中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

2020年03月

807年-11 《張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五) -#27》 §-5-5- 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11145

807-11 《張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五) -#27》 §-5-5- 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11145

 

11153

張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五)

 -#28

 

§-5-6

 

 

韓愈全集校注 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-11153

 

 

 

5-4

因誦嵩所讀書,

というわけで、于嵩が読んでいる書物を暗話してそらんじて読み上げた。

盡卷不錯一字。

それは一巻のおわりまで、一字もまちがわなかったのである。

嵩驚,以為巡偶熟此卷,

于嵩はびっくりして、張巡が偶然この巻をそらんじていたのだと思ったのであった。

因亂抽他帙以試,無不盡然。     

そこで他の巻を手あたり次第に抜き出してためしてみたが、みな同様に暗唱していたである。(暗唱できることは内容も把握していたと驚いたのである)

5-4

因って 嵩が読む所の書を誦す。

巻を尽くして一字を錯らず。

嵩 驚いて以為えらく、巡、偶たま此の巻に熟すと。

困って他の帙を乱抽して以て試みるに、尽くに然らずということ無し。

5-5

嵩又取架上諸書,試以問巡,

于嵩はこんどは、書棚の上のさまざまの書物を取り出して、ためしにそれを張巡にたずねてみたところ、

巡應口誦無疑。

張巡は即応、おうむ返しに誦話して、疑わしくためらうことなどなかった。

嵩從巡久,亦不見巡常讀書也。

ところが、于嵩は長いあいだ張巡の輩下にいたのだが、張巡がついぞ書物を読んでいるのを見たことがなかったのである。

為文章操紙筆立書,未嘗起草。

文章を作るときは、紙と筆とを手にするとすぐさま本文に取り掛かり、同時に書き出し、草案だの原稿だの、こしらえたことはなかったのである。

5-5

嵩、又架上の講書を取って、試みに巡に問う。

巡、口に応じて話して疑うこと無し。

嵩、巡に従うこと久し。亦巡が常に書を読むことを見ず。

文章を為るときは、紙筆を操って立ちどころに書して、未だ嘗って草を起こさず。

5-6

初守睢陽時,士卒僅萬人,

最初睢陽を守備したとき、将校兵卒はほとんど一万人いたのだが

城中居人亦且數萬,

城内の住民の戸数もおなじていどで、また人数は数万ばかりであった。

巡因一見問姓名,其後無不識者。

張巡はそこではじめて出あったおりに姓名をたずね、それから後のことは、みな記憶していた。

巡怒,鬚髯輒張。  

張巡が腹を立てると、あごひげも、ほほひげもぴんと立った。

5-6

初め睢陽を守る時に、士卒僅ど万人。

城中の居人の戸、亦且つ数万、巡困って一たび見て姓名を問う。

其の後識さずということ無し。

巡怒るときに、髪髭軌ち張る。

5-7

及城陷,賊縳巡等數十人坐,且將戮。

巡起旋,其眾見巡起,或起或泣。

巡曰:『汝勿怖。死,命也。』          

5-7

城陥るに及んで、賊、巡等数十人を縳して坐せしめて、且つ将に戮せんとす。

巡起ちて旋す。其の衆、巡が起つを見て、或いは起ち或いは泣く。

巡日わく、『汝怖るること勿かれ。死は命なり、』と。

5-8

眾泣,不能仰視。

巡就戮時,顏色不亂,陽陽如平常。

遠寬厚長者,貌如其心,

與巡同年生,月日後於巡,

呼巡為兄,死時年四十九。             

5-8

衆泣いて仰ぎ視ること能わず。

巡、教に就く時に、顔色乱れず、陽陽として平常の如し。

遠は寛厚の長老なり。執、其の心の如し。

巡と年を同じゅうして生まる。月日、巡に後れたり。

巡を呼んで兄と為。死する時に年四十九、」と。

5-9

嵩貞元初死於亳、宋間。

或傳嵩有田在亳、宋間,

武人奪而有之,た

嵩將詣州訟理,為所殺。

嵩無子。」張籍云。           

5-9

嵩は貞元の初めに、亳、宋の問に死す。

或ひと伝う、嵩、田有って亳、宋の間に在り。

武人奪うて之れを有す。

嵩、将に州に詣って訟理せんとして、為に殺さる、」と。

嵩、子無し。

張籍云う。

 

 

 

《張中丞傳後敘》現代語訳と訳註解説
(
本文)

24  5-6

初守睢陽時,士卒僅萬人,

城中居人亦且數萬,

巡因一見問姓名,其後無不識者。

巡怒,鬚髯輒張。             

 

(下し文)
§5-6

 

 

(現代語訳)

(御史中丞張巡 傳のあとがき)5-6

最初睢陽を守備したとき、将校兵卒はほとんど一万人いたのだが

城内の住民の戸数もおなじていどで、また人数は数万ばかりであった。

張巡はそこではじめて出あったおりに姓名をたずね、それから後のことは、みな記憶していた。

張巡が腹を立てると、あごひげも、ほほひげもぴんと立った。

 

(訳注)

張中丞傳後敘

1.(御史中丞張巡 傳のあとがき)

2.【題意】張中丞は唐の張巡のこと。張巡は鄧州南陽の人、開元の末の空、清河の令から真源の令となった。天宝十四年冬、安緑山が叛いたことを聞き、吏土を率いて玄元廟(老子を祭る)に哭し、兵を起こして賊を討ち、睢陽に至り、太守許遠と共に防守したが、城陥って害に遇った。李翰がその伝を作ったが完全でなく、許遠の伝がなく、南霽雲の節義についての記述が漏れているのを慨いて、韓愈はこの後序を書いた。

 

28 §5-6

初守睢陽時,士卒僅萬人,

最初睢陽を守備したとき、将校兵卒はほとんど一万人いたのだが

 

 

城中居人亦且數萬,

城内の住民の戸数もおなじていどで、また人数は数万ばかりであった。

 

 

巡因一見問姓名,其後無不識者。

張巡はそこではじめて出あったおりに姓名をたずね、それから後のことは、みな記憶していた。

 

 

巡怒,鬚髯輒張。

張巡が腹を立てると、あごひげも、ほほひげもぴんと立った。

張巡 (景雲3年(709年) - 2載(757年)は中国・唐代の武。字も巡。南陽の出身。若くして兵法に通じ、開元29年(741年)に進士となる。この頃、兄の張は監察御史に就任しており、すでに兄弟ともに名を得ていた。太子通事人となり、県令として河へ赴任。治に功績をげ、任期がちた後に楊忠に推薦する人もあったがこれをり、源県へ県令として赴任する。その地でほしいままに振る舞っていた大吏の華南金を誅し、民から慕われた。

張巡『晩笑堂竹畫傳』の概要を見る。:15載(756年)安山が反を起こし、張巡は兵を集めて雍丘にて、安山側の令狐潮、李廷望とい、何度も打ち破り、寧陵に移ってからも、楊朝宗を破り、副河南節度使に任じられた。

安慶が安山を殺し、尹子奇に睢陽を攻めさせた。睢陽太守の許遠に援軍を求められ、睢陽に入り、一手となった。許遠は上官であったが、張巡の力を認め、主の位置をる。睢陽城は初め、1年分の蓄えがあったのを河南節度使・虢李巨に無理に召し上げられ、4月から10月にかけて賊軍にまれ、食料に困窮した。臨淮に駐屯していた御史大夫賀蘭進明に援軍をむが、賀蘭進明は敗北することと友軍に背後を襲われるを怖れ、また、張巡の名を妬み、援軍をった。

 

ついに、睢陽は落城に至り、張巡は屈せず、南霽雲、雷万春、姚誾ら幹部30余人は捕らわれて刑された。許遠は洛陽に連行された。援軍の張鎬が到着したのは、落城後、3日後だった。だが、睢陽城の頑な抵抗が唐軍の別隊の行動を容易としたために、落城10日にして賊軍の大部分は敗亡し、尹子奇も殺された。敵兵12万人を殺したと言われる。死後、睢陽に廟が建てられている。

807年-11 《張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五) -#27》 §-5-5- 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11145

807-11 《張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五) -#27》 §-5-5- 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11145

 

 

11145

張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五)

 -#27

 

§-5-5

 

 

韓愈全集校注 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-11145

 

 

 

§5-1

張籍曰:

張籍はこういうことをいう。

「有于嵩者,少依於巡;

「于嵩というものがいた。わかいときから張巡の部下であったが、

及巡起事,嵩常在圍中。

張巡が義勇軍を起してから、于嵩はいつも賊軍の包囲中にいた。

籍大曆中於和州烏江縣見嵩,

わたしは、大暦年間、和州烏江県で于嵩にあったが、

嵩時年六十餘矣。  

かれはその時、年六十あまりであった。

§5-1

張籍日わく、

于嵩という者有り。少うして巡に依る。

巡が事を起こすに及んで、嵩、常に囲みの中に在り。

籍、大暦中に和州の烏江県に於いて嵩を見る。

嵩、時に年六十餘。

24  §5-2

以巡初嘗得臨渙縣尉,

張巡に従軍した功績で、もと、臨換県の尉に任命されたことがあり、

好學,無所不讀。

学問すきで、どんな書物でも読んでいた。

籍時尚小,

わたしが于嵩にあったときは、まだおさなかったのであるし、

粗問巡、遠事,不能細也。

あらかた張巡、許遠のことをたずねたが、こまかいことにまで及ばなかった。

云:巡長七尺餘,鬚髯若神。     

于嵩のはなしでは、張巡は身のたけ七尺あまり、あごひげ、ほほひげは関羽さまのようであった。

5-2

巡を以て初め嘗って臨換県の尉を得たり。

学を好んで読まずという所無し。

籍、時に尚小さし。

粗【ほ】ぼ 巡・遠が事を問うて、細かなること能わず。

云う、巡、長け七尺餘、鬚髯、神の若し。

5-3

嘗見嵩讀《漢書》,

あるとき、干満が『漢書』を読んでいるのを見て、

謂嵩曰:

于嵩にいった

『何為久讀此?』

「なぜそんなに長くかかってこんな本を読んでいる。」

嵩曰:

于嵩はいった、

『未熟也。』

「よくおぼえていないからです。」

巡曰:

張巡は言う

『吾於書讀不過三遍,終身不忘也。』     

「わたしは本なら三べんも読まなくても、一生忘れない。」

5-3

嘗って嵩が漢書を読むを見て、

嵩に謂って日わく、

「何為れぞ久しく此れを読む、」と。

嵩日わく、

「未だ熟せず、」と。

巡日わく、

「吾れ書に於いて読むこと三篇に過ぎずして、身を終うるまで忘れず、」と。

5-4

因誦嵩所讀書,

というわけで、于嵩が読んでいる書物を暗話してそらんじて読み上げた。

盡卷不錯一字。

それは一巻のおわりまで、一字もまちがわなかったのである。

嵩驚,以為巡偶熟此卷,

于嵩はびっくりして、張巡が偶然この巻をそらんじていたのだと思ったのであった。

因亂抽他帙以試,無不盡然。     

そこで他の巻を手あたり次第に抜き出してためしてみたが、みな同様に暗唱していたである。(暗唱できることは内容も把握していたと驚いたのである)

5-4

因って 嵩が読む所の書を誦す。

巻を尽くして一字を錯らず。

嵩 驚いて以為えらく、巡、偶たま此の巻に熟すと。

困って他の帙を乱抽して以て試みるに、尽くに然らずということ無し。

5-5

嵩又取架上諸書,試以問巡,

于嵩はこんどは、書棚の上のさまざまの書物を取り出して、ためしにそれを張巡にたずねてみたところ、

巡應口誦無疑。

張巡は即応、おうむ返しに誦話して、疑わしくためらうことなどなかった。

嵩從巡久,亦不見巡常讀書也。

ところが、于嵩は長いあいだ張巡の輩下にいたのだが、張巡がついぞ書物を読んでいるのを見たことがなかったのである。

為文章操紙筆立書,未嘗起草。

文章を作るときは、紙と筆とを手にするとすぐさま本文に取り掛かり、同時に書き出し、草案だの原稿だの、こしらえたことはなかったのである。

5-5

嵩、又架上の講書を取って、試みに巡に問う。

巡、口に応じて話して疑うこと無し。

嵩、巡に従うこと久し。亦巡が常に書を読むことを見ず。

文章を為るときは、紙筆を操って立ちどころに書して、未だ嘗って草を起こさず。

5-6

初守睢陽時,士卒僅萬人,

城中居人亦且數萬,

巡因一見問姓名,其後無不識者。

巡怒,鬚髯輒張。             

5-6

初め睢陽を守る時に、士卒僅ど万人。

城中の居人の戸、亦且つ数万、巡困って一たび見て姓名を問う。

其の後識さずということ無し。

巡怒るときに、髪髭軌ち張る。

5-7

及城陷,賊縳巡等數十人坐,且將戮。

巡起旋,其眾見巡起,或起或泣。

巡曰:『汝勿怖。死,命也。』          

5-7

城陥るに及んで、賊、巡等数十人を縳して坐せしめて、且つ将に戮せんとす。

巡起ちて旋す。其の衆、巡が起つを見て、或いは起ち或いは泣く。

巡日わく、『汝怖るること勿かれ。死は命なり、』と。

5-8

眾泣,不能仰視。

巡就戮時,顏色不亂,陽陽如平常。

遠寬厚長者,貌如其心,

與巡同年生,月日後於巡,

呼巡為兄,死時年四十九。             

5-8

衆泣いて仰ぎ視ること能わず。

巡、教に就く時に、顔色乱れず、陽陽として平常の如し。

遠は寛厚の長老なり。執、其の心の如し。

巡と年を同じゅうして生まる。月日、巡に後れたり。

巡を呼んで兄と為。死する時に年四十九、」と。

5-9

嵩貞元初死於亳、宋間。

或傳嵩有田在亳、宋間,

武人奪而有之,た

嵩將詣州訟理,為所殺。

嵩無子。」張籍云。           

5-9

嵩は貞元の初めに、亳、宋の問に死す。

或ひと伝う、嵩、田有って亳、宋の間に在り。

武人奪うて之れを有す。

嵩、将に州に詣って訟理せんとして、為に殺さる、」と。

嵩、子無し。

張籍云う。

 

 

 

《張中丞傳後敘》現代語訳と訳註解説
(
本文)

24  5-5

嵩又取架上諸書,試以問巡,

巡應口誦無疑。

嵩從巡久,亦不見巡常讀書也。

為文章操紙筆立書,未嘗起草。

 

(下し文)
§5-5

嵩、又架上の講書を取って、試みに巡に問う。

巡、口に応じて話して疑うこと無し。

嵩、巡に従うこと久し。亦巡が常に書を読むことを見ず。

文章を為るときは、紙筆を操って立ちどころに書して、未だ嘗って草を起こさず。

 

(現代語訳)

(御史中丞張巡 傳のあとがき)5-5

于嵩はこんどは、書棚の上のさまざまの書物を取り出して、ためしにそれを張巡にたずねてみたところ、

張巡は即応、おうむ返しに誦話して、疑わしくためらうことなどなかった。

ところが、于嵩は長いあいだ張巡の輩下にいたのだが、張巡がついぞ書物を読んでいるのを見たことがなかったのである。

文章を作るときは、紙と筆とを手にするとすぐさま本文に取り掛かり、同時に書き出し、草案だの原稿だの、こしらえたことはなかったのである。

 

 

(訳注)

張中丞傳後敘

1.(御史中丞張巡 傳のあとがき)

2.【題意】張中丞は唐の張巡のこと。張巡は鄧州南陽の人、開元の末の空、清河の令から真源の令となった。天宝十四年冬、安緑山が叛いたことを聞き、吏土を率いて玄元廟(老子を祭る)に哭し、兵を起こして賊を討ち、睢陽に至り、太守許遠と共に防守したが、城陥って害に遇った。李翰がその伝を作ったが完全でなく、許遠の伝がなく、南霽雲の節義についての記述が漏れているのを慨いて、韓愈はこの後序を書いた。

 

5-5

嵩又取架上諸書,試以問巡,

于嵩はこんどは、書棚の上のさまざまの書物を取り出して、ためしにそれを張巡にたずねてみたところ、

架 棚、書棚。

 

 

巡應口誦無疑。

張巡は即応、おうむ返しに誦話して、疑わしくためらうことなどなかった。

 

 

嵩從巡久,亦不見巡常讀書也。

ところが、于嵩は長いあいだ張巡の輩下にいたのだが、張巡がついぞ書物を読んでいるのを見たことがなかったのである。

 

 

為文章操紙筆立書,未嘗起草。

文章を作るときは、紙と筆とを手にするとすぐさま本文に取り掛かり、同時に書き出し、草案だの原稿だの、こしらえたことはなかったのである。

立書 たちどころに書く。 その場ですぐ。

起草 下書きを作る。草稿を準備する。

807年-11 《張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五) -#26》 §-5-4- 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11137

807-11 《張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五) -#26》 §-5-4- 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11137

 

11137

張中丞傳後敘(韓愈全集校注〔三〕一七一五)

 -#26

 

§-5-4

 

 

韓愈全集校注 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-11137

 

 

 

 

§5-1

張籍曰:

張籍はこういうことをいう。

「有于嵩者,少依於巡;

「于嵩というものがいた。わかいときから張巡の部下であったが、

及巡起事,嵩常在圍中。

張巡が義勇軍を起してから、于嵩はいつも賊軍の包囲中にいた。

籍大曆中於和州烏江縣見嵩,

わたしは、大暦年間、和州烏江県で于嵩にあったが、

嵩時年六十餘矣。  

かれはその時、年六十あまりであった。

§5-1

張籍日わく、

于嵩という者有り。少うして巡に依る。

巡が事を起こすに及んで、嵩、常に囲みの中に在り。

籍、大暦中に和州の烏江県に於いて嵩を見る。

嵩、時に年六十餘。

24  §5-2

以巡初嘗得臨渙縣尉,

張巡に従軍した功績で、もと、臨換県の尉に任命されたことがあり、

好學,無所不讀。

学問すきで、どんな書物でも読んでいた。

籍時尚小,

わたしが于嵩にあったときは、まだおさなかったのであるし、

粗問巡、遠事,不能細也。

あらかた張巡、許遠のことをたずねたが、こまかいことにまで及ばなかった。

云:巡長七尺餘,鬚髯若神。     

于嵩のはなしでは、張巡は身のたけ七尺あまり、あごひげ、ほほひげは関羽さまのようであった。

5-2

巡を以て初め嘗って臨換県の尉を得たり。

学を好んで読まずという所無し。

籍、時に尚小さし。

粗【ほ】ぼ 巡・遠が事を問うて、細かなること能わず。

云う、巡、長け七尺餘、鬚髯、神の若し。

5-3

嘗見嵩讀《漢書》,

あるとき、干満が『漢書』を読んでいるのを見て、

謂嵩曰:

于嵩にいった

『何為久讀此?』

「なぜそんなに長くかかってこんな本を読んでいる。」

嵩曰:

于嵩はいった、

『未熟也。』

「よくおぼえていないからです。」

巡曰:

張巡は言う

『吾於書讀不過三遍,終身不忘也。』     

「わたしは本なら三べんも読まなくても、一生忘れない。」

5-3

嘗って嵩が漢書を読むを見て、

嵩に謂って日わく、

「何為れぞ久しく此れを読む、」と。

嵩日わく、

「未だ熟せず、」と。

巡日わく、

「吾れ書に於いて読むこと三篇に過ぎずして、身を終うるまで忘れず、」と。

5-4

因誦嵩所讀書,

というわけで、于嵩が読んでいる書物を暗話してそらんじて読み上げた。

盡卷不錯一字。

それは一巻のおわりまで、一字もまちがわなかったのである。

嵩驚,以為巡偶熟此卷,

于嵩はびっくりして、張巡が偶然この巻をそらんじていたのだと思ったのであった。

因亂抽他帙以試,無不盡然。     

そこで他の巻を手あたり次第に抜き出してためしてみたが、みな同様に暗唱していたである。(暗唱できることは内容も把握していたと驚いたのである)

5-4

因って 嵩が読む所の書を誦す。

巻を尽くして一字を錯らず。

嵩 驚いて以為えらく、巡、偶たま此の巻に熟すと。

困って他の帙を乱抽して以て試みるに、尽くに然らずということ無し。

5-5

嵩又取架上諸書,試以問巡,

巡應口誦無疑。

嵩從巡久,亦不見巡常讀書也。

為文章操紙筆立書,未嘗起草。

5-5

嵩、又架上の講書を取って、試みに巡に問う。

巡、口に応じて話して疑うこと無し。

嵩、巡に従うこと久し。亦巡が常に書を読むことを見ず。

文章を為るときは、紙筆を操って立ちどころに書して、未だ嘗って草を起こさず。

5-6

初守睢陽時,士卒僅萬人,

城中居人亦且數萬,

巡因一見問姓名,其後無不識者。

巡怒,鬚髯輒張。             

5-6

初め睢陽を守る時に、士卒僅ど万人。

城中の居人の戸、亦且つ数万、巡困って一たび見て姓名を問う。

其の後識さずということ無し。

巡怒るときに、髪髭軌ち張る。

5-7

及城陷,賊縳巡等數十人坐,且將戮。

巡起旋,其眾見巡起,或起或泣。

巡曰:『汝勿怖。死,命也。』          

5-7

城陥るに及んで、賊、巡等数十人を縳して坐せしめて、且つ将に戮せんとす。

巡起ちて旋す。其の衆、巡が起つを見て、或いは起ち或いは泣く。

巡日わく、『汝怖るること勿かれ。死は命なり、』と。

5-8

眾泣,不能仰視。

巡就戮時,顏色不亂,陽陽如平常。

遠寬厚長者,貌如其心,

與巡同年生,月日後於巡,

呼巡為兄,死時年四十九。             

5-8

衆泣いて仰ぎ視ること能わず。

巡、教に就く時に、顔色乱れず、陽陽として平常の如し。

遠は寛厚の長老なり。執、其の心の如し。

巡と年を同じゅうして生まる。月日、巡に後れたり。

巡を呼んで兄と為。死する時に年四十九、」と。

5-9

嵩貞元初死於亳、宋間。

或傳嵩有田在亳、宋間,

武人奪而有之,た

嵩將詣州訟理,為所殺。

嵩無子。」張籍云。           

5-9

嵩は貞元の初めに、亳、宋の問に死す。

或ひと伝う、嵩、田有って亳、宋の間に在り。

武人奪うて之れを有す。

嵩、将に州に詣って訟理せんとして、為に殺さる、」と。

嵩、子無し。

張籍云う。

 

 

 

《張中丞傳後敘》現代語訳と訳註解説
(
本文)

24  5-4

因誦嵩所讀書,

盡卷不錯一字。

嵩驚,以為巡偶熟此卷,

因亂抽他帙以試,無不盡然。          

 

(下し文)
§5-4

因って 嵩が読む所の書を誦す。

巻を尽くして一字を錯らず。

嵩 驚いて以為えらく、巡、偶たま此の巻に熟すと。

困って他の帙を乱抽して以て試みるに、尽くに然らずということ無し。

 

(現代語訳)

(御史中丞張巡 傳のあとがき)

というわけで、于嵩が読んでいる書物を暗話してそらんじて読み上げた。

それは一巻のおわりまで、一字もまちがわなかったのである。

于嵩はびっくりして、張巡が偶然この巻をそらんじていたのだと思ったのであった。

そこで他の巻を手あたり次第に抜き出してためしてみたが、みな同様に暗唱していたである。(暗唱できることは内容も把握していたと驚いたのである)

 

(訳注)

張中丞傳後敘

1.(御史中丞張巡 傳のあとがき)

2.【題意】張中丞は唐の張巡のこと。張巡は鄧州南陽の人、開元の末の空、清河の令から真源の令となった。天宝十四年冬、安緑山が叛いたことを聞き、吏土を率いて玄元廟(老子を祭る)に哭し、兵を起こして賊を討ち、睢陽に至り、太守許遠と共に防守したが、城陥って害に遇った。李翰がその伝を作ったが完全でなく、許遠の伝がなく、南霽雲の節義についての記述が漏れているのを慨いて、韓愈はこの後序を書いた。

 

5-4

因誦嵩所讀書,

というわけで、于嵩が読んでいる書物を暗話してそらんじて読み上げた。。

 

 

盡卷不錯一字。

それは一巻のおわりまで、一字もまちがわなかったのである。

 

 

嵩驚,以為巡偶熟此卷,

于嵩はびっくりして、張巡が偶然この巻をそらんじていたのだと思ったのであった。

 

 

因亂抽他以試,無不盡然。     

そこで他の巻を手あたり次第に抜き出してためしてみたが、みな同様に暗唱していたである。(暗唱できることは内容も把握していたと驚いたのである)

乱抽 他帙 『漢書』のうちの他の帙からでたらめに引き抜く。帙は書物を包む袋、布製の函。

 

 

 帙入りの書物 02

 

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