代白頭吟 劉希夷(劉廷芝)(2)

初唐の詩人。(651~678)。二十八歳という若さで、命を落とす。字は希夷、或いは廷芝。汝州(現・汝州市)の人。二十四歳で進士に合格するが、仕官せずに巴蜀、江南を遊覧する。その行より帰って後、洛陽の居にて、この作品や『故園置酒』を作った。

劉 希夷(りゅう きい、651年(永徽2年) - 679年(調露元年))は中国唐代の詩人。字は庭芝、廷芝。一説に名が庭芝で字が希夷ともいわれる。汝州(河南省汝州市)の出身。幼くして父を失い、母と共に外祖父のもとに身を寄せ20歳頃まで過ごした。容姿はすぐれており、物事にこだわらない性格なので素行が悪かった。酒と音楽を好み、琵琶の名手であった。675年(上元2年)進士となるが仕官せずに各地を遊覧した。「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」で有名な詩「代悲白頭翁」、貴族の若者を詠った「公子行」が代表作。この二首は唐詩選におさめられている。いずれも楽譜体で、南朝の楽府にヒントを得ている。

ここでは、前回の「公子行」とここに挙げる「代白頭吟」のみとする。

代白頭吟     (代悲白頭翁) 
洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。
洛陽の都の東にさきみだれる桃李の花は。ひらひらと風に舞う花は、誰の家へ落ちていったのか。
洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。』
 洛陽の都の色香を出し惜しみのむすめは、じっと落花をみていて、ふと長いため息を吐く。 
今年花落顏色改,明年花開復誰在。

今年は、(もう)花が散り落ちて、花の色香が改まったが。明年、花が咲き開く時には、誰か(その女(ひと)は)まだ在(い)るだろうか。(もう、いまい)。

已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。』
すでに、年を経た長く繁茂する松や柏の樹木も、切り倒された木々のなるのを見受けられた。更にまた、桑畑が變じて大海原に変わるという故事を聞いているだろう。 
古人無復洛城東,今人還對落花風。
昔の知人は、洛陽の東の郊外にはもう住んではいない。そして今の人は落花の風に舞い散るのを目の当たりにしている。
年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。
毎年、花は同じように色香で咲く。その年ごとにそれを見る人というものは同じではないのだ。
寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。』
私は言葉を寄せたい、もう死のうかというこの白髪の老人を憐れんでください。
此翁白頭眞可憐,伊昔紅顏美少年。
この老人の白髪は、まことに憐れむべきようすだが、それでもこの白髪の老翁が、昔は若々しい美少年であった。 
公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。
貴公子たち公達が香しい大樹の下で。きよらかな歌声や落花の舞をめにしていた。
光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。
その場所は漢の光祿王根のだい庭園にも匹敵する錦を広げたようであった。高官のお屋敷の庭の池の畔の高台では麗しい情景が展開され。後漢順帝のときの梁冀は大将軍で壮麗な邸宅の楼閣に神仙の像を描かせた素晴らしいものであった。
一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。』
ひとたび、病臥してしまったら、交際する知りあいもいなくなってしまい、春三月の行楽は誰のものなのか。
宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。

しなやかな美人の姿も、その若さと美貌を誇れるのは、どれくらいの長さの時間たもてるというのか。つかのまの間に絹絲がもつれたような白髪になったのだ。

但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。』

ただ古来からの歌舞、遊興の地で華であったこの地が、たそがれときに、小鳥や雀の啼き声だけが悲しげに聞こえるだけである。


代白頭吟 (白頭を悲しむ翁に代りて)
洛陽城東桃李の花,飛び來り飛び去りて誰が家にか落つる。
洛陽の女兒 顏色を惜しみ,行(ゆくゆ)く 落花に逢ひて  長歎息す。』
今年花落ちて顏色改まり,明年花開きて 復た 誰か在る。
已(すで)に見る松柏の摧(くだ)かれて薪と爲るを,更に聞く桑田の變じて海と成るを。』
古人復(ま)た洛城の東に無く,今人還(ま)た對す落花の風。
年年歳歳花相(あ)ひ似たれども,歳歳年年人同じからず。
言を寄す全盛の紅顏子,應に憐むべし半死の白頭の翁。』
此の翁白頭眞に憐む可し,伊(こ)れ昔紅顏の美少年。
公子王孫芳樹の下,清歌妙舞 落花の前。
光祿の池臺に錦繍を開き,將軍の樓閣に神仙を畫(ゑが)く。
一朝病ひに臥して人の識る無く,三春の行樂誰が邊にか在る』。
宛轉たる蛾眉能(よ)く幾時ぞ,須臾にして鶴髮亂れて絲の如し。
但(た)だ看る古來歌舞の地,惟(た)だ黄昏に鳥雀の悲しむ有るを。」


代白頭吟
『代悲白頭翁』ともいう。「白頭を悲しむ老翁になり代る」

劉希夷の二つの代表作のうち、女性の一生を歌ったもの。

男性の一生を歌ったものは『公子行』
天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。
馬聲廻合青雲外,人影搖動綠波裏。
綠波蕩漾玉爲砂,青雲離披錦作霞。
可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。
此日遨遊邀美女,此時歌舞入娼家。』

娼家美女鬱金香,飛去飛來公子傍。
的的珠簾白日映,娥娥玉顏紅粉妝。
花際裴回雙蛺蝶,池邊顧歩兩鴛鴦。
傾國傾城漢武帝,爲雲爲雨楚襄王。』

古來容光人所羨,況復今日遙相見。
願作輕羅著細腰,願爲明鏡分嬌面。
與君相向轉相親,與君雙棲共一身。
願作貞松千歳古,誰論芳槿一朝新。
百年同謝西山日,千秋萬古北邙塵。』


 であり、ともに彼の代表作である 。

嘗て歌われていた。なお、この作品を宋之問の作『有所思』ともするが、劉希夷の方が強い。この詩は、時の移ろいの悲しみを歌っている。唐の杜秋娘『金縷曲』(勸君莫惜金縷衣) や、宋の朱熹『偶成詩』(少年易老學難成) のモチーフの元とも謂える。蛇足になるが、我が国でいえば、小野小町の「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに」にでもなろうか。

  ほぼ全篇、対句による構成である。なお、この原詩は日本流布バージョン『唐詩選』のものである。『楽府詩集』などのものとは微妙に出入りがある。

楽府題『白頭吟』 漢・卓文君
皚如山上雪,皎若雲間月。
聞君有兩意,故來相決絶。
今日斗酒會,明旦溝水頭。



代白頭吟

洛陽城東桃李花、飛來飛去落誰家。
洛陽の都の東にさきみだれる桃李の花は。ひらひらと風に舞う花は、誰の家へ落ちていったのか。 
洛陽 唐代の東都。首都・西都たるべき長安とともに、当時のみやこ。 ・ 街。都市。 ・桃李花 モモやスモモの花。春を代表する花。美しいものを指す。 ・~來~去:(…して)行ったり来たり。 ・落誰家 どの辺りに落ちるのか。「家」は、必ずしも建物の「いえ」のみをいっていない。 ・誰家 だれ。どこ。
 

洛陽女兒惜顏色、行逢落花長歎息。
洛陽の都の色香を出し惜しみのむすめは、じっと落花をみていて、ふと長いため息を吐く。 
顏色 顔の色。 ・行 やがて。まさに…しようとする。行将。近い将来のことを表す表現

今年花落顏色改、明年花開復誰在。
今年は、(もう)花が散り落ちて、花の色香が改まったが。明年、花が咲き開く時には、誰か(その女(ひと)は)まだ在(い)るだろうか。(もう、いまい)。

已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。』
すでに、年を経た長く繁茂する松や柏の樹木も、切り倒された木々のなるのを見受けられた。更にまた、桑畑が變じて大海原に変わるという故事を聞いているだろう。 
・「松柏摧爲薪」 松や柏のような千年も長く繁茂する樹木も、伐採されるとマキとなってしまう、ということの言。 
 「桑田變成海」は李白「古風」其第九首109
古風 其九
莊周夢胡蝶。 胡蝶為庄周。
一體更變易。 萬事良悠悠。
乃知蓬萊水。 復作清淺流。
青門種瓜人。 舊日東陵侯。
富貴故如此。 營營何所求。
○蓬莱水 蓬莱というのは、東海の中にあるといわれる仙人の島。麻姑という女の仙人が言った。「東の海が三遍干上って桑畑にかわったのを見たが、先ごろ蓬莱島に行ってみると、水が以前の半分の浅さになってしまっている。またもや陸地になるのだろうか。」王遠という者が嘆いて言った。「聖人はみな言っている、海の中もゆくゆくは砂塵をまきあげるのだと。」「神仙伝」にある話。ここに言う、神仙伝の女の仙人麻姑の言葉を踏まえている。

古人無復洛城東、今人還對落花風。
昔の知人は、洛陽の東の郊外にはもう住んではいない。そして今の人は落花の風に舞い散るのを目の当たりにしている。
古人 古い知り合い。 ・無復 もう居ない。二度とは居ない。再びは、いない。全然…ない。また…なし。「復」は語調を整え、強めるためでもある。・今人:前出「古人」に対応して使っている。 ・ なおも。なおもまた。 ・對:…に対している。…に向かっている。 ・落花風 花を散らし、(ふりゆく年月を暗示する)無常の風。


年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。

毎年、花は同じように色香で咲く。その年ごとにそれを見る人というものは同じではないのだ。
この聯「年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。」は、「花=自然界:営みは不変」と「人=人間界:営みは容易に変遷していく」ということを対比させて展開している。 ・年年歳歳 毎年。

寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。』
私は言葉を寄せたい、もう死のうかというこの白髪の老人を憐れんでください。
寄言 言葉を寄せて人に悟らせる。言づてをする。ここは前者。・全盛:今を盛りとする。・紅顏子 若者。 ・子:人。

此翁白頭眞可憐、伊昔紅顏美少年。
この老人の白髪は、まことに憐れむべきようすだが、それでもこの白髪の老翁が、昔は若々しい美少年であった。 
・伊昔 この昔。


公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前

貴公子たち公達が香しい大樹の下で。きよらかな歌声や落花の舞をめにしていた。
公子王孫 貴公子たち。 


光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。
その場所は漢の光祿王根のだい庭園にも匹敵する錦を広げたようであった。高官のお屋敷の庭の池の畔の高台では麗しい情景が展開され。後漢順帝のときの梁冀は大将軍で壮麗な邸宅の楼閣に神仙の像を描かせた素晴らしいものであった。
光祿 光祿勳(光禄勲)のこと。漢の元帝の外戚王根は、光禄勲という。高官の意で使われている。光祿勲は前漢の官制で、九卿の一。宮殿の掖門を警護する役目。元帝がその邸宅に遊んだ際、大庭園におどろいたという。 ・錦繍 にしきと縫い取りで、美しいものの喩え。 ・將軍 後漢順帝のときの梁冀は大将軍で壮麗な邸宅で壁に、雲や仙人を描いていた。
 

一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。』
ひとたび、病臥してしまったら、交際する知りあいもいなくなってしまい、春三月の行楽は誰のものなのか。
三春 春の三ヶ月で、孟春(陰暦正月)、仲春(陰暦二月)、季春(陰暦三月)のこと。行樂:遊び楽しむ。外出旅行して遊ぶ。 ・在誰邊 どこであるのか。

宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。
しなやかな美人の姿も、その若さと美貌を誇れるのは、どれくらいの長さの時間たもてるというのか。つかのまの間に絹絲がもつれたような白髪になったのだ。
宛轉 えんてん しなやか。なよやかな姿態。本来曲がりくねっていること言う。 ・蛾眉 がび ガの触角のような美しい形の眉をひいた化粧をしている若くて美しい女性。 ・須臾 しゅゆ 忽ち。暫時。しばらく。・鶴髮 白髪。

但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。』
ただ古来からの歌舞、遊興の地で華であったこの地が、たそがれときに、小鳥や雀の啼き声だけが悲しげに聞こえるだけである。
但看 (ここも、現在では、)……を見かけるだけだ。・但:ただ…だけ。 ・惟有 ただ…だけがある。