瑤池 李商隱 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 52



瑤池
瑤池阿母綺窗開、黄竹歌聲動地哀。
崑崙山の瑶池に住む不老不死の薬を持つ女の仙人の西王母(せいおうぼ)は、綾絹(あやぎぬ)を張った美しい窓を開けると。穆王が作った民の苦しみを歌った『黄竹詩(こうちくし)』の歌声が地を揺るがせて響いてきて哀(あわれ)なものだ。
八駿日行三萬里、穆王何事不重來。

周の穆王は八頭だての馬車に乗って、一日に三万里の道のりを行ける、穆王は、どうしてなのだろうか、西王母の許へ再び来ることはなかった。




崑崙山の瑶池に住む不老不死の薬を持つ女の仙人の西王母(せいおうぼ)は、綾絹(あやぎぬ)を張った美しい窓を開けると。穆王が作った民の苦しみを歌った『黄竹詩(こうちくし)』の歌声が地を揺るがせて
響いてきて哀(あわれ)なものだ。
周の穆王は八頭だての馬車に乗って、一日に三万里の道のりを行ける、穆王は、どうしてなのだろうか、西王母の許へ再び来ることはなかった。



瑤池(よう ち) の阿母(あぼ)  綺窗(きそう)を開き,黄竹(こうちく)の歌聲(うたごえ) 地を動ごかして哀(あわれ)なり。
八駿(はっしゅん) 日に行ゆくこと 三萬里,穆王(ぼくおう) 何事なにごとぞ  重かさねては來きたらず




瑤池:〔ようち〕
崑崙(こんろん)山にある池の名。西王母(せいおうぼ)が住んでいるところ。西王母とは、女の仙人で崑崙山に住んで不死の薬を持っている。



瑤池阿母綺窗開、黄竹歌聲動地哀。
崑崙山の瑶池に住む不老不死の薬を持つ女の仙人の西王母は、綾絹(あやぎぬ)を張った美しい窓を開ける、穆王が作った民の苦しみを歌った『黄竹詩』の歌声が地を揺るがせて響いてきて哀なものだ。
 ・阿母:〔あぼ〕お母さん。母親を親しんで呼ぶことば。ここでは、西王母のことになる。 ・綺窗:〔きそう〕綾絹(あやぎぬ)を張った美しい(女性の部屋の)窓。
黄竹:民の苦しみを歌った『黄竹詩』三章のこと。 ・動地:地を揺るがせて響く。地をどよもす。



八駿日行三萬里、穆王何事不重來。
周の穆王は八頭だての馬車に乗って、一日に三万里の道のりを行ける、穆王は、どうしてなのだろうか、西王母の許へ再び来ることはなかった。
八駿:〔はっしゅん〕八頭だての馬車。 ・駿:〔しゅん〕良馬。すぐれた馬。 ・日行:一日に…行く。 ・日行三萬里:『穆天子傳』では穆王がに西遊して西王母の許に到る行程は、九万里とされている。
穆王:〔ぼおう〕周・穆王のこと。『穆天子傳』に一度だけの西遊の故事がある。 ・何事:どうしてなのだろうか。 ・不重來:二度とは来なかった。(一度だけ来たものの)重ねては来なかった。蛇足になるが、もし「重不來」と表現すれば「重ねて来らず」(またしても来なかった=一度も来ていない)の意。



瑤池やう ち の阿母あぼ  綺窗 き さうを開き,
黄竹くゎうちくの歌聲うたごへ  地を動どよもして哀あはれなり。
八駿はっしゅん 日に行ゆくこと  三萬里,
穆王ぼくわう 何事なにごとぞ  重かさねては來きたらず。







欒遊  李商隠
五言絶句

落日を詠じた絶唱。夕暮れに近づくにつれて鬱屈する詩人は、心を解き放とうと見晴らしのいい場所に向かう。楽遊原を「古原」と呼ぶことによって、過去から長い間続いてきた人の営みへの思いにも誘われる。



欒遊
向晩意不適、驅車登古原。
夕陽無限好、只是近黄昏。

たそがれるにつれて、心は結ばれる。車を走らせる。
いにしえの跡がのこる楽遊原に登る。
夕日は限りなく美しい。それはただひたすらに日暮れに迫りゆくときのなかなのである。

楽 遊
晩に向んとして意適(かな)わず、車を駆りて古原に登る。
夕陽 無限に好し、只だ是れ黄昏に近し。



楽遊 長安の東南に位置する行楽の地、楽遊原。周囲を一望できる高台にあった。李商隠にははかにも「楽遊」と題する五言律詩、「楽遊原」と題する七言絶句がある。


向晩意不適、驅車登古原。
たそがれるにつれて、心は結ばれる。車を走らせる。
いにしえの跡がのこる楽遊原に登る。
向晩 日暮れに近づいていく。王維「晩春閏思」詩に「晩に向んとして愁思多し、閑窓桃李の時」。李商隠には「向晩」と適された五言律詩もある。○古原 楽遊原は漢代の廟があったので古原という。



夕陽無限好、只是近黄昏。
夕日は限りなく美しい。それはただひたすらに日暮れに迫りゆくときのなかなのである。
只是 ただひたすらに。



○韻 原、昏。



ここで目にした落日、その美しさを説明することもなく、「好」という一番単純な、しかし何もかも含まれた、感嘆詞に近い語だけを発する。「只是」は「ただひたすら」の意。そして前の句とのつながりに転折を認める必要もない。やがて地平に没し、夕闇に閉ざされるであろうことを知りながら、刻々と変化していく夕陽に目も心も奪われているのだ。