夢澤 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-72
856年梓州から長安に帰りついた時。



夢澤
夢澤悲風動白茅、楚王葬壷満城嬬。
雲夢の沢を覆い尽くす茅の白い穂、冷たく悲しく風が吹き揺り動かし、波をつくる。そこには、むかし楚の王が死に至らしめたおびただしい数のあでやかな宮女が葬られ埋められている。
未知歌舞能多少、虚減宮厨焉細腰。

楚王に仕えた女たちの歌や舞いは、どれほどのものだったのか、その宮女たちはほっそりした腰を好む王に気にいられようと、餓死するまで食を減らしたという。



雲夢の沢を覆い尽くす茅の白い穂、冷たく悲しく風が吹き揺り動かし、波をつくる。そこには、むかし楚の王が死に至らしめたおびただしい数のあでやかな宮女が葬られ埋められている。
楚王に仕えた女たちの歌や舞いは、どれほどのものだったのか、その宮女たちはほっそりした腰を好む王に気にいられようと、餓死するまで食を減らしたという。


夢 沢
夢沢の悲風 自茅を動かし楚王葬り尽くす 
満城の嫡未だ知らず 歌舞能く多少なるを、虚しく宮厨を減らして細腰を為す


夢沢 「雲夢の沢」を二字にしたもの。楚の地にあったという広大な沼沢地。司馬相如「子戯軒」(『文選』巻七)に「臣聞く楚に七沢有りと。嘗て其の一を見る。」「名づけて雲夢という」。


夢澤悲風動白茅、楚王葬壷満城嬬。
雲夢の沢を覆い尽くす茅の白い穂、冷たく悲しく風が吹き揺り動かし、波をつくる。そこには、むかし楚の王が死に至らしめたおびただしい数のあでやかな宮女が葬られ埋められている。
白茅 茅、チガヤ。原野に地下茎を横走しさかんに繁殖。葉は線形で「つばな」という白い穂をのばし湿原を一面に覆う。次の句の楚王の豪奢に比較しての荒野、悲愴感を増す表現である。○楚王 ここでは春秋、楚の霊王(在位、前540-前529;クーデターで崩壊歿す)を指す。痩せ型の美人を好み、王の趣向を先取りし、そのために食を節して餓死者が増やしたと伝えられる。○満城嬬 城をいっぱいにするほどあでやかな美女(囲った女が異常に多かった)。「嫡」はあでやか、またあでやかな女性をいう。
 楚王の戦争への負担、豪奢、趣向などによる人民の苦しみを与えたことへ批判したものである。



未知歌舞能多少、虚減宮厨焉細腰。
楚王に仕えた女たちの歌や舞いは、どれほどのものだったのか、その宮女たちはほっそりした腰を好む王に気にいられようと、餓死するまで食を減らしたという。
能多少 「多少」はどのくらい。「能」は「できる」ではなく、数量の疑問詞の前に置かれて疑問の語気をあらわす。また疑問詞の前に置かれた「不知」「未知」などは、「知らない」ではなくて「……かしら」 の意味。○細腰 女性の細い腰。楚の霊王が細い腰を好んだという。『漢書・馬寥傳』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」、『荀子・君道』「楚莊王好細腰,故朝有餓人。」や『韓非子』「越王好勇,而民多輕死。楚靈王好細腰,而國中多餓人。」「楚の霊王は細腰を好み、国中餓する人多し」。

○詩型 七言絶句

・押韻  茅・嫡・腰


楚の王のために宮女たちが命を落とした故事と雲夢の沢にチガヤが群生する風景とを結びつけた詠史詩。李商隠の得意とするところだ。荒野、悲愴感漂う原野を舞台にしている。
果てなく広がる雲夢の沢に白茅が風になびく荒涼とした風景、その下に美女たちが埋められているのを想像する。その美女たちは王に気にいられようと餓死するまでに痩せたのでは、本来歌舞を仕事とする宮妓たちなのに、その歌舞すらできなかったのではないかという皮肉を添える。
楊貴妃、西施なども泥の中に埋められていると詠う。