夜雨寄北 李商隠  :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53
七言絶句。

秘められた恋人に寄せた詩とするのがふさわしい。相手は定かでないものの、場所、時間などの状況ははっきりして、李商隠の恋愛詩のなかでは極めてわかりやすく、実際に手紙に代えて送ったものとも考えられる。


夜雨寄北 
君問歸期末有期、巴山夜雨漲秋池。
君は聞くことだろう、帰る約束ができるのか、また交わるという約束をしてくれないのかと。巴国の山間にはいつでも一緒にいるという約束の雨が秋の夜の冷たく降り続け、池の水もあふれんばかりになっている。
何當共翦西囱燭、却話巴山夜雨時。
いつになれは、ともに何度も蝋燭の芯を切りほど西の閨牀の窓辺のもとにいることができるのか、語り合えるだろう、でも、今は話ができないけど巴山には昔から神女との約束の証が夜雨なのだ。夜雨の降りしきるこの時のことは約束のことを思って過ごそう。



君は聞くことだろう、帰る約束ができるのか、また交わるという約束をしてくれないのかと。巴国の山間にはいつでも一緒にいるという約束の雨が秋の夜の冷たく降り続け、池の水もあふれんばかりになっている。
いつになれは、ともに何度も蝋燭の芯を切りほど西の閨牀の窓辺のもとにいることができるのか、語り合えるだろう、でも、今は話ができないけど巴山には昔から神女との約束の証が夜雨なのだ。夜雨の降りしきるこの時のことは約束のことを思って過ごそう。





夜雨 北に寄す
君 帰期を問うも未だ期有らず、巴山の夜雨 秋池に漲る。
何当か共に西窓の燭を翦り、却って話さん 巴山夜雨の時。



夜雨寄北
○寄北 851~855まで梓州(四川省)の柳仲郢の幕下にいた時期。妻王氏はすでに没している。従来、妻に寄せた詩と解されることが多いが、「北」に妻の意味はないし、儒教的な詩の意味はない。ここでの雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。



君問歸期末有期、巴山夜雨漲秋池。
君は聞くことだろう、帰る約束ができるのか、また交わるという約束をしてくれないのかと。巴国の山間にはいつでも一緒にいるという約束の雨が秋の夜の冷たく降り続け、池の水もあふれんばかりになっている。
○期 約束。李商隠「景陽井」にある。同じ句の中に期を二語つかっている。二つの約束を示す。帰るという約束。秘められた女性とのまた交わるという約束有るに至らず。
○巴山 「巴」は四川省東部一帯を指す古名。巴の國に属する山といえは巫山があり、楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させる。「重ねて聖女詞を過ぎる」詩注参照。



何當共翦西囱燭、却話巴山夜雨時。
いつになれは、ともに何度も蝋燭の芯を切りほど西の閨牀の窓辺のもとにいることができるのか、語り合えるだろう、でも、今は話ができないけど巴山には昔から神女との約束の証が夜雨なのだ。夜雨の降りしきるこの時のことは約束のことを思って過ごそう。
○何当 いつ。未来の時についての疑問詞。いつになればと願う気持ちを伴う。○共翦西窓燭 「燭を翳る」は、ろうそくの芯についた燃えかすを切り取って明るくする。時間が経過したことをあらわす。また燃えかすが花のようになった「灯花」ができるのは待ち人が来るなど、吉兆とされる。「共」には一緒にと何度もの意味。「西窓」は閨牀の窓辺で、情交を意味する。○却 思いや動きが反対の向きに変わることを示す。


○韻 池、期、時。