石榴 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 68



石榴
榴枝婀娜榴實繁、榴膜軽明榴子鮮。
ザクロをつける枝はしなやかに延びる、たわわに熟れるザクロの実はすばらしい。透き通るように薄いザクロの皮膜の内側、ザクロの種は色鮮やかなものだ。
可羨瑤池碧桃樹、碧桃紅頬一千年。

でももっと羨ましいのは西王母の住まう瑤池に植えられている碧桃の木である。三千年に一度実をつける碧桃は、その紅色の肌を一千年もの長く保ち続けるという。



ザクロをつける枝はしなやかに延びる、たわわに熟れるザクロの実はすばらしい。透き通るように薄いザクロの皮膜の内側、ザクロの種は色鮮やかなものだ。
でももっと羨ましいのは西王母の住まう瑤池に植えられている碧桃の木である。三千年に一度実をつける碧桃は、その紅色の肌を一千年もの長く保ち続けるという。



石榴
榴枝は婀娜として榴實は繁し、榴膜は軽明として榴子は鮮かなり。
羨むべし 瑤池 碧桃の樹、碧桃の紅頬は一千年。




石榴 ザクロ。漢の張鶱が西域の安石国(安息国。すなわち西アジアのパルティア王国。漢字はそのアルサケス朝を音訳したもの)から持ち帰ったと伝えられるので安石榴ともいう。女性の性器を卑猥なほど直接的な表現を使っている。石榴の種子を持ち帰ったことはそれとして評価するにしても、張鶱という人物を派遣して西王国を探しに行かせ、そこにある植物の種子を持ち帰るように命じた。不老長寿、回春のための浪費の一部である。王朝自慢の植物をできるだけ揶揄的にとらえて強調する。李商隠は一の詩だけでは芸妓との揶揄の様な詩であっても、引用の仕方において全体的に王朝批判をしているようだ。



榴枝婀娜榴實繁、榴膜軽明榴子鮮。
ザクロをつける枝はしなやかに延びる、たわわに熟れるザクロの実はすばらしい。透き通るように薄いザクロの皮膜の内側、ザクロの種は色鮮やかなものだ。
婀娜 性行為の際のなまめかしい女性しなやかな体のラインを言う。○榴膜 女性の局部の皮膜をいう。それが紙のように薄いことは、『酉陽雑姐』木篇にも「南詔の石榴は、子大きく、皮は薄くして藤紙の如し」と見える。○軽明 薄くて透明。赤い色の紙箋をうたった梁・江洪の詩に「灼爍として蕖の開くに類し、軽明として霞の破るに似る」(「紅箋を詠ず」)。○瑠子 榴実がザクロの果実をいうのに対して、果実のなかの種子をいう。


可羨瑤池碧桃樹、碧桃紅頬一千年。
でももっと羨ましいのは西王母の住まう瑤池に植えられている碧桃の木である。三千年に一度実をつける碧桃は、その紅色の肌を一千年もの長く保ち続けるという。
瑤池 中国の西の果て、西王母の住まう崑崙山の山頂にある池の名。『穆天子伝』に「(穆)天子 西王母を瑤池の上に觴し(酒を勧め)、西王母 天子の為に謡う」というように、西王母が穆天子と会した場。穆天子は周の穆王が伝説化された存在。仙界の女王である西王母と地上の帝王とが交歓する故事は、穆天子のほかに、漢の武帝の話もある。○碧桃 三千年に一度実が生るという仙界の桃。老子が西王母と一緒に碧桃を食べたという話がある(『芸文類聚』巻八六などが引く『尹喜内伝』)。『漢武故事』には、西王母が七月七日に漢の武帝のもとを訪れ、持参した桃を食べさせた、武帝がその種を取っておこうとすると、西王母がこの桃は三千年に一度実を結ぶものだから地上で構えても無駄だと笑った。どうしてもほしいなら、と約束の訓戒を与えた。武帝は、訓戒を守らず侵略のための浪費と、宮殿を数多くたててまっていた。李商隠は漢の武帝がこれらのために国力を減退させたことを問題にする。それは唐王朝が全く同じことをしているからである。○紅頬 若々しく美しい頼。桃の赤い果皮を若い女性の頬になぞらえる。韓愈が女道士を詠った「華山女」
華山女兒皆奉道,欲驅異教歸仙靈。
洗妝拭面著冠帔,白咽紅頰長眉青。
「白き咽 紅き頼 長眉青し」。とある。

○詩型 七言絶句。  ○韻  繁、鮮、年。