中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

2014年12月

30-(4) §2-1 《讀巻05-05 畫記 -(4)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1272> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5344

韓愈(4) §2-1 《讀巻05-05 畫記 -(4)》 速足で行くもの、走るもの、服や物を載せて引くもの、狐や免を載せているものなどがあり、およそ馬の動作は二十七態、馬の数は大小八十三、しかも同じものは無いのである。

 
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30-(4) §2-1 《讀巻05-05 畫記 -(4)》韓愈(韓退之)ID  795年貞元11 28歳<1272> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5344

韓愈詩-30-(4) §2-1

 

 

4.§2-1

馬大者九匹,於馬之中又有上者、下者、行者、牽者、

馬の大きなものが九匹、馬の車で、また、たけの高いもの、低いもの、歩いているもの、輓いているもの、

涉者、陸者、翹者、顧者、鳴者、寢者、訛者、立者、

水を渡るもの、陸にあがっていくもの、体を持ち上げようとする者、ふり返っているもの、鳴くもの、横になっているもの、動いているもの、立っているもの、

人立者,齕者、飲者、溲者、陟者、降者、痒磨樹者、

人のように後脚で立つもの、草をかむもの、水を飲むもの、小便をするもの、坂をのぼるもの、降りるもの、痺いので樹に体をこすりつけるもの、

噓者、嗅者、喜相戲者、怒相踶齧者、秣者、騎者、

息を吐くもの、嗅いでいるもの、喜んでたわむれるもの、怒って互いに蹴り、噛み合うもの、秣を食うもの、人が乗るもの、

驟者、走者、載服物者、載狐兔者,凡馬之事,二十有七,

速足で行くもの、走るもの、服や物を載せて引くもの、狐や免を載せているものなどがあり、およそ馬の動作は二十七態、

為馬大小,八十有三,而莫有同者焉。

馬の数は大小八十三、しかも同じものは無いのである。

5. -2

牛大小十一頭,橐駝三頭,驢如橐駝之數而加其一焉,

隼一,犬羊狐兔麋鹿共三十;旃車三兩,

雜兵器弓矢旌旗刀劍矛楯弓服矢房甲冑之屬,

缾盂簦笠筐筥錡釜飲食服用之器,

壺矢博奕之具,二百五十有一;皆曲極其妙。

 

4.§2-1

馬の大なる者が九匹,馬の中に於いて又た有上なる者、下なる者、行く者、牽く者、涉る者、陸【あが】れる者、翹【つまだ】つ者、顧る者、鳴く者、寢る者、訛【うご】く者、立つ者、人立する者,齕【か】む者、飲む者、溲【しょう】する者、陟【もぼ】る者、降る者、痒ゆくして樹に磨する者、噓する者、嗅ぐ者、喜んで相い戲むるる者、怒って相い踶齧【ていげつ】する者、秣【まぐさか】う者、騎る者、驟【か】くる者、走しる者、服物を載する者、狐兔【こと】を載する者,凡そ馬の事,二十有七,馬為ること大小,八十有三,而して同じき者有る莫し。

5. -2

牛大小十一頭,橐駝【たくだ】三頭,驢 橐駝の數の如くにして其の一を加う,隼一,犬羊狐兔麋鹿共に三十。

旃車【せんしゃ】三兩,雜兵器 弓矢 旌旗 刀劍 矛楯 弓服 矢房 甲冑の屬,缾盂【へいう】簦笠 筐筥【きょうきょ】錡釜 飲食服用の器,壺矢 博奕の具,二百五十有一。

皆 曲【つぶ】さに其の妙を極む。

 

 

6.§3-1

貞元甲戌年,余在京師甚無事,同居有獨孤生申叔者,始得其畫而與余彈棊,余幸勝而獲焉,意甚惜之,以為非一工人之所能運思,蓋藂集眾工人之所長耳,雖百金不願易也。

7.-2

明年,出京師至河陽,與二三客論畫品格,因出而觀之。座有趙侍御者,君子人也,見之戚然若有感然。少而進曰:「噫!余之手摸也。亡之且二十年矣,余少時常有志乎茲事,得國本,人事而摸得之,遊閩中而喪焉。

 

8.-3

居閒處獨,時往來余懷也,以其始為之勞而夙好之篤也。今雖遇之,力不能為已,且命工人存其大都焉。」

 

余既甚愛之,又感趙君之事,因以贈之,而記其人物之形狀與數,而時觀之以自釋焉。

 

 

畫記』 現代語訳と訳註解説

(本文)

4.§2-1

馬大者九匹,於馬之中又有上者、下者、行者、牽者、

涉者、陸者、翹者、顧者、鳴者、寢者、訛者、立者、

人立者,齕者、飲者、溲者、陟者、降者、痒磨樹者、

噓者、嗅者、喜相戲者、怒相踶齧者、秣者、騎者、

驟者、走者、載服物者、載狐兔者,凡馬之事,二十有七,

為馬大小,八十有三,而莫有同者焉。

 

(下し文)

 

 

 

(現代語訳)

馬の大きなものが九匹、馬の車で、また、たけの高いもの、低いもの、歩いているもの、輓いているもの、

水を渡るもの、陸にあがっていくもの、体を持ち上げようとする者、ふり返っているもの、鳴くもの、横になっているもの、動いているもの、立っているもの、

人のように後脚で立つもの、草をかむもの、水を飲むもの、小便をするもの、坂をのぼるもの、降りるもの、痺いので樹に体をこすりつけるもの、

息を吐くもの、嗅いでいるもの、喜んでたわむれるもの、怒って互いに蹴り、噛み合うもの、秣を食うもの、人が乗るもの、

速足で行くもの、走るもの、服や物を載せて引くもの、狐や免を載せているものなどがあり、およそ馬の動作は二十七態、

馬の数は大小八十三、しかも同じものは無いのである。

 

(訳注) 

〈畫記〉4.§2-1

(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

時に韓愈は年28歳(795年貞元11 )であった。画中の人や物をいちいち数え上げて描写した筆法には韓文の俳諧味が既に見える。

795年貞元11年は三度博学宏詞科を受験して落第、河陽に帰って墓参し、冬長安に戻る。

この詩文の画記は克明に人馬の状、雑物の数を挙げて記し、この画に代わる、文字による画としているのは、極めて特異な作品である。特に百二十三人と、馬八十三頭、その他二百五十一の物を記録して、自らの記憶の便にしたことも、韓愈のこの画に対する愛情の深さを物語るものであろう。ただ愛玩の絵画の記であるから、その発想表現は自ら諧謔、滑椿の趣向が生まれるのが、中国詩文の通例である。特にこの文では馬の描写に精彩がある。杜甫はじめ多くの詩人が画馬の詩に傑作を残したのを、韓愈は散文において試みたと見ることもできる。
 

馬大者九匹,於馬之中又有上者、下者、行者、牽者、

馬の大きなものが九匹、馬の車で、また、たけの高いもの、低いもの、歩いているもの、輓いているもの、

 

涉者、陸者、翹者、顧者、鳴者、寢者、訛者、立者、

水を渡るもの、陸にあがっていくもの、体を持ち上げようとする者、ふり返っているもの、鳴くもの、横になっているもの、動いているもの、立っているもの、

○陸 陸にあがる。

○翹 身を持ち上げてつまだつ。

○訛 動く。吪に同じ。

 

人立者,齕者、飲者、溲者、陟者、降者、痒磨樹者、

人のように後脚で立つもの、草をかむもの、水を飲むもの、小便をするもの、坂をのぼるもの、降りるもの、痺いので樹に体をこすりつけるもの、

○齕 かむ。まぐさを食うこと。

○溲 小便をする。

 

噓者、嗅者、喜相戲者、怒相踶齧者、秣者、騎者、

息を吐くもの、嗅いでいるもの、喜んでたわむれるもの、怒って互いに蹴り、噛み合うもの、秣を食うもの、人が乗るもの、

○嘘 うそぶく。息を吐く。

○踶 蹴る。

○齧 かむ。かじる。

 

驟者、走者、載服物者、載狐兔者,凡馬之事,二十有七,

速足で行くもの、走るもの、服や物を載せて引くもの、狐や免を載せているものなどがあり、およそ馬の動作は二十七態、

○驟 はしる。速く歩く。

○載服物 身の廻りのものを串に載せて引く。

○狐兔 狐と兎、狩りの獲物。

 

為馬大小,八十有三,而莫有同者焉。

馬の数は大小八十三、しかも同じものは無いのである。

 

30-(3) §1-3 《讀巻05-05 畫記 -(3)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1271> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5339

韓愈《讀巻05-05 畫記 -(3)(3) §1-3 子供のたわむれ遊ぶ者が九人いて、凡そ何かをしている大人の人間様子は三十二様である。人間は百二十三人で、同じ者がいないのである。

 

 
 2014年12月29日の紀頌之5つのブログ 
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30-(3) §1-3 《讀巻05-05 畫記 -(3)》韓愈(韓退之)ID  795年貞元11 28歳<1271 Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5339

 

韓愈詩-30-(3) §1-3

 

 

 

〈畫記〉

(1)§1

(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

雜古今人物小畫共一卷。

古今の人や物を雑えた小さな画、合わせて一巻を手に入れた。

騎而立者五人,騎而被甲戴兵立者十人,

その画には馬に乗って立っている者五人、馬上に鎧を着て武器を車に載せて立っている者十人、

一人騎執大旗前立,騎而被甲載兵行且下牽者十人,

一人は馬に乗り大旗を持って前に立ち、馬に乗り鎧を着て武器を載せて歩き、そのうえ馬を降りて牽いて行く者が十人いる。

騎且負者二人,騎執器者二人,

そして馬に乗り荷物を背負う者二人、馬に乗り器物を手に持つ者二人。

騎擁田犬者一人,騎而牽者二人,

馬に乗り猟犬を抱いている者一人、馬に乗り馬を引く者二人。

 

<!--[if !supportLists]-->(2)    <!--[endif]-->#2

騎而驅者三人,執羈靮立者二人,

馬に乗り、駆ける者が三人。馬のおもがいや、たづなを手に持って立っている者が二人いる。

騎而下倚馬臂隼而立者一人,騎而驅涉者二人,

馬から降りて、馬に寄りかかり、はやぶさを背に止まらせて立っている者が一人、馬に乗って水を駆り渡る者が二人いる。

徒而驅牧者二人,坐而指使者一人,

徒歩で馬を駆けさせ、芻【まぐさ】をやる者が二人、坐って指し図をする者が一人いる。

甲冑手弓矢鈇鉞植者七人,甲冑執幟植者十人,

鎧かぶとをつけて弓矢を手にし、斧まさかりを突き立てている者が七人、甲胃を着けて幟を手にして立てている者が十人いる。

負者七人,偃寢休者二人,甲冑坐睡者一人,

物を背負う者七人、横に寝て休んでいる者二人、甲胃をつけて居ねむりする竺人、

方涉者一人,坐而足者一人,寒附火者一人,

水を捗っている者が一人、腰かけて履物をぬいでいる者が一人、寒くて火の傍にいる者が一人いる。

3)#3

雜執器物役者八人,奉壺矢者一人,

舍而具食者十有一人,挹且注者四人,

牛牽者二人,驢驅者四人,一人杖而負者,

婦人以孺子載而可見者六人,載而上下者三人,

孺子戲者九人,凡人之事三十有二,

為人大小百二十有三,而莫有同者焉。

 

古今の人物を雜ふる小畫共に一巻。

騎して立つ者五人、騎して甲を被り兵を載せて立つ者十人。

一人は騎して大旗を執って前に立つ。騎して甲を被り、兵を載せて行き且つ下り牽く者十人、

騎して負う者二人、騎して器を執る者二人、

騎して田犬を擁する者一人、騎して牽く者二人、

#2

騎して驅る者三人,羈靮【きてき】を執りて立つ者二人,

騎して下り馬に倚り隼【じゅん】を臂にして立つ者一人,騎して驅涉【くしょう】する者二人,

徒して驅牧する者二人,坐して指使する者一人,

甲冑して弓矢をに手して鈇鉞【ふえつ】植つる者七人,甲冑して幟を執り植つる者十人,

負う者七人,偃寢して休う者二人,甲冑して坐睡する者一人,

方に涉る者一人,坐して足をする者一人,寒えて火に附く者一人,

#3

器物を雜え執て役する者八人,壺矢【こし】を奉ぐる者一人,

舍して食を具える者十有一人,挹【ゆう】して且つ注ぐ者四人,

牛牽く者二人,驢 驅る者四人,一人は杖つきて負う者なり。

婦人 以孺子をて載せて見る可き者六人,載せて上下する者三人,

孺子 戲むるる者九人,凡そ人の事三十有二,

人為る大小百二十有三,而して同じき者有る莫し。

 

4.§2-1

馬大者九匹,於馬之中又有上者、下者、行者、牽者、涉者、陸者、翹者、顧者、鳴者、寢者、訛者、立者、人立者,齕者、飲者、溲者、陟者、降者、痒磨樹者、噓者、嗅者、喜相戲者、怒相踶齧者、秣者、騎者、驟者、走者、載服物者、載狐兔者,凡馬之事,二十有七,為馬大小,八十有三,而莫有同者焉。

 -2

牛大小十一頭,橐駝三頭,驢如橐駝之數而加其一焉,隼一,犬羊狐兔麋鹿共三十;旃車三兩,雜兵器弓矢旌旗刀劍矛楯弓服矢房甲冑之屬,缾盂簦笠筐筥錡釜飲食服用之器,壺矢博奕之具,二百五十有一;皆曲極其妙。

 

 

§3-1

貞元甲戌年,余在京師甚無事,同居有獨孤生申叔者,始得其畫而與余彈棊,余幸勝而獲焉,意甚惜之,以為非一工人之所能運思,蓋藂集眾工人之所長耳,雖百金不願易也。

-2

明年,出京師至河陽,與二三客論畫品格,因出而觀之。座有趙侍御者,君子人也,見之戚然若有感然。少而進曰:「噫!余之手摸也。亡之且二十年矣,余少時常有志乎茲事,得國本,人事而摸得之,遊閩中而喪焉。居閒處獨,時往來余懷也,以其始為之勞而夙好之篤也。今雖遇之,力不能為已,且命工人存其大都焉。」

 

-3

余既甚愛之,又感趙君之事,因以贈之,而記其人物之形狀與數,而時觀之以自釋焉。

 

 

 

『畫記』 現代語訳と訳註解説

(本文)3#3

雜執器物役者八人,奉壺矢者一人,

舍而具食者十有一人,挹且注者四人,

牛牽者二人,驢驅者四人,一人杖而負者,

婦人以孺子載而可見者六人,載而上下者三人,

孺子戲者九人,凡人之事三十有二,

為人大小百二十有三,而莫有同者焉。

 

(下し文)#3

器物を雜え執て役する者八人,壺矢【こし】を奉ぐる者一人,

舍して食を具える者十有一人,挹【ゆう】して且つ注ぐ者四人,

牛牽く者二人,驢 驅る者四人,一人は杖つきて負う者なり。

婦人 以孺子をて載せて見る可き者六人,載せて上下する者三人,

孺子 戲むるる者九人,凡そ人の事三十有二,

人為る大小百二十有三,而して同じき者有る莫し。

 

(現代語訳)

器物をさまざまに持って働いている者が八人、投げ矢の壷と矢をささげている者が一人みえる。

小屋の中で食事の仕度をしている者が十一人、水を汲んで注いでいる者が四人いる。

牛を牽く者が二人、駿馬を駆る者が四人、-人杖をつき背負っている者がいる。

女の子供を引きつれ車に載せて見ることのできる者が六人、車に載せるのに上り下りする者が三人いる。

子供のたわむれ遊ぶ者が九人いて、凡そ何かをしている大人の人間様子は三十二様である。

人間は百二十三人で、同じ者がいないのである。

 

(訳注) 3)#3

〈畫記〉(3)§1-#3

(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

時に韓愈は年28歳(795年貞元11 )であった。画中の人や物をいちいち数え上げて描写した筆法には韓文の俳諧味が既に見える。

795年貞元11年は三度博学宏詞科を受験して落第、河陽に帰って墓参し、冬長安に戻る。

 

雜執器物役者八人,奉壺矢者一人,

器物をさまざまに持って働いている者が八人、投げ矢の壷と矢をささげている者が一人みえる。

○壷矢 投げ矢の壷とその矢。矢を壺に投げ入れて勝負をする遊戯の道具。『春秋左氏伝』にも見える非常に古いゲームである。『礼記』および『大戴礼記』に投壺篇があり、投壺の儀礼、壺と矢の寸法、席から壺までの距離などを細かく規定している。

 

舍而具食者十有一人,挹且注者四人,

小屋の中で食事の仕度をしている者が十一人、水を汲んで注いでいる者が四人いる。

○舎 小屋に入る。

○具食 食事の準備をする。

 水を汲む。挹は取る。

 

牛牽者二人,驢驅者四人,一人杖而負者,

牛を牽く者が二人、駿馬を駆る者が四人、-人杖をつき背負っている者がいる。

 

婦人以孺子載而可見者六人,載而上下者三人,

女の子供を引きつれ車に載せて見ることのできる者が六人、車に載せるのに上り下りする者が三人いる。

以孺子 子供を連れて。以はいてと読み、率いての意。

 

孺子戲者九人,凡人之事三十有二,

子供のたわむれ遊ぶ者が九人いて、凡そ何かをしている大人の人間様子は三十二様である。

○人之事 人の仕事、行為。

 

為人大小百二十有三,而莫有同者焉。

人間は百二十三人で、同じ者がいないのである。

○為人 人間。人であるもの

30-(2) §1-2 《讀巻05-05 畫記 -(2)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1270> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5334

韓愈(2) §1-2 《讀巻05-05 畫記 -(2)》 馬から降りて、馬に寄りかかり、はやぶさを背に止まらせて立っている者が一人、馬に乗って水を駆り渡る者が二人いる。徒歩で馬を駆けさせ、芻【まぐさ】をやる者が二人、坐って指し図をする者が一人いる。

 
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韓愈詩-30-(2) §1-2

 

 

 

〈畫記〉

(1)§1

(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

雜古今人物小畫共一卷。

古今の人や物を雑えた小さな画、合わせて一巻を手に入れた。

騎而立者五人,騎而被甲戴兵立者十人,

その画には馬に乗って立っている者五人、馬上に鎧を着て武器を車に載せて立っている者十人、

一人騎執大旗前立,騎而被甲載兵行且下牽者十人,

一人は馬に乗り大旗を持って前に立ち、馬に乗り鎧を着て武器を載せて歩き、そのうえ馬を降りて牽いて行く者が十人いる。

騎且負者二人,騎執器者二人,

そして馬に乗り荷物を背負う者二人、馬に乗り器物を手に持つ者二人。

騎擁田犬者一人,騎而牽者二人,

馬に乗り猟犬を抱いている者一人、馬に乗り馬を引く者二人。

 

<!--[if !supportLists]-->(2)    <!--[endif]-->#2

騎而驅者三人,執羈靮立者二人,

馬に乗り、駆ける者が三人。馬のおもがいや、たづなを手に持って立っている者が二人いる。

騎而下倚馬臂隼而立者一人,騎而驅涉者二人,

馬から降りて、馬に寄りかかり、はやぶさを背に止まらせて立っている者が一人、馬に乗って水を駆り渡る者が二人いる。

徒而驅牧者二人,坐而指使者一人,

徒歩で馬を駆けさせ、芻【まぐさ】をやる者が二人、坐って指し図をする者が一人いる。

甲冑手弓矢鈇鉞植者七人,甲冑執幟植者十人,

鎧かぶとをつけて弓矢を手にし、斧まさかりを突き立てている者が七人、甲胃を着けて幟を手にして立てている者が十人いる。

負者七人,偃寢休者二人,甲冑坐睡者一人,

物を背負う者七人、横に寝て休んでいる者二人、甲胃をつけて居ねむりする竺人、

方涉者一人,坐而足者一人,寒附火者一人,

水を捗っている者が一人、腰かけて履物をぬいでいる者が一人、寒くて火の傍にいる者が一人いる。

3)#3

雜執器物役者八人,奉壺矢者一人,

舍而具食者十有一人,挹且注者四人,

牛牽者二人,驢驅者四人,一人杖而負者,

婦人以孺子載而可見者六人,載而上下者三人,

孺子戲者九人,凡人之事三十有二,

為人大小百二十有三,而莫有同者焉。

 

古今の人物を雜ふる小畫共に一巻。

騎して立つ者五人、騎して甲を被り兵を載せて立つ者十人。

一人は騎して大旗を執って前に立つ。騎して甲を被り、兵を載せて行き且つ下り牽く者十人、

騎して負う者二人、騎して器を執る者二人、

騎して田犬を擁する者一人、騎して牽く者二人、

#2

騎して驅る者三人,羈靮【きてき】を執りて立つ者二人,

騎して下り馬に倚り隼【じゅん】を臂にして立つ者一人,騎して驅涉【くしょう】する者二人,

徒して驅牧する者二人,坐して指使する者一人,

甲冑して弓矢をに手して鈇鉞【ふえつ】植つる者七人,甲冑して幟を執り植つる者十人,

負う者七人,偃寢して休う者二人,甲冑して坐睡する者一人,

方に涉る者一人,坐して足をする者一人,寒えて火に附く者一人,

#3

器物を雜え執て役する者八人,壺矢【こし】を奉ぐる者一人,

舍して食を具える者十有一人,挹【ゆう】して且つ注ぐ者四人,

牛牽く者二人,驢 驅る者四人,一人は杖つきて負う者なり。

婦人 以孺子をて載せて見る可き者六人,載せて上下する者三人,

孺子 戲むるる者九人,凡そ人の事三十有二,

人為る大小百二十有三,而して同じき者有る莫し。

 

<!--[if !supportLists]-->(1)  <!--[endif]-->§2-1

馬大者九匹,於馬之中又有上者、下者、行者、牽者、涉者、陸者、翹者、顧者、鳴者、寢者、訛者、立者、人立者,齕者、飲者、溲者、陟者、降者、痒磨樹者、噓者、嗅者、喜相戲者、怒相踶齧者、秣者、騎者、驟者、走者、載服物者、載狐兔者,凡馬之事,二十有七,為馬大小,八十有三,而莫有同者焉。

<!--[if !supportLists]-->(2)  <!--[endif]--> -2

牛大小十一頭,橐駝三頭,驢如橐駝之數而加其一焉,隼一,犬羊狐兔麋鹿共三十;旃車三兩,雜兵器弓矢旌旗刀劍矛楯弓服矢房甲冑之屬,缾盂簦笠筐筥錡釜飲食服用之器,壺矢博奕之具,二百五十有一;皆曲極其妙。

 

 

<!--[if !supportLists]-->(3)  <!--[endif]-->§3-1

貞元甲戌年,余在京師甚無事,同居有獨孤生申叔者,始得其畫而與余彈棊,余幸勝而獲焉,意甚惜之,以為非一工人之所能運思,蓋藂集眾工人之所長耳,雖百金不願易也。

<!--[if !supportLists]-->(4)  <!--[endif]-->-2

明年,出京師至河陽,與二三客論畫品格,因出而觀之。座有趙侍御者,君子人也,見之戚然若有感然。少而進曰:「噫!余之手摸也。亡之且二十年矣,余少時常有志乎茲事,得國本,人事而摸得之,遊閩中而喪焉。居閒處獨,時往來余懷也,以其始為之勞而夙好之篤也。今雖遇之,力不能為已,且命工人存其大都焉。」

 

(8) -3

余既甚愛之,又感趙君之事,因以贈之,而記其人物之形狀與數,而時觀之以自釋焉。

 

Ta唐 長安近郊圖  新02 

 

『畫記』 現代語訳と訳註解説

(本文)

<!--[if !supportLists]-->(3)    <!--[endif]-->#2

騎而驅者三人,執羈靮立者二人,

騎而下倚馬臂隼而立者一人,騎而驅涉者二人,

徒而驅牧者二人,坐而指使者一人,

甲冑手弓矢鈇鉞植者七人,甲冑執幟植者十人,

負者七人,偃寢休者二人,甲冑坐睡者一人,

方涉者一人,坐而足者一人,寒附火者一人,

 

(下し文) #2

騎して驅る者三人,羈靮【きてき】を執りて立つ者二人,

騎して下り馬に倚り隼【じゅん】を臂にして立つ者一人,騎して驅涉【くしょう】する者二人,

徒して驅牧する者二人,坐して指使する者一人,

甲冑して弓矢をに手して鈇鉞【ふえつ】植つる者七人,甲冑して幟を執り植つる者十人,

負う者七人,偃寢して休う者二人,甲冑して坐睡する者一人,

方に涉る者一人,坐して足をする者一人,寒えて火に附く者一人,

 

(現代語訳)

馬に乗り、駆ける者が三人。馬のおもがいや、たづなを手に持って立っている者が二人いる。

馬から降りて、馬に寄りかかり、はやぶさを背に止まらせて立っている者が一人、馬に乗って水を駆り渡る者が二人いる。

徒歩で馬を駆けさせ、芻【まぐさ】をやる者が二人、坐って指し図をする者が一人いる。

鎧かぶとをつけて弓矢を手にし、斧まさかりを突き立てている者が七人、甲胃を着けて幟を手にして立てている者が十人いる。

物を背負う者七人、横に寝て休んでいる者二人、甲胃をつけて居ねむりする竺人、

水を捗っている者が一人、腰かけて履物をぬいでいる者が一人、寒くて火の傍にいる者が一人いる。

 

 (訳注)

〈畫記〉(2)§1-#2

(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

時に韓愈は年28歳(795年貞元11 )であった。画中の人や物をいちいち数え上げて描写した筆法には韓文の俳諧味が既に見える。

795年貞元11年は三度博学宏詞科を受験して落第、河陽に帰って墓参し、冬長安に戻る。

 

騎而驅者三人,執羈靮立者二人,

騎して驅る者三人,羈靮【きてき】を執りて立つ者二人,

馬に乗り、駆ける者が三人。馬のおもがいや、たづなを手に持って立っている者が二人いる。

○羈靮 羈は馬頭にまとう革紐、おもがい。馬の行動を束縛する首綱。靮は手綱。

 

騎而下倚馬臂隼而立者一人,騎而驅涉者二人,

騎して下り馬に倚り隼【じゅん】を臂にして立つ者一人,騎して驅涉【くしょう】する者二人,

馬から降りて、馬に寄りかかり、はやぶさを背に止まらせて立っている者が一人、馬に乗って水を駆り渡る者が二人いる。

○臂 ひじにはやぶさを止まらせる。

〇隼 はやぶさ。狩りに使う鷲の類。

 

徒而驅牧者二人,坐而指使者一人,

徒して驅牧する者二人,坐して指使する者一人,

徒歩で馬を駆けさせ、芻【まぐさ】をやる者が二人、坐って指し図をする者が一人いる。

 

甲冑手弓矢鈇鉞植者七人,甲冑執幟植者十人,

甲冑して弓矢をに手して鈇鉞【ふえつ】植つる者七人,甲冑して幟を執り植つる者十人,

鎧かぶとをつけて弓矢を手にし、斧まさかりを突き立てている者が七人、甲胃を着けて幟を手にして立てている者が十人いる。

○鈇鉞 おのとまさかり。武器。

○植 地に立てる。

 

負者七人,偃寢休者二人,甲冑坐睡者一人,

負う者七人,偃寢して休う者二人,甲冑して坐睡する者一人,

物を背負う者七人、横に寝て休んでいる者二人、甲胃をつけて居ねむりする竺人、

 

方涉者一人,坐而足者一人,寒附火者一人,

方に涉る者一人,坐して足をする者一人,寒えて火に附く者一人,

水を捗っている者が一人、腰かけて履物をぬいでいる者が一人、寒くて火の傍にいる者が一人いる。
函谷関002 

30-(1) §1-1 《讀巻05-05 畫記 -(1)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1269> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5329

韓愈 《讀巻05-05 畫記 -(1)(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

 

 
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30-(1) §1-1 《讀巻05-05 畫記 -(1)》韓愈(韓退之)ID  795年貞元11 28歳<1269 Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5329

韓愈詩-30-(1) §1-1

 

 

〈畫記〉

(1)   >§1

(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

雜古今人物小畫共一卷。

古今の人や物を雑えた小さな画、合わせて一巻を手に入れた。

騎而立者五人,騎而被甲戴兵立者十人,

その画には馬に乗って立っている者五人、馬上に鎧を着て武器を車に載せて立っている者十人、

一人騎執大旗前立,騎而被甲載兵行且下牽者十人,

一人は馬に乗り大旗を持って前に立ち、馬に乗り鎧を着て武器を載せて歩き、そのうえ馬を降りて牽いて行く者が十人いる。

騎且負者二人,騎執器者二人,

そして馬に乗り荷物を背負う者二人、馬に乗り器物を手に持つ者二人。

騎擁田犬者一人,騎而牽者二人,

馬に乗り猟犬を抱いている者一人、馬に乗り馬を引く者二人。

 

<!--[if !supportLists]-->(2)  <!--[endif]-->#2

騎而驅者三人,執羈靮立者二人,

騎而下倚馬臂隼而立者一人,騎而驅涉者二人,

徒而驅牧者二人,坐而指使者一人,

甲冑手弓矢鈇鉞植者七人,甲冑執幟植者十人,

負者七人,偃寢休者二人,甲冑坐睡者一人,

方涉者一人,坐而足者一人,寒附火者一人,

<!--[if !supportLists]-->(3) <!--[endif]-->#3

雜執器物役者八人,奉壺矢者一人,

舍而具食者十有一人,挹且注者四人,

牛牽者二人,驢驅者四人,一人杖而負者,

婦人以孺子載而可見者六人,載而上下者三人,

孺子戲者九人,凡人之事三十有二,

為人大小百二十有三,而莫有同者焉。

 

古今の人物を雜ふる小畫共に一巻。

騎して立つ者五人、騎して甲を被り兵を載せて立つ者十人。

一人は騎して大旗を執って前に立つ。騎して甲を被り、兵を載せて行き且つ下り牽く者十人、

騎して負う者二人、騎して器を執る者二人、

騎して田犬を擁する者一人、騎して牽く者二人、

 

<!--[if !supportLists]-->(4)  <!--[endif]-->§2-1

馬大者九匹,於馬之中又有上者、下者、行者、牽者、涉者、陸者、翹者、顧者、鳴者、寢者、訛者、立者、人立者,齕者、飲者、溲者、陟者、降者、痒磨樹者、噓者、嗅者、喜相戲者、怒相踶齧者、秣者、騎者、驟者、走者、載服物者、載狐兔者,凡馬之事,二十有七,為馬大小,八十有三,而莫有同者焉。

<!--[if !supportLists]-->(5)  <!--[endif]--> -2

牛大小十一頭,橐駝三頭,驢如橐駝之數而加其一焉,隼一,犬羊狐兔麋鹿共三十;旃車三兩,雜兵器弓矢旌旗刀劍矛楯弓服矢房甲冑之屬,缾盂簦笠筐筥錡釜飲食服用之器,壺矢博奕之具,二百五十有一;皆曲極其妙。

 

 

<!--[if !supportLists]-->(6)  <!--[endif]-->§3-1

貞元甲戌年,余在京師甚無事,同居有獨孤生申叔者,始得其畫而與余彈棊,余幸勝而獲焉,意甚惜之,以為非一工人之所能運思,蓋藂集眾工人之所長耳,雖百金不願易也。

<!--[if !supportLists]-->(7)  <!--[endif]-->-2

明年,出京師至河陽,與二三客論畫品格,因出而觀之。座有趙侍御者,君子人也,見之戚然若有感然。少而進曰:「噫!余之手摸也。亡之且二十年矣,余少時常有志乎茲事,得國本,人事而摸得之,遊閩中而喪焉。居閒處獨,時往來余懷也,以其始為之勞而夙好之篤也。今雖遇之,力不能為已,且命工人存其大都焉。」

 

(8) -3

余既甚愛之,又感趙君之事,因以贈之,而記其人物之形狀與數,而時觀之以自釋焉。

 

 洛陽 函谷関002

 

『畫記』 現代語訳と訳註解説

(本文)

〈畫記〉(1)§1

雜古今人物小畫共一卷。

騎而立者五人,騎而被甲戴兵立者十人,

一人騎執大旗前立,騎而被甲載兵行且下牽者十人,

騎且負者二人,騎執器者二人,

騎擁田犬者一人,騎而牽者二人,

 

(下し文)

古今の人物を雜ふる小畫共に一巻。

騎して立つ者五人、騎して甲を被り兵を載せて立つ者十人。

一人は騎して大旗を執って前に立つ。騎して甲を被り、兵を載せて行き且つ下り牽く者十人、

騎して負う者二人、騎して器を執る者二人、

騎して田犬を擁する者一人、騎して牽く者二人、

 

(現代語訳)

(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

古今の人や物を雑えた小さな画、合わせて一巻を手に入れた。

その画には馬に乗って立っている者五人、馬上に鎧を着て武器を車に載せて立っている者十人、

一人は馬に乗り大旗を持って前に立ち、馬に乗り鎧を着て武器を載せて歩き、そのうえ馬を降りて牽いて行く者が十人いる。

そして馬に乗り荷物を背負う者二人、馬に乗り器物を手に持つ者二人。

馬に乗り猟犬を抱いている者一人、馬に乗り馬を引く者二人。

 

917年 五代十国 

(訳注)

〈畫記〉(1)§1

(韓愈が人から画巻を手に入れて、また他人に記文して贈った画巻の詩文である。画の代わりにこの文を残したいというのである。)

時に韓愈は年28歳(795年貞元11 )であった。画中の人や物をいちいち数え上げて描写した筆法には韓文の俳諧味が既に見える。

795年貞元11年は三度博学宏詞科を受験して落第、河陽に帰って墓参し、冬長安に戻る。

 

雜古今人物小畫共一卷。

古今の人物を雜ふる小畫共に一巻。

古今の人や物を雑えた小さな画、合わせて一巻を手に入れた。

 

騎而立者五人,騎而被甲戴兵立者十人,

騎して立つ者五人、騎して甲を被り兵を載せて立つ者十人。

その画には馬に乗って立っている者五人、馬上に鎧を着て武器を車に載せて立っている者十人、

 

一人騎執大旗前立,騎而被甲載兵行且下牽者十人,

一人は騎して大旗を執って前に立つ。騎して甲を被り、兵を載せて行き且つ下り牽く者十人、

一人は馬に乗り大旗を持って前に立ち、馬に乗り鎧を着て武器を載せて歩き、そのうえ馬を降りて牽いて行く者が十人いる。

 

騎且負者二人,騎執器者二人,

騎して負う者二人、騎して器を執る者二人、

そして馬に乗り荷物を背負う者二人、馬に乗り器物を手に持つ者二人。

 

騎擁田犬者一人,騎而牽者二人,

騎して田犬を擁する者一人、騎して牽く者二人、

馬に乗り猟犬を抱いている者一人、馬に乗り馬を引く者二人。

29-§6-2 《讀巻03-12 答崔立之書 -(14)§6-2》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1268> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5324

韓愈《讀巻03-12 答崔立之書 -14)§6-2一かどの人物、士というものは、もとより自分を真に知ってくれる人に対して心の中を存分に打ちあけ述べるのである。足下が無けれは、私の常識はずれの勝手なこの言葉を発表のしょうがなかったであろう (韓愈再拝いたす)。


29-§6-2 《讀巻03-12 答崔立之書 -14)§6-2》韓愈(韓退之)ID  798年貞元14年 31歳<1268 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5324

韓愈詩-29-§6-2

 

 

 
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韓愈詩-29-§6-1

 

 

§6 -1

方今天下風俗尚有未及於古者。

只今の天下の風俗は、まだ古代の淳美なのに及ばないところがある。

邊境尚有被甲執兵者,主上不得怡,而宰相以為憂。

外国との境ではここのところまだ鎧を着て武器を手にして防衛しなければならないので、天子は心安んじてたのしむことができず、宰相はそれを憂いとしている。

仆雖不賢,亦且潛究其得失。

僕は徳の賢というほどの者ではないけれど、また、とにかく、いまは、政治の当を得ているか、失敗か、を考え、きわめなければいけない。

致之乎吾相,薦之乎吾君,上希卿大夫之位,下猶取一障而乘之。

これをわが宰相に申し上げ、これを吾が君に薦めて、その結果、上は卿・大夫の位を希って天下を治め、下は一武夫として城の上の一防壁を取って登り、国のために尽くそうと思うところなのだ。

-2

若都不可得,猶將耕於寬間之野,

釣於寂寞之濱,求國家之遺事,

考賢人哲士之終始,作唐之一經,垂之於無窮。

誅奸諛於既死,發潛德之幽光。

二者將必有一可。

足下以為仆之玉凡幾獻,而足凡幾刖也,

又所謂者果誰哉?

再克之刑信如何也?

士固信於知己,微足下無以發吾之狂言。愈再拜。

 

§6 -1

方今 天下の風俗 尚お未だ古えに及ばざる者有り。

邊境 尚お有甲を被むり兵を執る者,主上 怡ぶことを得ず,而して宰相 以て憂を為す。

仆 賢ならずと雖も,亦た且つ潛かに其の得失を究む。

之を吾が相に致し,之を吾が君に薦めて,上は卿大夫の位を希い,下は猶お一障を取って之に乘ぜん。

-2

若都不可得,猶將耕於寬間之野,釣於寂寞之濱,求國家之遺事,考賢人哲士之終始,作唐之一經,垂之於無窮,誅奸諛於既死,發潛德之幽光。

二者將必有一可。

足下以為仆之玉凡幾獻,而足凡幾刖也,

又所謂者果誰哉?

再克之刑信如何也?

士固信於知己,微足下無以發吾之狂言。愈再拜。

安史の乱当時の勢力図 

 

『答崔立之書』 現代語訳と訳註解説

(本文) (13)- §6 -1

方今天下風俗尚有未及於古者。

邊境尚有被甲執兵者,主上不得怡,而宰相以為憂。

仆雖不賢,亦且潛究其得失。

致之乎吾相,薦之乎吾君,上希卿大夫之位,下猶取一障而乘之。

 

(下し文) §6 -1

方今 天下の風俗 尚お未だ古えに及ばざる者有り。

邊境 尚お有甲を被むり兵を執る者,主上 怡ぶことを得ず,而して宰相 以て憂を為す。

仆 賢ならずと雖も,亦た且つ潛かに其の得失を究む。

之を吾が相に致し,之を吾が君に薦めて,上は卿大夫の位を希い,下は猶お一障を取って之に乘ぜん。

 

 

(現代語訳)

只今の天下の風俗は、まだ古代の淳美なのに及ばないところがある。

外国との境ではここのところまだ鎧を着て武器を手にして防衛しなければならないので、天子は心安んじてたのしむことができず、宰相はそれを憂いとしている。

僕は徳の賢というほどの者ではないけれど、また、とにかく、いまは、政治の当を得ているか、失敗か、を考え、きわめなければいけない。

これをわが宰相に申し上げ、これを吾が君に薦めて、その結果、上は卿・大夫の位を希って天下を治め、下は一武夫として城の上の一防壁を取って登り、国のために尽くそうと思うところなのだ。

 汜水関などの地図

(訳注) §6 -1

答崔立之書

(韓愈が三度吏部の試験に及第せず、立之が書を与えて激励した。それに対する.返書である。試験に合格しなくとも、男子の本質には変化はないことを述べて、不屈の精神を表示した文章である。)

崔立之、名は斯立、立之はその字である。博陵の人で元和元年には大理評事、すなわち裁判所の下級判事であった。韓愈の詩にはこの人に贈るものが頗る多い。ずいぶん親しい調子で、からかったりもしているから、弟子のひとりだったのであろう。

「答崔立之書」

「贈崔立之」

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#1>Ⅱ中唐詩428 紀頌之の漢詩ブログ1363

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#2>Ⅱ中唐詩429 紀頌之の漢詩ブログ1366

 

方今天下風俗尚有未及於古者。

方今 天下の風俗 尚お未だ古えに及ばざる者有り。

只今の天下の風俗は、まだ古代の淳美なのに及ばないところがある。

○天下風俗 儒教文化が、六朝以来頽廃になり、唐朝により一時健全化したが、天子が頽廃であることが天下泰平であるという宦官の考え方が蔓延している。

 

邊境尚有被甲執兵者,主上不得怡,而宰相以為憂。

邊境 尚お有甲を被むり兵を執る者,主上 怡ぶことを得ず,而して宰相 以て憂を為す。

外国との境ではここのところまだ鎧を着て武器を手にして防衛しなければならないので、天子は心安んじてたのしむことができず、宰相はそれを憂いとしている。

被甲執兵 

○被甲執兵 鎧を着て武器を握る。戦線に立つ。国境紛争が常侍ある。

○怡 よろこびたのしむ。

 

仆雖不賢,亦且潛究其得失。

仆 賢ならずと雖も,亦た且つ潛かに其の得失を究む。

僕は徳の賢というほどの者ではないけれど、また、とにかく、いまは、政治の当を得ているか、失敗か、を考え、きわめなければいけない。

 

致之乎吾相,薦之乎吾君,上希卿大夫之位,下猶取一障而乘之。

之を吾が相に致し,之を吾が君に薦めて,上は卿大夫の位を希い,下は猶お一障を取って之に乘ぜん。

これをわが宰相に申し上げ、これを吾が君に薦めて、その結果、上は卿・大夫の位を希って天下を治め、下は一武夫として城の上の一防壁を取って登り、国のために尽くそうと思うところなのだ。

〇一障 城上の一防壁。 

29-§5-2 《讀巻03-12 答崔立之書 -(12)§5-2》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1266> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5314韓愈詩-29-§5-2

韓愈《讀巻03-12 答崔立之書 -12)§5-2卞和氏が二度も足を斬られても患いと思わなかったように、二度の失敗ぐらいは忍ばねはならないというもので、また強力な敵をして再び勝たせてはならねと思っておられる。

 

 
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29-§5-2 《讀巻03-12 答崔立之書 -12)§5-2》韓愈(韓退之)ID  798年貞元14年 31歳<1266 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5314韓愈詩-29-§5-2

 

 

§5

故凡仆之汲汲於進者,其小得蓋欲以具裘葛、養窮孤。

それ故、僕の進士に応ずるのに休むことなくつとめるのは、それで得る地位が小であれは、たぶん、それでもって冬の皮ごろもや夏の蔦織衣を準備し困っているみなし児を養おうと思うであろう。

其大得蓋欲以同吾之所樂於人耳。

その得た地位が大きい場合には、たぶん、それでもって自分の楽しむ所のことを世の人々と共にしたいと思うだけであろう。

其他可否,自計已熟,誠不待人而後知。

その他の可能か否かは、自分で計画したものが、もはや十分に熱しているから、誠に他人から言われるのを待ってはじめて知るのではない。他のさしずを待たないのである。

今足下乃複比之獻玉者,以為必俟工人之剖,然後見知於天下,

今足下は、それなのにまたこれを玉を献じた楚の和氏にたとえて、必ず細工人が荒玉を割って磨くのを待って、はじめて天下に知られるということなのである。

雖兩刖足不為病,且無使者再克。

卞和氏が二度も足を斬られても患いと思わなかったように、二度の失敗ぐらいは忍ばねはならないというもので、また強力な敵をして再び勝たせてはならねと思っておられる。

誠足下相勉之意厚也。

誠に足下が私をはげましてくださる心は厚いことである。

然仕進者,豈舍此而無門哉?

しかし仕官する者には、どうしてこの博学宏辞の科を捨てて、ほかに進む路がないであろうか。

足下謂我必待是而後進者,

足下は、私に必ずこの試験の及第を待って、その後仕官せよといわれる。

尤非相悉之辭也。

しかも、そのことは、私の心をよく知り悉した者の言葉ではない。

仆之玉固未獻。

卞和のように僕の玉は、はじめからお上に献じたことはないのである。

而足固未刖,足下無為為我戚戚也。

足ももとより、未だ斬られたことはないし、僕の最も大切な操守は、まだ誰にも献げてはいないのであり、これまで二度の失敗を足斬りの刑のような大打撃とは考えていない。足下、私のために痛く心配をしないで頂きたい。

 

§5

故に凡そ仆の進むに於て汲汲たる者は,其の小しく得れば蓋し以って裘葛を具、窮孤を養わんと欲す。

其の大いに得れば 蓋し以って吾の樂しむ所を於人に同じゅうせんと欲すすのみ。其の他の可否は,自ら計ること已に熟せり。

誠に人を待って後に知らざるなり。

今 足下 乃ち複た之を玉を獻ずる者に比して,以為【おもえ】らく必ず工人の剖を俟って,然る後に天下に知られん。

 

兩つながら足を刖【らる】と雖も病と為さず。

且つ使者をして再び克たしむること無れと。

誠に足下 相い勉【はげ】ますの意厚きなり。

然れども仕進の者,豈に此れを舍てて門無からんや?

足下 我を必ず是を待って後に進む者と謂えり。

尤も相悉【そうしつ】の辭に非ざるなり。

仆の玉は 固より未だ獻ぜず。

而して足固より未だ刖られず。

足下 我が為に戚戚たるを為し無れ。

 

 

『答崔立之書』 現代語訳と訳註解説

(本文) (12)-§5-2

雖兩刖足不為病,且無使者再克。

誠足下相勉之意厚也。

然仕進者,豈舍此而無門哉?

足下謂我必待是而後進者,

尤非相悉之辭也。

仆之玉固未獻。

而足固未刖,足下無為為我戚戚也。

 

 (下し文)

兩つながら足を刖【らる】と雖も病と為さず。

且つ使者をして再び克たしむること無れと。

誠に足下 相い勉【はげ】ますの意厚きなり。

然れども仕進の者,豈に此れを舍てて門無からんや?

足下 我を必ず是を待って後に進む者と謂えり。

尤も相悉【そうしつ】の辭に非ざるなり。

仆の玉は 固より未だて獻ぜず。

而して足固より未だて刖られず。

足下 我が為に戚戚たるを為し無れ

 

(現代語訳)

卞和氏が二度も足を斬られても患いと思わなかったように、二度の失敗ぐらいは忍ばねはならないというもので、また強力な敵をして再び勝たせてはならねと思っておられる。

誠に足下が私をはげましてくださる心は厚いことである。

しかし仕官する者には、どうしてこの博学宏辞の科を捨てて、ほかに進む路がないであろうか。

足下は、私に必ずこの試験の及第を待って、その後仕官せよといわれる。

しかも、そのことは、私の心をよく知り悉した者の言葉ではない。

卞和のように僕の玉は、はじめからお上に献じたことはないのである。

足ももとより、未だ斬られたことはないし、僕の最も大切な操守は、まだ誰にも献げてはいないのであり、これまで二度の失敗を足斬りの刑のような大打撃とは考えていない。足下、私のために痛く心配をしないで頂きたい。

 

 

(訳注) (12)-§5-2

答崔立之書

(韓愈が三度吏部の試験に及第せず、立之が書を与えて激励した。それに対する.返書である。試験に合格しなくとも、男子の本質には変化はないことを述べて、不屈の精神を表示した文章である。)

崔立之、名は斯立、立之はその字である。博陵の人で元和元年には大理評事、すなわち裁判所の下級判事であった。韓愈の詩にはこの人に贈るものが頗る多い。ずいぶん親しい調子で、からかったりもしているから、弟子のひとりだったのであろう。

「答崔立之書」

「贈崔立之」

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#1>Ⅱ中唐詩428 紀頌之の漢詩ブログ1363

贈崔立之 韓退之(愈)詩<65-#2>Ⅱ中唐詩429 紀頌之の漢詩ブログ1366

 

雖兩刖足不為病,且無使勍者再克。

兩つながら足を刖【らる】と雖も病と為さず。且つ使者をして再び克たしむること無れと。

卞和氏が二度も足を斬られても患いと思わなかったように、二度の失敗ぐらいは忍ばねはならないというもので、また強力な敵をして再び勝たせてはならねと思っておられる。

〇兩刖足 二度肢きりの刑にされた。両足を失った。韓愈が二度落第したことを喩える。

○勍 音ケィ、強い。

○剋 魁に作るのは俗字、克。

 

誠足下相勉之意厚也。

誠に足下 相い勉【はげ】ますの意厚きなり。

誠に足下が私をはげましてくださる心は厚いことである。

 

然仕進者,豈舍此而無門哉?

然れども仕進の者,豈に此れを舍てて門無からんや?

しかし仕官する者には、どうしてこの博学宏辞の科を捨てて、ほかに進む路がないであろうか。

 

足下謂我必待是而後進者,

足下 我を必ず是を待って後に進む者と謂えり。

足下は、私に必ずこの試験の及第を待って、その後仕官せよといわれる。

 

尤非相悉之辭也。

尤も相悉【そうしつ】の辭に非ざるなり。

しかも、そのことは、私の心をよく知り悉した者の言葉ではない。

○相悉 相つくす。互いに相手を知りつくす。

 

仆之玉固未

仆の玉は 固より未だて獻ぜず。

卞和のように僕の玉は、はじめからお上に献じたことはないのである。

 

而足固未刖,足下無為為我戚戚也。

而して足固より未だて刖られず。足下 我が為に戚戚たるを為し無れ。

足ももとより、未だ斬られたことはないし、僕の最も大切な操守は、まだ誰にも献げてはいないのであり、これまで二度の失敗を足斬りの刑のような大打撃とは考えていない。足下、私のために痛く心配をしないで頂きたい。

○戚戚 甚だ心配する。戚はうれう。悲しむ。

29-§5-1 《讀巻03-12 答崔立之書 -(11)§5-1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1265> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5309

韓愈《讀巻03-12 答崔立之書 -11)§5-1今足下は、それなのにまたこれを玉を献じた楚の和氏にたとえて、必ず細工人が荒玉を割って磨くのを待って、はじめて天下に知られるということなのである。

 
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29-§5-1 《讀巻03-12 答崔立之書 -(11)§5-1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1265> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5309 
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29-§5-1 《讀巻03-12 答崔立之書 -11)§5-1》韓愈(韓退之)ID  798年貞元14年 31歳<1265 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5309韓愈詩-29-§5-1

 

 

§5

故凡仆之汲汲於進者,其小得蓋欲以具裘葛、養窮孤。

それ故、僕の進士に応ずるのに休むことなくつとめるのは、それで得る地位が小であれは、たぶん、それでもって冬の皮ごろもや夏の蔦織衣を準備し困っているみなし児を養おうと思うであろう。

其大得蓋欲以同吾之所樂於人耳。

その得た地位が大きい場合には、たぶん、それでもって自分の楽しむ所のことを世の人々と共にしたいと思うだけであろう。

其他可否,自計已熟,誠不待人而後知。

その他の可能か否かは、自分で計画したものが、もはや十分に熱しているから、誠に他人から言われるのを待ってはじめて知るのではない。他のさしずを待たないのである。

今足下乃複比之獻玉者,以為必俟工人之剖,然後見知於天下,

今足下は、それなのにまたこれを玉を献じた楚の和氏にたとえて、必ず細工人が荒玉を割って磨くのを待って、はじめて天下に知られるということなのである。

雖兩刖足不為病,且無使者再克。

誠足下相勉之意厚也。

然仕進者,豈舍此而無門哉?

足下謂我必待是而後進者,

尤非相悉之辭也。

仆之玉固未獻。

而足固未刖,足下無為為我戚戚也。

 

§5

故に凡そ仆の進むに於て汲汲たる者は,其の小しく得れば蓋し以って裘葛を具、窮孤を養わんと欲す。

其の大いに得れば 蓋し以って吾の樂しむ所を於人に同じゅうせんと欲すすのみ。其の他の可否は,自ら計ること已に熟せり。

誠に人を待って後に知らざるなり。

今 足下 乃ち複た之を玉を獻ずる者に比して,以為【おもえ】らく必ず工人の剖を俟って,然る後に天下に知られん。

 

兩つながら足を刖【らる】と雖も病と為さず。

且つ使者をして再び克たしむること無れと。

誠に足下 相い勉【はげ】ますの意厚きなり。

然れども仕進の者,豈に此れを舍てて門無からんや?

足下 我を必ず是を待って後に進む者と謂えり。

尤も相悉【そうしつ】の辭に非ざるなり。

仆の玉は 固より未だ獻ぜず。

而して足固より未だ刖られず。

足下 我が為に戚戚たるを為し無れ。

 

洛陽 函谷関002 

『答崔立之書』 現代語訳と訳註解説

(本文) §5

故凡仆之汲汲於進者,其小得蓋欲以具裘葛、養窮孤。

其大得蓋欲以同吾之所樂於人耳。

其他可否,自計已熟,誠不待人而後知。

今足下乃複比之獻玉者,以為必俟工人之剖,然後見知於天下,

 

(下し文) §5

故に凡そ仆の進むに於て汲汲たる者は,其の小しく得れば蓋し以って裘葛を具、窮孤を養わんと欲す。

其の大いに得れば 蓋し以って吾の樂しむ所を於人に同じゅうせんと欲すすのみ。其の他の可否は,自ら計ること已に熟せり。

誠に人を待って後に知らざるなり。

今 足下 乃ち複た之を玉を獻ずる者に比して,以為【おもえ】らく必ず工人の剖を俟って,然る後に天下に知られん。

 

(現代語訳)

それ故、僕の進士に応ずるのに休むことなくつとめるのは、それで得る地位が小であれは、たぶん、それでもって冬の皮ごろもや夏の蔦織衣を準備し困っているみなし児を養おうと思うであろう。

その得た地位が大きい場合には、たぶん、それでもって自分の楽しむ所のことを世の人々と共にしたいと思うだけであろう。

その他の可能か否かは、自分で計画したものが、もはや十分に熱しているから、誠に他人から言われるのを待ってはじめて知るのではない。他のさしずを待たないのである。

今足下は、それなのにまたこれを玉を献じた楚の和氏にたとえて、必ず細工人が荒玉を割って磨くのを待って、はじめて天下に知られるということなのである。

Ta唐 長安近郊圖  新02 

(訳注) §5

答崔立之書

(韓愈が三度吏部の試験に及第せず、立之が書を与えて激励した。それに対する.返書である。試験に合格しなくとも、男子の本質には変化はないことを述べて、不屈の精神を表示した文章である。)

崔立之、名は斯立、立之はその字である。博陵の人で元和元年には大理評事、すなわち裁判所の下級判事であった。韓愈の詩にはこの人に贈るものが頗る多い。ずいぶん親しい調子で、からかったりもしているから、弟子のひとりだったのであろう。

「答崔立之書」

「贈崔立之」

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#1>Ⅱ中唐詩428 紀頌之の漢詩ブログ1363

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#2>Ⅱ中唐詩429 紀頌之の漢詩ブログ1366

 

故凡仆之汲汲於進者,其小得蓋欲以具裘葛、養窮孤

故に凡そ仆の進むに於て汲汲たる者は,其の小しく得れば蓋し以って裘葛を具、窮孤を養わんと欲す。

それ故、僕の進士に応ずるのに休むことなくつとめるのは、それで得る地位が小であれは、たぶん、それでもって冬の皮ごろもや夏の蔦織衣を準備し困っているみなし児を養おうと思うであろう。

○裘葛 冬の皮衣、夏の葛の繊維で織った衣。

 

其大得蓋欲以同吾之所樂於人耳。

其の大いに得れば 蓋し以って吾の樂しむ所を於人に同じゅうせんと欲すすのみ。

その得た地位が大きい場合には、たぶん、それでもって自分の楽しむ所のことを世の人々と共にしたいと思うだけであろう。

 

其他可否,自計已熟,誠不待人而後知。

其の他の可否は,自ら計ること已に熟せり。誠に人を待って後に知らざるなり。

その他の可能か否かは、自分で計画したものが、もはや十分に熱しているから、誠に他人から言われるのを待ってはじめて知るのではない。他のさしずを待たないのである。

 

今足下乃複比之獻玉者,以為必俟工人之剖,然後見知於天下,

今 足下 乃ち複た之を玉を獻ずる者に比して,以為【おもえ】らく必ず工人の剖を俟って,然る後に天下に知られん。

今足下は、それなのにまたこれを玉を献じた楚の和氏にたとえて、必ず細工人が荒玉を割って磨くのを待って、はじめて天下に知られるということなのである。

○献玉者 『韓非子』和氏篇にある説話。楚の和氏、即ち卞和が璞を楚の山中で得て、厲王に献じた。王は信ぜず、譎としてその左足を刖にした。武王が即位したので再び献じたが、また譎として右足を斬られた。文王が立った時、卞和氏は荊山のふもとで、璞を抱いて泣いていた。王がこれを問わせると、「私は足を斬られたのを悲しんでいるのではなく、宝石を石といい、貞心ある士を譎といわれるのが悲しい」といった。王がその石を磨かせると果たして玉を得た。そのまま名づけて「和氏の璧」といった。

汜水関などの地図

29-§4-2 《讀巻03-12 答崔立之書 -(10)§4-2》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1264> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5304

韓愈《讀巻03-12 答崔立之書 -10)§4-2もし、かの今の試験上手の者と愚かで不明瞭な試験の中で競争させるならば、彼らが落第の辱めを受けるのが、僕には確かにわかっている。

 
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29-§4-2 《讀巻03-12 答崔立之書 -10)§4-2》韓愈(韓退之)ID  798年貞元14年 31歳<1264 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5304
韓愈詩-29-§4-2

 

 

§4-1

夫所謂博學者,豈今之所謂者乎?

かのいわゆる五子の儒者の博学とは、どうして今のいうところの博学であろうか。

夫所謂宏詞者,豈今之所謂者乎?

かのいわゆる宏詞辞とは、どうして今のいうところの宏詞辞であろうか。今の博学宏辞というのは有名無実、その実体は誠に低級なものである。

誠使古之豪傑之士,若屈原、孟軻、司馬遷、相如、揚雄之徒,進於是選,必知其懷慚?

誠に古のすぐれひいでた人物である、屈原・孟輌・司馬遷・司馬相加・揚雄らの仲間のような人々を、この博学宏詞辞科の選試験に進み、応じさせるならば、その試験官である博学者たちが恥ずかしい思いをするのは必定である。

乃不自進而已耳。

すなわち、こんな博学者が試験官であれば、自ら進んで受験しないであろうことは必ずわかり切っている。

-2

設使與夫今之善進取者,競於蒙昧之中,仆必知其辱焉。

もし、かの今の試験上手の者と愚かで不明瞭な試験の中で競争させるならば、彼らが落第の辱めを受けるのが、僕には確かにわかっている。

然彼五子者,且使生於今之世,

しかし彼ら五人の古代儒者たちが、仮にもし今の世に生れたとしたら、

其道雖不顯於天下,其自負何如哉!

彼らの抱いていた道は天下に顕れずとも、自ら頼む心のうちは果たしてどうなることであったろうか。

肯與夫鬥筲者決得失於一夫之目,而為之憂樂哉!

かの一斗か一斗二升の小箱のような小度量の人物と、勝敗をつまらない試験官の目にきめられて、それで心配をしたり喜んだりなどすることを承知するであろうか。絶対にそんなことはしないであろう。

 

§4-1

夫の所謂る博學の者は,豈に今の謂う所の者ならんや?

夫の所謂る宏詞の者は,豈に今の謂う所の者ならんや?

誠に古えの豪傑の士,屈原、孟軻、司馬遷、相如、揚雄も徒の若きをして,是の選に進ま使めば,必ず知其の慚を懷かんや?

乃ち自ら進まざるを已のみ。

-2

設し夫の今の善く進取する者と,蒙昧の中に競は使めば,仆 必ず其の辱めらるるを知る。

然れども、彼の五子の者,且りに今の世に於て生れ使む,

其の道 天下に於て顯れずと雖も,其の自負 何如んぞ哉!

肯て夫の鬥筲の者と得失を於一夫の目に決して,而して之が憂樂を為さんや哉!

 

 

『答崔立之書』-10)§4-2現代語訳と訳註解説 

(本文) -2

設使與夫今之善進取者,競於蒙昧之中,仆必知其辱焉。

然彼五子者,且使生於今之世,

其道雖不顯於天下,其自負何如哉!

肯與夫鬥筲者決得失於一夫之目,而為之憂樂哉!

 

(下し文) -2

設し夫の今の善く進取する者と,蒙昧の中に競は使めば,仆 必ず其の辱めらるるを知る。

然れども、彼の五子の者,且りに今の世に於て生れ使む,

其の道 天下に於て顯れずと雖も,其の自負 何如んぞ哉!

肯て夫の鬥筲の者と得失を於一夫の目に決して,而して之が憂樂を為さんや哉!

 

(現代語訳)

もし、かの今の試験上手の者と愚かで不明瞭な試験の中で競争させるならば、彼らが落第の辱めを受けるのが、僕には確かにわかっている。

しかし彼ら五人の古代儒者たちが、仮にもし今の世に生れたとしたら、

彼らの抱いていた道は天下に顕れずとも、自ら頼む心のうちは果たしてどうなることであったろうか。

かの一斗か一斗二升の小箱のような小度量の人物と、勝敗をつまらない試験官の目にきめられて、それで心配をしたり喜んだりなどすることを承知するであろうか。絶対にそんなことはしないであろう。

 

 

(訳注) 2

答崔立之書

(韓愈が三度吏部の試験に及第せず、立之が書を与えて激励した。それに対する.返書である。試験に合格しなくとも、男子の本質には変化はないことを述べて、不屈の精神を表示した文章である。)

崔立之、名は斯立、立之はその字である。博陵の人で元和元年には大理評事、すなわち裁判所の下級判事であった。韓愈の詩にはこの人に贈るものが頗る多い。ずいぶん親しい調子で、からかったりもしているから、弟子のひとりだったのであろう。

「答崔立之書」

「贈崔立之」

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#1>Ⅱ中唐詩428 紀頌之の漢詩ブログ1363

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#2>Ⅱ中唐詩429 紀頌之の漢詩ブログ1366

 

設使與夫今之善進取者,競於蒙昧之中,仆必知其辱焉。

設し夫の今の善く進取する者と,蒙昧の中に競は使めば,仆 必ず其の辱めらるるを知る。

もし、かの今の試験上手の者と愚かで不明瞭な試験の中で競争させるならば、彼らが落第の辱めを受けるのが、僕には確かにわかっている。

○設 もし。

○善進取 上手に試験に応じて成功する。試験上手。

○蒙昧 愚かで暗い。わけのわからぬ不明瞭な。

 

然彼五子者,且使生於今之世,

然れども、彼の五子の者,且りに今の世に於て生れ使む,

しかし彼ら五人の古代儒者たちが、仮にもし今の世に生れたとしたら、

 

其道雖不顯於天下,其自負何如哉!

其の道 天下に於て顯れずと雖も,其の自負 何如んぞ哉!

彼らの抱いていた道は天下に顕れずとも、自ら頼む心のうちは果たしてどうなることであったろうか。

○自負 自分の力を心だのみにする。

 

肯與夫鬥筲者決得失於一夫之目,而為之憂樂哉!

肯て夫の鬥筲の者と得失を於一夫の目に決して,而して之が憂樂を為さんや哉!

かの一斗か一斗二升の小箱のような小度量の人物と、勝敗をつまらない試験官の目にきめられて、それで心配をしたり喜んだりなどすることを承知するであろうか。絶対にそんなことはしないであろう。

○鬥筲 斗は十升、筍は一斗二升の入る竹の器、小さい器、才短く量の浅い人物を形容して斗筲の器という。『論語』子路篇に「斗筲の人、何ぞ算ふるに足らん」とある。

〇一夫 つまらぬ一人の試験官。

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韓愈《讀巻03-12 答崔立之書 -9)§4-1》 誠に古のすぐれひいでた人物である、屈原・孟輌・司馬遷・司馬相加・揚雄らの仲間のような人々を、この博学宏詞辞科の選試験に進み、応じさせるならば、その試験官である博学者たちが恥ずかしい思いをするのは必定である。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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154 《巻02-03 蜀道難》(改訂)Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <154> Ⅰ李白詩1350 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5298 
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29-§4-1 《讀巻03-12 答崔立之書 -(9)§4-1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元14年 31歳<1263> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5299 
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