馬嵬二首(絶句) 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 50


馬嵬二首 李商隠



馬嵬 絶句
冀馬燕犀動地来、自埋紅粉自成灰。
冀州の軍馬、燕の甲冑の大軍が、地を揺るがせ来襲してきた、皇帝は麗しい美人の姫妃をみずから土に埋めただけで塵芥に帰せしめた。
君王若道能傾国、玉輦何由過馬嵬。

もしも皇帝が美女により国を傾けるものだとの摂理をご存じだったなら、御車が馬嵬を通るようなことにはならなかったろうに。


冀州の軍馬、燕の甲冑の大軍が、地を揺るがせ来襲してきた、皇帝は麗しい美人の姫妃をみずから土に埋めただけで塵芥に帰せしめた。
もしも皇帝が美女により国を傾けるものだとの摂理をご存じだったなら、御車が馬嵬を通るようなことにはならなかったろうに。


馬嵬 絶句
冀馬(きば) 燕犀(あんさい) 地を動して来たり、自ら紅粉を埋め自ら灰と成す。
君主若し能く国を傾くが道なれば、玉輦(ぎょくりん) 何に由りてか馬嵬を過ぎらん



馬嵬 玄宗がきょく蜀へ落ち延びる途上、楊貴妃が殺された地として知られる。陝西省興平県の西。長安から直線距離にして五十キロあまり。
長安洛陽鳳翔馬嵬


冀馬燕犀動地来、自埋紅粉自成灰。
冀州の軍馬、燕の甲冑の大軍が、地を揺るがせ来襲してきた、皇帝は麗しい美人の姫妃をみずから土に埋めただけで塵芥に帰せしめた。
冀馬燕犀動地来 「冀馬」は冀州産の馬。冀州は古代中国の九州の一つで、河北省・山西省を中心とした一帯。古来、馬の産地とされる。地図で示す燕において
春秋戦国勢力図
 755年11月に安禄山は叛乱を起こし、洛陽をその年の暮には陥落させた。燕は冀馬の産地である。常に北方騎馬民族と対峙していた。『左氏伝』昭公四年に「冀の北土、馬の生ずる所」とある。「燕」は春秋戦国時代の国の名。河北省一帯の地。「犀」は犀の皮で作ったよろいをいう。白居易「長恨歌」にも安禄山の来襲を「漁陽の鞞鼓(陣太鼓)地を動して来たる」という。漢文委員会HP 安史の乱 その時どうしたのか 参照
自埋紅粉自成灰 「紅粉」は、べにとおしろい。美女をしめす。「成灰」は遺体が塵土と化す。楊貴妃の遺骸はその場で仮に葬られた。墳墓に埋葬されていないこと。



君王若道能傾国、玉輦何由過馬嵬。
もしも皇帝が美女により国を傾けるものだとの摂理をご存じだったなら、御車が馬嵬を通るようなことにはならなかったろうに。
 ものの道理。自然界の摂理。李商隠が道を使う場合、道教的な考えに立つ使用法である。○傾国 漢の李延年の歌からその妹李夫人を指す。紀頌之漢詩ブログ李商隠44「北斉二首」其一 参照。玄宗と楊貴妃の関係はしばしは漢の武帝と李夫人の関係と重ねられる。「長恨歌」の目頭にも「漢皇色を重んじて傾国を思う」。○玉輦 ぎょくりん 皇帝の乗り物。

○韻 灰、鬼、来。


755年11月安禄山の叛乱は12月に東都洛陽を陥落させた。玄宗は756年6月哥舒翰に潼関に差し向けたが完敗した。蜀に避遷する途中、引き起こす要因の一つであった楊貴妃、玄宗は縛首を科し、自らの手でその場の土に埋めることしかできなかった運命を詠うものである。