恋愛詩人・李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)
ひそかに心を寄せる貴族むすめ、何かそわそわして不安気な姿。しかし、心に思う人とは添い遂げられないもの、そんな時代なのだ。きっと愛の終末は不幸なもの。

 無題
1. 颯颯東風細雨來﹐芙蓉塘外有輕雷。
2. 金蟾嚙鎖燒香入﹐玉虎牽絲汲井回。
3. 賈氏窺帘韓掾少﹐宓妃留枕魏王才。
4. 春心莫共花爭發﹐一寸相思一寸灰。

「はやて」のようにふく風が春風となり、小糠雨を連れてきた。蓮の花が咲き乱れる庭の池のむこうの方でかろやかな雷が鳴っている。

ここ貴族の館では、誰を喜ばそうとするのか、新たに香が入れかえられ、黄金の香炉全体に浮彫りされた魔よけの蛙が、あたかも口をかみ合わしたかのように、錠前が閉ざされ、やがて薫り高い香煙が客間の方に広がってくる。そして井戸では、虎のかたちを刻んだ宝玉で飾ったの釣瓶の滑車が綱を引き井戸水が汲みあげられるにつれて回転する。

このように、この家の娘(令嬢)が、香をたかせ、化粧の水を汲ませるのは、晋の時代の大臣、賈充かじゆうの娘が、父の宴を簾越しに見たとき、韓寿という若い書記官を見初めた。その話の様に、この娘は誰か心に慕う人あってのことだろう。しかし、魏の甄后が、七歩の才という文才に秀でた弟の曹植に心寄せながらも、兄の曹丕に嫁がせられたように、いずれは死後のかたみに贈る枕でしか、思いを遂げることのできない非運に泣かぬようにせねばならのではあるまいか。

萌えたぎる若き春の心は、花同志が競いあうことはない、その心にあるひと時の愛の燃えるたかまりはひと時後には灰となり、一寸の相思はやがて一寸の死灰となっておわる。


1. 颯颯たる東風 細雨来る、 芙蓉塘外 軽雷有り
2. 金蟾きんせん 鎖を齧かみ 香を焼きて入り、 玉虎 糸を牽き 井を汲みて回る
3. 賈氏 簾を窺いて 韓掾かんえんは少わかく、 宓妃 ふくひ 枕を留めて 魏王は才あり
4. 春心 花と共に発ひらくを争うこと莫かれ、 一寸の相思 一寸の灰



1. 颯颯東風細雨來﹐芙蓉塘外有輕雷。
「はやて」のようにふく風が春風となり、小糠雨を連れてきた。蓮の花が咲き乱れる庭の池のむこうの方でかろやかな雷が鳴っている。
颯颯 はやて。疾風。さかんなさま。風のさやさやと吹く形容。楚の屈原(紀元前339-278年)の「楚辞」九歌に「風は楓楓として木粛蒲たり。」と。王維(699-761)輞川集13「欒家瀬」 とても味わい深い、いい詩なので紹介する。

欒家瀬
颯颯秋雨中、浅浅石溜瀉。
波跳自相濺、白鷺驚復下。

欒家瀬 (らんからい)
颯颯(さつさつ)たる秋雨(しゅうう)の中(うち)、浅浅(せんせん)として石溜(せきりゅう)に瀉ぐ
波は跳(おど)って自(おのずか)ら相い濺(そそ)ぎ、白鷺(はくろ)は驚きて復(ま)た下(くだ)れり

また、杜甫(712-770)「石龕」颯颯驚蒸黎 颯颯として人民を驚かすや と使う。王維の使い方に李商隠の詩は似ている。
東風 はる風。○芙蓉 蓮の花。○ いけ。或いは池畔。○軽雷 かろやかな雷のとどろき。

2. 金蟾嚙鎖燒香入﹐玉虎牽絲汲井回。
ここ貴族の館では、誰を喜ばそうとするのか、新たに香が入れかえられ、黄金の香炉全体に浮彫りされた魔よけの蛙が、あたかも口をかみ合わしたかのように、錠前が閉ざされ、やがて薫り高い香煙が客間の方に広がってくる。そして井戸では、虎のかたちを刻んだ宝玉で飾ったの釣瓶の滑車が綱を引き井戸水が汲みあげられるにつれて回転する。
金蟾嚙鎖 金は黄金、そして一般に華麗な装飾のほどこされた物品の形容。蟾はひきがえる。湿気が病気のもとと考えられていた時代。カエルが湿気を呑むとされ、健康を願って香炉をその形に造った。操は錠前。擬人的表現で、香炉の蓋が閉ざされることを、その飾りものの蛙が噛むというもの。○玉虎牽絲 玉は宝石。また金殿玉楼というように広く豪華なものの形容。玉虎は虎の形を浮き彫りに轆轤=歯車をいう。飾り立てた香炉だけならまだしも、井戸の釣瓶の滑車にも豪華な金玉の飾りをしている奢侈なことを風刺している。

3. 賈氏窺帘韓掾少﹐宓妃留枕魏王才。
このように、この家の娘(令嬢)が、香をたかせ、化粧の水を汲ませるのは、晋の時代の大臣、賈充かじゆうの娘が、父の宴を簾越しに見たとき、韓寿という若い書記官を見初めた。その話の様に、この娘は誰か心に慕う人あってのことだろう。しかし、魏の甄后が、七歩の才という文才に秀でた弟の曹植に心寄せながらも、兄の曹丕に嫁がせられたように、いずれは死後のかたみに贈る枕でしか、思いを遂げることのできない非運に泣かぬようにせねばならのではあるまいか。
賈氏窺帘韓掾少 西晋時代の宰相賈充(217-282)の令嬢と、若い書記官韓寿との物語をさす。賈氏は賈の姓の女性という意味。劉宋・劉義慶「名士言行録」『世説新語』惑溺篇に「賈充のむすめ賈氏は、父の宴の客たちを青簾の中から窺って、韓寿の美貌を見そめ、以後二人は情を通じ合った。のちに令嬢の用いている高貴な香料の香りで、韓寿が賈氏のもとに通っている事が発覚した。その香料は外国からの献上品で大臣の陳騫(221-292)と賈充だけに朝廷から賜ったものだったからである。だが、賈充はそれを秘め、韓寿を婿養子とした。」とある掾は太府掾、大臣つきの書記官である。○宓妃留枕魏王才 魏の陳思王曹植(192-232)にからまる悲恋の物語をさす。曹植がみそめた甄逸のむすめを、父の曹操(155-220)は、当時五官中郎将だった兄の文帝曹杢(186-226)にめあわせてしまった、〕 いわゆ 甄后である。彼女は謗られて早く死んだのだが、黄初年問、洛陽におもむいた曹植は兄の文帝から甄后の遺品である枕を示され、覚えず涙を流したという。帰途、洛水のほとりで甄后の霊が現われ、「妾はもとから貴方が好きでした。生時には枕を兄上様にあげましたけれど、今、この枕を貴方にさしあげます。貴方のお顔をもっと見たい。」と言って消え去ったという。曹植の洛神の賦は、太古の帝王伏羲氏のむすめ宓妃が洛水に入水して川の精となったという伝説にもとづいて作られているが、実は甄后をしのんで作られたものという。曹植は七歩の才といわれ、七歩詩が有名。


4. 春心莫共花爭發﹐一寸相思一寸灰。
萌えたぎる若き春の心は、花同志が競いあうことはない、その心にあるひと時の愛の燃えるたかまりはひと時後には灰となり、一寸の相思はやがて一寸の死灰となっておわる。
一寸 心臓の大きさは一寸といわれる。○相思 恋。片思いでも相思という。李賀(790~816)「神絃」(相思 木帖す 金の舞鸞)に使う。本当は相思相愛であるのに木に貼られて片方しか見えない。



無題
晩楓たる東風 細雨来る
芙蓉塘外 軽甫有り
金糖 鎖を轟み香を焼きて〃り
玉虎 糸を牽き井を汲みて回る
か し  すだれ うかが   かんえん わか
質氏 簾を親いて 韓按は少く

怒妃 枕を留めて 魂王は才あり
春心 花と共に発くを争うこと莫かれ
一寸の相思一寸の灰

建安の三曹 曹操 曹丕 曹植

武帝(曹操)(ぶてい・そうそう) 155年 - 220 後漢末の武将、政治家、詩人、兵法家。後漢の丞相・魏王で、三国時代の魏の基礎を作った。建安文学の担い手の一人であり、子の曹丕・曹植と合わせて「三曹」と称される。現存する彼の詩作品は多くないが、そこには民衆や兵士の困苦を憐れむ気持ちや、乱世平定への気概が感じられる。表現自体は簡潔なものが多いが、スケールが大きく大望を望んだ文体が特徴である。 ・短歌行 ・求賢令 ・亀雖寿 ・蒿里行 ・薤露

曹丕・文帝(そうひ・ぶんてい) 187~226 三国時代の魏(ぎ)の初代皇帝。在位220~26。曹操の長子。字(あざな)は子桓(しかん)。諡号(しごう)、文帝。廟号は世祖。父を継いで魏王となり、後漢の献帝の禅譲によって帝位につき、洛陽を都と定め、国号を魏と号した。九品中正法を施行。詩文を好み、楽府にすぐれた。著「典論」など。 寡婦   ・典論  ・画餅  ・燕歌行  ・善哉行  ・王は驢鳴を好めり

曹植(そうしょく) [192~232] 中国、三国時代の魏(ぎ)の詩人。字(あざな)は子建。曹操の第3子。陳王に封ぜられたので、陳思王とも呼ばれる。五言詩にすぐれた。そうち。→建安体 →七歩(しちほ)の才 七歩詩 ・怨詩行  ・野田黄雀行  ・贈白馬王彪  ・左顧右眄   七哀詩