蝉 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 29 清廉潔白な男の詩

○蝉 この詩は「蝉に託して自己の不遇の恨みをのべる」といわれるが果たしてそうなのか。
 李商隠は不遇であったから不満を根べているという先入観を外して読んでかないといけない。このブログでは、自然界の生きている素材をまっすぐに見てこの李商隠の詩を見ていくことにする。


本以高難飽、徒労恨費聲。
蝉は、もともと高い樹の上にいたら腹いっぱいになるまで食べることが難しい。それで、声をからして鳴き叫ぶのが、それは無駄なことをやっているに過ぎない。
五更疎欲断、一樹碧無情。
夜あけ前になると、さすがに鳴声もまばらになってくる、途絶えがちになる。だが其の声がどんなに淋しく響こうと、一樹はただひたすら場所は与えているが無情に立っているだけなのだ。
薄官梗猶汎、故園蕪己平。
下級官吏というものは、水に漂う木ぼりの人形のようなものでどこへ流れつくのか風と流れ次第だ。
はからずも郷里に帰れば、田畑は小作もいなく手をかけるものがいないので雑草におおわれ、一面の荒野となっていた。
煩君最相警、我亦拳家清。

蝉よ、君をわずらわせることになるが、権力闘争や賄賂で私腹を肥やす高官を最も厳しくいましめてもらいたい。今後も私の家族、一族は、まことに清らか聖人のように暮らしているのだから。

蝉は、もともと高い樹の上にいたら腹いっぱいになるまで食べることが難しい。それで、声をからして鳴き叫ぶのが、それは無駄なことをやっているに過ぎない。
夜あけ前になると、さすがに鳴声もまばらになってくる、途絶えがちになる。だが其の声がどんなに淋しく響こうと、一樹はただひたすら場所は与えているが無情に立っているだけなのだ。
下級官吏というものは、水に漂う木ぼりの人形のようなものでどこへ流れつくのか風と流れ次第だ。
はからずも郷里に帰れば、田畑は小作もいなく手をかけるものがいないので雑草におおわれ、一面の荒野となっていた。
蝉よ、君をわずらわせることになるが、権力闘争や賄賂で私腹を肥やす高官を最も厳しくいましめてもらいたい。今後も私の家族、一族は、まことに清らか聖人のように暮らしているのだから。


(訓読み)蝉
本もと高き以に飽き難く、徒らに労す 恨みて声を費やすを。
五更 疎にして断えなんとし、一樹 碧にして情無し。
薄官 梗猶お汎び、故園 蕪れて己に平かなり。
君が最も相い警しむることを煩わす、我も亦家を挙げて汚し。


本以高難飽、徒労恨費聲。
蝉は、もともと高い樹の上にいたら腹いっぱいになるまで食べることが難しい。それで、声をからして鳴き叫ぶのが、それは無駄なことをやっているに過ぎない。
○高難飽 高い樹の上にいては腹いっぱいになるまで食べることが難しい。「孔子家語」に「蝉は露を飲みて食わず。」と。また、漢の趙煜の「呉越春秋」に「秋蝉は高樹に登りて清露を飲む。風に随って撝撓し、長吟悲鳴す。」と見える。蝉は清廉潔白な生き物としての比喩に使用される。


五更疎欲断、一樹碧無情。
夜あけ前になると、さすがに鳴声もまばらになってくる、途絶えがちになる。だが其の声がどんなに淋しく響こうと、一樹はただひたすら場所は与えているが無情に立っているだけなのだ。
五更 夜あけ前、日の出まえ。日が昇ると役所仕事が始まる。通常、郭に行った男性が気にする場合に使い表現。日没から日の出までを五等分したその最後の時の知らせ。○ まばら。蝉の鳴声に間隔のあくこと。


薄官梗猶汎、故園蕪己平。

下級官吏というものは、水に漂う木ぼりの人形のようなものでどこへ流れつくのか風と流れ次第だ。
はからずも郷里に帰れば、田畑は小作もいなく手をかけるものがいないので雑草におおわれ、一面の荒野となっていた。

薄官 地位低き官吏。〇梗猶汎 梗は木偶。木彫の人形。猶はやっぱり、まだ。汎は水に浮んで漂うこと。の表現は「史記」の孟嘗君伝に見える蘇代が孟嘗君を諌めた言葉にもとづく。「蘇代謂いて日く。今旦、代外より来る。木梗人、土梗人と相い与に語ろうを見る。木偶人日く。天雨ふる。子将に敗れん。と。土偶人目くっ我土より生る。取るれば則ち土に帰す。今天雨ふる。子を流して行かん。末だ止息する所を知らざる也。」と。「戦国策」にも見える。○故国蕪 故郷の田園の荒蕪。東晋の陶淵明の帰去来辞に「帰りなむいざ、田園将に蕪れなんとす。」とあるのを継承する。○己平 己は末に対する詞。もう。平はここでは荒廃して田畑が一面にたいらかになってしまうこと。七言歌行 24 兵車行 杜甫の「兵車行」に耕す人がいなくて荒れ地になっていく様子が詳しくかかれている。


煩君最相警、我亦拳家清。
蝉よ、君をわずらわせることになるが、権力闘争や賄賂で私腹を肥やす高官を最も厳しくいましめてもらいたい。今後も私の家族、一族は、まことに清らか聖人のように暮らしているのだから。
煩君 人にものをたのむこと。○挙家 家ぐるみ。○ 清貧。ただしこの場合、聖人ということと、賄賂を受けとったりしない清いという詩人の矜持を述べている。

蝉は、大樹に留まってはいるが、いろんな誘惑にも負けず、ひたすら、その誠意を啼くことで表している。大樹は、蝉がどんなに苦しんだり、ひもじかったりしてもどっしりと構えている。世の中は、それぞれの筋を通して、生きていくものだ。


  世はまさに、権力闘争が激しく、その渦に巻き込まれてしまったり、宦官の陰湿な権力に惑わされたり、中央政府から、地方政府に至るまで、賄賂でもって政治がなされている。

下級官僚のままでいるのは、聖人である限り故郷の田畑に雇用人をもって耕させることもできない。それでも聖人で生きていくことが詩人としての矜持である。

 「蝉君、そう思わないか


 最初に挙げた様に一般の解釈で「蝉に託して自己の不遇の恨みをのべる」といわれる近視眼的内容ではない。
 先入観を変えてみると、もっと大きな李商隠が見えてくるものである。このブログでは、従来の李商隠の視点をできるだけ客観的にしてみていくつもりである。

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