無題(何處哀筝随急管) 李商隠21
七言古詩

 李商隠は実際に見たことを詩にしているのではなく舞台を設定しその中で物語を作っているのである。この詩は訳注、解釈本に書かれていない大前提がある。それは、始まりの舞台は遊郭の通路である。笛の音は男女の性交の際の声である。「東家老女」の身になってこの詩が書かれているのではない「清明暖後」若い男女のもつれあいを垣根越しに見てしまったこと。ということである。
 これを前提にして読むと、難解であったことのなぞがすべて解けてすべて理解できる。

無題
何處哀筝随急管、櫻花永巷垂楊岸。
何処からなのだろう、高く哀しい琴の音が急テンポの笛の音に和して、挑むように響いてくる。それは桜桃の花咲く娼屋の路地の奥、川岸のしだれ柳が新緑に萌えるところである。
東家老女嫁不售、白日當天三月半。
そこの娼屋には今日はお客がついていない女がいる。季節は春、太陽が中空に白く輝く三月の半ばです。
溧陽公主年十四、清明暖後同牆看。
昔、梁の簡文帝の公主は、十四の年にもとめられて侯景に嫁し、清明の節句の後のような若い男女の仲睦まじいことをしたと同じことを、かきねごしに見てしまった。
蹄來展轉到五更、梁間燕子聞長嘆。

その春画のような様子を見たために、その夜は興奮して、夜明けの鐘が鳴るまで、ねがえりばかりして眠れません。やるせない溜息は、梁に夫婦で巣くっている燕だけが聞いている。


何処からなのだろう、高く哀しい琴の音が急テンポの笛の音に和して、挑むように響いてくる。それは桜桃の花咲く娼屋の路地の奥、川岸のしだれ柳が新緑に萌えるところである。
そこの娼屋には今日はお客がついていない女がいる。季節は春、太陽が中空に白く輝く三月の半ばです。
昔、梁の簡文帝の公主は、十四の年にもとめられて侯景に嫁し、清明の節句の後のような若い男女の仲睦まじいことをしたと同じことを、かきねごしに見てしまった。
その春画のような様子を見たために、その夜は興奮して、夜明けの鐘が鳴るまで、ねがえりばかりして眠れません。やるせない溜息は、梁に夫婦で巣くっている燕だけが聞いている。

無題
何の處か哀筝を急管に随う、櫻花の永巷 垂楊の岸。
東家の老女 嫁せんとして售れず、白日 天に當たる三月の半。
溧陽公主 年十四、清明暖後に牆を同じくして看る。
蹄來 展轉して五更に到る、梁間の燕子 長嘆を聞く。


何處哀筝随急管、櫻花永巷垂楊岸。
何処からなのだろう、高く哀しい琴の音が急テンポの笛の音に和して、挑むように響いてくる。それは桜桃の花咲く娼屋の路地の奥、川岸のしだれ柳が新緑に萌えるところである。
 絃楽器、琴の類。哀は音階の高いこと。○急管 急テンポの笛の声 ○桜花 日本のサクラでなく桜桃の花である。○永巷 ふつう後宮の罪を犯した宮女を幽閉すことをいうが、ここは市中の長い路地で幽閉されたと同じように住んでいることを指す。娼婦のいる奥まった路地裏。○ この柳は女性の肢体をあらわす。男性は柳。


東家老女嫁不售、白日當天三月半。
そこの娼屋には今日はお客がついていない女がいる。季節は春、太陽が中空に白く輝く三月の半ばです。
東家 楚の宋玉の登徒子好色の賦に「臣が里の美しき者は、臣が東家の子に若くはなし。」とある。ここから美人のたとえを”東家之子”又は”東家之女”と。美女を称して”東隣”とした事例に唐の李白「自古有秀色、西施与東隣」(古来より秀でた容姿端麗美人、西施と東隣)白居易「感情」のもある ○老女 婚期をのがして嫁き遅れの女性。いかず後家。○ うる。うれる。おこなう。流行。仲人がいない場合は、無である。客がついていないという意味。


溧陽公主年十四、清明暖後同牆看。
昔、梁の簡文帝の公主は、十四の年にもとめられて侯景に嫁し、清明の節句の後のような若い男女の仲睦まじいことをしたと同じことを、かきねごしに見てしまった。
溧陽公主 梁の簡文帝蕭網(503-551年)のむすめ。美人だった。当時の有力な将軍であり、後に謀叛する侯景(?-551年)に求められて嫁いだ。昔、梁の簡文帝の公主は、十四のとしにもとめられて侯景に嫁し、清明の節句の後のある晴れた日に自分達が皇帝と皇后ででもあるかのように、帝が遊宴に行った隙に、帝座に肩を並べて坐っていた ○清明 二十四節気の一つ。春分後十五日、陽暦の四月五・六日に当る。桜など草木の花が咲き始め、万物に清朗の気が溢れて来る頃。毎年4月4~5日頃。天文学的には、天球上の黄経15度の点を太陽が通過する瞬間。黄道十二宮では白羊宮(おひつじ座)の15度。
清明の期間の七十二候は以下の通り。
 初候 玄鳥至(げんちょう いたる) : 燕が南からやって来る(日本) 桐始華(きり はじめて はなさく) : 桐の花が咲き始める(中国) 次候 鴻雁北(こうがん きたす) : 雁が北へ渡って行く(日本) 田鼠化為鴽(でんそ けして うずらと なる) : 熊鼠が鶉になる(中国) 末候 虹始見(にじ はじめて あらわる) : 雨の後に虹が出始める(日本・中国)○同牆看 牆はかきね。太宝元年(550年)の三月に、簡文帝蕭綱が楽遊苑にあそび、宮殿に帰って来てみると、侯景と溧陽公主が、皇帝の座に坐っていた、という「梁書」に見える話をふまえた表現である。


蹄來展轉到五更、梁間燕子聞長嘆。
その春画のような様子を見たために、その夜は興奮して、夜明けの鐘が鳴るまで、ねがえりばかりして眠れません。やるせない溜息は、梁に夫婦で巣くっている燕だけが聞いている。
展転 ねがえりをうつと。〇五更 午前四時。○燕子 つばめ。常に雌雄あいともなって巣くうことがきかしになっている。○長嘆 売れ残りの娼婦はいらないといって帰りがけに見てしまった光景、眠れぬ夜を過ごしてしまった。ということでの長い溜息。


万物に清朗の気が溢れて来る頃、どうにもできないもどかしさを持つ男の身になってそのやるせなさを詠っている。婚期を逸して、器楽に悲しみをまざらす老女よりもせつない男の苦渋を述べている。
それでも「東家老女」ではなく、「年十四」の女性が良いという男心を詠ったものである。