中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

2016年02月

韓愈138 #2《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#2<1687> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7411

韓愈詩-韓愈138 #2  韓愈  秋懷詩,十一首之九#2

青冥無依倚,飛轍危難安。驚起出視,倚楹久汍瀾。

憂愁費晷景,日月如跳丸。迷復不計遠,為君駐塵鞍。

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。

韓昌黎集01-20-#2

秋懷詩,十一首之九2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7411 

 806年貞元22 39-10#2

10#2

1685

 

 

 
  2016年2月29日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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韓愈138 #2《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#2<1687> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7411  
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  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #4杜少陵集 《19-38 狄明府〔寄狄明府博濟〕#4》 杜甫詩index-15-1153 <1603> 767年大暦2年56歲-24 #4漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7412  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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韓愈詩-韓愈138 #1

年:806年貞元22 39-10#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之九

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

 

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

空階一片下,琤若摧琅玕。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

#2

青冥無依倚,飛轍危難安。

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。

驚起出視,倚楹久汍瀾。

ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。

憂愁費晷景,日月如跳丸。

そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。

迷復不計遠,為君駐塵鞍。

そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。

(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】摧【くだ】くが若し。

【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。

#2

青冥に依りること無く、飛轍【ひてつ】危うして安んじ難かるらし。

驚き起きて戸を出でて視て、【えい】りて久しく汍瀾【がんらん】たり。

憂愁 晷景【きけい】を費し、日月 跳丸【ちょうがん】の如し。

迷復【めいふく】遠きを計らず、君が爲に塵鞍【じんあん】を駐【とど】めむ。

 

 

『秋懷詩,十一首之九現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

青冥無依倚,飛轍危難安。

驚起出視,倚楹久汍瀾。

憂愁費晷景,日月如跳丸。

迷復不計遠,為君駐塵鞍。

(下し文)
#2

青冥に依り倚ること無く、飛轍【ひてつ】危うして安んじ難かるらし。

驚き起きて戸を出でて視て、楹【えい】に倚りて久しく汍瀾【がんらん】たり。

憂愁 晷景【きけい】を費し、日月 跳丸【ちょうがん】の如し。

迷復【めいふく】遠きを計らず、君が爲に塵鞍【じんあん】を駐【とど】めむ。

(現代語訳)
#2

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。

ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。

そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。

そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。


(訳注) #2

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

《秋懷詩,十一首之八》「其言有感觸,使我複淒酸。」(其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

とほぼ同義の詩である。

 

青冥無依倚,飛轍危難安。

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。

152 青冥 深夜の青冥の天上青ぞら。

153 飛轍 空中を飛ぶ月の軌道。

 

驚起出視,倚楹久汍瀾。

ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。

154  前の方の円い柱。

155 汍瀾 はらはら流すさま。

 

憂愁費晷景,日月如跳丸。

そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。

156 晷景 晷は日光。も光のこと。

157 跳丸 昔の曲芸の一首。お手玉のように丸いたままたは剣をかわるがわる投げるもののようである。《莊子·逍遙遊》「子獨不見狸. 狌乎?卑身而伏,以候敖者,東西跳梁,不辟高下,中於機. 辟,死於罔罟。。」タヌキやイタチは低く身を伏せ、のこのこ出てくる奴を待っている動物で、あちこちを飛び回り、高下にお構いなしのものですから、仕掛けにかかったりして、命を落とす。

 

迷複不計遠,為君駐塵鞍。

そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。

158 迷複不計遠「迷複」は、迷いながら正しい道にもどろうとすること。「周易」(易経)の復の卦のことば。「不計遠」も、同じく「周易」の復の卦の「碧らずして接す」1「不達復」をふんでいったもの。・迷複  迷いつつ正しきにかえる。『易経』復の卦の語。・不計遠 『易経』の同じ卦に「遠からずして復す」 の語がみえる。

159 為君駐塵鞍 塵世のもやくやの中における鞍、つまり、この世の時間の運行するということ、月の落ちるということから、時間の運行を止めることを連想したのでだろう。

・塵鞍 世の中のつまらないことを大げさに馬で行き来するようなバカげたこと。この時代朝廷内では改革派と守旧派の対立が日常的に行われ、その上一方では宦官が暗躍し、白居易の盟友元稹など謀の上、左遷されている。

 

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韓愈138 #1《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#1<1686> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7406

韓愈  秋懷詩,十一首之九#1

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけtr鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

韓昌黎集01-20-#1

秋懷詩,十一首之九1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7406 

 806年貞元22 39-10#1

10#1

1684

 

 

 
  2016年2月28日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(89)李太白集929巻二十四41長信宮  408Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(89) Ⅰ李白詩1773 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7405  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>  
  ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首   
  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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韓愈138 #1《 巻01-22秋懷詩,十一首之九 #1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(10)#1<1686> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7406  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-24 #3杜少陵集 《19-38 狄明府〔寄狄明府博濟〕#3》 杜甫詩index-15-1152 <1602> 767年大暦2年56歲-24 #3漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7407  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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韓愈詩-韓愈138 #1

年:806年貞元22 39-10#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之九

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

 

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

空階一片下,琤若摧琅玕。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

#2

青冥無依倚,飛轍危難安。

驚起出視,倚楹久汍瀾。

憂愁費晷景,日月如跳丸。

迷復不計遠,為君駐塵鞍。

 

葭 あし001楠樹01 

(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】摧【くだ】くが若し。

【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。

#2

青冥に依りること無く、飛轍【ひてつ】危うして安んじ難かるらし。

驚き起きて戸を出でて視て、【えい】りて久しく汍瀾【がんらん】たり。

憂愁 晷景【きけい】を費し、日月 跳丸【ちょうがん】の如し。

迷復【めいふく】遠きを計らず、君が爲に塵鞍【じんあん】を駐【とど】めむ。

 

 

『秋懷詩,十一首之九』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之九#1

霜風侵梧桐,葉著樹乾。

空階一片下,琤若摧琅玕。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

(下し文)
(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆葉 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】を摧【くだ】くが若し。

謂【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。


(現代語訳)
秋懷詩,十一首之九#1(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。


(訳注)

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

《秋懷詩,十一首之八》「其言有感觸,使我複淒酸。」(其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

とほぼ同義の詩である。

 

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

144 霜風 霜の気を含んだ風。

145 梧桐 アオギリ科の落葉高木。鳳凰は梧桐の葉が茂るところにしか棲まない。月に繁る樹木。玄宗と楊貴妃の物語、悲恋を象徴する樹木。崑崙山に繁る。

 

空階一片下,琤若摧琅玕。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

146 琤 玉のあたって鳴る音。

147 琅玕  暗緑色または青碧(せいへき)色の半透明の硬玉。また、美しいもののたとえ。2 《色が1に似るところから》青々とした美しい竹。

 

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

148 夜気 月明かりが薄れてきて、生物が次第に休養を得て再び元気を獲得することのできる暗い夜をいう。冬も春に目を出すための休養を云う。孟子にあることば。

149 望舒 月中神話傳であり月の駕車を為す女神をいう。屈原《楚辭·離騷》有記載:「前望舒使先驅兮,後飛廉使奔屬。」(望舒を前にして先驅せしめ,飛廉を後にして奔屬せしむ。),王逸注:「望舒,月御也。」洪興祖は補註して「《淮南子》曰:『月御曰望舒,亦曰纖阿。』」望舒は又の名を「纖阿」。「纖阿」,御月者。

150 霣 月影の落ちること。

151 団 團扇の月がかけてくること。仲秋から次第に月がかけてきて夜の明かりが次第に暗くなることを云う。


韓愈137-#2《 巻01-21秋懷詩,十一首之八 (卷卷落地葉,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(9)#2<1685> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7401

韓愈詩-韓愈137-#2  秋懷詩十一首之 八  #2

退坐西壁下,讀詩盡數編。作者非今士,相去時已遷。

其言有感觸,使我復悽酸。願謂汝童子,置書且安眠。

丈夫屬有念,事業無窮年。

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

韓昌黎集01-19-#2

秋懷詩,十一首之八2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7401 

 806年貞元22 39-9

9 #2

1684

 

 

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。

 

天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

(秋の懐の詩) の一
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

 
#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

年:806年貞元22 39-9)#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之八

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

 

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

作者非今士,相去時已遷。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

其言有感觸,使我復悽酸。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

願謂汝童子,置書且安眠。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

丈夫屬有念,事業無窮年。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

(秋の懐の詩) の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

 

 

『懷詩,十一首之八』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

作者非今士,相去時已遷。

其言有感觸,使我復悽酸。

願謂汝童子,置書且安眠。

丈夫屬有念,事業無窮年。

(下し文)
#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

(現代語訳)
#2

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。


(訳注)

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

135 退坐 自分の席につく。

 

作者非今士,相去時已千。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

136 相去 作者の時代と現在とのへだたり。

137 千 千年。

 

其言有感觸,使我複淒酸。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

138 感触 感動させる。

139 淒酸 にがいおもい.

 

顧謂汝童子,置書且安眠。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

140 顆謂 童子をふりかえっていう。このあと、安眠せよ、までが、そのことば。

 

丈夫屬有念,事業無窮年。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

141 属 たまたまその時。

142 事業 仕事。

143 窮 おわる。

 

 

135

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韓愈137-#1《 巻01-21秋懷詩,十一首之八 (卷卷落地葉,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(9)#1<1684> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7396

韓愈詩-韓愈137-#1秋懷詩十一首之 八  #1

卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。

空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。

問我我不應,饋我我不餐。

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

韓昌黎集01-19

秋懷詩,十一首之八1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7396 

 806年貞元22 39-9

9 #1

1684

 

 
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秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。

 

天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

(秋の懐の詩) の一
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

 
#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

終南山06 

年:806年貞元22 39-9)#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之八

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

 

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

 

退坐西壁下,讀詩盡數編。

作者非今士,相去時已遷。

其言有感觸,使我復悽酸。

願謂汝童子,置書且安眠。

丈夫屬有念,事業無窮年。

(秋の懐の詩) の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

 

京兆地域図002 

『懷詩,十一首之八』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩十一首之 八  #1

卷卷落地葉,隨風走前軒。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

童子自外至,吹燈當我前。

問我我不應,饋我我不餐。

(下し文)
(秋の懐の詩) の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

(現代語訳)
秋懷詩十一首之 八  #1(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。


(訳注)

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

落葉に因って興を起して、第一首と呼応し、そして、平生の志の宏遠にして古人と軌を同じうし、到底、時人の窺ひ知るることのできないことを公言したので、まことに、その抱負の大を見るべきものである。劉辰翁は「耿耿として目前に在るが如し、荊公の拗書還少年は、かくの如く暢ならず」といい、李光地は「言ふは、古人の詩を誦して、古人と相感ず、黙然安寝して無窮の業に志す、詩に謂はゆる獨寐寤宿、永矢弗告なるものか」といった。《詩經、衛風·考槃》.「考槃在陸,碩人之軸。獨寐寤宿,永矢弗告。」(考槃陸に在り,碩人の軸なる。獨り寐ね寤めて宿す、永く矢って告げじ山中を陸の上を一人歩いて暮らす。長閑に暮らす賢人は一人寝ね、覚めてもなお臥す。この楽しみを誓って長く人々に告げずに身を終えることであろう。

 

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

・巻巻 くるくる。

・隨風 風のふくままに。

・前軒 軒端のさき。

 

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

・鳴声 なる音。

・顛倒 ひっくりかえる。

・追奔 おいかける。

 

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

・空堂 人けのない部屋。

・黄嘗 たそがれ。唇は昏と同じ。

 

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

・童子 めしつかい。中国の士人は身の回りの用をたすために、少年や少女を使っていた。

・吹燈 あかりをつけること。

・当 対する。

 

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

・饋 食事をすすめる。

 


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韓愈136-#2《 巻01-20秋懷詩,十一首之七 (秋夜不可晨,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(8)<1683> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7391

韓愈詩-韓愈136-2秋懷詩十一首之 七  #2

古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。

有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。

豈必求贏餘,所要石與

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

韓昌黎集01-19

秋懷詩,十一首之七#2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7391 

 806年貞元22 39-8

8#2

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秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

年:806年貞元22 39-7

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之六

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

 

 

年:806年貞元22 39-8

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之七

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

有如乘風船,一縱不可纜。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

豈必求贏餘,所要石與

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

 

(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ。

 

 

 

『秋懷詩,十一首之七』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

有如乘風船,一縱不可纜。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

豈必求贏餘,所要石與

(下し文)
#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ

(現代語訳)
#2

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。


(訳注) #2

秋懷詩,十一首之七  #2

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

 

古聲久埋滅,無由見真濫。

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

108 埋滅 埋没されたり消滅したりしている

・見 みわける。

・真濫 ほんとうのものと、にせもの.

 

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

・低心 高い心をひくめる.

・逐 おいかける。妥協する。

・時趨 時代の趨勢。流行。

・祗能暫 しばらく我慢できただけだ.

 

有如乘風船,一縱不可纜。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

・乗風船 帆に風をうけた船。

・一縱 いったん艫綱をといたら。

 

不如覷文字,丹鉛事點勘。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

・覷 のぞく。みる。

・丹鉛 朱と胡粉。朱は書きこみに用い、胡粉は訂正するために使う。鉛は、むかしこれで木の板に文字を書いた。特にノートするようなときに用いられたようである。

・点勘 テキストの校訂をする。点も勘も、しらべること。

 

豈必求贏餘,所要石與

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

・贏余 余分。

・石与 石は十斗。は二十斗だといわれる。わずかの俸給をさす。

 


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韓愈136《 巻01-20秋懷詩,十一首之七 (秋夜不可晨,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(8)<1682> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7386

韓愈詩-韓愈136 秋懷詩十一首之 七  #1

秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

韓昌黎集01-19

秋懷詩,十一首之七

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7386 

 806年貞元22 39-8

8

1682

 

 
  2016年2月24日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
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  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
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秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

年:806年貞元22 39-7

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之六

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

 

 

年:806年貞元22 39-8

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之七

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

有如乘風船,一縱不可纜。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

豈必求贏餘,所要石與

 

(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ。

 

 

 

『秋懷詩,十一首之七』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之七  #1

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

我無汲汲志,何以有此憾。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

(下し文)
(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

(現代語訳)
秋懷詩,十一首之七  #1(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。


(訳注)

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

 

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

98 不可晨 なかなか夜明けとならない。

 

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

99 汲汲 休まず勉めるさま。せっせせっせというほどの意。

100 此憾 秋の夜のあけがたく、秋の日のくれやすいこと。つまり勉める時間の少ないこと。

 

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

101 寒雞 さむそうな姿のにわとり。

102 棲 ねぐら。『詩経』王風の君子于役「君子于役、不知其期、曷至哉 雞棲於塒羊牛下來。」(君子役に于【ゆ】く、其の期を知らず、 曷(いつ)か至らんや. 塒(ねぐら)に棲む 日之夕矣 日の夕べ 羊牛下り來り雞は塒に棲り、日は夕べとなり、羊と牛とは下り来る。)の句がみえる。

103 欠月 かけた月。満月から次第にかけていく月で別れることの象徴で気になるということから、二十日月をいう。

104 煩屢瞰 見たくもないのにしばしは見なければならない。

 

有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

105 具徽絃 ことじと、こといととを、ちゃんとととのえてある。陶淵明は白木の琴を一張もっていたが、ことじも、いとも、なかった、といわれる。

106 鼓 ひく。ことはつま弾く,鼓くという。

107 淡 音調が淡薄であることをさす。


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韓愈135《 巻01-19秋懷詩,十一首之六 (今晨不成起,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(7)<1681> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7381

韓愈詩-韓愈135  秋懷詩十一首之 六

今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

尚須勉其頑,王事有朝請。

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

韓昌黎集01-19

秋懷詩,十一首之六

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  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
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秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

年:806年貞元22 39-7

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之六

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

 

終南山01京兆地域図002 

 

『秋懷詩,十一首之六』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩十一首之 六

今晨不成起,端坐盡日景。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

尚須勉其頑,王事有朝請。

(下し文)
(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

(現代語訳)
秋懷詩十一首之 六 (秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。


(訳注)

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

 

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

81 今晨 けさ。晨は、朝。

82 成起ちゃんと起きてしまう。成は、ものごとの完成する意。

83 端坐 きちんとすわる。端は、端正。

84 日景 景は影と同じ。ここでは光りの意。日景とは日光であり、昼のあいだのことをさす。

 

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

85 幽幽 人けなくくらいさま。くらくひっそりしている。

86 月吐 月が山からぬっと出ること。杜甫大歴2年の作で五言律詩『月』の詩にも、「四更山吐月,. 殘夜水明樓。 塵匣元開鏡,. 風簾自上鉤。」(四更山は月を吐き、残夜水は桟に明きらかなり。)とある。

87 冏冏 煌煌、烔烔と同じく、光りのあきらかな形容。

 

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

88 喪懐 心を失しなう。ぼんやりする。

89 迷方 どうしてよいか分からず方向に迷うこと。

90 浮念 とりとめのない考え。

91 含梗 梗は、草木のとげ。したがって含梗は、のどに何かがひかかっていること。とげが刺さって抜けていない状況。

 

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

92 塵埃 ちりとほこり。世間のいろいろうるさいことがらを象徴する。くだらない人間関係。

93 伺候 御機嫌うかがいをする。

94 浪 むやみに。やたらに。

95 馳騁 はやく走る。騁は逓。

 

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

96 頑 頑固者。ものの道理にくらく片意地をはること。

97 朝請 天子に奉仕すること、すなわち官吏として出勤すること。元来、地方の諸侯が天子の御撥嫌うかがいに都へ来ることで、春のときは朝といい、秋のときは請といった。

 


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韓愈134《 巻01-18秋懷詩,十一首之五 (離離挂空悲,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(6)<1680> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7376

韓愈詩-韓愈134  秋懷詩,十一首之五

離離挂空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。

名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

韓昌黎集01-18

秋懷詩,十一首之五

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年:806年貞元22 39-6

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之五

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

『秋懷詩,十一首之五』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之五

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

(下し文)
(
秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

(現代語訳)
秋懷詩,十一首之五(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。


(訳注)

秋懷詩,十一首之五

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の五 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

64 【解説】葛立方は「これは陶潜《帰去来辭》、今は是にして昔は非なるを覚ゆるの意、悟るところあるに似たるなり」といい、乾隆御批には「この首、特に見道の言多し」といい、朱竹垞は「かくの如きの琢句、これ謝を尊ぶ、然れども、意は却って謝に此して精探」といい、何義門は「“悼前猛”は、蛟龍を攬するに應じ、“就新懦”は、仍って史書を閲するに歸す」といった。

 

離離掛空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

65 離離 心のきれぎれになるさま。この頃まで、朝廷改革の必要性が言われ続けたが、一旦つぶされかけたが、裴度を筆頭に韓愈ら、朝廷改革の機運が高まってきていることを意味する。

66 掛 心にかける。掛心・掛念(心配する)の掛である。

67 空悲 あてどない悲しみ。はっきり悲しむべき対象もないのに何となしに悲しいこと。

68 戚戚 気がかりなさま。

69 虚警 いわれのない警戒心。警戒すべき理由のないのにびくびくすること。いわれなき、陽山に左遷され、二年がかりで長安に戻され、元職の權知国子博士に転任されたところであるから、警戒していることをいう。

 

露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

70 泫 涙を流すさま。ここでは、蕗が下りていることをいう。謝靈運『從斤竹澗越嶺溪行詩』「猿鳴誠知曙。穀幽光未顯。巌下雲方合。花上露猶泫。逶迤傍隈隩。迢遞陟陘峴。」(猿鳴いて誠に曙【あけぼの】を知り、谷幽にして光未だ顯【あら】われず。巌下に雲 方【まさ】に合し、花上に露猶 泫【したた】る。逶迤【いい】として隈隩【わいおう】に傍【そ】ひ、迢遞【ちょうてい】として陘峴【けいけん】を陟【のぼ】る。)とみえるが、ほとはといえば、《禮記 檀弓》“孔子泫然流涕曰:「吾聞之:古不修墓。」”.に基づく仕様の仕方である。

従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運(康楽) 詩<51#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩446 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1155

 

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

71 斂退 ひっこみ退く。さっと退く。

72 新儒 新しい臆病な態度、自分の態度についていう。

73 趨営 あくせく走りまわる。

74 前猛 以前の無鉄砲なはげしさ。新儒とともに自分についていう。

 

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

愚かさに帰結し、そこに平穏な道のあることを認識する、それはむかしのことを汲み、量るためにふさわしく長いつるべも手に入れたということだ。

75 夷塗 平らかなみち。塗は途と同じ。

76 修綆 修はながい。綆はつるべのなわ。古代のことを知るに適当な方法をさす。修綆という語の源典は莊子の短綆に基づくもので、 《莊子集釋》卷六下〈外篇·至樂〉「孔子曰:「善哉汝問!昔者管子有言,丘甚善之,曰:『褚小者不可以懷大,綆短者不可以汲深。』夫若是者,以為命有所成而形有所適也,夫不可損益。」布袋の小さいものは、大きいものを入れることはできないし、鶴瓶の短いものでは深い井戸では水が汲めない。天が定めるところがあり、携帯にはそれぞれ適切なところがあるものである。

 

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

77 名浮 名だけがうわすべりして。実が伴わず名前だけ一人歩きする。

78 味薄 味は、世味。世俗への関心(欲得)の度合い。

 

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

79 悔尤 後悔やとがめ。悔は、自分の心で悪かったと悔いること。尤は、人が自分の悪い所をとがめること。

80 幽屏 人から見えないところにかくれしりぞく。幽は隠棲する。屏は隠れ家にする。

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韓愈133《 巻01-17秋懷詩,十一首之四 (秋氣日惻惻,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(5)<1679> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7371

韓愈詩-韓愈132秋懐詩十一首之四

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。

豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。

其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

韓昌黎集01-15

秋懷詩,十一首之三 #1

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韓愈詩-韓愈133

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

歸還書史,文字浩千萬。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

丈夫意有在,女子乃多怨。 

自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。

年:806年貞元22 39-5

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之四

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:        終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山         

湫水 (京畿道 京兆府 萬年)       

交遊人物/地點:

 

秋懐詩十一首之四

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

豈不感時節,耳目去所憎。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

清曉卷書坐,南山見高棱。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

惜哉不得往,豈謂吾無能。
しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

(秋懐詩十一首の四)

秋氣 日びに惻惻とし,秋空 日びに淩淩たり。

上に 枝上の蜩【せみ】無く,下に 盤中の蠅【はえ】無し。

豈に時節に感ぜざらん,耳目して憎き所を去らんとす。

清曉【せいぎょう】書を卷いて坐するに,南山 高棱を見【あらわ】す。

其下 澄湫【ちょうしゅう】の水,蛟 寒に罾すべきもの有り。

惜しい哉 往くことを得ず,豈に吾れ能くする無しと謂はんや。



秋懐詩十一首之四現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懐詩十一首之四

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

豈不感時節,耳目去所憎。

清曉卷書坐,南山見高棱。

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

惜哉不得往,豈謂吾無能。

(下し文)
(秋懐詩十一首の四)

秋氣 日びに惻惻とし,秋空 日びに淩淩たり。

上に 枝上の蜩【せみ】無く,下に 盤中の蠅【はえ】無し。

豈に時節に感ぜざらん,耳目して憎き所を去らんとす。

清曉【せいぎょう】書を卷いて坐するに,南山 高棱を見【あらわ】す。

其下 澄湫【ちょうしゅう】の水,蛟 寒に罾すべきもの有り。

惜しい哉 往くことを得ず,豈に吾れ能くする無しと謂はんや。


(現代語訳)
秋懐詩十一首之四(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。


(訳注)

秋懐詩十一首之四

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

51 【解説】前其一、其二では、秋風はじめ至って、落葉したことを云ったが、ここ其四では、秋が次第に深くなって来たというところから筆をおこした。そして、この詩には諷意があるというのが通説である。韓愈《巻一01 元和聖徳詩幷序》で、述べているが、憲宗は、中興の英主を以て嘱望せられ、君側の小人が次第に退けられたので、枝上の蜩、盤中の蝿は、即ち此等の小人に比し、その小人が居なくなったのは、まことに嬉しいといふ意である。それから、蚊は呉元濟などの事をいったので、今の時、兵を進めて征伐したならば、造作なく之を平げることができるというので、当時の賢相たる裴度が先づ上書し、韓愈も同じ意見であったから、続いて上言したところが、それが他の宰相の忌諱に触れて、二人とも一時は失脚したので、自分が此のようになったのは、時が然らしめた、決して、無能のためではないといふ意である。蒋之𧄍は「この詩、亦た爾爾、昔人これを評するものあら、云ふ、十九首と上下すべくして、気復た之に過ぎたりと。吾が解せざるところ。唐汝詢日く、これ謂へらく、憲宗の世、朝政漸く肅、宜しく不廷を討ずべく、しかも、己れ権なし、故に是嘆ありと。然れども、自ら任ずる、亦た浅からす」といい、ほぼ肯綮に中っている。また、乾隆御批には「用意、同谷六歌と同じ」とある。これは、杜甫の集に《巻八44 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六》の表現を借りている。

杜甫 《巻八44 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六》 
南有龍兮在山湫,古木巃枝相樛。
木葉黃落龍正蟄,蝮蛇東來水上游。
我行怪此安敢出,拔劍欲斬且複休。』
嗚呼六歌兮歌思遲,溪壑為我回春姿。』

(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
南に竜有り 山湫に在り、古木 巃
 枝 相膠す。
木葉 黄落し 竜正に蟄す、蝮蛇 東来し 水上に沸す。
我行いて此を怪しむ安んぞ敢て出でん、剣を抜き斬らんと欲して且つ復た休す。』
鳴呼 六歌す 歌思遅し、渓壑 我が為めに春姿を廻えさん。』

(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
ここの南方の山に竜がいる。そこは「窪地」で湿地になっているところだ。古木がいかめしくしげりあい、枝がたがいに垂れさがっているところである。
木の葉は黄ばんで落ちたので竜は今まさに冬眠をしたのだ、そこへまむしや蛇が東の方からやってきて「窪地」の水の上にあそんでいるのだ。
わたしはそこへ出掛けてはみたがこんなふしぎな様子を目にしてどうしてその場に出られるというのか、剣をぬいてそのへびを斬ろうかとも思ったのだがそれはまたやめたのである。』
ああ、この歌は第六の歌であるから、六にまつわる歌となるとやくはでてこないものだ。このような渓谷がわたしのために早く春のすがたを回復してくれることだ。(それならわたしも竜もその地にでかけることができるだろう。)』

“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六 杜甫1000<337>#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1595 杜甫詩1500- 496

 

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

52 惻惻 人にせまるようにはげしく感傷を要させる形容。かなしみいたむさま。惻惻は心に刺されたようにいたみ悲しむこと。

53 淩淩 高いさま。犯しがたきをもって高く高くすみわたっているさま。

 

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

54 蜩 ひぐらし。ここではひろく夏から秋懸けて泣いていた蝉一般をさす。

55 盤中曜 皿にたかるはえ。かつての中国では、皿にたかる蝿は、まっ黒になって、皿の中のものが見えないほどだった。唐の段成式の『酉陽雑爼』に「長安の秋は蝿が多い」といってそのさまをくわしくえがいている。うまいから、毒が盛られていないことで蠅を極端には嫌わなかった。ここでは最も厭なものとされている。

 

豈不感時節,耳目去所憎。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

56 所憎 憎たらしいもの。やかましい蝉と、うるさい蝿。

 

清曉卷書坐,南山見高棱。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

57 巻書 読んでいた巻物の本を、まきおさめる。

58 南山 南の方の山。ここではたぶん長安の南にある終南山。

59 高稜 高い山かど。

 

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

60 澄漱水 澄んだ池の水。終南山には炭谷湫という池があり、そこには蛟が住む、といい伝えられた。韓愈《南山詩》「因緣窺其湫,凝湛閟陰獸。」(因縁【いんえん】して其の湫【しゅう】を窺【うたが】えば、凝湛【ぎょうたん】として陰獸【いんきゅう】を閟【と】ざす。)しかし、折角、ここまできたのだから、どこか面白い景色はなかろうかというので、その邊を辿り行くと、例の谷川のところにきたり、そこには、一つの湫潭がある。その沼は、湛然としで碧色を凝らし、陰獸である蛟が、その主として棲んで居る。

・囚縁窺其湫 杜墅より山にはいって、雨山の山中にある池を見たことである。・因縁:ついでにということ。其湫の湫は、いけ。これは、南山の中にあって雨乞いの場所であった炭谷湫をさす。韓愈には、《巻五14題炭谷湫祠堂》(炭谷湫の祠堂に題す」という詩もある。

・凝湛 瀞とに水がたたえられているさま。

・閟 かくれすまわせている。

・陰獸【いんきゅう】 獸は、畜と同じ。家畜という考え方でこの池に飼っている蛟のことをいう。蛟を畜とすることは、『礼記』「礼運篇」に見えるという。

61 蚊 水竜。みずち。

62 罾 よっであみで捕える。

 

惜哉不得往,豈謂吾無能。

しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

63 無能 蚊を捕える能力がない。

 

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韓愈132-#2《 巻01-16秋懷詩,十一首之三 -#2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(4)<1678> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7366

韓愈詩-韓愈132秋懷詩,十一首之三 #2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 歸還書史,文字浩千萬。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 丈夫意有在,女子乃多怨。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

韓昌黎集01-15

秋懷詩,十一首之三 #1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7361 

 806年貞元22 39-3)#1

3) #1

 <1677

 

 
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韓愈詩-韓愈132-2

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。
 

之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

歸還書史,文字浩千萬。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

丈夫意有在,女子乃多怨。 

自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。


終南山06

秋懐詩十一首之三現代語訳と訳註解説
(
本文)

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。

歸還書史,文字浩千萬。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。

丈夫意有在,女子乃多怨。

(下し文)
2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。

(現代語訳)
2

しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。


(訳注) 2

秋懐詩十一首之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

 

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

・茫茫 はてしなくひろがっている形容。

・出門 真の仕事をしたい、仕事欲をあらわす。

・欲去聊自勸 この不愉快な職をやめ隠遁したいと思ったが、まあ何とかはやる気持ちを抑えるように自制することを勧めたこと。

 

歸還書史,文字浩千萬。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

 目をとおす。見返してみる。閲覧。

書史 書籍。王朝正史、史記、四庫全書など。

・浩 ものの多い形容。

 

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

・陳跡 むかしの人の行った事跡。《莊子·天運第十四》“老子曰:「幸矣,子之不遇治世之君也!夫六經,先王之陳跡也,豈其所以跡哉!”(老子曰く「幸いなるかな,子の治世の君に遇わざる也!夫れ六經は,先王の陳跡なり,豈に其れ跡する所以ならんや!あなたが名君に遭わなかったのは、幸せでした。六經は先王の残した迹です。どうして迹の出る元のものでありましょう。

・戚嗜 下品な好み。

・貴献 食い入へのささげもの。この「餞嗜非貴献」とは、自分ですきだからといっても、つまらないもので、立派な人に献納できる与ったものではない、

 

丈夫意有在,女子乃多怨。 
自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

・丈夫 一人前のおとこ。男たるものというほどの意味。人間のおとなの身のたけが、むかしのものさしで一丈だったからだという。

・意有在 考えが一つのしっかりしたものを持っているということで初めて存在意義があるということ。

・女子 おんな。

・乃 かえって。~の方こそ。

・多怨 女性の存在価値が低いこと。心情を通わすことで存在しているとしている。子を通じての夫、一族を考える存在。

 

 

京兆地域図002

 

 


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韓愈132-#1《 巻01-16秋懷詩,十一首之三 -#1》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(4)<1677> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7361

韓愈詩-韓愈132秋懷詩,十一首之三 #1

彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。

學堂日無事,驅馬適所願。

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

韓昌黎集01-15

秋懷詩,十一首之三 #1

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秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
歸還
書史,文字浩千萬。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
丈夫意有在,女子乃多怨。 

(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。



秋懐詩十一首之三現代語訳と訳註解説
(
本文)

之三 #1

彼時何卒卒,我志何曼曼。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。

學堂日無事,驅馬適所願。

(下し文)
(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

(現代語訳)
之三 #1 (悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。


(訳注) 1

秋懐詩十一首之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

 

之三 #1

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

30 卒卒 あわただしい形容。ばたばたするさま。漢書 《司馬遷傳》 卒卒無須臾之間

31 曼曼 長く遠い形容。はるばる。

 

犀首空好飲,廉頗尚能飯。

そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

故事にある犀首は自分の閑職のままにおかれていることが不満で酒に気をまぎらせたというし、「史記」廉頗藺相如列伝に見える廉頗は老いてもなお食欲は盛んだといったものだ。

32 犀首空好欽 犀首は、戦国時代(前四世紀―前三世紀)の魏の国の官名で、公孫衍という人が、その官になっていた。楚の使者陳軫が魏の都の梁を通りすぎて、犀首すなわち公孫衍にたずねた。

司馬遷『史記』巻七十 張儀列伝第十 陳軫と犀首

陳軫者、游説之士。与張儀倶事秦惠王。皆貴重、争寵。

・・・

過梁、欲見犀首。犀首謝弗見。

軫曰「吾為事来、公不見軫、軫将行、不得待異日。」犀首見之。

陳軫曰「公何好飲也。」犀首曰「無事也。」

曰「吾請令公厭事可乎。」曰「奈何。」

・・・

梁を過り、犀首を見んと欲す。犀首、謝. して見ず。軫曰く、「吾、事の為に来たれり。公、軫を見ず。軫将に行かんとす。異日を待つを得ず。」犀首、之を見る。陳軫曰く、「公何ぞ飲を. 好むや。」犀首曰く、「事無ければなり。」

つまり自分のなすべき仕事が与えられず、閑職のままにおかれていることが不満で酒に気をまぎらしていることをいったものである。

33 簾頗尚能飯 『史記、廉頗藺相如列伝』にみえる戦国時代、趙の国の将軍である簾頗の故事。天下統一をねらう秦は白起を中心に他国への侵略を開始。廉頗と相如が健在であるうちは秦に侵攻されなかった趙も、この頃になると相如は病に倒れ、廉頗も高齢となっていた。そのため趙は廉頗のもとに使者を送って帰参を許そうと図る。廉頗は年老いても「一飯に斗米、肉十斤、甲を被り馬に上り」といわれるほどに元気な姿を使者に見せて帰参を承知した。だが廉頗が趙にいた頃から不仲だった奸臣である郭開の謀略で使者が買収されてしまう。そして趙王が廉頗の様子を伺うと、使者は「三度遺失」と讒言した。このため趙王は廉頗が高齢で使いものにならないとして諦めたという。ここでは「廉将軍老いたりと雖も、尚善く飯す。」「史記」廉頗藺相如列伝

趙以數困於秦兵,趙王思復得廉頗,廉頗亦思復用於趙。趙王使使者視廉頗尚可用否。廉頗之仇郭開多與使者金,令毀之。趙使者既見廉頗,廉頗為之一飯斗米,肉十斤,被甲上馬,以示尚可用。趙使還報王曰:「廉將軍雖老,尚善飯。」 に見える。年は取ってもまだ役に立つということを意味する。

 

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

34 堂 学校の教室。このことばから韓愈が国子監で数えていたときのことであることが分かる。

35 日無事 日は毎日の何の問題ごとも無く過ごす。犀首曰「無事也。」と同じ心境であることを云う。

36 適所願 適は、最適、適材適所、あるきまった好みの場所に行くこと。

 

 

 

 

秋懐詩十一首 【字解】 
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(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

韓愈詩の五言古詩の中にあって《秋懷詩》十一首を是れ一組としており、たいへん特殊な作である品。因みに韓愈は高度な精鍊的語言を運用し,一貫して豪宕的本色を展べ現わしている。但し是の意匠經營の間として,阮籍や、陶潜、謝惠連、謝朓のような雰囲気を持っている。また、《秋懷詩》十一首は,《文選》體であるともいわれているし、古文復興といわれ、詩評家は《秋懷詩》十一首を甚だ高く評價している。

《秋懷詩》十一首の寫作年代にかんして、韓愈、元和元年六月權知國子博士を召授し、た時のものであり,江陵より襄陽にいたり,庚子(八日)襄陽を發し,甲辰(十二日)鄧州(河南河陽)至り、冬日、長安抵した。元和二年,韓愈京師、權知國子博士に在る。陳景雲う所の「進見相國鄭公」指し、是れ宰相鄭絪を指す;曾て韓愈を推荐せんと欲し翰林學士と為したひとである。こうして韓愈は元和二年夏末に在る,即ち因て避謗出京す,權知博士の洛陽の分司となった。これらによって《秋懷詩》の寫作年代は是れ憲宗和元元年の深秋であるとするのが妥当と考える。  

所謂る「秋懷」というのは、歴史的に見て、宋玉《九辯》であり,六朝時代の謝曾作《秋懷詩》であり,孟郊もまた《秋懷詩》十六首あり,韓愈がこれを初めて題したわけではない。韓愈は、全詩十一章,最長二十句,最短十句ということである。

2 窗 窓と同じ。下の句から東、東南の日が射す窓であるから書斎のまどである。 
3
 薿薿 草木のいきおいよく生えているさま。草木がよく成長して茂り、盛んなるさま。《詩經.小雅.甫田》「今適南畝,或耘或耔,黍稷薿薿。」(今南畝に適き,或いは耘し或いは耔し,黍稷 薿薿たり。)

4 披払 吹き払う。ぴゅうっと風のふきつけるさま。 
5
 策策 風が木の葉をざわざわと鳴らすおと。

6 偏 そればかりがむやみと。

7 無端 どういうわけかわからないが。ゆくりなく。 
8
 成 その状態(ここでは坐起)が完成することをいう。 

9 顏色 韓愈の自分の顔色。 
10
 故もとの状態。

11 義和 日の神であり、日を乗せる馬車の御者とも考えられ、更には、二つの名に分けて、暦法を定めた人ともされた。「山海経」に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝俊の妻。東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。ここでは日の御者としての義和とすると、時間を進める御者として、義和をいっているから、日月といってもそう矛盾を感じないものである。

12 浮生 浮世暮らし。不安定なこの人生。 
13
 多塗 塗はみち、途と同じ。 分かれ道が多い。
14
 一軌 軌は両車輪のあいだのはば。それからその通る路線。一軌は同じコースをたどること。

13 胡為 なぜ。どういうわけで。 
14
 浪 むやみに。むだぼねを折って。 
15
 且 まあ、と。 

16 白露下 白露の下るのは、秋になったしるしである。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

宋玉『九辨』に、

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤鵾雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

・・・・

皇天平分四兮,窃独悲此凛秋。白露既下降百草兮,奄离披此梧楸。去白日之昭昭兮,袭长夜之悠悠。

17 蕭蘭 蕭はよもぎ。つまり雑草の代表である。謂蘭は、よもぎのようなつまらぬ草も蘭のようなよいかおりのするりっはな草も、というほどの意味。 

18 共 いっしょに。ひとまとめに。

19 雕悴 しおれるしこと、おとろえること。

20 青青 五行思想で春は青である。

21 四牆 まわりの土べい。

22 寒蟬 ひぐらし。つくづくぼうし。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

23 蟋蟀 こおろぎ。宋玉九弁は上記。『詩経』豳風七月

古詩十九首之第十二首「晨風懷苦心,蟋蟀傷局促。」

・蟋蟀 こおろぎ。『詩経・唐風、蟋蟀』の篇名。晋の僖公が倹約に過ぎるのをそしった詩。今楽しまなければ月日はサッサと去って行く。勤勉で油断をしない人になれという内容のもの。

詩経・唐風、蟋蟀 

蟋蟀在堂、聿其莫。 今我不樂、日月其除。

無已大康、職思其居。 好樂無荒、良士瞿瞿。

 

蟋蟀在堂、聿其逝。 今我不樂、日月其邁。

無已大康、職思其外。 好樂無荒、良士蹶蹶。

 

蟋蟀在堂、役車其休。 今我不樂、日月其慆。

無已大康、職思其憂。 好樂無荒.良士休休。

 

24 運行 万物の時の流れ、天地自然のめぐり行き。「太陽星君、日宮炎光太陽星君」,「大明之神」,「太陽帝君」、「太陽公」いうが、「太陽帝君乃陽剛之神,司日之運行,掌火焰之輕重,日由東升,再由西墜,光熙普照大地」

25 稟受 めいめい天から授けられていること。

26 気苦異 めいめいが受けている精気が大変ちがっていて、本質的に大きなちがいがある。

27 適時 その時節によくあっていて。

28 得所 自分に過当な場所を得る。

29 松柏 まつやひのきは、冬でも青いが、それは天から授けられた精気のちがいで、めいめいその自分自分に与えられた時節に存分にすごし、自分の安んずべき位置を得ていれば、それがよいので、冬青いからといって特に尊重する必要はないというのである。「論語」子罕篇に「子曰、歳寒、然後知松柏之後彫也。」(子曰く、歳寒くして、然る後、松柏の彫むに後るるを知る。)と儒家は松柏を尊ぶものとしているが、それをここでは否定している。

 

韓愈131《 巻01-15秋懷詩,十一首之二 (白露下百草,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(3)<1676> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7356

韓愈詩-韓愈131  秋懷詩,十一首之二 

白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。 
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。 
適時各得所,松柏不必貴。 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

韓昌黎集01-15

秋懷詩,十一首之二

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 806年貞元22 39-3

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秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

之三    
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。 
歸還
書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
丈夫意有在,女子乃多怨。 

之三   

彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。

學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。

歸還書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。

丈夫意有在,女子乃多怨。

詩人李白5x5

秋懐詩十一首之二現代語訳と訳註解説
(
本文)

之二   

白露下百草,蕭蘭共雕悴。

青青四牆下,已複生滿地。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

運行無窮期,稟受氣苦異。

適時各得所,松柏不必貴。

(下し文)
(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

(現代語訳)
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。


(訳注)

秋懐詩十一首之二(2 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

 

白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

16 白露下 白露の下るのは、秋になったしるしである。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

宋玉『九辨』に、

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤鵾雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

・・・・

皇天平分四兮,窃独悲此凛秋。白露既下降百草兮,奄离披此梧楸。去白日之昭昭兮,袭长夜之悠悠。

17 蕭蘭 蕭はよもぎ。つまり雑草の代表である。謂蘭は、よもぎのようなつまらぬ草も蘭のようなよいかおりのするりっはな草も、というほどの意味。 

18 共 いっしょに。ひとまとめに。

19 雕悴 しおれるしこと、おとろえること。

 

青青四牆下,已複生滿地。

それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

20 青青 五行思想で春は青である。

21 四牆 まわりの土べい。

 

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

22 寒蟬 ひぐらし。つくづくぼうし。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

23 蟋蟀 こおろぎ。宋玉九弁は上記。『詩経』豳風七月

古詩十九首之第十二首「晨風懷苦心,蟋蟀傷局促。」

・蟋蟀 こおろぎ。『詩経・唐風、蟋蟀』の篇名。晋の僖公が倹約に過ぎるのをそしった詩。今楽しまなければ月日はサッサと去って行く。勤勉で油断をしない人になれという内容のもの。

詩経・唐風、蟋蟀 

蟋蟀在堂、聿其莫。 今我不樂、日月其除。

無已大康、職思其居。 好樂無荒、良士瞿瞿。

 

蟋蟀在堂、聿其逝。 今我不樂、日月其邁。

無已大康、職思其外。 好樂無荒、良士蹶蹶。

 

蟋蟀在堂、役車其休。 今我不樂、日月其慆。

無已大康、職思其憂。 好樂無荒.良士休休。

 

運行無窮期,稟受氣苦異。

天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

24 運行 万物の時の流れ、天地自然のめぐり行き。「太陽星君、日宮炎光太陽星君」,「大明之神」,「太陽帝君」、「太陽公」いうが、「太陽帝君乃陽剛之神,司日之運行,掌火焰之輕重,日由東升,再由西墜,光熙普照大地」

25 稟受 めいめい天から授けられていること。

26 気苦異 めいめいが受けている精気が大変ちがっていて、本質的に大きなちがいがある。

 

適時各得所,松柏不必貴。

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

27 適時 その時節によくあっていて。

28 得所 自分に過当な場所を得る。

29 松柏 まつやひのきは、冬でも青いが、それは天から授けられた精気のちがいで、めいめいその自分自分に与えられた時節に存分にすごし、自分の安んずべき位置を得ていれば、それがよいので、冬青いからといって特に尊重する必要はないというのである。「論語」子罕篇に「子曰、歳寒、然後知松柏之後彫也。」(子曰く、歳寒くして、然る後、松柏の彫むに後るるを知る。)と儒家は松柏を尊ぶものとしているが、それをここでは否定している。

 

 

 

秋懐詩十一首 【字解】 
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(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

韓愈詩の五言古詩の中にあって《秋懷詩》十一首を是れ一組としており、たいへん特殊な作である品。因みに韓愈は高度な精鍊的語言を運用し,一貫して豪宕的本色を展べ現わしている。但し是の意匠經營の間として,阮籍や、陶潜、謝惠連、謝朓のような雰囲気を持っている。また、《秋懷詩》十一首は,《文選》體であるともいわれているし、古文復興といわれ、詩評家は《秋懷詩》十一首を甚だ高く評價している。

《秋懷詩》十一首の寫作年代にかんして、韓愈、元和元年六月權知國子博士を召授し、た時のものであり,江陵より襄陽にいたり,庚子(八日)襄陽を發し,甲辰(十二日)鄧州(河南河陽)至り、冬日、長安抵した。元和二年,韓愈京師、權知國子博士に在る。陳景雲う所の「進見相國鄭公」指し、是れ宰相鄭絪を指す;曾て韓愈を推荐せんと欲し翰林學士と為したひとである。こうして韓愈は元和二年夏末に在る,即ち因て避謗出京す,權知博士の洛陽の分司となった。これらによって《秋懷詩》の寫作年代は是れ憲宗和元元年の深秋であるとするのが妥当と考える。  

所謂る「秋懷」というのは、歴史的に見て、宋玉《九辯》であり,六朝時代の謝曾作《秋懷詩》であり,孟郊もまた《秋懷詩》十六首あり,韓愈がこれを初めて題したわけではない。韓愈は、全詩十一章,最長二十句,最短十句ということである。

2 窗 窓と同じ。下の句から東、東南の日が射す窓であるから書斎のまどである。 
3
 薿薿 草木のいきおいよく生えているさま。草木がよく成長して茂り、盛んなるさま。《詩經.小雅.甫田》「今適南畝,或耘或耔,黍稷薿薿。」(今南畝に適き,或いは耘し或いは耔し,黍稷 薿薿たり。)

4 披払 吹き払う。ぴゅうっと風のふきつけるさま。 
5
 策策 風が木の葉をざわざわと鳴らすおと。

6 偏 そればかりがむやみと。

7 無端 どういうわけかわからないが。ゆくりなく。 
8
 成 その状態(ここでは坐起)が完成することをいう。 

9 顏色 韓愈の自分の顔色。 
10
 故もとの状態。

11 義和 日の神であり、日を乗せる馬車の御者とも考えられ、更には、二つの名に分けて、暦法を定めた人ともされた。「山海経」に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝俊の妻。東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。ここでは日の御者としての義和とすると、時間を進める御者として、義和をいっているから、日月といってもそう矛盾を感じないものである。

12 浮生 浮世暮らし。不安定なこの人生。 
13
 多塗 塗はみち、途と同じ。 分かれ道が多い。
14
 一軌 軌は両車輪のあいだのはば。それからその通る路線。一軌は同じコースをたどること。

13 胡為 なぜ。どういうわけで。 
14
 浪 むやみに。むだぼねを折って。 
15
 且 まあ、と。 

韓愈129-#2《 巻01-14#2秋懷詩,十一首之一 #2》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(2)<1675> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7351

韓愈  秋懐詩十一首之一(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)#2

天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。 
やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

韓昌黎集01-14-#2

秋懷詩,十一首之一-2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7351 

 806年貞元22 39-2

2 #2

 <1675

 

 

 

秋懷詩十一首  之一

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
秋の懐の詩 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

 
#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

之二    
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。 
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。 
適時各得所,松柏不必貴。 
之三    
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。 
歸還
書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
丈夫意有在,女子乃多怨。 
楠樹01

秋懐詩十一首之一 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

天明視顏色,與故不相似。

羲和驅日月,疾急不可恃。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

(下し文)
#2

天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。

義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。

浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。

胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

(現代語訳)
#2

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

sas0011
(訳注) #2 
秋懐詩十一首之一(1 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

 

天明視顏色,與故不相似。 
やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

9 顏色 韓愈の自分の顔色。 
10
 故もとの状態。


羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

11 義和 日の神であり、日を乗せる馬車の御者とも考えられ、更には、二つの名に分けて、暦法を定めた人ともされた。「山海経」に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝俊の妻。東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。ここでは日の御者としての義和とすると、時間を進める御者として、義和をいっているから、日月といってもそう矛盾を感じないものである。


浮生雖多塗,趨死惟一軌。 
この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

12 浮生 浮世暮らし。不安定なこの人生。 
13
 多塗 塗はみち、途と同じ。 分かれ道が多い。
14
 一軌 軌は両車輪のあいだのはば。それからその通る路線。一軌は同じコースをたどること。


胡為浪自苦,得酒且歡喜。 
されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

13 胡為 なぜ。どういうわけで。 
14
 浪 むやみに。むだぼねを折って。 
15
 且 まあ、と。 

 

 

 

秋懐詩十一首 【字解】 
---------------------------------------------------------------------

 

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

韓愈詩の五言古詩の中にあって《秋懷詩》十一首を是れ一組としており、たいへん特殊な作である品。因みに韓愈は高度な精鍊的語言を運用し,一貫して豪宕的本色を展べ現わしている。但し是の意匠經營の間として,阮籍や、陶潜、謝惠連、謝朓のような雰囲気を持っている。また、《秋懷詩》十一首は,《文選》體であるともいわれているし、古文復興といわれ、詩評家は《秋懷詩》十一首を甚だ高く評價している。

《秋懷詩》十一首の寫作年代にかんして、韓愈、元和元年六月權知國子博士を召授し、た時のものであり,江陵より襄陽にいたり,庚子(八日)襄陽を發し,甲辰(十二日)鄧州(河南河陽)至り、冬日、長安抵した。元和二年,韓愈京師、權知國子博士に在る。陳景雲う所の「進見相國鄭公」指し、是れ宰相鄭絪を指す;曾て韓愈を推荐せんと欲し翰林學士と為したひとである。こうして韓愈は元和二年夏末に在る,即ち因て避謗出京す,權知博士の洛陽の分司となった。これらによって《秋懷詩》の寫作年代は是れ憲宗和元元年の深秋であるとするのが妥当と考える。  

所謂る「秋懷」というのは、歴史的に見て、宋玉《九辯》であり,六朝時代の謝曾作《秋懷詩》であり,孟郊もまた《秋懷詩》十六首あり,韓愈がこれを初めて題したわけではない。韓愈は、全詩十一章,最長二十句,最短十句ということである。

2 窗 窓と同じ。下の句から東、東南の日が射す窓であるから書斎のまどである。 
3
 薿薿 草木のいきおいよく生えているさま。草木がよく成長して茂り、盛んなるさま。《詩經.小雅.甫田》「今適南畝,或耘或耔,黍稷薿薿。」(今南畝に適き,或いは耘し或いは耔し,黍稷 薿薿たり。)

4 披払 吹き払う。ぴゅうっと風のふきつけるさま。 
5
 策策 風が木の葉をざわざわと鳴らすおと。

6 偏 そればかりがむやみと。

7 無端 どういうわけかわからないが。ゆくりなく。 
8
 成 その状態(ここでは坐起)が完成することをいう。 

韓愈129《 巻01-14秋懷詩,十一首之一 (窗前兩好樹,)》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(2)<1674> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7346

韓愈  秋懐詩十一首之一

窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一拂披,策策鳴不已。 
微燈照空床,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
書斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。

韓昌黎集01-14

秋懷詩,十一首之一-1

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 806年貞元22 39-2

2 #1

 <1674

 

 
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秋懷詩十一首  之一
   
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一拂披,策策鳴不已。 
微燈照空床,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。 
天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。 
浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。 
   
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。 
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。 
適時各得所,松柏不必貴。 
   
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。 
歸還
書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
丈夫意有在,女子乃多怨。 
   
秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。 
豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。 
其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。 
   
離離掛空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。 
斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。 
名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。 
   
今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。 
喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。 
尚須勉其頑,王事有朝請。 
   
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。 
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。 
古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。 
有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。 
豈必求贏餘,所要石與
 
8     
卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。 
空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。 
問我我不應,饋我我不餐。退坐西壁下,讀詩盡數編。 
作者非今士,相去時已千。其言有感觸,使我複淒酸。 
顧謂汝童子,置書且安眠。丈夫屬有念,事業無窮年。 
   
霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。 
謂是夜氣滅,望舒霣其團。青冥無依倚,飛轍危難安。 
驚起出
視,倚楹久汍瀾。憂愁費晷景,日月如跳丸。 
迷複不計遠,為君駐塵鞍。 
10 
   
暮暗來客去,群囂各收聲。悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。 
世累忽進慮,外憂遂侵誠。強懷張不滿,弱念缺已盈。 
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。敗虞千金棄,得比寸草榮。 
知恥足為勇,晏然誰汝令。 
11 
   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。揚揚弄芳蝶,爾生還不早。 
運窮兩
遇,婉孌死相保。西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。 
由來命分爾,泯滅豈足道。


詩乃元和初自江陵掾召為國子博士時作。《行狀》云:「時宰相有愛公者,將以文學職處公。有爭先者,搆飛語。公恐及難,求分司東都。」是詩中有云:「學堂日無事」蓋方官國子也。又云「南山見高棱」則猶未赴東都也。至「語阱」、「心兵」諸語,其在已聞飛語後歟?更以《釋言篇》參證,公元和元年六月(西元八○六年)進見相國鄭公,後數日即有為讒於相國之座者,則是秋正公憂讒畏譏時也。

按韓愈在元和元年六月召授權知國子博士,自江陵至襄陽,庚子(八日)發襄陽,甲辰(十二日)至鄧州(河南河陽)冬日抵長安。元和二年,韓愈在京師權知國子博士。陳景雲所指「進見相國鄭公」是指宰相鄭絪;曾欲推荐韓愈為翰林學士。而韓愈在元和二年夏末,即因避謗出京,權知博士分司洛陽。由此可以印證《秋懷詩》的寫作年代是憲宗和元元年的深秋。  

韓愈自進士及第以來,先後做過汴州推官,從事徐州幕,又任四門博士,歷經陽山之貶,憲宗即位改元大赦,才有機會移官江陵,再赴京師權知國子博士,即以權知國子博士,也有多人毀謗他,可以,寫作《秋懷詩》的時侯是韓愈中年階段,很不得意的時期。這個時侯,由於宦途的歷練,不論思想情感,都趨於成熟穩健,自不同於一般文士的感秋之作,而別有特殊的感性與深刻。 

所謂「秋懷」歷來都溯源至宋玉《九辯》,認為是傳統文士感秋興懷的先聲。六朝時代,謝曾作《秋懷詩》,孟郊亦有《秋懷詩》十六首,可知「秋懷」為題,原非韓愈之創舉。全詩十一章,最長二十句,最短十句。以下便逐章析釋,或略能彰顯韓詩之異采。

 

 


秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
#2 
天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。 
浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。

秋の懐の詩 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。
 
#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。


京兆地域図002

『秋懐詩十一首之一』(1) 現代語訳と訳註 
(
本文)
 

秋懐詩十一首之一#1    
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一披拂,策策鳴不已。 
微燈照空牀,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。


(下し文) 

(秋懐詩十一首之一) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。


(現代語訳) 
秋懐詩十一首之一(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
書斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。

(訳注) 1 #1    
秋懐詩十一首之一(1 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

韓愈詩の五言古詩の中にあって《秋懷詩》十一首を是れ一組としており、たいへん特殊な作である品。因みに韓愈は高度な精鍊的語言を運用し,一貫して豪宕的本色を展べ現わしている。但し是の意匠經營の間として,阮籍や、陶潜、謝惠連、謝朓のような雰囲気を持っている。また、《秋懷詩》十一首は,《文選》體であるともいわれているし、古文復興といわれ、詩評家は《秋懷詩》十一首を甚だ高く評價している。

《秋懷詩》十一首の寫作年代にかんして、韓愈、元和元年六月權知國子博士を召授し、た時のものであり,江陵より襄陽にいたり,庚子(八日)襄陽を發し,甲辰(十二日)鄧州(河南河陽)至り、冬日、長安抵した。元和二年,韓愈京師、權知國子博士に在る。陳景雲う所の「進見相國鄭公」指し、是れ宰相鄭絪を指す;曾て韓愈を推荐せんと欲し翰林學士と為したひとである。こうして韓愈は元和二年夏末に在る,即ち因て避謗出京す,權知博士の洛陽の分司となった。これらによって《秋懷詩》の寫作年代は是れ憲宗和元元年の深秋であるとするのが妥当と考える。  

所謂る「秋懷」というのは、歴史的に見て、宋玉《九辯》であり,六朝時代の謝曾作《秋懷詩》であり,孟郊もまた《秋懷詩》十六首あり,韓愈がこれを初めて題したわけではない。韓愈は、全詩十一章,最長二十句,最短十句ということである。


窗前兩好樹,眾葉光薿薿。 
書斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

2 窗 窓と同じ。下の句から東、東南の日が射す窓であるから書斎のまどである。 
3
 薿薿 草木のいきおいよく生えているさま。草木がよく成長して茂り、盛んなるさま。《詩經.小雅.甫田》「今適南畝,或耘或耔,黍稷薿薿。」(今南畝に適き,或いは耘し或いは耔し,黍稷 薿薿たり。)


秋風一披拂,策策鳴不已。 
それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

4 披払 吹き払う。ぴゅうっと風のふきつけるさま。 
5
 策策 風が木の葉をざわざわと鳴らすおと。


微燈照空牀,夜半偏入耳。 
自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

6 偏 そればかりがむやみと。


愁憂無端來,感歎成坐起。 
かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
7 無端 どういうわけかわからないが。ゆくりなく。 
8
 成 その状態(ここでは坐起)が完成することをいう。 
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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#26》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1673> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7341

韓愈  南山詩 26

得非施斧斤,無乃假詛咒。鴻荒竟無傳,功大莫酬僦。

嘗聞於祠官,芬苾降歆嗅。斐然作歌詩,惟用贊報酭。

しかし、自分の力だけではまだ足らないということで、斧や鉈を加えたのであろうか、それともまじないの力を借りたのではなかろうかと思えるのである。神がこの山を造ったのは、大古鴻荒の世であって、天地の創造の開けはじめたときからすべて伝わる言葉もなく、仕事の大きさゆえに報いることもできない。かつて、終南山の祠官から聞いたことがあった、今でも、山神を祀って、供え物はたえず芬苾の香を発し、神が降りてきて霊験あらたかになったのである。此処に、自分は、斐然たるこの詩を作ったが、野心があるわけではなく、これだけの山を造られた紙に対して、報恩の気持ちをささげるつもりでつくったのである。

韓昌黎集01-13 #25

南山詩 -2699102

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 806年貞元22 39-1

1 #26

 <1673

 

 
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韓愈詩-韓愈128 <1668

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

24

誾誾樹牆垣,巘巘駕庫

誾誾として土塀を籬を築き上げているようでもあり、巘巘として蔵や馬屋を架け渡し、建てているもある。

參參削劍戟,煥煥銜瑩琇。

參參として剣戟を削ったようにするどく聳えるようであり、煥煥として、死者がきらきらと宝石を口にくわえているようでもある。

敷敷花披萼,闟闟屋摧霤。

敷敷として蕾花が萼をひらいたようであり、闟闟として屋根が破れ、天上から雨水がながれこみ、音をたて、たたきつけているようでもある。

悠悠舒而安,兀兀狂以狃。

悠悠として、ゆったりとのどかにして安らかなるものでもあり、兀兀として昂奮し、それでもってなれなれしいものもある。

24

誾誾【ぎんぎん】として牆垣【ちょうたん】を樹【た】て、巘巘【げんげん】として庫厩【こきゅう】を駕す。

参参【しんしん】として剣戟【けんげき】を削り、煥煥【かんかん】として瑩琇【えいしゅう】を銜【ふく】めり。

敷敷【ふふ】として花は萼【がく】を披【ひら】き、闟闟【とうとう】として屋は霤【したた】りを摧【くだ】く。

悠悠として舒【の】べて安く、兀兀【ごつごつ】として狂【たわ】れて以て狃【な】る。

25

超超出猶奔,蠢蠢駭不懋。

超超として、とび出してなお走りつづけるようなものもあり、蠢蠢として、さわぎ立てるばかりで努力しようとしない怠け者のままで、戒めることはないのである。

大哉立天地,經紀肖營腠。

大いなるかな! この山は絶觀をつくしており、この山は天地のあいだに立ち、秩序の正しく経営し、山の組織は人の血管の脈絡のように息づいているのである。

厥初孰開張,僶俛誰勸侑。

最初は誰が入山し、このように山を開帳したが、たとえ創造主であってもひとりではとうていできないもので、誰かが熱心につとめ、はげみ、勧めつづけてくれたのか。

創茲樸而巧,戮力忍勞疚。

この終南山の創りだしたのは朴卒ではあるが、その中に自然巧妙なところがあるのを見れば、八百万の神が力を合わせ、疲労も、苦労にも耐えて造り上げたものであろう。

25

超超として出でて猶奔【はし】り、蠢蠢【しゅんしゅん】として駭【おどろ】いて懋【つと】めず。

大【だい】なるかな天地に立ち,經紀【けいき】は營腠【えいそう】に肖【に】たり。

厥【そ】の初め孰【た】れか開張【かいちょう】せし,黽勉【びんべん】として誰か勸侑【かんゆう】せす。

茲を創【はじ】むること樸にして巧みに,力を戮【あわ】せて勞疚【ろうきゅう】を忍びたるか。

 

26

得非施斧斤,無乃假詛咒。

しかし、自分の力だけではまだ足らないということで、斧や鉈を加えたのであろうか、それともまじないの力を借りたのではなかろうかと思えるのである。

鴻荒竟無傳,功大莫酬僦。

神がこの山を造ったのは、大古鴻荒の世であって、天地の創造の開けはじめたときからすべて伝わる言葉もなく、仕事の大きさゆえに報いることもできない。

嘗聞於祠官,芬苾降歆嗅。

かつて、終南山の祠官から聞いたことがあった、今でも、山神を祀って、供え物はたえず芬苾の香を発し、神が降りてきて霊験あらたかになったのである。

斐然作歌詩,惟用贊報酭。

此処に、自分は、斐然たるこの詩を作ったが、野心があるわけではなく、これだけの山を造られた紙に対して、報恩の気持ちをささげるつもりでつくったのである。

 

斧斤【ふきん】を施すに非ざるを得【え】んや,無乃【むしろ】詛咒【そじゅつ】を假れるか。

鴻荒【こうこう】にして竟に傳うること無く,功大にして酬僦【しゅうしゅう】すること莫し。

って祠官【しかん】に聞けり,芬苾【ふんひつ】には降【くだ】って歆嗅【きんきゅう】すと。

斐然【ひぜん】として歌詩を作り,惟れ用って報酭【ほうゆう】を讚【たす】けん。

 

 

『南山詩』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

26

得非施斧斤,無乃假詛咒。

鴻荒竟無傳,功大莫酬僦。

嘗聞於祠官,芬苾降歆嗅。

斐然作歌詩,惟用贊報

(下し文)
26

斧斤【ふきん】を施すに非ざるを得【え】んや,無乃【むしろ】詛咒【そじゅつ】を假れるか。

鴻荒【こうこう】にして竟に傳うること無く,功大にして酬僦【しゅうしゅう】すること莫し。

って祠官【しかん】に聞けり,芬苾【ふんひつ】には降【くだ】って歆嗅【きんきゅう】すと。

斐然【ひぜん】として歌詩を作り,惟れ用って報【ほうゆう】を讚【たす】けん

(現代語訳)
26

しかし、自分の力だけではまだ足らないということで、斧や鉈を加えたのであろうか、それともまじないの力を借りたのではなかろうかと思えるのである。

神がこの山を造ったのは、大古鴻荒の世であって、天地の創造の開けはじめたときからすべて伝わる言葉もなく、仕事の大きさゆえに報いることもできない。

かつて、終南山の祠官から聞いたことがあった、今でも、山神を祀って、供え物はたえず芬苾の香を発し、神が降りてきて霊験あらたかになったのである。

此処に、自分は、斐然たるこの詩を作ったが、野心があるわけではなく、これだけの山を造られた紙に対して、報恩の気持ちをささげるつもりでつくったのである。


(訳注)

《 巻01-13南山詩 》 #26

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

得非施斧斤,無乃假詛咒。

しかし、自分の力だけではまだ足らないということで、斧や鉈を加えたのであろうか、それとも詛咒の力を借りたのではなかろうかと思えるのである。

274 得非……無乃 ……でなければ、……ではなかろうか。得非は、反語。……ではないか。無乃も、反語。古い訓読の習慣にしたがい、「むしろ」と読むが、「乃ち……無からんや」、「……ではないか」の意。同じような構文をかさねて、その二つのどちらかであることを示す。

275 斧斤 斧も斤も、ともに木を伐採する。

276  借りる。その助けを得る。

277 詛咒 まじない。おのうという悪い意味はなく、自分の願いがかなうように神に祈る単純なまじないの意。

 

鴻荒竟無傳,功大莫酬僦。

神がこの山を造ったのは、大古鴻荒の世であって、天地の創造の開けはじめたときからすべて伝わる言葉もなく、仕事の大きさゆえに報いることもできない。

278 鴻荒 「鴻」は大きい、「荒」は遠い、の意から、大昔。太古。天地開闢の大昔。

279 酬僦 酬は、がんらい主人が客に返杯すること。は、何かを借りたとき借り賃を支払うこと。酬僦は、ここでは、山を造った労苦に対して報酬を支払うことをいう。

 

嘗聞於祠官,芬苾降歆嗅。

かつて、終南山の祠官から聞いたことがあった、今でも、山神を祀って、供え物はたえず芬苾の香を発し、神が降りてきて霊験あらたかになったのである。

280  過去にあった経験であることを示す助辞。……したことがあった。

281 祠官 祭祀に奉仕する官吏。神官。

282 芬苾 ぷんぷんとよいかおりがする形容。

283  は、神が供物の香気を享けさせられること。嗅は、においをかぐこと。

 

斐然作歌詩,惟用讚報酭。

此処に、自分は、斐然たるこの詩を作ったが、野心があるわけではなく、これだけの山を造られた紙に対して、報恩の気持ちをささげるつもりでつくったのである。

284 斐然 美しいもようのあるさま。それから、文章の美しいのを形容する。

285  文のはじめに来る詞子を整える助辞。

286  それを用いて、それで。

287  助ける。補助とする。

288 報酭 酭も報の意味。ここでは、造物主のこの大きな仕事に対するお礼をいう。

 


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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#25》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1672> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7336

韓愈  南山詩 25

超超出猶奔,蠢蠢駭不懋。大哉立天地,經紀肖營腠。

厥初孰開張,僶俛誰勸侑。創茲樸而巧,戮力忍勞疚。

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韓昌黎集01-13 #25

南山詩 -259598

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1 #25

 <1672

 

 
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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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韓愈詩-韓愈128 <1668

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

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24

誾誾樹牆垣,巘巘駕庫

誾誾として土塀を籬を築き上げているようでもあり、巘巘として蔵や馬屋を架け渡し、建てているもある。

參參削劍戟,煥煥銜瑩琇。

參參として剣戟を削ったようにするどく聳えるようであり、煥煥として、死者がきらきらと宝石を口にくわえているようでもある。

敷敷花披萼,闟闟屋摧霤。

敷敷として蕾花が萼をひらいたようであり、闟闟として屋根が破れ、天上から雨水がながれこみ、音をたて、たたきつけているようでもある。

悠悠舒而安,兀兀狂以狃。

悠悠として、ゆったりとのどかにして安らかなるものでもあり、兀兀として昂奮し、それでもってなれなれしいものもある。

24

誾誾【ぎんぎん】として牆垣【ちょうたん】を樹【た】て、巘巘【げんげん】として庫厩【こきゅう】を駕す。

参参【しんしん】として剣戟【けんげき】を削り、煥煥【かんかん】として瑩琇【えいしゅう】を銜【ふく】めり。

敷敷【ふふ】として花は萼【がく】を披【ひら】き、闟闟【とうとう】として屋は霤【したた】りを摧【くだ】く。

悠悠として舒【の】べて安く、兀兀【ごつごつ】として狂【たわ】れて以て狃【な】る。

25

超超出猶奔,蠢蠢駭不懋。

超超として、とび出してなお走りつづけるようなものもあり、蠢蠢として、さわぎ立てるばかりで努力しようとしない怠け者のままで、戒めることはないのである。

大哉立天地,經紀肖營腠。

大いなるかな! この山は絶觀をつくしており、この山は天地のあいだに立ち、秩序の正しく経営し、山の組織は人の血管の脈絡のように息づいているのである。

厥初孰開張,僶俛誰勸侑。

最初は誰が入山し、このように山を開帳したが、たとえ創造主であってもひとりではとうていできないもので、誰かが熱心につとめ、はげみ、勧めつづけてくれたのか。

創茲樸而巧,戮力忍勞疚。

この終南山の創りだしたのは朴卒ではあるが、その中に自然巧妙なところがあるのを見れば、八百万の神が力を合わせ、疲労も、苦労にも耐えて造り上げたものであろう。

25

超超として出でて猶奔【はし】り、蠢蠢【しゅんしゅん】として駭【おどろ】いて懋【つと】めず。

大【だい】なるかな天地に立ち,經紀【けいき】は營腠【えいそう】に肖【に】たり。

厥【そ】の初め孰【た】れか開張【かいちょう】せし,黽勉【びんべん】として誰か勸侑【かんゆう】せす。

茲を創【はじ】むること樸にして巧みに,力を戮【あわ】せて勞疚【ろうきゅう】を忍びたるか。

 

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得非施斧斤,無乃假詛咒。

斧斤【ふきん】を施すに非ざるを得【え】んや,無乃【むしろ】詛咒【そじゅつ】を假れるか。

100

鴻荒竟無傳,功大莫酬僦。

鴻荒【こうこう】にして竟に傳うること無く,功大にして酬僦【しゅうしゅう】すること莫し。

101

嘗聞於祠官,芬苾降歆嗅。

って祠官【しかん】に聞けり,芬苾【ふんひつ】には降【くだ】って歆嗅【きんきゅう】すと

102

斐然作歌詩,惟用贊報酭。

斐然【ひぜん】として歌詩を作り,惟れ用って報酭【ほうゆう】を讚【たす】けん。

 

終南山01 

『南山詩』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

25

超超出猶奔,蠢蠢駭不懋。

大哉立天地,經紀肖營腠。

厥初孰開張,俛誰勸侑。

創茲樸而巧,戮力忍勞疚。

(下し文)
25

超超として出でて猶奔【はし】り、蠢蠢【しゅんしゅん】として駭【おどろ】いて懋【つと】めず。

大【だい】なるかな天地に立ち,經紀【けいき】は營腠【えいそう】に肖【に】たり。

厥【そ】の初め孰【た】れか開張【かいちょう】せし,黽勉【びんべん】として誰か勸侑【かんゆう】せす。

茲を創【はじ】むること樸にして巧みに,力を戮【あわ】せて勞疚【ろうきゅう】を忍びたるか。

(現代語訳)
25

超超として、とび出してなお走りつづけるようなものもあり、蠢蠢として、さわぎ立てるばかりで努力しようとしない怠け者のままで、戒めることはないのである。

大いなるかな! この山は絶觀をつくしており、この山は天地のあいだに立ち、秩序の正しく経営し、山の組織は人の血管の脈絡のように息づいているのである。

最初は誰が入山し、このように山を開帳したが、たとえ創造主であってもひとりではとうていできないもので、誰かが熱心につとめ、はげみ、勧めつづけてくれたのか。

この終南山の創りだしたのは朴卒ではあるが、その中に自然巧妙なところがあるのを見れば、八百万の神が力を合わせ、疲労も、苦労にも耐えて造り上げたものであろう。

終南山05
(訳注)

《 巻01-13南山詩 》 #25

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

超超出猶奔,蠢蠢駭不懋。

超超として、とび出してなお走りつづけるようなものもあり、蠢蠢として、さわぎ立てるばかりで努力しようとしない怠け者のままで、戒めることはないのである。

257 超超 ひらりととびこえる形容。

258 蠢蠢 がやがやとさわぎたてるさま。

259 駭 びっくりしてさわぐ。

260 不懋 戒めず。・懋 勉める。努力する。

 

大哉立天地,經紀肖營腠。

大いなるかな! この山は絶觀をつくしており、この山は天地のあいだに立ち、秩序の正しく経営し、山の組織は人の血管の脈絡のように息づいているのである。

261 大哉立天地 あの干変万化の山の状態を造りあげた造物主の偉大なしわざをほめたたえる。大哉は、その徳の偉大なことを称讃するのに用いられることば。例えば、「易」の卦の彖伝に、「大哉乾元」(大なるかな乾元)とあるのがそれである。

262 経紀 整ったすじみち。正しい秩序。経営と同じ。

263 肖 似ている。

264 営腠 血管の脈絡。営は、営衛、血や休液がとおる血管やその他の脈悴をいう。腠は、識男、皮膚のあいだにあって、やはり人間のからだをやしなういろいろの体液がとおる筋目をいう。

 

厥初孰開張,黽勉誰勸侑。

最初は誰が入山し、このように山を開帳したが、たとえ創造主であってもひとりではとうていできないもので、誰かが熱心につとめ、はげみ、勧めつづけてくれたのか。

265 厥初 厥は、その。「書経」などに見える古いいい方である。隠棲の場所として開かれ、浄土教や道教の修行山とされている。

266 孰 誰。

267 開張 展開する。くりひろげる。

268 黽勉 熱心につとめはげむさま。

269 勧侑 勧も侑も、すすめる。

 

 

創茲樸而巧,戮力忍勞疚。

この終南山の創りだしたのは朴卒ではあるが、その中に自然巧妙なところがあるのを見れば、八百万の神が力を合わせ、疲労も、苦労にも耐えて造り上げたものであろう。

270  素朴。かざりけがない。

271 力 力をあわせる。あるいは、努力する。

272  卒抱する。耐え忍ぶ。

273 勞疚 苦労。疚は、苦しみ。

秦嶺山脈終南山 

 

 


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韓愈  南山詩 24

誾誾樹牆垣,巘巘駕庫參參削劍戟,煥煥銜瑩琇。

敷敷花披萼,闟闟屋摧霤。悠悠舒而安,兀兀狂以狃。

誾誾として土塀を籬を築き上げているようでもあり、巘巘として蔵や馬屋を架け渡し、建てているもある。參參として剣戟を削ったようにするどく聳えるようであり、煥煥として、死者がきらきらと宝石を口にくわえているようでもある。敷敷として蕾花が萼をひらいたようであり、闟闟として屋根が破れ、天上から雨水がながれこみ、おとをたて、たたきつけているようでもある。悠悠として、ゆったりとのどかにして安らかなるものでもあり、兀兀として昂奮し、それでもってなれなれしいものもある。

韓昌黎集01-13

南山詩 -249194

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7331 

 806年貞元22 39-1

1 #24

 <1671

 

 
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韓愈詩-韓愈128 <1671

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

 

23

或如龜坼兆,或若卦分繇。

あるものは、うらないの亀甲を焚いてひびわれで、前兆を告げたかのように、あるものは易の卦の分繇で吉凶を定めているかのようである。

或前橫若剝,或後斷若姤。

あるのは前の山が横たわり剥の卦のようであり、あるものは後の峰が断ち切れて、姤の卦のようになっている。

延延離又屬,夬夬叛還遘。

それかとおもうと、延延として連なり、離れては又続くところもあり、叛いてはまた合し、千切れ千切にそむきあってはまた出逢う。

喁喁魚闖萍,落落月經宿。

喁喁として魚が浮き草の間から頭を出しているのもあれば、落落として月がちらりほらりと星が瞬きのあいだを通り過ぎるかのように光を発するようである。

23

或るいは亀【き】の兆【ちょう】を柝【わか】つが如く、或るいは卦【か】の繇【ちゅう】を分かつが若し。

或るいは前の横たわって剥【はく】の若く、攻るいは後【しり】えの断えて姤【こう】の若し。

延延【えんえん】として離れて又属【つら】なり、夬夬【かいかい】として叛いて還た遘【あ】えり。

喁喁【ぎょうぎょう】として魚は萍【うきぐさ】を闖【うか】がい、落落【らくらく】として月は宿を経【ふ】。

24

誾誾樹牆垣,巘巘駕庫

誾誾として土塀を籬を築き上げているようでもあり、巘巘として蔵や馬屋を架け渡し、建てているもある。

參參削劍戟,煥煥銜瑩琇。

參參として剣戟を削ったようにするどく聳えるようであり、煥煥として、死者がきらきらと宝石を口にくわえているようでもある。

敷敷花披萼,闟闟屋摧霤。

敷敷として蕾花が萼をひらいたようであり、闟闟として屋根が破れ、天上から雨水がながれこみ、音をたて、たたきつけているようでもある。

悠悠舒而安,兀兀狂以狃。

悠悠として、ゆったりとのどかにして安らかなるものでもあり、兀兀として昂奮し、それでもってなれなれしいものもある。

24

誾誾【ぎんぎん】として牆垣【ちょうたん】を樹【た】て、巘巘【げんげん】として庫厩【こきゅう】を駕す。

参参【しんしん】として剣戟【けんげき】を削り、煥煥【かんかん】として瑩琇【えいしゅう】を銜【ふく】めり。

敷敷【ふふ】として花は萼【がく】を披【ひら】き、闟闟【とうとう】として屋は霤【したた】りを摧【くだ】く。

悠悠として舒【の】べて安く、兀兀【ごつごつ】として狂【たわ】れて以て狃【な】る。

 

25~#26

 

25

25

95

超超出猶奔,蠢蠢駭不懋。

超超として出でて猶奔【はし】り、蠢蠢【しゅんしゅん】として駭【おどろ】いて懋【つと】めず。

96

大哉立天地,經紀肖營腠。

大【だい】なるかな天地に立ち,經紀【けいき】は營腠【えいそう】に肖【に】たり。

97

厥初孰開張,僶俛誰勸侑。

厥【そ】の初め孰【た】れか開張【かいちょう】せし,黽勉【びんべん】として誰か勸侑【かんゆう】せす。

98

創茲樸而巧,戮力忍勞疚。

茲を創【はじ】むること樸にして巧みに,力を戮【あわ】せて勞疚【ろうきゅう】を忍びたるか。

99

得非施斧斤,無乃假詛咒。

斧斤【ふきん】を施すに非ざるを得【え】んや,無乃【むしろ】詛咒【そじゅつ】を假れるか。

100

鴻荒竟無傳,功大莫酬僦。

鴻荒【こうこう】にして竟に傳うること無く,功大にして酬僦【しゅうしゅう】すること莫し。

101

嘗聞於祠官,芬苾降歆嗅。

って祠官【しかん】に聞けり,芬苾【ふんひつ】には降【くだ】って歆嗅【きんきゅう】すと

102

斐然作歌詩,惟用贊報酭。

斐然【ひぜん】として歌詩を作り,惟れ用って報酭【ほうゆう】を讚【たす】けん。

99

得非施斧斤,無乃假詛咒。

斧斤【ふきん】を施すに非ざるを得【え】んや,無乃【むしろ】詛咒【そじゅつ】を假れるか。

 

 秦嶺山脈終南山

『南山詩』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

24

誾誾樹牆垣,巘巘駕庫

參參削劍戟,煥煥銜瑩琇。

敷敷花披萼,闟闟屋摧霤。

悠悠舒而安,兀兀狂以狃。

(下し文)
24

誾誾【ぎんぎん】として牆垣【ちょうたん】を樹【た】て、巘巘【げんげん】として庫厩【こきゅう】を駕す。

参参【しんしん】として剣戟【けんげき】を削り、煥煥【かんかん】として瑩琇【えいしゅう】を銜【ふく】めり。

敷敷【ふふ】として花は萼【がく】を披【ひら】き、闟闟【とうとう】として屋は霤【したた】りを摧【くだ】く。

悠悠として舒【の】べて安く、兀兀【ごつごつ】として狂【たわ】れて以て狃【な】る。

(現代語訳)
24

誾誾として土塀を籬を築き上げているようでもあり、巘巘として蔵や馬屋を架け渡し、建てているもある。

參參として剣戟を削ったようにするどく聳えるようであり、煥煥として、死者がきらきらと宝石を口にくわえているようでもある。

敷敷として蕾花が萼をひらいたようであり、闟闟として屋根が破れ、天上から雨水がながれこみ、おとをたて、たたきつけているようでもある。

悠悠として、ゆったりとのどかにして安らかなるものでもあり、兀兀として昂奮し、それでもってなれなれしいものもある。


(訳注) 24

 終南山06

誾誾樹牆垣,巘巘駕庫

誾誾として土塀を籬を築き上げているようでもあり、巘巘として蔵や馬屋を架け渡し、建てているもある。

235 誾誾 うやうやしいさま。きちんとしているさま。文選司馬相如《長門賦》「桂樹交而相紛兮, 芳酷烈之誾誾。」1.話和悅而又能辯明是非之貌。 《論語黨》:朝, 與下大夫言, 侃侃如也;與上大夫言, 誾誾如也。” 朱熹 集注:誾誾, 和悅而諍也。” 劉寶楠 正義:諍者辯論其是非也。” 《東都酺宴》詩序:將吏咸集, 佩章有序, 鏘鏘濟濟, 侃侃誾誾。” 董必武 《輓陳毅同志詩》:誾誾談國事, 了了述邊情。” 2.盛貌。 《文選司馬相如<長門賦>》:桂樹交而相紛兮, 芳酷烈之誾誾。” 李善 注:酷烈誾誾, 香氣盛也。” 3.犬吠聲。 誾, 用同“

236 樹 立てる。

237 牆垣 土べい。

238 巘巘 高くつっ立っているきま。

239 駕 建てる。

240 庫 庫は、くら。厩はうまや。

 

參參削劍戟,煥煥銜瑩琇。

參參として剣戟を削ったようにするどく聳えるようであり、煥煥として、死者がきらきらと宝石を口にくわえているようでもある。

241 参参 ほそ長い形容。

242 削 けずり立っていること。

243 剣戟 剣は、両刃のつるぎ。戟は、ほこ。

244 煥煥 まばゆく光っているさま。

245 銜 口にくわえる。なお、中国古代の習慣として、死者の口に玉を銜えさせるのが常だった。それを連想したもの。

246 瑩琇 瑩も琇も、玉に似て美しい石をいう。『詩経、衛風』淇奥篇詩経、衛風』淇奥篇「有匪君子 充耳琇瑩」(匪たる君子有り、 充耳琇瑩。)という句がある。

 

敷敷花披萼,闟闟屋摧霤。

敷敷として蕾花が萼をひらいたようであり、闟闟として屋根が破れ、天上から雨水がながれこみ、おとをたて、たたきつけているようでもある。

247 敷敷 花の爛漫と、ぱっと咲いているさま。

248 披萼 披は、開く。萼は、花びらの外がわにあるうてな。

249 闟闟 地にものが落ちる音。

250 屋 屋根。

251 霤 雨だれ。

 

悠悠舒而安,兀兀狂以狃。

悠悠として、ゆったりとのどかにして安らかなるものでもあり、兀兀として昂奮し、それでもってなれなれしいものもある。

252 悠悠 ゆったりしているさま。

253 舒 のどかに。

254 兀兀 ものごとを知らない形容。

255 狂 くるう。あるいは、常態以上に昂奮する。

256 狃 なれしたしむ。

 

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韓愈  南山詩 23

或如龜坼兆,或若卦分繇。或前橫若剝,或後斷若姤。

延延離又屬,夬夬叛還遘。喁喁魚闖萍,落落月經宿。

あるものは、うらないの亀甲を焚いてひびわれで、前兆を告げたかのように、あるものは易の卦の分繇で吉凶を定めているかのようである。あるのは前の山が横たわり剥の卦のようであり、あるものは後の峰が断ち切れて、姤の卦のようになっている。それかとおもうと、延延として連なり、離れては又続くところもあり、叛いてはまた合し、千切れ千切にそむきあってはまた出逢う。喁喁として魚が浮き草の間から頭を出しているのもあれば、落落として月がちらりほらりと星が瞬きのあいだを通り過ぎるかのように光を発するようである。

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南山詩 -238790

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韓愈詩-韓愈128 <1668

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

 

20

或覆若曝鱉,或若寢獸。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

あるものは、ひそんでいる龍のようにうねった山地があり、あるものは、たたかう鷲のようにはばたいている山地がある。

或齊若友朋,或隨若先後。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

或迸若流落,或顧若宿留。

あるいは、早い速力で散らばり、流れ落ちるようであり、あるものは、ふりかえってみると、ひと所に逗留するような山地がある。

20

或るいは覆って曝【さら】せる鱉【べつ】の若く、攻るいは【くず】れて寝ねたる獣【けだもの】の若し。

或るいは蜿【えん】として蔵れたる竜の若く、或るいは翼【はう】って搏【たたこ】う鷲【わし】の若し。

或るいは斉【な】らびて友朋【ゆうほう】の若く、或るいは随って先後【せんこう】の若し。

成るいは迸【ほとばし】りて流落【りゅうらく】するが若く、或るいは顧【かえ】りみて宿留【しゅうりゅう】するが若し。

21

或淚若仇讎,或密若婚媾。

あるものは、もどってきて、その山地がかたきのようにそむきあいっているし、あるものは、その山地が婚媾するかのように親密にくっつきあっている。

或儼若峨冠,或翻若舞袖。

あるものは、厳然として山高の冠をいただけるかのようにそびえ、あるものは、翻然として舞袖のひるがえすかのようである。

或屹若戰陣,或圍若蒐狩。

あるものは、屹として動かざる事、戦陣のとりでのようにそば立ち、あるものは、取り囲んで狩りをするかのようである。

或靡然東注,或偃然北首。

あるものは、靡然として東に流れこんでいくようになだらかにくだるものがあり、あるものは、偃然として北向きに寝そべるかのようでいる。

21

或るいは戻って仇讎【きゅうしゅう】の若く、或るいは密【みつ】にして婚媾【こんこう】の若し。

或るいは儼【おごそ】かにして峨冠【がかん】の若く、或るいは翻【ひるがえ】って舞いの袖の若し。

或るいは屹【きつ】として戦陣【せんじん】の若く、或るいは囲んで蒐狩【しゅうしゅ】の若し。

或るいは靡然【びぜん】として東に注ぎ、或るいは偃然【えんぜん】として北に首【む】こう。

22

或如火熹焰,或若氣饙餾。

あるものは御飯をたく火のように盛んにもえて焔をあげるようであり、あるものはその飯炊きの吹き上げる蒸し湯気のようである。

或行而不輟,或遺而不收。

あるものはどこまでも歩いて行き止まることはないようであり、あるものは片付けられずおいてきぼりになっている。

或斜而不倚,或弛而不彀。

あるものは斜面ではあるが片寄るほどではないものであり、あるものは弛めていてぴんと張ることなくだらりと弛んでいる。

或赤若禿鬝。或燻若柴槱。

あるものは頭のはげのように赤裸であり、あるいは、頭瘡のようでもある、あるものは天の神々を祭る薠柴の儀式のように煙をあげている。

22

或るいは火の熹焰【きえん】するが如く、或るいは気の饙餾【ふんりゅう】するが若し。

或るいは行って輟【とど】まらず、或るいは遺【のこ】して収【おさ】めず。

或るいは斜【ななめ】にして倚【かたよ】らず、或るいは弛【ゆる】うして彀【は】らず。

或るいは赤として禿鬝【とうかん】の若く、或るいは熏【くん】じて柴槱【さいゆう】の若し。

 

23

或如龜坼兆,或若卦分繇。

或前橫若剝,或後斷若姤。

延延離又屬,夬夬叛還遘。

喁喁魚闖萍,落落月經宿。

あるものは、うらないの亀甲を焚いてひびわれで、前兆を告げたかのように、あるものは易の卦の分繇で吉凶を定めているかのようである。

あるのは前の山が横たわり剥の卦のようであり、あるものは後の峰が断ち切れて、姤の卦のようになっている。

それかとおもうと、延延として連なり、離れては又続くところもあり、叛いてはまた合し、千切れ千切にそむきあってはまた出逢う。

喁喁として魚が浮き草の間から頭を出しているのもあれば、落落として月がちらりほらりと星が瞬きのあいだを通り過ぎるかのように光を発するようである。

23

或るいは亀【き】の兆【ちょう】を柝【わか】つが如く、或るいは卦【か】の繇【ちゅう】を分かつが若し。

或るいは前の横たわって剥【はく】の若く、攻るいは後【しり】えの断えて姤【こう】の若し。

延延【えんえん】として離れて又属【つら】なり、夬夬【かいかい】として叛いて還た遘【あ】えり。

喁喁【ぎょうぎょう】として魚は萍【うきぐさ】を闖【うか】がい、落落【らくらく】として月は宿を経【ふ】。

 

24~#25

 

24

24

91

誾誾樹牆垣,巘巘駕庫

誾誾【ぎんぎん】として牆垣【ちょうたん】を樹【た】て、巘巘【げんげん】として庫厩【こきゅう】を駕す。

92

參參削劍戟,煥煥銜瑩琇。

参参【しんしん】として剣戟【けんげき】を削り、煥煥【かんかん】として瑩琇【えいしゅう】を銜【ふく】めり。

93

敷敷花披萼,闟闟屋摧霤。

敷敷【ふふ】として花は萼【がく】を披【ひら】き、闟闟【とうとう】として屋は霤【したた】りを摧【くだ】く。

94

悠悠舒而安,兀兀狂以狃。

悠悠として舒【の】べて安く、兀兀【ごつごつ】として狂【たわ】れて以て狃【な】る。

 

25

25

95

超超出猶奔,蠢蠢駭不懋。

超超として出でて猶奔【はし】り、蠢蠢【しゅんしゅん】として駭【おどろ】いて懋【つと】めず。

96

大哉立天地,經紀肖營腠。

大【だい】なるかな天地に立ち,經紀【けいき】は營腠【えいそう】に肖【に】たり。

97

厥初孰開張,僶俛誰勸侑。

厥【そ】の初め孰【た】れか開張【かいちょう】せし,黽勉【びんべん】として誰か勸侑【かんゆう】せす。

98

創茲樸而巧,戮力忍勞疚。

茲を創【はじ】むること樸にして巧みに,力を戮【あわ】せて勞疚【ろうきゅう】を忍びたるか。

 

 

『南山詩』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

23

或如龜坼兆,或若卦分繇。

或前橫若剝,或後斷若姤。

延延離又屬,夬夬叛還遘。

喁喁魚闖萍,落落月經宿。

(下し文)
23

或るいは亀【き】の兆【ちょう】を柝【わか】つが如く、或るいは卦【か】の繇【ちゅう】を分かつが若し。

或るいは前の横たわって剥【はく】の若く、攻るいは後【しり】えの断えて姤【こう】の若し。

延延【えんえん】として離れて又属【つら】なり、夬夬【かいかい】として叛いて還た遘【あ】えり。

喁喁【ぎょうぎょう】として魚は萍【うきぐさ】を闖【うか】がい、落落【らくらく】として月は宿を経【ふ】。

(現代語訳)
23

あるものは、うらないの亀甲を焚いてひびわれで、前兆を告げたかのように、あるものは易の卦の分繇で吉凶を定めているかのようである。

あるのは前の山が横たわり剥の卦のようであり、あるものは後の峰が断ち切れて、姤の卦のようになっている。

それかとおもうと、延延として連なり、離れては又続くところもあり、叛いてはまた合し、千切れ千切にそむきあってはまた出逢う。

喁喁として魚が浮き草の間から頭を出しているのもあれば、落落として月がちらりほらりと星が瞬きのあいだを通り過ぎるかのように光を発するようである。


(訳注) 23

《 巻01-13南山詩 》 #23

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

或如龜拆兆,或若卦分繇。

あるものは、うらないの亀甲を焚いてひびわれで、前兆を告げたかのように、あるものは易の卦の分繇で吉凶を定めているかのようである。

224 亀垢兆 亀は、その甲でうらないをする。甲に穴をあけ、そこに火を入れると、その熱で甲にひびが入る。そのひびの入り方によって、吉凶をきめる。垢とは、ひびの入ること。兆とは、吉凶をきめるひびの入り方である。なお、この亀甲によって、うらなうことを、トという。

225 卦分繇 繇は、易の卦につけられたうらないのことばであるが、それは、大てい一就ごとにあるから、ここは、反の意味と同じように使用し、韻をあわせるため。繇の字にしたのである。山がつらなったりたちきれたりしているのをいっているのを易の卦で表現したもの。

 

或前横若剝,或後斷若姤。

あるのは前の山が横たわり剥の卦のようであり、あるものは後の峰が断ち切れて、姤の卦のようになっている。

226 前横若剝 易の卦のことを持ち出したので、実際にどんな形の山があるか、その例をあげたのである。剥は、易の六十四卦の一つで、前が横たわっている形である。

227 若姤 姤も、剥と同じく六十四卦の一つで、後が断ち切れた形となる。

 

延延離又屬,夬夬叛還遘。

それかとおもうと、延延として連なり、離れては又続くところもあり、叛いてはまた合し、千切れ千切にそむきあってはまた出逢う。

228 延延離又属 この段は前段と同じく、山の形容で、内容上はつづいている。延延は、長くつづいているさま。凪は、つづきあっていること。

229 夬夬 あっさり手を切ってしまう形容。易の夬の卦に見えることば。夬は、切るの意。ここでは、山脈がちぎれちぎれになっていることをいう。

230 遘 出逢う。

ただこの段は、毎句のはじめに同じ字を重ねるいわゆる畳語を置いて描写し、前段の「或」又は「或若」をおくのと、形式的にちがっている。またヽこの段では「若」や「如」の字で「ごとし」といっていないが、どの句も比喩であること。

 

喁喁魚闖萍,落落月經宿。

喁喁として魚が浮き草の間から頭を出しているのもあれば、落落として月がちらりほらりと星が瞬きのあいだを通り過ぎるかのように光を発するようである。

231 喁喁/哨喘 魚が頭を水面に出してロをぱくぱくさせているさま。 頭を出していること。

232 萍 水草の名。うきくさ。

233 落落 まばらな形容。月が明るいとその周りの星座が見えないこと。

234 月経宿 宿は、星宿。星座をいう。

終南山04 


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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#22》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1669> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7321

韓愈  南山詩 22

或如火熹焰,或若氣饙餾。或行而不輟,或遺而不收。

或斜而不倚,或弛而不彀。或赤若禿鬝。或燻若柴槱。

あるものは御飯をたく火のように盛んにもえて焔をあげるようであり、あるものはその飯炊きの吹き上げる蒸し湯気のようである。あるものはどこまでも歩いて行き止まることはないようであり、あるものは片付けられずおいてきぼりになっている。あるものは斜面ではあるが片寄るほどではないものであり、あるものは弛めていてぴんと張ることなくだらりと弛んでいる。あるものは頭のはげのように赤裸であり、あるいは、頭瘡のようでもある、あるものは天の神々を祭る薠柴の儀式のように煙をあげている。

韓昌黎集01-13

南山詩 -228386

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7321 

 806年貞元22 39-1

1 #22

 <1669

 

 
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  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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韓愈詩-韓愈128 <1668

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

 

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或覆若曝鱉,或若寢獸。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

あるものは、ひそんでいる龍のようにうねった山地があり、あるものは、たたかう鷲のようにはばたいている山地がある。

或齊若友朋,或隨若先後。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

或迸若流落,或顧若宿留。

あるいは、早い速力で散らばり、流れ落ちるようであり、あるものは、ふりかえってみると、ひと所に逗留するような山地がある。

20

或るいは覆って曝【さら】せる鱉【べつ】の若く、攻るいは【くず】れて寝ねたる獣【けだもの】の若し。

或るいは蜿【えん】として蔵れたる竜の若く、或るいは翼【はう】って搏【たたこ】う鷲【わし】の若し。

或るいは斉【な】らびて友朋【ゆうほう】の若く、或るいは随って先後【せんこう】の若し。

成るいは迸【ほとばし】りて流落【りゅうらく】するが若く、或るいは顧【かえ】りみて宿留【しゅうりゅう】するが若し。

21

或淚若仇讎,或密若婚媾。

あるものは、もどってきて、その山地がかたきのようにそむきあいっているし、あるものは、その山地が婚媾するかのように親密にくっつきあっている。

或儼若峨冠,或翻若舞袖。

あるものは、厳然として山高の冠をいただけるかのようにそびえ、あるものは、翻然として舞袖のひるがえすかのようである。

或屹若戰陣,或圍若蒐狩。

あるものは、屹として動かざる事、戦陣のとりでのようにそば立ち、あるものは、取り囲んで狩りをするかのようである。

或靡然東注,或偃然北首。

あるものは、靡然として東に流れこんでいくようになだらかにくだるものがあり、あるものは、偃然として北向きに寝そべるかのようでいる。

21

或るいは戻って仇讎【きゅうしゅう】の若く、或るいは密【みつ】にして婚媾【こんこう】の若し。

或るいは儼【おごそ】かにして峨冠【がかん】の若く、或るいは翻【ひるがえ】って舞いの袖の若し。

或るいは屹【きつ】として戦陣【せんじん】の若く、或るいは囲んで蒐狩【しゅうしゅ】の若し。

或るいは靡然【びぜん】として東に注ぎ、或るいは偃然【えんぜん】として北に首【む】こう。

22

或如火熹焰,或若氣饙餾。

あるものは御飯をたく火のように盛んにもえて焔をあげるようであり、あるものはその飯炊きの吹き上げる蒸し湯気のようである。

或行而不輟,或遺而不收。

あるものはどこまでも歩いて行き止まることはないようであり、あるものは片付けられずおいてきぼりになっている。

或斜而不倚,或弛而不彀。

あるものは斜面ではあるが片寄るほどではないものであり、あるものは弛めていてぴんと張ることなくだらりと弛んでいる。

或赤若禿鬝。或燻若柴槱。

あるものは頭のはげのように赤裸であり、あるいは、頭瘡のようでもある、あるものは天の神々を祭る薠柴の儀式のように煙をあげている。

22

或るいは火の熹焰【きえん】するが如く、或るいは気の饙餾【ふんりゅう】するが若し。

或るいは行って輟【とど】まらず、或るいは遺【のこ】して収【おさ】めず。

或るいは斜【ななめ】にして倚【かたよ】らず、或るいは弛【ゆる】うして彀【は】らず。

或るいは赤として禿鬝【とうかん】の若く、或るいは熏【くん】じて柴槱【さいゆう】の若し。

秦嶺山脈終南山 

23~#24

 

23

23

87

或如龜坼兆,或若卦分繇。

或るいは亀【き】の兆【ちょう】を柝【わか】つが如く、或るいは卦【か】の繇【ちゅう】を分かつが若し。

88

或前橫若剝,或後斷若姤。

或るいは前の横たわって剥【はく】の若く、攻るいは後【しり】えの断えて姤【こう】の若し。

89

延延離又屬,夬夬叛還遘。

延延【えんえん】として離れて又属【つら】なり、夬夬【かいかい】として叛いて還た遘【あ】えり。

90

喁喁魚闖萍,落落月經宿。

喁喁【ぎょうぎょう】として魚は萍【うきぐさ】を闖【うか】がい、落落【らくらく】として月は宿を経【ふ】。

 

24

24

91

誾誾樹牆垣,巘巘駕庫

誾誾【ぎんぎん】として牆垣【ちょうたん】を樹【た】て、巘巘【げんげん】として庫厩【こきゅう】を駕す。

92

參參削劍戟,煥煥銜瑩琇。

参参【しんしん】として剣戟【けんげき】を削り、煥煥【かんかん】として瑩琇【えいしゅう】を銜【ふく】めり。

93

敷敷花披萼,闟闟屋摧霤。

敷敷【ふふ】として花は萼【がく】を披【ひら】き、闟闟【とうとう】として屋は霤【したた】りを摧【くだ】く。

94

悠悠舒而安,兀兀狂以狃。

悠悠として舒【の】べて安く、兀兀【ごつごつ】として狂【たわ】れて以て狃【な】る。

 

 

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

22

或如火熹焰,或若氣餾。

或行而不輟,或遺而不收。

或斜而不倚,或弛而不彀。

或赤若禿。或燻若柴

(下し文)
22

或るいは火の熹焰【きえん】するが如く、或るいは気の餾【ふんりゅう】するが若し。

或るいは行って輟【とど】まらず、或るいは遺【のこ】して収【おさ】めず。

或るいは斜【ななめ】にして倚【かたよ】らず、或るいは弛【ゆる】うして彀【は】らず。

或るいは赤として禿【とうかん】の若く、或るいは熏【くん】じて柴【さいゆう】の若し

(現代語訳)
22

あるものは御飯をたく火のように盛んにもえて焔をあげるようであり、あるものはその飯炊きの吹き上げる蒸し湯気のようである。

あるものはどこまでも歩いて行き止まることはないようであり、あるものは片付けられずおいてきぼりになっている。

あるものは斜面ではあるが片寄るほどではないものであり、あるものは弛めていてぴんと張ることなくだらりと弛んでいる。

あるものは頭のはげのように赤裸であり、あるいは、頭瘡のようでもある、あるものは天の神々を祭る薠柴の儀式のように煙をあげている。

終南山06 

 (訳注)

 

或如火熹焰,或若氣饙餾。

あるものは御飯をたく火のように盛んにもえて焔をあげるようであり、あるものはその飯炊きの吹き上げる蒸し湯気のようである。

214 熹焰 焰は、火のさかんにもえている形容であるとも、また、御飯をたくこと。熹焔は、めしをたくべくほのおをあげている。

215 饙餾 御飯をたくときに湯気の吹き出ることを言う。半むしが饙で、むし上がったのが饙だという。 

 

或行而不輟,或遺而不收。

あるものはどこまでも歩いて行き止まることはないようであり、あるものは片付けられずおいてきぼりになっている。

216 轍 止める。

 

或斜而不倚,或弛而不彀。

あるものは斜面ではあるが片寄るほどではないものであり、あるものは弛めていてぴんと張ることなくだらりと弛んでいる。

217 斜而不倚 ななめにはなっているが、かたむいていない。この場合、倚は、斜の程度のひどいのをいうのである。倚は片寄る。

218 弛 だらりとゆるんでいる。

219 毅 弓をいっぱいひきしぼること。

 

或赤若禿鬝,或熏若柴槱。

あるものは頭のはげのように赤裸であり、あるいは、頭瘡のようでもある、あるものは天の神々を祭る薠柴の儀式のように煙をあげている。

220 赤 そこに何もない形容。赤裸。赤脚の赤。

221 禿鬝 禿と鬝も同じく、はげる。特に髪のはげいう。ここはは禿鬜で、はげ、あるいは、頭瘡をいう

222 熏 くぶらす。煙をあげる。

223 柴槱 柴や薪を積みあげて供物を焼き、その煙を天にあげて、天の神々を祭る儀礼。薠柴の祭り。

 

 終南山01

 


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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#21》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1668> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7316

韓愈  南山詩 21

或淚若仇讎,或密若婚媾。或儼若峨冠,或翻若舞袖。

或屹若戰陣,或圍若蒐狩。或靡然東注,或偃然北首。

あるものは、もどってきて、その山地がかたきのようにそむきあいっているし、あるものは、その山地が婚媾するかのように親密にくっつきあっている。あるものは、厳然として山高の冠をいただけるかのようにそびえ、あるものは、翻然として舞袖のひるがえすかのようである。あるものは、屹として動かざる事、戦陣のとりでのようにそば立ち、あるものは、取り囲んで狩りをするかのようである。あるものは、靡然として東に流れこんでいくようになだらかにくだるものがあり、あるものは、偃然として北向きに寝そべるかのようでいる。

韓愈128

01-13

南山詩

217982

806年貞元22 39-1-#21

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韓愈詩-韓愈128 <1668

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

 

19

雖親不褻狎,雖遠不悖謬。

親しいものとして尊厳をけがすほどに慣れなれしく、親しんでいるわけではなく、かといって疎遠なものとして顔をそむけることなどできるものではない。

或如臨食案,肴核紛飣餖。

あるものは食卓に向かうとき、ご馳走の品々の山の幸と海の幸がいりみだれてならべ飾られているようである。

又如遊九原,墳墓包槨柩。

又、陵墓地、九原に行って散歩するとき、卵塔婆をうずたかくもりあげられた間に槨柩がつつまれ収められているようでもある。

或纍若盆甖,或揭若豋豆。

あるものは、累々として盆や鉢をいくつもかさねたように、あるものは土製や木製の高杯の上が開いた食器のように高くぬっとそびえている。

 

19

親【したし】しと雖も褻狎【せつこう】せず、遠しと雖も悖謬【はいびゅう】せず。

或るいは食案【しょくあん】に臨んで、餚核【こうかく】の紛として飣餖【ていとう】するが如し。

又九原【きゅうげん】に遊んで、墳墓【ふんぼ】に槨柩【かくきゅう】を包みたるが如し。

或るいは愛として盆罌【ぼんえい】の若く、成るいは揚として覴梪【とうとう】の若し。

20

或覆若曝鱉,或若寢獸。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

あるものは、ひそんでいる龍のようにうねった山地があり、あるものは、たたかう鷲のようにはばたいている山地がある。

或齊若友朋,或隨若先後。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

或迸若流落,或顧若宿留。

あるいは、早い速力で散らばり、流れ落ちるようであり、あるものは、ふりかえってみると、ひと所に逗留するような山地がある。

20

或るいは覆って曝【さら】せる鱉【べつ】の若く、攻るいは【くず】れて寝ねたる獣【けだもの】の若し。

或るいは蜿【えん】として蔵れたる竜の若く、或るいは翼【はう】って搏【たたこ】う鷲【わし】の若し。

或るいは斉【な】らびて友朋【ゆうほう】の若く、或るいは随って先後【せんこう】の若し。

成るいは迸【ほとばし】りて流落【りゅうらく】するが若く、或るいは顧【かえ】りみて宿留【しゅうりゅう】するが若し。

21

或淚若仇讎,或密若婚媾。

あるものは、もどってきて、その山地がかたきのようにそむきあいっているし、あるものは、その山地が婚媾するかのように親密にくっつきあっている。

或儼若峨冠,或翻若舞袖。

あるものは、厳然として山高の冠をいただけるかのようにそびえ、あるものは、翻然として舞袖のひるがえすかのようである。

或屹若戰陣,或圍若蒐狩。

あるものは、屹として動かざる事、戦陣のとりでのようにそば立ち、あるものは、取り囲んで狩りをするかのようである。

或靡然東注,或偃然北首。

あるものは、靡然として東に流れこんでいくようになだらかにくだるものがあり、あるものは、偃然として北向きに寝そべるかのようでいる。

21

或るいは戻って仇讎【きゅうしゅう】の若く、或るいは密【みつ】にして婚媾【こんこう】の若し。

或るいは儼【おごそ】かにして峨冠【がかん】の若く、或るいは翻【ひるがえ】って舞いの袖の若し。

或るいは屹【きつ】として戦陣【せんじん】の若く、或るいは囲んで蒐狩【しゅうしゅ】の若し。

或るいは靡然【びぜん】として東に注ぎ、或るいは偃然【えんぜん】として北に首【む】こう。

 

22~#23

 

22

22

83

或如火熹焰,或若氣饙餾。

或るいは火の熹焰【きえん】するが如く、或るいは気の饙餾【ふんりゅう】するが若し。

84

或行而不輟,或遺而不收。

或るいは行って輟【とど】まらず、或るいは遺【のこ】して収【おさ】めず。

85

或斜而不倚,或弛而不彀。

或るいは斜【ななめ】にして倚【かたよ】らず、或るいは弛【ゆる】うして彀【は】らず。

86

或赤若禿鬝。或燻若柴槱。

或るいは赤として禿鬝【とうかん】の若く、或るいは熏【くん】じて柴槱【さいゆう】の若し。

 

23

23

87

或如龜坼兆,或若卦分繇。

或るいは亀【き】の兆【ちょう】を柝【わか】つが如く、或るいは卦【か】の繇【ちゅう】を分かつが若し。

88

或前橫若剝,或後斷若姤。

或るいは前の横たわって剥【はく】の若く、攻るいは後【しり】えの断えて姤【こう】の若し。

89

延延離又屬,夬夬叛還遘。

延延【えんえん】として離れて又属【つら】なり、夬夬【かいかい】として叛いて還た遘【あ】えり。

90

喁喁魚闖萍,落落月經宿。

喁喁【ぎょうぎょう】として魚は萍【うきぐさ】を闖【うか】がい、落落【らくらく】として月は宿を経【ふ】。

 

長安付近図00 

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

21

或淚若仇讎,或密若婚媾。

或儼若峨冠,或翻若舞袖。

或屹若戰陣,或圍若蒐狩。

或靡然東注,或偃然北首。
(下し文)
21

或るいは戻って仇讎【きゅうしゅう】の若く、或るいは密【みつ】にして婚媾【こんこう】の若し。

或るいは儼【おごそ】かにして峨冠【がかん】の若く、或るいは翻【ひるがえ】って舞いの袖の若し。

或るいは屹【きつ】として戦陣【せんじん】の若く、或るいは囲んで蒐狩【しゅうしゅ】の若し。

或るいは靡然【びぜん】として東に注ぎ、或るいは偃然【えんぜん】として北に首【む】こう。

(現代語訳)
21

あるものは、もどってきて、その山地がかたきのようにそむきあいっているし、あるものは、その山地が婚媾するかのように親密にくっつきあっている。

あるものは、厳然として山高の冠をいただけるかのようにそびえ、あるものは、翻然として舞袖のひるがえすかのようである。

あるものは、屹として動かざる事、戦陣のとりでのようにそば立ち、あるものは、取り囲んで狩りをするかのようである。

あるものは、靡然として東に流れこんでいくようになだらかにくだるものがあり、あるものは、偃然として北向きに寝そべるかのようでいる。

秦嶺山脈終南山 

 (訳注)

《 巻01-13南山詩 》 #21

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

或戾若仇讎,或密若婚媾。

あるものは、もどってきて、その山地がかたきのようにそむきあいっているし、あるものは、その山地が婚媾するかのように親密にくっつきあっている。

202 戻 仲たがいする。悖る、互いに反目する。

203 仇緬 かたき。

204 婚媾 媾は婚と同じ。結婚する。

 

或儼若峨冠,或翻若舞袖。

あるものは、厳然として山高の冠をいただけるかのようにそびえ、あるものは、翻然として舞袖のひるがえすかのようである。

205 儼 おごそかなさま。

206 峨冠 高い冠ご朝廷に仕える官吏のかんむり。

 

或屹若戰陣,或圍若蒐狩。

あるものは、屹として動かざる事、戦陣のとりでのようにそば立ち、あるものは、取り囲んで狩りをするかのようである。

207 屹 高くそびえるさま・

208 戦陣 おそらく陣の塞がそびえていること。

209 蒐狩 狩猟。春の狩りを蒐といい、冬のかりを狩というと、中国古代の辞書「爾雅」の釈天にある。

 

或靡然東注,或偃然北首。

あるものは、靡然として東に流れこんでいくようになだらかにくだるものがあり、あるものは、偃然として北向きに寝そべるかのようでいる。

210 靡然 なびきふすさま。

211 東注 東に流れこむ。ここは、山勢が東に次第に低くなっている形容であるが、中国の地形は西高東低で、三大河川は東流しているので、古典的意識では、川の流れは「東注」するものとされる。その反映が、ここに東注ということばとして便用されている。

212 偃然 よこたわるさま。

213 北首 北を向いている。死んだとき、北向きに葬むるのが、礼であったことをふまえている。北首とは、北枕のことであるともいう。
京兆地域図002 

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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#20》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1667> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7311

韓愈  南山詩 20

或覆若曝鱉,或若寢獸。或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

或齊若友朋,或隨若先後。或迸若流落,或顧若宿留

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。あるものは、ひそんでいる龍のようにうねった山地があり、あるものは、たたかう鷲のようにはばたいている山地がある。あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。あるいは、早い速力で散らばり、流れ落ちるようであり、あるものは、ふりかえってみると、ひと所に逗留するような山地がある。

韓愈128

01-13

南山詩

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806年貞元22 39-1-#20

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韓愈詩-韓愈128 <1666

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

18

或浮若波濤,或碎若鋤耨。

あるものは大波小波、波濤のようにくだけちり、うかび、あるものは鋤鍬で土を掘りかえして耕やしたかのように砕けている。

或如賁育倫。賭勝勇前購。

あるものは昔の孟賁や夏育のような力自慢の勇士たちがいるようであり、そしてかれらが目の前の賞品に勇んで勝負をかけているようである。

先強勢已出,後鈍嗔餖

先の方に立つものが力強くて形勢が早くも図抜けており、後の方はこれに追いつけない鈍さのあまり腹を立ててぶつぶつ不満をいっているようである。

或如帝王尊,叢集朝賤幼。

あるものは帝王が尊厳、威厳をもっているようであり、身分いやしきものいと幼い王族のものたちをよびあつめ朝廷での朝礼に集わせられているようである。

18

或るいは浮かんで波濤【はとう】の若く、或るいは砕【くだ】けて鋤耨【じょどう】せしが若し。

或るいは賁育【ほんいく】が倫【りん】の、勝つことを賭けて前の購【かけもの】に勇むが如し。

先強うして勢 已【すで】に出で、後 鈍くして嗔【いか】って餖【とうどう】す。

或るいは帝王の尊きが、叢【あつ】め集めて賤幼【せんよう】を朝せしむるが如し。

 

19

雖親不褻狎,雖遠不悖謬。

親しいものとして尊厳をけがすほどに慣れなれしく、親しんでいるわけではなく、かといって疎遠なものとして顔をそむけることなどできるものではない。

或如臨食案,肴核紛飣餖。

あるものは食卓に向かうとき、ご馳走の品々の山の幸と海の幸がいりみだれてならべ飾られているようである。

又如遊九原,墳墓包槨柩。

又、陵墓地、九原に行って散歩するとき、卵塔婆をうずたかくもりあげられた間に槨柩がつつまれ収められているようでもある。

或纍若盆甖,或揭若豋豆。

あるものは、累々として盆や鉢をいくつもかさねたように、あるものは土製や木製の高杯の上が開いた食器のように高くぬっとそびえている。

 

19

親【したし】しと雖も褻狎【せつこう】せず、遠しと雖も悖謬【はいびゅう】せず。

或るいは食案【しょくあん】に臨んで、餚核【こうかく】の紛として飣餖【ていとう】するが如し。

又九原【きゅうげん】に遊んで、墳墓【ふんぼ】に槨柩【かくきゅう】を包みたるが如し。

或るいは愛として盆罌【ぼんえい】の若く、成るいは揚として覴梪【とうとう】の若し。

20

或覆若曝鱉,或若寢獸。

或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

或齊若友朋,或隨若先後。

或迸若流落,或顧若宿留。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

あるものは、ひそんでいる龍のようにうねった山地があり、あるものは、たたかう鷲のようにはばたいている山地がある。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

あるいは、早い速力で散らばり、流れ落ちるようであり、あるものは、ふりかえってみると、ひと所に逗留するような山地がある。

20

或るいは覆って曝【さら】せる鱉【べつ】の若く、攻るいは【くず】れて寝ねたる獣【けだもの】の若し。

或るいは蜿【えん】として蔵れたる竜の若く、或るいは翼【はう】って搏【たたこ】う鷲【わし】の若し。

或るいは斉【な】らびて友朋【ゆうほう】の若く、或るいは随って先後【せんこう】の若し。

成るいは迸【ほとばし】りて流落【りゅうらく】するが若く、或るいは顧【かえ】りみて宿留【しゅうりゅう】するが若し。

 

21~#23

 

21

21

79

或淚若仇讎,或密若婚媾。

或るいは戻って仇讎【きゅうしゅう】の若く、或るいは密【みつ】にして婚媾【こんこう】の若し。

80

或儼若峨冠,或翻若舞袖。

或るいは儼【おごそ】かにして峨冠【がかん】の若く、或るいは翻【ひるがえ】って舞いの袖の若し。

81

或屹若戰陣,或圍若蒐狩。

或るいは屹【きつ】として戦陣【せんじん】の若く、或るいは囲んで蒐狩【しゅうしゅ】の若し。

82

或靡然東注,或偃然北首。

或るいは靡然【びぜん】として東に注ぎ、或るいは偃然【えんぜん】として北に首【む】こう。

 

22

22

83

或如火熹焰,或若氣饙餾。

或るいは火の熹焰【きえん】するが如く、或るいは気の饙餾【ふんりゅう】するが若し。

84

或行而不輟,或遺而不收。

或るいは行って輟【とど】まらず、或るいは遺【のこ】して収【おさ】めず。

85

或斜而不倚,或弛而不彀。

或るいは斜【ななめ】にして倚【かたよ】らず、或るいは弛【ゆる】うして彀【は】らず。

86

或赤若禿鬝。或燻若柴槱。

或るいは赤として禿鬝【とうかん】の若く、或るいは熏【くん】じて柴槱【さいゆう】の若し。

 

23

23

87

或如龜坼兆,或若卦分繇。

或るいは亀【き】の兆【ちょう】を柝【わか】つが如く、或るいは卦【か】の繇【ちゅう】を分かつが若し。

88

或前橫若剝,或後斷若姤。

或るいは前の横たわって剥【はく】の若く、攻るいは後【しり】えの断えて姤【こう】の若し。

89

延延離又屬,夬夬叛還遘。

延延【えんえん】として離れて又属【つら】なり、夬夬【かいかい】として叛いて還た遘【あ】えり。

90

喁喁魚闖萍,落落月經宿。

喁喁【ぎょうぎょう】として魚は萍【うきぐさ】を闖【うか】がい、落落【らくらく】として月は宿を経【ふ】。

 

 

『南山詩』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

20

或覆若曝鱉,或若寢獸。

或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

或齊若友朋,或隨若先後。

或迸若流落,或顧若宿留。

(下し文)
20

或るいは覆って曝【さら】せる鱉【べつ】の若く、攻るいは【くず】れて寝ねたる獣【けだもの】の若し。

或るいは蜿【えん】として蔵れたる竜の若く、或るいは翼【はう】って搏【たたこ】う鷲【わし】の若し。

或るいは斉【な】らびて友朋【ゆうほう】の若く、或るいは随って先後【せんこう】の若し。

成るいは迸【ほとばし】りて流落【りゅうらく】するが若く、或るいは顧【かえ】りみて宿留【しゅうりゅう】するが若し。

 

 (現代語訳)
20

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

あるものは、ひそんでいる龍のようにうねった山地があり、あるものは、たたかう鷲のようにはばたいている山地がある。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

あるいは、早い速力で散らばり、流れ落ちるようであり、あるものは、ふりかえってみると、ひと所に逗留するような山地がある。


(訳注)

《 巻01-13南山詩 》 #20

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

或覆若曝鱉,或若寢獸。

あるものは、覆って日向ぼっこして甲羅干しをしているすっぽんの様に、あるものは、姿勢を崩して寝ている野獣のようにだらりとしている。

191 曝 長い間、風雨や太陽にさらされて、色あせたり朽ちたりする。

192 鱉 すっぽん。 

 

或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

あるものは、ひそんでいる龍のようにうねった山地があり、あるものは、たたかう鷲のようにはばたいている山地がある。

193 蜿 竜のうねうねとうねっている形容。

194 藏龍 かくれたる龍、すなわち、潜龍。

195 翼 鳥がはねをひろげたようなさま。はばたきをする。

196 搏鷲 他の物にうちかかる鷲。搏:あらそう。えさにおそいかかる。《山海經》「景山多鷲,黑色多力。」(景山鷲多く,黑色にして力多し。)とある。

 

或齊若友朋,或隨若先後。

あるものは、行儀よく並んで友だちのように肩を並らべた山地があり、あるものは、その山地が兄弟の妻同士のように順に随っている。

197 斉 順序良く並らべる。

198 友朋 ともだち。

199 先後 この場合は、娣姒という意昧。兄弟の妻をいう。娣が弟の妻。姒が弟の妻。あるいは、この句が、《禮記·曲禮》上篇説「五年以長,則肩隨之」(五年以て長ずれぱ、則ち肩之に随す。」とあり、《史記》「見神於先後宛若',即謂娣姒也。」(神に於ては先後を見て宛若す',即ち娣姒を謂う也。)とあるのをふんで、前後することかもしれないが、友朋と対する関係上に、「先後」を娣姒と解するのがよい。

 

或迸若流落,或顧若宿留。

あるいは、早い速力で散らばり、流れ落ちるようであり、あるものは、ふりかえってみると、ひと所に逗留するような山地がある。

200 迸 早い速力で散らばること。

201 宿留 同じところにじっととまっていること。史記宿留之数日,毋所見。」(之に宿留すること数日,見る所毋し。)また、《史記·封禪書》「漢武帝、宿留海上。」(漢の武帝は、海上に宿留す。とある。

202 戻 仲たがいする。悖る、互いに反目する。

 


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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#19》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1666> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7306

韓愈  南山詩 #19

雖親不褻狎,雖遠不悖謬。或如臨食案,肴核紛飣餖。

又如遊九原,墳墓包槨柩。或纍若盆甖,或揭若豋豆。

親しいものとして尊厳をけがすほどに慣れなれしく、親しんでいるわけではなく、かといって疎遠なものとして顔をそむけることなどできるものではない。あるものは食卓に向かうとき、ご馳走の品々の山の幸と海の幸がいりみだれてならべ飾られているようである。又、陵墓地、九原に行って散歩するとき、卵塔婆をうずたかくもりあげられた間に槨柩がつつまれ収められているようでもある。あるものは、累々として盆や鉢をいくつもかさねたように、あるものは土製や木製の高杯の上が開いた食器のように高くぬっとそびえている。

韓愈128

01-13

南山詩

197174

806年貞元22 39-1-#19

 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7306

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韓愈詩-韓愈128 <1666

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

18

或浮若波濤,或碎若鋤耨。

あるものは大波小波、波濤のようにくだけちり、うかび、あるものは鋤鍬で土を掘りかえして耕やしたかのように砕けている。

或如賁育倫。賭勝勇前購。

あるものは昔の孟賁や夏育のような力自慢の勇士たちがいるようであり、そしてかれらが目の前の賞品に勇んで勝負をかけているようである。

先強勢已出,後鈍嗔餖

先の方に立つものが力強くて形勢が早くも図抜けており、後の方はこれに追いつけない鈍さのあまり腹を立ててぶつぶつ不満をいっているようである。

或如帝王尊,叢集朝賤幼。

あるものは帝王が尊厳、威厳をもっているようであり、身分いやしきものいと幼い王族のものたちをよびあつめ朝廷での朝礼に集わせられているようである。

18

或るいは浮かんで波濤【はとう】の若く、或るいは砕【くだ】けて鋤耨【じょどう】せしが若し。

或るいは賁育【ほんいく】が倫【りん】の、勝つことを賭けて前の購【かけもの】に勇むが如し。

先強うして勢 已【すで】に出で、後 鈍くして嗔【いか】って餖【とうどう】す。

或るいは帝王の尊きが、叢【あつ】め集めて賤幼【せんよう】を朝せしむるが如し。

 

19

雖親不褻狎,雖遠不悖謬。

親しいものとして尊厳をけがすほどに慣れなれしく、親しんでいるわけではなく、かといって疎遠なものとして顔をそむけることなどできるものではない。

或如臨食案,肴核紛飣餖。

あるものは食卓に向かうとき、ご馳走の品々の山の幸と海の幸がいりみだれてならべ飾られているようである。

又如遊九原,墳墓包槨柩。

又、陵墓地、九原に行って散歩するとき、卵塔婆をうずたかくもりあげられた間に槨柩がつつまれ収められているようでもある。

或纍若盆甖,或揭若豋豆。

あるものは、累々として盆や鉢をいくつもかさねたように、あるものは土製や木製の高杯の上が開いた食器のように高くぬっとそびえている。

 

19

親【したし】しと雖も褻狎【せつこう】せず、遠しと雖も悖謬【はいびゅう】せず。

或るいは食案【しょくあん】に臨んで、餚核【こうかく】の紛として飣餖【ていとう】するが如し。

又九原【きゅうげん】に遊んで、墳墓【ふんぼ】に槨柩【かくきゅう】を包みたるが如し。

或るいは愛として盆罌【ぼんえい】の若く、成るいは揚として覴梪【とうとう】の若し。

 

20~#23

 

20

20

75

或覆若曝鱉,或若寢獸。

或るいは覆って曝【さら】せる鱉【べつ】の若く、攻るいは【くず】れて寝ねたる獣【けだもの】の若し

76

或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

或るいは蜿【えん】として蔵れたる竜の若く、或るいは翼【はう】って搏【たたこ】う鷲【わし】の若し。

77

或齊若友朋,或隨若先後。

或るいは斉【な】らびて友朋【ゆうほう】の若く、或るいは随って先後【せんこう】の若し。

78

或迸若流落,或顧若宿留。

成るいは迸【ほとばし】りて流落【りゅうらく】するが若く、或るいは顧【かえ】りみて宿留【しゅうりゅう】するが若し。

 

21

21

79

或淚若仇讎,或密若婚媾。

或るいは戻って仇讎【きゅうしゅう】の若く、或るいは密【みつ】にして婚媾【こんこう】の若し。

80

或儼若峨冠,或翻若舞袖。

或るいは儼【おごそ】かにして峨冠【がかん】の若く、或るいは翻【ひるがえ】って舞いの袖の若し。

81

或屹若戰陣,或圍若蒐狩。

或るいは屹【きつ】として戦陣【せんじん】の若く、或るいは囲んで蒐狩【しゅうしゅ】の若し。

82

或靡然東注,或偃然北首。

或るいは靡然【びぜん】として東に注ぎ、或るいは偃然【えんぜん】として北に首【む】こう。

 

22

22

83

或如火熹焰,或若氣饙餾。

或るいは火の熹焰【きえん】するが如く、或るいは気の饙餾【ふんりゅう】するが若し。

84

或行而不輟,或遺而不收。

或るいは行って輟【とど】まらず、或るいは遺【のこ】して収【おさ】めず。

85

或斜而不倚,或弛而不彀。

或るいは斜【ななめ】にして倚【かたよ】らず、或るいは弛【ゆる】うして彀【は】らず。

86

或赤若禿鬝。或燻若柴槱。

或るいは赤として禿鬝【とうかん】の若く、或るいは熏【くん】じて柴槱【さいゆう】の若し。

 

23

23

87

或如龜坼兆,或若卦分繇。

或るいは亀【き】の兆【ちょう】を柝【わか】つが如く、或るいは卦【か】の繇【ちゅう】を分かつが若し。

88

或前橫若剝,或後斷若姤。

或るいは前の横たわって剥【はく】の若く、攻るいは後【しり】えの断えて姤【こう】の若し。

89

延延離又屬,夬夬叛還遘。

延延【えんえん】として離れて又属【つら】なり、夬夬【かいかい】として叛いて還た遘【あ】えり。

90

喁喁魚闖萍,落落月經宿。

喁喁【ぎょうぎょう】として魚は萍【うきぐさ】を闖【うか】がい、落落【らくらく】として月は宿を経【ふ】。

 

 

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

19

雖親不褻狎,雖遠不悖謬。

或如臨食案,肴核紛飣餖。

又如遊九原,墳墓包槨柩。

或纍若盆,或揭若

(下し文)
19

親【したし】しと雖も褻狎【せつこう】せず、遠しと雖も悖謬【はいびゅう】せず。

或るいは食案【しょくあん】に臨んで、餚核【こうかく】の紛として飣餖【ていとう】するが如し。

又九原【きゅうげん】に遊んで、墳墓【ふんぼ】に槨柩【かくきゅう】を包みたるが如し。

或るいは愛として盆罌【ぼんえい】の若く、成るいは揚として梪【とうとう】の若し

(現代語訳)
19

親しいものとして尊厳をけがすほどに慣れなれしく、親しんでいるわけではなく、かといって疎遠なものとして顔をそむけることなどできるものではない。

あるものは食卓に向かうとき、ご馳走の品々の山の幸と海の幸がいりみだれてならべ飾られているようである。

又、陵墓地、九原に行って散歩するとき、卵塔婆をうずたかくもりあげられた間に槨柩がつつまれ収められているようでもある。

あるものは、累々として盆や鉢をいくつもかさねたように、あるものは土製や木製の高杯の上が開いた食器のように高くぬっとそびえている。


(訳注)

《 巻01-13南山詩 》 #19

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

雖親不褻狎,雖遠不悖謬。

親しいものとして尊厳をけがすほどに慣れなれしく、親しんでいるわけではなく、かといって疎遠なものとして顔をそむけることなどできるものではない。

191 雖親不褻狎 褻狎は、過度になれしたしむ。親しいからといってことさらなれしたしむことはしない。この「親しい」というのは、前の句の「幼」を受ける。

192 雖遠不悖謬 悖謬は、仲たがいをする。自分から遠いものであっても、ことさらそれらをわるくあつかうことはしない。「遠い」は、「賤しい」人を受ける。

 

或如臨食案,餚核紛飣餖

あるものは食卓に向かうとき、ご馳走の品々の山の幸と海の幸がいりみだれてならべ飾られているようである。

193 食案 食卓。案は、つくえ。

194 餚核 ごちそう。・餚核は餖という高杯に盛る料理をいい核は竹で編んだ食器に入れるもの、挑や梅などをいう。「詩経」小雅賓之初筵篇に見えることばである。

195 紛 いりまじる。

196 飣餖 ごちそうがいっぱいならんでいるさま。

 

又如游九原,墳墓包槨柩。

又、陵墓地、九原に行って散歩するとき、卵塔婆をうずたかくもりあげられた間に槨柩がつつまれ収められているようでもある。

197 遊九原 墓地を散歩する。九原は、墓地。むかし晋の国(今の山西省にあった)の卿大夫(家老たち)は、郊外の九原という野原に葬むられたところからいう。「礼記」檀弓篇に、「趙文子、叔誉と九原に観【よろこ】ぶ。」とあるのをふまえたことば。

198 墳墓 墳も墓も、はか。土を盛りあげて作る。

199 槨柩 槨柩は、棺おけの外をおおう箱、外棺。柩は、ひつぎ。死体のはいっている棺。

 

或累若盆罌,或揭若覴梪。

あるものは、累々として盆や鉢をいくつもかさねたように、あるものは土製や木製の高杯の上が開いた食器のように高くぬっとそびえている。

200 累 かさなりあっている。

201 盆罌 盆は、はち、たらいの類、土器である。・罌も、土器で、とっくりの類。

202 掲 高く挙がっている。ぬっとそびえている。

203 覴梪 覴は、土器製の高杯。梪は、豆の宇と同じ。木製の高杯。

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韓愈  南山詩 #18

或浮若波濤,或碎若鋤耨。或如賁育倫。賭勝勇前購。

先強勢已出,後鈍嗔餖。或如帝王尊,叢集朝賤幼。

あるものは大波小波、波濤のようにくだけちり、うかび、あるものは鋤鍬で土を掘りかえして耕やしたかのように砕けている。あるものは昔の孟賁や夏育のような力自慢の勇士たちがいるようであり、そしてかれらが目の前の賞品に勇んで勝負をかけているようである。先の方に立つものが力強くて形勢が早くも図抜けており、後の方はこれに追いつけない鈍さのあまり腹を立ててぶつぶつ不満をいっているようである。あるものは帝王が尊厳、威厳をもっているようであり、身分いやしきものいと幼い王族のものたちをよびあつめ朝廷での朝礼に集わせられているようである。

韓愈128

01-13

南山詩

186770

806年貞元22 39-1-#18

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韓愈詩-韓愈128 <1663

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

 

16

或連若相從,或蹙若相鬥。

その衆峰は千差万別、形状はもとより、あるものは連れ添って行く様に連なり、あるものはちぢこまって、戦い取っ組み合いをしているようにしている。

或妥若弭伏,或竦若驚雊。

あるいは、あるものは降参したようにどっかと坐り、あるものは驚いたキジが鳴いて立ちあがり、つまさき立っているようにも見える。

或散若瓦解,或赴若輻湊。

あるものは瓦がばらばらになったように瓦解の様であり、あるものは一つのところに赴いて、車の矢があつまるような谷と尾根がある。

或翩若船遊,或決若馬驟。

あるものは翩翩として川の上に船をうかべたようにかろやかな稜線であり、あるものは決然として馬が走るようにぶつりときれて崖を成している。

16

或るいは連なって相い従うが若く、或るいは蹙【ちじ】まって相い鬥【たたか】うが若し。

或るいは妥うして弭【なび】き伏すが若く、或るいは竦【つまさきだ】って驚き雊【な】くが若し。

或るいは散じて瓦の解く若し,或るいは赴いて輻【くるまや】の湊【あつま】るが若し。

或るいは翩【へん】として船游若し,或るいは決【けつ】として馬の驟【はし】るが若し。

 

17

或背若相惡,或向若相佑。

あるものは憎みあうように背中あわせになって憎むかのようにしているし、あるものは助けあうように向かいあっている。

或亂若抽筍,或若注灸。

あるものは乱れて伸びているたけのこが頭を出したばかりのように小山があり、あるものは然として高くそびえている様子は灸をすえるときの百草のようにけわしくもりあがっている小山がある。

或錯若繪畫,或繚若篆籀。

あるものは絵画のように濃い薄い、淡い深いなど複錐に錯綜しあう山々があり、あるものは繚繞して篆文のようにまがりくねっている。

或羅若星離,或蓊若雲逗。

あるものは星が天にちりばめられ、星座をつくっているように羅列している、あるものは草木の盛んに繁って山の形がもりあがるような勢いであり、雲がとどまっているように勢いをひそめている。

或るいは背【そむ】いて相い惡【にく】むが若し,或るいは向いて相い佑【たす】くるが若し。

或るいは亂れて筍の抽【お】うるが若し,或るいは【あや】うくして灸を注【す】えたるが若し。

或るいは錯【まじ】わりて繪畫の若し,或るいは繚【まと】わりて篆籀【てんちゅう】の若し。

或るいは羅【つら】なって星の離【つら】なるが若く、或るいは蓊【さかん】にして雲の逗【とど】まるが若し。

 

18

或浮若波濤,或碎若鋤耨。

あるものは大波小波、波濤のようにくだけちり、うかび、あるものは鋤鍬で土を掘りかえして耕やしたかのように砕けている。

或如賁育倫。賭勝勇前購。

あるものは昔の孟賁や夏育のような力自慢の勇士たちがいるようであり、そしてかれらが目の前の賞品に勇んで勝負をかけているようである。

先強勢已出,後鈍嗔餖

先の方に立つものが力強くて形勢が早くも図抜けており、後の方はこれに追いつけない鈍さのあまり腹を立ててぶつぶつ不満をいっているようである。

或如帝王尊,叢集朝賤幼。

あるものは帝王が尊厳、威厳をもっているようであり、身分いやしきものいと幼い王族のものたちをよびあつめ朝廷での朝礼に集わせられているようである。

18

或るいは浮かんで波濤【はとう】の若く、或るいは砕【くだ】けて鋤耨【じょどう】せしが若し。

或るいは賁育【ほんいく】が倫【りん】の、勝つことを賭けて前の購【かけもの】に勇むが如し。

先強うして勢 已【すで】に出で、後 鈍くして嗔【いか】って餖【とうどう】す。

或るいは帝王の尊きが、叢【あつ】め集めて賤幼【せんよう】を朝せしむるが如し。

 

 

18~#19

 

19

19

71

雖親不褻狎,雖遠不悖謬。

親【したし】しと雖も褻狎【せつこう】せず、遠しと雖も悖謬【はいびゅう】せず。

72

或如臨食案,肴核紛飣餖。

或るいは食案【しょくあん】に臨んで、餚核【こうかく】の紛として飣餖【ていとう】するが如し。

73

又如遊九原,墳墓包槨柩。

又九原【きゅうげん】に遊んで、墳墓【ふんぼ】に槨柩【かくきゅう】を包みたるが如し。

74

或纍若盆甖,或揭若豋豆。

或るいは愛として盆罌【ぼんえい】の若く、成るいは揚として覴梪【とうとう】の若し。

 

20

20

75

或覆若曝鱉,或若寢獸。

或るいは覆って曝【さら】せる鱉【べつ】の若く、攻るいは【くず】れて寝ねたる獣【けだもの】の若し

76

或蜿若藏龍,或翼若搏鷲。

或るいは蜿【えん】として蔵れたる竜の若く、或るいは翼【はう】って搏【たたこ】う鷲【わし】の若し。

77

或齊若友朋,或隨若先後。

或るいは斉【な】らびて友朋【ゆうほう】の若く、或るいは随って先後【せんこう】の若し。

78

或迸若流落,或顧若宿留。

成るいは迸【ほとばし】りて流落【りゅうらく】するが若く、或るいは顧【かえ】りみて宿留【しゅうりゅう】するが若し。

 秦嶺山脈終南山

 

『南山詩』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

18

或浮若波濤,或碎若鋤耨。

或如賁育倫。賭勝勇前購。

先強勢已出,後鈍嗔餖

或如帝王尊,叢集朝賤幼。

(下し文)
18

或るいは浮かんで波濤【はとう】の若く、或るいは砕【くだ】けて鋤耨【じょどう】せしが若し。

或るいは賁育【ほんいく】が倫【りん】の、勝つことを賭けて前の購【かけもの】に勇むが如し。

先強うして勢 已【すで】に出で、後 鈍くして嗔【いか】って餖【とうどう】す。

或るいは帝王の尊きが、叢【あつ】め集めて賤幼【せんよう】を朝せしむるが如し。

(現代語訳)
18

あるものは大波小波、波濤のようにくだけちり、うかび、あるものは鋤鍬で土を掘りかえして耕やしたかのように砕けている。

あるものは昔の孟賁や夏育のような力自慢の勇士たちがいるようであり、そしてかれらが目の前の賞品に勇んで勝負をかけているようである。

先の方に立つものが力強くて形勢が早くも図抜けており、後の方はこれに追いつけない鈍さのあまり腹を立ててぶつぶつ不満をいっているようである。

あるものは帝王が尊厳、威厳をもっているようであり、身分いやしきものいと幼い王族のものたちをよびあつめ朝廷での朝礼に集わせられているようである。

終南山06
(訳注)

《 巻01-13南山詩 》 #18

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

或浮若波濤,或碎若鋤耨。

あるものは大波小波、波濤のようにくだけちり、うかび、あるものは鋤鍬で土を掘りかえして耕やしたかのように砕けている。

182 鋤耨 耨は、土を掘りかえして草を取る道具、およびその道具を川いて草を取ること。ここは鋤物とも、勤詞として用いられている。すきくわで土を掘りかえしたようにばらばらになっている、ということ。

 

或如賁育倫,賭勝勇前購。

あるものは昔の孟賁や夏育のような力自慢の勇士たちがいるようであり、そしてかれらが目の前の賞品に勇んで勝負をかけているようである。

183 賁育 賁は、孟賁。育は、夏育。どちらも古代の力にすぐれた勇士。

184 倫 たぐい、類。

185 賭勝 勝負をかける。

186 前購 購は、買収するということであるが、ここでは、賭けの賞品をいう。

 

 

先強勢已出,後鈍嗔餖

先の方に立つものが力強くて形勢が早くも図抜けており、後の方はこれに追いつけない鈍さのあまり腹を立ててぶつぶつ不満をいっているようである。

187 先強勢已出 先の方は強くてもう勝ちを得た勢いだ。山の形でいえば、威勢よく中空につっ立っているさま。

188 後鈍嗔餖 餖は、はっきり口のきけない形容。後の方はにぶくてそれに腹を立ててぶつぶつ不平をいっている。山の形でいえば、先の方が高くけわしくつっ立っているのに対し、後の方は低くなっていて、面白く思っていないような起伏の多いのをいう。

 

或如帝王尊,叢集朝賤幼。

あるものは帝王が尊厳、威厳をもっているようであり、身分いやしきものいと幼い王族のものたちをよびあつめ朝廷での朝礼に集わせられているようである。

189 叢集 よせあつめる。

190 賤幼 賤は、身分の低いもの。幼は、王族の幼少のものをいうのであろう。朝賤幼ということばを造ったのは、幼で押韻するためである。・朝 朝の集い。夜明け前に朝礼のために参列する雰囲気をいう。

 

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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#17》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1664> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7296

韓愈  南山詩 #17

或背若相惡,或向若相佑。或亂若抽筍,或若注灸。

或錯若繪畫,或繚若篆籀。或羅若星離,或蓊若雲逗。
あるものは憎みあうように背中あわせになって憎むかのようにしているし、あるものは助けあうように向かいあっている。あるものは乱れて伸びているたけのこが頭を出したばかりのように小山があり、あるものは然として高くそびえている様子は灸をすえるときの百草のようにけわしくもりあがっている小山がある。あるものは絵画のように濃い薄い、淡い深いなど複錐に錯綜しあう山々があり、あるものは繚繞して篆文のようにまがりくねっている。あるものは星が天にちりばめられ、星座をつくっているように羅列している、あるものは草木の盛んに繁って山の形がもりあがるような勢いであり、雲がとどまっているように勢いをひそめている。

韓愈128

01-13

南山詩

176336

806年貞元22 39-1-#17

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韓愈詩-韓愈128 <1663

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

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藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

15

專心憶平道,險逾避臭。

ただ、ひたすら心に念じるのは、早く平らかな道にでたいと思うことであり、この嶮しい難所を通り抜けたい一心は、いやな臭いを避けようとするよりもさらに激しいことであった。

昨來逢清霽,宿願忻始副。

このように、昨年、終南山の探勝を思い立って、常々思うようにならなかったが、昨日からは折りよく上天気にめぐまれたので、今度こそ絶頂を極めて長年の望みがありがたくもやっと叶えられたのである。

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

しかし、崢嶸たる嶮しい道を山頂に登って行くのであるから、その間の危険は論なく、閃光のように「むささび」や「いたち」があらわれてわれわれの前をすり抜けて行くのである。

前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

そうして、絶頂に辿り着くと、自分のいるところが高いところなので、前にあるものは一斉に低く、くっきりと開いて見え、衆峰が重なり一つに集まって、まさに多くの皺を集めたようである。

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

 

16

或連若相從,或蹙若相鬥。

その衆峰は千差万別、形状はもとより、あるものは連れ添って行く様に連なり、あるものはちぢこまって、戦い取っ組み合いをしているようにしている。

或妥若弭伏,或竦若驚雊。

あるいは、あるものは降参したようにどっかと坐り、あるものは驚いたキジが鳴いて立ちあがり、つまさき立っているようにも見える。

或散若瓦解,或赴若輻湊。

あるものは瓦がばらばらになったように瓦解の様であり、あるものは一つのところに赴いて、車の矢があつまるような谷と尾根がある。

或翩若船遊,或決若馬驟。

あるものは翩翩として川の上に船をうかべたようにかろやかな稜線であり、あるものは決然として馬が走るようにぶつりときれて崖を成している。

16

或るいは連なって相い従うが若く、或るいは蹙【ちじ】まって相い鬥【たたか】うが若し。

或るいは妥うして弭【なび】き伏すが若く、或るいは竦【つまさきだ】って驚き雊【な】くが若し。

或るいは散じて瓦の解く若し,或るいは赴いて輻【くるまや】の湊【あつま】るが若し。

或るいは翩【へん】として船游若し,或るいは決【けつ】として馬の驟【はし】るが若し。

 

17

或背若相惡,或向若相佑。

あるものは憎みあうように背中あわせになって憎むかのようにしているし、あるものは助けあうように向かいあっている。

或亂若抽筍,或若注灸。

あるものは乱れて伸びているたけのこが頭を出したばかりのように小山があり、あるものは然として高くそびえている様子は灸をすえるときの百草のようにけわしくもりあがっている小山がある。

或錯若繪畫,或繚若篆籀。

あるものは絵画のように濃い薄い、淡い深いなど複錐に錯綜しあう山々があり、あるものは繚繞して篆文のようにまがりくねっている。

或羅若星離,或蓊若雲逗。

あるものは星が天にちりばめられ、星座をつくっているように羅列している、あるものは草木の盛んに繁って山の形がもりあがるような勢いであり、雲がとどまっているように勢いをひそめている。

或るいは背【そむ】いて相い惡【にく】むが若し,或るいは向いて相い佑【たす】くるが若し。

或るいは亂れて筍の抽【お】うるが若し,或るいは【あや】うくして灸を注【す】えたるが若し。

或るいは錯【まじ】わりて繪畫の若し,或るいは繚【まと】わりて篆籀【てんちゅう】の若し。

或るいは羅【つら】なって星の離【つら】なるが若く、或るいは蓊【さかん】にして雲の逗【とど】まるが若し。

 

18~#19

 

18

 

67

或浮若波濤,或碎若鋤耨。

或るいは浮かんで波濤【はとう】の若く、或るいは砕【くだ】けて鋤耨【じょどう】せしが若し。

68

或如賁育倫。賭勝勇前購。

或るいは賁育【ほんいく】が倫【りん】の、勝つことを賭けて前の購【かけもの】に勇むが如し。

69

先強勢已出,後鈍嗔言豆言需。

先強うして勢 已【すで】に出で、後 鈍くして嗔【いか】って餖【とうどう】す。

70

或如帝王尊,叢集朝賤幼。

或るいは帝王の尊きが、叢【あつ】め集めて賤幼【せんよう】を朝せしむるが如し。

 

19

 

71

雖親不褻狎,雖遠不悖謬。

親【したし】しと雖も褻狎【せつこう】せず、遠しと雖も悖謬【はいびゅう】せず。

72

或如臨食案,肴核紛飣餖。

或るいは食案【しょくあん】に臨んで、餚核【こうかく】の紛として飣餖【ていとう】するが如し。

73

又如遊九原,墳墓包槨柩。

又九原【きゅうげん】に遊んで、墳墓【ふんぼ】に槨柩【かくきゅう】を包みたるが如し。

74

或纍若盆甖,或揭若豋豆。

或るいは愛として盆罌【ぼんえい】の若く、成るいは揚として覴梪【とうとう】の若し。

 

yoshu&choan736 

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

17

或背若相惡,或向若相佑。

或亂若抽筍,或若注灸。

或錯若繪畫,或繚若篆籀。

或羅若星離,或蓊若雲逗。

(下し文)
17

或るいは背【そむ】いて相い惡【にく】むが若し,或るいは向いて相い佑【たす】くるが若し。

或るいは亂れて筍の抽【お】うるが若し,或るいは【あや】うくして灸を注【す】えたるが若し。

或るいは錯【まじ】わりて繪畫の若し,或るいは繚【まと】わりて篆籀【てんちゅう】の若し。

或るいは羅【つら】なって星の離【つら】なるが若く、或るいは蓊【さかん】にして雲の逗【とど】まるが若し。

(現代語訳)
17

あるものは憎みあうように背中あわせになって憎むかのようにしているし、あるものは助けあうように向かいあっている。

あるものは乱れて伸びているたけのこが頭を出したばかりのように小山があり、あるものは然として高くそびえている様子は灸をすえるときの百草のようにけわしくもりあがっている小山がある。

あるものは絵画のように濃い薄い、淡い深いなど複錐に錯綜しあう山々があり、あるものは繚繞して篆文のようにまがりくねっている。

あるものは星が天にちりばめられ、星座をつくっているように羅列している、あるものは草木の盛んに繁って山の形がもりあがるような勢いであり、雲がとどまっているように勢いをひそめている。

京兆地域図002
(訳注)

 

或背若相惡,或向若相佑。

あるものは憎みあうように背中あわせになって憎むかのようにしているし、あるものは助けあうように向かいあっている。

171 佑 助ける。

 

或亂若抽筍,或若注灸。

あるものは乱れて伸びているたけのこが頭を出したばかりのように小山があり、あるものは然として高くそびえている様子は灸をすえるときの百草のようにけわしくもりあがっている小山がある。

172 抽笥 抽は、芽が出ること。筍は、たけのこ。

173  として、山の高くけわしく安定していないさま。

174 注灸 灸をすえる。ここは、灸をすえたとき、もぐさがもりあがっているのに似ているというもの。

 

或錯若繪畫,或繚若篆籀。

あるものは絵画のように濃い薄い、淡い深いなど複錐に錯綜しあう山々があり、あるものは繚繞して篆文のようにまがりくねっている。

175 錯 錯綜、いりまじる。交鈎、錯綜の錯である。

176 繚 繚繞、まといつく。

177 篆籀 篆文【てんぶん】と籀文【ちゅうぶん】。中国の古代の文字の書体の一つ。篆文、籀文、古文は、漢字の成り立ちを知る補助となる。印の文字に使用されるものもある。

 

或羅若星離,或蓊若雲逗。

あるものは星が天にちりばめられ、星座をつくっているように羅列している、あるものは草木の盛んに繁って山の形がもりあがるような勢いであり、雲がとどまっているように勢いをひそめている。

178 羅 ならぶ。羅列の齢である。

179 星離 離は、くっつく。離は、麗(つく)である。ここは、星が天にくっついてちりばめられて星座を爲していること。なお、普通には、「星離」といえば、星のようにばらばらに散ってしまうことをいう。

180 蓊 草木のさかんにしげっているさま。山の形がもりあがるような勢いであることをいう。

181 雲逗 逗は、じっとしている。


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韓愈  南山詩 #16

或連若相從,或蹙若相鬥。或妥若弭伏,或竦若驚雊。

或散若瓦解,或赴若輻湊。或翩若船遊,或決若馬驟。

その衆峰は千差万別、形状はもとより、あるものは連れ添って行く様に連なり、あるものはちぢこまって、戦い取っ組み合いをしているようにしている。あるいは、あるものは降参したようにどっかと坐り、あるものは驚いたキジが鳴いて立ちあがり、つまさき立っているようにも見える。あるものは瓦がばらばらになったように瓦解の様であり、あるものは一つのところに赴いて、車の矢があつまるような谷と尾根がある。あるものは翩翩として川の上に船をうかべたようにかろやかな稜線であり、あるものは決然として馬が走るようにぶつりときれて崖を成している。

韓愈128

01-13

南山詩

165962

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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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韓愈詩-韓愈128 <1663

年:806年貞元22 39-1

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

14

峻塗拖長冰,直上若懸溜。

けわしい道の部分が峠まで積雪していたものが氷に変わり道路まで一面張り詰め、氷りでまっ白な坂道をまっすぐ登ると、頭の上の岩石から氷柱がさがって、滝津瀬と見紛うばかりである。

褰衣步推馬,顛蹶退且復。

馬で行くには滑ってとてもゆかれぬからと、着物の裾をからげて馬から降りてとぼとぼ歩き、馬をおして行き、幾度もつまずいたり、たおれたり、すべりおちてはまたのぼるという、引き返そうと思ったが、又進んでゆくのである。

蒼黃忘遐晞,所矚纔左右。

かくて、なかなか進めず心があわただしくなり、はるか先をながめ渡す余裕などなく、遠方の景色など見るのも忘れてしまい、目に見えるところといえば、左右身近なところばかりである。

杉篁吒蒲蘇,杲耀攢介冑。

その左右は、杉林だの、竹やぶだのが、どちらでできた矛なのか見まがうぐらいに繁りあい、やがて、皎皎たる日光が照ると、氷雪がひかり、さながら武装した人が着た甲冑がきらきらと集まるようでいかにも物々しいものに見える。

唆【けわ】しき塗【みち】に長き冰りを拖【ひ】き、直ちに上ぼれば懸かれる溜【なが】れの若し。

衣を襄【かか】げて歩んで馬を推せば、顛【たお】れ蹶【つまず】いて退いては且た復【ふたたび】す。

蒼黄【そうこう】として遐【とお】く睎【み】んことを忘れ、矚【み】る所は才【わず】かに左右のみ。

杉篁【さんこう】は蒲蘇【ほそ】かと咤【あや】しみ、杲耀【こうよう】として介冑【かいちゅう】を攢【あつ】む。

 

15

專心憶平道,險逾避臭。

ただ、ひたすら心に念じるのは、早く平らかな道にでたいと思うことであり、この嶮しい難所を通り抜けたい一心は、いやな臭いを避けようとするよりもさらに激しいことであった。

昨來逢清霽,宿願忻始副。

このように、昨年、終南山の探勝を思い立って、常々思うようにならなかったが、昨日からは折りよく上天気にめぐまれたので、今度こそ絶頂を極めて長年の望みがありがたくもやっと叶えられたのである。

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

しかし、崢嶸たる嶮しい道を山頂に登って行くのであるから、その間の危険は論なく、閃光のように「むささび」や「いたち」があらわれてわれわれの前をすり抜けて行くのである。

前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

そうして、絶頂に辿り着くと、自分のいるところが高いところなので、前にあるものは一斉に低く、くっきりと開いて見え、衆峰が重なり一つに集まって、まさに多くの皺を集めたようである。

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

 

16

或連若相從,或蹙若相鬥。

その衆峰は千差万別、形状はもとより、あるものは連れ添って行く様に連なり、あるものはちぢこまって、戦い取っ組み合いをしているようにしている。

或妥若弭伏,或竦若驚雊。

あるいは、あるものは降参したようにどっかと坐り、あるものは驚いたキジが鳴いて立ちあがり、つまさき立っているようにも見える。

或散若瓦解,或赴若輻湊。

あるものは瓦がばらばらになったように瓦解の様であり、あるものは一つのところに赴いて、車の矢があつまるような谷と尾根がある。

或翩若船遊,或決若馬驟。

あるものは翩翩として川の上に船をうかべたようにかろやかな稜線であり、あるものは決然として馬が走るようにぶつりときれて崖を成している。

16

或るいは連なって相い従うが若く、或るいは蹙【ちじ】まって相い鬥【たたか】うが若し。

或るいは妥うして弭【なび】き伏すが若く、或るいは竦【つまさきだ】って驚き雊【な】くが若し。

或るいは散じて瓦の解く若し,或るいは赴いて輻【くるまや】の湊【あつま】るが若し。

或るいは翩【へん】として船游若し,或るいは決【けつ】として馬の驟【はし】るが若し。

17~#18

 

17

 

63

或背若相惡,或向若相佑。

或るいは背【そむ】いて相い惡【にく】むが若し,或るいは向いて相い佑【たす】くるが若し。

64

或亂若抽筍,或若注灸。

或るいは亂れて筍の抽【お】うるが若し,或るいは【あや】うくして灸を注【す】えたるが若し。

65

或錯若繪畫,或繚若篆籀。

或るいは錯【まじ】わりて繪畫の若し,或るいは繚【まと】わりて篆籀【てんちゅう】の若し。

66

或羅若星離,或蓊若雲逗。

或るいは羅【つら】なって星の離【つら】なるが若く、或るいは蓊【さかん】にして雲の逗【とど】まるが若し。

 

18

 

67

或浮若波濤,或碎若鋤耨。

或るいは浮かんで波濤【はとう】の若く、或るいは砕【くだ】けて鋤耨【じょどう】せしが若し。

68

或如賁育倫。賭勝勇前購。

或るいは賁育【ほんいく】が倫【りん】の、勝つことを賭けて前の購【かけもの】に勇むが如し。

69

先強勢已出,後鈍嗔言豆言需。

先強うして勢 已【すで】に出で、後 鈍くして嗔【いか】って餖【とうどう】す。

70

或如帝王尊,叢集朝賤幼。

或るいは帝王の尊きが、叢【あつ】め集めて賤幼【せんよう】を朝せしむるが如し。

 

 

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

16

專心憶平道,險逾避臭。

昨來逢清霽,宿願忻始副。

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

前低劃開闊,爛漫堆

(下し文)
17

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

(現代語訳)
16

その衆峰は千差万別、形状はもとより、あるものは連れ添って行く様に連なり、あるものはちぢこまって、戦い取っ組み合いをしているようにしている。

あるいは、あるものは降参したようにどっかと坐り、あるものは驚いたキジが鳴いて立ちあがり、つまさき立っているようにも見える。

あるものは瓦がばらばらになったように瓦解の様であり、あるものは一つのところに赴いて、車の矢があつまるような谷と尾根がある。

あるものは翩翩として川の上に船をうかべたようにかろやかな稜線であり、あるものは決然として馬が走るようにぶつりときれて崖を成している。


(訳注) 16

 

或連若相從,或蹙若相鬥。

その衆峰は千差万別、形状はもとより、あるものは連れ添って行く様に連なり、あるものはちぢこまって、戦い取っ組み合いをしているようにしている。

 

或妥若弭伏,或竦若驚雊。

あるいは、あるものは降参したようにどっかと坐り、あるものは驚いたキジが鳴いて立ちあがり、つまさき立っているようにも見える。

164 弭伏 馴伏、順服。亦作“馴服”。おとなしく従う。従順に服従する、降参する。《文選禰衡<鸚鵡賦>》:矧禽鳥之微物, 能馴擾以安處。” 張銑 注:況鳥微賤, 能順柔安處也。” 李白 《大鵬賦》:豈比夫 蓬萊 之黃鵠, 誇金衣與菊裳。 蒼梧 之玄鳳, 耀綵質與錦章, 既御服于靈仙, 久馴擾于池隍。”

165 驚雊 雊は、きじの鳴くこと。

 

或散若瓦解,或赴若輻湊。

あるものは瓦がばらばらになったように瓦解の様であり、あるものは一つのところに赴いて、車の矢があつまるような谷と尾根がある。

166 瓦解 一部の瓦(かわら)のくずれ落ちることが屋根全体に及ぶように、ある一部の乱れ・破れ目が広がって組織全体がこわれること。

167 赴 一定の方向に行くこと。

168 輻湊 輻は、車の矢。車の矢は、車輸の中心にある、まん中に軸をとおすあなのあいているまるい木にあつまる。それを輻湊という。湊は、あつまる、輳とも書く。

 

或翩若船游,或決若馬驟。

あるものは翩翩として川の上に船をうかべたようにかろやかな稜線であり、あるものは決然として馬が走るようにぶつりときれて崖を成している。

169 翩 ひらひらと軽やかにただよ。ているさま。

170 決 断ち切れる。山の端、稜線が堤防の決潰というときの決である。

 

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韓愈  南山詩 #15

專心憶平道,險逾避臭。昨來逢清霽,宿願忻始副。

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

ただ、ひたすら心に念じるのは、早く平らかな道にでたいと思うことであり、この嶮しい難所を通り抜けたい一心は、いやな臭いを避けようとするよりもさらに激しいことであった。このように、昨年、終南山の探勝を思い立って、常々思うようにならなかったが、昨日からは折りよく上天気にめぐまれたので、今度こそ絶頂を極めて長年の望みがありがたくもやっと叶えられたのである。しかし、崢嶸たる嶮しい道を山頂に登って行くのであるから、その間の危険は論なく、閃光のように「むささび」や「いたち」があらわれてわれわれの前をすり抜けて行くのである。そうして、絶頂に辿り着くと、自分のいるところが高いところなので、前にあるものは一斉に低く、くっきりと開いて見え、衆峰が重なり一つに集まって、まさに多くの皺を集めたようである。

韓愈128

01-13

南山詩

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806年貞元22 39-1-#15

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韓愈詩-韓愈128 1661

年:806年貞元22 39-1)<1662

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

13

吁嗟信奇怪,峙質能化貿。

ああ本当に不思議なものだと思うのは、近くてはつまらぬものが、遠ければ面白いというのは、まことに奇怪であるが、それは、この嶮しい山そのものの本質上、このように変化するのであるから仕方がないということである。

前年遭譴謫,探歷得邂逅。

さきの年803年に陽山に罪を被って左遷され、陽山縣令に赴任するとき、この南山を越えて行くこととなり、再び終南山に邂逅したのである。

初從藍田入,顧盻勞頸脰。

その時は、まず、藍田の関所から山へはいったばかりのところで、あたりを顧盻したが、山が高いので、首をつかれさせるだけであった。

時天晦大雪,淚目苦朦瞀。

その時、折悪しくにわかにそらが、かきくもり、大雪になったのである、ただでさえ、貶謫される不幸で涙ぐましき目は、すっかり眩んでしまって、十分の眺望をなすことができるものではなかったのである。

13

籲嗟【ああ】信に奇怪【きかい】なり、峙質【じしつ】も能く化貿【かぼう】す。

前年【ぜんねん】鑓鏑【けんたく】に遭い、探歴【たんれき】して邂逅【かいこう】することを得たり。

初じめ藍田【らんでん】より入りしとき、顧盻【こべん】して頸脰【けいとう】を労す。

時に 天 晦【くろ】うして大いに雪ふり、涙の目は苦【はなは】だ矇瞀【もうぼう】たり。

14

峻塗拖長冰,直上若懸溜。

けわしい道の部分が峠まで積雪していたものが氷に変わり道路まで一面張り詰め、氷りでまっ白な坂道をまっすぐ登ると、頭の上の岩石から氷柱がさがって、滝津瀬と見紛うばかりである。

褰衣步推馬,顛蹶退且復。

馬で行くには滑ってとてもゆかれぬからと、着物の裾をからげて馬から降りてとぼとぼ歩き、馬をおして行き、幾度もつまずいたり、たおれたり、すべりおちてはまたのぼるという、引き返そうと思ったが、又進んでゆくのである。

蒼黃忘遐晞,所矚纔左右。

かくて、なかなか進めず心があわただしくなり、はるか先をながめ渡す余裕などなく、遠方の景色など見るのも忘れてしまい、目に見えるところといえば、左右身近なところばかりである。

杉篁吒蒲蘇,杲耀攢介冑。

その左右は、杉林だの、竹やぶだのが、どちらでできた矛なのか見まがうぐらいに繁りあい、やがて、皎皎たる日光が照ると、氷雪がひかり、さながら武装した人が着た甲冑がきらきらと集まるようでいかにも物々しいものに見える。

唆【けわ】しき塗【みち】に長き冰りを拖【ひ】き、直ちに上ぼれば懸かれる溜【なが】れの若し。

衣を襄【かか】げて歩んで馬を推せば、顛【たお】れ蹶【つまず】いて退いては且た復【ふたたび】す。

蒼黄【そうこう】として遐【とお】く睎【み】んことを忘れ、矚【み】る所は才【わず】かに左右のみ。

杉篁【さんこう】は蒲蘇【ほそ】かと咤【あや】しみ、杲耀【こうよう】として介冑【かいちゅう】を攢【あつ】む。

 

15

專心憶平道,險逾避臭。

ただ、ひたすら心に念じるのは、早く平らかな道にでたいと思うことであり、この嶮しい難所を通り抜けたい一心は、いやな臭いを避けようとするよりもさらに激しいことであった。

昨來逢清霽,宿願忻始副。

このように、昨年、終南山の探勝を思い立って、常々思うようにならなかったが、昨日からは折りよく上天気にめぐまれたので、今度こそ絶頂を極めて長年の望みがありがたくもやっと叶えられたのである。

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

しかし、崢嶸たる嶮しい道を山頂に登って行くのであるから、その間の危険は論なく、閃光のように「むささび」や「いたち」があらわれてわれわれの前をすり抜けて行くのである。

前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

そうして、絶頂に辿り着くと、自分のいるところが高いところなので、前にあるものは一斉に低く、くっきりと開いて見え、衆峰が重なり一つに集まって、まさに多くの皺を集めたようである。

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

 

16~#17

55

專心憶平道,險逾避臭。

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

56

昨來逢清霽,宿願忻始副。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

57

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

58

前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

 

17

 

59

或連若相從,或蹙若相鬥。

或るいは連なって相い従うが若く、或るいは蹙【ちじ】まって相い鬥【たたか】うが若し。

60

或妥若弭伏,或竦若驚雊。

或るいは妥うして弭【なび】き伏すが若く、或るいは竦【つまさきだ】って驚き雊【な】くが若し。

61

或散若瓦解,或赴若輻湊。

或るいは散じて瓦の解く若し,或るいは赴いて輻【くるまや】の湊【あつま】るが若し。

62

或翩若船遊,或決若馬驟。

或るいは翩【へん】として船游若し,或るいは決【けつ】として馬の驟【はし】るが若し。

 

 秦嶺山脈終南山

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

15

專心憶平道,險逾避臭。

昨來逢清霽,宿願忻始副。

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

前低劃開闊,爛漫堆

(下し文)
15

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

(現代語訳)
15

ただ、ひたすら心に念じるのは、早く平らかな道にでたいと思うことであり、この嶮しい難所を通り抜けたい一心は、いやな臭いを避けようとするよりもさらに激しいことであった。

このように、昨年、終南山の探勝を思い立って、常々思うようにならなかったが、昨日からは折りよく上天気にめぐまれたので、今度こそ絶頂を極めて長年の望みがありがたくもやっと叶えられたのである。

しかし、崢嶸たる嶮しい道を山頂に登って行くのであるから、その間の危険は論なく、閃光のように「むささび」や「いたち」があらわれてわれわれの前をすり抜けて行くのである。

そうして、絶頂に辿り着くと、自分のいるところが高いところなので、前にあるものは一斉に低く、くっきりと開いて見え、衆峰が重なり一つに集まって、まさに多くの皺を集めたようである。

京兆地域図002
(訳注) 15

《 巻01-13南山詩 》 #13

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

專心憶平道,脱險逾避臭。

ただ、ひたすら心に念じるのは、早く平らかな道にでたいと思うことであり、この嶮しい難所を通り抜けたい一心は、いやな臭いを避けようとするよりもさらに激しいことであった。

148 専心 一心に。

149 憶 心にかける。なつかしむ。

150 平道 南山山中のけわしい山道に対し、平坦な道をなつかしむのである。

151 途 すぎる。それ以上である。

152 避臭 いやなにおいを避ける。「呂氏春秋」孝行覧遇合篇に、いやな臭いを持った男には、兄弟妻子さえ一緒に住もうとはしなかったという話がある。いやな場所からの脱出のこと言う。

 

昨來逢清霽,宿願忻始副。

このように、昨年、終南山の探勝を思い立って、常々思うようにならなかったが、昨日からは折りよく上天気にめぐまれたので、今度こそ絶頂を極めて長年の望みがありがたくもやっと叶えられたのである。

153 咋来逢清寅 晴天にめぐまれて、はじめて頂上に到達し、ながめを存分にしたことを述べる。山の種種なさまを「或若」或るいは…・:の若し、という形で、形容しており、こうした羅列する形式は、詩というより、むしろ読誦された文「賦」の様式に多く用いられたものである。韓愈は、賦の形式をこの詩にとり入れて、新鮮さと詩経のような古風な味を出そうとしたもののように思われる。なお、山の状態の形容は、この段以下にもつづく。・咋来は、きのう以来。・来は、近来、年来の来。清霽は、きれいに晴れる、雲が一つもなくなる。

154 宿願 まえからの願い。宿は、まえからもっていたということ、宿志などの宿。

155 忻 欣と同じ。よろこぷ。

156 始副 始は、ここではじめて、やっと。副は、つりあう、願いが思い通りになる。

 

崢嶸躋塚頂,倏閃雜鼯鼬。

しかし、崢嶸たる嶮しい道を山頂に登って行くのであるから、その間の危険は論なく、閃光のように「むささび」や「いたち」があらわれてわれわれの前をすり抜けて行くのである。

157 崢嶸 高くけわしいさま。

158 躋 登る。

159 塚頂 塚も、山の頂上、

160 倏閃 倏も閃も速くうごくさま。ばっと。

161 鼯鼬 鼯鼬は、むささび。前肢と後肢のあいだに、皮阪があって、それをひろげ空中を滑走することができる。鼯鼬は、いたち。あるいは、むささびは、夷由ともいうから、辞典によると、鼯鼬で、むささびのことをいう場合もあるようだ。

 

前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

そうして、絶頂に辿り着くと、自分のいるところが高いところなので、前にあるものは一斉に低く、くっきりと開いて見え、衆峰が重なり一つに集まって、まさに多くの皺を集めたようである。

162 前低劃開闊 前が低くなってそこをくぎりとしてからりと闊けている。山頂についたわけである。劃は、そののぼりついたところを、はっきりさかいとして。

163 爛漫 遠くの方へばらばらにちらばっている形容。


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韓愈  南山詩 #14

けわしい道の部分が峠まで積雪していたものが氷に変わり道路まで一面張り詰め、氷りでまっ白な坂道をまっすぐ登ると、頭の上の岩石から氷柱がさがって、滝津瀬と見紛うばかりである。馬で行くには滑ってとてもゆかれぬからと、着物の裾をからげて馬から降りてとぼとぼ歩き、馬をおして行き、幾度もつまずいたり、たおれたり、すべりおちてはまたのぼるという、引き返そうと思ったが、又進んでゆくのである。かくて、なかなか進めず心があわただしくなり、はるか先をながめ渡す余裕などなく、遠方の景色など見るのも忘れてしまい、目に見えるところといえば、左右身近なところばかりである。その左右は、杉林だの、竹やぶだのが、どちらでできた矛なのか見まがうぐらいに繁りあい、やがて、皎皎たる日光が照ると、氷雪がひかり、さながら武装した人が着た甲冑がきらきらと集まるようでいかにも物々しいものに見える。

韓愈128

01-13

南山詩

145154

806年貞元22 39-1-#14

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韓愈詩-韓愈128 1661

年:806年貞元22 39-1)<1659

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

12

魚蝦可俯掇,神物安敢寇。

水は澄んでいるから、魚やえびは前かがみになって手攫みできるというものだが、神仏であるかの蛟竜となればそうやすやすと捕えることができものではない。

林柯有葉,欲墮鳥驚救。

やがて、風がやんでも、池に森の木の枝から落ちる葉があり水中に落ちるのを防ぐために、横合いから鳥があわてて飛び出して、争う。

爭銜彎環飛,投棄急哺鷇。

われ先に爭って葉を嘴にくわえて彎環としてそのあたりを飛んでゆくが、それは、己の雛を養成するために、その葉をさっさと巣の中に投げ入れるためである。

旋歸道回睨,達櫱壯復奏。

さて、愈々思い切ってかえり行く道からふりかえってみると、先刻ついそばまで行ったときは、まことにつまらないものだと見えていたが、又、ひとしお面白くなり、終南の山はそそり立ち壮大にまた重なり合ってもいる。

魚蝦【ぎょか】は俯して掇【ひろ】うべきも、神物は安んぞ敢えて冦【こう】せんや。

林柯【りんか】に脱【お】つる葉有り、堕ちんと欲っすれば鳥驚き救う。

争い銜【ふく】んで彎環【わんかん】として飛び、投げ棄つること鷇【こう】に哺するよりも急なり。

鏇【めぐ】り帰って道より回【かえ】り睨【み】れば、達【たつげつ】として壮にして復た奏【あつ】まる。

13

吁嗟信奇怪,峙質能化貿。

ああ本当に不思議なものだと思うのは、近くてはつまらぬものが、遠ければ面白いというのは、まことに奇怪であるが、それは、この嶮しい山そのものの本質上、このように変化するのであるから仕方がないということである。

前年遭譴謫,探歷得邂逅。

さきの年803年に陽山に罪を被って左遷され、陽山縣令に赴任するとき、この南山を越えて行くこととなり、再び終南山に邂逅したのである。

初從藍田入,顧盻勞頸脰。

その時は、まず、藍田の関所から山へはいったばかりのところで、あたりを顧盻したが、山が高いので、首をつかれさせるだけであった。

時天晦大雪,淚目苦朦瞀。

その時、折悪しくにわかにそらが、かきくもり、大雪になったのである、ただでさえ、貶謫される不幸で涙ぐましき目は、すっかり眩んでしまって、十分の眺望をなすことができるものではなかったのである。

13

籲嗟【ああ】信に奇怪【きかい】なり、峙質【じしつ】も能く化貿【かぼう】す。

前年【ぜんねん】鑓鏑【けんたく】に遭い、探歴【たんれき】して邂逅【かいこう】することを得たり。

初じめ藍田【らんでん】より入りしとき、顧盻【こべん】して頸脰【けいとう】を労す。

時に 天 晦【くろ】うして大いに雪ふり、涙の目は苦【はなは】だ矇瞀【もうぼう】たり。

14

峻塗拖長冰,直上若懸溜。

けわしい道の部分が峠まで積雪していたものが氷に変わり道路まで一面張り詰め、氷りでまっ白な坂道をまっすぐ登ると、頭の上の岩石から氷柱がさがって、滝津瀬と見紛うばかりである。

褰衣步推馬,顛蹶退且復。

馬で行くには滑ってとてもゆかれぬからと、着物の裾をからげて馬から降りてとぼとぼ歩き、馬をおして行き、幾度もつまずいたり、たおれたり、すべりおちてはまたのぼるという、引き返そうと思ったが、又進んでゆくのである。

蒼黃忘遐晞,所矚纔左右。

かくて、なかなか進めず心があわただしくなり、はるか先をながめ渡す余裕などなく、遠方の景色など見るのも忘れてしまい、目に見えるところといえば、左右身近なところばかりである。

杉篁吒蒲蘇,杲耀攢介冑。

その左右は、杉林だの、竹やぶだのが、どちらでできた矛なのか見まがうぐらいに繁りあい、やがて、皎皎たる日光が照ると、氷雪がひかり、さながら武装した人が着た甲冑がきらきらと集まるようでいかにも物々しいものに見える。

唆【けわ】しき塗【みち】に長き冰りを拖【ひ】き、直ちに上ぼれば懸かれる溜【なが】れの若し。

衣を襄【かか】げて歩んで馬を推せば、顛【たお】れ蹶【つまず】いて退いては且た復【ふたたび】す。

蒼黄【そうこう】として遐【とお】く睎【み】んことを忘れ、矚【み】る所は才【わず】かに左右のみ。

杉篁【さんこう】は蒲蘇【ほそ】かと咤【あや】しみ、杲耀【こうよう】として介冑【かいちゅう】を攢【あつ】む。

 

15~#16

55

專心憶平道,險逾避臭。

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

56

昨來逢清霽,宿願忻始副。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

57

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

58

前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

55

專心憶平道,險逾避臭。

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

56

昨來逢清霽,宿願忻始副。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

57

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

58

前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

 

 

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

峻塗拖長冰,直上若懸溜。

褰衣步推馬,顛蹶退且復。

蒼黃忘遐晞,所矚纔左右。

杉篁吒蒲蘇,杲耀攢介冑。

(下し文)
唆【けわ】しき塗【みち】に長き冰りを拖【ひ】き、直ちに上ぼれば懸かれる溜【なが】れの若し。

衣を襄【かか】げて歩んで馬を推せば、顛【たお】れ蹶【つまず】いて退いては且た復【ふたたび】す。

蒼黄【そうこう】として遐【とお】く睎【み】んことを忘れ、矚【み】る所は才【わず】かに左右のみ。

杉篁【さんこう】は蒲蘇【ほそ】かと咤【あや】しみ、杲耀【こうよう】として介冑【かいちゅう】を攢【あつ】む。

(現代語訳)
14

けわしい道の部分が峠まで積雪していたものが氷に変わり道路まで一面張り詰め、氷りでまっ白な坂道をまっすぐ登ると、頭の上の岩石から氷柱がさがって、滝津瀬と見紛うばかりである。

馬で行くには滑ってとてもゆかれぬからと、着物の裾をからげて馬から降りてとぼとぼ歩き、馬をおして行き、幾度もつまずいたり、たおれたり、すべりおちてはまたのぼるという、引き返そうと思ったが、又進んでゆくのである。

かくて、なかなか進めず心があわただしくなり、はるか先をながめ渡す余裕などなく、遠方の景色など見るのも忘れてしまい、目に見えるところといえば、左右身近なところばかりである。

その左右は、杉林だの、竹やぶだのが、どちらでできた矛なのか見まがうぐらいに繁りあい、やがて、皎皎たる日光が照ると、氷雪がひかり、さながら武装した人が着た甲冑がきらきらと集まるようでいかにも物々しいものに見える。

(訳注)14

 

峻塗拖長冰,直上若懸溜。

けわしい道の部分が峠まで積雪していたものが氷に変わり道路まで一面張り詰め、氷りでまっ白な坂道をまっすぐ登ると、頭の上の岩石から氷柱がさがって、滝津瀬と見紛うばかりである。

129 峻塗 けわしい道。塗は途と同じ。

130 拖 ひきずる。坂道いっぱいに氷りがはりつめているのをいう。雪が氷に変わっていること。

131 長冰 道に氷りがはっているから、道の部分が峠まで積雪していたものが氷に変わり、反物のように長いといったのであろう。冰は氷と同じ。

132 直上 まっすぐ上ぼって行く。

133 懸溜 溜は、水の流れおちること。懇溜、ぶらさがった水の流れとは、つららをいう。氷りでまっ白な坂道をまっすぐ上ぽって行くと、まるで凍りついた滝を登ようだ、ということ。

 

褰衣步推馬,顛蹶退且複。

馬で行くには滑ってとてもゆかれぬからと、着物の裾をからげて馬から降りてとぼとぼ歩き、馬をおして行き、幾度もつまずいたり、たおれたり、すべりおちてはまたのぼるという、引き返そうと思ったが、又進んでゆくのである。

134 襲衣 きもののすそをはしおる・

135 推馬 馬に乗ったまま行かれないから、下りておすわけである。

136 顛諏 つまずいてたおれる。

137 退 氷ですべってあともどりする。

138 復 すべったところ・をもう一度あがる。

 

蒼黄忘遐睎,所矚才左右。

かくて、なかなか進めず心があわただしくなり、はるか先をながめ渡す余裕などなく、遠方の景色など見るのも忘れてしまい、目に見えるところといえば、左右身近なところばかりである。

139 蒼黄 進行が遅くいらだち、あわてるさま、倉皇と同じ。

140 遐睎 遐は、とおい。睎は、ながめる。

141 所矚 ながめられる範囲。見えるところ。所は、受け身をあらわして名詞句を作る助辞。 

 

杉篁咤蒲蘇,杲耀攢介胄。

その左右は、杉林だの、竹やぶだのが、どちらでできた矛なのか見まがうぐらいに繁りあい、やがて、皎皎たる日光が照ると、氷雪がひかり、さながら武装した人が着た甲冑がきらきらと集まるようでいかにも物々しいものに見える。

142 杉篁 篁は、たけやぶ・

143 咤 詫と同じく、いぶかしむ。矛かと見まごう。

144 蒲蘇 大きな矛。

145 杲耀 あかるくかがやいているさま。

146 攢 あつめる。身によろっている。

147 介胃 よろいかぶと。介がよろい、冑がかぶと。

 

 


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韓愈  南山詩 #13

吁嗟信奇怪,峙質能化貿。前年遭譴謫,探歷得邂逅。

初從藍田入,顧盻勞頸脰。時天晦大雪,淚目苦朦瞀。

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韓愈詩-韓愈128

年:806年貞元22 39-1)<1659

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

11

茫如試矯首,堛塞生怐懋。

ここでは、定めて、山が善く見えるだろうといふので、茫然として、首を奉げたけれども、鼻の先に山がつかえて、何も見えないから、はては、煩悶をますばかりである。

威容喪蕭爽,近新迷遠舊。

元來、この山は、遠望すれば、威容凛然としているけれども、側へくると、極めて平凡になって、蕭爽としてそびえて居る景色は、全く失われて、今まで見なかった新しい景色は、格別の趣もなく、やはりこれまで終南山を見た方がよかったと思われるので、心の中では迷うばかりである。

拘官計日月,欲進不可又。

されば、山全体を見るには、是非絶頂を窮めねばならないということだが、自分は、官吏で、種種の俗務に拘束されて居て、登山には、かなりの時日を要するから、それも出来ず、進もうと思っても、つづいて行くにも行かぬところから、その時も、亦た山を中止して仕舞った。

因緣窺其湫,凝湛閟陰嘼。

しかし、折角、ここまできたのだから、どこか面白い景色はなかろうかというので、その邊を辿り行くと、例の谷川のところにきたり、そこには、一つの湫潭がある。その沼は、湛然としで碧色を凝らし、陰獸である蛟が、その主として棲んで居る。

11

茫如【ぼうじょ】として試みに首を矯【あ】ぐれば、堛塞【ひつそく】として怐愗【こうぼう】を生ず。

咸容【いよう】喪しなわれて蕭爽【しょうそう】たり、近新【きんしん】遠旧【えんきゅう】に迷う。

官に拘【つな】がれて日月を計【かぞ】うるに、進まんと欲っすれども又【ふたたび】すべからず。

因縁【いんえん】して其の湫【しゅう】を窺【うたが】えば、凝湛【ぎょうたん】として陰獸【いんきゅう】を閟【と】ざす。

12

魚蝦可俯掇,神物安敢寇。

水は澄んでいるから、魚やえびは前かがみになって手攫みできるというものだが、神仏であるかの蛟竜となればそうやすやすと捕えることができものではない。

林柯有葉,欲墮鳥驚救。

やがて、風がやんでも、池に森の木の枝から落ちる葉があり水中に落ちるのを防ぐために、横合いから鳥があわてて飛び出して、争う。

爭銜彎環飛,投棄急哺鷇。

われ先に爭って葉を嘴にくわえて彎環としてそのあたりを飛んでゆくが、それは、己の雛を養成するために、その葉をさっさと巣の中に投げ入れるためである。

旋歸道回睨,達櫱壯復奏。

さて、愈々思い切ってかえり行く道からふりかえってみると、先刻ついそばまで行ったときは、まことにつまらないものだと見えていたが、又、ひとしお面白くなり、終南の山はそそり立ち壮大にまた重なり合ってもいる。

魚蝦【ぎょか】は俯して掇【ひろ】うべきも、神物は安んぞ敢えて冦【こう】せんや。

林柯【りんか】に脱【お】つる葉有り、堕ちんと欲っすれば鳥驚き救う。

争い銜【ふく】んで彎環【わんかん】として飛び、投げ棄つること鷇【こう】に哺するよりも急なり。

鏇【めぐ】り帰って道より回【かえ】り睨【み】れば、達【たつげつ】として壮にして復た奏【あつ】まる。

13

吁嗟信奇怪,峙質能化貿。

ああ本当に不思議なものだと思うのは、近くてはつまらぬものが、遠ければ面白いというのは、まことに奇怪であるが、それは、この嶮しい山そのものの本質上、このように変化するのであるから仕方がないということである。

前年遭譴謫,探歷得邂逅。

さきの年803年に陽山に罪を被って左遷され、陽山縣令に赴任するとき、この南山を越えて行くこととなり、再び終南山に邂逅したのである。

初從藍田入,顧盻勞頸脰。

その時は、まず、藍田の関所から山へはいったばかりのところで、あたりを顧盻したが、山が高いので、首をつかれさせるだけであった。

時天晦大雪,淚目苦朦瞀。

その時、折悪しくにわかにそらが、かきくもり、大雪になったのである、ただでさえ、貶謫される不幸で涙ぐましき目は、すっかり眩んでしまって、十分の眺望をなすことができるものではなかったのである。

13

籲嗟【ああ】信に奇怪【きかい】なり、峙質【じしつ】も能く化貿【かぼう】す。

前年【ぜんねん】鑓鏑【けんたく】に遭い、探歴【たんれき】して邂逅【かいこう】することを得たり。

初じめ藍田【らんでん】より入りしとき、顧盻【こべん】して頸脰【けいとう】を労す。

時に 天 晦【くろ】うして大いに雪ふり、涙の目は苦【はなは】だ矇瞀【もうぼう】たり。

 

14~#15

51

峻塗拖長冰,直上若懸溜。

唆【けわ】しき塗【みち】に長き冰りを拖【ひ】き、直ちに上ぼれば懸かれる溜【なが】れの若し。

52

褰衣步推馬,顛蹶退且復。

衣を襄【かか】げて歩んで馬を推せば、顛【たお】れ蹶【つまず】いて退いては且た復【ふたたび】す。

53

蒼黃忘遐晞,所矚纔左右。

蒼黄【そうこう】として遐【とお】く睎【み】んことを忘れ、矚【み】る所は才【わず】かに左右のみ。

54

杉篁吒蒲蘇,杲耀攢介冑。

杉篁【さんこう】は蒲蘇【ほそ】かと咤【あや】しみ、杲耀【こうよう】として介冑【かいちゅう】を攢【あつ】む。

55

專心憶平道,險逾避臭。

心を専【もっぱ】らにして平らかなる道を憶い、険を脱【まぬ】かるること臭【しゅう】を避【さ】くるに逾【こ】えたり。

56

昨來逢清霽,宿願忻始副。

昨来【さくらい】清霽【せいせい】に逢い、宿願【しゅくがん】始めて副うことを忻【よろこ】ぶ。

57

崢嶸躋冢頂,倏閃雜鼯鼬。

崢嶸【そうこう】として塚頂【ちょうちょう】に躋【のぼ】れば、倏閃【しゅくせん】として鼯鼬【ごゆう】を雜【もじ】う。

58

前低劃開闊,爛漫堆眾皺。

前低くして劃【かく】して開闊【かいかつ】なるところ、爛漫【らんまん】として衆皺【しゅうしゅう】を堆す。

 

 

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

13

吁嗟信奇怪,峙質能化貿。

前年遭譴謫,探歷得邂逅。

初從藍田入,顧盻勞頸

時天晦大雪,淚目苦朦瞀。

(下し文)
13

嗟【ああ】信に奇怪【きかい】なり、峙質【じしつ】も能く化貿【かぼう】す。

前年【ぜんねん】鑓鏑【けんたく】に遭い、探歴【たんれき】して邂逅【かいこう】することを得たり。

初じめ藍田【らんでん】より入りしとき、顧盻【こべん】して頸【けいとう】を労す。

時に 天 晦【くろ】うして大いに雪ふり、涙の目は苦【はなは】だ矇瞀【もうぼう】たり。

(現代語訳)
13

ああ本当に不思議なものだと思うのは、近くてはつまらぬものが、遠ければ面白いというのは、まことに奇怪であるが、それは、この嶮しい山そのものの本質上、このように変化するのであるから仕方がないということである。

さきの年803年に陽山に罪を被って左遷され、陽山縣令に赴任するとき、この南山を越えて行くこととなり、再び終南山に邂逅したのである。

その時は、まず、藍田の関所から山へはいったばかりのところで、あたりを顧盻したが、山が高いので、首をつかれさせるだけであった。

その時、折悪しくにわかにそらが、かきくもり、大雪になったのである、ただでさえ、貶謫される不幸で涙ぐましき目は、すっかり眩んでしまって、十分の眺望をなすことができるものではなかったのである。


(訳注) 13

《 巻01-13南山詩 》 #13

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

籲嗟信奇怪,峙質能化貿。

ああ本当に不思議なものだと思うのは、近くてはつまらぬものが、遠ければ面白いというのは、まことに奇怪であるが、それは、この嶮しい山そのものの本質上、このように変化するのであるから仕方がないということである。

129 籲嗟 呼嗟 感嘆のこえ。

130 峙質 そびえている性貿。山の本休をいう。

131 化貿 貿は、変易する、かわる。化貿は、変化する。

 

前年遭譴謫,探曆得邂逅。

さきの年803年に陽山に罪を被って左遷され、陽山縣令に赴任するとき、この南山を越えて行くこととなり、再び終南山に邂逅したのである。

132 前年遭譴謫 803年貞元十九年、韓愈が広東省の陽山県令に流されたとき、南山山脈の東部のとうげ、藍関をこえて行ったときのことを述べる。前年は、先年。譴謫は、もともと罪あって罰せられることをいうが、ここでは、流罪で官吏が位を下げて地方に追いやられることである。806年この詩を書く、三年前のこと。

77 (改訂)《巻0209同冠峽》【案:貞元十九年貶陽山後作。】 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1473 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6349

78-#1 《巻0210送惠師》【愈在連州,與釋景常,元惠遊。惠師即元惠也。】-#1 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 39歳<1474 Ⅱ【11分割】-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6354

80 《巻03-14貞女峽》【案:在連州桂陽縣。秦時有女子化石,在東岸穴中。】 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1496 Ⅱ巻03-14 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6464

81-#1 (改訂)巻04-14縣齋讀書 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1497 Ⅱ巻04-14 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6469

82 巻09-04李員外寄紙筆【案:李伯康也,郴州刺史。】 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1499 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6479

83 (改訂)巻09-05次同冠峽【次弄冠峽】【次巫冠峽】【案:赴陽山作。】 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1500 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6484

84 巻09-06(改訂)答張十一功曹 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1501 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6489

133 探曆 探は、うかがうこと。曆は、そこをとおりすぎること。

134 邂逅 ゆくりなくめぐりあう。出合う。再び終南山にわけ入ることになったことをいう。 

 

初從藍田入,顧盻勞頸脰。

その時は、まず、藍田の関所から山へはいったばかりのところで、あたりを顧盻したが、山が高いので、首をつかれさせるだけであった。

135 藍田 長安の東南にある県の名。唐代、長安から、華中・華南へ旅行するには、ここを経て藍関・武関の二つのとうげを越え、今の河南省の南部から漢江流域に出るのが、ふつうの道すじであった。

136 顧盻 ふりかえりみる。

137 頸脰 くび。

 

時天晦大雪,淚目苦矇瞀。

その時、折悪しくにわかにそらが、かきくもり、大雪になったのである、ただでさえ、貶謫される不幸で涙ぐましき目は、すっかり眩んでしまって、十分の眺望をなすことができるものではなかったのである。

138 晦 くらい。

139 大雪 この「雪」は、動詞。

140 苦 非常に。程度がすぎて苦しんでいるという心持ちを含む副詞。

141 矇瞀 ぼんやりと目がかすんで見えない形容。


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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#12》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1659> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7271韓愈詩-韓愈128

韓愈  南山詩 #12

水は澄んでいるから、魚やえびは前かがみになって手攫みできるというものだが、神仏であるかの蛟竜となればそうやすやすと捕えることができものではない。やがて、風がやんでも、池に森の木の枝から落ちる葉があり水中に落ちるのを防ぐために、横合いから鳥があわてて飛び出して、争う。われ先に爭って葉を嘴にくわえて彎環としてそのあたりを飛んでゆくが、それは、己の雛を養成するために、その葉をさっさと巣の中に投げ入れるためである。さて、愈々思い切ってかえり行く道からふりかえってみると、先刻ついそばまで行ったときは、まことにつまらないものだと見えていたが、又、ひとしお面白くなり、終南の山はそそり立ち壮大にまた重なり合ってもいる。

韓愈128

01-13

南山詩

124346

806年貞元22 39-1-#12

 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7271

26分割(102

 

 

年:806年貞元22 39-1)<1659

卷別:    卷三三六              文體:    五言古詩

詩題:    南山詩

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山  

太白山 (京畿道 岐州 太白山) 別名:太白峰  

昆明 (劍南道南部 嶲州 昆明)           

杜陵 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:杜墅、少陵             

畢原 (京畿道 京兆府 萬年)              

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

澄源夫人湫廟 (京畿道 京兆府 萬年) 別名:湫、湫祠堂             

藍田 (京畿道 京兆府 藍田)

交遊人物/地點:  

 

 

10

巨靈與夸蛾,遠賈期必售。

むかし華山を裂いた巨霊や、愚公の手伝いをした兮蛾の餘勇を買えば、はじめて、そういう事ができると思われるので、定めて、その餘勇を買って居るだろうから、遠くに出かけて買ってきたいと思ったのである。

還疑造物意,固護蓄精祐。

しかし、よく考へると、この岡巒を作ったのは、もと造物主の神業で、その本意は、これを以て、山の精霊を保護するためである。

力雖能排斡,雷電怯呵詬。

されば、たとい巨霊や兮蛾の餘勇を買い得て、十分、その岡を切り開くちからがあるといえども、それでは、造物主の本意に運ぶことで、雷電を起して、ひどく叱りつけられることがないとも限らぬから、ここはやめておくほうが良いとする。

攀緣手足,蹭蹬抵積甃。

そこで仕方がないから、藤蘿に縋りついて、自分の手足を抜き取りながら、やつとの思いで、山を越し、礫が石だたみのように成って居る谷川のところへ、よろよろと、やつとの事で遣って来た。

11

茫如試矯首,堛塞生怐懋。

ここでは、定めて、山が善く見えるだろうといふので、茫然として、首を奉げたけれども、鼻の先に山がつかえて、何も見えないから、はては、煩悶をますばかりである。

威容喪蕭爽,近新迷遠舊。

元來、この山は、遠望すれば、威容凛然としているけれども、側へくると、極めて平凡になって、蕭爽としてそびえて居る景色は、全く失われて、今まで見なかった新しい景色は、格別の趣もなく、やはりこれまで終南山を見た方がよかったと思われるので、心の中では迷うばかりである。

拘官計日月,欲進不可又。

されば、山全体を見るには、是非絶頂を窮めねばならないということだが、自分は、官吏で、種種の俗務に拘束されて居て、登山には、かなりの時日を要するから、それも出来ず、進もうと思っても、つづいて行くにも行かぬところから、その時も、亦た山を中止して仕舞った。

因緣窺其湫,凝湛閟陰嘼。

しかし、折角、ここまできたのだから、どこか面白い景色はなかろうかというので、その邊を辿り行くと、例の谷川のところにきたり、そこには、一つの湫潭がある。その沼は、湛然としで碧色を凝らし、陰獸である蛟が、その主として棲んで居る。

10

巨霊【きょれい】と誇蛾【かが】と、遠く賈【あざ】なって必ず售【う】れんことを期す。

還た疑ごう 造物の意、固く護って精祐【せいゆう】を蓄【たくお】うるかと。

力 排斡【はいあつ】するに能【た】えたりと雖も、雷電して呵詬【かこう】せんことを怯る。

攀緣【はんえん】すれば手足【しゅそく】を脱して、蹭蹬【そうとう】として積甃【せきしゅう】に抵【いた】る。

11

茫如【ぼうじょ】として試みに首を矯【あ】ぐれば、堛塞【ひつそく】として怐愗【こうぼう】を生ず。

咸容【いよう】喪しなわれて蕭爽【しょうそう】たり、近新【きんしん】遠旧【えんきゅう】に迷う。

官に拘【つな】がれて日月を計【かぞ】うるに、進まんと欲っすれども又【ふたたび】すべからず。

因縁【いんえん】して其の湫【しゅう】を窺【うたが】えば、凝湛【ぎょうたん】として陰獸【いんきゅう】を閟【と】ざす。

12

魚蝦可俯掇,神物安敢寇。

水は澄んでいるから、魚やえびは前かがみになって手攫みできるというものだが、神仏であるかの蛟竜となればそうやすやすと捕えることができものではない。

林柯有葉,欲墮鳥驚救。

やがて、風がやんでも、池に森の木の枝から落ちる葉があり水中に落ちるのを防ぐために、横合いから鳥があわてて飛び出して、争う。

爭銜彎環飛,投棄急哺鷇。

われ先に爭って葉を嘴にくわえて彎環としてそのあたりを飛んでゆくが、それは、己の雛を養成するために、その葉をさっさと巣の中に投げ入れるためである。

旋歸道回睨,達櫱壯復奏。

さて、愈々思い切ってかえり行く道からふりかえってみると、先刻ついそばまで行ったときは、まことにつまらないものだと見えていたが、又、ひとしお面白くなり、終南の山はそそり立ち壮大にまた重なり合ってもいる。

魚蝦【ぎょか】は俯して掇【ひろ】うべきも、神物は安んぞ敢えて冦【こう】せんや。

林柯【りんか】に脱【お】つる葉有り、堕ちんと欲っすれば鳥驚き救う。

争い銜【ふく】んで彎環【わんかん】として飛び、投げ棄つること鷇【こう】に哺するよりも急なり。

鏇【めぐ】り帰って道より回【かえ】り睨【み】れば、達【たつげつ】として壮にして復た奏【あつ】まる。

 

47

吁嗟信奇怪,峙質能化貿。

籲嗟【ああ】信に奇怪【きかい】なり、峙質【じしつ】も能く化貿【かぼう】す。

48

前年遭譴謫,探歷得邂逅。

前年【ぜんねん】鑓鏑【けんたく】に遭い、探歴【たんれき】して邂逅【かいこう】することを得たり。

49

初從藍田入,顧盻勞頸脰。

初じめ藍田【らんでん】より入りしとき、顧盻【こべん】して頸脰【けいとう】を労す。

50

時天晦大雪,淚目苦朦瞀。

時に 天 晦【くろ】うして大いに雪ふり、涙の目は苦【はなは】だ矇瞀【もうぼう】たり。

 

京兆地域図002 

『南山詩』現代語訳と訳註解説
(
本文)

12

魚蝦可俯,神物安敢寇。

林柯有葉,欲墮鳥驚救。

爭銜彎環飛,投棄急哺鷇。

旋歸道回睨,達櫱壯復奏。

(下し文)
12
魚蝦【ぎょか】は俯して
【ひろ】うべきも、神物は安んぞ敢えて冦【こう】せんや。

林柯【りんか】に脱【お】つる葉有り、堕ちんと欲っすれば鳥驚き救う。

争い銜【ふく】んで彎環【わんかん】として飛び、投げ棄つること鷇【こう】に哺するよりも急なり。

鏇【めぐ】り帰って道より回【かえ】り睨【み】れば、達【たつげつ】として壮にして復た奏【あつ】まる


(現代語訳)
12

水は澄んでいるから、魚やえびは前かがみになって手攫みできるというものだが、神仏であるかの蛟竜となればそうやすやすと捕えることができものではない。

やがて、風がやんでも、池に森の木の枝から落ちる葉があり水中に落ちるのを防ぐために、横合いから鳥があわてて飛び出して、争う。

われ先に爭って葉を嘴にくわえて彎環としてそのあたりを飛んでゆくが、それは、己の雛を養成するために、その葉をさっさと巣の中に投げ入れるためである。

さて、愈々思い切ってかえり行く道からふりかえってみると、先刻ついそばまで行ったときは、まことにつまらないものだと見えていたが、又、ひとしお面白くなり、終南の山はそそり立ち壮大にまた重なり合ってもいる。

太白山001
(訳注)12

《 巻01-13南山詩 》 #12

(南山をいろいろの角度から描写しようとした詩)

 

魚蝦可俯掇,神物安敢寇。

水は澄んでいるから、魚やえびは前かがみになって手攫みできるというものだが、神仏であるかの蛟竜となればそうやすやすと捕えることができものではない。

119 可俯直 うつ臥せや、前かがみになって、手掴みできる。・掇は、ひろい取る。

120 神物 竜をさす。

121 安敢冦 安は、どうして、ここでは反語。・敢は、むりに、大胆にも。・冦は、強奪する、ここでは竜を捕えること。 

 

林柯有脱葉,欲堕鳥驚救。

やがて、風がやんでも、池に森の木の枝から落ちる葉があり水中に落ちるのを防ぐために、横合いから鳥があわてて飛び出して、争う。

122 林柯 柯は、えだ。

 

爭銜彎環飛,投棄急哺鷇。

われ先に爭って葉を嘴にくわえて彎環としてそのあたりを飛んでゆくが、それは、己の雛を養成するために、その葉をさっさと巣の中に投げ入れるためである。

123 爭銜彎環飛 銜は、口にくわえる。彎環は、鳥が輪を描いて飛ぶさま。ただし、「環銜」(環を銜む)の故事。「銜環」は、黄雀が自分を助けた楊宝に白環四つを与えた故事に基づく言葉。『後漢書・楊震伝』引『続斉諧記、華陰黄雀』「宝年九歳、時至華陰山北、見一黄雀為鴟梟所搏、墜於樹下、為螻蟻所困、宝取之以帰、置巾箱中、唯食黄花百余日、毛羽成、乃飛去、其夜有黄衣童子、向宝再拝曰、我西王母使者、君仁愛救拯、実感成済、以白環四枚与宝、令君子孫潔白、位登三事、当如此環矣」。「結草」は『春秋左氏伝・宣公十五年』に見える言葉。晋の大夫魏武子に娘を助けられた老人が、魏武子と闘った杜回を、草を結んで躓かせ倒した故事にちなむ。「銜環」「結草」ともに報恩のこと。後漢の楊宝という人が、黄鳥が梟にやっつけられているのを助けたところ、その烏は、西王母の使者であった。そこで、黄鳥は、その御恩返しにと、四つの玉の環をくれて、この環のように、四代の子孫まで、三公にまでなるだろう、といった。ここも、あるいは、かの報恩の大切な環のようにくわえてわれがちに飛んでいる、ということばのしゃれがあるかもしれない。

124 投棄急哺鷇 親鳥がひなにえさをやること。哺は、えさを親烏から食べさせてもらわねばならないひなをいう。この句は、烏たちがこの池の水をけがすまいと、枝から落ちる葉を投げ棄てるさまは、ひなにえさをやるよりもせかせかしている、ということ。

 

鏇歸道回睨,達壯複奏。

さて、愈々思い切ってかえり行く道からふりかえってみると、先刻ついそばまで行ったときは、まことにつまらないものだと見えていたが、又、ひとしお面白くなり、終南の山はそそり立ち壮大にまた重なり合ってもいる。

125 旋帰 旋も、かえる。

126 廻睨 首をめぐらしてふりかえりみる。睨は、横日で見ること。

127 達【たつげつ】高くそそり立っているさま。

128 奏 この奏は、湊、輳と同じく、あつまる、つみかさなっている、ということ。


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