漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2015年07月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

78-#7 《巻0210送惠師》-#7 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1480> Ⅱ【11分割】-#7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6384

韓愈  送惠師 #7

大哉陽德盛,榮茂恆留春。鵬墮長翮,鯨戲側修鱗。

自來連州寺,曾未造城日攜青雲客,探勝窮崖濱。
その南海の端は、流石に熱帯地方であるから、陽徳の廣大なるを見るべく、草木は繁茂して四時常に春のようなあたたかさである。大鵬は飛び上って長い羽を落し、鯨は戯れて水中に長い鱗を逆立てて居る。そこで、いよいよ引き返し、この頃、陽山附近の連州にある寺に留錫せられ、大分、帰依する者もあるが、かって、城郭の重門に入ったことはなかった。日ごとに、山林隠逸の士を携えて、山水の勝景を探り、この先には、もう陸もないという海岸の果までも窮められた。

78-#7 《巻0210送惠師》-#7 韓愈(韓退之)  804年貞元20 39歳<1480 Ⅱ【11分割】-#7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6384韓愈詩-78-#7

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:804年貞元二十年37

卷別:    卷三三七              文體:    五言古詩

詩題:    送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

作地點:              陽山(江南西道 / 連州 / 陽山)

及地點:              四明山 (江南東道 越州 會稽) 別名:四明      

天台山 (江南東道 台州 天台山)       

禹穴 (江南東道 越州 會稽)              

溫州 (江南東道 溫州 溫州) 別名:東甌         

浙江 (江南東道 越州 會稽)              

峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)   

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山         

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山            

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級 羅浮山)          

連州 (江南西道 連州 連州)

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山

衡山 (江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳、南嶽、衡嶽、南岳

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳            

咸陽 (京畿道 京兆府 咸陽) 別名:秦、咸

 

交遊人物/地點:元惠          /當地交遊(江南西道 連州 連州)

 

#6

凌江詣廬嶽,浩蕩極遊巡。

今度は、長江を遡って、盧山に往き、浩蕩として巡遊を極めた。

崔崒沒雲表,陂陀浸湖淪。

そもそも盧山は、非常に面白い山で、崔崒として高い処は、雲表に隠れ、陂陀として低い処は、段段下って隄の様になり、やがて鄱陽湖に這入って仕舞う。

是時雨初霽,懸瀑垂天紳。

時しも雨が初めて晴れると、名だたる瀑布は、水量が増加して、さながら、天の帯かと疑はれる位。

前年往羅浮,步戛南海漘。

つい去年は、盧山から嶺南に出て廣東に赴き、羅浮山に遊び、歩して、南海の端に突き当たって引き返した。

#6

江を凌ぎ 廬嶽【ろがく】に詣り,浩蕩として 遊巡を極む。

【さいしゅつ】雲表に沒し,陂陀 湖淪を浸す。

是の時 雨 初めて霽れ,懸瀑【けんばく】天紳を垂る。

前年 羅浮【らふ】に往き,步して戛【かつ】す 南海の漘【ほとり】。
#7

大哉陽德盛,榮茂恆留春。

その南海の端は、流石に熱帯地方であるから、陽徳の廣大なるを見るべく、草木は繁茂して四時常に春のようなあたたかさである。

鵬鶱墮長翮,鯨戲側修鱗。

大鵬は飛び上って長い羽を落し、鯨は戯れて水中に長い鱗を逆立てて居る。

自來連州寺,曾未造城闉。

そこで、いよいよ引き返し、この頃、陽山附近の連州にある寺に留錫せられ、大分、帰依する者もあるが、かって、城郭の重門に入ったことはなかった。

日攜青雲客,探勝窮崖濱。

日ごとに、山林隠逸の士を携えて、山水の勝景を探り、この先には、もう陸もないという海岸の果までも窮められた。

#8

太守邀不去,群官請徒頻。

囊無一金資,翻謂富者貧。

昨日忽不見,我令訪其鄰。

奔波自追及,把手問所因。

#9

顧我卻興歎,君寧異於民。

離合自古然,辭別安足珍。

吾聞九疑好,夙志今欲伸。

斑竹啼舜婦,清湘沈楚臣。

 

#7

大いなる哉 陽德の盛んなるを,榮茂 恆に春を留む。

鵬は鶱って 翮を墮し,鯨は戲れて 修鱗を側つ。

連州寺より來しより,曾て未だ城闉に造らず

日に青雲の客を攜え,勝を探って 崖濱を窮む。

#8

太守 邀うれども去らず,群官 請うこと徒らzに頻りなり。

囊に 一金の資 無けれども,翻って 富者を貧しと謂う。

昨日 忽ち見えず,我 其の鄰を訪わ令む。

奔波 自ら追い及び,手を把って 所因を問う。

#9

我を顧て卻って歎を興し,君 寧ろ民に異ならんや。

離合 古えより然り,辭別 安んぞ珍とするに足らん。

吾 九疑の好きを聞き,夙志 今 伸べんと欲す。

斑竹 舜婦を啼かしめ,清湘 楚臣を沈む。

 

 

『送惠師』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#7

大哉陽德盛,榮茂恆留春。

墮長翮,鯨戲側修鱗。

自來連州寺,曾未造城

日攜青雲客,探勝窮崖濱。

(下し文) #7

大いなる哉 陽德の盛んなるを,榮茂 恆に春を留む。

鵬はって 長翮を墮し,鯨は戲れて 修鱗を側つ。

連州寺より來しより,曾て未だ城に造らず。

日に青雲の客を攜え,勝を探って 崖濱を窮む。


(現代語訳)
その南海の端は、流石に熱帯地方であるから、陽徳の廣大なるを見るべく、草木は繁茂して四時常に春のようなあたたかさである。

大鵬は飛び上って長い羽を落し、鯨は戯れて水中に長い鱗を逆立てて居る。

そこで、いよいよ引き返し、この頃、陽山附近の連州にある寺に留錫せられ、大分、帰依する者もあるが、かって、城郭の重門に入ったことはなかった。

日ごとに、山林隠逸の士を携えて、山水の勝景を探り、この先には、もう陸もないという海岸の果までも窮められた。


(訳注) #7

送惠師【案:愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】

この詩の#7に「自來連州寺,曾未造城闉。」(連州寺より來しより,曾て未だ城闉に造らず)とある。

 

大哉陽德盛,榮茂恆留春。

その南海の端は、流石に熱帯地方であるから、陽徳の廣大なるを見るべく、草木は繁茂して四時常に春のようなあたたかさである。

 

鵬鶱墮長翮,鯨戲側修鱗。

大鵬は飛び上って長い羽を落し、鯨は戯れて水中に長い鱗を逆立てて居る。

鶱 とびあがる。

墮長翮 羽の内で長くて力羽となる翮の力を抜くことで堕ちてゆくことをいう。

側修鱗 杜甫 「修鱗遠枝,巨顙坼老拳。(修鱗【しゅうりん】遠枝【えんし】より脱す、 巨顙【きょそう】老拳【ろうけん】に坼く。)この瞬間、蛇の長身は上方の枝からはなされ、蛇の大きなひたいは鶻のかたいこぶしにめちゃめちゃにさかれた。・修鱗 修は脩に同じ、長いこと、長いうろことは蛇の身をいう。脱遠枝 脱は脱離、柏の枝にからみついていたのを、そこからはなされること、遠枝とは幹から離れ梢ちかい枝。

義鶻行#2 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 261

 

自來連州寺,曾未造城闉。

そこで、いよいよ引き返し、この頃、陽山附近の連州にある寺に留錫せられ、大分、帰依する者もあるが、かって、城郭の重門に入ったことはなかった。

城闉 闉は城郭の重門。《詩経国風:鄭風篇》

出其東門、有女如雲。雖則如雲、匪我思存。縞衣綦巾、聊樂我員。

出其闉闍、有女如荼。雖則如荼、匪我思且。縞衣茹藘、聊可與

其の東門を出づれば、女有り 雲の如し。則ち雲の如しと雖も、我が思ひの存するところに匪【あら】ず。縞衣綦巾、聊か我を樂しましむ。

其の闉闍【いんと】を出づれば、女有り 荼の如し。則ち荼の如しと雖も、我が思ひの且【い】くところに匪ず。縞衣茹藘、聊か與にしむべし。

城の東の門を出るとそこは歓楽の地、女が雲のように沢山いる、そんなに沢山女がいても、わたしの心は動かされない、わたしの妻は白い服に青い頭巾を被っただけの質素な女だが、わたしを楽しませてくれるからだ

城の重門を出るとそこは歓楽の地、女が茅の花のようにあでやかだ、そんなにあでやかな女がいても、私は少しも引かれない、わたしの妻は白い服に青い頭巾を被っただけの質素な女だが、ともに楽しむには最高の女だからだ

距闉(きよいん)さまざまな攻城法がのひとつ。城壁の高さは58mであったから,その城壁より高い土山を作り,城内を俯瞰(ふかん)し,攻撃の指揮をすると同時に,火矢や弩(ど)石をここから発射もする。

 

日攜青雲客,探勝窮崖濱。

日ごとに、山林隠逸の士を携えて、山水の勝景を探り、この先には、もう陸もないという海岸の果までも窮められた。

青雲客 山林隠逸の士。

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韓愈  送惠師#6

凌江詣廬嶽,浩蕩極遊巡。崔沒雲表,陂陀浸湖淪。

是時雨初霽,懸瀑垂天紳。前年往羅浮,步戛南海漘。
今度は、長江を遡って、盧山に往き、浩蕩として巡遊を極めた。そもそも盧山は、非常に面白い山で、崔崒として高い処は、雲表に隠れ、陂陀として低い処は、段段下って隄の様になり、やがて鄱陽湖に這入って仕舞う。時しも雨が初めて晴れると、名だたる瀑布は、水量が増加して、さながら、天の帯かと疑はれる位。つい去年は、盧山から嶺南に出て廣東に赴き、羅浮山に遊び、歩して、南海の端に突き当たって引き返した。

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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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韓愈詩-78-#6

年:804年貞元二十年37

卷別:    卷三三七              文體:    五言古詩

詩題:    送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

作地點:              陽山(江南西道 / 連州 / 陽山)

及地點:              四明山 (江南東道 越州 會稽) 別名:四明      

天台山 (江南東道 台州 天台山)       

禹穴 (江南東道 越州 會稽)              

溫州 (江南東道 溫州 溫州) 別名:東甌         

浙江 (江南東道 越州 會稽)              

峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)   

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山         

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山            

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級 羅浮山)          

連州 (江南西道 連州 連州)

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山

衡山 (江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳、南嶽、衡嶽、南岳

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳            

咸陽 (京畿道 京兆府 咸陽) 別名:秦、咸

 

交遊人物/地點:元惠          /當地交遊(江南西道 連州 連州)

 

 

#4

怪氣或紫赤,敲磨共輪囷。

奇怪なる水蒸気は、或は紫、或は赤といいように、様々の色彩を為し、互に磨擦し合って、はては、ぐるぐる廻旋する。

金鴉既騰翥,六合俄清新。

その内に、金鳥は、すでに中天に跳り上り、天地の間は、俄に清新になった。凡そ高山で日出を観るのは、奇絶快絶であるが、これは、天台の絶頂であるから、又ひとしおである。

常聞禹穴奇,東去窺甌閩。

上人は、前から会稽には禹穴と云っていたのをきいている、大禹の故蹟があると聞いて居たから、東に向って、古しえの甌閩の地を窺ったが、

越俗不好古,流傳失其真。

ここは、むかし、百越といって、文身断髪の野蛮国であったから、今でも、その風が残って居て、古跡を保存するなどいう考もなかったのである。

怪氣 或は紫赤,敲磨して 共に輪囷。

金鴉 既に騰翥し,六合 俄に清新。

常に禹穴の奇なるを聞く,東に去って 甌閩を窺う。

越俗 古を好まず,流傳 其の真を失う。
#5

幽蹤邈難得,聖路嗟長堙。

口耳 相いに承けて、流傳して居る間に、いつしか其の真を失い、だんだんおぼろげになって、果して、そうで.あるか、どうか、分からない様になり、舜や禹の如き聖人の通った路も、長しえに湮滅して仕舞い、格別面白くもなかった。

回臨浙江濤,屹起高峨岷。

そこで、踵を廻して、浙江に来たり、広陵の観涛を試みると、涛は屹然起立して、蜀中の峨岷二山よりも高かったという。

壯志死不息,千年如隔晨。

伍子胥が剣を渡され自害するようにと命令され冤死したがその餘憤駭が、死後もなお止まず、千年後の今でも、昨日のように感ぜられる。

是非竟何有,棄去非吾倫。

伍子胥のことの実否はわからぬが、そんな事は、吾吾の関係したことでは無いというので、これを棄て去ってゆくことになる。

#5

幽蹤 邈として得難く,聖路 長く堙れんことを嗟す。

回って浙江の濤に臨めば,屹起して峨岷より高し。

壯志 死して息まず,千年 晨を隔つるが如し。

是非 竟に何か有らん,棄て去るは吾が倫に非らず。

#6

凌江詣廬嶽,浩蕩極遊巡。

今度は、長江を遡って、盧山に往き、浩蕩として巡遊を極めた。

崔崒沒雲表,陂陀浸湖淪。

そもそも盧山は、非常に面白い山で、崔崒として高い処は、雲表に隠れ、陂陀として低い処は、段段下って隄の様になり、やがて鄱陽湖に這入って仕舞う。

是時雨初霽,懸瀑垂天紳。

時しも雨が初めて晴れると、名だたる瀑布は、水量が増加して、さながら、天の帯かと疑はれる位。

前年往羅浮,步戛南海漘。

つい去年は、盧山から嶺南に出て廣東に赴き、羅浮山に遊び、歩して、南海の端に突き当たって引き返した。

#6

江を凌ぎ 廬嶽【ろがく】に詣り,浩蕩として 遊巡を極む。

【さいしゅつ】雲表に沒し,陂陀 湖淪を浸す。

是の時 雨 初めて霽れ,懸瀑【けんばく】天紳を垂る。

前年 羅浮【らふ】に往き,步して戛【かつ】す 南海の漘【ほとり】。
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送惠師』 現代語訳と訳註解説
(
本文) 
#6

凌江詣廬嶽,浩蕩極遊巡。

沒雲表,陂陀浸湖淪。

是時雨初霽,懸瀑垂天紳。

前年往羅浮,步戛南海漘。

(下し文) #6

江を凌ぎ 廬嶽【ろがく】に詣り,浩蕩として 遊巡を極む。

【さいしゅつ】雲表に沒し,陂陀 湖淪を浸す。

是の時 雨 初めて霽れ,懸瀑【けんばく】天紳を垂る。

前年 羅浮【らふ】に往き,步して戛【かつ】す 南海の漘【ほとり】。


(現代語訳)
今度は、長江を遡って、盧山に往き、浩蕩として巡遊を極めた。

そもそも盧山は、非常に面白い山で、崔崒として高い処は、雲表に隠れ、陂陀として低い処は、段段下って隄の様になり、やがて鄱陽湖に這入って仕舞う。

時しも雨が初めて晴れると、名だたる瀑布は、水量が増加して、さながら、天の帯かと疑はれる位。

つい去年は、盧山から嶺南に出て廣東に赴き、羅浮山に遊び、歩して、南海の端に突き当たって引き返した。


(訳注) #6

送惠師【案:愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】

この詩の#7に「自來連州寺,曾未造城闉。」とある。

 

凌江詣廬嶽,浩蕩極遊巡。

今度は、長江を遡って、盧山に往き、浩蕩として巡遊を極めた。

盧嶽 即ち鷹山、唐では江州に属し、後には江西南昌府城の西に在る。

 

崔崒沒雲表,陂陀浸湖淪。

そもそも盧山は、非常に面白い山で、崔崒として高い処は、雲表に隠れ、陂陀として低い処は、段段下って隄の様になり、やがて鄱陽湖に這入って仕舞う。

崔崒 高峻の貌。 漢張衡《西京賦》「於前則終南、 太一, 隆崛崔崒, 隱轔鬱律, 連岡乎嶓冢。」 南朝、宋、謝靈運《泰山吟》「 岱宗秀維岳, 崔崒刺雲天。」

陂陀 地勢・道路が)平らでない,平坦でない.

湖淪 澎湖、別名澎瀛,猶お澎海とも言う也。蠡湖は、またの名を五里湖と呼ばれ、太湖から無錫市に伸びる内湖

 

是時雨初霽,懸瀑垂天紳。

時しも雨が初めて晴れると、名だたる瀑布は、水量が増加して、さながら、天の帯かと疑はれる位。

懸瀑垂天紳 李白 705《巻二十18望廬山瀑布水二首其一》「西登香爐峰。 南見瀑布水。 挂流三百丈。 噴壑數十里。」《巻二十19望廬山瀑布水二首其二》「日照香爐生紫煙、遙看瀑布挂前川。 飛流直下三千尺、疑是銀河落九天。 」 に基づく。

 

前年往羅浮,步戛南海漘。

つい去年は、盧山から嶺南に出て廣東に赴き、羅浮山に遊び、歩して、南海の端に突き当たって引き返した。

羅浮 広東省増城県北東にある山。別名東樵山。標高一二九六メートル。大洞窟があって仙人が住むと考えられ、道教の十大洞天の第七洞天に当てている。神仙術の大成者で知られる東晋の葛洪も晩年ここに住んだ。

步戛 歩いていて突き当たる。

南海漘 班固《東都賦》「西盪河源,東澹海漘。」西のかたは黄河の水源をゆさぶり、東のかたは東海の岸の水を波立たせる。に基づく。

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韓愈  送惠師#5

幽蹤邈難得,聖路嗟長堙。回臨浙江濤,屹起高峨岷。

壯志死不息,千年如隔晨。是非竟何有,棄去非吾倫。
口耳 相いに承けて、流傳して居る間に、いつしか其の真を失い、だんだんおぼろげになって、果して、そうで.あるか、どうか、分からない様になり、舜や禹の如き聖人の通った路も、長しえに湮滅して仕舞い、格別面白くもなかった。そこで、踵を廻して、浙江に来たり、広陵の観涛を試みると、涛は屹然起立して、蜀中の峨岷二山よりも高かったという。伍子胥が剣を渡され自害するようにと命令され冤死したがその餘憤駭が、死後もなお止まず、千年後の今でも、昨日のように感ぜられる。伍子胥のことの実否はわからぬが、そんな事は、吾吾の関係したことでは無いというので、これを棄て去ってゆくことになる。

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韓愈詩-78-#5

年:804年貞元二十年37

卷別:    卷三三七              文體:    五言古詩

詩題:    送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

作地點:              陽山(江南西道 / 連州 / 陽山)

及地點:              四明山 (江南東道 越州 會稽) 別名:四明      

天台山 (江南東道 台州 天台山)       

禹穴 (江南東道 越州 會稽)              

溫州 (江南東道 溫州 溫州) 別名:東甌         

浙江 (江南東道 越州 會稽)              

峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)   

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山         

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山            

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級 羅浮山)          

連州 (江南西道 連州 連州)

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山

衡山 (江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳、南嶽、衡嶽、南岳

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳            

咸陽 (京畿道 京兆府 咸陽) 別名:秦、咸

 

交遊人物/地點:元惠          /當地交遊(江南西道 連州 連州)

 

 

#4

怪氣或紫赤,敲磨共輪囷。

奇怪なる水蒸気は、或は紫、或は赤といいように、様々の色彩を為し、互に磨擦し合って、はては、ぐるぐる廻旋する。

金鴉既騰翥,六合俄清新。

その内に、金鳥は、すでに中天に跳り上り、天地の間は、俄に清新になった。凡そ高山で日出を観るのは、奇絶快絶であるが、これは、天台の絶頂であるから、又ひとしおである。

常聞禹穴奇,東去窺甌閩。

上人は、前から会稽には禹穴と云っていたのをきいている、大禹の故蹟があると聞いて居たから、東に向って、古しえの甌閩の地を窺ったが、

越俗不好古,流傳失其真。

ここは、むかし、百越といって、文身断髪の野蛮国であったから、今でも、その風が残って居て、古跡を保存するなどいう考もなかったのである。

怪氣 或は紫赤,敲磨して 共に輪囷。

金鴉 既に騰翥し,六合 俄に清新。

常に禹穴の奇なるを聞く,東に去って 甌閩を窺う。

越俗 古を好まず,流傳 其の真を失う。
#5

幽蹤邈難得,聖路嗟長堙。

口耳 相いに承けて、流傳して居る間に、いつしか其の真を失い、だんだんおぼろげになって、果して、そうで.あるか、どうか、分からない様になり、舜や禹の如き聖人の通った路も、長しえに湮滅して仕舞い、格別面白くもなかった。

回臨浙江濤,屹起高峨岷。

そこで、踵を廻して、浙江に来たり、広陵の観涛を試みると、涛は屹然起立して、蜀中の峨岷二山よりも高かったという。

壯志死不息,千年如隔晨。

伍子胥が剣を渡され自害するようにと命令され冤死したがその餘憤駭が、死後もなお止まず、千年後の今でも、昨日のように感ぜられる。

是非竟何有,棄去非吾倫。

伍子胥のことの実否はわからぬが、そんな事は、吾吾の関係したことでは無いというので、これを棄て去ってゆくことになる。

#5

幽蹤 邈として得難く,聖路 長く堙れんことを嗟す。

回って浙江の濤に臨めば,屹起して峨岷より高し。

壯志 死して息まず,千年 晨を隔つるが如し。

是非 竟に何か有らん,棄て去るは吾が倫に非らず。
#6

凌江詣廬嶽,浩蕩極遊巡。

崔崒沒雲表,陂陀浸湖淪。

是時雨初霽,懸瀑垂天紳。

前年往羅浮,步戛南海漘。

 

韓愈 陽山00 

 

送惠師』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#5

幽蹤邈難得,聖路嗟長堙。

回臨浙江濤,屹起高峨岷。

壯志死不息,千年如隔晨。

是非竟何有,棄去非吾倫。

(下し文)
#5

幽蹤邈難得,聖路嗟長堙。

回臨浙江濤,屹起高峨岷。

壯志死不息,千年如隔晨。

是非竟何有,棄去非吾倫。

(現代語訳)
口耳 相いに承けて、流傳して居る間に、いつしか其の真を失い、だんだんおぼろげになって、果して、そうで.あるか、どうか、分からない様になり、舜や禹の如き聖人の通った路も、長しえに湮滅して仕舞い、格別面白くもなかった。

そこで、踵を廻して、浙江に来たり、広陵の観涛を試みると、涛は屹然起立して、蜀中の峨岷二山よりも高かったという。

伍子胥が剣を渡され自害するようにと命令され冤死したがその餘憤駭が、死後もなお止まず、千年後の今でも、昨日のように感ぜられる。

伍子胥のことの実否はわからぬが、そんな事は、吾吾の関係したことでは無いというので、これを棄て去ってゆくことになる。


(訳注)#5

送惠師【案:愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】

この詩の#7に「自來連州寺,曾未造城闉。」とある。

 

幽蹤邈難得,聖路嗟長堙。

口耳 相いに承けて、流傳して居る間に、いつしか其の真を失い、だんだんおぼろげになって、果して、そうで.あるか、どうか、分からない様になり、舜や禹の如き聖人の通った路も、長しえに湮滅して仕舞い、格別面白くもなかった。

聖路 舜と禹の行った、南巡の路。

 

回臨浙江濤,屹起高峨岷。

そこで、踵を廻して、浙江に来たり、広陵の観涛を試みると、涛は屹然起立して、蜀中の峨岷二山よりも高かったという。

浙江 即ち淛江、越絶書に「子胥、死して大江にすてらる、發憤馳謄.気、奔馬の若く、乃ち神を大海に帰す」とあり、水經註に「銭塘江怒江、二月八月、最も高く、峨峨二丈有餘。呉越春秋、以て子胥の神と爲すは、これも謂ふなり」とある。

嵯岷 峨眉山と眠山、ともに蜀中。高山。二統志に「眉州城南、岷山より来たり、連岡疊嶂、延袤三百餘里、、峨眉山と爲り、三峰も突起す」とある。

 

壯志死不息,千年如隔晨。

伍子胥が剣を渡され自害するようにと命令され冤死したがその餘憤駭が、死後もなお止まず、千年後の今でも、昨日のように感ぜられる。

壯志死不息 伍子胥が冤死した其餘憤が、死後もなお止まないという意。

夫差は越など眼中になく、中原へ進出し覇者になろうとした。諸侯との覇を巡っての戦費や外交費は呉の財政を逼迫させ、度重なる出兵や重税は民を疲弊させ、呉はその国力を急速に消耗させていった。

これではいつか越に呉は滅ぼされるだろうと見切った伍子胥は、斉に使者に行った際に息子を斉に預けた。しかし先王から多大な恩を受けた自らは呉を見捨てられないと戻り、この事が本国に帰った後に問題になって、伍子胥は夫差から剣を渡され自害するようにと命令された。

その際、伍子胥は「自分の墓の上に梓の木を植えよ、それを以って(夫差の)棺桶が作れるように。自分の目をくりぬいて東南(越の方向)の城門の上に置け。越が呉を滅ぼすのを見られるように」と言い、自ら首をはねて死んだ。

その言葉が夫差の逆鱗に触れ、伍子胥の墓は作られず、遺体は馬の革袋に入れられ川に流された。人々は彼を憐れみ、ほとりに祠を建てたという。 伍子胥が死んだ後、越を警戒する者がいなくなった。

その後、国力を蓄えた越に呉は滅ぼされた。越の使者に対して夫差は「私は年老いました。とても君主にお仕えすることはできません。伍子胥の言葉を取り上げずに、自分自身がこんなに陥ったのは残念です」と言い残し、顔に布を覆って「私は伍子胥に合わせる顔がない」と言い残して、自決した。

 

是非竟何有,棄去非吾倫。

伍子胥のことの実否はわからぬが、そんな事は、吾吾の関係したことでは無いというので、これを棄て去ってゆくことになる。

非吾倫 吾吾の関係したことでは無いということ。

78-#4 《巻0210送惠師》-#4 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1477> Ⅱ【11分割】-#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6369韓愈詩-78-#4

韓愈  送惠師#4

怪氣或紫赤,敲磨共輪囷。金鴉既騰翥,六合俄清新。

常聞禹穴奇,東去窺甌閩。越俗不好古,流傳失其真。
奇怪なる水蒸気は、或は紫、或は赤といいように、様々の色彩を為し、互に磨擦し合って、はては、ぐるぐる廻旋する。その内に、金鳥は、すでに中天に跳り上り、天地の間は、俄に清新になった。凡そ高山で日出を観るのは、奇絶快絶であるが、これは、天台の絶頂であるから、又ひとしおである。上人は、前から会稽には禹穴と云っていたのをきいている、大禹の故蹟があると聞いて居たから、東に向って、古しえの甌閩の地を窺ったが、ここは、むかし、百越といって、文身断髪の野蛮国であったから、今でも、その風が残って居て、古跡を保存するなどいう考もなかったのである。

78-#4 《巻0210送惠師》-#4 韓愈(韓退之)  804年貞元20 39歳<1477 Ⅱ【11分割】-#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6369韓愈詩-78-#4

 

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:804年貞元二十年37

卷別:    卷三三七              文體:    五言古詩

詩題:    送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

作地點:              陽山(江南西道 / 連州 / 陽山)

及地點:              四明山 (江南東道 越州 會稽) 別名:四明      

天台山 (江南東道 台州 天台山)       

禹穴 (江南東道 越州 會稽)              

溫州 (江南東道 溫州 溫州) 別名:東甌         

浙江 (江南東道 越州 會稽)              

峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)   

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山         

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山            

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級 羅浮山)          

連州 (江南西道 連州 連州)

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山

衡山 (江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳、南嶽、衡嶽、南岳

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳            

咸陽 (京畿道 京兆府 咸陽) 別名:秦、咸

 

交遊人物/地點:元惠          /當地交遊(江南西道 連州 連州)

 

 

#4

怪氣或紫赤,敲磨共輪囷。

奇怪なる水蒸気は、或は紫、或は赤といいように、様々の色彩を為し、互に磨擦し合って、はては、ぐるぐる廻旋する。

金鴉既騰翥,六合俄清新。

その内に、金鳥は、すでに中天に跳り上り、天地の間は、俄に清新になった。凡そ高山で日出を観るのは、奇絶快絶であるが、これは、天台の絶頂であるから、又ひとしおである。

常聞禹穴奇,東去窺甌閩。

上人は、前から会稽には禹穴と云っていたのをきいている、大禹の故蹟があると聞いて居たから、東に向って、古しえの甌閩の地を窺ったが、

越俗不好古,流傳失其真。

ここは、むかし、百越といって、文身断髪の野蛮国であったから、今でも、その風が残って居て、古跡を保存するなどいう考もなかったのである。

怪氣 或は紫赤,敲磨して 共に輪囷。

金鴉 既に騰翥し,六合 俄に清新。

常に禹穴の奇なるを聞く,東に去って 甌閩を窺う。

越俗 古を好まず,流傳 其の真を失う。
#5

幽蹤邈難得,聖路嗟長堙。

回臨浙江濤,屹起高峨岷。

壯志死不息,千年如隔晨。

是非竟何有,棄去非吾倫。

#6

凌江詣廬嶽,浩蕩極遊巡。

崔崒沒雲表,陂陀浸湖淪。

是時雨初霽,懸瀑垂天紳。

前年往羅浮,步戛南海漘。

 

 韓愈 陽山00

『送惠師』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#4

怪氣或紫赤,敲磨共輪囷。

金鴉既騰翥,六合俄清新。

常聞禹穴奇,東去窺甌閩。

越俗不好古,流傳失其真。

(下し文) #4

怪氣 或は紫赤,敲磨して 共に輪囷。

金鴉 既に騰翥し,六合 俄に清新。

常に禹穴の奇なるを聞く,東に去って 甌閩を窺う。

越俗 古を好まず,流傳 其の真を失う。

(現代語訳)
奇怪なる水蒸気は、或は紫、或は赤といいように、様々の色彩を為し、互に磨擦し合って、はては、ぐるぐる廻旋する。

その内に、金鳥は、すでに中天に跳り上り、天地の間は、俄に清新になった。凡そ高山で日出を観るのは、奇絶快絶であるが、これは、天台の絶頂であるから、又ひとしおである。

上人は、前から会稽には禹穴と云っていたのをきいている、大禹の故蹟があると聞いて居たから、東に向って、古しえの甌閩の地を窺ったが、

ここは、むかし、百越といって、文身断髪の野蛮国であったから、今でも、その風が残って居て、古跡を保存するなどいう考もなかったのである。


(訳注) #4

送惠師【案:愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】#2

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】

この詩の#7に「自來連州寺,曾未造城闉。」とある。

 

怪氣或紫赤,敲磨共輪囷。

奇怪なる水蒸気は、或は紫、或は赤といいように、様々の色彩を為し、互に磨擦し合って、はては、ぐるぐる廻旋する。

○輪囷 ぐるぐる廻旋することをいう。

 

金鴉既騰翥,六合俄清新。

その内に、金鳥は、すでに中天に跳り上り、天地の間は、俄に清新になった。凡そ高山で日出を観るのは、奇絶快絶であるが、これは、天台の絶頂であるから、又ひとしおである。

○金鴉 三本足の烏を金鳥と称す。

○騰翥 中天に跳り上る。

○六合 四方上下、即ち、それが天地。

 

常聞禹穴奇,東去窺甌閩。

上人は、前から会稽には禹穴と云っていたのをきいている、大禹の故蹟があると聞いて居たから、東に向って、古しえの甌閩の地を窺ったが、

○禹穴 相傳為夏禹的葬地。 在今浙江省紹興之會稽山。 《史記太史公自序》:二十而南游江、 淮, 上會稽, 探禹穴。”

○甌閩 今の福建省をいうが、甌冶子が閩越において剣の鋳造をしたことによってこういう。漢代に現在の福建省地方に活躍していた越族の一つ,および彼らが建てた国 ( 202135) 。秦の始皇帝は中国を統一すると,閩越王の無諸を廃してここに 閩中郡をおいた。秦末に無諸は漢に味方したので,前漢の高祖は高祖5 ( 202) 年無諸を王とし,東冶 (福建省 閩侯県) を都として 閩越国を建てた。

 

越俗不好古,流傳失其真。

ここは、むかし、百越といって、文身断髪の野蛮国であったから、今でも、その風が残って居て、古跡を保存するなどいう考もなかったのである。

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韓愈  送惠師#3

茲地翔走,自然嚴且神。微風吹木石,澎湃聞韶鈞。

夜半起下視,溟波銜日輪。魚龍驚踴躍,叫嘯成悲辛。
ここは、非常に高いところで、飛禽走獣も居らず、自然に荘厳にして神神しい。その時、微風が木石を吹くと、澎湃として大きな聲を発し、さながら韶鈞という古の尊い優美な樂曲のしらべを聞く様な気がした。夜半にふと起きあがって脚底を見下してみると、海波の中に日輪が銜まれていた。水中に住む魚龍などの怪物は、海が焼けるかと思って、叫び嘯いて悲辛を為すかと疑はれたのである。

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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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韓愈詩-78-#3送惠師

 

年:804年貞元二十年37

卷別:    卷三三七              文體:    五言古詩

詩題:    送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

作地點:              陽山(江南西道 / 連州 / 陽山)

及地點:              四明山 (江南東道 越州 會稽) 別名:四明      

天台山 (江南東道 台州 天台山)       

禹穴 (江南東道 越州 會稽)              

溫州 (江南東道 溫州 溫州) 別名:東甌         

浙江 (江南東道 越州 會稽)              

峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)   

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山         

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山            

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級 羅浮山)          

連州 (江南西道 連州 連州)

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山     

衡山 (江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳、南嶽、衡嶽、南岳     

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭     

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高     

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳            

咸陽 (京畿道 京兆府 咸陽) 別名:秦、咸

 

交遊人物/地點:元惠          /當地交遊(江南西道 連州 連州)

 

送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】#1

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】#1

惠師浮屠者,乃是不羈人。

元惠上人は、仏教の僧侶ではあるが、卓犖不羈の人である。

十五愛山水,超然謝朋親。

このひとは、年わずかに十五のころから、天下の山水を愛し、超然として、朋友親戚に暇乞をなしたのである。

冠剪頭髮,遺蹤塵。

冠を脱して頭髪を剪って出家した後、自由自在に山水の間を飛び歩いて、到る処に、その足跡を留めて居る。

(惠師を送る)【案:愈 連州に在るとき,釋景常と,元惠とで遊ぶ。惠師 即ち元惠なり。】#1

惠師は浮屠の者,乃ち是れ不羈の人。

十五に山水を愛し,超然として朋親に謝す。

冠をして 頭髮を剪り,飛步して 蹤塵を遺る

#2

發跡入四明,梯空上秋旻。

かくて、第一に発跡して、四明山に人り、雲梯を躡んで、秋空に上ってゆく。

遂登天台望,眾壑皆嶙峋。

やがて天台に登って望むと、多くの谷には巌が角角しくとがっている。

夜宿最高頂,舉頭看星辰。

夜、その最高項に宿し、頭を拳げて天上の星辰を望む。

光芒相照燭,南北爭羅陳。

すると、その数は、限りなく、光茫互に照らし合って、南北に爭って列っている衆壑とたがいに映じて居る。

發跡 四明に入り,梯空 秋旻に上る。

遂に天台に登って望めば,壑 皆 嶙峋たり。

夜 最高の頂に宿し,頭を舉げて 星辰を看る。

光芒 相い照燭して,南北 爭って羅陳す。
#3

茲地翔走,自然嚴且神。

ここは、非常に高いところで、飛禽走獣も居らず、自然に荘厳にして神神しい。

微風吹木石,澎湃聞韶鈞。

その時、微風が木石を吹くと、澎湃として大きな聲を発し、さながら韶鈞という古の尊い優美な樂曲のしらべを聞く様な気がした。

夜半起下視,溟波銜日輪。

夜半にふと起きあがって脚底を見下してみると、海波の中に日輪が銜まれていた。

魚龍驚踴躍,叫嘯成悲辛。

#3

茲の地 翔走を,自然 嚴且つ神なり。

微風 木石を吹き,澎湃として 韶鈞を聞く。

夜半 起って下に視れば,溟波 日輪を銜む。

魚龍 驚いて踴躍,叫嘯して悲辛を成す。

 

 

『送惠師』 現代語訳と訳註解説

(本文) #3

茲地翔走,自然嚴且神。

微風吹木石,澎湃聞韶鈞。

夜半起下視,溟波銜日輪。

魚龍驚踴躍,叫嘯成悲辛。

(下し文)
茲の地 翔走をち,自然 嚴且つ神なり。

微風 木石を吹き,澎湃として 韶鈞を聞く。

夜半 起って下に視れば,溟波 日輪を銜む。

魚龍 驚いて踴躍,叫嘯して悲辛を成す。

(現代語訳) #3

ここは、非常に高いところで、飛禽走獣も居らず、自然に荘厳にして神神しい。

その時、微風が木石を吹くと、澎湃として大きな聲を発し、さながら韶鈞という古の尊い優美な樂曲のしらべを聞く様な気がした。

夜半にふと起きあがって脚底を見下してみると、海波の中に日輪が銜まれていた。

水中に住む魚龍などの怪物は、海が焼けるかと思って、叫び嘯いて悲辛を為すかと疑はれたのである。


(訳注) #3

送惠師【案:愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】#2

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】

この詩の#7に「自來連州寺,曾未造城闉。」とある。

 

茲地翔走,自然嚴且神。

ここは、非常に高いところで、飛禽走獣も居らず、自然に荘厳にして神神しい。

翔走 飛禽走獣。

 

微風吹木石,澎湃聞韶鈞。

その時、微風が木石を吹くと、澎湃として大きな聲を発し、さながら韶鈞という古の尊い優美な樂曲のしらべを聞く様な気がした。

澎湃 1 水がみなぎり逆巻くさま。「―たる波浪」2 物事が盛んな勢いでわき起こるさま。

韶鈞 韶:虞舜の樂名。堯の徳をうたったもの、で、鈞天廣樂という。きわめて優美な樂曲である。宋 曾鞏 《郊祀慶成》詩: “還宮動前蹕, 喜氣入韶鈞。”

 

夜半起下視,溟波銜日輪。

夜半にふと起きあがって脚底を見下してみると、海波の中に日輪が銜まれていた。

日輪 東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。

 

魚龍驚踴躍,叫嘯成悲辛。

水中に住む魚龍などの怪物は、海が焼けるかと思って、叫び嘯いて悲辛を為すかと疑はれたのである。

78-#2 《巻0210送惠師》-#2 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1475> Ⅱ【11分割】-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6359

韓愈  送惠師#2

發跡入四明,梯空上秋旻。遂登天台望,壑皆嶙峋。

夜宿最高頂,舉頭看星辰。光芒相照燭,南北爭羅陳。
かくて、第一に発跡して、四明山に人り、雲梯を躡んで、秋空に上ってゆく。やがて天台に登って望むと、多くの谷には巌が角角しくとがっている。夜、その最高項に宿し、頭を拳げて天上の星辰を望む。すると、その数は、限りなく、光茫互に照らし合って、南北に爭って列っている衆壑とたがいに映じて居る。

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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:804年貞元二十年37

卷別:    卷三三七              文體:    五言古詩

詩題:    送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

作地點:              陽山(江南西道 / 連州 / 陽山)

及地點:              四明山 (江南東道 越州 會稽) 別名:四明      

天台山 (江南東道 台州 天台山)       

禹穴 (江南東道 越州 會稽)              

溫州 (江南東道 溫州 溫州) 別名:東甌         

浙江 (江南東道 越州 會稽)              

峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)   

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山         

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山            

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級 羅浮山)          

連州 (江南西道 連州 連州)

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山     

衡山 (江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳、南嶽、衡嶽、南岳     

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭     

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高     

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳            

咸陽 (京畿道 京兆府 咸陽) 別名:秦、咸

 

交遊人物/地點:元惠          /當地交遊(江南西道 連州 連州)

 

送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】#1

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】#1

惠師浮屠者,乃是不羈人。

元惠上人は、仏教の僧侶ではあるが、卓犖不羈の人である。

十五愛山水,超然謝朋親。

このひとは、年わずかに十五のころから、天下の山水を愛し、超然として、朋友親戚に暇乞をなしたのである。

冠剪頭髮,遺蹤塵。

冠を脱して頭髪を剪って出家した後、自由自在に山水の間を飛び歩いて、到る処に、その足跡を留めて居る。

(惠師を送る)【案:愈 連州に在るとき,釋景常と,元惠とで遊ぶ。惠師 即ち元惠なり。】#1

惠師は浮屠の者,乃ち是れ不羈の人。

十五に山水を愛し,超然として朋親に謝す。

冠をして 頭髮を剪り,飛步して 蹤塵を遺る

#2

發跡入四明,梯空上秋旻。

かくて、第一に発跡して、四明山に人り、雲梯を躡んで、秋空に上ってゆく。

遂登天台望,眾壑皆嶙峋。

やがて天台に登って望むと、多くの谷には巌が角角しくとがっている。

夜宿最高頂,舉頭看星辰。

夜、その最高項に宿し、頭を拳げて天上の星辰を望む。

光芒相照燭,南北爭羅陳。

すると、その数は、限りなく、光茫互に照らし合って、南北に爭って列っている衆壑とたがいに映じて居る。

發跡 四明に入り,梯空 秋旻に上る。

遂に天台に登って望めば,壑 皆 嶙峋たり。

夜 最高の頂に宿し,頭を舉げて 星辰を看る。

光芒 相い照燭して,南北 爭って羅陳す。
#3

茲地翔走,自然嚴且神。

微風吹木石,澎湃聞韶鈞。

夜半起下視,溟波銜日輪。

魚龍驚踴躍,叫嘯成悲辛。

#3

茲の地 翔走を,自然 嚴且つ神なり。

微風 木石を吹き,澎湃として 韶鈞を聞く。

夜半 起って下に視れば,溟波 日輪を銜む。

魚龍 驚いて踴躍,叫嘯して悲辛を成す。

 

 

『送惠師』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

發跡入四明,梯空上秋旻。

遂登天台望,壑皆嶙峋。

夜宿最高頂,舉頭看星辰。

光芒相照燭,南北爭羅陳。

(下し文)
發跡 四明に入り,梯空 秋旻に上る。

遂に天台に登って望めば,壑 皆 嶙峋たり。

夜 最高の頂に宿し,頭を舉げて 星辰を看る。

光芒 相い照燭して,南北 爭って羅陳す。
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<!--[endif]-->

 (現代語訳) #2

かくて、第一に発跡して、四明山に人り、雲梯を躡んで、秋空に上ってゆく。

やがて天台に登って望むと、多くの谷には巌が角角しくとがっている。

夜、その最高項に宿し、頭を拳げて天上の星辰を望む。

すると、その数は、限りなく、光茫互に照らし合って、南北に爭って列っている衆壑とたがいに映じて居る。



(訳注) #2

送惠師【案:愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】#2

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】

この詩の#7に「自來連州寺,曾未造城闉。」とある。

 

發跡入四明,梯空上秋旻。

かくて、第一に発跡して、四明山に人り、雲梯を躡んで、秋空に上ってゆく。

發跡 出立する。

四明 中国浙江(せっこう)省の東部、寧波(ニンポー)の西方にある山。古くからの霊山で、名は日月星辰に光を通じる山の意。寺院が多い。宋初、知礼がここで天台の教えを広めた。

梯空 雲梯を躡ん行くような雲模様。

秋旻 さわやかに澄んだ秋の空季節。唐李白《古風五十九首,其一》「文質相炳煥,眾星羅秋旻。」その素材にはあや模様と良い生地があるように、詩の雰囲気と詩の形式がともに照栄え、おびただしい星のように詩人たちが秋の空にかがやくようになったのである。

 

遂登天台望,眾壑皆嶙峋。

やがて天台に登って望むと、多くの谷には巌が角角しくとがっている。

天台 浙江省東部にある天台山脈の主峰(華頂山とも。1098m)。山脈中には四明山,雪鳳山などがある。古くから仏僧・道士が住し,3―6世紀に多くの寺院・道観が建てられたが,575年智【ぎ】(ちぎ)が禅林寺を興してから,天台宗の根本道場とされ,598年煬帝(ようだい)は国清寺を建て,以後天台宗の列祖はこの山に住して教線を張った。

眾壑 隠遁者が棲んだ多くの谷がある。

嶙峋 巌が角角しくとがっている。

 

夜宿最高頂,舉頭看星辰。

夜、その最高項に宿し、頭を拳げて天上の星辰を望む。

最高頂 謝靈運《登石門最高頂》 「晨策尋壁,夕息在山棲。疏峰抗高館,對嶺臨回溪。」

登石門最高頂 謝霊運<31#1 詩集 407  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1038

を借りている。

 

光芒相照燭,南北爭羅陳。

すると、その数は、限りなく、光茫互に照らし合って、南北に爭って列っている衆壑とたがいに映じて居る。

 

78-#1 《巻0210送惠師》【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】-#1 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1474> Ⅱ【11分割】-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6354

送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】#1

惠師浮屠者,乃是不羈人。十五愛山水,超然謝朋親。

冠剪頭髮,飛步遺蹤塵

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】#1

元惠上人は、仏教の僧侶ではあるが、卓犖不羈の人である。

このひとは、年わずかに十五のころから、天下の山水を愛し、超然として、朋友親戚に暇乞をなしたのである。

冠を脱して頭髪を剪って出家した後、自由自在に山水の間を飛び歩いて、到る処に、その足跡を留めて居る。

78-#1 《巻0210送惠師》【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】-#1 韓愈(韓退之)  804年貞元20 39歳<1474 Ⅱ【11分割】-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6354韓愈詩-78-#1

 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
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78-#1 《巻0210送惠師》【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】-#1 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1474> Ⅱ【11分割】-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6354 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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年:804年貞元二十年37

卷別:    卷三三七              文體:    五言古詩

詩題:    送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】

作地點:              陽山(江南西道 / 連州 / 陽山)

及地點:              四明山 (江南東道 越州 會稽) 別名:四明      

天台山 (江南東道 台州 天台山)       

禹穴 (江南東道 越州 會稽)              

溫州 (江南東道 溫州 溫州) 別名:東甌         

浙江 (江南東道 越州 會稽)              

峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)   

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山         

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山            

羅浮山 (嶺南道東部 無第二級行政層級 羅浮山)          

連州 (江南西道 連州 連州)

九疑山 (江南西道 無第二級行政層級 九疑山) 別名:蒼梧山     

衡山 (江南西道 衡州 衡山) 別名:衡岳、南嶽、衡嶽、南岳     

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州) 別名:洞庭     

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高     

洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳            

咸陽 (京畿道 京兆府 咸陽) 別名:秦、咸

 

交遊人物/地點:元惠          /當地交遊(江南西道 連州 連州)

 

 

送惠師#1

惠師浮屠者,乃是不羈人。

十五愛山水,超然謝朋親。

冠剪頭髮,飛步遺蹤塵。

#2

發跡入四明,梯空上秋旻。

遂登天台望,眾壑皆嶙峋。

夜宿最高頂,舉頭看星辰。

光芒相照燭,南北爭羅陳。

#3

茲地翔走,自然嚴且神。

微風吹木石,澎湃聞韶鈞。

夜半起下視,溟波銜日輪。

魚龍驚踴躍,叫嘯成悲辛。

#4

怪氣或紫赤,敲磨共輪囷。

金鴉既騰翥,六合俄清新。

常聞禹穴奇,東去窺甌閩。

越俗不好古,流傳失其真。

#5

幽蹤邈難得,聖路嗟長堙。

回臨浙江濤,屹起高峨岷。

壯志死不息,千年如隔晨。

是非竟何有,棄去非吾倫。

#6

凌江詣廬嶽,浩蕩極遊巡。

崔崒沒雲表,陂陀浸湖淪。

是時雨初霽,懸瀑垂天紳。

前年往羅浮,步戛南海漘。

#7

大哉陽德盛,榮茂恆留春。

鵬鶱墮長翮,鯨戲側修鱗。

自來連州寺,曾未造城闉。

日攜青雲客,探勝窮崖濱。

#8

太守邀不去,群官請徒頻。

囊無一金資,翻謂富者貧。

昨日忽不見,我令訪其鄰。

奔波自追及,把手問所因。

#9

顧我卻興歎,君寧異於民。

離合自古然,辭別安足珍。

吾聞九疑好,夙志今欲伸。

斑竹啼舜婦,清湘沈楚臣。

10

衡山與洞庭,尋嵩方抵洛,

尋崧方抵洛,歷華遂之秦。

浮遊靡定處,偶往即通津。

吾言子當去,子道非吾遵。

11

江魚不池活,野鳥難籠馴。

吾非西方教,憐子狂且醇。

吾嫉惰遊者,憐子愚且諄。

去矣各異趣,何為浪霑巾。

 

送惠師【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】#1

(惠師が洛陽、長安に行くというので、この詩を作って送った)【この時、韓愈は、連州の寺をめぐって、釋景常と元惠と一緒に遊んでいた。】#1

惠師浮屠者,乃是不羈人。

元惠上人は、仏教の僧侶ではあるが、卓犖不羈の人である。

十五愛山水,超然謝朋親。

このひとは、年わずかに十五のころから、天下の山水を愛し、超然として、朋友親戚に暇乞をなしたのである。

冠剪頭髮,遺蹤塵。

冠を脱して頭髪を剪って出家した後、自由自在に山水の間を飛び歩いて、到る処に、その足跡を留めて居る。

(惠師を送る)【案:愈 連州に在るとき,釋景常と,元惠とで遊ぶ。惠師 即ち元惠なり。】#1

惠師は浮屠の者,乃ち是れ不羈の人。

十五に山水を愛し,超然として朋親に謝す。

冠をして 頭髮を剪り,飛步して 蹤塵を遺る
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『送惠師』 現代語訳と