韓愈詩-韓愈145-至鄧州北寄上襄陽於相公書 #3
夫澗穀之水,深不過咫尺,邱垤之山,高不能逾尋丈,人則狎而玩之。及至臨泰山之懸崖,窺巨海之驚瀾,莫不戰掉悼栗,眩惑而自失。所觀變於前,所守易於內,亦其理宜也。
そこにいう谷川の水は、深さは八寸一尺程にすぎないものである。丘や土盛りは、高さ八尺か十尺程度をこえることはないのであるし、そこで人はこれにおそれても近づいて、もてあそぶのである。丘や土盛りは、高さ八尺か十尺程度をこえることはないのであるし、そこで人はこれにおそれても近づいて、もてあそぶのである。ふるえおののき、心はいたみ恐れて、目がくらみまどい気を失ってぼんやりしないものはいないのである。観る所の物が前とは変われば、心の守る考えが内で変わるのも、またその道理上宜しいことであるということである。
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昌黎先生集15-08 |
至鄧州北寄上襄陽於相公書 #3(上襄陽於相公書) |
漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7591 |
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806年貞元22年 39歳-(18)#3 |
<1721> |
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作時年: |
806年 |
貞元22年 |
39歲 |
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全唐文卷別: |
卷551-11 |
文體: |
書 啓 |
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昌黎先生集 |
巻15-08 |
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詩題: |
至鄧州北寄上襄陽於相公書 (上襄陽於相公書) |
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序文 |
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作地點: |
長安(京畿道 / 京兆府 / 長安) |
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及地點: |
泰山 (河南道 兗州 泰山) 別名:岱宗、岱、東岳 |
日觀峰 (河南道 兗州 泰山) |
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交遊人物: |
于頔・襄陽相公 |
書簡(襄陽節度使) |
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交遊人物: |
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全唐文551-11 至鄧州北寄上襄陽於相公書 #1
伏蒙示《文武順聖樂辭》《天保樂詩》《讀蔡姬胡笳辭詩》《移族從》並《與京兆書》。
自幕府至鄧之北境凡五百餘裏,自庚子至甲辰凡五日,手披目視,口詠其言,心惟其義,且恐且懼,忽若有亡,不知鞍馬之勤,道途之遠也。
夫澗穀之水,深不過咫尺,邱垤之山,高不能逾尋丈,人則狎而玩之。及至臨泰山之懸崖,窺巨海之驚瀾,莫不戰掉悼栗,眩惑而自失。所觀變於前,所守易於內,亦其理宜也。
#4
閣下負超卓之奇材,蓄雄剛之俊德,渾然天成,無有畔岸,而又貴窮乎公相,威動乎區極,天子之毗,諸侯之師。故其文章言語,與事相侔,憚赫若雷霆,浩汗若河漢,正聲諧《韶》《》,勁氣沮金石,豐而不餘一言,約而不失一辭,其事信,其理切。孔子之言曰:「有德者必有言。」信乎其有德且有言也!揚子雲曰:「《商書》灝灝爾,《周書》噩噩爾。」信乎其能灝灝而且噩噩也!
#7
昔者齊君行而失道,管子請釋老馬而隨之;樊遲請學稼,孔子使問之老農。夫馬之智不賢於夷吾,農之能不聖於尼父,然且雲爾者,聖賢之能多,農馬之知專故也。
今愈雖愚且賤,其從事於文,實專且久,則其讚王公之能,而稱大君子之美,不為僭越也。伏惟詳察。愈恐懼再拜。
至鄧州北寄上襄陽於相公書 #1(襄陽から鄧州の北境までの節度府の閣下御制作の文書を讀んだのでこの書を寄せ奉る)
伏蒙示《文武順聖樂辭》《天保樂詩》《讀蔡姬胡笳辭詩》《移族從》並《與京兆書》。
伏して閣下御制作の「文武順聖樂辭」(文武順聖楽の歌辞)、「天保樂詩」(天保楽の詩)「讀蔡琰胡笳辭詩」(蔡琰が胡茄の辞を読むの詩)「移族從」(族従に移し)、幷びに「與京兆書」(京兆に与うる書)をお示し頂いた。
自幕府至鄧之北境凡五百餘裏,
襄陽の節度府から鄧州の北境まで凡そ五百里であって、その途中、
自庚子至甲辰凡五日,
また、庚子(かのえね)の日から甲辰(きのえたつ) の日までの凡そ五日の間に、
手披目視,口詠其言,
これらの御詩文の作を手で披いて目で視、口にその言辞を詠じ、心でその内容意義を考えて、
心惟其義,且恐且懼,忽若有亡,
恐れたり驚いたり、ふと物を忘れたようになったりして、
不知鞍馬之勤,道途之遠也。
馬上の旅の苦労も、道の速さも覚えなかったのである。
幕府より鄧の北境に至るまで、凡そ五百餘里,庚子より甲辰に至るまで、凡そ五日で,手にして披し目に視,口に其の言を詠じ,心に其の義を惟いて,且つ恐れ且つ懼る,忽ち亡うこと有るが若し,鞍馬の勤,道途の遠きを知らざるなり。
夫澗穀之水,深不過咫尺,
そこにいう谷川の水は、深さは八寸一尺程にすぎないものである。
邱垤之山,高不能逾尋丈,人則狎而玩之。
丘や土盛りは、高さ八尺か十尺程度をこえることはないのであるし、そこで人はこれにおそれても近づいて、もてあそぶのである。
及至臨泰山之懸崖,窺巨海之驚瀾,
丘や土盛りは、高さ八尺か十尺程度をこえることはないのであるし、そこで人はこれにおそれても近づいて、もてあそぶのである。
莫不戰掉悼栗,眩惑而自失。
ふるえおののき、心はいたみ恐れて、目がくらみまどい気を失ってぼんやりしないものはいないのである。
所觀變於前,所守易於內,亦其理宜也。
観る所の物が前とは変われば、心の守る考えが内で変わるのも、またその道理上宜しいことであるということである。
#3
夫れ 澗穀の水は,深さ咫尺に過ぎず,
邱垤の山は,高さ尋丈を逾ゆる能わず,人は則ち狎れて之を玩ぶ。
泰山の懸崖に臨み,巨海の驚瀾を窺うに至るに及んで,
戰掉悼栗,眩惑して自失せざるは莫し。
觀る所 前に變じ,守る所 內に易るも,亦た其の理の宜しきなり。
『至鄧州北寄上襄陽於相公書』現代語訳と訳註解説
(本文)
夫澗穀之水,深不過咫尺,邱垤之山,高不能逾尋丈,人則狎而玩之。
及至臨泰山之懸崖,窺巨海之驚瀾,莫不戰掉悼栗,眩惑而自失。
所觀變於前,所守易於內,亦其理宜也。
(下し文)
#3
夫れ 澗穀の水は,深さ咫尺に過ぎず,
邱垤の山は,高さ尋丈を逾ゆる能わず,人は則ち狎れて之を玩ぶ。
泰山の懸崖に臨み,巨海の驚瀾を窺うに至るに及んで,
戰掉悼栗,眩惑して自失せざるは莫し。
觀る所 前に變じ,守る所 內に易るも,亦た其の理の宜しきなり。
(現代語訳)
#3
そこにいう谷川の水は、深さは八寸一尺程にすぎないものである。
丘や土盛りは、高さ八尺か十尺程度をこえることはないのであるし、そこで人はこれにおそれても近づいて、もてあそぶのである。
丘や土盛りは、高さ八尺か十尺程度をこえることはないのであるし、そこで人はこれにおそれても近づいて、もてあそぶのである。
ふるえおののき、心はいたみ恐れて、目がくらみまどい気を失ってぼんやりしないものはいないのである。
観る所の物が前とは変われば、心の守る考えが内で変わるのも、またその道理上宜しいことであるということである。
(訳注) #3
至鄧州北寄上襄陽於相公書 (#1)
(襄陽から鄧州の北境までの節度府の閣下御制作の文書を讀んだのでこの書を寄せ奉る)
夫澗穀之水,深不過咫尺,
そこにいう谷川の水は、深さは八寸一尺程にすぎないものである。
11 咫尺 咫」は中国の周の制度で8寸、「尺」は10寸》1 距離が非常に近いこと。「―の間 (かん) 」2 貴人の前近くに出て拝謁すること。
邱垤之山,高不能逾尋丈,人則狎而玩之。
丘や土盛りは、高さ八尺か十尺程度をこえることはないのであるし、そこで人はこれにおそれても近づいて、もてあそぶのである。
12 邱垤 邱は丘。垤とは、 アリやシロアリが地中に巣を作るとき,運び出した土や砂が盛り上げられてできる柱状・円錐状の山。また,落ち葉や枯れ木で作られるアリの巣。蟻の塔。蟻垤(ぎてつ)。蟻封(ぎほう)。
13 尋丈 両手をひろげた長さは尋、八尺。丈は十尺。尋丈は僅かの尺度。
及至臨泰山之懸崖,窺巨海之驚瀾,
ところがどうだろう、泰山の高い崖の上に立ち、大海の騒ぐ波をうかがい見ることになると、
泰山 山東省泰安市にある山。高さは1,545m。 封禅の儀式が行われる山として名高い。 道教の聖地である五つの山のひとつ。五岳独尊とも言われ、五岳でもっとも尊いとされる。
莫不戰掉悼栗,眩惑而自失。
ふるえおののき、心はいたみ恐れて、目がくらみまどい気を失ってぼんやりしないものはいないのである。
14 戰掉 ふるえおののく。地獄の苦を身に感じ、脚や膝が震える姿。
15 悼栗 心おそれふるえる。驚恐戰栗。
所觀變於前,所守易於內,亦其理宜也。
観る所の物が前とは変われば、心の守る考えが内で変わるのも、またその道理上宜しいことであるということである。
16 所守 心の中に守る考え。
17 理宜 道理上もっともである。








