耕耘。下以保子孫,上以奉君親。

苟異於此道,皆為棄其身。噫乎彼寒女,永托異物群。

感傷遂成詩,昧者宜書紳。

#8

寒衣及飢食,在紡績耕耘。

下以保子孫,上以奉君親。

苟異於此道,皆為棄其身。

噫乎彼寒女,永托異物群。

感傷遂成詩,昧者宜書紳。

 

             

謝自然の詩 #1

果州の南充縣,寒女の謝自然。

童騃 識る所無く,但だ神仙有るを聞く。

生を輕んじて其の術を學び,乃ち金泉山に在り。

繁華 榮慕,父母 慈愛 捐【す】つ。

#2

心を凝らして 魑魅を感ぜしめ,慌惚 具【つぶさ】に言い難し。

一朝 空室に坐して,雲霧 其の間に生ず。

笙竽の韻を聆【き】くが如く,冥冥の天より來る。

白日 幽晦に變じ,蕭蕭として風景寒し。

#3

簷楹【えんえい】暫らく明滅し,五色 光 屬聯す。

觀る者 徒らに傾駭,躑躅【てきちょく】して詎んぞ敢て前【すす】まん。

須臾【しゅゆ】にして自ら 輕舉して,飄として 風中の煙の若し。

茫茫として 八紘大に,影響 緣に由し無し。

#4

里胥【りしょ】其の事を上【たてまつ】り,郡守 驚き且つ歎ず。

車を驅って官吏を領し,甿俗【ぼうぞく】爭うて相い先んず。

門に入って見る所無く,冠履【かんく】蛻蟬【ぜいぜん】に同じ。

皆云う 神仙の事,灼灼として 信び傳う可し と。

#5

餘聞く 古しえの夏后,物を象って神姦を知る。

山林 民入る可し,魍魎【ほうりょう】旃【これ】に逢うこと莫れ。

逶迤【いい】として復た振わず,後世 欺謾を恣にする。

幽明 紛として雜亂,人鬼 更【かわるがわ】る相い殘【そこな】う

#6

秦皇 篤好と雖も,漢武 其の源を洪【おおい】にす

二主より來【このかた】,此の禍 竟に連連。

木石 怪變を生じ,狐狸 妖患を騁【は】す

能く性命を盡く莫く,安んぞ更に長延するを得んとする。

#7

人生 萬類を處す,知識を最も賢と為す。

奈何んぞ 自ら信ぜずして,反って物に從って遷らんと欲す。

往者 悔ゆ可からず,孤魂 深冤を抱く。

來者 猶お誡む可し,余の言 豈に空文ならんや。

人生常理有り,男女 各【おのお】の倫有り。

#8

寒衣と飢食と,紡績 耕耘に在り。

下は以って子孫を保ち,上は以て君親を奉ず。

苟しくも此の道に異ならば,皆 其の身を棄つと為す。

噫乎 彼の寒女,永く異物の群に托す。

感傷 遂に詩を成す,昧者は 宜しく紳に書すべし。

駅亭の 隠遁 

 

『謝自然詩』 現代語訳と訳註

(本文)

謝自然詩 #1

果州南充縣,寒女謝自然。童騃無所識,但聞有神仙。

輕生學其術,乃在金泉山。繁華榮慕,父母慈愛捐。

 

(下し文)

謝自然の詩 #1

果州の南充縣,寒女の謝自然。

童騃 識る所無く,但だ神仙有るを聞く。

生を輕んじて其の術を學び,乃ち金泉山に在り。

繁華 榮慕え,父母 慈愛 捐【す】つ。

 

(現代語訳)

果州の謝仙女が白日天に昇ったのを、郡守李堅が,詔して褒美したことを韓愈がこの詩を寄懐至極のことだと作った)#1

所は蜀で果州の南充縣という地に謝自然と名乗る一人の貧女がいた。

言ってもまだ、子供で、一向知識も何もないが、道教を聞きかじって世に神仙と称するありがたいものがあるということを承っていた。

人並みのものを食わず、自分の生を軽んじて、神仙の術をまなび、はては、金泉山に分け入って、修業をおこなった。

こうして、世の中の栄華富貴など念慮を絶ち、父母の慈愛をもすててしまったということだ。

成都遂州002 

(訳注)

謝自然詩 #1

果州の謝仙女が白日天に昇ったのを、郡守李堅が,詔して褒美したことを韓愈がこの詩を寄懐至極のことだと作った

〔果州謝真人上昇在金泉山,貞元十年十一月十二日白晝輕舉,郡守李堅以聞,有詔褒諭。〕

(果州の謝真人で上昇し、金泉山に在り,貞元十年十一月十二日、白晝に輕舉す,郡守李堅以聞し,詔を褒諭【ほうゆ】する有り。〕(果州の謝仙女は十四、五で道に修し、室を金泉山に築き在り,貞元十年十一月十二日、白日天に昇る。郡守李堅はこれらを表して聞きつけて,詔して褒美す。と有る〕

◎韓愈は道教を奉じた少女が、白日に昇天したなどと言うのは、無知蒙昧で決してこんなことがあるわけはない。それだけならまだしも郡守が上奏して、天子が詔を賜うという、寄懐至極のことだという。この詩は、韓愈《論佛骨表》の源泉というべきものである。

《論佛骨表》(1)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <884  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3404韓愈詩-227-1

 

果州南充縣,寒女謝自然。

所は蜀で果州の南充縣という地に謝自然と名乗る一人の貧女がいた。

果州南充縣 (今四川省南充市東北)安漢県は唐代の621年に果州と改名され、その他には閬州(閬中市)、蓬州(営山県)などが置かれた。果州は742年に南充と改められた。1221年には果州は順慶府に昇格した。 中華民国の時代に入り1916年、この地方の中心は閬中から南充に遷された。

寒女 貧女

謝自然 孝廉謝寰の娘で、女道士,果州の人である。

 

童騃無所識,但聞有神仙。

言ってもまだ、子供で、一向知識も何もないが、道教を聞きかじって世に神仙と称するありがたいものがあるということを承っていた。

童騃 幼なくて痴愚、知識も何もない、無知。

 

輕生學其術,乃在金泉山。

人並みのものを食わず、自分の生を軽んじて、神仙の術をまなび、はては、金泉山に分け入って、修業をおこなった。

金泉山 四川果州南充城の西にある。

 

繁華榮慕,父母慈愛捐。

こうして、世の中の栄華富貴など念慮を絶ち、父母の慈愛をもすててしまったということだ。

436-#6 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1148> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4724韓愈詩-436-#6

古の卞和は、足を切られるのもいとわず、三度玉を献じて、はじめて志を達したという故事のように、孟郊は一度進士試験を落第したということに気を腐らさず、秋の砧の音がするころには、次の試験のために上京してくるつもりで、とりあえず徐州へ行って勉強すればよいのである。

 
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436-#6 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1148> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4724韓愈詩-436-#6 
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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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436-#6 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID  1148 Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4724韓愈詩-436-#6

 

 

 

制作年:              793年貞元九年26

卷別:    卷三四0              文體:    五言古詩

詩題:    孟生詩【孟先生詩】【案:孟郊下第,送之謁徐州張建封也。】

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

泰山 (河南道 兗州 泰山) 別名:岱宗、岱、東岳      

九重 (京畿道 京兆府 長安)           

交遊人物:孟郊    書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

孟生詩 #1

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

孟生江海士,古貌又古心。

孟東野は長江と東海の間の生まれで、風采も心も共に古めかしい人間である。

嘗讀古人書,謂言古猶今。

曾て 古人の書を読んでいて、いわゆる堯舜の時代も、やはり、今日のようだと思い込んでいたのである。

作詩三百首,窅默咸池音。

作っている詩は三百篇もあり、堯の楽「咸池」の音にも比すべき高い調べも、窅默していても仕方がないということだ。

騎驢到京國,欲和熏風琴。

そんなことがあって、驢馬に乗って、都長安に上り、これを天子の五絃薫風の琴の調子に合わせてはじめて世にあらわしたいと決心して出てきたのだ。

#2

豈識天子居,九重鬱沈沈。

ところが、今の世は簡単なことではなく先ず、天子の住まわれているところを知らねばならないが、九重の門と幾重にも曲った奥深き所におられるということである。

一門百夫守,無籍不可尋。

一門ごとに、百人の番兵がいて、門鑑を持たぬ者は中に入ることは不可能なのだ。

晶光蕩相射,旗戟翩以森。

そうはいっても日月の光は蕩蕩として互いに相射するものではあるが、はたさしものや矛などでいかめしく護衛しているのである。

遷延乍卻走,驚怪靡自任。

このように厳しい守りに対してたじろぎ、すぐに引き返すのであり、驚いて、怪しむものは自制心さえなくそうというものである。

#3

舉頭看白日,泣涕下霑襟。

首をあげて、白日をみれば、涙が自然に下って、襟を濡らしてやまない。

朅來遊公卿,莫肯低華簪。

天子に謁見することは、到底難しいから、今度は、公卿の間に遊ぼうとしたが、その公卿もまた華簪を垂れている。

諒非軒冕族,應對多差參。

お辞儀をして、孟郊(東野)を迎えるものなどなく、軒冕の族というわけでもない普通の人士は応対さえしてくれない。

萍蓬風波急,桑日月侵。

かくて、孟郊(東野)は浮草が風波に漂わされたように、ぐずぐずしているうちに日出の桑畑から、日の入りの楡林に沈み、月もやがてしずむように、おいおいとしをとるのだ。

#4

奈何從進士,此路轉嶇嶔。

いかにして、進士に及第して官僚になろうという、この立身出世の道はそう簡単に出来るようなものではないのである。

異質忌處群,孤芳難寄林。

孟郊(孟東野)はもとより、異質のものであって、群小人の中に交じっていることなどできることはできない性格で、孤芳が雑木林に生えて安穏出来ることが困難というのと同じである。

誰憐松桂性,競愛桃李陰。

松桂のような立派な本質は、誰も好むものはなく、桃李の花が咲いて、それが一杯にさいて影になるようなほうが、俗受けがよいというものである。

朝悲辭樹葉,夕感歸巢禽。

そこで、孟郊(孟東野)は、朝に落葉の樹を辞するのを見て、わが身のはかなきを悲しみ、夕べに、巣に帰る鳥を見て、早く故郷に帰りたいと思ったのだ。

顧我多慷慨,窮簷時見臨。

その間、韓退之は慷慨の人だといって交わりを結び、孟郊(孟東野)はしばしば我がむさくるしい軒端の家を訪ねてくれた。

#5

宵靜相對,髮白聆苦吟。

或る時、宵において静かに相対坐し、白髪頭になるまで、孟郊(孟東野)の苦吟するのを聞いたことがある。

采蘭起幽念,眇然望東南。

やがて、孟郊(孟東野)は、かの古い詩に見るように、蘭を采るにつけて、故郷に帰って母と一緒にいたいというので、渺然として東南の方を望んだのである。

修且阻,兩地無數金。

この秦の地、長安と呉の地とは、相去ること何千里というくらい、数金さえ持ち合わせぬということで、とても旅ができないということなのだ。

我論徐方牧,好古天下欽。

そこでどうしたものかといろいろ自分としても考えて頼み込んだのが、刻下徐州の長官たる張建封は、古を好んで、天下の人から敬慕されているくらいの人なのである。

竹實鳳所食,德馨神所歆。

竹の実は、鳳凰にして初めて食らうべく、神の享けられるは、黍稷の馨し気にあらずして、徳の馨しきにあるということから、東野を歓迎してくれるのはこの人を置いてほかにいないのである。

#6

求觀眾丘小,必上泰山岑。

孟郊は人の幕客になることは好まないかもしれないが、衆丘の小なるを観んと欲せば、必ず泰山の頂に上るものである。

求觀眾流細,必泛滄溟深。

眾流の細なるを観んと欲せば、かならず滄溟の深きに泛ぶを要する通りというものである。

子其聽我言,可以當所箴。

孟郊は座右の箴として、世間のことを知るためには、私の謂うことを聞き入れて、張建封の様な方の幕中に遊ぶ必要があるのである。

既獲則思返,無為久滯淫。

そうして金を貯えて長安に帰って来ればよいので、何時までも幕客のままでそこに留まれと言っているのではない。

卞和試三獻,期子在秋砧。

古の卞和は、足を切られるのもいとわず、三度玉を献じて、はじめて志を達したという故事のように、孟郊は一度進士試験を落第したということに気を腐らさず、秋の砧の音がするころには、次の試験のために上京してくるつもりで、とりあえず徐州へ行って勉強すればよいのである。

 

(孟生の詩):#1

孟生 江海の士,古貌 又た 古心。

嘗て古人の書を讀み,謂うて言う 古も猶お今のごとし。

詩を作ること 三百首,窅默【ようもく】たり 咸池音。

驢に騎して京國に到り,熏風の琴に和せんと欲す。

#2

豈に識んや 天子の居,九重 鬱として沈沈たるを。

一門 百夫守る,籍無くば尋ねる可からず。

晶光 蕩として相い射る,旗戟 翩として以て森たり。

遷延 乍ち卻走【きゃくそう】,驚怪 自ら任【と】うる靡【な】し。

#3

頭を舉げて白日を看,泣涕 下って襟を霑す。

朅來【けつらい】公卿に遊び,肯えて華簪を低るる莫し。

諒【まこと】に軒冕【けんべん】の族にら非ず,應對 多くは差參す。

萍蓬 風波急なり,桑 日月侵す。

#4

奈何んぞ進士に從う,此の路 轉た嶇嶔【くきん】。

異質 群に處るを忌まる,孤芳 林に寄せ難し。

誰か松桂の性を憐まん,競うて桃李の陰を愛す。

朝には樹を辭するの葉を悲み,夕には巢に歸るの禽に感ず。

我を顧みて慷慨多し,窮簷【きゅうえん】時に臨み見る。

#5

清宵 靜かに相い對し,髮白くして苦吟を聆く。

蘭をって幽念を起し,眇然として東南を望む。

 【なご】うして且つ阻だたる,兩地 數金無し。

我 徐方の牧を論ず,古を好んで天下欽す。

竹實は鳳の食する所,德馨は神 歆【きん】する所。

#6

眾丘の小を觀んことを求むれば,必ず泰山の岑に上らん。

眾流の細を觀んことを求むれば,必ず滄溟の深きに泛べ。

子 其れ我が言を聽かば,以って所箴【しょしん】に當る可し。

既に獲ば 則ち返らんを思い,久しく滯淫することを為す無かれ。

卞和 試みに三獻,子を期すること 秋砧【しゅうちん】在り。

云亭

 

『孟生詩』 現代語訳と訳註

(本文) #6

求觀眾丘小,必上泰山岑。

求觀眾流細,必泛滄溟深。

子其聽我言,可以當所箴。

既獲則思返,無為久滯淫。

卞和試三獻,期子在秋砧。

 

(下し文) #6

眾丘の小を觀んことを求むれば,必ず泰山の岑に上らん。

眾流の細を觀んことを求むれば,必ず滄溟の深きに泛べ。

子 其れ我が言を聽かば,以って所箴【しょしん】に當る可し。

既に獲ば 則ち返らんを思い,久しく滯淫することを為す無かれ。

卞和 試みに三獻,子を期すること 秋砧【しゅうちん】在り。

 

(現代語訳)

孟郊は人の幕客になることは好まないかもしれないが、衆丘の小なるを観んと欲せば、必ず泰山の頂に上るものである。

眾流の細なるを観んと欲せば、かならず滄溟の深きに泛ぶを要する通りというものである。

孟郊は座右の箴として、世間のことを知るためには、私の謂うことを聞き入れて、張建封の様な方の幕中に遊ぶ必要があるのである。

そうして金を貯えて長安に帰って来ればよいので、何時までも幕客のままでそこに留まれと言っているのではない。

古の卞和は、足を切られるのもいとわず、三度玉を献じて、はじめて志を達したという故事のように、孟郊は一度進士試験を落第したということに気を腐らさず、秋の砧の音がするころには、次の試験のために上京してくるつもりで、とりあえず徐州へ行って勉強すればよいのである。

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(訳注) #6

孟生詩 

(孟郊(孟東野)が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

この詩は、孟郊(東野)がほとんど五十にして上京し、進士試験を受験、落第した。韓愈は衣食の確保のため、徐州節度使の張建封に紹介し、愈々、孟郊が徐州に赴くについてこの詩を作った。

 

求觀眾丘小,必上泰山岑。

孟郊は人の幕客になることは好まないかもしれないが、衆丘の小なるを観んと欲せば、必ず泰山の頂に上るものである。

眾丘小 『孟子』尽心上、「揚子法言」学行篇に、孔子が泰山に登って天下を小としたとあるが、儒教の型にはまって、結局他人と同じようにするせこせこした部分を批判し、もっと自然にすべきであると説いていることを示す。

杜甫《望嶽》「會當凌絶頂,一覽衆山小。

望嶽 杜甫 <7> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ98 杜甫詩 700- 7

 

求觀眾流細,必泛滄溟深。

眾流の細なるを観んと欲せば、かならず滄溟の深きに泛ぶを要する通りというものである。

 

子其聽我言,可以當所箴。

孟郊は座右の箴として、世間のことを知るためには、私の謂うことを聞き入れて、張建封の様な方の幕中に遊ぶ必要があるのである。

 

既獲則思返,無為久滯淫。

そうして金を貯えて長安に帰って来ればよいので、何時までも幕客のままでそこに留まれと言っているのではない。

 

卞和試三獻,期子在秋砧。

古の卞和は、足を切られるのもいとわず、三度玉を献じて、はじめて志を達したという故事のように、孟郊は一度進士試験を落第したということに気を腐らさず、秋の砧の音がするころには、次の試験のために上京してくるつもりで、とりあえず徐州へ行って勉強すればよいのである。

卞和 秋時代の楚()の人。山中で得た宝玉の原石を楚の王(れいおう)に献じたが信じてもらえず左足を切られ、次の武王のときにも献じたが、ただの石だとして右足を切られた。文王が位につき、これを磨かせると、はたして玉であったので、この玉を「和氏(かし)の璧(たま)」と称した。のち、趙(ちょう)の恵文王がこの玉を得たが、秦の昭王が15の城と交換したいと言ったので、「連城の璧」とも称された。

秋砧 

杜甫《擣衣》

  亦知戍不返,秋至拭清砧。已近苦寒月,況經長別心。

  寧辭擣衣倦,一寄塞垣深。用盡閨中力,君聽空外音。

搗衣(擣衣)【とうい】砧【きぬた】で衣を打つこと。「擣【う】つ砧を臼にいれ、布を杵(棒杵)でつく。砧でつくのは洗濯ではなく、冬用の厚いごわごわした布を柔軟にするため。搗衣(擣衣) 杜甫 <295> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1352 杜甫詩 700- 415

李白『子夜呉歌其三 秋』「長安一片月、万戸擣衣声。秋風吹不尽、総是玉関情。何日平胡虜、良人罷遠征。」(長安 一片の月、万戸衣を擣つの声。秋風 吹いて尽きず、総て是れ玉関【ぎょくかん】の情。何【いず】れの日か胡虜【こりょ】を平らげ、良人 遠征を罷【や】めん。)李白24 子夜呉歌其三 秋 25 冬

 謝惠連 『擣衣』 

衡紀無淹度,晷運倐如催。白露滋園菊,秋風落庭槐。

肅肅莎雞羽,烈烈寒螿啼。夕陰結空,宵月皓中閨。

美人戒裳服,端飾相招攜。簪玉出北房,鳴金步南階。

高砧響發,楹長杵聲哀。微芳起兩袖,輕汗染雙題。

紈素既已成,君子行未歸。裁用笥中刀,縫為萬里衣。

盈篋自余手,幽緘候君開。腰帶準疇昔,不知今是非。

 

436-#5 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1147> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4719韓愈詩-436-#5

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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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制作年:              793年貞元九年26

卷別:    卷三四0              文體:    五言古詩

詩題:    孟生詩【孟先生詩】【案:孟郊下第,送之謁徐州張建封也。】

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

泰山 (河南道 兗州 泰山) 別名:岱宗、岱、東岳      

九重 (京畿道 京兆府 長安)           

交遊人物:孟郊    書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

孟生詩 #1

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

孟生江海士,古貌又古心。

孟東野は長江と東海の間の生まれで、風采も心も共に古めかしい人間である。

嘗讀古人書,謂言古猶今。

曾て 古人の書を読んでいて、いわゆる堯舜の時代も、やはり、今日のようだと思い込んでいたのである。

作詩三百首,窅默咸池音。

作っている詩は三百篇もあり、堯の楽「咸池」の音にも比すべき高い調べも、窅默していても仕方がないということだ。

騎驢到京國,欲和熏風琴。

そんなことがあって、驢馬に乗って、都長安に上り、これを天子の五絃薫風の琴の調子に合わせてはじめて世にあらわしたいと決心して出てきたのだ。

#2

豈識天子居,九重鬱沈沈。

ところが、今の世は簡単なことではなく先ず、天子の住まわれているところを知らねばならないが、九重の門と幾重にも曲った奥深き所におられるということである。

一門百夫守,無籍不可尋。

一門ごとに、百人の番兵がいて、門鑑を持たぬ者は中に入ることは不可能なのだ。

晶光蕩相射,旗戟翩以森。

そうはいっても日月の光は蕩蕩として互いに相射するものではあるが、はたさしものや矛などでいかめしく護衛しているのである。

遷延乍卻走,驚怪靡自任。

このように厳しい守りに対してたじろぎ、すぐに引き返すのであり、驚いて、怪しむものは自制心さえなくそうというものである。

#3

舉頭看白日,泣涕下霑襟。

首をあげて、白日をみれば、涙が自然に下って、襟を濡らしてやまない。

朅來遊公卿,莫肯低華簪。

天子に謁見することは、到底難しいから、今度は、公卿の間に遊ぼうとしたが、その公卿もまた華簪を垂れている。

諒非軒冕族,應對多差參。

お辞儀をして、孟郊(東野)を迎えるものなどなく、軒冕の族というわけでもない普通の人士は応対さえしてくれない。

萍蓬風波急,桑日月侵。

かくて、孟郊(東野)は浮草が風波に漂わされたように、ぐずぐずしているうちに日出の桑畑から、日の入りの楡林に沈み、月もやがてしずむように、おいおいとしをとるのだ。

#4

奈何從進士,此路轉嶇嶔。

いかにして、進士に及第して官僚になろうという、この立身出世の道はそう簡単に出来るようなものではないのである。

異質忌處群,孤芳難寄林。

孟郊(孟東野)はもとより、異質のものであって、群小人の中に交じっていることなどできることはできない性格で、孤芳が雑木林に生えて安穏出来ることが困難というのと同じである。

誰憐松桂性,競愛桃李陰。

松桂のような立派な本質は、誰も好むものはなく、桃李の花が咲いて、それが一杯にさいて影になるようなほうが、俗受けがよいというものである。

朝悲辭樹葉,夕感歸巢禽。

そこで、孟郊(孟東野)は、朝に落葉の樹を辞するのを見て、わが身のはかなきを悲しみ、夕べに、巣に帰る鳥を見て、早く故郷に帰りたいと思ったのだ。

顧我多慷慨,窮簷時見臨。

その間、韓退之は慷慨の人だといって交わりを結び、孟郊(孟東野)はしばしば我がむさくるしい軒端の家を訪ねてくれた。

#5

宵靜相對,髮白聆苦吟。

或る時、宵において静かに相対坐し、白髪頭になるまで、孟郊(孟東野)の苦吟するのを聞いたことがある。

采蘭起幽念,眇然望東南。

やがて、孟郊(孟東野)は、かの古い詩に見るように、蘭を采るにつけて、故郷に帰って母と一緒にいたいというので、渺然として東南の方を望んだのである。

修且阻,兩地無數金。

この秦の地、長安と呉の地とは、相去ること何千里というくらい、数金さえ持ち合わせぬということで、とても旅ができないということなのだ。

我論徐方牧,好古天下欽。

そこでどうしたものかといろいろ自分としても考えて頼み込んだのが、刻下徐州の長官たる張建封は、古を好んで、天下の人から敬慕されているくらいの人なのである。

竹實鳳所食,德馨神所歆。

竹の実は、鳳凰にして初めて食らうべく、神の享けられるは、黍稷の馨し気にあらずして、徳の馨しきにあるということから、東野を歓迎してくれるのはこの人を置いてほかにいないのである。

#6

求觀眾丘小,必上泰山岑。

求觀眾流細,必泛滄溟深。

子其聽我言,可以當所箴。

既獲則思返,無為久滯淫。

卞和試三獻,期子在秋砧。

 

(孟生の詩):#1

孟生 江海の士,古貌 又た 古心。

嘗て古人の書を讀み,謂うて言う 古も猶お今のごとし。

詩を作ること 三百首,窅默【ようもく】たり 咸池音。

驢に騎して京國に到り,熏風の琴に和せんと欲す。

#2

豈に識んや 天子の居,九重 鬱として沈沈たるを。

一門 百夫守る,籍無くば尋ねる可からず。

晶光 蕩として相い射る,旗戟 翩として以て森たり。

遷延 乍ち卻走【きゃくそう】,驚怪 自ら任【と】うる靡【な】し。

#3

頭を舉げて白日を看,泣涕 下って襟を霑す。

朅來【けつらい】公卿に遊び,肯えて華簪を低るる莫し。

諒【まこと】に軒冕【けんべん】の族にら非ず,應對 多くは差參す。

萍蓬 風波急なり,桑 日月侵す。

#4

奈何んぞ進士に從う,此の路 轉た嶇嶔【くきん】。

異質 群に處るを忌まる,孤芳 林に寄せ難し。

誰か松桂の性を憐まん,競うて桃李の陰を愛す。

朝には樹を辭するの葉を悲み,夕には巢に歸るの禽に感ず。

我を顧みて慷慨多し,窮簷【きゅうえん】時に臨み見る。

#5

清宵 靜かに相い對し,髮白くして苦吟を聆く。

蘭をって幽念を起し,眇然として東南を望む。

 【なご】うして且つ阻だたる,兩地 數金無し。

我 徐方の牧を論ず,古を好んで天下欽す。

竹實は鳳の食する所,德馨は神 歆【きん】する所。

#6

眾丘の小を觀んことを求むれば,必ず泰山の岑に上らん。

眾流の細を觀んことを求むれば,必ず滄溟の深きに泛べ。

子 其れ我が言を聽かば,以って所箴【しょしん】に當る可し。

既に獲ば 則ち返らんを思い,久しく滯淫することを為す無かれ。

卞和 試みに三獻,子を期すること 秋砧【しゅうちん】在り。

韓愈の地図0055 

 

『孟生詩』 現代語訳と訳註

(本文) #5

宵靜相對,髮白聆苦吟。

采蘭起幽念,眇然望東南。

修且阻,兩地無數金。

我論徐方牧,好古天下欽。

竹實鳳所食,德馨神所歆。

 

(下し文) #5

清宵 靜かに相い對し,髮白くして苦吟を聆く。

蘭をって幽念を起し,眇然として東南を望む。

 修【なご】うして且つ阻だたる,兩地 數金無し。

我 徐方の牧を論ず,古を好んで天下欽す。

竹實は鳳の食する所,德馨は神 歆【きん】する所。

 

(現代語訳)

或る時、宵において静かに相対坐し、白髪頭になるまで、孟郊(孟東野)の苦吟するのを聞いたことがある。

やがて、孟郊(孟東野)は、かの古い詩に見るように、蘭を采るにつけて、故郷に帰って母と一緒にいたいというので、渺然として東南の方を望んだのである。

この秦の地、長安と呉の地とは、相去ること何千里というくらい、数金さえ持ち合わせぬということで、とても旅ができないということなのだ。

そこでどうしたものかといろいろ自分としても考えて頼み込んだのが、刻下徐州の長官たる張建封は、古を好んで、天下の人から敬慕されているくらいの人なのである。

竹の実は、鳳凰にして初めて食らうべく、神の享けられるは、黍稷の馨し気にあらずして、徳の馨しきにあるということから、東野を歓迎してくれるのはこの人を置いてほかにいないのである。

 

01 朝賀の服装 

(訳注) #5

孟生詩 

(孟郊(孟東野)が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

この詩は、孟郊(東野)がほとんど五十にして上京し、進士試験を受験、落第した。韓愈は衣食の確保のため、徐州節度使の張建封に紹介し、愈々、孟郊が徐州に赴くについてこの詩を作った。

 

宵靜相對,髮白聆苦吟。

或る時、宵において静かに相対坐し、白髪頭になるまで、孟郊(孟東野)の苦吟するのを聞いたことがある。

 

采蘭起幽念,眇然望東南。

やがて、孟郊(孟東野)は、かの古い詩に見るように、蘭を采るにつけて、故郷に帰って母と一緒にいたいというので、渺然として東南の方を望んだのである。

采蘭 親を思い、帰ることを思うという親孝行の気持ちをいう。

 

修且阻,兩地無數金。

この秦の地、長安と呉の地とは、相去ること何千里というくらい、数金さえ持ち合わせぬということで、とても旅ができないということなのだ。

 秦の地、長安と呉の地。呉は孟郊の故郷。

 

我論徐方牧,好古天下欽。

そこでどうしたものかといろいろ自分としても考えて頼み込んだのが、刻下徐州の長官たる張建封は、古を好んで、天下の人から敬慕されているくらいの人なのである。

徐方牧 徐州の長官たる張建封のこと。

 

竹實鳳所食,德馨神所歆。

竹の実は、鳳凰にして初めて食らうべく、神の享けられるは、黍稷の馨し気にあらずして、徳の馨しきにあるということから、東野を歓迎してくれるのはこの人を置いてほかにいないのである。

竹實 鳳凰は梧桐しか棲まず、竹の実以外に食べないとされる。

德馨 『書経』君陳編「我聞曰至治馨香感于神明。黍稷非馨。明徳惟馨。爾尚式時周公之猷訓。」(我聞く、曰く、至治の馨香、神明に感ず。黍稷馨しきに非ず。明徳惟れ馨し。爾尚(ねがは)くば時(こ)の周公の猷訓に式(のっと)れ。)とある。
辟雍00 

436-#4 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1146> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4714韓愈詩-436-#4

いかにして、進士に及第して官僚になろうという、この立身出世の道はそう簡単に出来るようなものではないのである。孟郊(孟東野)はもとより、異質のものであって、群小人の中に交じっていることなどできることはできない性格で、孤芳が雑木林に生えて安穏出来ることが困難というのと同じである。

 
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436-#4 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID  1146 Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4714韓愈詩-436-#4

 

 

制作年:              793年貞元九年26

卷別:    卷三四0              文體:    五言古詩

詩題:    孟生詩【孟先生詩】【案:孟郊下第,送之謁徐州張建封也。】

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

泰山 (河南道 兗州 泰山) 別名:岱宗、岱、東岳      

九重 (京畿道 京兆府 長安)           

交遊人物:孟郊    書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

孟生詩 #1

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

孟生江海士,古貌又古心。

孟東野は長江と東海の間の生まれで、風采も心も共に古めかしい人間である。

嘗讀古人書,謂言古猶今。

曾て 古人の書を読んでいて、いわゆる堯舜の時代も、やはり、今日のようだと思い込んでいたのである。

作詩三百首,窅默咸池音。

作っている詩は三百篇もあり、堯の楽「咸池」の音にも比すべき高い調べも、窅默していても仕方がないということだ。

騎驢到京國,欲和熏風琴。

そんなことがあって、驢馬に乗って、都長安に上り、これを天子の五絃薫風の琴の調子に合わせてはじめて世にあらわしたいと決心して出てきたのだ。

#2

豈識天子居,九重鬱沈沈。

ところが、今の世は簡単なことではなく先ず、天子の住まわれているところを知らねばならないが、九重の門と幾重にも曲った奥深き所におられるということである。

一門百夫守,無籍不可尋。

一門ごとに、百人の番兵がいて、門鑑を持たぬ者は中に入ることは不可能なのだ。

晶光蕩相射,旗戟翩以森。

そうはいっても日月の光は蕩蕩として互いに相射するものではあるが、はたさしものや矛などでいかめしく護衛しているのである。

遷延乍卻走,驚怪靡自任。

このように厳しい守りに対してたじろぎ、すぐに引き返すのであり、驚いて、怪しむものは自制心さえなくそうというものである。

#3

舉頭看白日,泣涕下霑襟。

首をあげて、白日をみれば、涙が自然に下って、襟を濡らしてやまない。

朅來遊公卿,莫肯低華簪。

天子に謁見することは、到底難しいから、今度は、公卿の間に遊ぼうとしたが、その公卿もまた華簪を垂れている。

諒非軒冕族,應對多差參。

お辞儀をして、孟郊(東野)を迎えるものなどなく、軒冕の族というわけでもない普通の人士は応対さえしてくれない。

萍蓬風波急,桑日月侵。

かくて、孟郊(東野)は浮草が風波に漂わされたように、ぐずぐずしているうちに日出の桑畑から、日の入りの楡林に沈み、月もやがてしずむように、おいおいとしをとるのだ。

#4

奈何從進士,此路轉嶇嶔。

いかにして、進士に及第して官僚になろうという、この立身出世の道はそう簡単に出来るようなものではないのである。

異質忌處群,孤芳難寄林。

孟郊(孟東野)はもとより、異質のものであって、群小人の中に交じっていることなどできることはできない性格で、孤芳が雑木林に生えて安穏出来ることが困難というのと同じである。

誰憐松桂性,競愛桃李陰。

松桂のような立派な本質は、誰も好むものはなく、桃李の花が咲いて、それが一杯にさいて影になるようなほうが、俗受けがよいというものである。

朝悲辭樹葉,夕感歸巢禽。

そこで、孟郊(孟東野)は、朝に落葉の樹を辞するのを見て、わが身のはかなきを悲しみ、夕べに、巣に帰る鳥を見て、早く故郷に帰りたいと思ったのだ。

顧我多慷慨,窮簷時見臨。

その間、韓退之は慷慨の人だといって交わりを結び、孟郊(孟東野)はしばしば我がむさくるしい軒端の家を訪ねてくれた。

#5

宵靜相對,髮白聆苦吟。

采蘭起幽念,眇然望東南。

修且阻,兩地無數金。

我論徐方牧,好古天下欽。

竹實鳳所食,德馨神所歆。

#6

求觀眾丘小,必上泰山岑。

求觀眾流細,必泛滄溟深。

子其聽我言,可以當所箴。

既獲則思返,無為久滯淫。

卞和試三獻,期子在秋砧。

 

(孟生の詩):#1

孟生 江海の士,古貌 又た 古心。

嘗て古人の書を讀み,謂うて言う 古も猶お今のごとし。

詩を作ること 三百首,窅默【ようもく】たり 咸池音。

驢に騎して京國に到り,熏風の琴に和せんと欲す。

#2

豈に識んや 天子の居,九重 鬱として沈沈たるを。

一門 百夫守る,籍無くば尋ねる可からず。

晶光 蕩として相い射る,旗戟 翩として以て森たり。

遷延 乍ち卻走【きゃくそう】,驚怪 自ら任【と】うる靡【な】し。

#3

頭を舉げて白日を看,泣涕 下って襟を霑す。

朅來【けつらい】公卿に遊び,肯えて華簪を低るる莫し。

諒【まこと】に軒冕【けんべん】の族にら非ず,應對 多くは差參す。

萍蓬 風波急なり,桑 日月侵す。

#4

奈何んぞ進士に從う,此の路 轉た嶇嶔【くきん】。

異質 群に處るを忌まる,孤芳 林に寄せ難し。

誰か松桂の性を憐まん,競うて桃李の陰を愛す。

朝には樹を辭するの葉を悲み,夕には巢に歸るの禽に感ず。

我を顧みて慷慨多し,窮簷【きゅうえん】時に臨み見る。

#5

清宵 靜かに相い對し,髮白くして苦吟を聆く。

蘭をって幽念を起し,眇然として東南を望む。

 【なご】うして且つ阻だたる,兩地 數金無し。

我 徐方の牧を論ず,古を好んで天下欽す。

竹實は鳳の食する所,德馨は神 歆【きん】する所。

#6

眾丘の小を觀んことを求むれば,必ず泰山の岑に上らん。

眾流の細を觀んことを求むれば,必ず滄溟の深きに泛べ。

子 其れ我が言を聽かば,以って所箴【しょしん】に當る可し。

既に獲ば 則ち返らんを思い,久しく滯淫することを為す無かれ。

卞和 試みに三獻,子を期すること 秋砧【しゅうちん】在り。

燕麦003 

 

『孟生詩』 現代語訳と訳註

(本文) #4

奈何從進士,此路轉嶇嶔。

異質忌處群,孤芳難寄林。

誰憐松桂性,競愛桃李陰。

朝悲辭樹葉,夕感歸巢禽。

顧我多慷慨,窮簷時見臨。

 

(下し文) #4

奈何んぞ進士に從う,此の路 轉た嶇嶔【くきん】。

異質 群に處るを忌まる,孤芳 林に寄せ難し。

誰か松桂の性を憐まん,競うて桃李の陰を愛す。

朝には樹を辭するの葉を悲み,夕には巢に歸るの禽に感ず。

我を顧みて慷慨多し,窮簷【きゅうえん】時に臨み見る。

 

(現代語訳)

いかにして、進士に及第して官僚になろうという、この立身出世の道はそう簡単に出来るようなものではないのである。

孟郊(孟東野)はもとより、異質のものであって、群小人の中に交じっていることなどできることはできない性格で、孤芳が雑木林に生えて安穏出来ることが困難というのと同じである。

松桂のような立派な本質は、誰も好むものはなく、桃李の花が咲いて、それが一杯にさいて影になるようなほうが、俗受けがよいというものである。

そこで、孟郊(孟東野)は、朝に落葉の樹を辞するのを見て、わが身のはかなきを悲しみ、夕べに、巣に帰る鳥を見て、早く故郷に帰りたいと思ったのだ。

その間、韓退之は慷慨の人だといって交わりを結び、孟郊(孟東野)はしばしば我がむさくるしい軒端の家を訪ねてくれた。

 

 

(訳注) #4

孟生詩 

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

この詩は、孟郊(東野)がほとんど五十にして上京し、進士試験を受験、落第した。韓愈は衣食の確保のため、徐州節度使の張建封に紹介し、愈々、孟郊が徐州に赴くについてこの詩を作った。

 

奈何從進士,此路轉嶇嶔。

いかにして、進士に及第して官僚になろうという、この立身出世の道はそう簡単に出来るようなものではないのである。

嶇嶔 峻険な山道。

 

異質忌處群,孤芳難寄林。

孟郊(孟東野)はもとより、異質のものであって、群小人の中に交じっていることなどできることはできない性格で、孤芳が雑木林に生えて安穏出来ることが困難というのと同じである。

忌處群 群小人の中に交じっていることなどできることはできない性格。

孤芳 李白《古風五十九首之三十七》I「群沙穢明珠、眾草凌孤芳。」(群沙 明珠を穢【けが】し、眾草 孤芳 凌【しの】ぐ。)

37-#1 《古風五十九首之三十七》Index-26Ⅳ-1 747年天寶六年47歳466古風,五十九首之三十七 燕臣昔慟哭, <37> Ⅰ李白詩1197 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4533

 

誰憐松桂性,競愛桃李陰。

松桂のような立派な本質は、誰も好むものはなく、桃李の花が咲いて、それが一杯にさいて影になるようなほうが、俗受けがよいというものである。

 

朝悲辭樹葉,夕感歸巢禽。

そこで、孟郊(孟東野)は、朝に落葉の樹を辞するのを見て、わが身のはかなきを悲しみ、夕べに、巣に帰る鳥を見て、早く故郷に帰りたいと思ったのだ。

 

顧我多慷慨,窮簷時見臨。

その間、韓退之は慷慨の人だといって交わりを結び、孟郊(孟東野)はしばしば我がむさくるしい軒端の家を訪ねてくれた。
甘粛省-嘉峪関 

436-#3 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1145> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4709韓愈詩-436-#3

お辞儀をして、孟郊(東野)を迎えるものなどなく、軒冕の族というわけでもない普通の人士は応対さえしてくれない。かくて、孟郊(東野)は浮草が風波に漂わされたように、ぐずぐずしているうちに日出の桑畑から、日の入りの楡林に沈み、月もやがてしずむように、おいおいとしをとるのだ。

 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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制作年:              793年貞元九年26

卷別:    卷三四0              文體:    五言古詩

詩題:    孟生詩【孟先生詩】【案:孟郊下第,送之謁徐州張建封也。】

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

泰山 (河南道 兗州 泰山) 別名:岱宗、岱、東岳      

九重 (京畿道 京兆府 長安)           

交遊人物:孟郊    書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

孟生詩 #1

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

孟生江海士,古貌又古心。

孟東野は長江と東海の間の生まれで、風采も心も共に古めかしい人間である。

嘗讀古人書,謂言古猶今。

曾て 古人の書を読んでいて、いわゆる堯舜の時代も、やはり、今日のようだと思い込んでいたのである。

作詩三百首,窅默咸池音。

作っている詩は三百篇もあり、堯の楽「咸池」の音にも比すべき高い調べも、窅默していても仕方がないということだ。

騎驢到京國,欲和熏風琴。

そんなことがあって、驢馬に乗って、都長安に上り、これを天子の五絃薫風の琴の調子に合わせてはじめて世にあらわしたいと決心して出てきたのだ。

#2

豈識天子居,九重鬱沈沈。

ところが、今の世は簡単なことではなく先ず、天子の住まわれているところを知らねばならないが、九重の門と幾重にも曲った奥深き所におられるということである。

一門百夫守,無籍不可尋。

一門ごとに、百人の番兵がいて、門鑑を持たぬ者は中に入ることは不可能なのだ。

晶光蕩相射,旗戟翩以森。

そうはいっても日月の光は蕩蕩として互いに相射するものではあるが、はたさしものや矛などでいかめしく護衛しているのである。

遷延乍卻走,驚怪靡自任。

このように厳しい守りに対してたじろぎ、すぐに引き返すのであり、驚いて、怪しむものは自制心さえなくそうというものである。

#3

舉頭看白日,泣涕下霑襟。

首をあげて、白日をみれば、涙が自然に下って、襟を濡らしてやまない。

朅來遊公卿,莫肯低華簪。

天子に謁見することは、到底難しいから、今度は、公卿の間に遊ぼうとしたが、その公卿もまた華簪を垂れている。

諒非軒冕族,應對多差參。

お辞儀をして、孟郊(東野)を迎えるものなどなく、軒冕の族というわけでもない普通の人士は応対さえしてくれない。

萍蓬風波急,桑日月侵。

かくて、孟郊(東野)は浮草が風波に漂わされたように、ぐずぐずしているうちに日出の桑畑から、日の入りの楡林に沈み、月もやがてしずむように、おいおいとしをとるのだ。

#4

奈何從進士,此路轉嶇嶔。異質忌處群,孤芳難寄林。

誰憐松桂性,競愛桃李陰。朝悲辭樹葉,夕感歸巢禽。

顧我多慷慨,窮簷時見臨。

#5

宵靜相對,髮白聆苦吟。采蘭起幽念,眇然望東南。

修且阻,兩地無數金。我論徐方牧,好古天下欽。

竹實鳳所食,德馨神所歆。

#6

求觀眾丘小,必上泰山岑。求觀眾流細,必泛滄溟深。

子其聽我言,可以當所箴。既獲則思返,無為久滯淫。

卞和試三獻,期子在秋砧。

 

(孟生の詩):#1

孟生 江海の士,古貌 又た 古心。

嘗て古人の書を讀み,謂うて言う 古も猶お今のごとし。

詩を作ること 三百首,窅默【ようもく】たり 咸池音。

驢に騎して京國に到り,熏風の琴に和せんと欲す。

#2

豈に識んや 天子の居,九重 鬱として沈沈たるを。

一門 百夫守る,籍無くば尋ねる可からず。

晶光 蕩として相い射る,旗戟 翩として以て森たり。

遷延 乍ち卻走【きゃくそう】,驚怪 自ら任【と】うる靡【な】し。

#3

頭を舉げて白日を看,泣涕 下って襟を霑す。

朅來【けつらい】公卿に遊び,肯えて華簪を低るる莫し。

諒【まこと】に軒冕【けんべん】の族にら非ず,應對 多くは差參す。

萍蓬 風波急なり,桑 日月侵す。

#4

奈何んぞ進士に從う,此の路 轉た嶇嶔【くきん】。

異質 群に處るを忌まる,孤芳 林に寄せ難し。

誰か松桂の性を憐まん,競うて桃李の陰を愛す。

朝には樹を辭するの葉を悲み,夕には巢に歸るの禽に感ず。

我を顧みて慷慨多し,窮簷【きゅうえん】時に臨み見る。

#5

清宵 靜かに相い對し,髮白くして苦吟を聆く。

蘭をって幽念を起し,眇然として東南を望む。

 【なご】うして且つ阻だたる,兩地 數金無し。

我 徐方の牧を論ず,古を好んで天下欽す。

竹實は鳳の食する所,德馨は神 歆【きん】する所。

#6

眾丘の小を觀んことを求むれば,必ず泰山の岑に上らん。

眾流の細を觀んことを求むれば,必ず滄溟の深きに泛べ。

子 其れ我が言を聽かば,以って所箴【しょしん】に當る可し。

既に獲ば 則ち返らんを思い,久しく滯淫することを為す無かれ。

卞和 試みに三獻,子を期すること 秋砧【しゅうちん】在り。

01 朝賀の服装 

 

『孟生詩』 現代語訳と訳註

(本文) #3

舉頭看白日,泣涕下霑襟。

朅來遊公卿,莫肯低華簪。

諒非軒冕族,應對多差參。

萍蓬風波急,桑日月侵。

 

(下し文) #3

頭を舉げて白日を看,泣涕 下って襟を霑す。

朅來【けつらい】公卿に遊び,肯えて華簪を低るる莫し。

諒【まこと】に軒冕【けんべん】の族にら非ず,應對 多くは差參す。

萍蓬 風波急なり,桑 日月侵す。

 

(現代語訳)

首をあげて、白日をみれば、涙が自然に下って、襟を濡らしてやまない。

天子に謁見することは、到底難しいから、今度は、公卿の間に遊ぼうとしたが、その公卿もまた華簪を垂れている。

お辞儀をして、孟郊(東野)を迎えるものなどなく、軒冕の族というわけでもない普通の人士は応対さえしてくれない。

かくて、孟郊(東野)は浮草が風波に漂わされたように、ぐずぐずしているうちに日出の桑畑から、日の入りの楡林に沈み、月もやがてしずむように、おいおいとしをとるのだ。

 

(訳注) #3

孟生詩 

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

この詩は、孟郊(東野)がほとんど五十にして上京し、進士試験を受験、落第した。韓愈は衣食の確保のため、徐州節度使の張建封に紹介し、愈々、孟郊が徐州に赴くについてこの詩を作った。

 

舉頭看白日,泣涕下霑襟。

首をあげて、白日をみれば、涙が自然に下って、襟を濡らしてやまない。

 

朅來遊公卿,莫肯低華簪。

天子に謁見することは、到底難しいから、今度は、公卿の間に遊ぼうとしたが、その公卿もまた華簪を垂れている。

 

諒非軒冕族,應對多差參。

お辞儀をして、孟郊(東野)を迎えるものなどなく、軒冕の族というわけでもない普通の人士は応対さえしてくれない。

軒冕 ① 古代中国で、大夫(たいふ)以上の人の乗る車と、かぶる冠。② 高位高官。また、その人。

差參 參差におなじ。① 長短の等しくないさま。そろわないさま。 「枝葉-として生繁り/読本・弓張月 拾遺」 入りまじるさま。入り組むさま。

 

萍蓬風波急,桑日月侵。

かくて、孟郊(東野)は浮草が風波に漂わされたように、ぐずぐずしているうちに日出の桑畑から、日の入りの楡林に沈み、月もやがてしずむように、おいおいとしをとるのだ。

 桑畑は東にあり、西の寝れの端に日が沈むこと、朝から晩まで一生懸命励むことをいう。織蚕は女子の基本作業であり、こまめな作業が必要なのである。

漢の無名氏『陌上桑』 

日出東南隅,照我秦氏樓。秦氏有好女,自名為羅敷。

羅敷喜蠶桑,採桑城南隅。青絲為籠係,桂枝為籠鉤。

日は東南隅に出でて、我が案氏の榎を照らす。

秦氏に好女有り、自ら名つけて羅敦と為す。

羅敷荒桑を善くし、桑を城の南隅に探る。

青緑をは籠系と為し、桂枝をば寵鈎と為す。

陌上桑行 古詩漢楽府<55>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩

種桑
詩人陳條柯、亦有美攘剔。
前修爲誰故、後事資紡績。
媿微富敎益、浮陽騖嘉日。
蓺桑迨閒隙、疏欄發近郛、長行達廣場。
曠流始毖泉、湎塗猶跬跡。
俾比將長成、慰我海外役。

種桑 謝霊運<19>  詩集 385
 
桑畑

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ところが、今の世は簡単なことではなく先ず、天子の住まわれているところを知らねばならないが、九重の門と幾重にも曲った奥深き所におられるということである。一門ごとに、百人の番兵がいて、門鑑を持たぬ者は中に入ることは不可能なのだ。

 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ廣徳2年764-98-#4 《哭台州鄭司戶蘇少監》 杜甫index-14 764年 杜甫<799ー#4> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4705 杜甫詩1500-799ー#4-1112/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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制作年:              793年貞元九年26

卷別:    卷三四0              文體:    五言古詩

詩題:    孟生詩【孟先生詩】【案:孟郊下第,送之謁徐州張建封也。】

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

泰山 (河南道 兗州 泰山) 別名:岱宗、岱、東岳      

九重 (京畿道 京兆府 長安)           

交遊人物:孟郊    書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

孟生詩 #1

孟生江海士,古貌又古心。

嘗讀古人書,謂言古猶今。

作詩三百首,窅默咸池音。

騎驢到京國,欲和熏風琴。

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

孟東野は長江と東海の間の生まれで、風采も心も共に古めかしい人間である。

曾て 古人の書を読んでいて、いわゆる堯舜の時代も、やはり、今日のようだと思い込んでいたのである。

作っている詩は三百篇もあり、堯の楽「咸池」の音にも比すべき高い調べも、窅默していても仕方がないということだ。

そんなことがあって、驢馬に乗って、都長安に上り、これを天子の五絃薫風の琴の調子に合わせてはじめて世にあらわしたいと決心して出てきたのだ。

#2

豈識天子居,九重鬱沈沈。

一門百夫守,無籍不可尋。

晶光蕩相射,旗戟翩以森。

遷延乍卻走,驚怪靡自任。

ところが、今の世は簡単なことではなく先ず、天子の住まわれているところを知らねばならないが、九重の門と幾重にも曲った奥深き所におられるということである。

一門ごとに、百人の番兵がいて、門鑑を持たぬ者は中に入ることは不可能なのだ。

そうはいっても日月の光は蕩蕩として互いに相射するものではあるが、はたさしものや矛などでいかめしく護衛しているのである。

このように厳しい守りに対してたじろぎ、すぐに引き返すのであり、驚いて、怪しむものは自制心さえなくそうというものである。

#3

舉頭看白日,泣涕下霑襟。朅來遊公卿,莫肯低華簪。

諒非軒冕族,應對多差參。萍蓬風波急,桑日月侵。

#4

奈何從進士,此路轉嶇嶔。異質忌處群,孤芳難寄林。

誰憐松桂性,競愛桃李陰。朝悲辭樹葉,夕感歸巢禽。

顧我多慷慨,窮簷時見臨。

#5

宵靜相對,髮白聆苦吟。采蘭起幽念,眇然望東南。

修且阻,兩地無數金。我論徐方牧,好古天下欽。

竹實鳳所食,德馨神所歆。

#6

求觀眾丘小,必上泰山岑。求觀眾流細,必泛滄溟深。

子其聽我言,可以當所箴。既獲則思返,無為久滯淫。

卞和試三獻,期子在秋砧。

 

(孟生の詩):#1

孟生 江海の士,古貌 又た 古心。

嘗て古人の書を讀み,謂うて言う 古も猶お今のごとし。

詩を作ること 三百首,窅默【ようもく】たり 咸池音。

驢に騎して京國に到り,熏風の琴に和せんと欲す。

#2

豈に識んや 天子の居,九重 鬱として沈沈たるを。

一門 百夫守る,籍無くば尋ねる可からず。

晶光 蕩として相い射る,旗戟 翩として以て森たり。

遷延 乍ち卻走【きゃくそう】,驚怪 自ら任【と】うる靡【な】し。

#3

頭を舉げて白日を看,泣涕 下って襟を霑す。

朅來【けつらい】公卿に遊び,肯えて華簪を低るる莫し。

諒【まこと】に軒冕【けんべん】の族にら非ず,應對 多くは差參す。

萍蓬 風波急なり,桑 日月侵す。

#4

奈何んぞ進士に從う,此の路 轉た嶇嶔【くきん】。

異質 群に處るを忌まる,孤芳 林に寄せ難し。

誰か松桂の性を憐まん,競うて桃李の陰を愛す。

朝には樹を辭するの葉を悲み,夕には巢に歸るの禽に感ず。

我を顧みて慷慨多し,窮簷【きゅうえん】時に臨み見る。

#5

清宵 靜かに相い對し,髮白くして苦吟を聆く。

蘭をって幽念を起し,眇然として東南を望む。

 【なご】うして且つ阻だたる,兩地 數金無し。

我 徐方の牧を論ず,古を好んで天下欽す。

竹實は鳳の食する所,德馨は神 歆【きん】する所。

#6

眾丘の小を觀んことを求むれば,必ず泰山の岑に上らん。

眾流の細を觀んことを求むれば,必ず滄溟の深きに泛べ。

子 其れ我が言を聽かば,以って所箴【しょしん】に當る可し。

既に獲ば 則ち返らんを思い,久しく滯淫することを為す無かれ。

卞和 試みに三獻,子を期すること 秋砧【しゅうちん】在り。

 

玄武門 

『孟生詩』 現代語訳と訳註

(本文) #2

豈識天子居,九重鬱沈沈。

一門百夫守,無籍不可尋。

晶光蕩相射,旗戟翩以森。

遷延乍卻走,驚怪靡自任。

 

(下し文)#2

豈に識んや 天子の居,九重 鬱として沈沈たるを。

一門 百夫守る,籍無くば尋ねる可からず。

晶光 蕩として相い射る,旗戟 翩として以て森たり。

遷延 乍ち卻走【きゃくそう】,驚怪 自ら任【と】うる靡【な】し。

 

(現代語訳)

ところが、今の世は簡単なことではなく先ず、天子の住まわれているところを知らねばならないが、九重の門と幾重にも曲った奥深き所におられるということである。

一門ごとに、百人の番兵がいて、門鑑を持たぬ者は中に入ることは不可能なのだ。

そうはいっても日月の光は蕩蕩として互いに相射するものではあるが、はたさしものや矛などでいかめしく護衛しているのである。

このように厳しい守りに対してたじろぎ、すぐに引き返すのであり、驚いて、怪しむものは自制心さえなくそうというものである。

閶闔門001 

(訳注) #2

孟生詩 

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

この詩は、孟郊(東野)がほとんど五十にして上京し、進士試験を受験、落第した。韓愈は衣食の確保のため、徐州節度使の張建封に紹介し、愈々、孟郊が徐州に赴くについてこの詩を作った。

 

 

豈識天子居,九重鬱沈沈。

ところが、今の世は簡単なことではなく先ず、天子の住まわれているところを知らねばならないが、九重の門と幾重にも曲った奥深き所におられるということである。

九重《楚辭補註》卷八〈九辯〉~88 豈不鬱陶而思君兮,君之門以九重

沈沈 宮城の奥深いこと。

 

一門百夫守,無籍不可尋。

一門ごとに、百人の番兵がいて、門鑑を持たぬ者は中に入ることは不可能なのだ。

無籍 門鑑を持たぬ者。

 

晶光蕩相射,旗戟翩以森。

そうはいっても日月の光は蕩蕩として互いに相射するものではあるが、はたさしものや矛などでいかめしく護衛しているのである。

晶光 日月の光。

 

遷延乍卻走,驚怪靡自任。

このように厳しい守りに対してたじろぎ、すぐに引き返すのであり、驚いて、怪しむものは自制心さえなくそうというものである。

遷延 あとすざりすること。

靡自任 自制心さえなくなること。
唐朝 大明宮2000
長安城皇城図 

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作っている詩は三百篇もあり、堯の楽「咸池」の音にも比すべき高い調べも、窅默していても仕方がないということだ。そんなことがあって、驢馬に乗って、都長安に上り、これを天子の五絃薫風の琴の調子に合わせてはじめて世にあらわしたいと決心して出てきたのだ。

 
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制作年:              793年貞元九年26

卷別:    卷三四0              文體:    五言古詩

詩題:    孟生詩【孟先生詩】【案:孟郊下第,送之謁徐州張建封也。】

及地點:              徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方  

泰山 (河南道 兗州 泰山) 別名:岱宗、岱、東岳      

九重 (京畿道 京兆府 長安)           

交遊人物:孟郊    書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

孟生詩 #1

(孟郊(東野)孟郊が徐州に赴くについて、孟郊を激励する詩)

孟生江海士,古貌又古心。

孟東野は長江と東海の間の生まれで、風采も心も共に古めかしい人間である。

嘗讀古人書,謂言古猶今。

曾て 古人の書を読んでいて、いわゆる堯舜の時代も、やはり、今日のようだと思い込んでいたのである。

作詩三百首,窅默咸池音。

作っている詩は三百篇もあり、堯の楽「咸池」の音にも比すべき高い調べも、窅默していても仕方がないということだ。

騎驢到京國,欲和熏風琴。

そんなことがあって、驢馬に乗って、都長安に上り、これを天子の五絃薫風の琴の調子に合わせてはじめて世にあらわしたいと決心して出てきたのだ。

#2

豈識天子居,九重鬱沈沈。一門百夫守,無籍不可尋。

晶光蕩相射,旗戟翩以森。遷延乍卻走,驚怪靡自任。

#3

舉頭看白日,泣涕下霑襟。朅來遊公卿,莫肯低華簪。

諒非軒冕族,應對多差參。萍蓬風波急,桑日月侵。

#4

奈何從進士,此路轉嶇嶔。異質忌處群,孤芳難寄林。

誰憐松桂性,競愛桃李陰。朝悲辭樹葉,夕感歸巢禽。

顧我多慷慨,窮簷時見臨。

#5

宵靜相對,髮白聆苦吟。采蘭起幽念,眇然望東南。

修且阻,兩地無數金。我論徐方牧,好古天下欽。

竹實鳳所食,德馨神所歆。

#6

求觀眾丘小,必上泰山岑。求觀眾流細,必泛滄溟深。

子其聽我言,可以當所箴。既獲則思返,無為久滯淫。

卞和試三獻,期子在秋砧。

 

(孟生の詩):#1

孟生 江海の士,古貌 又た 古心。

嘗て古人の書を讀み,謂うて言う 古も猶お今のごとし。

詩を作ること 三百首,窅默【ようもく】たり 咸池音。

驢に騎して京國に到り,熏風の琴に和せんと欲す。

#2

豈に識んや 天子の居,九重 鬱として沈沈たるを。

一門 百夫守る,籍無くば尋ねる可からず。

晶光 蕩として相い射る,旗戟 翩として以て森たり。

遷延 乍ち卻走【きゃくそう】,驚怪 自ら任【と】うる靡【な】し。

#3

頭を舉げて白日を看,泣涕 下って襟を霑す。

朅來【けつらい】公卿に遊び,肯えて華簪を低るる莫し。

諒【まこと】に軒冕【けんべん】の族にら非ず,應對 多くは差參す。

萍蓬 風波急なり,桑 日月侵す。

#4

奈何んぞ進士に從う,此の路 轉た嶇嶔【くきん】。