紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 42 「桂林」李商隠
847年36歳。潭州(李商隠41)に立ち寄り桂林に赴いた。長沙から峠を越えて初めて桂林に入った。桂林の風景と異民族の風俗に驚いた李商隠の誌である。


桂林  李商隠
城窄山將壓、江寛地共浮。
この地、桂林は四方に峻しい山が聳え、城壁に囲まれた狭い町を圧し潰すようにせまっている。大江は、おおきくゆったりと流れていて、大地が天と共にそこに浮ぶかのようにみえる。
東南通絶域、西北有高樓。
東南の方は、遠く、蛮夷の住む未開の地に通じ、西北方向に高楼がある。
紳護青楓岸、龍移白石湫。
川岸に茂る神通力を持つ、神の守り札のような不思議な楓の老木がある、白石湫呼ばれる池も、大きく深深として、昔、竜神の害をふせぐためにそれ竜を移した伝説にふさわしいものである。
殊郷竟何禱、簫鼓不曾体。
この言葉通ぜぬ異郷の人々は何を祈っているだろうか、簫や鼓の響きは一向にやまない。



この地、桂林は四方に峻しい山が聳え、城壁に囲まれた狭い町を圧し潰すようにせまっている。大江は、おおきくゆったりと流れていて、大地が天と共にそこに浮ぶかのようにみえる。
東南の方は、遠く、蛮夷の住む未開の地に通じ、西北方向に高楼がある。
川岸に茂る神通力を持つ、神の守り札のような不思議な楓の老木がある、白石湫呼ばれる池も、大きく深深として、昔、竜神の害をふせぐためにそれ竜を移した伝説にふさわしいものである。
この言葉通ぜぬ異郷の人々は何を祈っているだろうか、簫や鼓の響きは一向にやまない。




桂林
城は窄(せま)くして山将に圧せんとし、江は寛(ひろ)くして地共に浮ぶ。
東南 絶域に通じ、西北に高楼有り。
神は護る 青楓の岸、竜は移る 白石の湫。
殊郷 竟して何をか禱、簫鼓 曾て休まず。




○桂林 広西省桂林県。桂林刺史、桂管防禦観察使の鄭亜の掌書記として桂林に赴いた時、宜宗皇帝の大中元年(847年)の作。李商隠三十六歳。桂林市(けいりん-し)は中華人民共和国広西チワン族自治区に位置する地級市。カルスト地形でタワーカルストが林立し、絵のように美しい風景に恵まれ、世界的な観光地である。

 古来、百越の住む地であり、秦始皇帝が征服して桂林郡を設置した。111年に始安県が設置され、湖南省に近いため、荊州臨稜郡に属した。269年始安郡始安県が置かれて初めて現在の桂林の町が形成された。

また桂林市のHP「歴史と文化」には、”唐代には、嶺南(広東・広西一帯)は5つの節度と経略使(いずれも官名)に分かれて管轄されるようになり、嶺南「五管」もしくは「五府」と呼ばれました。桂林は「桂管」の所在地で、桂管の役人は嶺南の採訪使(官名)の職も兼ねており、嶺南すべての検察の権利を持っていました。唐武徳4年(621)に李靖が独秀峰の南に城を建て、唐武徳5年(622)、桂林で貨幣の鋳造が始まり、貿易が盛んに行われるようになります。長寿元年(692)、水利工事を行い、漓江・柳江をつなぎ、貴州・雲南への近道となりました。これは、桂林北部の霊渠とともに一つの交通体系を形成し、桂林はこの体系の中枢となりました。交通の発達は経済の活発化を促進し、唐代中期以降、桂林の発展は隆盛を極めます。”




城窄山將壓、江寛地共浮。

この地、桂林は四方に峻しい山が聳え、城壁に囲まれた狭い町を圧し潰すようにせまっている。大江は、おおきくゆったりと流れていて、大地が天と共にそこに浮ぶかのようにみえる。
○城 城壁に囲まれたまち。○地共浮 土地が天と共に水に浮んでいるように見える。盛唐、杜甫(712-770年)の岳陽樓に登るの詩に「呉楚東南に坼け、乾坤日夜浮ぶ。」と見える。
登岳陽樓   杜甫
昔聞洞庭水,今上岳陽樓。
呉楚東南坼,乾坤日夜浮。
親朋無一字,老病有孤舟。
戎馬關山北,憑軒涕泗流。



東南通絶域、西北有高樓。
東南の方は、遠く、蛮夷の住む未開の地に通じ、西北方向に高楼がある。
絶域 遠隔未開の異民族が住む地域。杜甫「陪鄭広文遊何将軍山林十首」其三
萬裡戎王子,何年別月支。
異花開絕域,滋蔓匝清池。
漢使徒空到,神農竟不知。
露翻兼雨打,開坼日離披。



紳護青楓岸、龍移白石湫。
川岸に茂る神通力を持つ、神の守り札のような不思議な楓の老木がある、白石湫呼ばれる池も、大きく深深として、昔、竜神の害をふせぐためにそれ竜を移した伝説にふさわしいものである。
紳護楓 不思議な楓の老木。紳は神通力を帯びる、護は神や仏の守り札。○白石湫 湫は池。「明一統志」に「白石湫は桂林府城の北七十里にあり、俗に白石潭と名づく。」とある。白石湫に竜が住むという伝説がある。



殊郷竟何禱、簫鼓不曾体。
この言葉通ぜぬ異郷の人々は何を祈っているだろうか、簫一向にやまない。
殊郷 異民族の住む地域。○不骨休 一向にやまない。