北斉二首其二 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 45


 
北斉
詩に詠われた斉 建国時の勢力図


北斉は 北朝の王朝の一つ。550年に鮮卑族の高氏が東魏から政権を奪って樹立、三十年足らず後の577年に北周によって滅ぼされた。

北齋 二首 其二
巧笑知堪敵萬機、傾城最在著戎衣
女性の魅力的な笑みは天子の持つすべての権限、権力に匹敵するほどのものなのか。美人の色香により城をも傾けるというものも、いかめしい軍服に身を包んだまさにめざめたなら最も威力を揮い守れるのだ。
晋陽己陥休廻首、更講君王猟一国

そうしていても晋陽はもう陥落した、振り返ったとしても仕方がない、もう振り返るまい。その後一国の王がしたことは戦いのいでたちのまま、もう一度囲みを作って狩りをしたのだ。



女性の魅力的な笑みは天子の持つすべての権限、権力に匹敵するほどのものなのか。美人の色香により城をも傾けるというものも、いかめしい軍服に身を包んだまさにめざめたなら最も威力を揮い守れるのだ。
そうしていても晋陽はもう陥落した、振り返ったとしても仕方がない、もう振り返るまい。その後一国の王がしたことは戦いのいでたちのまま、もう一度囲みを作って狩りをしたのだ。


其の二
巧笑は万機に敵たるに堪うと知る、傾城は最も戎衣を着するに在り
晋陽 巳に陥つるも首を廻らすを休めよ、更に請う 君王一因を猟せんことを

 

巧笑知堪敵萬機、傾城最在著戎衣
女性の魅力的な笑みは天子の持つすべての権限、権力に匹敵するほどのものなのか。美人の色香により城をも傾けるというものも、いかめしい軍服に身を包んだまさにめざめたなら最も威力を揮い守れるのだ。
巧笑 女性の魅力的な笑み。美人の容貌をほめたたえる詩として『詩経』衛風―碩人に「巧笑 倩たり、美目 盼たり」。(にっこり笑えばえくぼが可愛い、美しい目はぱっちりとしている。)手、肌、首、歯、額に続いて微笑み、目を詠っている。艶詩では女性の蠱惑的(こわくてき)な表情として使われる。○敵万機 天子の持つすべての権限、権力の意。よろずの細々した事柄。「敵」は匹敵する。○傾城 美女に心を奪われ、適切な対処を放棄し城を陥落させること。○戎衣 いくさのいでたち。猟をするための服装でもある。



晋陽己陥休廻首、更講君王猟一国
そうしていても晋陽はもう陥落した、振り返ったとしても仕方がない、もう振り返るまい。その後一国の王がしたことは后妃の言う通りに、戦いのいでたちのまま、もう一度囲みを作って狩りをしたのだ。
猟一因 周りを包囲してそのなかの獣をしとめること。『北史』后妃伝の馮淑妃の伝に、後主が猟をしていた時、北周の軍勢が晋陽に迫ったという知らせを受けて戻ろうとしたが、馮淑妃が「更に一因を殺さんことを請う」とねだり、後主はその言に従った、晋陽(現太原)の城が陥落しても首都、鄴には及ぶまいとしたものであろうが、美人の后妃が国を傾けたことを示す。。


○詩型・押韻 七言絶句。 機・衣・囲。



李商隠の詩 時代背景
李商隠(812~858)845年34歳
安史の乱により疲弊した唐は、中央アジアのみならず西域も保持することが難しくなり、国境は次第に縮小して世界帝国たる力を失っていった。
中興810~821頃の祖といわれる憲宗(在位806~821)は中央の禁軍を強化することで、中央の命令に服さない節度使を討伐し朝威を回復させた。しかしその後、宮女と不老長寿の薬と称された丹砂(水銀)などの怪しげな仙薬を常用するようになると、精神不安定から宦官をしばしば殺害したため、恐れた宦官により殺された。孫の文宗は権力を握った宦官を誅殺しようと「甘露の変」(835年11月李商隠24歳)と称される策略を練ったが失敗し、却って宦官の専横を招いた。 文宗の弟の武宗は廃仏運動を進めた。当時、脱税目的で僧籍を取る者が多かったため、実態の無い僧を還俗させ財政改善を図った。この時期、牛僧孺党派と李徳裕党派の政争が激しくなり、これは牛李の党争と呼ばれる。
 846年武宗仙薬中毒死。(宦官の謀略とされる。)
 李商隠の時代背景である。