初起 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 69

855年44歳梓州


初 起
おきがけにおもうこと。
想像咸池日欲光、五更鐘後更廻腸。
いつも想像するのは、朝日が水浴びみするという咸池から太陽が光を投げかけている光景である。眠られぬまま夜明け前の五更の鐘を聞き、一層腸がねじれるほどやるせなさが募ってくる。
三年苦霧巴江水、不爲離人照屋梁。

三年もの間、深く重苦しくたちこめた霧に閉ざされ、巴江の水を飲み、この地に居る。旅に出たきり孤独に残されたわたし、この部屋に面影さえも映し出すことはないのだ。


おきがけにおもうこと。
いつも想像するのは、朝日が水浴びみするという咸池から太陽が光を投げかけている光景である。眠られぬまま夜明け前の五更の鐘を聞き、一層腸がねじれるほどやるせなさが募ってくる。
三年もの間、深く重苦しくたちこめた霧に閉ざされ、巴江の水を飲み、この地に居る。旅に出たきり孤独に残されたわたし、この部屋に面影さえも映し出すことはないのだ。





想像す 咸池 日光かんと欲するを、五更の鐘の後 更に腸を廻らす。
三年の苦霧 巴江の水、離人の爲に屋梁を照さず。






初起
おきがけにおもうこと。
初起 起きがけ。初は、~したばかりの意。「初+動詞」。



想像咸池日欲光、五更鐘後更廻腸。
いつも想像するのは、朝日が水浴びみするという咸池から太陽が光を投げかけている光景である。眠られぬまま夜明け前の五更の鐘を聞き、一層腸がねじれるほどやるせなさが募ってくる。
想像 映像が目に浮かぶ。同音の字をならべて、像が浮かびLがるようすをあらわす語。○咸池 太陽が昇る時に水浴びするという天上の池。古代堯帝の時用いた音楽の名。黄帝のさくといわれる。天の神。五穀の事をつかさどる星の名。〇五更 日没から夜明けまでを5分割したその最後の時間、夜明けに近い4時ころ。杜甫「閣夜」李商隠「無題」「蝉」。○廻腸 胸の痛みではなく下半身の痛み、つまり、セックスのできない気持ちをいう。



三年苦霧巴江水、不爲離人照屋梁。
三年もの間、深く重苦しくたちこめた霧に閉ざされ、巴江の水を飲み、この地に居る。旅に出たきり孤独に残されたわたし、この部屋に面影さえも映し出すことはないのだ。
苦霧 深く重苦しくたちこめた心象。○巴江水 巴の地を流れる長江の支流。○離人 思う男性と離ればなれになっている女性を指す。○照屋梁 この語は初句の「咸池日欲光」をうけている。誰も来ない、月明かりも、まして太陽の光さえ届かない部屋を印象づける。夢枕と同じに梁に光が当たるとそれまで陰に隠れていたものが現れる。
太陽の出現を待望しつつ、思う女性に会いたい気持ちを重ねる。李商隠「無題(梁を照らして)」。杜甫「夢李白」二首その一に「落月滿屋樑、 猶疑照顏色。」(落月屋梁に満ち、猶お疑う顔色を照らすかと)とある。李白が夢にあらわれたことを描いている。この句も思う男性が夢にすらあらわれなかった意味を含む。


○詩型 七言絶句。 ○韻 光、腸、梁。


娼屋の女性か、囲われ者の女性が、座敷牢で待つ女性李商隠が、イメージを借りて詩にしている。無題篇と同じである。
一人眠れないまま、重苦しい霧に閉ざされたような毎日、そこには月明かりも、朝日さえ届かない朝を迎え、明るい日の光を切望するかわいそうな女。女性への懇願を詠う。
自分も、都から離れた地の果て、山の中、異土の生活、そうした日々への嫌悪に浸されているが、いつになったら、都に帰れるのか。