中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

2016年11月

806年-28巻一16-#6 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7740

巻一16-#6 送文暢師北遊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161130

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-015-#1卷165_34-#1 少年行(卷六(一)四五八)(李白全集校注彙釋集評(二)九四八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7739

 

 

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孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28巻一16-#6 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7740

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-29 喜觀即到復題短篇二首其二 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7735

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一23 (30)回目温庭筠 《酒泉子四首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7742 (11/30)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-010-#2 古樂府詩六首其一 -#2〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7743

 

 

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●薛濤の全詩

●花間集(1

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●魚玄機全詩

●花間集(6

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●花間集(9

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806-28巻一16-#6 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7740

 

 

 

806-028

送文暢師北遊 -#5

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7740

韓昌黎集巻二 16-#6

全唐詩卷三三七

806年元和元年39   (14) -#6

 

 秦嶺山脈終南山

 

韓愈詩-韓愈142-#6

作時年:

806

元和元年

39 

 

全唐詩

卷三三七-16

文體:

五言古詩

 

韓昌黎集

巻二 16-#6

 

 

詩題:

送文暢師北遊 -#6

 

序文

 

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

及地點:

長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都

 

 

 

交遊人物:

僧侶法師文暢

柳宗元

 

 


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806年-27巻一16-#5 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7734

巻一16-#5 送文暢師北遊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161129

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-014-#3卷161_5-#3【字解集】 古風五十九首之五(卷二(一)一○二) 「太白何蒼蒼」詩 紀頌之7733

 

 

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孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

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楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-27巻一16-#5 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7734

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

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index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-027 喜觀即到復題短篇二首其一 杜詩詳注卷一八(四)頁一六一七 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7657

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一22 (29)回目温庭筠 《歸國遙二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7736 (11/29)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-010-#1 古樂府詩六首其一 -#1日出二東南隅行〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7737

 

 

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806-27巻一16-#5 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7734

 

 

806-025

送文暢師北遊 -#5

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7734

韓昌黎集巻二 16-#5

全唐詩卷三三七

806年元和元年39   (14) -#5

 

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806年-26 巻一16-#4 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7728

巻一16-#4 送文暢師北遊
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161128

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-014-#2卷161_5-#2 「太白何蒼蒼」詩(古風五十九首之五)(卷二(一)一○二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7727

 

 

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

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曹植詩65

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-26 巻一16-#4 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7728

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

【字解集】寄從孫崇簡・江雨有懷鄭典設・熟食日示宗文宗武・又示兩兒・情見乎詞

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一21 (28)回目温庭筠 《歸國遙二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7730 (11/28)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

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●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

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806-26  巻一16-#4 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7728

 

 

806-023

送文暢師北遊 -#4

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7728

韓昌黎集巻二 16-#4

全唐詩卷三三七

806年元和元年39   (14) -#4

 

 


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806年-25巻一16-#3 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7722

#3 送文暢師北遊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161127

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-014-#1卷161_5-#1 「太白何蒼蒼」詩(古風五十九首之五)(卷二(一)一○二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7721

 

 

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孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

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漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-25巻一16-#3 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7722

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-026 情見乎詞(得舍弟觀書自中都已達江陵) 杜詩詳注 卷一八(四)一六一六 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7652

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-022 古詩八首其八 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7725

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

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●魚玄機全詩

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806-25巻一16-#3 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7722

#3

そして、先生は儒家の大道を知って居られるから、刑餘の人に等しいと称せられる我々佛徒の為になるようなことを教えていただきたい。そして、今まで手に入れたのは、この通りだといって、嚢中の文を取り出して、それを読み上げるのを聞くと、いかにも清越である。そこで、自分は、文暢に答へて、そういう訳なら、書いて遣るから、少し待ってくれというので、「浮屠丈陽を送る序」といふもの書き上げたが、佛教の事は、性來大嫌いであるから、よほどこれをそしったものであった。そして、全文の大意たるや、上にあるものを考えてみると、いにしえ国家というものが出来上った時分、聖君賢主が賞罰を施して人民を督励した所以を論じたのである。

  

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806年-24巻一16-#2 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7716

送文暢師北遊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161126

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

 

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孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-24巻一16-#2 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7716

 

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-025 又示兩兒 杜詩詳注 卷一八(四)一六一五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7647

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一20 (26)回目温庭筠 《更漏子六首其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7718 (11/26)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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.唐五代詞詩・女性

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玉-021 古詩八首其七 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7719

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

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806-24巻一16-#2 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7716

都に名高い貴顕を始め、文筆の士などは、文學上の門閥をなし、聲誉赫赫として、なかなか偉く構えて居るのである。だから、毎毎そういう人に送序を作ってもらおうというので滅多に書かないのを、根気よくしばしば足を運び、ころびつまづくことを忍んで、毎日催促に出かけたというのである。そういう風にして、処処で作ってもらった詩文は、段段たまって、今では十餘巻となり、その分量も多く、且つ磨き立てた斧鉞を羅列するが如く、光彩燦然たるものがある。ここに、韓愈先生は、陋巷に質素倹約の佗住居をして居られ、未だ其の文章を頂戴しないのは、詩本にのせられないのでまことに遺憾至極であるというのである。

 

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806年-23巻一16-#1 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7710

送文暢師北遊 #1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161125

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-013-#5卷162_11-#5 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7709

 

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

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漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-23巻一16-#1 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7710

 

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-25 熟食日示宗文宗武 杜詩詳注(卷一八(四)一六一五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7711

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一19 (25)回目温庭筠 《更漏子六首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7712 (11/25)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

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玉-020-#2 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7713

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

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花間集(4

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●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

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806-23巻一16-#1 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7710

送文暢師北遊 #1803年貞元19年に柳州の柳宗元のところいく仏教の僧侶であり、詩人である文暢師を送別する詩を贈ったが、このたび五台、河朔のほうにいくというので又この詩を贈って送別する)

むかし、予が四門博士として、都に在官した頃、朝早く、-人の僧侶が尋ねて来た。聞いて見ると、名を文暢といい、もと呉國の人で、若い時には、都会の学校で勉強をして居たという。そのうちにあらぬ方にそれて、佛學の根源を極め、ほぼ佛理の本末を知ることとなった。そして、その厳重なる戒律に束縛され賭されて、本性の真を屈することはいとわず、また、雲水の行脚をなすために、車の轄をしめて遠地に向って出発しようとし、そこで、吾が宅にきたのである。

 

 

 

806-023

送文暢師北遊 -#1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7704

韓昌黎集巻二 16-#1

全唐詩卷三三七

806年元和元年39   (14) -#6

 

 

 

韓愈詩-韓愈142-#1

 

作時年:

806

元和元年

39 

 

全唐詩

卷三三七-16

文體:

五言古詩

 

韓昌黎集

巻二 16-#1

 

 

詩題:

送文暢師北遊 -#1

 

序文

 

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

 

及地點:

長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都

 

 

 

交遊人物:

僧侶法師文暢

柳宗元

 

 

 

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806年-22 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7693

806-22 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7693

  
  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161124

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744-013-#4162_11-#4 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7697

 

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806-22 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7693

 

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757-24 江雨有懷鄭典設 杜詩詳注(卷一八(四)一六一四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7705

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

 花間集 訳注解説 巻一18 (24)回目温庭筠 《更漏子六首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7706 (11/24)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

-020-#1 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7707

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

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●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

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806-023

醉贈張祕書【字解集】

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7698

韓昌黎集巻二 8

全唐詩卷二二九 

806年元和元年39   (12) -#6

 

 

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806年-22 巻一 15-#5 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7692

 醉贈張祕書

 

 

20161123

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-013-#3卷162_11-#3 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7691

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-22 巻一 15-#5 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7692

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

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玉-019 古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7701

 

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806
-22 巻一 15-#5 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7692

詩を作れば、その険怪の語、以て鬼神の膽を破るべく、高超の詞を詠い、古えの三墳に倣い、まことに大したものであるが、至上の寶たる珠は、彫琢を待たず、天然の功は、耕耘を待たぎると同じく、何も故らに苦心経営して作ったのではなく、自得の妙である王羲之の「率意書」、すなわち、かくのごとく、これすなわち酔中に得たところの文字の真趣である。顧みれば方今の世、ようやく泰平に向はむとし、八元八凱にも比すべき幾多の名相(杜黄裳、鄭餘慶、李吉甫、裴汨、李藩など)を輩出し、堯舜の如きわが君憲宗を輔佐して行くから、四海すでにおそれるものないのである。吾が徒は、微官に居て、幸に事なきものなれば、希はくは、酔歌して、朝夕を送ることもできるであろう。

 

806-022

醉贈張祕書 -#5

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7692

韓昌黎集巻二 8-#5

全唐詩卷二二九 

806年元和元年39   (12) -#5

 

 

 

韓愈詩-韓愈141-#5

作時年:

806

貞元22

39

卷別:

卷二二九 

文體:

 五言古詩

 

02-08

詩題:

醉贈張祕書

序文

今本下或註徹字。徹,元和四年進士,此詩元和初作,徹猶未第。公五六年間,皆在東都,此詩蓋在長安日作,非徹也。

作地點:

長安

及地點:

 

 

 

 

交遊人物:

徹(張署)

孟東野

張籍

 

 

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806年-21 巻一 15-#4 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7686

醉贈張祕書

 

 

 

20161122

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-013-#2卷162_11-#2 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7685

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-21 巻一 15-#4 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7686

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

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まとめ22 暮春題瀼溪新賃草屋五首と住まいと夔州での農業 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7693

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

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●薛濤の全詩

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806
-21 巻一 15-#4 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7686

長安には富貴のものが集まっており、皿にくさい野菜にいたるまでと、くさい肉にいたるまで様様の物をならべて、ひどく肴好みをするものであるが、本来、風流なる文字の飲を解せざるが故に、唯だ、紅裙を侍らし、絃歌を以て、その興を助けるだけで、まことに、頽廃、俗悪の極というべきものである。そして、一度飯を食う程の短き閒の歓楽を得たりとも、畢竟、蚊がむれ飛んで騒がしいと同一であるのである。今、われと数子門下のものは、格別、酒の肴をえらぶことなどしないで、贅沢なことは元からする気はない。

 

806-021

醉贈張祕書 -#4

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7686

韓昌黎集巻二 8-#4

全唐詩卷二二九 

806年元和元年39   (12) -#4

 

 

韓愈詩-韓愈141-#4

作時年:

806

貞元22

39

卷別:

卷二二九 

文體:

 五言古詩

 

02-08

詩題:

醉贈張祕書

序文

今本下或註徹字。徹,元和四年進士,此詩元和初作,徹猶未第。公五六年間,皆在東都,此詩蓋在長安日作,非徹也。

作地點:

長安

及地點:

 

交遊人物:

徹(張署)

孟東野

張籍

 

 

 

醉贈張秘書 #1

張秘書に酒宴に招かれて、その席で役人とし、詩人としての在り方を述べたものである。)

人皆勸我酒,我若耳不聞。

われは、生來、あまか酒を好まず、人がいくら勧めてくれても、耳にもかけないこととしてきた。

今日到君家,呼酒持勸君。

しかし、今日君の家を訪うて、酒を出させて自ら酌み、且つ君にも注いで勧めた。

為此座上客,及余各能文。

凡そ、この座の上客たるものは、自分と共に、いづれも、文芸の士である。

君詩多態度,藹藹春空雲。

第一、君の詩は、風情多く、たとえば、藹藹たる花霞の春天の雲のように華やかな雰囲気を持つ。

#2

東野動驚俗,天葩吐奇芬。

孟東野の詩は、ややもすれば、俗を驚かし、天から降りてくる花の、えもいわれぬ奇香を吐くが如き詩文である。

張籍學古淡,軒鶴避雞群。

張籍の詩は、古淡を学んで、奇靡に馳せず、たとへば、車に乗った鶴は、羣鶏の中に下りまざっても、飛び離れ、独り抜きん出て居る様なもので、いづれも詩が上手である。

阿買不識字,頗知書八分,詩成使之寫,亦足張吾軍。

そして、吾が甥の阿買は、まだ学問が深くないから、難しい字は知らぬが、生來、よほど上手に八分の字体を書くのである、だから、詩を作成したならば、この阿買に淨書させると、これでもって“吾が三軍を張る”ということで、大いに気焔を揚げるに足りることとなる。

#3

所以欲得酒,為文俟其醺,

元來、酒を得ようと欲する所以は、文を作る間に酔おうと思うので、酔うと、自然興が湧いて、早速、作ができるからである。 

酒味既泠冽,酒氣又氛氳,

酒の味は、すでに強くして、浸みるようであるし、酒の気は、どことなくにおうようであって、大分、好い心持に成るのであり、

性情漸浩浩,諧笑方雲雲,

性情は、次第に浩浩として、気が大きくなり、諧謔談笑、今しも大分賑かになるのである.

此誠得酒意,余外徒繽紛。

かくの如きは、酒の真意を得たもので、この以外の者は、徒に雑乱するばかり、全く以て取るに足らぬものとなる。 

#4

長安眾富兒,盤饌羅膻葷,

長安には富貴のものが集まっており、皿にくさい野菜にいたるまでと、くさい肉にいたるまで様様の物をならべて、ひどく肴好みをするものであるが、

不解文字飲,惟能醉紅裙。

本来、風流なる文字の飲を解せざるが故に、唯だ、紅裙を侍らし、絃歌を以て、その興を助けるだけで、まことに、頽廃、俗悪の極というべきものである。

雖得一餉樂,有如聚飛蚊。

そして、一度飯を食う程の短き閒の歓楽を得たりとも、畢竟、蚊がむれ飛んで騒がしいと同一であるのである。

今我及數子,固無蕕與薰。

今、われと数子門下のものは、格別、酒の肴をえらぶことなどしないで、贅沢なことは元からする気はない。

#5

險語破鬼膽,高詞媲皇墳。

至寶不雕琢,神功謝鋤耘。

方今向泰平,元凱承華勛,吾徒幸無事,庶以窮嘲曛。

(酔うて張秘書に贈る)

人皆我に酒を勸むれども、我は耳に聞かざるが若し。

今日、君が家に到り、酒を呼んで持して君に勸む。

この座上の客たるは、余に及ぶまで各おの文を能くせり。

君の詩は態度多し、藹藹たり春空の雲。

#2

東野は、動もすれば 俗を驚かし、天葩 奇芬を吐く。

張籍は古淡を學び,軒鶴 雞群を避けしむ。
阿買は字を識らず、頗る八分を書するを知る。

詩成って之を寫さしむれば、亦た吾軍を張るに足る。

#3

酒を得んと欲する所以は,文を為【つく】らんとして 其の醺を俟【ま】てばなり,酒味 既に泠冽,酒氣 又た 氛氳,

性情 漸く 浩浩,諧笑 方に雲雲,

此れ誠に酒意を得たり,余外 徒らに繽紛。

#4

長安の富兒,盤饌 膻葷【せんぐん】を羅ぬ,

文字の飲を解せず,惟だ能く 紅裙に醉う。

一餉の樂みを得と雖も,聚飛の蚊の如く有る。

今 我及び數子,固より蕕と薰と無し。

#5

險語は鬼膽を破り,高詞は皇墳に媲【たくら】

至寶不雕琢せず,神功は鋤耘を謝す。

方今 泰平に向い,元凱 華勛を承く,

吾が徒 幸いに無事,庶わくば 以て嘲曛を窮めん。


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806年-20 巻一 15-#3 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7680

醉贈張祕書-#3

 

 

 

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・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

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806-20 巻一 15-#3 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7680

#3

元來、酒を得ようと欲する所以は、文を作る間に酔おうと思うので、酔うと、自然興が湧いて、早速、作ができるからである。 酒の味は、すでに強くして、浸みるようであるし、酒の気は、どことなくにおうようであって、大分、好い心持に成るのであり、性情は、次第に浩浩として、気が大きくなり、諧謔談笑、今しも大分賑かになるのである.かくの如きは、酒の真意を得たもので、この以外の者は、徒に雑乱するばかり、全く以て取るに足らぬものとなる。 

 

806-019

醉贈張祕書 -#2

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韓昌黎集巻02-08-#2

全唐詩巻二二九

806年元和元年39   (12)

 

 

韓愈詩-韓愈141-#3

作時年:

806

貞元22

39

卷別:

卷二二九 

文體:

 五言古詩

 

02-08

詩題:

醉贈張祕書

序文

今本下或註徹字。徹,元和四年進士,此詩元和初作,徹猶未第。公五六年間,皆在東都,此詩蓋在長安日作,非徹也。

作地點:

長安

及地點:

 

交遊人物:

徹(張署)

孟東野

張籍

 

 


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806年-19 巻一 15-#2 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7674

醉贈張祕書 #2 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

李白《月下獨酌四首》【字解集】

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-3 805年陽山から江陵36

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

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杜甫詩(1)736~751年  53

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

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醉贈張祕書 #2  孟東野の詩は、ややもすれば、俗を驚かし、天から降りてくる花の、えもいわれぬ奇香を吐くが如き詩文である。張籍の詩は、古淡を学んで、奇靡に馳せず、たとへば、車に乗った鶴は、羣鶏の中に下りまざっても、飛び離れ、独り抜きん出て居る様なもので、いづれも詩が上手である。そして、吾が甥の阿買は、まだ学問が深くないから、難しい字は知らぬが、生來、よほど上手に八分の字体を書くのである、だから、詩を作成したならば、この阿買に淨書させると、これでもって“吾が三軍を張る”ということで、大いに気焔を揚げるに足りることとなる。

 

806-019

醉贈張祕書 -#2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7674

韓昌黎集巻02-08-#2

全唐詩巻二二九

806年元和元年39   (12)

 

 

韓愈詩-韓愈141-#2

作時年:

806

貞元22

39

卷別:

卷二二九 

文體:

 五言古詩

 

02-08

詩題:

醉贈張祕書

序文

今本下或註徹字。徹,元和四年進士,此詩元和初作,徹猶未第。公五六年間,皆在東都,此詩蓋在長安日作,非徹也。

作地點:

長安

及地點:

 

交遊人物:

徹(張署)

孟東野

張籍

 

 

 

醉贈張秘書 #1

人皆勸我酒,我若耳不聞。

今日到君家,呼酒持勸君。

為此座上客,及余各能文。

君詩多態度,藹藹春空雲。

張秘書に酒宴に招かれて、その席で役人とし、詩人としての在り方を述べたものである。)

われは、生來、あまか酒を好まず、人がいくら勧めてくれても、耳にもかけないこととしてきた。

しかし、今日君の家を訪うて、酒を出させて自ら酌み、且つ君にも注いで勧めた。

凡そ、この座の上客たるものは、自分と共に、いづれも、文芸の士である。

第一、君の詩は、風情多く、たとえば、藹藹たる花霞の春天の雲のように華やかな雰囲気を持つ。

#2

東野動驚俗,天葩吐奇芬。

孟東野の詩は、ややもすれば、俗を驚かし、天から降りてくる花の、えもいわれぬ奇香を吐くが如き詩文である。

張籍學古淡,軒鶴避雞群。

張籍の詩は、古淡を学んで、奇靡に馳せず、たとへば、車に乗った鶴は、羣鶏の中に下りまざっても、飛び離れ、独り抜きん出て居る様なもので、いづれも詩が上手である。

阿買不識字,頗知書八分,詩成使之寫,亦足張吾軍。

そして、吾が甥の阿買は、まだ学問が深くないから、難しい字は知らぬが、生來、よほど上手に八分の字体を書くのである、だから、詩を作成したならば、この阿買に淨書させると、これでもって“吾が三軍を張る”ということで、大いに気焔を揚げるに足りることとなる。

#3

所以欲得酒,為文俟其醺,酒味既泠冽,酒氣又氛氳,性情漸浩浩,諧笑方雲雲,此誠得酒意,余外徒繽紛。

#4

長安眾富兒,盤饌羅膻葷,不解文字飲,惟能醉紅裙。

雖得一餉樂,有如聚飛蚊。今我及數子,固無蕕與薰。

#5

險語破鬼膽,高詞媲皇墳。

至寶不雕琢,神功謝鋤耘。

方今向泰平,元凱承華勛,吾徒幸無事,庶以窮嘲曛。

(酔うて張秘書に贈る)

人皆我に酒を勸むれども、我は耳に聞かざるが若し。

今日、君が家に到り、酒を呼んで持して君に勸む。

この座上の客たるは、余に及ぶまで各おの文を能くせり。

君の詩は態度多し、藹藹たり春空の雲。

#2

東野は、動もすれば 俗を驚かし、天葩 奇芬を吐く。

張籍は古淡を學び,軒鶴 雞群を避けしむ。
阿買は字を識らず、頗る八分を書するを知る。

詩成って之を寫さしむれば、亦た吾軍を張るに足る。

#3

酒を得んと欲する所以は,文を為【つく】らんとして 其の醺を俟【ま】てばなり,酒味 既に泠冽,酒氣 又た 氛氳,

性情 漸く 浩浩,諧笑 方に雲雲,

此れ誠に酒意を得たり,余外 徒らに繽紛。

#4

長安の富兒,盤饌 膻葷【せんぐん】を羅ぬ,

文字の飲を解せず,惟だ能く 紅裙に醉う。

一餉の樂みを得と雖も,聚飛の蚊の如く有る。

今 我及び數子,固より蕕と薰と無し。

#5

險語は鬼膽を破り,高詞は皇墳に媲【たくら】

至寶不雕琢せず,神功は鋤耘を謝す。

方今 泰平に向い,元凱 華勛を承く,

吾が徒 幸いに無事,庶わくば 以て嘲曛を窮めん。

長安皇城宮城00 

 

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806年-17 巻一 14-11 《秋懷詩,十一首》【字解集】 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7666

806年-17 巻一 14-11 《秋懷詩,十一首》【字解集】 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7666

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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757年-19 暮春題瀼溪新賃草屋五首其三 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一一)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7675

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

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韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)

806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

韓愈詩の五言古詩の中にあって《秋懷詩》十一首を是れ一組としており、たいへん特殊な作である品。因みに韓愈は高度な精鍊的語言を運用し,一貫して豪宕的本色を展べ現わしている。但し是の意匠經營の間として,阮籍や、陶潜、謝惠連、謝朓のような雰囲気を持っている。また、《秋懷詩》十一首は,《文選》體であるともいわれているし、古文復興といわれ、詩評家は《秋懷詩》十一首を甚だ高く評價している。

《秋懷詩》十一首の寫作年代にかんして、韓愈、元和元年六月權知國子博士を召授し、た時のものであり,江陵より襄陽にいたり,庚子(八日)襄陽を發し,甲辰(十二日)鄧州(河南河陽)至り、冬日、長安抵した。元和二年,韓愈京師、權知國子博士に在る。陳景雲う所の「進見相國鄭公」指し、是れ宰相鄭絪を指す;曾て韓愈を推荐せんと欲し翰林學士と為したひとである。こうして韓愈は元和二年夏末に在る,即ち因て避謗出京す,權知博士の洛陽の分司となった。これらによって《秋懷詩》の寫作年代は是れ憲宗和元元年の深秋であるとするのが妥当と考える。  

所謂る「秋懷」というのは、歴史的に見て、宋玉《九辯》であり,六朝時代の謝曾作《秋懷詩》であり,孟郊もまた《秋懷詩》十六首あり,韓愈がこれを初めて題したわけではない。韓愈は、全詩十一章,最長二十句,最短十句ということである。

2 窗 窓と同じ。下の句から東、東南の日が射す窓であるから書斎のまどである。 
3
 薿薿 草木のいきおいよく生えているさま。草木がよく成長して茂り、盛んなるさま。《詩經.小雅.甫田》「今適南畝,或耘或耔,黍稷薿薿。」(今南畝に適き,或いは耘し或いは耔し,黍稷 薿薿たり。)

4 披払 吹き払う。ぴゅうっと風のふきつけるさま。 
5
 策策 風が木の葉をざわざわと鳴らすおと。

6 偏 そればかりがむやみと。

7 無端 どういうわけかわからないが。ゆくりなく。 
8
 成 その状態(ここでは坐起)が完成することをいう。 

9 顏色 韓愈の自分の顔色。 
10
 故もとの状態。

11 義和 日の神であり、日を乗せる馬車の御者とも考えられ、更には、二つの名に分けて、暦法を定めた人ともされた。「山海経」に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝俊の妻。東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。ここでは日の御者としての義和とすると、時間を進める御者として、義和をいっているから、日月といってもそう矛盾を感じないものである。

12 浮生 浮世暮らし。不安定なこの人生。 
13
 多塗 塗はみち、途と同じ。 分かれ道が多い。
14
 一軌 軌は両車輪のあいだのはば。それからその通る路線。一軌は同じコースをたどること。

13 胡為 なぜ。どういうわけで。 
14
 浪 むやみに。むだぼねを折って。 
15
 且 まあ、と。 

16 白露下 白露の下るのは、秋になったしるしである。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

宋玉『九辨』に、

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤鵾雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

・・・・

皇天平分四兮,窃独悲此凛秋。白露既下降百草兮,奄离披此梧楸。去白日之昭昭兮,袭长夜之悠悠。

17 蕭蘭 蕭はよもぎ。つまり雑草の代表である。謂蘭は、よもぎのようなつまらぬ草も蘭のようなよいかおりのするりっはな草も、というほどの意味。 

18 共 いっしょに。ひとまとめに。

19 雕悴 しおれるしこと、おとろえること。

20 青青 五行思想で春は青である。

21 四牆 まわりの土べい。

22 寒蟬 ひぐらし。つくづくぼうし。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

23 蟋蟀 こおろぎ。宋玉九弁は上記。『詩経』豳風七月

古詩十九首之第十二首》「晨風懷苦心,蟋蟀傷局促。」

・蟋蟀 こおろぎ。『詩経・唐風、蟋蟀』の篇名。晋の僖公が倹約に過ぎるのをそしった詩。今楽しまなければ月日はサッサと去って行く。勤勉で油断をしない人になれという内容のもの。

詩経・唐風、蟋蟀 

蟋蟀在堂、聿其莫。 今我不樂、日月其除。

無已大康、職思其居。 好樂無荒、良士瞿瞿。

 

蟋蟀在堂、聿其逝。 今我不樂、日月其邁。

無已大康、職思其外。 好樂無荒、良士蹶蹶。

 

蟋蟀在堂、役車其休。 今我不樂、日月其慆。

無已大康、職思其憂。 好樂無荒.良士休休。

 

24 運行 万物の時の流れ、天地自然のめぐり行き。「太陽星君、日宮炎光太陽星君」,「大明之神」,「太陽帝君」、「太陽公」いうが、「太陽帝君乃陽剛之神,司日之運行,掌火焰之輕重,日由東升,再由西墜,光熙普照大地」

25 稟受 めいめい天から授けられていること。

26 気苦異 めいめいが受けている精気が大変ちがっていて、本質的に大きなちがいがある。

27 適時 その時節によくあっていて。

28 得所 自分に過当な場所を得る。

29 松柏 まつやひのきは、冬でも青いが、それは天から授けられた精気のちがいで、めいめいその自分自分に与えられた時節に存分にすごし、自分の安んずべき位置を得ていれば、それがよいので、冬青いからといって特に尊重する必要はないというのである。「論語」子罕篇に「子曰、歳寒、然後知松柏之後彫也。」(子曰く、歳寒くして、然る後、松柏の彫むに後るるを知る。)と儒家は松柏を尊ぶものとしているが、それをここでは否定している。

30 卒卒 あわただしい形容。ばたばたするさま。漢書 《司馬遷傳》 卒卒無須臾之間

31 曼曼 長く遠い形容。はるばる。

故事にある犀首は自分の閑職のままにおかれていることが不満で酒に気をまぎらせたというし、「史記」廉頗藺相如列伝に見える廉頗は老いてもなお食欲は盛んだといったものだ。

32 犀首空好欽 犀首は、戦国時代(前四世紀―前三世紀)の魏の国の官名で、公孫衍という人が、その官になっていた。楚の使者陳軫が魏の都の梁を通りすぎて、犀首すなわち公孫衍にたずねた。

司馬遷『史記』巻七十 張儀列伝第十 陳軫と犀首

陳軫者、游説之士。与張儀倶事秦惠王。皆貴重、争寵。

・・・

過梁、欲見犀首。犀首謝弗見。

軫曰「吾為事来、公不見軫、軫将行、不得待異日。」犀首見之。

陳軫曰「公何好飲也。」犀首曰「無事也。」

曰「吾請令公厭事可乎。」曰「奈何。

・・・

梁を過り、犀首を見んと欲す。犀首、謝して見ず。軫曰く、「吾、事の為に来たれり。公、軫を見ず。軫将に行かんとす。異日を待つを得ず。」犀首、之を見る。陳軫曰く、「公何ぞ飲を好むや。」犀首曰く、「事無ければなり。」

つまり自分のなすべき仕事が与えられず、閑職のままにおかれていることが不満で酒に気をまぎらしていることをいったものである。

33 簾頗尚能飯 『史記、廉頗藺相如列伝』にみえる戦国時代、趙の国の将軍である簾頗の故事。天下統一をねらう秦は白起を中心に他国への侵略を開始。廉頗と相如が健在であるうちは秦に侵攻されなかった趙も、この頃になると相如は病に倒れ、廉頗も高齢となっていた。そのため趙は廉頗のもとに使者を送って帰参を許そうと図る。廉頗は年老いても「一飯に斗米、肉十斤、甲を被り馬に上り」といわれるほどに元気な姿を使者に見せて帰参を承知した。だが廉頗が趙にいた頃から不仲だった奸臣である郭開の謀略で使者が買収されてしまう。そして趙王が廉頗の様子を伺うと、使者は「三度遺失」と讒言した。このため趙王は廉頗が高齢で使いものにならないとして諦めたという。ここでは「廉将軍老いたりと雖も、尚善く飯す。」「史記」廉頗藺相如列伝

趙以數困於秦兵,趙王思復得廉頗,廉頗亦思復用於趙。趙王使使者視廉頗尚可用否。廉頗之仇郭開多與使者金,令毀之。趙使者既見廉頗,廉頗為之一飯斗米,肉十斤,被甲上馬,以示尚可用。趙使還報王曰:「廉將軍雖老,尚善飯。」 に見える。年は取ってもまだ役に立つということを意味する。

34 堂 学校の教室。このことばから韓愈が国子監で数えていたときのことであることが分かる。

35 日無事 日は毎日の何の問題ごとも無く過ごす。犀首曰「無事也。」と同じ心境であることを云う。

36 適所願 適は、最適、適材適所、あるきまった好みの場所に行くこと。

37 茫茫 はてしなくひろがっている形容。

38 出門 真の仕事をしたい、仕事欲をあらわす。

39 欲去聊自勸 この不愉快な職をやめ隠遁したいと思ったが、まあ何とかはやる気持ちを抑えるように自制することを勧めたこと。

40  目をとおす。見返してみる。閲覧。

41 書史 書籍。王朝正史、史記、四庫全書など。

42 浩 ものの多い形容。

43 陳跡 むかしの人の行った事跡。《莊子·天運第十四》“老子曰:「幸矣,子之不遇治世之君也!夫六經,先王之陳跡也,豈其所以跡哉!”(老子曰く「幸いなるかな,子の治世の君に遇わざる也!夫れ六經は,先王の陳跡なり,豈に其れ跡する所以ならんや!あなたが名君に遭わなかったのは、幸せでした。六經は先王の残した迹です。どうして迹の出る元のものでありましょう。

44 戚嗜 下品な好み。

45 貴献 食い入へのささげもの。この「餞嗜非貴献」とは、自分ですきだからといっても、つまらないもので、立派な人に献納できる与ったものではない、

46 丈夫 一人前のおとこ。男たるものというほどの意味。人間のおとなの身のたけが、むかしのものさしで一丈だったからだという。

47 意有在 考えが一つのしっかりしたものを持っているということで初めて存在意義があるということ。


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韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】

 

 

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杜甫詩(7)759年秦州詩 66

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806
-17 巻一 14-11 秋懷詩,十一首之十一Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7626
(霜中の菊と張を見て、たとえ、死に至るも變せず、おのが操守は、決して柾げないという意を述べる。)

菊は霜中に咲き出でて、その色香は、鮮鮮として居る。もとより時候が遅いとにこれほどには、別段、必要もないのだが、かくばかり顔よき色をなして居る。その菊の芳香に戯れて居る蝶は、揚揚として、さも得意げであるが、これも時節に遅れ、その君らの命もやはりせまっているのである。天命窮まれるも、なお且つ、自己の節を忘れねといふのは、丁度こんなものであろう。今しも、西風吹き起り、龍蛇は地中に蟄し、多くの木木は、日ごとに乾燥し、凋み皆枯れていくのである。そして、菊も、蝶も、その命分に従って、ここに出てきたのが由来で、たとひ遠からず亡びてしまうにしても、そんな事は、どうでも宜しいのであり、わが志を守っていきてゆくことは、死するもなお變せざるもので、恰も此通りである。

 

 

806

秋懷詩,十一首之十一

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7662

017

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (11)

 

年:806年貞元22 39-12

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之十一

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

 

秋懷詩,十一首之十一

(霜中の菊と張を見て、たとえ、死に至るも變せず、おのが操守は、決して柾げないという意を述べる。)

鮮鮮霜中菊,既晚何用好。

菊は霜中に咲き出でて、その色香は、鮮鮮として居る。もとより時候が遅いとにこれほどには、別段、必要もないのだが、かくばかり顔よき色をなして居る。

揚揚弄芳蝶,爾生還不早。

その菊の芳香に戯れて居る蝶は、揚揚として、さも得意げであるが、これも時節に遅れ、その君らの命もやはりせまっているのである。

運窮兩遇,婉孌死相保。

天命窮まれるも、なお且つ、自己の節を忘れねといふのは、丁度こんなものであろう。

西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。

今しも、西風吹き起り、龍蛇は地中に蟄し、多くの木木は、日ごとに乾燥し、凋み皆枯れていくのである。

由來命分爾,泯滅豈足道。

そして、菊も、蝶も、その命分に従って、ここに出てきたのが由来で、たとひ遠からず亡びてしまうにしても、そんな事は、どうでも宜しいのであり、わが志を守っていきてゆくことは、死するもなお變せざるもので、恰も此通りである。

11         

(秋懷詩,十一首の十一)

鮮鮮たり霜中の菊,既に晚れて何ぞ好きことを用いん。

揚揚たり芳を弄する蝶,爾生還た早からず。

運窮まれるもの両つながらい遇い、婉孌として死ぬまでに相い保つ。

西風は龍蛇を蟄し,眾木は日びに凋槁す。

由来 命分爾り、泥滅 豈道うに足らんや。

 

 

 

『秋懐詩十一首』(十一) 現代語訳と訳註

(本文) 11   

鮮鮮霜中菊,既晚何用好。揚揚弄芳蝶,爾生還不早。

運窮兩遇,婉孌死相保。西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。

由來命分爾,泯滅豈足道。

 

 

(下し文)

鮮鮮たり霜中の菊,既に晚れて何ぞ好きことを用いん。

揚揚たり芳を弄する蝶,爾生還た早からず。

運窮まれるもの両つながらい遇い、婉孌として死ぬまでに相い保つ。

西風は龍蛇を蟄し,眾木は日びに凋槁す。

由来 命分爾り、泥滅 豈道うに足らんや。

 

 

(現代語訳)

秋懷詩,十一首之十一(霜中の菊と張を見て、たとえ、死に至るも變せず、おのが操守は、決して柾げないという意を述べる。)

菊は霜中に咲き出でて、その色香は、鮮鮮として居る。もとより時候が遅いとにこれほどには、別段、必要もないのだが、かくばかり顔よき色をなして居る。

その菊の芳香に戯れて居る蝶は、揚揚として、さも得意げであるが、これも時節に遅れ、その君らの命もやはりせまっているのである。

天命窮まれるも、なお且つ、自己の節を忘れねといふのは、丁度こんなものであろう。今しも、西風吹き起り、龍蛇は地中に蟄し、多くの木木は、日ごとに乾燥し、凋み皆枯れていくのである。

そして、菊も、蝶も、その命分に従って、ここに出てきたのが由来で、たとひ遠からず亡びてしまうにしても、そんな事は、どうでも宜しいのであり、わが志を守っていきてゆくことは、死するもなお變せざるもので、恰も此通りである。

 

(訳注) 11  

秋懷詩,十一首之十一 

(霜中の菊と張を見て、たとえ、死に至るも變せず、おのが操守は、決して柾げないという意を述べる。)

 

鮮鮮霜中菊,既晚何用好。

菊は霜中に咲き出でて、その色香は、鮮鮮として居る。もとより時候が遅いとにこれほどには、別段、必要もないのだが、かくばかり顔よき色をなして居る。

178 鮮鮮 新誓言。

179  既は、そのことが既定のことになっていること差す遠は、季節がすでに遅いこと。

180 何用 どうしてその必要があろうか。反語「その必要ががない」ということ。

 

揚揚弄芳蝶,爾生還不早。

その菊の芳香に戯れて居る蝶は、揚揚として、さも得意げであるが、これも時節に遅れ、その君らの命もやはりせまっているのである。

181 揚揚 のびのびとして威勢のよいさま。ひらひらと飛ぶ。

182 芳 はなの香晋。

183 還 やはり遥かと比べる気持ちを含む助辞。

 

運窮兩遇,婉孌死相保。

その運の窮まれる時にあたって、菊と蝶とはおのおの婉婪として、一は顔よき色に咲き出で、一は優しい香を懐かしんで、死に至るまで、相互に保って決して離れないのである。

184 運窮 運は、時のめぐり合わせ。運窮は、菊と蝶の二つが、寒くなるので生きるべき時節のおしせまっていること。

185 両値遇 両は、菊と蝶とその二つがめぐりあう。

婉孌 親しみ絡み合うさま。

 

西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。

天命窮まれるも、なお且つ、自己の節を忘れねといふのは、丁度こんなものであろう。今しも、西風吹き起り、龍蛇は地中に蟄し、多くの木木は、日ごとに乾燥し、凋み皆枯れていくのである。

186 西風 西は、五行説によれば金に属し、秋も金に属する。西風は、西域からのもので秋風をいう。

五行       木 火 土 金 水

五色  青 紅 黄 白 玄

   (緑)     (黒)

五方  東 南 中 西 北

五時       春 夏 土用 秋 冬


187
 蟄竃蛇 蟄は、虫が冬眠すること。竜も蛇も、虫のうちである。

188 日 日に日に。

189 凋槁 凋も槁も、枯れること。

 

由來命分爾,泯滅豈足道。

そして、菊も、蝶も、その命分に従って、ここに出てきたのが由来で、たとひ遠からず亡びてしまうにしても、そんな事は、どうでも宜しいのであり、わが志を守っていきてゆくことは、死するもなお變せざるもので、恰も此通りである。

190. 由来 もとから。

191. 命分 命は、天命。分は、自分に与えられた分け前。

192. 泯滅 ほろびてなくなる。

193. 道 言う。

806年-16 巻一 14-10-#2 秋懷詩,十一首之十Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7656

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806

秋懷詩,十一首之十 -#1

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016

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (10)-#2

 

 

 

作時年:

806

元和元年

39 

全唐詩

卷三三六

文體:

五言古詩

韓昌黎集

巻一 14-10

 

詩題:

秋懷詩,十一首之十 -#2

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

  

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

 

 

秋懷詩,十一首之十 #1

(これこそがおのが志すところへ一直線に進むことを述べる)

暮暗來客去,群囂各收聲。

日が暮れて暗くなってくると、今までいた来客も辞して去って行く、そうして、さまざまのさわがしさはそれぞれの者たちが声をひそめることで収まっていく。

悠悠偃宵寂,斖斖抱秋明。

そこで、悠々として、夜るの清寂の中に体を伸ばして横になり、こころは、亹亹として、秋の澄んでいて、さわやかに月の光の明るく聡明さを心に抱いているのである。

世累忽進慮,外憂遂侵誠。

ひとり、色色の事を考へると、世間の俗累は、忽ち自己の思慮の中に進入し、外部の憂いは、誠心を侵害するもので、余ほどしっかりした意思を持っておらないというと、世累や外憂のために次第に本心を失うようになる。

2

強懷張不滿,弱念缺已盈。

そこで、強固なる懐抱を十分に張って居ようと思っても、いまだじゅうぶんにはならず、薄弱なる念慮は、かけてゆくかと思って居ると、やがて反対に胸に一ぱいになる。

詰屈避語阱,冥茫觸心兵。

されば、窮屈にして自ら志を枉げ、言語上の落し穴を避けて、人に恵まれぬようにし、冥茫の中に在って、心の兵器を礪ぎすまし、少しもたゆまぬようにしたいとおもうことなのである。

敗虞千金棄,得比寸草榮。

しかし、それでは、世間を渡り行く時に、得るところ少くして失うところ多く、なかなか、うまくは行かないので、失敗した時には、千金を地上に棄てたと同じく、たまたま一つ勝ち得たことがあつても、名も知らぬ小さな草が花を開いたやうなものである。

知恥足為勇,晏然誰汝令。

但だ、恥を知るといふ一念だけが残って居れば、如何なる世累や、外憂が侵入してきても、勇気を鼓舞して之と戦って行くことができるので、晏然としで、誰の指図をも受けず、自ら守って、独立特行することもできるのである。

 

(秋懷詩,十一首の十) #1

暮暗に來客去り,群囂【ぐんがく】各の聲を收む。

悠悠として宵の寂けきに偃し,亹亹【びび】として秋明を抱く。

世累【せるい】忽として慮に進み,外憂【がいゆう】遂に誠を侵す。

2

懷を強くして張れど滿たされず,念を弱くして缺けれど已に盈ちたり。

詰屈【きつくつ】として語阱【ごせい】を避け,冥茫【めいぼう】として心兵に觸【ふ】る。

敗れて虞う 千金を棄てむことを,比れを得るは寸草の榮。

恥を知るは勇を為すに足れり,晏然たり 誰か汝を令せん。

 

『秋懷詩,十一首之十』現代語訳と訳註解説
(
本文)

2

強懷張不滿,弱念缺已盈。

詰屈避語,冥茫觸心兵。

敗虞千金棄,得比寸草榮。

知恥足為勇,晏然誰汝令。

(下し文)
2

懷を強くして張れど滿たされず,念を弱くして缺けれど已に盈ちたり。

詰屈【きつくつ】として語【ごせい】を避け,冥茫【めいぼう】として心兵に觸【ふ】る。

敗れて虞う 千金を棄てむことを,比れを得るは寸草の榮。

恥を知るは勇を為すに足れり,晏然たり 誰か汝を令せん。

(現代語訳)
2

そこで、強固なる懐抱を十分に張って居ようと思っても、いまだじゅうぶんにはならず、薄弱なる念慮は、かけてゆくかと思って居ると、やがて反対に胸に一ぱいになる。

されば、窮屈にして自ら志を枉げ、言語上の落し穴を避けて、人に恵まれぬようにし、冥茫の中に在って、心の兵器を礪ぎすまし、少しもたゆまぬようにしたいとおもうことなのである。

しかし、それでは、世間を渡り行く時に、得るところ少くして失うところ多く、なかなか、うまくは行かないので、失敗した時には、千金を地上に棄てたと同じく、たまたま一つ勝ち得たことがあつても、名も知らぬ小さな草が花を開いたやうなものである。

但だ、恥を知るといふ一念だけが残って居れば、如何なる世累や、外憂が侵入してきても、勇気を鼓舞して之と戦って行くことができるので、晏然としで、誰の指図をも受けず、自ら守って、独立特行することもできるのである。


(訳注) 2

秋懷詩,十一首之十 2

(これこそがおのが志すところへ一直線に進むことを述べる)

 

強懷張不滿,弱念缺已盈。

そこで、強固なる懐抱を十分に張って居ようと思っても、いまだじゅうぶんにはならず、薄弱なる念慮は、かけてゆくかと思って居ると、やがて反対に胸に一ぱいになる。

169 強懷 強く思う気持ち。

170 張 緊張させようとする。

 

詰屈避語阱,冥茫觸心兵。

されば、窮屈にして自ら志を枉げ、言語上の落し穴を避けて、人に恵まれぬようにし、冥茫の中に在って、心の兵器を礪ぎすまし、少しもたゆまぬようにしたいとおもうことなのである。

171 詰屈 ぎくしゃくとまがりくねっているさま。

172 語阱 言葉の落とし穴。

173 冥茫 ぼんやりとりとめなく広いさま。

・心兵 兵は、武器。心の刃。

 

敗虞千金棄,得比寸草榮。

しかし、それでは、世間を渡り行く時に、得るところ少くして失うところ多く、なかなか、うまくは行かないので、失敗した時には、千金を地上に棄てたと同じく、たまたま一つ勝ち得たことがあつても、名も知らぬ小さな草が花を開いたやうなものである。

174 敗虞千金弄 危険にぶつかれば、本質的でないものは、一見貴重に見えるものでも棄てさらねはならぬ。『荘子』山木篇、「林回棄千金之璧,負赤子而趨。或曰:‘為其布與?赤子之布寡矣;為其累與?赤子之累多矣。棄千金之璧,負赤子而趨,何也?’林回曰:‘彼以利合,此以天屬也。’夫以利合者,迫窮齷己.君子之交淡若水,小人之交甘若醴。君子淡以親,小人甘以。彼無故以合者,則無故以離。」

「林回、千金の壁を棄て、赤子を負ひて趨る。或人目く「……何ぞや」林回目く「彼は利を以て合ふ。此は天を以て属せり。夫れ利を以て合ふ者は窮禍患害に迫って相乗つ。天を以て属する者は窮禍患害に迫って相収む。……且つ君子の交は淡くして水の若し、小人の交は甘くして酸の若し。君子は淡くして以て親し。小人は甘くして以て絶ゆ。彼の故無くして以て合ふ者は則ち故無くして以て離る」と見える。

175 寸草栄 栄は、草のはなが咲き誇る。

 

知恥足為勇,晏然誰汝令。

但だ、恥を知るといふ一念だけが残って居れば、如何なる世累や、外憂が侵入してきても、勇気を鼓舞して之と戦って行くことができるので、晏然としで、誰の指図をも受けず、自ら守って、独立特行することもできるのである。

176 知恥 『礼記』の中庸に、「恥を知るは勇に近し」 の語がみえる。

177 晏然 やすらぐさま。

 

 

   巻一 14-11 《秋懷詩,十一首》【字解集】 

806年-15 巻一 14-10-#1 秋懷詩,十一首之十Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7650

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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806
-15 巻一 14-10-#1 秋懷詩,十一首之十Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7650

秋懷詩,十一首之十 #1(これこそがおのが志すところへ一直線に進むことを述べる)

日が暮れて暗くなってくると、今までいた来客も辞して去って行く、そうして、さまざまのさわがしさはそれぞれの者たちが声をひそめることで収まっていく。

そこで、悠々として、夜るの清寂の中に体を伸ばして横になり、こころは、亹亹として、秋の澄んでいて、さわやかに月の光の明るく聡明さを心に抱いているのである。

ひとり、色色の事を考へると、世間の俗累は、忽ち自己の思慮の中に進入し、外部の憂いは、誠心を侵害するもので、余ほどしっかりした意思を持っておらないというと、世累や外憂のために次第に本心を失うやうになる。

 

 

 

 

 

806

秋懷詩,十一首之十 -#1

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015

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (10)

 

 

 

作時年:

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文體:

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序文

 

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秋懷詩,十一首之十 #1

(これこそがおのが志すところへ一直線に進むことを述べる)

暮暗來客去,群囂各收聲。

日が暮れて暗くなってくると、今までいた来客も辞して去って行く、そうして、さまざまのさわがしさはそれぞれの者たちが声をひそめることで収まっていく。

悠悠偃宵寂,斖斖抱秋明。

そこで、悠々として、夜るの清寂の中に体を伸ばして横になり、こころは、亹亹として、秋の澄んでいて、さわやかに月の光の明るく聡明さを心に抱いているのである。

世累忽進慮,外憂遂侵誠。

ひとり、色色の事を考へると、世間の俗累は、忽ち自己の思慮の中に進入し、外部の憂いは、誠心を侵害するもので、余ほどしっかりした意思を持っておらないというと、世累や外憂のために次第に本心を失うやうになる。

 

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806年-14 巻一 14-9-#2 秋懷詩,十一首之九 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7644

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】

 

 

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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●魚玄機全詩

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806
-14 巻一 14-9-#2 秋懷詩,十一首之九 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7644

 

秋懷詩,十一首之九#2   

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。

806

秋懷詩,十一首之九   -#2

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014

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (9)

 

 

 

 

作時年:

806

元和元年

39 

全唐詩

卷三三六

文體:

五言古詩

韓昌黎集

巻一 14-9-#2

 

詩題:

秋懷詩,十一首之九   -#2

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

  

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

空階一片下,琤若摧琅玕。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

#2

青冥無依倚,飛轍危難安。

月はもはや青冥の天上にかかっているが、元より倚るところなく、深夜の空に、月御の飛んで行く軌道は危うくて安定しないのであろうかということで、もしかしたら落ちたのかと思った次第だ。

驚起出視,倚楹久汍瀾。

ともかく、驚き思わずすっと立ち上がり、扉を開けて外に出てみると、月は落ちていなかったが、入り口の大黒柱に寄りかかったままで、涙を長いあいだ汍瀾と流すのを禁じえなかったのである。

憂愁費晷景,日月如跳丸。

そもそも吾一生は、憂愁の中にあって、年月を送っているが、日月は、人が何と言おうと頓着しないし、先の心配事もどうにかなろうと思うし、太陽と月は丸の回るように転がってゆくようなものである。

迷復不計遠,為君駐塵鞍。

そんなことで、桐の大きな葉がおちたのを月が落ちたの間違えたのであったが、たとえ迷ったとしても正しい道に復帰しょうとするならそれは遠いはるかな計画ではないのだ。そのためにはわたしは門下の君たちに馬鹿げたことに左右されることの無いように、心がけてゆかねばならないとしたところである。

(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆葉 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】を摧【くだ】くが若し。

謂【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。

#2

青冥に依り倚ること無く、飛轍【ひてつ】危うして安んじ難かるらし。

驚き起きて戸を出でて視て、楹【えい】に倚りて久しく汍瀾【がんらん】たり。

憂愁 晷景【きけい】を費し、日月 跳丸【ちょうがん】の如し。

迷復【めいふく】遠きを計らず、君が爲に塵鞍【じんあん】を駐【とど】めむ。

 


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806年-13 巻一 14-9-#1秋懷詩,十一首之九Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7638

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

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806
-13 巻一 14-9-#1秋懷詩,十一首之九Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7638

 

秋懷詩,十一首之九#1  (悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけtr鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

806

秋懷詩,十一首之九  -#1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7638

013

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (9)

 

 

作時年:

806

元和元年

39 

全唐詩

卷三三六

文體:

五言古詩

韓昌黎集

巻一 14-9-#1

 

詩題:

秋懷詩,十一首之九  -#1

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

  

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

秋懷詩,十一首之九#1

(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

空階一片下,琤若摧琅玕。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

#2

青冥無依倚,飛轍危難安。

驚起出視,倚楹久汍瀾。

憂愁費晷景,日月如跳丸。

迷復不計遠,為君駐塵鞍。

 


 

(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆葉 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】を摧【くだ】くが若し。

謂【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。

#2

青冥に依り倚ること無く、飛轍【ひてつ】危うして安んじ難かるらし。

驚き起きて戸を出でて視て、楹【えい】に倚りて久しく汍瀾【がんらん】たり。

憂愁 晷景【きけい】を費し、日月 跳丸【ちょうがん】の如し。

迷復【めいふく】遠きを計らず、君が爲に塵鞍【じんあん】を駐【とど】めむ。

 

 

『秋懷詩,十一首之九』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之九#1

霜風侵梧桐,葉著樹乾。

空階一片下,琤若摧琅玕。

謂是夜氣滅,望舒霣其團。

(下し文)
(秋懷詩,十一首の九)#1

霜風【そうふう】梧桐【こどう】を侵【おか】し、衆葉 樹に著きて乾く。

空なる階【きざはし】に一片下り、琤【そう】として琅玕【りょうかん】を摧【くだ】くが若し。

謂【おも】えらく是れ夜気の滅えて、望舒【ぼうじょ】其の団を霣【お】とせるかと。


(現代語訳)
秋懷詩,十一首之九#1(悲愁の秋、自然の衰え行く中、悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

霜が降り秋風は冷たく、あれだけ茂っていた梧桐の木々を侵してくる、たくさんの葉は木にくっついたまま黄葉し、乾燥して枯れてきはじめる。

やがて、紅葉した葉は、一片一片、空階に舞い落ちるが、そのおとは、ちりんと琅玕の玉があたってくだけて鳴る音が静寂の中では、まるで青々とした美しい竹を割裂くような響きに聞こえてくる。

するとそのうちの落ちた大きな葉が、今までれり射していた月がその葉にさえぎられて、暗く見えてしまい、清昌成る夜の気配がなくなっているのであろうし、月の御者の女神がその團扇であった姿を大地に落としたのではないかと思われたのである。

Nature1-003

 

 

 

   巻一 14-11 《秋懷詩,十一首》【字解集】 

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806年-12 巻一 14-8-#2 秋懷詩,十一首之八Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7632

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韓愈詩-韓愈137-#2 秋懷詩十一首之 八  #2  

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

 

806

秋懷詩,十一首之八-2

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7632

011

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (9)

 

 

 

 

作時年:

806

元和元年

39 

全唐詩

卷三三六

文體:

五言古詩

韓昌黎集

巻一 14-8-#1

 

詩題:

秋懷詩,十一首之八

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

  

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

 

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。

 

天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

(秋の懐の詩) の一
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

 
#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

年:806年貞元2239-9)#1

卷別:  卷三三六        文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之八

作地點:       長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

 

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

作者非今士,相去時已遷。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

其言有感觸,使我復悽酸。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

願謂汝童子,置書且安眠。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

丈夫屬有念,事業無窮年。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

(秋の懐の詩) の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

 

 

『懷詩,十一首之八』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

作者非今士,相去時已遷。

其言有感觸,使我復悽酸。

願謂汝童子,置書且安眠。

丈夫屬有念,事業無窮年。

(下し文)
#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

(現代語訳)
#2

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。


(訳注)

#2

退坐西壁下,讀詩盡數編。

相変わらずつくねんとしていたら、童僕は手持ち無沙汰で反対側の西壁の下までひき下がって、かって教えてやった詩の本をとりだして、その場で数編の詩をおわりまで読んだ。

135 退坐 自分の席につく。

 

作者非今士,相去時已千。

その詩の作者は今の人ではなく、今からはもう千年も前の人のものである。

136 相去 作者の時代と現在とのへだたり。

137 千 千年。

 

其言有感觸,使我複淒酸。

その詩の文句はわたしの心に感触をあたえ、わたしをまた傷み悲しませる苦い思いのものである。

138 感触 感動させる。

139 淒酸 にがいおもい.

 

顧謂汝童子,置書且安眠。

そこで、わたしはふりかえって「おい童僕の君、夜が更けて来るから、書物はやめにしてひとまずゆっくり寝たまえ。」といって、せっかくの勉強をやめさせてしまった。

140 顆謂 童子をふりかえっていう。このあと、安眠せよ、までが、そのことば。

 

丈夫屬有念,事業無窮年。

丈夫、男子たるものとして、ひとたびやろうとしたこと、実行した事業というものは、永劫の生命を持つものである。だから、古人の詩が自分に触動し、千年も隔ててもなお、相かんずるものであるから、男の仕事には何年とかいう限りがないもので、終わることのないものであるということを改めて思うところである。

141 属 たまたまその時。

142 事業 仕事。

143 窮 おわる。

 

   巻一 14-11 《秋懷詩,十一首》【字解集】 

806年-11 巻一 14-8 秋懷詩,十一首之八Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7626

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くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

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秋懷詩,十一首之八

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806年元和元年39   (8)

 

 

作時年:

806

元和元年

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巻一 14-8-#1

 

詩題:

秋懷詩,十一首之八

序文

 

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交遊人物:

 

 

 

 

終南山05 

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

#2 

退坐西壁下,讀詩盡數編。

作者非今士,相去時已遷。

其言有感觸,使我復悽酸。

願謂汝童子,置書且安眠。

丈夫屬有念,事業無窮年。

(秋の懐の詩) の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

#2

退いて西壁の下に坐し,詩を讀んで數編を盡す。

作者 今の士に非ず,相い去ること時已に千なり。

其の言 感じ觸れしむる有りと,我をして複た淒酸たらしむ。

顧りみて謂う汝童子,書を置きて且つ安眠せよ。

丈夫 屬【たまた】ま念有り,事業は窮まる年無し。

長安皇城宮城00 

 

『懷詩,十一首之八』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩十一首之 八  #1

卷卷落地葉,隨風走前軒。

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

空堂黃昏暮,我坐默不言。

童子自外至,吹燈當我前。

問我我不應,饋我我不餐。

(下し文)
(秋の懐の詩)の八

卷卷たり地に葉を落し,風に隨いて軒を前に走る。

鳴聲して意有るが若く,顛倒して相い追奔す。

空堂 黃昏の暮れ,我坐して默して言わず。

童子 外より至り,燈を吹いて我が前に當る。

我れに問えども我に應えず,我に饋【すす】むれど我れ餐せず。

(現代語訳)
秋懷詩十一首之 八  #1(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

京兆地域図002
(訳注)

秋懷詩十一首之 八  #1

(秋の日に悠々自適の生活は、一人寝て、覚めても読書をし、又臥せるもので、この生活はきっと長く続いていくことであろう)

122. 〔八〕の【解説】 落葉に因って興を起して、第一首と呼応し、そして、平生の志の宏遠にして古人と軌を同じうし、到底、時人の窺ひ知るることのできないことを公言したので、まことに、その抱負の大を見るべきものである。劉辰翁は「耿耿として目前に在るが如し、荊公の拗書還少年は、かくの如く暢ならず」といい、李光地は「言ふは、古人の詩を誦して、古人と相感ず、黙然安寝して無窮の業に志す、詩に謂はゆる獨寐寤宿、永矢弗告なるものか」といった。《詩經、衛風·考槃》.「考槃在陸,碩人之軸。獨寐寤宿,永矢弗告。」(考槃陸に在り,碩人の軸なる。獨り寐ね寤めて宿す、永く矢って告げじ山中を陸の上を一人歩いて暮らす。長閑に暮らす賢人は一人寝ね、覚めてもなお臥す。この楽しみを誓って長く人々に告げずに身を終えることであろう。

 

卷卷落地葉,隨風走前軒。

くるくると葉が舞い、地に落ちている、風がおもうままに軒端のさきを走りぬけて行く。

123. 巻巻 くるくる。

124. 隨風 風のふくままに。

125. 前軒 軒端のさき。

 

鳴聲若有意,顛倒相追奔。

風の吹き叫び、鳴く声はまさに意志を持っているかのようである、そしてひっくりかえし次々におっかけて行く、書史の研究で書を読むと同じように頁を追ったり戻ったりするのである。

126. 鳴声 なる音。

127. 顛倒 ひっくりかえる。

128. 追奔 おいかける。

 

空堂黃昏暮,我坐默不言。

いま、人気のない座敷をつつむ黄昏どきになろうとしている、わたしは腰かけたままで、ただ、だまってなにもいわなず落葉を見、風の音を聞いている。

129. 空堂 人けのない部屋。

130. 黄嘗 たそがれ。唇は昏と同じ。

 

童子自外至,吹燈當我前。

すると、召使のわらべが門外からはいって来て、灯をつけてくれてわたしの前に進み出て來る。

131. 童子 めしつかい。中国の士人は身の回りの用をたすために、少年や少女を使っていた。

132. 吹燈 あかりをつけること。

133. 当 対する。

 

問我我不應,饋我我不餐。

わたしに「如何なされたか」と問いかけたがわたしは答えない、わたしに食事を持って来たがわたしは食べようとはしなかったのである。

134. 饋 食事をすすめる。

806年-10 巻一 14-7-#2 秋懷詩,十一首之七Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7620

806-10 巻一 14-7-#2 秋懷詩,十一首之七Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7620

 

韓愈詩-韓愈136-2秋懷詩十一首之 七  #2  この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

806

秋懷詩,十一首之七

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7620

010

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (7)-#2

 

 

        
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秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

年:806年貞元2239-7

卷別:  卷三三六       文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之六

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

 

 

年:806年貞元2239-8

卷別:  卷三三六       文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之七

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

有如乘風船,一縱不可纜。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

豈必求贏餘,所要石與

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

 

(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ。

 

 

 

『秋懷詩,十一首之七』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

有如乘風船,一縱不可纜。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

豈必求贏餘,所要石與

(下し文)
#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ。

(現代語訳)
#2

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。


(訳注) #2

秋懷詩,十一首之七  #2

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

 

古聲久埋滅,無由見真濫。

この太古のもののような琴の音色は久しく埋没されたり消滅して伝わってこなかったもので、真の音なのか、濫れた音なのか、それを判別する人がいないのである。

108 埋滅 埋没されたり消滅したりしている

109 見 みわける。

110. 真濫 ほんとうのものと、にせもの.

 

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

それで、しかたがないから、心を低くし、志を枉げて、時人の耳に入るようにしようと思ったのであるが、自分の本性にかなわぬことは仕方がないのであり、付け焼刃のような苦しい勉強をいかにしたとしても、出来るのはただほんの暫らくの間に過ぎないということで、やはり元に戻ってしまうということである。

111. 低心 高い心をひくめる.

112. 逐 おいかける。妥協する。

113. 時趨 時代の趨勢。流行。

114. 祗能暫 しばらく我慢できただけだ.

 

有如乘風船,一縱不可纜。

これを例えるなら、向かい風に船を出しても、風に逆らって少しは上るかもしれないが、、風に吹き返されると、もう二度と友綱をつけて元のところに係留することさえできなくなるというものである。

115. 乗風船 帆に風をうけた船。

116. 一縱 いったん艫綱をといたら。

 

不如覷文字,丹鉛事點勘。

だから、そんなときは、自分の本性に逆らわずに、ともかく、書物を紐解き、文字をながめて、朱筆をもって、添削圏点を施したり、校正をかきいれたりして、ちいさなたのしみをしているにこしたことはないのである。

117. 覷 のぞく。みる。

118. 丹鉛 朱と胡粉。朱は書きこみに用い、胡粉は訂正するために使う。鉛は、むかしこれで木の板に文字を書いた。特にノートするようなときに用いられたようである。

119. 点勘 テキストの校訂をする。点も勘も、しらべること。

 

豈必求贏餘,所要石與

しかし、それで餓死するわけにもいかないし、それに俸禄に余分があるわけでも、多くを求めてるわけでもない、必要なのはごく少しばかりの俸禄があればよいということで、書史の研究ができればよいということなのだ。

120. 贏余 余分。

121. 石与 石は十斗。は二十斗だといわれる。わずかの俸給をさす。

806年-009-#1 巻一 14-7-#1 秋懷詩,十一首之七Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7614

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韓愈詩-韓愈136 秋懷詩十一首之 七  #1

秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

806

秋懷詩,十一首之七

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009

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (7)

 

 
                                                                                      

        
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 index-5 806年39歳(2)25首index-6 807~809年 20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳57首index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首 
 index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 國子祭酒18首index-13 821年~822年 22首index-14 57歳・病気のため退職。没す14首韓愈 哲学・儒学「五原」孟郊 
        
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 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
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作時年:

806

元和元年

39 

全唐詩

卷三三六

文體:

五言古詩

韓昌黎集

巻一 14-7-#1

 

詩題:

秋懷詩,十一首之七

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

  

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

 

 

年:806年貞元2239-8

卷別:  卷三三六       文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之七

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

#2

古聲久埋滅,無由見真濫。

低心逐時趨,苦勉祗能暫。

有如乘風船,一縱不可纜。

不如覷文字,丹鉛事點勘。

豈必求贏餘,所要石與

 

(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

#2

古聾は久しく埋滅し、真濫【しんかん】を見るに由無し。

心を低くして時の趨くを逐ひ、苦しみ勉むるも紙だ暫くを能くするのみ。

風に乗る船の一たび縱【はな】てば纜【つな】ぐ可からざるが如き有り。

如かず 文字を覷て、丹鉛もて點勘を事とせむには。

豈に必ずしも贏餘を求めむや、要むる所は石ととのみ。

 

葭 あし001 

 

『秋懷詩,十一首之七』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之七  #1

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

我無汲汲志,何以有此憾。

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

有琴具徽絃,再鼓聽愈淡。

(下し文)
(秋懷詩十一首の七) #1

秋夜は晨となる可からず、秋日は苦だ暗れ易し。

我に汲汲の志無し、何を以てか此の憾有る。

寒雞 空しく棲に在り、缺月【けつげつ】屢【しばし】ば瞰【み】ることを煩はす。

琴有り 徽弦【きげん】を具【そな】ふ、再び鼓いて聴けば愈よ淡し。

(現代語訳)
秋懷詩,十一首之七  #1(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

終南山01
(訳注)

秋懷詩,十一首之七  #1

(この篇の大意は、おのが志嚮と時勢とは互に背馳して、もとより相容れねが、食はすに居られぬ上は、いささか時勢と調和せねばならぬといふことに就いて、感慨を起したものである。)

 

秋夜不可晨,秋日苦易暗。

秋の夜は、長くていつまでも夜が明けないが、それと反対に、秋の日はすぐ影が長くなり、そして、すぐに暗くなりやすいのである。

98 不可晨 なかなか夜明けとならない。

 

我無汲汲志,何以有此憾。

もちろん、そのつもりで、あかるいうちにせっせと励んで仕事をしようという十分な了見でいるのであるが、ひがみじかいのでしごとにならない、というのも自分は一心に書史を研究しているから残念でたまらないのである。

99 汲汲 休まず勉めるさま。せっせせっせというほどの意。

100 此憾 秋の夜のあけがたく、秋の日のくれやすいこと。つまり勉める時間の少ないこと。

 

寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。

それに朝は凍えそうであり、夕方には寒雞はねぐらに帰り、ぼやぼやしていると軒端から、二十日月が見下ろす頃になる。

101 寒雞 さむそうな姿のにわとり。

102 棲 ねぐら。『詩経』王風の君子于役「君子于役、不知其期、曷至哉 雞棲於塒羊牛下來。」(君子役に于【ゆ】く、其の期を知らず、 曷(いつ)か至らんや. 塒(ねぐら)に棲む 日之夕矣 日の夕べ 羊牛下り來り雞は塒に棲り、日は夕べとなり、羊と牛とは下り来る。)の句がみえる。

103 欠月 かけた月。満月から次第にかけていく月で別れることの象徴で気になるということから、二十日月をいう。

104 煩屢瞰 見たくもないのにしばしは見なければならない。

 

有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。

夜になって、書史の研究も疲れて、手慣れの琴を取り出して、徽絃を張ってそろえたが、弾けば弾くほどその音色は淡薄で、とても時人の耳には入らないのではないかと思われた。

105 具徽絃 ことじと、こといととを、ちゃんとととのえてある。陶淵明は白木の琴を一張もっていたが、ことじも、いとも、なかった、といわれる。

106 鼓 ひく。ことはつま弾く,鼓くという。

107 淡 音調が淡薄であることをさす。

806年-008 巻一 14-6 秋懷詩,十一首之六Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7608

806-008 巻一 14-6 秋懷詩,十一首之六Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7608

 

 

韓愈詩-韓愈135  秋懷詩十一首之 六

今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

尚須勉其頑,王事有朝請。

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

        
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806

秋懷詩,十一首之

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7608

008

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (6)

 008

作時年:806年貞元2239-6

卷別:  卷三三六       文體:  五言古詩

韓昌黎集 巻一 20

詩題:  秋懷詩,十一首之五

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

年:806年貞元2239-7

卷別:  卷三三六       文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之六

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

 

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

秦嶺山脈終南山 

 

 

『秋懷詩,十一首之六』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩十一首之 六

今晨不成起,端坐盡日景。

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

尚須勉其頑,王事有朝請。

(下し文)
(秋懷詩十一首の六)

今晨【こんしん】起つことを成さず、端坐【たんざ】して日景【じつけい】を尽くす。

虫鳴いて室幽幽【ゆうゆう】たり、月吐いて窗【まど】冏冏【かいかい】たり。

喪しないし懐いは方に迷うが若く、浮【あだ】しき念いは梗【とげ】を含むよりも劇だし。

塵挨【じんあい】伺候【しこう】するに慵【ものう】く、文字 浪【みだり】りに馳騁【ちてい】す

尚お須【すべ】からく其の頑なるを勉むべし、王事には朝請【ちょうせい】有り。

(現代語訳)
秋懷詩十一首之 六 (秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

京兆地域図002
(訳注)

秋懷詩十一首之 六

(秋の日に何もする気になれずそのまま過ごしてしまう、かといって、権門貴戚の方々の門下になる気はなく、自分の思いは、詩文によって縦横に表せる。だから、朝廷に出仕し、怠りなく仕事を合うることを心がけようと述べる)

 

今晨不成起,端坐盡日景。

今朝は自分の部屋から横になったまま起き上がってもいない。そのあときちんと坐わり直したりして、日がな一日うとうとしたりして暮らしてしまったのである。

81 今晨 けさ。晨は、朝。

82 成起ちゃんと起きてしまう。成は、ものごとの完成する意。

83 端坐 きちんとすわる。端は、端正。

84 日景 景は影と同じ。ここでは光りの意。日景とは日光であり、昼のあいだのことをさす。

 

蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。

やがて夜になると虫が鳴いているが部屋の中はきわめて静かで暗くひっそりしている、そして月がすっと出てくると窓はあかるくなる。

85 幽幽 人けなくくらいさま。くらくひっそりしている。

86 月吐 月が山からぬっと出ること。杜甫大歴2年の作で五言律詩『月』の詩にも、「四更山吐月,. 殘夜水明樓。 塵匣元開鏡,. 風簾自上鉤。」(四更山は月を吐き、残夜水は桟に明きらかなり。)とある。

87 冏冏 煌煌、烔烔と同じく、光りのあきらかな形容。

 

喪懷若迷方,浮念劇含梗。

一日思案した挙句、茫然自失、目標を失っていて心はかきくれて道にまよったかのようにぼんやりしている、浮生の一念は、世の中に立つに際して、とかく棘がささったままを我慢しているようで、生きていくのに妨害となるものである。

88 喪懐 心を失しなう。ぼんやりする。

89 迷方 どうしてよいか分からず方向に迷うこと。

90 浮念 とりとめのない考え。

91 含梗 梗は、草木のとげ。したがって含梗は、のどに何かがひかかっていること。とげが刺さって抜けていない状況。

 

塵埃慵伺候,文字浪馳騁。

風塵中に奔走して、権門貴戚の方々にご機嫌伺に出向くことなど自分の好むところではないからする気はない、だから、その代りに詩文、散文を文字に起こすことでもって、自分の胸中の思いを発揮し、縦横に馳騁するのが本望である。

92 塵埃 ちりとほこり。世間のいろいろうるさいことがらを象徴する。くだらない人間関係。

93 伺候 御機嫌うかがいをする。

94 浪 むやみに。やたらに。

95 馳騁 はやく走る。騁は逓。

 

尚須勉其頑,王事有朝請。

それでも、生活方法は改善せねばならぬから、頑然と替えられない自己の主義を、勉めて枉げてでも、毎日出勤し、天子様の御用事を怠ることの無いようにする覚悟はしている。

96 頑 頑固者。ものの道理にくらく片意地をはること。

97 朝請 天子に奉仕すること、すなわち官吏として出勤すること。元来、地方の諸侯が天子の御撥嫌うかがいに都へ来ることで、春のときは朝といい、秋のときは請といった。

806年-007 巻一 14-5 秋懷詩,十一首之五Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7602

806-007 巻一 14-5 秋懷詩,十一首之五Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7602

 

秋懷詩,十一首之五 (秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

806

秋懷詩,十一首之五

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全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (5)


        
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 007

作時年:806年貞元2239-5

卷別:  卷三三六       文體:  五言古詩

韓昌黎集 巻一 19

詩題:  秋懷詩,十一首之五

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:       

交遊人物/地點:

詩文:

 

秋懷詩,十一首之五

(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

 

(秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

 

 

『秋懷詩,十一首之五』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懷詩,十一首之五

離離挂空悲,戚戚抱虛警。

露泫秋樹高,蟲弔寒夜永。

斂退就新懦,趨營悼前猛。

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

名浮猶有恥,味薄真自幸。

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

(下し文)
(
秋懷詩,十一首の五)

離離【りり】として空悲【くうひ】を掛け、戚戚【せきせき】として虛警【きょけい】を抱く。

露は秋樹【しゅうじゅ】の高きを泫【うる】おし、虫は寒夜の永きを弔う。

斂退【れんたい】して新懦【しんだ】に就き、趨営【すうえい】して前猛【ぜんもう】を悼【いた】む。

愚に帰って夷塗【いと】を識り、古を汲んで修綆【しゅうこう】を得たり。

名の浮しきは猶お恥ずること有り、味の薄きは真に自ずから幸いなるなり。

庶幾【こいねが】わくは悔尤【かいゆう】を遺【わす】れて、即ち此こに是れ幽屏【ゆうへい】せん。

(現代語訳)
秋懷詩,十一首之五(秋も深まり朝廷改革の機運も高まりつつあるが、二度と左遷されるのは避けねばならないから、刺激しないところで、表向きには、終南山にでも隠棲したいということにしようと述べる)

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。


(訳注)

秋懷詩,十一首之五

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の五 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

64 【解説】葛立方は「これは陶潜《帰去来辭》、今は是にして昔は非なるを覚ゆるの意、悟るところあるに似たるなり」といい、乾隆御批には「この首、特に見道の言多し」といい、朱竹垞は「かくの如きの琢句、これ謝を尊ぶ、然れども、意は却って謝に此して精探」といい、何義門は「“悼前猛”は、蛟龍を攬するに應じ、“就新懦”は、仍って史書を閲するに歸す」といった。

 

離離掛空悲,戚戚抱虛警。

朝廷が粛清し、藩鎭を討平されるというのがわれらの理想である。今しも、その時であるのだが、実際、実行されるにいたってないのである。されば、離離として、役にも立たぬ悲の念を掛け、又、戚戚として、虚しく自ら警めおそれて居る。

65 離離 心のきれぎれになるさま。この頃まで、朝廷改革の必要性が言われ続けたが、一旦つぶされかけたが、裴度を筆頭に韓愈ら、朝廷改革の機運が高まってきていることを意味する。

66 掛 心にかける。掛心・掛念(心配する)の掛である。

67 空悲 あてどない悲しみ。はっきり悲しむべき対象もないのに何となしに悲しいこと。

68 戚戚 気がかりなさま。

69 虚警 いわれのない警戒心。警戒すべき理由のないのにびくびくすること。いわれなき、陽山に左遷され、二年がかりで長安に戻され、元職の權知国子博士に転任されたところであるから、警戒していることをいう。

 

露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。

秋宵の景色如何とならば、木木は高く聳えて、その上に露が涙を洗したようにうるおい、蟲は長き夜もすがら、悲しい聲を揚げて、われを弔ふが如くである。

70 泫 涙を流すさま。ここでは、蕗が下りていることをいう。謝靈運『從斤竹澗越嶺溪行詩』「猿鳴誠知曙。穀幽光未顯。巌下雲方合。花上露猶泫。逶迤傍隈隩。迢遞陟陘峴。」(猿鳴いて誠に曙【あけぼの】を知り、谷幽にして光未だ顯【あら】われず。巌下に雲 方【まさ】に合し、花上に露猶 泫【したた】る。逶迤【いい】として隈隩【わいおう】に傍【そ】ひ、迢遞【ちょうてい】として陘峴【けいけん】を陟【のぼ】る。)とみえるが、ほとはといえば、《禮記 檀弓》“孔子泫然流涕曰:「吾聞之:古不修墓。」”.に基づく仕様の仕方である。

従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運(康楽) 詩<51#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩446 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1155

 

斂退就新懦,趨營悼前猛。

成る程、あの頃、自分はでしゃばり過ぎたから、これからは万事控えめにしようという考も起って、そのために、新に惰弱な思いを生じて、はじめて書史に親み、世の中に奔走して、名利を求めようとすることが、従前あまり激烈なりしために、世人から斥けられたということも分かった。

71 斂退 ひっこみ退く。さっと退く。

72 新儒 新しい臆病な態度、自分の態度についていう。

73 趨営 あくせく走りまわる。

74 前猛 以前の無鉄砲なはげしさ。新儒とともに自分についていう。

 

歸愚識夷塗,汲古得修綆。

かくて、本来の愚に掃って見ると、初めて世の中にも平たんな路があるということが分かったし、世人と競争せず、自分は、ひとり聖経賢傳を研究してさえいれば、それで善いので、水を汲むには、長い井戸綱を用うると同じく、いにしえを汲むにも、それ相應の方法がある。

愚かさに帰結し、そこに平穏な道のあることを認識する、それはむかしのことを汲み、量るためにふさわしく長いつるべも手に入れたということだ。

75 夷塗 平らかなみち。塗は途と同じ。

76 修綆 修はながい。綆はつるべのなわ。古代のことを知るに適当な方法をさす。修綆という語の源典は莊子の短綆に基づくもので、 《莊子集釋》卷六下〈外篇·至樂〉「孔子曰:「善哉汝問!昔者管子有言,丘甚善之,曰:『褚小者不可以懷大,綆短者不可以汲深。』夫若是者,以為命有所成而形有所適也,夫不可損益。」布袋の小さいものは、大きいものを入れることはできないし、鶴瓶の短いものでは深い井戸では水が汲めない。天が定めるところがあり、携帯にはそれぞれ適切なところがあるものである。

 

名浮猶有恥,味薄真自幸。

世に名利を求めるといふが、それは、到底、實なき浮名に過ぎざれば、本当の学者の恥づるところであって、淡泊無味、面白くもおかしくもない刻下の境涯が、取りも直さず、身を全うする所以であって、自ら幸とすべきものである。

77 名浮 名だけがうわすべりして。実が伴わず名前だけ一人歩きする。

78 味薄 味は、世味。世俗への関心(欲得)の度合い。

 

庶幾遺悔尤,即此是幽屏。

つまりは、後悔の無いやうにし、永く世に遠ざかって、終南山の麓の幽處に屏居して仕舞おうと思うところである。

79 悔尤 後悔やとがめ。悔は、自分の心で悪かったと悔いること。尤は、人が自分の悪い所をとがめること。

80 幽屏 人から見えないところにかくれしりぞく。幽は隠棲する。屏は隠れ家にする。

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806年-006 巻一 14-4 秋懷詩,十一首之四 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7596

806-006 巻一 14-4 秋懷詩,十一首之四 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7596

秋懐詩十一首之四 (悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

 

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秋懷詩,十一首之四

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韓愈詩

-韓愈133

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

歸還書史,文字浩千萬。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

丈夫意有在,女子乃多怨。 

自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。

年:806年貞元2239-5

卷別:  卷三三六       文體:  五言古詩

詩題:  秋懷詩,十一首之四

作地點:        長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:        終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山         

湫水 (京畿道京兆府 萬年)       

交遊人物/地點:

 

秋懐詩十一首之四

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

豈不感時節,耳目去所憎。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

清曉卷書坐,南山見高棱。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

惜哉不得往,豈謂吾無能。
しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

(秋懐詩十一首の四)

秋氣 日びに惻惻とし,秋空 日びに淩淩たり。

上に 枝上の蜩【せみ】無く,下に 盤中の蠅【はえ】無し。

豈に時節に感ぜざらん,耳目して憎き所を去らんとす。

清曉【せいぎょう】書を卷いて坐するに,南山 高棱を見【あらわ】す。

其下 澄湫【ちょうしゅう】の水,蛟 寒に罾すべきもの有り。

惜しい哉 往くことを得ず,豈に吾れ能くする無しと謂はんや。



秋懐詩十一首之四現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋懐詩十一首之四

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

豈不感時節,耳目去所憎。

清曉卷書坐,南山見高棱。

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

惜哉不得往,豈謂吾無能。

(下し文)
(秋懐詩十一首の四)

秋氣 日びに惻惻とし,秋空 日びに淩淩たり。

上に 枝上の蜩【せみ】無く,下に 盤中の蠅【はえ】無し。

豈に時節に感ぜざらん,耳目して憎き所を去らんとす。

清曉【せいぎょう】書を卷いて坐するに,南山 高棱を見【あらわ】す。

其下 澄湫【ちょうしゅう】の水,蛟 寒に罾すべきもの有り。

惜しい哉 往くことを得ず,豈に吾れ能くする無しと謂はんや。


(現代語訳)
秋懐詩十一首之四(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。


(訳注)

秋懐詩十一首之四

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の四 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

51 【解説】前其一、其二では、秋風はじめ至って、落葉したことを云ったが、ここ其四では、秋が次第に深くなって来たというところから筆をおこした。そして、この詩には諷意があるというのが通説である。韓愈《巻一01 元和聖徳詩幷序》で、述べているが、憲宗は、中興の英主を以て嘱望せられ、君側の小人が次第に退けられたので、枝上の蜩、盤中の蝿は、即ち此等の小人に比し、その小人が居なくなったのは、まことに嬉しいといふ意である。それから、蚊は呉元濟などの事をいったので、今の時、兵を進めて征伐したならば、造作なく之を平げることができるというので、当時の賢相たる裴度が先づ上書し、韓愈も同じ意見であったから、続いて上言したところが、それが他の宰相の忌諱に触れて、二人とも一時は失脚したので、自分が此のようになったのは、時が然らしめた、決して、無能のためではないといふ意である。蒋之𧄍は「この詩、亦た爾爾、昔人これを評するものあら、云ふ、十九首と上下すべくして、気復た之に過ぎたりと。吾が解せざるところ。唐汝詢日く、これ謂へらく、憲宗の世、朝政漸く肅、宜しく不廷を討ずべく、しかも、己れ権なし、故に是嘆ありと。然れども、自ら任ずる、亦た浅からす」といい、ほぼ肯綮に中っている。また、乾隆御批には「用意、同谷六歌と同じ」とある。これは、杜甫の集に《巻八44 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六》の表現を借りている。

杜甫 《巻八44 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六》 
南有龍兮在山湫,古木巃枝相樛。
木葉黃落龍正蟄,蝮蛇東來水上游。
我行怪此安敢出,拔劍欲斬且複休。』
嗚呼六歌兮歌思遲,溪壑為我回春姿。』

(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
南に竜有り 山湫に在り、古木 巃
 枝 相膠す。
木葉 黄落し 竜正に蟄す、蝮蛇 東来し 水上に沸す。
我行いて此を怪しむ安んぞ敢て出でん、剣を抜き斬らんと欲して且つ復た休す。』
鳴呼 六歌す 歌思遅し、渓壑 我が為めに春姿を廻えさん。』

(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
ここの南方の山に竜がいる。そこは「窪地」で湿地になっているところだ。古木がいかめしくしげりあい、枝がたがいに垂れさがっているところである。
木の葉は黄ばんで落ちたので竜は今まさに冬眠をしたのだ、そこへまむしや蛇が東の方からやってきて「窪地」の水の上にあそんでいるのだ。
わたしはそこへ出掛けてはみたがこんなふしぎな様子を目にしてどうしてその場に出られるというのか、剣をぬいてそのへびを斬ろうかとも思ったのだがそれはまたやめたのである。』
ああ、この歌は第六の歌であるから、六にまつわる歌となるとやくはでてこないものだ。このような渓谷がわたしのために早く春のすがたを回復してくれることだ。(それならわたしも竜もその地にでかけることができるだろう。)』

“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六 杜甫1000<337>#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1595 杜甫詩1500- 496

 

秋氣日惻惻,秋空日淩淩。

秋はいよいよ深くなって、ひんやりとする英気は、惻惻として人を傷ましむべく、秋空は淩淩として、きれいに澄み渡る。

52 惻惻 人にせまるようにはげしく感傷を要させる形容。かなしみいたむさま。惻惻は心に刺されたようにいたみ悲しむこと。

53 淩淩 高いさま。犯しがたきをもって高く高くすみわたっているさま。

 

上無枝上蜩,下無盤中蠅。

寒さが次第に加はるところから、今まで木の枝の上に喧しく鳴いていた蝉も、もはや居なくなり、食事の時、皿などに羣って居た蝿もすでに無くなって仕舞った。

54 蜩 ひぐらし。ここではひろく夏から秋懸けて泣いていた蝉一般をさす。

55 盤中曜 皿にたかるはえ。かつての中国では、皿にたかる蝿は、まっ黒になって、皿の中のものが見えないほどだった。唐の段成式の『酉陽雑爼』に「長安の秋は蝿が多い」といってそのさまをくわしくえがいている。うまいから、毒が盛られていないことで蠅を極端には嫌わなかった。ここでは最も厭なものとされている。

 

豈不感時節,耳目去所憎。

節物の推移、かくの如く、ここに戚慨を起さぬわけには行かないが、今まで、聞いてやかましく、見てうるさかった蝉や蝿が跡を絶ったのは、流石に心持が善いことである。

56 所憎 憎たらしいもの。やかましい蝉と、うるさい蝿。

 

清曉卷書坐,南山見高棱。

そこで、秋の清暁にあたって、読書はすでにおわった後、書を巻いて外の景色を眺めると、終南の山は、高く聳えて、その稜角が、くっきりと見える。

57 巻書 読んでいた巻物の本を、まきおさめる。

58 南山 南の方の山。ここではたぶん長安の南にある終南山。

59 高稜 高い山かど。

 

其下澄湫水,有蛟寒可罾。

その南山の下には、霊湫があって、秋の水が澄んで居るから、その中に棲んでいる蛟龍などでも、あみをなげれば、容易にとらえることが出きるに相違ない。

60 澄漱水 澄んだ池の水。終南山には炭谷湫という池があり、そこには蛟が住む、といい伝えられた。韓愈《南山詩》「因緣窺其湫,凝湛閟陰獸。」(因縁【いんえん】して其の湫【しゅう】を窺【うたが】えば、凝湛【ぎょうたん】として陰獸【いんきゅう】を閟【と】ざす。)しかし、折角、ここまできたのだから、どこか面白い景色はなかろうかというので、その邊を辿り行くと、例の谷川のところにきたり、そこには、一つの湫潭がある。その沼は、湛然としで碧色を凝らし、陰獸である蛟が、その主として棲んで居る。

・囚縁窺其湫 杜墅より山にはいって、雨山の山中にある池を見たことである。・因縁:ついでにということ。其湫の湫は、いけ。これは、南山の中にあって雨乞いの場所であった炭谷湫をさす。韓愈には、《巻五14題炭谷湫祠堂》(炭谷湫の祠堂に題す」という詩もある。

・凝湛 瀞とに水がたたえられているさま。

・閟 かくれすまわせている。

・陰獸【いんきゅう】 獸は、畜と同じ。家畜という考え方でこの池に飼っている蛟のことをいう。蛟を畜とすることは、『礼記』「礼運篇」に見えるという。

61 蚊 水竜。みずち。

62 罾 よっであみで捕える。

 

惜哉不得往,豈謂吾無能。

しかし、何分暇がなくて行くことが出きないが、もし行けば、きつととらえて見せるので、決して我が無能といふわけではないのである。

63 無能 蚊を捕える能力がない。

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秋懷詩,十一首之三 #2

しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

806

秋懷詩,十一首之三

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7590

006

全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (3)

 

        
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韓愈詩-韓愈132-2

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。
 

之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

歸還書史,文字浩千萬。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

丈夫意有在,女子乃多怨。 

自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。



秋懐詩十一首之三現代語訳と訳註解説
(
本文)

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。

歸還書史,文字浩千萬。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。

丈夫意有在,女子乃多怨。

(下し文)
2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。

(現代語訳)
2

しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。


(訳注) 2

秋懐詩十一首之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

 

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
しかし、門を出ると、路は茫茫として、いずれとも分らぬ様で、ひとたび、宰相の家に徒かうとしたが、いささか又踟蹰して、何事も宿命であるから、無暗に頼み廻るのは宜しくないと思い返した。

・茫茫 はてしなくひろがっている形容。

・出門 真の仕事をしたい、仕事欲をあらわす。

・欲去聊自勸 この不愉快な職をやめ隠遁したいと思ったが、まあ何とかはやる気持ちを抑えるように自制することを勧めたこと。

 

歸還書史,文字浩千萬。

そこで、家に還って、書史を讀み出したが、元來、書物というものは、浩浩として、文字の数は測られず、とても、之を讀み尽くすことは出来ない。

 目をとおす。見返してみる。閲覧。

・書史 書籍。王朝正史、史記、四庫全書など。

・浩 ものの多い形容。

 

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
まことに便りないことであるが、前人の陳跡たる書物を研究することは、今の世で、誰が遣らうぞ、唯だ、自分は、性痛の嗜むところであるから、その勞を厭わずして、読書に耽って居るので、元來、賎者である自分の嗜好を絶対的の者として、貴人に進献ずることなどはしない。

・陳跡 むかしの人の行った事跡。《莊子·天運第十四》“老子曰:「幸矣,子之不遇治世之君也!夫六經,先王之陳跡也,豈其所以跡哉!”(老子曰く「幸いなるかな,子の治世の君に遇わざる也!夫れ六經は,先王の陳跡なり,豈に其れ跡する所以ならんや!あなたが名君に遭わなかったのは、幸せでした。六經は先王の残した迹です。どうして迹の出る元のものでありましょう。

・戚嗜 下品な好み。

・貴献 食い入へのささげもの。この「餞嗜非貴献」とは、自分ですきだからといっても、つまらないもので、立派な人に献納できる与ったものではない、

 

丈夫意有在,女子乃多怨。 
自分が前人の陳跡たる書史を研究しようとするのは、大丈夫の確乎たる意志に本づいたので、かの婦女輩が、少し思うように成らないといって、他を怨むという様な眞似は、断じてしたくはない。

・丈夫 一人前のおとこ。男たるものというほどの意味。人間のおとなの身のたけが、むかしのものさしで一丈だったからだという。

・意有在 考えが一つのしっかりしたものを持っているということで初めて存在意義があるということ。

・女子 おんな。

・乃 かえって。~の方こそ。

・多怨 女性の存在価値が低いこと。心情を通わすことで存在しているとしている。子を通じての夫、一族を考える存在。

 

 

 

 

 

秋懐詩十一首 【字解】 
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(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

韓愈詩の五言古詩の中にあって《秋懷詩》十一首を是れ一組としており、たいへん特殊な作である品。因みに韓愈は高度な精鍊的語言を運用し,一貫して豪宕的本色を展べ現わしている。但し是の意匠經營の間として,阮籍や、陶潜、謝惠連、謝朓のような雰囲気を持っている。また、《秋懷詩》十一首は,《文選》體であるともいわれているし、古文復興といわれ、詩評家は《秋懷詩》十一首を甚だ高く評價している。

《秋懷詩》十一首の寫作年代にかんして、韓愈、元和元年六月權知國子博士を召授し、た時のものであり,江陵より襄陽にいたり,庚子(八日)襄陽を發し,甲辰(十二日)鄧州(河南河陽)至り、冬日、長安抵した。元和二年,韓愈京師、權知國子博士に在る。陳景雲う所の「進見相國鄭公」指し、是れ宰相鄭絪を指す;曾て韓愈を推荐せんと欲し翰林學士と為したひとである。こうして韓愈は元和二年夏末に在る,即ち因て避謗出京す,權知博士の洛陽の分司となった。これらによって《秋懷詩》の寫作年代は是れ憲宗和元元年の深秋であるとするのが妥当と考える。  

所謂る「秋懷」というのは、歴史的に見て、宋玉《九辯》であり,六朝時代の謝曾作《秋懷詩》であり,孟郊もまた《秋懷詩》十六首あり,韓愈がこれを初めて題したわけではない。韓愈は、全詩十一章,最長二十句,最短十句ということである。

2 窗 窓と同じ。下の句から東、東南の日が射す窓であるから書斎のまどである。 
3
 薿薿 草木のいきおいよく生えているさま。草木がよく成長して茂り、盛んなるさま。《詩經.小雅.甫田》「今適南畝,或耘或耔,黍稷薿薿。」(今南畝に適き,或いは耘し或いは耔し,黍稷 薿薿たり。)

4 披払 吹き払う。ぴゅうっと風のふきつけるさま。 
5
 策策 風が木の葉をざわざわと鳴らすおと。

6 偏 そればかりがむやみと。

7 無端 どういうわけかわからないが。ゆくりなく。 
8
 成 その状態(ここでは坐起)が完成することをいう。 

9 顏色 韓愈の自分の顔色。 
10
 故もとの状態。

11 義和 日の神であり、日を乗せる馬車の御者とも考えられ、更には、二つの名に分けて、暦法を定めた人ともされた。「山海経」に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝俊の妻。東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。ここでは日の御者としての義和とすると、時間を進める御者として、義和をいっているから、日月といってもそう矛盾を感じないものである。

12 浮生 浮世暮らし。不安定なこの人生。 
13
 多塗 塗はみち、途と同じ。 分かれ道が多い。
14
 一軌 軌は両車輪のあいだのはば。それからその通る路線。一軌は同じコースをたどること。

13 胡為 なぜ。どういうわけで。 
14
 浪 むやみに。むだぼねを折って。 
15
 且 まあ、と。 

16 白露下 白露の下るのは、秋になったしるしである。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

宋玉『九辨』に、

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤鵾雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

・・・・

皇天平分四兮,窃独悲此凛秋。白露既下降百草兮,奄离披此梧楸。去白日之昭昭兮,袭长夜之悠悠。

17 蕭蘭 蕭はよもぎ。つまり雑草の代表である。謂蘭は、よもぎのようなつまらぬ草も蘭のようなよいかおりのするりっはな草も、というほどの意味。 

18 共 いっしょに。ひとまとめに。

19 雕悴 しおれるしこと、おとろえること。

20 青青 五行思想で春は青である。

21 四牆 まわりの土べい。

22 寒蟬 ひぐらし。つくづくぼうし。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

23 蟋蟀 こおろぎ。宋玉九弁は上記。『詩経』豳風七月

古詩十九首之第十二首》「晨風懷苦心,蟋蟀傷局促。」

・蟋蟀 こおろぎ。『詩経・唐風、蟋蟀』の篇名。晋の僖公が倹約に過ぎるのをそしった詩。今楽しまなければ月日はサッサと去って行く。勤勉で油断をしない人になれという内容のもの。

詩経・唐風、蟋蟀 

蟋蟀在堂、聿其莫。 今我不樂、日月其除。

無已大康、職思其居。 好樂無荒、良士瞿瞿。

 

蟋蟀在堂、聿其逝。 今我不樂、日月其邁。

無已大康、職思其外。 好樂無荒、良士蹶蹶。

 

蟋蟀在堂、役車其休。 今我不樂、日月其慆。

無已大康、職思其憂。 好樂無荒.良士休休。

 

24 運行 万物の時の流れ、天地自然のめぐり行き。「太陽星君、日宮炎光太陽星君」,「大明之神」,「太陽帝君」、「太陽公」いうが、「太陽帝君乃陽剛之神,司日之運行,掌火焰之輕重,日由東升,再由西墜,光熙普照大地」

25 稟受 めいめい天から授けられていること。

26 気苦異 めいめいが受けている精気が大変ちがっていて、本質的に大きなちがいがある。

27 適時 その時節によくあっていて。

28 得所 自分に過当な場所を得る。

29 松柏 まつやひのきは、冬でも青いが、それは天から授けられた精気のちがいで、めいめいその自分自分に与えられた時節に存分にすごし、自分の安んずべき位置を得ていれば、それがよいので、冬青いからといって特に尊重する必要はないというのである。「論語」子罕篇に「子曰、歳寒、然後知松柏之後彫也。」(子曰く、歳寒くして、然る後、松柏の彫むに後るるを知る。)と儒家は松柏を尊ぶものとしているが、それをここでは否定している。

30 卒卒 あわただしい形容。ばたばたするさま。漢書 《司馬遷傳》 卒卒無須臾之間

31 曼曼 長く遠い形容。はるばる。

故事にある犀首は自分の閑職のままにおかれていることが不満で酒に気をまぎらせたというし、「史記」廉頗藺相如列伝に見える廉頗は老いてもなお食欲は盛んだといったものだ。

32 犀首空好欽 犀首は、戦国時代(前四世紀―前三世紀)の魏の国の官名で、公孫衍という人が、その官になっていた。楚の使者陳軫が魏の都の梁を通りすぎて、犀首すなわち公孫衍にたずねた。

司馬遷『史記』巻七十 張儀列伝第十 陳軫と犀首

陳軫者、游説之士。与張儀倶事秦惠王。皆貴重、争寵。

・・・

過梁、欲見犀首。犀首謝弗見。

軫曰「吾為事来、公不見軫、軫将行、不得待異日。」犀首見之。

陳軫曰「公何好飲也。」犀首曰「無事也。」

曰「吾請令公厭事可乎。」曰「奈何。

・・・

梁を過り、犀首を見んと欲す。犀首、謝して見ず。軫曰く、「吾、事の為に来たれり。公、軫を見ず。軫将に行かんとす。異日を待つを得ず。」犀首、之を見る。陳軫曰く、「公何ぞ飲を好むや。」犀首曰く、「事無ければなり。」

つまり自分のなすべき仕事が与えられず、閑職のままにおかれていることが不満で酒に気をまぎらしていることをいったものである。

33 簾頗尚能飯 『史記、廉頗藺相如列伝』にみえる戦国時代、趙の国の将軍である簾頗の故事。天下統一をねらう秦は白起を中心に他国への侵略を開始。廉頗と相如が健在であるうちは秦に侵攻されなかった趙も、この頃になると相如は病に倒れ、廉頗も高齢となっていた。そのため趙は廉頗のもとに使者を送って帰参を許そうと図る。廉頗は年老いても「一飯に斗米、肉十斤、甲を被り馬に上り」といわれるほどに元気な姿を使者に見せて帰参を承知した。だが廉頗が趙にいた頃から不仲だった奸臣である郭開の謀略で使者が買収されてしまう。そして趙王が廉頗の様子を伺うと、使者は「三度遺失」と讒言した。このため趙王は廉頗が高齢で使いものにならないとして諦めたという。ここでは「廉将軍老いたりと雖も、尚善く飯す。」「史記」廉頗藺相如列伝

趙以數困於秦兵,趙王思復得廉頗,廉頗亦思復用於趙。趙王使使者視廉頗尚可用否。廉頗之仇郭開多與使者金,令毀之。趙使者既見廉頗,廉頗為之一飯斗米,肉十斤,被甲上馬,以示尚可用。趙使還報王曰:「廉將軍雖老,尚善飯。」 に見える。年は取ってもまだ役に立つということを意味する。

34 堂 学校の教室。このことばから韓愈が国子監で数えていたときのことであることが分かる。

35 日無事 日は毎日の何の問題ごとも無く過ごす。犀首曰「無事也。」と同じ心境であることを云う。

36 適所願 適は、最適、適材適所、あるきまった好みの場所に行くこと。

806年-004 巻一 14-3-#1秋懷詩,十一首之三Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7578

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韓愈詩-韓愈132秋懷詩,十一首之三 #1(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

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秋懷詩,十一首之三

#1

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全唐詩卷三三六

806年元和元年39   (3)


        
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作時年:

806

元和元年

39 

全唐詩

卷三三六

文體:

五言古詩

韓昌黎集

巻一 14-2-3

 

詩題:

秋懷詩,十一首之三

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

  

 

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

之三 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

2

茫茫出門路,欲去聊自勸。 
歸還
書史,文字浩千萬。

陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
丈夫意有在,女子乃多怨。 

(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

2

茫茫たり門を出ずる路,去らんと欲すれぞ聊【いささ】か自ら勸む。

歸還【きかん】して書史を【けみ】するに,文字は浩として千萬。

陳跡【ちんせき】は竟に誰か尋ねん,賤嗜【せんし】は貴獻【きけん】に非ず。

丈夫は意有【いゆう】在り,女子は乃ち怨み多し。



秋懐詩十一首之三現代語訳と訳註解説
(
本文)

之三#1

彼時何卒卒,我志何曼曼。

犀首空好飲,廉頗尚能飯。

學堂日無事,驅馬適所願。

(下し文)
(秋の懷い詩 十一首 其の三)#1

彼の時何ぞ卒卒たらん,我が志 何ぞ曼曼たらんや。

犀首【さいしゅ】空しく好飲【こういん】し,廉頗【れんぱ】尚お能飯【のうはん】す。

堂に學ぶは日びに事無く,馬を驅って願う所に適かん。

(現代語訳)
之三#1 (悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。


(訳注)

秋懐詩十一首之三 1
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の三 806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

 

之三 #1

彼時何卒卒,我志何曼曼。

振り返れば、天地の気を稟けたものは、おのおのその適するところを得れば、同じであるというものの、かの時の経過は何とあわただしいことなのだろうかと思うし、まことに卒卒たるものである。わたしの志について考えると何と曼曼と長く遠いものである。何時になったら、自分の思ひ通りになろうか、まことに覚束ないことである。

30 卒卒 あわただしい形容。ばたばたするさま。漢書 《司馬遷傳》 卒卒無須臾之間

31 曼曼 長く遠い形容。はるばる。

 

犀首空好飲,廉頗尚能飯。

そこで、眼前の快楽を求めるより外に仕方がないので、むかし、犀首は、なすべき仕事が与えられず、唯だ酒ばかり飲んで居た、何も、爲すべき事があるのに、それを止めて飲んで居る評ではないといった。それから、廉願は、年が寄っても、一飯に斗米肉十斤を平らげたといふ位であった。

故事にある犀首は自分の閑職のままにおかれていることが不満で酒に気をまぎらせたというし、「史記」廉頗藺相如列伝に見える廉頗は老いてもなお食欲は盛んだといったものだ。

32 犀首空好欽 犀首は、戦国時代(前四世紀―前三世紀)の魏の国の官名で、公孫衍という人が、その官になっていた。楚の使者陳軫が魏の都の梁を通りすぎて、犀首すなわち公孫衍にたずねた。

司馬遷『史記』巻七十 張儀列伝第十 陳軫と犀首

陳軫者、游説之士。与張儀倶事秦惠王。皆貴重、争寵。

・・・

過梁、欲見犀首。犀首謝弗見。

軫曰「吾為事来、公不見軫、軫将行、不得待異日。」犀首見之。

陳軫曰「公何好飲也。」犀首曰「無事也。」

曰「吾請令公厭事可乎。」曰「奈何。」

・・・

梁を過り、犀首を見んと欲す。犀首、謝.して見ず。軫曰く、「吾、事の為に来たれり。公、軫を見ず。軫将に行かんとす。異日を待つを得ず。」犀首、之を見る。陳軫曰く、「公何ぞ飲を. 好むや。」犀首曰く、「事無ければなり。」

つまり自分のなすべき仕事が与えられず、閑職のままにおかれていることが不満で酒に気をまぎらしていることをいったものである。

33 簾頗尚能飯 『史記、廉頗藺相如列伝』にみえる戦国時代、趙の国の将軍である簾頗の故事。天下統一をねらう秦は白起を中心に他国への侵略を開始。廉頗と相如が健在であるうちは秦に侵攻されなかった趙も、この頃になると相如は病に倒れ、廉頗も高齢となっていた。そのため趙は廉頗のもとに使者を送って帰参を許そうと図る。廉頗は年老いても「一飯に斗米、肉十斤、甲を被り馬に上り」といわれるほどに元気な姿を使者に見せて帰参を承知した。だが廉頗が趙にいた頃から不仲だった奸臣である郭開の謀略で使者が買収されてしまう。そして趙王が廉頗の様子を伺うと、使者は「三度遺失」と讒言した。このため趙王は廉頗が高齢で使いものにならないとして諦めたという。ここでは「廉将軍老いたりと雖も、尚善く飯す。」「史記」廉頗藺相如列伝

趙以數困於秦兵,趙王思復得廉頗,廉頗亦思復用於趙。趙王使使者視廉頗尚可用否。廉頗之仇郭開多與使者金,令毀之。趙使者既見廉頗,廉頗為之一飯斗米,肉十斤,被甲上馬,以示尚可用。趙使還報王曰:「廉將軍雖老,尚善飯。」 に見える。年は取ってもまだ役に立つということを意味する。

 

學堂日無事,驅馬適所願。

さきに、自分は一寸立身しかけたが、また、元の國子博士となって、學校では、日日格別の仕事もないから、矢張、犀首り真似をして、詮方なく酒を飲み、その上、廉頗の如く、老健なることを、せめてもの取り得として、喜ぶ外はない。そして、時には、馬を駆って、宰相の家などに至り、懇ろにたのみ込んで、自分の願うところにかなうようにして貰おうと思わないでもない。

34 堂 学校の教室。このことばから韓愈が国子監で数えていたときのことであることが分かる。

35 日無事 日は毎日の何の問題ごとも無く過ごす。犀首曰「無事也。」と同じ心境であることを云う。

36 適所願 適は、最適、適材適所、あるきまった好みの場所に行くこと。

 

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秋懷詩,十一首之二 (悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

 

806

秋懷詩,十一首之二

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806年元和元年39   (2)


        
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皇帝紀年: 元和元年 

寫作時間: 806 

寫作年紀: 39 

卷別: 卷三三六 文體: 五言古詩 

詩題: 秋懷詩,十一首之二 

詩序: 

寫作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安) 

寫及地點:  

交遊人物/地點:   

 

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
(秋の懐の詩) 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

 

 

之二    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

青青四牆下,已複生滿地。 
それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

運行無窮期,稟受氣苦異。 
天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

適時各得所,松柏不必貴。 

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

之三    
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。 
歸還
書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
丈夫意有在,女子乃多怨。 

之三   

彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。

學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。

歸還書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。

丈夫意有在,女子乃多怨。



秋懐詩十一首之二現代語訳と訳註解説
(
本文)

之二   

白露下百草,蕭蘭共雕悴。

青青四牆下,已複生滿地。

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

運行無窮期,稟受氣苦異。

適時各得所,松柏不必貴。

(下し文)
(秋の懷い詩,十一首の二)  

白露 百草に下り,蕭蘭 共に雕悴す。

青青たり四牆の下,已に複た生じて地に滿つ。

寒蟬 暫く寂寞,蟋蟀 鳴いて自ら恣にす。

運行 窮る期 無く,稟受【ひんじゅ】氣 苦はだ異なり。

時に適うて 各おの所を得たり,松柏 必ずしも貴からず。

(現代語訳)
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二
白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。


(訳注)

秋懐詩十一首之二 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)の二806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

1-2)秋懐詩十一首之二【解説】 この詩は、前者の浮生雖多塗を受けて来たので、その歸著するところは、全然相同じく、すべての物は、気の稟け方次第で、蕭蘭の秋に凋むも、松柏の四時緑なるも、何等の差異は無いというので、つまり、人間の差別観をまったく抹殺した哲理的見解を逗露したものである。劉辰翁は、これを評して「怨甚し」といい、何義門は「翻案感慨」といった。

 

白露下百草,蕭蘭共雕悴。

白露が草の上に降れば、蓬の如き詰まらぬものも、蘭の如き貴きものも、同時に凋悴して枯れてしまう。

16 白露下 白露の下るのは、秋になったしるしである。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

宋玉『九辨』に、

悲哉秋之為氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,寂寥兮收潦而水清,

悽欷兮薄寒之中人,愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤鵾雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。

・・・・

皇天平分四兮,窃独悲此凛秋。白露既下降百草兮,奄离披此梧楸。去白日之昭昭兮,袭长夜之悠悠。

17 蕭蘭 蕭はよもぎ。つまり雑草の代表である。謂蘭は、よもぎのようなつまらぬ草も蘭のようなよいかおりのするりっはな草も、というほどの意味。 

18 共 いっしょに。ひとまとめに。

19 雕悴 しおれるしこと、おとろえること。

 

青青四牆下,已複生滿地。

それが、来年の春になると、四面の籬の下に、青青として萌え出で、蓬も、蘭もー再び茂って地面に一ぱいに成長する。

20 青青 五行思想で春は青である。

21 四牆 まわりの土べい。

 

寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。

それから、夏の中に喧しく鳴いた“日ぐらし”も、秋になると、その聾を収めて、暫く寂寞となり、そして、キリギリスが、時を得た“したりがお”で居る。

22 寒蟬 ひぐらし。つくづくぼうし。『礼記』月令篇孟秋月「涼風至,白露降,寒蟬鳴,鷹乃祭鳥,用始行戮。」とある。

23 蟋蟀 こおろぎ。宋玉九弁は上記。『詩経』豳風七月

古詩十九首之第十二首》「晨風懷苦心,蟋蟀傷局促。」

・蟋蟀 こおろぎ。『詩経・唐風、蟋蟀』の篇名。晋の僖公が倹約に過ぎるのをそしった詩。今楽しまなければ月日はサッサと去って行く。勤勉で油断をしない人になれという内容のもの。

詩経・唐風、蟋蟀 

蟋蟀在堂、聿其莫。 今我不樂、日月其除。

無已大康、職思其居。 好樂無荒、良士瞿瞿。

 

蟋蟀在堂、聿其逝。 今我不樂、日月其邁。

無已大康、職思其外。 好樂無荒、良士蹶蹶。

 

蟋蟀在堂、役車其休。 今我不樂、日月其慆。

無已大康、職思其憂。 好樂無荒.良士休休。

 

運行無窮期,稟受氣苦異。

天上の日月は、運行して窮まり止むことなく、萬物は、天から気を稟けるが、その稟け工合の異なるに因って、おのおのの命が異なるのである。

24 運行 万物の時の流れ、天地自然のめぐり行き。「太陽星君、日宮炎光太陽星君」,「大明之神」,「太陽帝君」、「太陽公」いうが、「太陽帝君乃陽剛之神,司日之運行,掌火焰之輕重,日由東升,再由西墜,光熙普照大地」

25 稟受 めいめい天から授けられていること。

26 気苦異 めいめいが受けている精気が大変ちがっていて、本質的に大きなちがいがある。

 

適時各得所,松柏不必貴。

されば、その時にさえ合えば、所を得てさかえるものであるが、四時に緑なる松柏も、矢張、気の稟け方が自然そう成って居るので、格別、貴いわけではないのである。

27 適時 その時節によくあっていて。

28 得所 自分に過当な場所を得る。

29 松柏 まつやひのきは、冬でも青いが、それは天から授けられた精気のちがいで、めいめいその自分自分に与えられた時節に存分にすごし、自分の安んずべき位置を得ていれば、それがよいので、冬青いからといって特に尊重する必要はないというのである。「論語」子罕篇に「子曰、歳寒、然後知松柏之後彫也。」(子曰く、歳寒くして、然る後、松柏の彫むに後るるを知る。)と儒家は松柏を尊ぶものとしているが、それをここでは否定している。

 

 

 

秋懐詩十一首 【字解】 
---------------------------------------------------------------------

 

(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

韓愈詩の五言古詩の中にあって《秋懷詩》十一首を是れ一組としており、たいへん特殊な作である品。因みに韓愈は高度な精鍊的語言を運用し,一貫して豪宕的本色を展べ現わしている。但し是の意匠經營の間として,阮籍や、陶潜、謝惠連、謝朓のような雰囲気を持っている。また、《秋懷詩》十一首は,《文選》體であるともいわれているし、古文復興といわれ、詩評家は《秋懷詩》十一首を甚だ高く評價している。

《秋懷詩》十一首の寫作年代にかんして、韓愈、元和元年六月權知國子博士を召授し、た時のものであり,江陵より襄陽にいたり,庚子(八日)襄陽を發し,甲辰(十二日)鄧州(河南河陽)至り、冬日、長安抵した。元和二年,韓愈京師、權知國子博士に在る。陳景雲う所の「進見相國鄭公」指し、是れ宰相鄭絪を指す;曾て韓愈を推荐せんと欲し翰林學士と為したひとである。こうして韓愈は元和二年夏末に在る,即ち因て避謗出京す,權知博士の洛陽の分司となった。これらによって《秋懷詩》の寫作年代は是れ憲宗和元元年の深秋であるとするのが妥当と考える。  

所謂る「秋懷」というのは、歴史的に見て、宋玉《九辯》であり,六朝時代の謝曾作《秋懷詩》であり,孟郊もまた《秋懷詩》十六首あり,韓愈がこれを初めて題したわけではない。韓愈は、全詩十一章,最長二十句,最短十句ということである。

2 窗 窓と同じ。下の句から東、東南の日が射す窓であるから書斎のまどである。 
3
 薿薿 草木のいきおいよく生えているさま。草木がよく成長して茂り、盛んなるさま。《詩經.小雅.甫田》「今適南畝,或耘或耔,黍稷薿薿。」(今南畝に適き,或いは耘し或いは耔し,黍稷 薿薿たり。)

4 披払 吹き払う。ぴゅうっと風のふきつけるさま。 
5
 策策 風が木の葉をざわざわと鳴らすおと。

6 偏 そればかりがむやみと。

7 無端 どういうわけかわからないが。ゆくりなく。 
8
 成 その状態(ここでは坐起)が完成することをいう。 

9 顏色 韓愈の自分の顔色。 
10
 故もとの状態。

11 義和 日の神であり、日を乗せる馬車の御者とも考えられ、更には、二つの名に分けて、暦法を定めた人ともされた。「山海経」に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝俊の妻。東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。ここでは日の御者としての義和とすると、時間を進める御者として、義和をいっているから、日月といってもそう矛盾を感じないものである。

12 浮生 浮世暮らし。不安定なこの人生。 
13
 多塗 塗はみち、途と同じ。 分かれ道が多い。
14
 一軌 軌は両車輪のあいだのはば。それからその通る路線。一軌は同じコースをたどること。

13 胡為 なぜ。どういうわけで。 
14
 浪 むやみに。むだぼねを折って。 
15
 且 まあ、と。 

806年-2 巻一 14-1-#2秋懷詩,十一首之一Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7572

806-2 巻一 14-1-#2秋懷詩,十一首之一Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7572

 

秋懷詩,十一首之一#2   やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

 

806

秋懷詩,十一首之一

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002-#2

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作時年:

806

元和元年

39 

全唐詩

卷三三六

文體:

五言古詩

韓昌黎集

巻一 14-1-#2

詩題:

秋懷詩,十一首之一

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

  

 

 

 

 

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

秋懷詩十一首  之一

秋懐詩十一首之一 #1    
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。

斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。

秋風一披拂,策策鳴不已。 

それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。

微燈照空牀,夜半偏入耳。 

自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 

愁憂無端來,感歎成坐起。 

かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。
秋の懐の詩 
窗前【そうぜん】の両好樹、衆葉光って薿薿【ぎぎ】たり。 
秋風一たび披沸【ひふつ】すれば、策策として鳴り己まず。 
微燈 空牀【くうしょう】を照し、夜半【やはん】 偏に耳に入る。 
愁憂 端無くも来り、感歎して坐起を成す。

#2 
天明視顏色,與故不相似。

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

 
#2 
天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。 
義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。 
浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。 
胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

之二    
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。 
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。 
適時各得所,松柏不必貴。 
之三    
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。 
歸還
書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
丈夫意有在,女子乃多怨。 


秋懐詩十一首之一 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#2

天明視顏色,與故不相似。

羲和驅日月,疾急不可恃。

浮生雖多塗,趨死惟一軌。

胡為浪自苦,得酒且歡喜。

(下し文)
#2

天明けて顔色を視るに、故【もよ】と相似ず。

義和の日月を駆るは、疾急にして恃【たの】むべからず。

浮生 多塗なりと雖も、死に趨【おもむ】くは惟れ軌を一にす。

胡【なん】すれぞ浪【みだり】に自ら苦むや、酒を得ては且つ歓喜せよ。

(現代語訳)
#2

やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。


(訳注) #2 
秋懐詩十一首之一(1 
(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

 

天明視顏色,與故不相似。 
やがて、夜が明けて、例の窓前の樹を見ると、一夜の中に顔色が変わって、すべて前日と似ず、全く憐れなすがたになって仕舞った。

9 顏色 韓愈の自分の顔色。 
10
 故もとの状態。


羲和驅日月,疾急不可恃。 
義和の神は、絶えず太陽を駆って居るから、節物の移るは、驚くべき程迅速で、少しも恃みにならぬことは、この両好樹を見ても分かる。

11 義和 日の神であり、日を乗せる馬車の御者とも考えられ、更には、二つの名に分けて、暦法を定めた人ともされた。「山海経」に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝俊の妻。東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。ここでは日の御者としての義和とすると、時間を進める御者として、義和をいっているから、日月といってもそう矛盾を感じないものである。


浮生雖多塗,趨死惟一軌。 
この浮世は、老幼男女、その志すところに従って、おのおのその道を異にして居るが、唯だ知らす識らやの間に死に向って進んで行く其軌道のみは、誰でも同じである。

12 浮生 浮世暮らし。不安定なこの人生。 
13
 多塗 塗はみち、途と同じ。 分かれ道が多い。
14
 一軌 軌は両車輪のあいだのはば。それからその通る路線。一軌は同じコースをたどること。


胡為浪自苦,得酒且歡喜。 
されば、喜ぶも、憂うるも、結局は同一の處に歸著するので、矢鱈に自ら苦しんだ處で、仕方がないから、酒を得て、しばらく歓喜し、つまり、眼前の快樂を求めるより外に仕方がないのである。

13 胡為 なぜ。どういうわけで。 
14
 浪 むやみに。むだぼねを折って。 
15
 且 まあ、と。 

 

 

 

秋懐詩十一首 【字解】 
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(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩)806年元和元年の作。

1 秋懐詩 秋の自然の衰え行くに感じて作った詩。連作の形式をとっている。阮籍(210263年)の詠懐持、謝惠連(397433年)の秋懐詩など先行の詩の影響が強い。

韓愈詩の五言古詩の中にあって《秋懷詩》十一首を是れ一組としており、たいへん特殊な作である品。因みに韓愈は高度な精鍊的語言を運用し,一貫して豪宕的本色を展べ現わしている。但し是の意匠經營の間として,阮籍や、陶潜、謝惠連、謝朓のような雰囲気を持っている。また、《秋懷詩》十一首は,《文選》體であるともいわれているし、古文復興といわれ、詩評家は《秋懷詩》十一首を甚だ高く評價している。

《秋懷詩》十一首の寫作年代にかんして、韓愈、元和元年六月權知國子博士を召授し、た時のものであり,江陵より襄陽にいたり,庚子(八日)襄陽を發し,甲辰(十二日)鄧州(河南河陽)至り、冬日、長安抵した。元和二年,韓愈京師、權知國子博士に在る。陳景雲う所の「進見相國鄭公」指し、是れ宰相鄭絪を指す;曾て韓愈を推荐せんと欲し翰林學士と為したひとである。こうして韓愈は元和二年夏末に在る,即ち因て避謗出京す,權知博士の洛陽の分司となった。これらによって《秋懷詩》の寫作年代は是れ憲宗和元元年の深秋であるとするのが妥当と考える。  

所謂る「秋懷」というのは、歴史的に見て、宋玉《九辯》であり,六朝時代の謝曾作《秋懷詩》であり,孟郊もまた《秋懷詩》十六首あり,韓愈がこれを初めて題したわけではない。韓愈は、全詩十一章,最長二十句,最短十句ということである。

2 窗 窓と同じ。下の句から東、東南の日が射す窓であるから書斎のまどである。 
3
 薿薿 草木のいきおいよく生えているさま。草木がよく成長して茂り、盛んなるさま。《詩經.小雅.甫田》「今適南畝,或耘或耔,黍稷薿薿。」(今南畝に適き,或いは耘し或いは耔し,黍稷 薿薿たり。)

4 披払 吹き払う。ぴゅうっと風のふきつけるさま。 
5
 策策 風が木の葉をざわざわと鳴らすおと。

6 偏 そればかりがむやみと。

7 無端 どういうわけかわからないが。ゆくりなく。 
8
 成 その状態(ここでは坐起)が完成することをいう。 

806年-002 巻一 14-1-#1秋懷詩,十一首之一Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7566

806-002 巻一 14-1-#1秋懷詩,十一首之一Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7566

 

 秋懐詩十一首之一(悲愁の秋、自然の衰え行くに感じたことをのべた詩) 
書斎の窓の前に、二本の見事な木があって、夏の盛りには、多くの葉が一入茂って、艶やかに見えて居た。それが、秋風ひとたび至って、これを吹きはらうと、その勢は、ざわざわと鳴ってやむことはない。やがて、ばらばらと軒端に落ちてくる。自分は、微燈火を掲げて、空林の間につくねんと坐していたのであったが、夜半になったから、その策策の響きが、益す甚しくなって、頻りに耳に入ったのである。 かくて、愁憂胸を衝いて生じ、おもわず、牀より起って、威慨に堪へられなかったのである。

 

韓昌黎集01-14

秋懷詩,十一首之一-1

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作時年:

806

元和元年

39 

全唐詩

卷三三六

文體:

五言古詩

韓昌黎集

巻一 14-1-#1 

詩題:

秋懷詩,十一首之一

序文

 

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交遊人物:

 

 

 

 

秋懷詩十一首  之一
   
窗前兩好樹,眾葉光薿薿。秋風一拂披,策策鳴不已。 
微燈照空床,夜半偏入耳。愁憂無端來,感歎成坐起。 
天明視顏色,與故不相似。羲和驅日月,疾急不可恃。 
浮生雖多塗,趨死惟一軌。胡為浪自苦,得酒且歡喜。 
   
白露下百草,蕭蘭共雕悴。青青四牆下,已複生滿地。 
寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。運行無窮期,稟受氣苦異。 
適時各得所,松柏不必貴。 
   
彼時何卒卒,我志何曼曼。犀首空好飲,廉頗尚能飯。 
學堂日無事,驅馬適所願。茫茫出門路,欲去聊自勸。 
歸還
書史,文字浩千萬。陳跡竟誰尋,賤嗜非貴獻。 
丈夫意有在,女子乃多怨。 
   
秋氣日惻惻,秋空日淩淩。上無枝上蜩,下無盤中蠅。 
豈不感時節,耳目去所憎。清曉卷書坐,南山見高棱。 
其下澄湫水,有蛟寒可罾。惜哉不得往,豈謂吾無能。 
   
離離掛空悲,戚戚抱虛警。露泫秋樹高,蟲吊寒夜永。 
斂退就新懦,趨營悼前猛。歸愚識夷塗,汲古得修綆。 
名浮猶有恥,味薄真自幸。庶幾遺悔尤,即此是幽屏。 
   
今晨不成起,端坐盡日景。蟲鳴室幽幽,月吐窗冏冏。 
喪懷若迷方,浮念劇含梗。塵埃慵伺候,文字浪馳騁。 
尚須勉其頑,王事有朝請。 
   
秋夜不可晨,秋日苦易暗。我無汲汲志,何以有此憾。 
寒雞空在棲,缺月煩屢瞰。有琴具徽弦,再鼓聽愈淡。 
古聲久埋滅,無由見真濫。低心逐時趨,苦勉祗能暫。 
有如乘風船,一縱不可纜。不如覷文字,丹鉛事點勘。 
豈必求贏餘,所要石與
 
8     
卷卷落地葉,隨風走前軒。鳴聲若有意,顛倒相追奔。 
空堂黃昏暮,我坐默不言。童子自外至,吹燈當我前。 
問我我不應,饋我我不餐。退坐西壁下,讀詩盡數編。 
作者非今士,相去時已千。其言有感觸,使我複淒酸。 
顧謂汝童子,置書且安眠。丈夫屬有念,事業無窮年。 
   
霜風侵梧桐,眾葉著樹乾。空階一片下,琤若摧琅玕。 
謂是夜氣滅,望舒霣其團。青冥無依倚,飛轍危難安。 
驚起出
視,倚楹久汍瀾。憂愁費晷景,日月如跳丸。 
迷複不計遠,為君駐塵鞍。 
10 
   
暮暗來客去,群囂各收聲。悠悠偃宵寂,亹亹抱秋明。 
世累忽進慮,外憂遂侵誠。強懷張不滿,弱念缺已盈。 
詰屈避語阱,冥茫觸心兵。敗虞千金棄,得比寸草榮。 
知恥足為勇,晏然誰汝令。 
11 
   
鮮鮮霜中菊,既晚何用好。揚揚弄芳蝶,爾生還不早。 
運窮兩
遇,婉孌死相保。西風蟄龍蛇,眾木日凋槁。 
由來命分爾,泯滅豈足道。


詩乃元和初自江陵掾召為國子博士時作。《行狀》云:「時宰相有愛公者,將以文學職處公。有爭先者,搆飛語。公恐及難,求分司東都。」是詩中有云:「學堂日無事」蓋方官國子也。又云「南山見高棱」則猶未赴東都也。至「語阱」、「心兵」諸語,其在已聞飛語後歟?更以《釋言篇》參證,公元和元年六月(西元八○六年)進見相國鄭公,後數日即有為讒於相國之座者,則是秋正公憂讒畏譏時也。

按韓愈在元和元年六月召授權知國子博士,自江陵至襄陽,庚子(八日)發襄陽,甲辰(十二日)至鄧州(河南河陽)冬日抵長安。元和二年,韓愈在京師權知國子博士。陳景雲所指「進見相國鄭公」是指宰相鄭絪;曾欲推荐韓愈為翰林學士。而韓愈在元和二年夏末,即因避謗出京,權知博士分司洛陽。由此可以印證《秋懷詩》的寫作年代是憲宗和元元年的深秋。  

韓愈自進士及第以來,先後做過汴州推官,從事徐州幕,又任四門博士,歷經陽山之貶,憲宗即位改元大赦,才有機會移官江陵,再赴京師權知國子博士,即以權知國子博士,也有多人毀謗他,可以,寫作《秋懷詩》的時侯是韓愈中年階段,很不得意的時期。這個時侯,由於宦途的歷練,不論思想情感,都趨於成熟穩健,自不同於一般文士的感秋之作,而別有特殊的感性與深刻。 

所謂「秋懷」歷來都溯源至宋玉《九辯》,認為是傳統文士感秋興懷的先聲。六朝時代,謝曾作《秋懷詩》,孟郊亦有《秋懷詩》十六首,可知「秋懷」為題,原非韓愈之創舉。全詩十一章,最長二十句,最短十句。以下便逐章析釋,或略能彰顯韓詩之異采。

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