漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

2016年02月

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

韓愈138 #2《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#2<1687> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7411

韓愈詩-韓愈138 #2  韓愈  秋懷詩,十一首之九#2

青冥無依倚,飛轍危難安。驚起出視,倚楹久汍瀾。

憂愁費晷景,日月如跳丸。迷復不計遠,為君駐塵鞍。

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。

韓昌黎集01-20-#2

秋懷詩,十一首之九2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7411 

 806年貞元22 39-10#2

10#2

1685

 

 

 
  2016年2月29日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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韓愈138 #2《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#2<1687> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7411  
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  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #4杜少陵集 《19-38 狄明府〔寄狄明府博濟〕#4》 杜甫詩index-15-1153 <1603> 767年大暦2年56歲-24 #4漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7412  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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韓愈詩-韓愈138 #1

年:806年貞元22 39-10#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之九

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

 

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

空階一片下,琤若摧琅玕。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

#2

青冥無依倚,飛轍危難安。

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。

驚起出視,倚楹久汍瀾。

ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。

憂愁費晷景,日月如跳丸。

そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。

迷復不計遠,為君駐塵鞍。

そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。

(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】摧【くだ】くが若し。

【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。

#2

青冥に依りること無く、飛轍【ひてつ】危うして安んじ難かるらし。

驚き起きて戸を出でて視て、【えい】りて久しく汍瀾【がんらん】たり。

憂愁 晷景【きけい】を費し、日月 跳丸【ちょうがん】の如し。

迷復【めいふく】遠きを計らず、君が爲に塵鞍【じんあん】を駐【とど】めむ。

 

 

『秋懷詩,十一首之九現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

青冥無依倚,飛轍危難安。

驚起出視,倚楹久汍瀾。

憂愁費晷景,日月如跳丸。

迷復不計遠,為君駐塵鞍。

(下し文)
#2

青冥に依り倚ること無く、飛轍【ひてつ】危うして安んじ難かるらし。

驚き起きて戸を出でて視て、楹【えい】に倚りて久しく汍瀾【がんらん】たり。

憂愁 晷景【きけい】を費し、日月 跳丸【ちょうがん】の如し。

迷復【めいふく】遠きを計らず、君が爲に塵鞍【じんあん】を駐【とど】めむ。

(現代語訳)
#2

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。

ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。

そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。

そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。


(訳注) #2

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

《秋懷詩,十一首之八》「其言有感觸,使我複淒酸。」(其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

とほぼ同義の詩である。

 

青冥無依倚,飛轍危難安。

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。

152 青冥 深夜の青冥の天上青ぞら。

153 飛轍 空中を飛ぶ月の軌道。

 

驚起出視,倚楹久汍瀾。

ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。

154  前の方の円い柱。

155 汍瀾 はらはら流すさま。

 

憂愁費晷景,日月如跳丸。

そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。

156 晷景 晷は日光。も光のこと。

157 跳丸 昔の曲芸の一首。お手玉のように丸いたままたは剣をかわるがわる投げるもののようである。《莊子·逍遙遊》「子獨不見狸. 狌乎?卑身而伏,以候敖者,東西跳梁,不辟高下,中於機. 辟,死於罔罟。。」タヌキやイタチは低く身を伏せ、のこのこ出てくる奴を待っている動物で、あちこちを飛び回り、高下にお構いなしのものですから、仕掛けにかかったりして、命を落とす。

 

迷複不計遠,為君駐塵鞍。

そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。

158 迷複不計遠「迷複」は、迷いながら正しい道にもどろうとすること。「周易」(易経)の復の卦のことば。「不計遠」も、同じく「周易」の復の卦の「碧らずして接す」1「不達復」をふんでいったもの。・迷複  迷いつつ正しきにかえる。『易経』復の卦の語。・不計遠 『易経』の同じ卦に「遠からずして復す」 の語がみえる。

159 為君駐塵鞍 塵世のもやくやの中における鞍、つまり、この世の時間の運行するということ、月の落ちるということから、時間の運行を止めることを連想したのでだろう。

・塵鞍 世の中のつまらないことを大げさに馬で行き来するようなバカげたこと。この時代朝廷内では改革派と守旧派の対立が日常的に行われ、その上一方では宦官が暗躍し、白居易の盟友元稹など謀の上、左遷されている。

 

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韓愈138 #1《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#1<1686> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7406

韓愈  秋懷詩,十一首之九#1

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけtr鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

韓昌黎集01-20-#1

秋懷詩,十一首之九1

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 806年貞元22 39-10#1

10#1

1684

 

 

 
  2016年2月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(89)李太白集929巻二十四41長信宮  408Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(89) Ⅰ李白詩1773 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7405  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
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(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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韓愈138 #1《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#1<1686> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7406  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #3杜少陵集 《19-38 狄明府〔寄狄明府博濟〕#3》 杜甫詩index-15-1152 <1602> 767年大暦2年56歲-24 #3漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7407  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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韓愈詩-韓愈138 #1

年:806年貞元22 39-10#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之九

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

 

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

空階一片下,琤若摧琅玕。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

#2

青冥無依倚,飛轍危難安。

驚起出視,倚楹久汍瀾。

憂愁費晷景,日月如跳丸。

迷復不計遠,為君駐塵鞍。

 

葭 あし001楠樹01 

(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】摧【くだ】くが若し。

【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。

#2

青冥に依りること無く、飛轍【ひてつ】危うして安んじ難かるらし。

驚き起きて戸を出でて視て、【えい】りて久しく汍瀾【がんらん】たり。

憂愁 晷景【きけい】を費し、日月 跳丸【ちょうがん】の如し。

迷復【めいふく】遠きを計らず、君が爲に塵鞍【じんあん】を駐【とど】めむ。

 

 

『秋懷詩,十一首之九』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之九#1

霜風侵梧桐,葉著樹乾。

空階一片下,琤若摧琅玕。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

(下し文)
(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆葉 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】を摧【くだ】くが若し。

謂【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。


(現代語訳)
秋懷詩,十一首之九#1(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。


(訳注)

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

《秋懷詩,十一首之八》「其言有感觸,使我複淒酸。」(其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

とほぼ同義の詩である。

 

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

144 霜風 霜の気を含んだ風。

145 梧桐 アオギリ科の落葉高木。鳳凰は梧桐の葉が茂るところにしか棲まない。月に繁る樹木。玄宗と楊貴妃の物語、悲恋を象徴する樹木。崑崙山に繁る。

 

空階一片下,琤若摧琅玕。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

146 琤 玉のあたって鳴る音。

147 琅玕  暗緑色または青碧(せいへき)色の半透明の硬玉。また、美しいもののたとえ。2 《色が1に似るところから》青々とした美しい竹。

 

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

148 夜気 月明かりが薄れてきて、生物が次第に休養を得て再び元気を獲得することのできる暗い夜をいう。冬も春に目を出すための休養を云う。孟子にあることば。

149 望舒 月中神話傳であり月の駕車を為す女神をいう。屈原《楚辭·離騷》有記載:「前望舒使先驅兮,後飛廉使奔屬。」(望舒を前にして先驅せしめ,飛廉を後にして奔屬せしむ。),王逸注:「望舒,月御也。」洪興祖は補註して「《淮南子》曰:『月御曰望舒,亦曰纖阿。』」望舒は又の名を「纖阿」。「纖阿」,御月者。

150 霣 月影の落ちること。

151 団 團扇の月がかけてくること。仲秋から次第に月がかけてきて夜の明かりが次第に暗くなることを云う。


韓愈137-#2《 巻01-21秋懷詩,十一首之八 (卷卷落地葉,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(9)#2<1685> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7401

韓愈詩-韓愈137-#2  秋懷詩十一首之 八  #2

退坐西壁下,讀詩盡數編。作者非今士,相去時已遷。

其言有感觸,使我復悽酸。願謂汝童子,置書且安眠。

丈夫屬有念,事業無窮年。

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

韓昌黎集01-19-#2

秋懷詩,十一首之八2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7401 

 806年貞元22 39-9

9 #2

1684

 

 

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。

 

天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

(秋の懐の詩) の一
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

 
#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

年:806年貞元22 39-9)#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之八

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

 

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

作者非今士,相去時已遷。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

其言有感觸,使我復悽酸。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

願謂汝童子,置書且安眠。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

丈夫屬有念,事業無窮年。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

(秋の懐の詩) の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

 

 

『懷詩,十一首之八』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

作者非今士,相去時已遷。

其言有感觸,使我復悽酸。

願謂汝童子,置書且安眠。

丈夫屬有念,事業無窮年。

(下し文)
#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

(現代語訳)
#2

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。


(訳注)

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

135 退坐 自分の席につく。

 

作者非今士,相去時已千。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

136 相去 作者の時代と現在とのへだたり。

137 千 千年。

 

其言有感觸,使我複淒酸。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

138 感触 感動させる。

139 淒酸 にがいおもい.

 

顧謂汝童子,置書且安眠。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

140 顆謂 童子をふりかえっていう。このあと、安眠せよ、までが、そのことば。

 

丈夫屬有念,事業無窮年。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

141 属 たまたまその時。

142 事業 仕事。

143 窮 おわる。

 

 

135

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韓愈137-#1《 巻01-21秋懷詩,十一首之八 (卷卷落地葉,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(9)#1<1684> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7396

韓愈詩-韓愈137-#1秋懷詩十一首之 八  #1

卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。

空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。

問我我不應,饋我我不餐。

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

韓昌黎集01-19

秋懷詩,十一首之八1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7396 

 806年貞元22 39-9

9 #1

1684

 

 
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秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。

 

天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

(秋の懐の詩) の一
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

 
#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

終南山06 

年:806年貞元22 39-9)#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之八

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

 

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

 

退坐西壁下,讀詩盡數編。

作者非今士,相去時已遷。

其言有感觸,使我復悽酸。

願謂汝童子,置書且安眠。

丈夫屬有念,事業無窮年。

(秋の懐の詩) の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

 

京兆地域図002 

『懷詩,十一首之八』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩十一首之 八  #1

卷卷落地葉,隨風走前軒。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

童子自外至,吹燈當我前。

問我我不應,饋我我不餐。

(下し文)
(秋の懐の詩) の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

(現代語訳)
秋懷詩十一首之 八  #1(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。


(訳注)

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

落葉に因って興を起して、第一首と呼応し、そして、平生の志の宏遠にして古人と軌を同じうし、到底、時人の窺ひ知るることのできないことを公言したので、まことに、その抱負の大を見るべきものである。劉辰翁は「耿耿として目前に在るが如し、荊公の拗書還少年は、かくの如く暢ならず」といい、李光地は「言ふは、古人の詩を誦して、古人と相感ず、黙然安寝して無窮の業に志す、詩に謂はゆる獨寐寤宿、永矢弗告なるものか」といった。《詩經、衛風·考槃》.「考槃在陸,碩人之軸。獨寐寤宿,永矢弗告。」(考槃陸に在り,碩人の軸なる。獨り寐ね寤めて宿す、永く矢って告げじ山中を陸の上を一人歩いて暮らす。長閑に暮らす賢人は一人寝ね、覚めてもなお臥す。この楽しみを誓って長く人々に告げずに身を終えることであろう。

 

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

・巻巻 くるくる。

・隨風 風のふくままに。

・前軒 軒端のさき。

 

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

・鳴声 なる音。

・顛倒 ひっくりかえる。

・追奔 おいかける。

 

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

・空堂 人けのない部屋。

・黄嘗 たそがれ。唇は昏と同じ。

 

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

・童子 めしつかい。中国の士人は身の回りの用をたすために、少年や少女を使っていた。

・吹燈 あかりをつけること。

・当 対する。

 

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

・饋 食事をすすめる。

 


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韓愈136-#2《 巻01-20秋懷詩,十一首之七 (秋夜不可晨,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(8)<1683> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7391

韓愈詩-韓愈136-2秋懷詩十一首之 七  #2

古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。

有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。

豈必求贏餘,所要石與

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

韓昌黎集01-19

秋懷詩,十一首之七#2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7391 

 806年貞元22 39-8

8#2

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秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

年:806年貞元22 39-7

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之六

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

 

 

年:806年貞元22 39-8

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之七

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

有如乘風船,一縱不可纜。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

豈必求贏餘,所要石與

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

 

(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ。

 

 

 

『秋懷詩,十一首之七』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

有如乘風船,一縱不可纜。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

豈必求贏餘,所要石與

(下し文)
#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ

(現代語訳)
#2

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。


(訳注) #2

秋懷詩,十一首之七  #2

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

 

古聲久埋滅,無由見真濫。

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

108 埋滅 埋没されたり消滅したりしている

・見 みわける。

・真濫 ほんとうのものと、にせもの.

 

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

・低心 高い心をひくめる.

・逐 おいかける。妥協する。

・時趨 時代の趨勢。流行。

・祗能暫 しばらく我慢できただけだ.

 

有如乘風船,一縱不可纜。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

・乗風船 帆に風をうけた船。

・一縱 いったん艫綱をといたら。

 

不如覷文字,丹鉛事點勘。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

・覷 のぞく。みる。

・丹鉛 朱と胡粉。朱は書きこみに用い、胡粉は訂正するために使う。鉛は、むかしこれで木の板に文字を書いた。特にノートするようなときに用いられたようである。

・点勘 テキストの校訂をする。点も勘も、しらべること。

 

豈必求贏餘,所要石與

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

・贏余 余分。

・石与 石は十斗。は二十斗だといわれる。わずかの俸給をさす。

 


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韓愈136《 巻01-20秋懷詩,十一首之七 (秋夜不可晨,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(8)<1682> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7386

韓愈詩-韓愈136 秋懷詩十一首之 七  #1

秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

韓昌黎集01-19

秋懷詩,十一首之七

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7386 

 806年貞元22 39-8

8

1682

 

 
  2016年2月24日 の紀頌之5つのBlog  
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秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

年:806年貞元22 39-7

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之六

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

 

 

年:806年貞元22 39-8

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之七

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

有如乘風船,一縱不可纜。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

豈必求贏餘,所要石與

 

(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ。

 

 

 

『秋懷詩,十一首之七』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之七  #1

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

我無汲汲志,何以有此憾。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

(下し文)
(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

(現代語訳)
秋懷詩,十一首之七  #1(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。


(訳注)

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

 

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

98 不可晨 なかなか夜明けとならない。

 

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

99 汲汲 休まず勉めるさま。せっせせっせというほどの意。

100 此憾 秋の夜のあけがたく、秋の日のくれやすいこと。つまり勉める時間の少ないこと。

 

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

101 寒雞 さむそうな姿のにわとり。

102 棲 ねぐら。『詩経』王風の君子于役「君子于役、不知其期、曷至哉 雞棲於塒羊牛下來。」(君子役に于【ゆ】く、其の期を知らず、 曷(いつ)か至らんや. 塒(ねぐら)に棲む 日之夕矣 日の夕べ 羊牛下り來り雞は塒に棲り、日は夕べとなり、羊と牛とは下り来る。)の句がみえる。

103 欠月 かけた月。満月から次第にかけていく月で別れることの象徴で気になるということから、二十日月をいう。

104 煩屢瞰 見たくもないのにしばしは見なければならない。

 

有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

105 具徽絃 ことじと、こといととを、ちゃんとととのえてある。陶淵明は白木の琴を一張もっていたが、ことじも、いとも、なかった、といわれる。

106 鼓 ひく。ことはつま弾く,鼓くという。

107 淡 音調が淡薄であることをさす。


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韓愈135《 巻01-19秋懷詩,十一首之六 (今晨不成起,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(7)<1681> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7381

韓愈詩-韓愈135  秋懷詩十一首之 六

今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

尚須勉其頑,王事有朝請。

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

韓昌黎集01-19

秋懷詩,十一首之六

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  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
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秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

年:806年貞元22 39-7

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之六

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

 

終南山01京兆地域図002 

 

『秋懷詩,十一首之六』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩十一首之 六

今晨不成起,端坐盡日景。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

尚須勉其頑,王事有朝請。

(下し文)
(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

(現代語訳)
秋懷詩十一首之 六 (秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。


(訳注)

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

 

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

81 今晨 けさ。晨は、朝。

82 成起ちゃんと起きてしまう。成は、ものごとの完成する意。

83 端坐 きちんとすわる。端は、端正。

84 日景 景は影と同じ。ここでは光りの意。日景とは日光であり、昼のあいだのことをさす。

 

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

85 幽幽 人けなくくらいさま。くらくひっそりしている。

86 月吐 月が山からぬっと出ること。杜甫大歴2年の作で五言律詩『月』の詩にも、「四更山吐月,. 殘夜水明樓。 塵匣元開鏡,. 風簾自上鉤。」(四更山は月を吐き、残夜水は桟に明きらかなり。)とある。

87 冏冏 煌煌、烔烔と同じく、光りのあきらかな形容。

 

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

88 喪懐 心を失しなう。ぼんやりする。

89 迷方 どうしてよいか分からず方向に迷うこと。

90 浮念 とりとめのない考え。

91 含梗 梗は、草木のとげ。したがって含梗は、のどに何かがひかかっていること。とげが刺さって抜けていない状況。

 

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

92 塵埃 ちりとほこり。世間のいろいろうるさいことがらを象徴する。くだらない人間関係。

93 伺候 御機嫌うかがいをする。

94 浪 むやみに。やたらに。

95 馳騁 はやく走る。騁は逓。

 

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

96 頑 頑固者。ものの道理にくらく片意地をはること。

97 朝請 天子に奉仕すること、すなわち官吏として出勤すること。元来、地方の諸侯が天子の御撥嫌うかがいに都へ来ることで、春のときは朝といい、秋のときは請といった。

 


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韓愈134《 巻01-18秋懷詩,十一首之五 (離離挂空悲,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(6)<1680> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7376

韓愈詩-韓愈134  秋懷詩,十一首之五

離離挂空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。

名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

韓昌黎集01-18

秋懷詩,十一首之五

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 806年貞元22 39-6

6

1680

 

 

 
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年:806年貞元22 39-6

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之五

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

『秋懷詩,十一首之五』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之五

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

(下し文)
(
秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

(現代語訳)
秋懷詩,十一首之五(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。


(訳注)

秋懷詩,十一首之五

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の五 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

64 【解説】葛立方は「これは陶潜《帰去来辭》、今は是にして昔は非なるを覚ゆるの意、悟るところあるに似たるなり」といい、乾隆御批には「この首、特に見道の言多し」といい、朱竹垞は「かくの如きの琢句、これ謝を尊ぶ、然れども、意は却って謝に此して精探」といい、何義門は「“悼前猛”は、蛟龍を攬するに應じ、“就新懦”は、仍って史書を閲するに歸す」といった。

 

離離掛空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

65 離離 心のきれぎれになるさま。この頃まで、朝廷改革の必要性が言われ続けたが、一旦つぶされかけたが、裴度を筆頭に韓愈ら、朝廷改革の機運が高まってきていることを意味する。

66 掛 心にかける。掛心・掛念(心配する)の掛である。

67 空悲 あてどない悲しみ。はっきり悲しむべき対象もないのに何となしに悲しいこと。

68 戚戚 気がかりなさま。

69 虚警 いわれのない警戒心。警戒すべき理由のないのにびくびくすること。いわれなき、陽山に左遷され、二年がかりで長安に戻され、元職の權知国子博士に転任されたところであるから、警戒していることをいう。

 

露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

70 泫 涙を流すさま。ここでは、蕗が下りていることをいう。謝靈運『從斤竹澗越嶺溪行詩』「猿鳴誠知曙。穀幽光未顯。巌下雲方合。花上露猶泫。逶迤傍隈隩。迢遞陟陘峴。」(猿鳴いて誠に曙【あけぼの】を知り、谷幽にして光未だ顯【あら】われず。巌下に雲 方【まさ】に合し、花上に露猶 泫【したた】る。逶迤【いい】として隈隩【わいおう】に傍【そ】ひ、迢遞【ちょうてい】として陘峴【けいけん】を陟【のぼ】る。)とみえるが、ほとはといえば、《禮記 檀弓》“孔子泫然流涕曰:「吾聞之:古不修墓。」”.に基づく仕様の仕方である。

従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運(康楽) 詩<51#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩446 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1155

 

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

71 斂退 ひっこみ退く。さっと退く。

72 新儒 新しい臆病な態度、自分の態度についていう。

73 趨営 あくせく走りまわる。

74 前猛 以前の無鉄砲なはげしさ。新儒とともに自分についていう。

 

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

愚かさに帰結し、そこに平穏な道のあることを認識する、それはむかしのことを汲み、量るためにふさわしく長いつるべも手に入れたということだ。

75 夷塗 平らかなみち。塗は途と同じ。

76 修綆 修はながい。綆はつるべのなわ。古代のことを知るに適当な方法をさす。修綆という語の源典は莊子の短綆に基づくもので、 《莊子集釋》卷六下〈外篇·至樂〉「孔子曰:「善哉汝問!昔者管子有言,丘甚善之,曰:『褚小者不可以懷大,綆短者不可以汲深。』夫若是者,以為命有所成而形有所適也,夫不可損益。」布袋の小さいものは、大きいものを入れることはできないし、鶴瓶の短いものでは深い井戸では水が汲めない。天が定めるところがあり、携帯にはそれぞれ適切なところがあるものである。

 

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

77 名浮 名だけがうわすべりして。実が伴わず名前だけ一人歩きする。

78 味薄 味は、世味。世俗への関心(欲得)の度合い。

 

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

79 悔尤 後悔やとがめ。悔は、自分の心で悪かったと悔いること。尤は、人が自分の悪い所をとがめること。

80 幽屏 人から見えないところにかくれしりぞく。幽は隠棲する。屏は隠れ家にする。

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韓愈133《 巻01-17秋懷詩,十一首之四 (秋氣日惻惻,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(5)<1679> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7371

韓愈詩-韓愈132秋懐詩十一首之四

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。

豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。

其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

韓昌黎集01-15

秋懷詩,十一首之三 #1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7361 

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韓愈詩-韓愈133

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

歸還書史,文字浩千萬。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

丈夫意有在,女子乃多怨。 

自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。

年:806年貞元22 39-5

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之四

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:        終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山         

湫水 (京畿道 京兆府 萬年)       

交遊人物/地點:

 

秋懐詩十一首之四

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

豈不感時節,耳目去所憎。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

清曉卷書坐,南山見高棱。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

惜哉不得往,豈謂吾無能。
しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

(秋懐詩十一首の四)

秋氣 日びに惻惻とし,秋空 日びに淩淩たり。

上に 枝上の蜩【せみ】無く,下に 盤中の蠅【はえ】無し。

豈に時節に感ぜざらん,耳目して憎き所を去らんとす。

清曉【せいぎょう】書を卷いて坐するに,南山 高棱を見【あらわ】す。

其下 澄湫【ちょうしゅう】の水,蛟 寒に罾すべきもの有り。

惜しい哉 往くことを得ず,豈に吾れ能くする無しと謂はんや。



秋懐詩十一首之四現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懐詩十一首之四

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

豈不感時節,耳目去所憎。

清曉卷書坐,南山見高棱。

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

惜哉不得往,豈謂吾無能。

(下し文)
(秋懐詩十一首の四)

秋氣 日びに惻惻とし,秋空 日びに淩淩たり。

上に 枝上の蜩【せみ】無く,下に 盤中の蠅【はえ】無し。

豈に時節に感ぜざらん,耳目して憎き所を去らんとす。

清曉【せいぎょう】書を卷いて坐するに,南山 高棱を見【あらわ】す。

其下 澄湫【ちょうしゅう】の水,蛟 寒に罾すべきもの有り。

惜しい哉 往くことを得ず,豈に吾れ能くする無しと謂はんや。


(現代語訳)
秋懐詩十一首之四(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。


(訳注)

秋懐詩十一首之四

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

51 【解説】前其一、其二では、秋風はじめ至って、落葉したことを云ったが、ここ其四では、秋が次第に深くなって来たというところから筆をおこした。そして、この詩には諷意があるというのが通説である。韓愈《巻一01 元和聖徳詩幷序》で、述べているが、憲宗は、中興の英主を以て嘱望せられ、君側の小人が次第に退けられたので、枝上の蜩、盤中の蝿は、即ち此等の小人に比し、その小人が居なくなったのは、まことに嬉しいといふ意である。それから、蚊は呉元濟などの事をいったので、今の時、兵を進めて征伐したならば、造作なく之を平げることができるというので、当時の賢相たる裴度が先づ上書し、韓愈も同じ意見であったから、続いて上言したところが、それが他の宰相の忌諱に触れて、二人とも一時は失脚したので、自分が此のようになったのは、時が然らしめた、決して、無能のためではないといふ意である。蒋之𧄍は「この詩、亦た爾爾、昔人これを評するものあら、云ふ、十九首と上下すべくして、気復た之に過ぎたりと。吾が解せざるところ。唐汝詢日く、これ謂へらく、憲宗の世、朝政漸く肅、宜しく不廷を討ずべく、しかも、己れ権なし、故に是嘆ありと。然れども、自ら任ずる、亦た浅からす」といい、ほぼ肯綮に中っている。また、乾隆御批には「用意、同谷六歌と同じ」とある。これは、杜甫の集に《巻八44 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六》の表現を借りている。

杜甫 《巻八44 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六》 
南有龍兮在山湫,古木巃枝相樛。
木葉黃落龍正蟄,蝮蛇東來水上游。
我行怪此安敢出,拔劍欲斬且複休。』
嗚呼六歌兮歌思遲,溪壑為我回春姿。』

(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
南に竜有り 山湫に在り、古木 巃
 枝 相膠す。
木葉 黄落し 竜正に蟄す、蝮蛇 東来し 水上に沸す。
我行いて此を怪しむ安んぞ敢て出でん、剣を抜き斬らんと欲して且つ復た休す。』
鳴呼 六歌す 歌思遅し、渓壑 我が為めに春姿を廻えさん。』

(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
ここの南方の山に竜がいる。そこは「窪地」で湿地になっているところだ。古木がいかめしくしげりあい、枝がたがいに垂れさがっているところである。
木の葉は黄ばんで落ちたので竜は今まさに冬眠をしたのだ、そこへまむしや蛇が東の方からやってきて「窪地」の水の上にあそんでいるのだ。
わたしはそこへ出掛けてはみたがこんなふしぎな様子を目にしてどうしてその場に出られるというのか、剣をぬいてそのへびを斬ろうかとも思ったのだがそれはまたやめたのである。』
ああ、この歌は第六の歌であるから、六にまつわる歌となるとやくはでてこないものだ。このような渓谷がわたしのために早く春のすがたを回復してくれることだ。(それならわたしも竜もその地にでかけることができるだろう。)』

“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六 杜甫1000<337>#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1595 杜甫詩1500- 496

 

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

52 惻惻 人にせまるようにはげしく感傷を要させる形容。かなしみいたむさま。惻惻は心に刺されたようにいたみ悲しむこと。

53 淩淩 高いさま。犯しがたきをもって高く高くすみわたっているさま。

 

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

54 蜩 ひぐらし。ここではひろく夏から秋懸けて泣いていた蝉一般をさす。

55 盤中曜 皿にたかるはえ。かつての中国では、皿にたかる蝿は、まっ黒になって、皿の中のものが見えないほどだった。唐の段成式の『酉陽雑爼』に「長安の秋は蝿が多い」といってそのさまをくわしくえがいている。うまいから、毒が盛られていないことで蠅を極端には嫌わなかった。ここでは最も厭なものとされている。

 

豈不感時節,耳目去所憎。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

56 所憎 憎たらしいもの。やかましい蝉と、うるさい蝿。

 

清曉卷書坐,南山見高棱。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

57 巻書 読んでいた巻物の本を、まきおさめる。

58 南山 南の方の山。ここではたぶん長安の南にある終南山。

59 高稜 高い山かど。

 

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

60 澄漱水 澄んだ池の水。終南山には炭谷湫という池があり、そこには蛟が住む、といい伝えられた。韓愈《南山詩》「因緣窺其湫,凝湛閟陰獸。」(因縁【いんえん】して其の湫【しゅう】を窺【うたが】えば、凝湛【ぎょうたん】として陰獸【いんきゅう】を閟【と】ざす。)しかし、折角、ここまできたのだから、どこか面白い景色はなかろうかというので、その邊を辿り行くと、例の谷川のところにきたり、そこには、一つの湫潭がある。その沼は、湛然としで碧色を凝らし、陰獸である蛟が、その主として棲んで居る。

・囚縁窺其湫 杜墅より山にはいって、雨山の山中にある池を見たことである。・因縁:ついでにということ。其湫の湫は、いけ。これは、南山の中にあって雨乞いの場所であった炭谷湫をさす。韓愈には、《巻五14題炭谷湫祠堂》(炭谷湫の祠堂に題す」という詩もある。

・凝湛 瀞とに水がたたえられているさま。

・閟 かくれすまわせている。

・陰獸【いんきゅう】 獸は、畜と同じ。家畜という考え方でこの池に飼っている蛟のことをいう。蛟を畜とすることは、『礼記』「礼運篇」に見えるという。

61 蚊 水竜。みずち。

62 罾 よっであみで捕える。

 

惜哉不得往,豈謂吾無能。

しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

63 無能 蚊を捕える能力がない。

 

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韓愈詩-韓愈132秋懷詩,十一首之三 #2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 歸還書史,文字浩千萬。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 丈夫意有在,女子乃多怨。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

韓昌黎集01-15

秋懷詩,十一首之三 #1

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