宿駱氏亭寄懐崔蕹崔兗 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-70
856年梓州から長安に帰りついた時。


宿駱氏亭寄懐崔蕹崔兗
竹塢無塵水檻清、相思迢逓隔重城。
滻水のほとり、竹の茂った堤に霜風塵もなく、欄干のあるあずまやのすがすがしいたたずまい、この宿から見える幾重もの城壁を隔てたあなた方に、思いを寄せています。
秋陰不散霜飛晩、留得枯荷聴雨聲。
秋空に雲が低く垂れこめていて、霜もまだ降りてこない。枯れて渇いた蓮に打つ雨の音が耳に聞こえてくるのがここちよい。



滻水のほとり、竹の茂った堤に霜風塵もなく、欄干のあるあずまやのすがすがしいたたずまい、この宿から見える幾重もの城壁を隔てたあなた方に、思いを寄せています。
秋空に雲が低く垂れこめていて、霜もまだ降りてこない。枯れて渇いた蓮に打つ雨の音が耳に聞こえてくるのがここちよい。


駱氏亭に宿り懐いを崔蕹(さいよう)、崔兗(さいこん)に寄す
竹塢塵無く 水檻は清し、相思 迢逓として重城を隔つ。
秋陰散ぜず 霜飛ぶこと晩く、枯荷を留め得て雨声を聴く。


宿駱氏亭寄懐崔蕹崔兗
駱氏亭 長安の東の城門、春明門の外、滻水橋のたもとにあったという楼台。○崔蕹・崔兗 李商隠がその幕下に仕えた崔戎の二人の子供。


竹塢無塵水檻清、相思迢逓隔重城。
滻水のほとり、竹の茂った堤に霜風塵もなく、欄干のあるあずまやのすがすがしいたたずまい、この宿から見える幾重もの城壁を隔てたあなた方に、思いを寄せています。
竹塢 堤、土手。小さな塞。村、集落。山のくま。水辺の光景を述べているここでは窪地から土を盛り上げた堤の方に竹が生えているのを指す。○水檻  水辺の欄檻。杜甫「水檻遣心」の詩のやわらかさ、イメージが似ている。○相思 動詞の前の「相」はその動作が及ぶ対象をもつことを際立たせる。日本語の「相思」が、互いに思うであるのと違って、相手を思う。○迢逓 はるか隔たっている。○重城 都を囲む幾重にも重なった城壁。


秋陰不散霜飛晩、留得枯荷聴雨聲。
秋空に雲が低く垂れこめていて、霜もまだ降りてこない。枯れて渇いた蓮に打つ雨の音が耳に聞こえてくるのがここちよい。
秋陰 秋の曇天。○霜飛晩 『礼記』月令では季秋(旧暦九月)に「霜始めて降る」。霜には「風厲しく霜飛ぶ」(西晋・張載「七命」『文選』巻三五)のように秋の季語としてよく使われる。降、飛、満、威、枯、風、楓、葉、露など。
李白「白鷺鷥」
白鷺下秋水、孤飛如墜霜。
心閑且未去、濁立沙洲傍。



○詩型 七言絶句。  ○韻 清、城、声。


長安城内にいる友人を思いながら、郊外の宿の静寂に浸る。水辺の事の清浄で静諾な雰囲気が心地よい。友人への思いも穏やかで、今身を置いている場所の清澄な雰囲気と溶け合っている。特に「枯荷聴雨聲」は女性にどことなく暖かく残る語句とされる。蓮を女性としてうたわれるが秋の蓮を詠うのは李商隠の独壇場ではなかろうか。同じ雨が打つ音でも、晩夏の蓮の音は重音である。

 この詩を書いたあと、「秋の蓮をに落ちる雨音を聞きながら、あなたのことを思っています。 」と、そえるとラブレターになるが、少し古いか。