中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

2015年08月

87-#4 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1511> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6539

韓愈  燕喜亭記#4§2-2  

瀑曰「秩秩之瀑」,穀言容,瀑言德也;洞曰「寒居之洞」,誌其入時也;池曰「君子之地」,虛以鍾其美,盈以出其惡也;泉之源曰「天澤之泉」,出高而施下也;
その瀑を「秩秩の瀑」という。これは、谷はその土が黄色い姿からいうのである。瀑はその性格が、順序正しく落ちていることをいうのである。洞穴を「寒居の洞」という。そこに入る時に、寒気を覚えたのを記念したのである。池を「君子の池」という。それは中が虚しくて、その美しいものを集めていて、水が満ち溢れるときには、その悪水汚物を流し出してしまうからである。泉の源を「天沢の泉」という。高い所に出て、低い所に施しめぐむので、天のうるおしめぐむのに似ているからである。

87-#4 燕喜亭記 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1511 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6539韓愈詩-87-#4

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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燕喜亭記

(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでその様を記したもの)

§1-1

太原王宏中在連州,與學佛人景常元慧遊,

大原の王弘中は連州にあって、仏教を学ぶ人、釋景常と惠師即元惠の二人と交わっている。

異日從二人者,行於其居之後,邱荒之間,上高而望,得異處焉。

或る日、二人を従えて、その住居の後方、草木の繁り荒れた丘の間に行き、高みに上って遠くを眺め、すぐれた景色の場所を見つけた。

斬茅而嘉樹列,發石而清泉激,

そこで茅萱を斬り、憲い木が立ちならび、石を掘り出して、清水がほとばしり湧き出した。

輦糞壤,燔

悪い土壌を手押し車で運び去り、立ち枯れの木や仆れた枯れ木をあつめて焼き払う。

 

燕喜亭記§1-1

太原の王弘中は連州に在り。佛を学ぶ人景常・元慧と游ぶ。

異日二人の者に従って、其の居の後、荒邸の間に行き、高きに上って望み、異處を得たり。

茅を斬って嘉樹列り、石を發【あば】いて清泉激す。

糞壤を輦し、【し】翳を燔【や】く。

 

2§1-2

卻立而視之,出者突然成邱,

あとずさりしてこれをよく見ると、出張っているものは突き出て丘となる。

陷者呀然成穀,窪者為池,而闕者為洞,

落ち込んでいるものは、口をあいたように谷となり、くぼんでいるものは池となり、欠けている所は洞穴となっている。

若有鬼神異物陰來相之。

まるで目に見えぬ霊魂や神、妖怪が、ひそかに来て手伝ってくれたかのように、すはらしくよい眺めになった。

自是宏中與二人者,晨往而夕忘歸焉,

これから宏中と二人の僧とは、朝早く行って、夕暮れにはあまりの楽しさに志るのを忘れるというありさまであった。

乃立屋以避風雨寒暑。

そこで東屋を立てて、風雨寒暑を避けることにした。

 

§1-2

卻立して之をるに、出づる者は突然として邱を成し、

陥る者は冴然としてを成し、窪める者は池と為りて、闕くる者は洞と為り、

鬼神異物、陰に来って之を相くること有るが若し。

是より弘中二人の者と、晨に往いて夕に歸るを忘る。

乃ち臣を立てて以て風雨寒暑を避く。

 

§2-1

既成,愈請名之,其邱曰「俟德之邱」,

やがで、亭ができ上がった。私、韓愈はこれに名をつけたいと申し出て、その丘を「俟德の丘」という。

蔽於古而顯於今,有俟之道也;

これは、昔は蔽われて世に知られず、今になって顕れたのは、俟(待つ) の道理があったからである。

其石穀曰「謙受之穀」,瀑曰「振鷺之瀑」,

その石の谷を「謙受の谷」といい、瀑を「振鷺の瀑」という。

穀言德,瀑言容也;

これは谷の徳性が、虚しくてへりくだり受け入れるのをいい、操の様子、姿が白いことをいうのである。

其土穀曰「黃金之穀」,
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その土の谷を黄金の谷という。

 

既に成る。愈 之に名けんと請ふ。其の邱を「俟德の邱」と日う。

古に蔽ぼれて今に顯わる。俟つの道有るなり。

其の石谷を「謙愛の谷」と日い、瀑を振鷺の瀑と日う。

谷は徳を言ひ、瀑は容を言ふなり。

其の土谷を「黄金の谷」と日う。

 

§2-2

瀑曰「秩秩之瀑」,穀言容,

瀑言德也;洞曰「寒居之洞」,誌其入時也;

池曰「君子之地」,虛以鍾其美,盈以出其惡也;

泉之源曰「天澤之泉」,出高而施下也;

その瀑を「秩秩の瀑」という。これは、谷はその土が黄色い姿からいうのである。

瀑はその性格が、順序正しく落ちていることをいうのである。洞穴を「寒居の洞」という。そこに入る時に、寒気を覚えたのを記念したのである。

池を「君子の池」という。それは中が虚しくて、その美しいものを集めていて、水が満ち溢れるときには、その悪水汚物を流し出してしまうからである。

泉の源を「天沢の泉」という。高い所に出て、低い所に施しめぐむので、天のうるおしめぐむのに似ているからである。

 

瀑を「秩秩の操」と日い、谷は容を言う。

瀑は徳を言ふなり。洞を「寒居の洞」と日ふ。其の入る時を志すなり。

池を「君子の池」と日ふ。虚以て其の美を鍾め、盈以て其の悪を出すなり。

泉の源を「天澤の泉」と日ふ。高きに出でて下きに施すなり。

 

§2-3

合而名之以屋曰「燕喜之亭」,

取詩所謂「魯侯燕喜」者頌也。

於是州民之老,聞而相與觀焉,

曰:吾州之山水名天下,然而無與「燕喜」者比。

經營於其側者相接也,而莫直其地。

凡天作而地藏之,以遺其人乎?

 

合せて之に名くるに屋を以てして、「燕音の亭」と日ふ。

詩に所謂「魯侯燕喜」する者に取る頌なり。

是に於て州民の老、聞いて相異に観る。

日く、吾が州の山水天下に名あり。然り而して「燕書」といふ者と比する無しと。

其の側に経営する者相接するなり。而も其の地に直る美し。

凡そ天作りて地之を癒し、以て其の人に逼るか。

 

 

『燕喜亭記』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

瀑曰「秩秩之瀑」,穀言容,

瀑言德也;洞曰「寒居之洞」,誌其入時也;

池曰「君子之地」,虛以鍾其美,盈以出其惡也;

泉之源曰「天澤之泉」,出高而施下也;

(下し文)
瀑を「秩秩の操」と日い、谷は容を言う。

瀑は徳を言ふなり。洞を「寒居の洞」と日ふ。其の入る時を志すなり。

池を「君子の池」と日ふ。虚以て其の美を鍾め、盈以て其の悪を出すなり。

泉の源を「天澤の泉」と日ふ。高きに出でて下きに施すなり。

(現代語訳)
その瀑を「秩秩の瀑」という。これは、谷はその土が黄色い姿からいうのである。

瀑はその性格が、順序正しく落ちていることをいうのである。洞穴を「寒居の洞」という。そこに入る時に、寒気を覚えたのを記念したのである。

池を「君子の池」という。それは中が虚しくて、その美しいものを集めていて、水が満ち溢れるときには、その悪水汚物を流し出してしまうからである。

泉の源を「天沢の泉」という。高い所に出て、低い所に施しめぐむので、天のうるおしめぐむのに似ているからである。


(訳注) §2-2

燕喜亭記

(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでその様を記したもの)

 

瀑曰「秩秩之瀑」,穀言容,

その瀑を「秩秩の瀑」という。これは、谷はその土が黄色い姿からいうのである。

秩秩 『詩経』小雅「甫田の什」「賓之初筵、左右秩秩。」とある。これは秩序ある形容で、朝廷において臣下が宴を賜って痛飲するの状を詠じたもので酒宴における乱酔を戒めたもの。。また小雅 鴻鴈之什 斯干篇には「秩秩斯干、幽幽南山。」とある。秩々は流れ行く形容。千は澗(たにがわ)。ほかに智、明などの性格をいう場合もある。

 

瀑言德也;洞曰「寒居之洞」,誌其入時也;

瀑はその性格が、順序正しく落ちていることをいうのである。洞穴を「寒居の洞」という。そこに入る時に、寒気を覚えたのを記念したのである。

○寒居 洞穴居であまりに寒かったのであろう。

 

池曰「君子之」,虛以鍾其美,盈以出其惡也;

池を「君子の池」という。それは中が虚しくて、その美しいものを集めていて、水が満ち溢れるときには、その悪水汚物を流し出してしまうからである。

君子之 詩経《君子偕老》《東門之池》

 

泉之源曰「天澤之泉」,出高而施下也;

泉の源を「天沢の泉」という。高い所に出て、低い所に施しめぐむので、天のうるおしめぐむのに似ているからである。

天澤 (1) ,沢湖湖沼.(2) 湿っている,潤いがある.(3) (金属や珠玉などの)光沢,つや.(4) 恵み.

87-#3 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1510> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6534韓愈詩-87-#3

韓愈 #3 燕喜亭記§2-1   

既成,愈請名之,其邱曰「俟德之邱」,蔽於古而顯於今,有俟之道也;

其石穀曰「謙受之穀」,瀑曰「振鷺之瀑」,穀言德,瀑言容也;

其土穀曰「黃金之穀」,
やがで、亭ができ上がった。私、韓愈はこれに名をつけたいと申し出て、その丘を「俟德の丘」という。これは、昔は蔽われて世に知られず、今になって顕れたのは、俟(待つ) の道理があったからである。その石の谷を「謙受の谷」といい、瀑を「振鷺の瀑」という。これは谷の徳性が、虚しくてへりくだり受け入れるのをいい、操の様子、姿が白いことをいうのである。その土の谷を黄金の谷という。

87-#3 燕喜亭記 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1510 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6534韓愈詩-87-#3

 

 

 
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87-#3 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1510> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6534韓愈詩-87-#3 
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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-113杜甫 《1801偶題》1531 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-113 <976> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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燕喜亭記

(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでその様を記したもの)

§1-1

太原王宏中在連州,與學佛人景常元慧遊,

大原の王弘中は連州にあって、仏教を学ぶ人、釋景常と惠師即元惠の二人と交わっている。

異日從二人者,行於其居之後,邱荒之間,上高而望,得異處焉。

或る日、二人を従えて、その住居の後方、草木の繁り荒れた丘の間に行き、高みに上って遠くを眺め、すぐれた景色の場所を見つけた。

斬茅而嘉樹列,發石而清泉激,

そこで茅萱を斬り、憲い木が立ちならび、石を掘り出して、清水がほとばしり湧き出した。

輦糞壤,燔

悪い土壌を手押し車で運び去り、立ち枯れの木や仆れた枯れ木をあつめて焼き払う。

 

燕喜亭記§1-1

太原の王弘中は連州に在り。佛を学ぶ人景常・元慧と游ぶ。

異日二人の者に従って、其の居の後、荒邸の間に行き、高きに上って望み、異處を得たり。

茅を斬って嘉樹列り、石を發【あば】いて清泉激す。

糞壤を輦し、【し】翳を燔【や】く。

 

2§1-2

卻立而視之,出者突然成邱,

あとずさりしてこれをよく見ると、出張っているものは突き出て丘となる。

陷者呀然成穀,窪者為池,而闕者為洞,

落ち込んでいるものは、口をあいたように谷となり、くぼんでいるものは池となり、欠けている所は洞穴となっている。

若有鬼神異物陰來相之。

まるで目に見えぬ霊魂や神、妖怪が、ひそかに来て手伝ってくれたかのように、すはらしくよい眺めになった。

自是宏中與二人者,晨往而夕忘歸焉,

これから宏中と二人の僧とは、朝早く行って、夕暮れにはあまりの楽しさに志るのを忘れるというありさまであった。

乃立屋以避風雨寒暑。

そこで東屋を立てて、風雨寒暑を避けることにした。

 

§1-2

卻立して之をるに、出づる者は突然として邱を成し、

陥る者は冴然としてを成し、窪める者は池と為りて、闕くる者は洞と為り、

鬼神異物、陰に来って之を相くること有るが若し。

是より弘中二人の者と、晨に往いて夕に歸るを忘る。

乃ち臣を立てて以て風雨寒暑を避く。

 

§2-1

既成,愈請名之,其邱曰「俟德之邱」,

やがで、亭ができ上がった。私、韓愈はこれに名をつけたいと申し出て、その丘を「俟德の丘」という。

蔽於古而顯於今,有俟之道也;

これは、昔は蔽われて世に知られず、今になって顕れたのは、俟(待つ) の道理があったからである。

其石穀曰「謙受之穀」,瀑曰「振鷺之瀑」,

その石の谷を「謙受の谷」といい、瀑を「振鷺の瀑」という。

穀言德,瀑言容也;

これは谷の徳性が、虚しくてへりくだり受け入れるのをいい、操の様子、姿が白いことをいうのである。

其土穀曰「黃金之穀」,
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その土の谷を黄金の谷という。

 

既に成る。愈 之に名けんと請ふ。其の邱を「俟德の邱」と日う。

古に蔽ぼれて今に顯わる。俟つの道有るなり。

其の石谷を「謙愛の谷」と日い、瀑を振鷺の瀑と日う。

谷は徳を言ひ、瀑は容を言ふなり。

其の土谷を「黄金の谷」と日う。

 

§2-2

瀑曰「秩秩之瀑」,穀言容,瀑言德也;洞曰「寒居之洞」,誌其入時也;池曰「君子之地」,虛以鍾其美,盈以出其惡也;泉之源曰「天澤之泉」,出高而施下也;

§2-3

合而名之以屋曰「燕喜之亭」,取詩所謂「魯侯燕喜」者頌也。

於是州民之老,聞而相與觀焉,曰:吾州之山水名天下,然而無與「燕喜」者比。經營於其側者相接也,而莫直其地。凡天作而地藏之,以遺其人乎?

 

瀑を「秩秩の操」と日い、谷は容を言う。

は徳を言ふなり。洞を「寒居の洞」と日ふ。其の入る時を志すなり。

池を「君子の池」と日ふ。虚以て其の美を鍾め、盈以て其の悪を出すなり。

泉の源を「天澤の泉」と日ふ。高きに出でて下きに施すなり。

 

合せて之に名くるに屋を以てして、「燕音の亭」と日ふ。

詩に所謂「魯侯燕喜」する者に取る頌なり。

是に於て州民の老、聞いて相異に観る。

日く、吾が州の山水天下に名あり。然り而して「燕書」といふ者と比する無しと。

其の側に経営する者相接するなり。而も其の地に直る美し。

凡そ天作りて地之を癒し、以て其の人に逼るか。

嶺南道圖00 

『燕喜亭記』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

§2-1

既成,愈請名之,其邱曰「俟德之邱」,

蔽於古而顯於今,有俟之道也;

其石穀曰「謙受之穀」,瀑曰「振鷺之瀑」,

穀言德,瀑言容也;

其土穀曰「黃金之穀」,

(下し文)
既に成る。愈 之に名けんと請ふ。其の邱を「俟德の邱」と日う。

古に蔽ぼれて今に顯わる。俟つの道有るなり。

其の石谷を「謙愛の谷」と日い、瀑を振鷺の瀑と日う。

谷は徳を言ひ、瀑は容を言ふなり。

其の土谷を「黄金の谷」と日う。

(現代語訳)
§2-1

やがで、亭ができ上がった。私、韓愈はこれに名をつけたいと申し出て、その丘を「俟德の丘」という。

これは、昔は蔽われて世に知られず、今になって顕れたのは、俟(待つ) の道理があったからである。

その石の谷を「謙受の谷」といい、瀑を「振鷺の瀑」という。

これは谷の徳性が、虚しくてへりくだり受け入れるのをいい、操の様子、姿が白いことをいうのである。

その土の谷を黄金の谷という。

韓愈 陽山と潮州002
(訳注) §2-1

燕喜亭記

(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでその様を記したもの)

 

既成,愈請名之,其邱曰「俟德之邱」,

やがで、亭ができ上がった。私、韓愈はこれに名をつけたいと申し出て、その丘を「俟德の丘」という。

○俟德 徳、即ち人格のある人物を俟って戯れるの意。

 

蔽於古而顯於今,有俟之道也;

これは、昔は蔽われて世に知られず、今になって顕れたのは、俟(待つ) の道理があったからである。

○道 道理。

 

其石穀曰「謙受之穀」,瀑曰「振鷺之瀑」,

その石の谷を「謙受の谷」といい、瀑を「振鷺の瀑」という。

○謙受 『書経』大禹謨に「謙にして益を受く」とある。へり下ってその結果、利益を受ける

○振鷺 《『詩経』周頌振鷺篇》に、「振鷺于飛、于彼西雝。」(振鷺 于【ここ】に飛ぶ、彼の西雝に。)の句がある。鷺が勢いよく群がり、西の雝の沼のほうに飛び行く意。振は鷺・とりの群飛の形容。

・容子は激白。瀧水を喩える。

 

穀言德,瀑言容也;

これは谷の徳性が、虚しくてへりくだり受け入れるのをいい、操の様子、姿が白いことをいうのである。

 

其土穀曰「黃金之穀」,

その土の谷を黄金の谷という。
韓愈 陽山00 

87-#2 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1509> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6529

韓愈  燕喜亭記#2§1-2

卻立而視之,出者突然成邱,陷者呀然成穀,窪者為池,而闕者為洞,若有鬼神異物陰來相之。

自是宏中與二人者,晨往而夕忘歸焉,乃立屋以避風雨寒暑。

あとずさりしてこれをよく見ると、出張っているものは突き出て丘となる。落ち込んでいるものは、口をあいたように谷となり、くぼんでいるものは池となり、欠けている所は洞穴となっている。まるで目に見えぬ霊魂や神、妖怪が、ひそかに来て手伝ってくれたかのように、すはらしくよい眺めになった。これから宏中と二人の僧とは、朝早く行って、夕暮れにはあまりの楽しさに志るのを忘れるというありさまであった。そこで東屋を立てて、風雨寒暑を避けることにした。

87-#2 燕喜亭記 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1509 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6529韓愈詩-87-#2

 


燕喜亭記

(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでそのさまを記したもの)

§1-1

太原王宏中在連州,與學佛人景常元慧遊,

大原の王弘中は連州にあって、仏教を学ぶ人、釋景常と惠師即元惠の二人と交わっている。

異日從二人者,行於其居之後,邱荒之間,上高而望,得異處焉。

或る日、二人を従えて、その住居の後方、草木の繁り荒れた丘の間に行き、高みに上って遠くを眺め、すぐれた景色の場所を見つけた。

斬茅而嘉樹列,發石而清泉激,

そこで茅萱を斬り、憲い木が立ちならび、石を掘り出して、清水がほとばしり湧き出した。

輦糞壤,燔

悪い土壌を手押し車で運び去り、立ち枯れの木や仆れた枯れ木をあつめて焼き払う。

 

2§1-2

卻立而視之,出者突然成邱,

あとずさりしてこれをよく見ると、出張っているものは突き出て丘となる。

陷者呀然成穀,窪者為池,而闕者為洞,

落ち込んでいるものは、口をあいたように谷となり、くぼんでいるものは池となり、欠けている所は洞穴となっている。

若有鬼神異物陰來相之。

まるで目に見えぬ霊魂や神、妖怪が、ひそかに来て手伝ってくれたかのように、すはらしくよい眺めになった。

自是宏中與二人者,晨往而夕忘歸焉,

これから宏中と二人の僧とは、朝早く行って、夕暮れにはあまりの楽しさに志るのを忘れるというありさまであった。

乃立屋以避風雨寒暑。

そこで東屋を立てて、風雨寒暑を避けることにした。

 

燕喜亭記§1-1

太原の王弘中は連州に在り。佛を学ぶ人景常・元慧と游ぶ。

異日二人の者に従って、其の居の後、荒邸の間に行き、高きに上って望み、異處を得たり。

茅を斬って嘉樹列り、石を發【あば】いて清泉激す。

糞壤を輦し、【し】翳を燔【や】く。

 

§1-2

卻立して之をるに、出づる者は突然として邱を成し、

陥る者は冴然としてを成し、窪める者は池と為りて、闕くる者は洞と為り、

鬼神異物、陰に来って之を相くること有るが若し。

是より弘中二人の者と、晨に往いて夕に歸るを忘る。

乃ち臣を立てて以て風雨寒暑を避く。

韓愈 陽山と潮州002 

 

『燕喜亭記』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

卻立而視之,出者突然成邱,

陷者呀然成穀,{穴窪}者為池,而闕者為洞,

若有鬼神異物陰來相之。

自是宏中與二人者,晨往而夕忘歸焉,

乃立屋以避風雨寒暑。

(下し文) §1-2

卻立して之を視るに、出づる者は突然として邱を成し、

陥る者は冴然として穀を成し、窪める者は池と為りて、闕くる者は洞と為り、

鬼神異物、陰に来って之を相くること有るが若し。

是より弘中二人の者と、晨に往いて夕に歸るを忘る。

乃ち臣を立てて以て風雨寒暑を避く。


(現代語訳)
あとずさりしてこれをよく見ると、出張っているものは突き出て丘となる。

落ち込んでいるものは、口をあいたように谷となり、くぼんでいるものは池となり、欠けている所は洞穴となっている。

まるで目に見えぬ霊魂や神、妖怪が、ひそかに来て手伝ってくれたかのように、すはらしくよい眺めになった。

これから宏中と二人の僧とは、朝早く行って、夕暮れにはあまりの楽しさに志るのを忘れるというありさまであった。

そこで東屋を立てて、風雨寒暑を避けることにした。

嶺南道圖00
(訳注)

燕喜亭記

(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでそのさまを記したもの)

○燕喜亭の主人、王弘中(王仲舒)は、名は仲野である。韓愈は時に陽山の令となる。年三十七、弘中は吏部員外郎から貶せられて遠州にあった。陽山は連州の属邑であった。同じく貶せられた者同士往来交友の間柄であったので、その亭のために記を作ったのである。

 

卻立而視之,出者突然成邱,

あとずさりしてこれをよく見ると、出張っているものは突き出て丘となる。

○卻立 あとずさりする。退後幾步才站住。《史記.卷八一.廉頗藺相如傳》:「王授璧,相如因持璧卻立,倚柱,怒髮上衝冠。」

 

陷者呀然成穀,窪者為池,而闕者為洞,

落ち込んでいるものは、口をあいたように谷となり、くぼんでいるものは池となり、欠けている所は洞穴となっている。

 口を張った貌。

○相之 これをたすける。相は助。

 

若有鬼神異物陰來相之。

まるで目に見えぬ霊魂や神、妖怪が、ひそかに来て手伝ってくれたかのように、すはらしくよい眺めになった。

 

自是宏中與二人者,晨往而夕忘歸焉,

これから宏中と二人の僧とは、朝早く行って、夕暮れにはあまりの楽しさに志るのを忘れるというありさまであった。

○忘帰 楽しんで帰るのを忘れてしまう。

 

乃立屋以避風雨寒暑。

そこで東屋を立てて、風雨寒暑を避けることにした。

○屋 家臣。

 

 
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87-#1 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1508> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6524

韓愈  燕喜亭記§1-1

太原王宏中在連州,與學佛人景常元慧遊,異日從二人者,行於其居之後,邱荒之間,上高而望,得異處焉。斬茅而嘉樹列,發石而清泉激,輦糞壤,燔翳。

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韓愈詩-87-#1

燕喜亭記

§1-1

太原王宏中在連州,與學佛人景常元慧遊,異日從二人者,行於其居之後,邱荒之間,上高而望,得異處焉。斬茅而嘉樹列,發石而清泉激,輦糞壤,燔翳。

2§1-2

卻立而視之,出者突然成邱,陷者呀然成穀,{穴窪}者為池,而闕者為洞,若有鬼神異物陰來相之。自是宏中與二人者,晨往而夕忘歸焉,乃立屋以避風雨寒暑。

 

§2-1

既成,愈請名之,其邱曰「俟德之邱」,蔽於古而顯於今,有俟之道也;其石穀曰「謙受之穀」,瀑曰「振鷺之瀑」,穀言德,瀑言容也;其土穀曰「黃金之穀」,

§2-2

瀑曰「秩秩之瀑」,穀言容,瀑言德也;洞曰「寒居之洞」,誌其入時也;池曰「君子之地」,虛以鍾其美,盈以出其惡也;泉之源曰「天澤之泉」,出高而施下也;

§2-3

合而名之以屋曰「燕喜之亭」,取詩所謂「魯侯燕喜」者頌也。

於是州民之老,聞而相與觀焉,曰:吾州之山水名天下,然而無與「燕喜」者比。經營於其側者相接也,而莫直其地。凡天作而地藏之,以遺其人乎?

 

§3-1

宏中自吏部郎貶秩而來,次其道途所經,自藍田入商洛,涉淅湍,臨漢水,升峴首以望方城;出荊門,下岷江,過洞庭,上湘水,行衡山之下;繇郴逾嶺,蝯狖所家,魚龍所宮,極幽遐瑰詭之觀,宜其於山水飫聞而厭見也。

§3-2

今其意乃若不足,《傳》曰:「知者樂水,仁者樂山」。宏中之德與其所好,可謂協矣。智以謀之,仁以居之,吾知其去是而羽儀於天朝也不遠矣。遂刻石以記。

 

唐時代 韓愈関連05 

 

燕喜亭記

(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでそのさまを記したもの)

§1-1

太原王宏中在連州,與學佛人景常元慧遊,

大原の王弘中は連州にあって、仏教を学ぶ人、釋景常と惠師即元惠の二人と交わっている。

異日從二人者,行於其居之後,邱荒之間,上高而望,得異處焉。

或る日、二人を従えて、その住居の後方、草木の繁り荒れた丘の間に行き、高みに上って遠くを眺め、すぐれた景色の場所を見つけた。

斬茅而嘉樹列,發石而清泉激,

そこで茅萱を斬り、憲い木が立ちならび、石を掘り出して、清水がほとばしり湧き出した。

輦糞壤,燔

悪い土壌を手押し車で運び去り、立ち枯れの木や仆れた枯れ木をあつめて焼き払う。

 

2§1-2

卻立而視之,出者突然成邱,陷者呀然成穀,{穴窪}者為池,而闕者為洞,若有鬼神異物陰來相之。自是宏中與二人者,晨往而夕忘歸焉,乃立屋以避風雨寒暑。

 

燕喜亭記§1-1

太原の王弘中は連州に在り。佛を学ぶ人景常・元慧と游ぶ。

異日二人の者に従って、其の居の後、荒邸の間に行き、高きに上って望み、異處を得たり。

茅を斬って嘉樹列り、石を發【あば】いて清泉激す。

糞壤を輦し、【し】翳を燔【や】く。

 

§1-2

卻立して之を観るに、出づる者は突然として邸を成し、陥る者は冴然として谷を成し、窪める者は池と為りて、映くる者は洞と為り、鬼耐異物、陰に来って之を相くること有るが若し。

是より弘中二人の者と、農に往いて夕に締るを忘る。乃ち臣を立てて以て風雨寒暑を逝く。

韓愈 陽山00 

 

『燕喜亭記』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

燕喜亭記

§1-1

太原王宏中在連州,與學佛人景常元慧遊,

異日從二人者,行於其居之後,邱荒之間,上高而望,得異處焉。

斬茅而嘉樹列,發石而清泉激,

輦糞壤,燔

 

(下し文)
燕喜亭記§1-1

太原の王弘中は連州に在り。佛を学ぶ人景常・元慧と游ぶ。

異日二人の者に従って、其の居の後、荒邸の間に行き、高きに上って望み、異處を得たり。

茅を斬って嘉樹列り、石を發【あば】いて清泉激す。

糞壤を輦し、【し】翳を燔【や】く

(現代語訳)
燕喜亭記(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでそのさまを記したもの)

§1-1

大原の王弘中は連州にあって、仏教を学ぶ人、釋景常と惠師即元惠の二人と交わっている。

或る日、二人を従えて、その住居の後方、草木の繁り荒れた丘の間に行き、高みに上って遠くを眺め、すぐれた景色の場所を見つけた。

そこで茅萱を斬り、憲い木が立ちならび、石を掘り出して、清水がほとばしり湧き出した。

悪い土壌を手押し車で運び去り、立ち枯れの木や仆れた枯れ木をあつめて焼き払う。


(訳注) §1-1

燕喜亭記

(韓愈と同様連州に左遷された王弘中と釋景常と惠師即元惠らと四阿を建てたのでそのさまを記したもの)

○燕喜亭の主人、王弘中(王仲舒)は、名は仲野である。韓愈は時に陽山の令となる。年三十七、弘中は吏部員外郎から貶せられて遠州にあった。陽山は連州の属邑であった。同じく貶せられた者同士往来交友の間柄であったので、その亭のために記を作ったのである。

 

太原王宏中在連州,與學佛人景常元慧遊,

大原の王弘中は連州にあって、仏教を学ぶ人、釋景常と惠師即元惠の二人と交わっている。

佛人景常元慧 景常は、靈師のこと。霊験あらたかな師。師は僧の尊称。俗名は、皇甫といった。元慧は、元惠上人で、仏教の僧侶ではあるが、卓犖不羈の人である。自註に、「愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。」とある。

78-#1 《巻0210送惠師》【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】-#1 韓愈(韓退之) 804元20年 39歳<1474 Ⅱ【11分割】-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6354

79-#1 (改訂)《巻0211送靈師》-#1 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1485 Ⅱ【11分割】-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6409韓愈詩-79-#1

 

異日從二人者,行於其居之後,邱荒之間,上高而望,得異處焉。

或る日、二人を従えて、その住居の後方、草木の繁り荒れた丘の間に行き、高みに上って遠くを眺め、すぐれた景色の場所を見つけた。

 

斬茅而嘉樹列,發石而清泉激,

そこで茅萱を斬り、憲い木が立ちならび、石を掘り出して、清水がほとばしり湧き出した。

○発石 石を発掘して。

○激 勢いよく流れる。ほとばしる。

 

輦糞壤,燔翳。

悪い土壌を手押し車で運び去り、立ち枯れの木や仆れた枯れ木をあつめて焼き払う。

○輦 手押し車。

○糞壌 糞土に同じ、きたない土壌、悪土。

○翳 、木の立ち枯れしたもの。翳も枯れ木の仆れたものが自然に集まっている影を為すところ。『詩経』大雅皇矣篇に「作之屏之、其菑其翳。脩之平之、其灌其。」(これを作りこれを屏する、その菑その翳。これを脩めこれを平らぐ、その灌その。)とあり、説註に「木自ら集れたるを翳と為す」とある。に同じ。

菑【し】:立ち枯れのきその翳。

【れつ】:木のかたまり。

『詩経』大雅皇矣篇(八章の内初二章)

皇矣上帝、臨下有赫。監觀四方、求民之莫。

維此二國、其政不獲。維彼四國、爰究爰度。

上帝耆之、憎其式廓。乃眷西顧、止維與宅。

 

作之屏之、其菑其翳。脩之平之、其灌其

之辟之、其檉其椐。攘之剔之、其檿其柘。

帝遷明德、串夷載路。天立厥配、受命既固。

韓愈 陽山と潮州002 

86-#5-§2-3 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1507> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6519

韓愈  送區册序#5-§2-3   

與之翳嘉林,坐石磯,投竿而漁,陶然以樂,若能遺外聲利,而不厭乎貧賤也。

之初吉,歸拜其親,酒壺既傾,序以識別。

この人と見事に繁った林の木蔭に入り、石の多い磯に腰かけ、竿を突き出して魚を釣るときなど、いかにもくつろいで、きもちいい様子で楽しんでいる。それは名誉や利益を忘れて考えの外におき、貧賤をいとわないで暮らすことができるようであった。年の初めの吉日に、帰って御両親を拝賀されるという。ここに餞けの酒壷もはや傾いて尽き、宴も終わろうとしているので、私はこの序を以て惜別の意を記すのである。

86-#5-§2-3 送區册序 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1507> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6519韓愈詩-86-#5-§2-3

 

 
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送區冊序§-1-1

(區冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

陽山,天下之窮處也。

陽山は天下中で最も行きづまりの辺鄙なところである。

陸有丘陵之險,虎豹之虞;

そして、陸に丘陵のけわしさがあり、虎や豹のおそれもある。

江流悍急,橫波之石,廉利侔劍戟,

大川の流れは荒く急であって、波の中に横たわる石は角があり、するどくて、剣や戟に似ている。

舟上下失勢,破碎淪溺者,往往有之。

舟がその川を上り下りするとき、その体勢をまちがえると、波や岩に打ちくだかれて、人々が沈み溺れることは、よくあるのである。

(區冊【おうさく】を送る序)

陽山は天下の窮處なり。

陸に邱陵の険、虎豹の虞有り。

江流急にして、波に横はるの石は、廉利なること劍戟し。

舟上下するに勢をへば、破砕倫溺する者、往往之れ有り。

 

§-1-2

縣郭無居民,官無丞尉,

陽山県の城郭内には住民は住まわっていない、そして、役所には副官の丞も属官の尉もない。

夾江荒茅篁竹之間,小吏十餘家,

江をはさんで両岸に荒れ茂った茅や竹薮などの間に、小役人の十軒あまりの家がある。

皆鳥言夷面。始至,言語不通,

人々の話し言葉は、鳥の噛りのような言葉で、異民族らしい顔をしていて、はじめて到着したときは、言葉が通じなかった。

畫地為字,然後可告以出租賦,奉期約。

地面に字を書いて、やっと租税額を云い出せたり、期日や約束を守ることなどを告げることができた。

是以賓客遊從之士,無所為而至。

こういうわけで、私の所に、賓客や交わり遊ぶ人士など、わざわざ来るものはなかったのである。

縣郭に居民無く、官に丞尉無し。

江を爽める荒茅篁竹の間に、小吏十餘家あり。

皆 鳥言 夷面、始て至りしとき言語通ぜず、

地に畫して字を為し、然る後に告ぐるに租賦を出し、期約を奉ずるを以てす可し。

是を以て賓客遊從の士、為にして至る所無し。

 

§-2-1

愈待罪於斯,且半矣。

私はこの陽山の縣令としての職に過失の罪もあろうかと待つこと半年になろうとしている。

有區生者,誓言相好,

區生というものがあって、この私に誓って互いに仲好くしようというのである。

自南海挐舟而來,升自賓階,

南海から舟を牽いて川を上って来て、賓客の階段から昇って相対したが、

儀觀甚偉,坐與之語,文義卓然。

その威儀容貌は甚だすぐれている。坐してこれと語るに、その学問上の考えが高くすぐれていた。

§-2-1

愈罪を斯に待つこと、且に半歳ならんとす。

區生といふ老有り。誓って言ふ、相好くせんと。

南海より舟を拏きて来り、賓階より升る。

觀 甚だ偉なり。坐して之と語るに、文義卓然たり。

§-2-2

莊周云:「逃空虛者,聞人足音,跫然而喜矣。」

荘子はいう、「山谷の人けのないむなしい所に世を避けている者は、たまに人の足音のカタンコトンとひびくのを聞いて、嬉しく思う」と。

況如斯人者,豈易得哉!

ましてこの人のようなすぐれた者は、どうして得やすいものであろうか。なおさらに楽しいと思うのであった。

入吾室,聞《詩》《書》仁義之,欣然喜,若有志於其間也。

私の私室に入って、『詩経』『書経』の話、仁義道徳の説を聞いて、嬉しそうに喜んでいるのは、聖賢儒家の道に志があるようであった。

§2-2

荘周云ふ、「空虚に逃るる者は、人の足音跫然たるを聞いて喜ぶ」と。

況や斯の人の如き者、豈得易からんや。

吾が室に入りて、《詩》《書》仁義の説を聞き、欣然として喜ぶ。

其のに 志 有るが若きなり。

§-2-3

與之翳嘉林,坐石磯,

この人と見事に繁った林の木蔭に入り、石の多い磯に腰かけ、

投竿而漁,陶然以樂,

竿を突き出して魚を釣るときなど、いかにもくつろいで、きもちいい様子で楽しんでいる。

若能遺外聲利,而不厭乎貧賤也。

それは名誉や利益を忘れて考えの外におき、貧賤をいとわないで暮らすことができるようであった。

之初吉,歸拜其親,

年の初めの吉日に、帰って御両親を拝賀されるという。

酒壺既傾,序以識別。

ここに餞けの酒壷もはや傾いて尽き、宴も終わろうとしているので、私はこの序を以て惜別の意を記すのである。

§-2-3

之と嘉林に翳れ、石磯に坐し、

竿を投じて漁し、陶然として以て樂む。

利を遺外して、貧賤を厭はざるなり。

歳の初吉に、歸りて其の親を拜せんとす。

酒壺既に傾く。序して以て別を識す。

 

 

『送區册序』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

§-2-3

與之翳嘉林,坐石磯,

投竿而漁,陶然以樂,

若能遺外聲利,而不厭乎貧賤也。

之初吉,歸拜其親,

酒壺既傾,序以識別。

(下し文)
§-2-3

之と嘉林に翳れ、石磯に坐し、

竿を投じて漁し、陶然として以て樂む。

聲利を遺外して、貧賤を厭はざるなり。

歳の初吉に、歸りて其の親を拜せんとす。

酒壺既に傾く。序して以て別を識す。

(現代語訳)
この人と見事に繁った林の木蔭に入り、石の多い磯に腰かけ、

竿を突き出して魚を釣るときなど、いかにもくつろいで、きもちいい様子で楽しんでいる。

それは名誉や利益を忘れて考えの外におき、貧賤をいとわないで暮らすことができるようであった。

年の初めの吉日に、帰って御両親を拝賀されるという。

ここに餞けの酒壷もはや傾いて尽き、宴も終わろうとしているので、私はこの序を以て惜別の意を記すのである。


(訳注) §-2-3

送區冊序(區冊【おうさく】を送る序)

(區冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

韓愈が陽山に流された時、区冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序に、その感激の情を述べたのである。冊の人物には別に伝はない。区は音「欧」と同じ。

 

與之翳嘉林,坐石磯,

この人と見事に繁った林の木蔭に入り、石の多い磯に腰かけ、

 かげにはいる。かくれる

嘉林 すばらしい、りっぱな、見事に繁った林。

 

投竿而漁,陶然以樂,

竿を突き出して魚を釣るときなど、いかにもくつろいで、きもちいい様子で楽しんでいる。

陶然 1 酒に酔ってよい気持ちになるさま。2 うっとりとよい気持ちであるさま。

 

若能遺外聲利,而不厭乎貧賤也。

それは名誉や利益を忘れて考えの外におき、貧賤をいとわないで暮らすことができるようであった。

聲利 名誉や利益。

 

之初吉,歸拜其親,

年の初めの吉日に、帰って御両親を拝賀されるという。

之初吉  年頭の吉日。

 

酒壺既傾,序以識別。

ここに餞けの酒壷もはや傾いて尽き、宴も終わろうとしているので、私はこの序を以て惜別の意を記すのである。

酒壺既傾 送別の酒を酌み交わして壺を傾け、酒がなくなった様子をいう。

86-#4-§2-2 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1506> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6514

韓愈  送區册序 #4-§2-2    

莊周云:「逃空虛者,聞人足音,跫然而喜矣。」況如斯人者,豈易得哉!

入吾室,聞《詩》《書》仁義之,欣然喜,若有志於其間也。

荘子はいう、「山谷の人けのないむなしい所に世を避けている者は、たまに人の足音のカタンコトンとひびくのを聞いて、嬉しく思う」と。ましてこの人のようなすぐれた者は、どうして得やすいものであろうか。なおさらに楽しいと思うのであった。私の私室に入って、『詩経』『書経』の話、仁義道徳の説を聞いて、嬉しそうに喜んでいるのは、聖賢儒家の道に志があるようであった。

86-#4-§2-2 送區册序 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1506> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6514韓愈詩-86-#4-§2-2

 

 
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297-#1 《卷十五18送薛九被讒去魯》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <297> Ⅰ李白詩1585 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6473 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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86-#4-§2-2 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1506> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6514 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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送區冊序§-1-1

(區冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

陽山,天下之窮處也。

陽山は天下中で最も行きづまりの辺鄙なところである。

陸有丘陵之險,虎豹之虞;

そして、陸に丘陵のけわしさがあり、虎や豹のおそれもある。

江流悍急,橫波之石,廉利侔劍戟,

大川の流れは荒く急であって、波の中に横たわる石は角があり、するどくて、剣や戟に似ている。

舟上下失勢,破碎淪溺者,往往有之。

舟がその川を上り下りするとき、その体勢をまちがえると、波や岩に打ちくだかれて、人々が沈み溺れることは、よくあるのである。

 

(區冊【おうさく】を送る序)

陽山は天下の窮處なり。

陸に邱陵の険、虎豹の虞有り。

江流急にして、波に横はるの石は、廉利なること劍戟し。

舟上下するに勢をへば、破砕倫溺する者、往往之れ有り。

 

§-1-2

縣郭無居民,官無丞尉,

陽山県の城郭内には住民は住まわっていない、そして、役所には副官の丞も属官の尉もない。

夾江荒茅篁竹之間,小吏十餘家,

江をはさんで両岸に荒れ茂った茅や竹薮などの間に、小役人の十軒あまりの家がある。

皆鳥言夷面。始至,言語不通,

人々の話し言葉は、鳥の噛りのような言葉で、異民族らしい顔をしていて、はじめて到着したときは、言葉が通じなかった。

畫地為字,然後可告以出租賦,奉期約。

地面に字を書いて、やっと租税額を云い出せたり、期日や約束を守ることなどを告げることができた。

是以賓客遊從之士,無所為而至。

こういうわけで、私の所に、賓客や交わり遊ぶ人士など、わざわざ来るものはなかったのである。

 

縣郭に居民無く、官に丞尉無し。

江を爽める荒茅篁竹の間に、小吏十餘家あり。

皆 鳥言 夷面、始て至りしとき言語通ぜず、

地に畫して字を為し、然る後に告ぐるに租賦を出し、期約を奉ずるを以てす可し。

是を以て賓客遊從の士、為にして至る所無し。

 

§-2-1

愈待罪於斯,且半矣。

私はこの陽山の縣令としての職に過失の罪もあろうかと待つこと半年になろうとしている。

有區生者,誓言相好,

區生というものがあって、この私に誓って互いに仲好くしようというのである。

自南海挐舟而來,升自賓階,

南海から舟を牽いて川を上って来て、賓客の階段から昇って相対したが、

儀觀甚偉,坐與之語,文義卓然。

その威儀容貌は甚だすぐれている。坐してこれと語るに、その学問上の考えが高くすぐれていた。


§-2-1

愈罪を斯に待つこと、且に半歳ならんとす。

區生といふ老有り。誓って言ふ、相好くせんと。

南海より舟を拏きて来り、賓階より升る。

觀 甚だ偉なり。坐して之と語るに、文義卓然たり。

§-2-2

莊周云:「逃空虛者,聞人足音,跫然而喜矣。」

荘子はいう、「山谷の人けのないむなしい所に世を避けている者は、たまに人の足音のカタンコトンとひびくのを聞いて、嬉しく思う」と。

況如斯人者,豈易得哉!

ましてこの人のようなすぐれた者は、どうして得やすいものであろうか。なおさらに楽しいと思うのであった。

入吾室,聞《詩》《書》仁義之,欣然喜,若有志於其間也。

私の私室に入って、『詩経』『書経』の話、仁義道徳の説を聞いて、嬉しそうに喜んでいるのは、聖賢儒家の道に志があるようであった。

 

§2-2

荘周云ふ、「空虚に逃るる者は、人の足音跫然たるを聞いて喜ぶ」と。

況や斯の人の如き者、豈得易からんや。

吾が室に入りて、《詩》《書》仁義の説を聞き、欣然として喜ぶ。

其のに 志 有るが若きなり。

§-2-3

與之翳嘉林,坐石磯,

投竿而漁,陶然以樂,

若能遺外聲利,而不厭乎貧賤也。

之初吉,歸拜其親,

酒壺既傾,序以識別。

§-2-3

之と嘉林に翳れ、石磯に坐し、

竿を投じて漁し、陶然として以て樂む。

利を遺外して、貧賤を厭はざるなり。

歳の初吉に、歸りて其の親を拜せんとす。

酒壺既に傾く。序して以て別を識す。

 

嶺南道圖00 

『(區冊【おうさく】を送る序)』 現代語訳と訳註解説

(本文)
§-2-2

莊周云:「逃空虛者,聞人足音,跫然而喜矣。」

況如斯人者,豈易得哉!

入吾室,聞《詩》《書》仁義之,欣然喜,若有志於其間也

(下し文)
§2-2

荘周云ふ、「空虚に逃るる者は、人の足音跫然たるを聞いて喜ぶ」と。

況や斯の人の如き者、豈得易からんや。

吾が室に入りて、《詩》《書》仁義の説を聞き、欣然として喜ぶ。

其の間に 志 有るが若きなり。

(現代語訳)
§-2-2

荘子はいう、「山谷の人けのないむなしい所に世を避けている者は、たまに人の足音のカタンコトンとひびくのを聞いて、嬉しく思う」と。

ましてこの人のようなすぐれた者は、どうして得やすいものであろうか。なおさらに楽しいと思うのであった。

私の私室に入って、『詩経』『書経』の話、仁義道徳の説を聞いて、嬉しそうに喜んでいるのは、聖賢儒家の道に志があるようであった。


(訳注)

送區冊序(區冊【おうさく】を送る序)

(區冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

韓愈が陽山に流された時、区冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序に、その感激の情を述べたのである。冊の人物には別に伝はない。区は音「欧」と同じ。

 

§-2-2

莊周云:「逃空虛者,聞人足音,跫然而喜矣。」

荘子はいう、「山谷の人けのないむなしい所に世を避けている者は、たまに人の足音のカタンコトンとひびくのを聞いて、嬉しく思う」と。

○荘周云 《莊子徐無鬼》「夫逃空虛者, 藜藿柱乎鼪鼬之逕, 踉位其空, 聞人足音跫然而喜矣。」(夫【か】の虚空【キョクウ】に逃【のが】るる者は、黎藋【れいちょう】、鼪鼬【せいちゅう】の逕に柱【ふさ】がる。其の空に踉位【りゅうい】すれば、人の足音、跫然【きょうぜん】たるを聞きて喜ぶ。)

 

○跫然 足を踏む音。「空谷跫音」魏の武侯が、眞人(道の奥義をさとり得た人)に巡り合える喜びは、“空谷”に“跫音”を得た程に匹敵するものであると言う。

 

況如斯人者,豈易得哉!

ましてこの人のようなすぐれた者は、どうして得やすいものであろうか。なおさらに楽しいと思うのであった。

 

入吾室,聞《詩》《書》仁義之,欣然喜,若有志於其間也。

私の私室に入って、『詩経』『書経』の話、仁義道徳の説を聞いて、嬉しそうに喜んでいるのは、聖賢儒家の道に志があるようであった。

詩経 中国最古の詩篇である。古くは単に「詩」と呼ばれ、また周代に作られたため「周詩」とも呼ばれる。儒教の基本経典・五経あるいは十三経の一。漢詩の祖型。古くから経典化されたが、内容・形式ともに文学作品と見なしうる。もともと舞踊や楽曲を伴う歌謡であったと言われる。

書経 書経または尚書は、政治史・政教を記した中国最古の歴史書。堯舜から夏・殷・周の帝王の言行録を整理した演説集である。また一部、春秋時代の諸侯のものもあり、秦の穆公のものまで扱われている。甲骨文・金文と関連性が見られ、その原型は周初の史官の記録にあると考えられている。
韓愈 陽山と潮州002 

86-#3§2-1 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1505> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6509

韓愈  送區册序§-2-1

愈待罪於斯,且半矣。有區生者,誓言相好,自南海挐舟而來,升自賓階,儀觀甚偉,坐與之語,文義卓然。

私はこの陽山の縣令としての職に過失の罪もあろうかと待つこと半年になろうとしている。區生というものがあって、この私に誓って互いに仲好くしようというのである。南海から舟を牽いて川を上って来て、賓客の階段から昇って相対したが、その威儀容貌は甚だすぐれている。坐してこれと語るに、その学問上の考えが高くすぐれていた。

86-#3§-2-1送區册序 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1505> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6509

 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-108杜甫 《巻1536夔州歌十絕句,十首之六》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-108 <971> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6510 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其三》『花間集』248全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6512 
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韓愈詩

-86-#3

 

 

送區冊序§-1-1

(區冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

陽山,天下之窮處也。

陽山は天下中で最も行きづまりの辺鄙なところである。

陸有丘陵之險,虎豹之虞;

そして、陸に丘陵のけわしさがあり、虎や豹のおそれもある。

江流悍急,橫波之石,廉利侔劍戟,

大川の流れは荒く急であって、波の中に横たわる石は角があり、するどくて、剣や戟に似ている。

舟上下失勢,破碎淪溺者,往往有之。

舟がその川を上り下りするとき、その体勢をまちがえると、波や岩に打ちくだかれて、人々が沈み溺れることは、よくあるのである。

 

(區冊【おうさく】を送る序)

陽山は天下の窮處なり。

陸に邱陵の険、虎豹の虞有り。

江流急にして、波に横はるの石は、廉利なること劍戟し。

舟上下するに勢をへば、破砕倫溺する者、往往之れ有り。

 

§-1-2

縣郭無居民,官無丞尉,

陽山県の城郭内には住民は住まわっていない、そして、役所には副官の丞も属官の尉もない。

夾江荒茅篁竹之間,小吏十餘家,

江をはさんで両岸に荒れ茂った茅や竹薮などの間に、小役人の十軒あまりの家がある。

皆鳥言夷面。始至,言語不通,

人々の話し言葉は、鳥の噛りのような言葉で、異民族らしい顔をしていて、はじめて到着したときは、言葉が通じなかった。

畫地為字,然後可告以出租賦,奉期約。

地面に字を書いて、やっと租税額を云い出せたり、期日や約束を守ることなどを告げることができた。

是以賓客遊從之士,無所為而至。

こういうわけで、私の所に、賓客や交わり遊ぶ人士など、わざわざ来るものはなかったのである。

 

縣郭に居民無く、官に丞尉無し。

江を爽める荒茅篁竹の間に、小吏十餘家あり。

皆 鳥言 夷面、始て至りしとき言語通ぜず、

地に畫して字を為し、然る後に告ぐるに租賦を出し、期約を奉ずるを以てす可し。

是を以て賓客遊從の士、為にして至る所無し。

 

§-2-1

愈待罪於斯,且半矣。

私はこの陽山の縣令としての職に過失の罪もあろうかと待つこと半年になろうとしている。

有區生者,誓言相好,

區生というものがあって、この私に誓って互いに仲好くしようというのである。

自南海挐舟而來,升自賓階,

南海から舟を牽いて川を上って来て、賓客の階段から昇って相対したが、

儀觀甚偉,坐與之語,文義卓然。

その威儀容貌は甚だすぐれている。坐してこれと語るに、その学問上の考えが高くすぐれていた。


§-2-1

愈罪を斯に待つこと、且に半歳ならんとす。

區生といふ老有り。誓って言ふ、相好くせんと。

南海より舟を拏きて来り、賓階より升る。

觀 甚だ偉なり。坐して之と語るに、文義卓然たり。

§-2-2

莊周云:「逃空虛者,聞人足音,跫然而喜矣。」

況如斯人者,豈易得哉!

入吾室,聞《詩》《書》仁義之,欣然喜,若有志於其間也。

§-2-3

與之翳嘉林,坐石磯,

投竿而漁,陶然以樂,

若能遺外聲利,而不厭乎貧賤也。

之初吉,歸拜其親,

酒壺既傾,序以識別。

 

§2-2

荘周云ふ、「空虚に逃るる者は、人の足音跫然たるを聞いて喜ぶ」と。

況や斯の人の如き者、豈得易からんや。

吾が室に入りて、《詩》《書》仁義の説を聞き、欣然として喜ぶ。

其のに 志 有るが若きなり。

§-2-3

之と嘉林に翳れ、石磯に坐し、

竿を投じて漁し、陶然として以て樂む。

利を遺外して、貧賤を厭はざるなり。

歳の初吉に、歸りて其の親を拜せんとす。

酒壺既に傾く。序して以て別を識す。

 

 

『(區冊【おうさく】を送る序)』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

§-2-1

愈待罪於斯,且半矣。

有區生者,誓言相好,

自南海挐舟而來,升自賓階,

儀觀甚偉,坐與之語,文義卓然。


(下し文)
§-2-1

愈罪を斯に待つこと、且に半歳ならんとす。

區生といふ老有り。誓って言ふ、相好くせんと。

南海より舟を拏きて来り、賓階より升る。

儀觀 甚だ偉なり。坐して之と語るに、文義卓然たり。

(現代語訳)
私はこの陽山の縣令としての職に過失の罪もあろうかと待つこと半年になろうとしている。

區生というものがあって、この私に誓って互いに仲好くしようというのである。

南海から舟を牽いて川を上って来て、賓客の階段から昇って相対したが、

その威儀容貌は甚だすぐれている。坐してこれと語るに、その学問上の考えが高くすぐれていた。


(訳注) §-2-1

送區冊序(區冊【おうさく】を送る序)

(區冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

韓愈が陽山に流された時、区冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序に、その感激の情を述べたのである。冊の人物には別に伝はない。区は音「欧」と同じ。

 

愈待罪於斯,且半矣。

私はこの陽山の縣令としての職に過失の罪もあろうかと待つこと半年になろうとしている。

○待罪於斯 貞元二十一年(八〇五)、韓愈が三十八歳の正月、徳宗が崩じた。享年六十四。二月(一説には三月)、大赦が行われ、徳宗の治世に流された役人たちは全部召還されることとなったことをいう。

 

有區生者,誓言相好,

區生というものがあって、この私に誓って互いに仲好くしようというのである。

 

自南海挐舟而來,升自賓階,

南海から舟を牽いて川を上って来て、賓客の階段から昇って相対したが、

○挐舟 牽く。舟を牽いて。

○賓階 堂に升る賓客用の階段。

 

儀觀甚偉,坐與之語,文義卓然。

その威儀容貌は甚だすぐれている。坐してこれと語るに、その学問上の考えが高くすぐれていた。

儀觀 區冊の威儀容貌をいう。

文義 文章の意義。文意。

卓然 抜群の成卓然成績が抜群である.ひときわ抜きん出ているさま。きわだってすぐれているさま。

86-#2-§1-2 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1504> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6504

韓愈  送區册序§-1-2

縣郭無居民,官無丞尉,夾江荒茅篁竹之間,小吏十餘家,皆鳥言夷面。始至,言語不通,畫地為字,然後可告以出租賦,奉期約。

是以賓客遊從之士,無所為而至。
陽山県の城郭内には住民は住まわっていない、そして、役所には副官の丞も属官の尉もない。江をはさんで両岸に荒れ茂った茅や竹薮などの間に、小役人の十軒あまりの家がある。人々の話し言葉は、鳥の噛りのような言葉で、異民族らしい顔をしていて、はじめて到着したときは、言葉が通じなかった。地面に字を書いて、やっと租税額を云い出せたり、期日や約束を守ることなどを告げることができた。

こういうわけで、私の所に、賓客や交わり遊ぶ人士など、わざわざ来るものはなかったのである。

86-#2-§1-2 送區册序 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1504 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6504韓愈詩-86-#2-§1-2

 

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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送區冊序§-1-1

陽山,天下之窮處也。

陸有丘陵之險,虎豹之虞;

江流悍急,橫波之石,廉利侔劍戟,

舟上下失勢,破碎淪溺者,往往有之。

(区冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

§-1-1

陽山は天下中で最も行きづまりの辺鄙なところである。

そして、陸に丘陵のけわしさがあり、虎や豹のおそれもある。

大川の流れは荒く急であって、波の中に横たわる石は角があり、するどくて、剣や戟に似ている。

舟がその川を上り下りするとき、その体勢をまちがえると、波や岩に打ちくだかれて、人々が沈み溺れることは、よくあるのである。

 

陽山は天下の窮處なり。

陸に邱陵の険、虎豹の虞有り。

江流急にして、波に横はるの石は、廉利なること劍戟し。

舟上下するに勢をへば、破砕倫溺する者、往往之れ有り。

 

§-1-2

縣郭無居民,官無丞尉,

陽山県の城郭内には住民は住まわっていない、そして、役所には副官の丞も属官の尉もない。

夾江荒茅篁竹之間,小吏十餘家,

江をはさんで両岸に荒れ茂った茅や竹薮などの間に、小役人の十軒あまりの家がある。

皆鳥言夷面。始至,言語不通,

人々の話し言葉は、鳥の噛りのような言葉で、異民族らしい顔をしていて、はじめて到着したときは、言葉が通じなかった。

畫地為字,然後可告以出租賦,奉期約。

地面に字を書いて、やっと租税額を云い出せたり、期日や約束を守ることなどを告げることができた。

是以賓客遊從之士,無所為而至。

こういうわけで、私の所に、賓客や交わり遊ぶ人士など、わざわざ来るものはなかったのである。

縣郭に居民無く、官に丞尉無し。

江を爽める荒茅篁竹の間に、小吏十餘家あり。

皆 鳥言 夷面、始て至りしとき言語通ぜず、

地に畫して字を為し、然る後に告ぐるに租賦を出し、期約を奉ずるを以てす可し。

是を以て賓客遊從の士、為にして至る所無し。

韓愈 陽山00 

『送區冊序』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

§-1-2

縣郭無居民,官無丞尉,

夾江荒茅篁竹之間,小吏十餘家,

皆鳥言夷面。始至,言語不通,

畫地為字,然後可告以出租賦,奉期約。

是以賓客遊從之士,無所為而至。

(下し文)
縣郭に居民無く、官に丞尉無し。

江を爽める荒茅篁竹の間に、小吏十餘家あり。

皆 鳥言 夷面、始て至りしとき言語通ぜず、

地に畫して字を為し、然る後に告ぐるに租賦を出し、期約を奉ずるを以てす可し。

是を以て賓客遊從の士、為にして至る所無し。

(現代語訳)
§-1-2

陽山県の城郭内には住民は住まわっていない、そして、役所には副官の丞も属官の尉もない。

江をはさんで両岸に荒れ茂った茅や竹薮などの間に、小役人の十軒あまりの家がある。

人々の話し言葉は、鳥の噛りのような言葉で、異民族らしい顔をしていて、はじめて到着したときは、言葉が通じなかった。

地面に字を書いて、やっと租税額を云い出せたり、期日や約束を守ることなどを告げることができた。

こういうわけで、私の所に、賓客や交わり遊ぶ人士など、わざわざ来るものはなかったのである。


(訳注) §-1-2

(区冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

韓愈が陽山に流された時、区冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序に、その感激の情を述べたのである。冊の人物には別に伝はない。区は音「欧」と同じ。

韓愈 陽山と潮州002 

縣郭無居民,官無丞尉,

陽山県の城郭内には住民は住まわっていない、そして、役所には副官の丞も属官の尉もない。

○丞 県の副官。

○尉 県の警察裁判を司る属官。

 

夾江荒茅篁竹之間,小吏十餘家,

江をはさんで両岸に荒れ茂った茅や竹薮などの間に、小役人の十軒あまりの家がある。

 

皆鳥言夷面。始至,言語不通,

人々の話し言葉は、鳥の噛りのような言葉で、異民族らしい顔をしていて、はじめて到着したときは、言葉が通じなかった。

 

畫地為字,然後可告以出租賦,奉期約。

地面に字を書いて、やっと租税額を云い出せたり、期日や約束を守ることなどを告げることができた。

○租賦 地税や人頭税。

 

是以賓客遊從之士,無所為而至。

こういうわけで、私の所に、賓客や交わり遊ぶ人士など、わざわざ来るものはなかったのである。

○無所為而至 為はわざわざ私のために来る人がない。「為にする所にして至る無し」と読む説もある。

86-#1 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1503> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6499

韓愈  送區冊序§-1-1

陽山,天下之窮處也。陸有丘陵之險,虎豹之虞;江流悍急,橫波之石,廉利侔劍戟,

舟上下失勢,破碎淪溺者,往往有之。
(区冊が遠方から来て従い交わったので、深く喜んで、帰郷の区冊を送る序で、その感激の情を述べたもの)

§-1-1

陽山は天下中で最も行きづまりの辺鄙なところである。そして、陸に丘陵のけわしさがあり、虎や豹のおそれもある。大川の流れは荒く急であって、波の中に横たわる石は角があり、するどくて、剣や戟に似ている。舟がその川を上り下りするとき、その体勢をまちがえると、波や岩に打ちくだかれて、人々が沈み溺れることは、よくあるのである。

86-#1 送區册序 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1503 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6499韓愈詩-86-#1

 

 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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85 (改訂) 巻09-14湘中 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1502> Ⅱ巻09-14 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6494

韓愈  湘中  

猿愁魚踴水翻波,自古流傳是汨羅。

蘋藻滿盤無處奠,空聞漁父扣舷歌。
(湘江流域の平原に来て汨羅に臨んで、屈原を弔って歌ったもの)猿は悲しげな鳴き声をあげ、魚ははね躍り、湘江の水は波をわきたたせて、まことに瀟湘八景をみる。そしてここには昔から屈原が投身して死んだところとして、世間に知られている汨羅の故跡である。その魂をまつるために、蘋蘩を盤いっぱいに盛ったが、さてどこに向ってすすめたら良いかわからず、屈原がであった漁父がその人かと思われる様な漁父が相変わらず、船端を叩きながらうたう舟歌がむなしく聞こえてくる。
85 (改訂) 09-14湘中 韓愈(韓退之)  804年貞元20 37歳<1502 Ⅱ巻09-14 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6494韓愈詩-85

 

 
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