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恋愛詩人・李商隠 6 重過聖女詞
この詩も物語のように読む。七言律詩


重過聖女詞
1.白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
2.一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
3.萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
4.玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。


1. 東川より長安に帰る途中、ここ鳳州、秦岡山、懸崖の聖女を祭る祠に再び立ち寄ることとなった。祠の玄関は自然の峻しい巌石でできている。それが扉でもある白い石の門は時代の色に古び、青い蘚が、石の白さに対照して色鮮やかに繁っている。ここに祭られる女神は、過去に何か罪を犯すところあって至上天の楽土から流謫せられ落ちぶれたのだろうが、祠の扉が苔むしてまだ天上に帰ることができないでいるのだろう。


2. ここでは、ひと春のあいだ中、春めく愛を示すような夢のなごり雨が、祠の古びた瓦に飛び散り飄える。そしてまた、何か神秘な風が、かかげたのぼり旗を一杯脹らませることもなく、一日中、柔らかく吹いている。
 
3. もとは宮女、罪あって道観に出だされて、女道士となったと思われる女達の、妖しくもなまめかしい姿が、ここに見られたのだが、
「昔、気紛れに羊権の家に下って不思議な贈物を届けた仙女「萼緑華」のように、彼女らはどこからともしれず、ふと現われたものだった。そしてまた、湘江の岸に捨てられ、漁夫の家に育って成長すると、天上に帰ったという杜蘭香のように、ほんの少し前までは、ここにいたと思うのに、人の愛の心をその気にさせてから、ふと消えてゆく。」

4. 仙界の官位で云えば、まだ「玉郎」に過ぎず、日頃不遇な私のこと、ここでは必ずや仙人世界の名簿に名をつらね、宮殿に自由に出入りできる身分になりたい。かつてここを訪れた時、美女の歓待を受け、夢幻の界なる天の宮殿のきざはしで、その世界にしかない、もしそれを食えば幸福のおとずれるという植物のことについて語り合った、その歓びを私はよく憶えている。


重過聖女詞
聖女詞 鳳州(陝西省鳳翔)の秦岡山の懸崖の側、列壁の上にある祠。その神体は女性で上が赤く下が白
く塗られているという。(856年45歳のころ、東川の幕府からか、陝西省南鄭県)興元の方面から長安に帰る途中の作と推定される。
「重ねて過る」とは以前一度たちよった事があるということである。聖女祠と題する詩は他に二篇ある。
唐代の道教のやしろ、或いはそれに類するいわゆる淫祠の女冠は多分に売春、娼妓的性格をもっていた。それを考え併せてこの詩を読まないとわからない。

1. 白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
東川より長安に帰る途中、ここ鳳州、秦岡山、懸崖の聖女を祭る祠に再び立ち寄ることとなった。祠の玄関は自然の峻しい巌石でできている。それが扉でもある白い石の門は時代の色に古び、青い蘚が、石の白さに対照して色鮮やかに繁っている。ここに祭られる女神は、過去に何か罪を犯すところあって至上天の楽土から流謫せられ落ちぶれたのだろうが、祠の扉が苔むしてまだ天上に帰ることができないでいるのだろう。
上清 道教では天を玉清・太清・上清とわける、その至上天。そこに太上宮なる宮殿があり、聖者が住むという。○淪謫 流れものとなっておちぶれる。

2. 一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
ここでは、ひと春のあいだ中、春めく愛を示すような夢のなごり雨が、祠の古びた瓦に飛び散り飄える。そしてまた、何か神秘な風が、かかげたのぼり旗を一杯脹らませることもなく、一日中、柔らかく吹いている。 
一春 ひと春のあいだ中。○夢雨 楚の懐王の巫山神女を夢みるの故事にもとづき、男女の愛の喜びとその名残を夢雨という。晩唐の杜牧(803-852年)の潤州の詩に「柳は朱横に暗く夢雨多し。」と。○尽日 ひねもす。一日じゅう。

3. 萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
もとは宮女、罪あって道観に出だされて、女道士となったと思われる女達の、妖しくもなまめかしい姿が、ここに見られたのだが、
「昔、気紛れに羊権の家に下って不思議な贈物を届けた仙女「萼緑華」のように、彼女らはどこからともしれず、ふと現われたものだった。そしてまた、湘江の岸に捨てられ、漁夫の家に育って成長すると、天上に帰ったという杜蘭香のように、ほんの少し前までは、ここにいたと思うのに、人の愛の心をその気にさせてから、ふと消えてゆく。」
萼緑華 (がくりょくか) 南山の仙女の名。青い衣を着て容色絶麗。晋の升平三年(359年)の冬の夜、羊権の家に降下し、仙薬を権にあたえておいて消え去った。この話は梁の陶弘貴の「真誥」にある逸話である。○杜蘭香 (とらんこう) 中国のかぐや姫。昔、一人の漁夫が湘江の岸で泣声をきき、嬰児を拾いそれを養った。その少女「杜蘭香」は成長して天姿奇偉(天女のようで妖しく賢そう)。ある日青い衣の仙界の下僕が空より、その家に下り彼女をつれ去った。昇天の際に、漁夫に言った。「私はもと仙女でございました。あやまちを犯して人間の世界に貶められておりましたが、今、帰ります。」と。後に、洞庭包山(どうていほうざん)の張碩(ちょうせき)の家に下って彼と結婚したと、前蜀の杜光庭の「墉城集仙録」(ようじょうしゅうせんろく)にある。「杜蘭香」は、晋の干宝の「捜神記」や「晋書」曹毗伝(そうひでん)などに登場するが、我が国最初の小説「竹取物語」は恐らく「杜蘭香」伝説にヒントを得ていると思われる。道教の寺院は「観」という。

4. 玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。
仙界の官位で云えば、まだ「玉郎」に過ぎず、日頃不遇な私のこと、ここでは必ずや仙人世界の名簿に名をつらね、宮殿に自由に出入りできる身分になりたい。かつてここを訪れた時、美女の歓待を受け、夢幻の界なる天の宮殿のきざはしで、その世界にしかない、もしそれを食えば幸福のおとずれるという植物のことについて語り合った、その歓びを私はよく憶えている。
玉郎 仙界の身分高き仙人に仕える侍従。梁の陶弘景の「登眞隠訣」にある。ここは李商隠みずからをいう。なお別の聖女桐の詩に、「星娥(せいが)ひとたび去りし後、月姊(げつし)更に来りしやいなや。」という、この二句と類似した発想の一聯がある。○通仙籍 宮門に出入を許された者の名をしるす掛札を通籍という。また、仕官することを「籍を通ず」という。○天階 本来は、三台とも呼ばれる星座の名を意味する。「晋書」の天文志によると、この星座は六つの星からなり、太微星(天の中央にある星)に最も近い星を天柱ともいい、人の世界でいえば三公(大司馬、大司徒、大司空)にあたる。以下順位があるのだが、その意味を含みつつ、この詞の最も高く、奥まった部屋のきざはしをいうのであろう。(向)もまた、最上の星に(むかって)であると同時に、この祠の部屋のきざはし〈で〉という意味でもある。○紫芝 天上の宮廷の庭に植えられる紫色の神秘な植物。道教では、それを内服すると仙界の官位が上進してあがめられるという。


○韻 滋、遅、旗、時、芝。

重ねて聖女詞を過る
白石の巌扉(がんぴ) 碧辞(へきじ)滋(しげし)、上清より淪謫(りんたく)せられて帰り得る 遅(おそし)。
一春 夢雨 常に瓦に飄、尽日 霊風 旗に満たず。
萼緑華(がくりょくか)の来る 定所無く、杜蘭香(とこうらん)去って未だ時を移さず。
玉郎 会えず此に仙籍を通ぜん、憶う天の階(きざはし)に向って紫芝(しし)、問いしことを。