安定城樓 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-75

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安定城樓
迢逓高城百尺樓、綠楊枝外盡汀洲。
遥かにそそり立つ、高い城壁の上に建つ百尺の楼閣がある。見下ろせば、緑のしだれ楊枝の並木が土手につづいている、その向こうは涇水の中洲だけである。
賈生年少虚垂涕、王粲春來更遠遊。
賈誼は若くして高官になり、妬みでこのような水辺の地長抄に流され、悔し涙したのだった。王粲は転々と遠い地に落ち延び、春の荊州にまで至ったのだった。
永憶江湖歸白髪、欲廻天地人扁舟。
長い間の思い続ける願いがある、南方の水郷地帯に白髪の年になって伸びやかな世界に身を落ち着けること、春秋時代の蒋義がしたように小舟に身を任せて旅立ち、天地を回転させるような大きな事業を成し遂げたいと思っていることだ。
不知腐鼠成滋味、猜意鴛雛竟未休。

ところが知らなかったことがある。腐った鼠の肉を美味と思う輩がいる。それを奪われまいとして、清らかなものしか口にしない鴛雛に猜疑心を向け続けている。

遥かにそそり立つ、高い城壁の上に建つ百尺の楼閣がある。見下ろせば、緑のしだれ楊枝の並木が土手につづいている、その向こうは涇水の中洲だけである。
賈誼は若くして高官になり、妬みでこのような水辺の地長抄に流され、悔し涙したのだった。王粲は転々と遠い地に落ち延び、春の荊州にまで至ったのだった。
長い間の思い続ける願いがある、南方の水郷地帯に白髪の年になって伸びやかな世界に身を落ち着けること、春秋時代の蒋義がしたように小舟に身を任せて旅立ち、天地を回転させるような大きな事業を成し遂げたいと思っていることだ。

ところが知らなかったことがある。腐った鼠の肉を美味と思う輩がいる。それを奪われまいとして、清らかなものしか口にしない鴛雛に猜疑心を向け続けている。



安定城楼
迢逓たり 高城百尺の楼、緑楊の枝外 尽く汀洲。
賈生 年少くして虚しく弗を垂れ、王粲 春来 更に遠遊す。
永く憶う 江湖 白髪に帰らんことを、天地を廻らして扁舟に入らんと欲す。
知らざりき 腐鼠 滋味と成るとは、鴛雛を猜意して竟に未だ休めず。



安定城樓
安定城楼 安定は浬州(甘粛省浮川県)の古名。その城壁の上に立つ楼閣。


迢逓高城百尺樓、綠楊枝外盡汀洲。
遥かにそそり立つ、高い城壁の上に建つ百尺の楼閣がある。見下ろせば、緑のしだれ楊枝の並木が土手につづいている、その向こうは涇水の中洲だけである。
迢逓 はるか高いことをいう双声の語。○汀洲 川の中州。ここでの川は浬水であるが、「汀洲」の語は『楚辞』九歌・湘夫人の「汀洲の杜若(かきつばた)を搴(と)りて、将に以て遠き者に遺(おく)らんとす」に結びつき、楚の地を思わせる水辺の光景が、楚の地に不遇をかこった次の句の賈誼を導く。



賈生年少虚垂涕、王粲春來更遠遊。
賈誼は若くして高官になり、妬みでこのような水辺の地長抄に流され、悔し涙したのだった。王粲は転々と遠い地に落ち延び、春の荊州にまで至ったのだった。
賈生一句 前漠の文人賈誼。早熟の才子で、博士に召された時は二十余歳、最も年少だったが、若くして才気溢れるのをねたまれて楚の長抄に流された。賈誼の文に「為に痛笑すべき老一、為に流沸すべき老二」。また三十三歳で死ぬ前には「笑泣すること歳余」(『史記』晋誼伝)というように、若いこと、涙を流すこと、いずれも賈誼と結びつく。○王粲一旬 「王粲」は後漢末、建安の文人。三層七子のひとり。曹操政権に入る前、洛陽から長安へ董卓のために強制移住させられ、董卓の暗殺のあと戦乱状態になった長安からさらに避難して、荊州の劉表のもとに身を寄せた。しかし重用されることはなく、不満を「登楼の賦」(『文選』巻11)に綴った。「まことに美しと雖も吾が土に非ず、曾ち何ぞ以て少しく留まるに足らん」。「春来」の「来」は時間をあらわす接尾辞。「登楼の賦」に春という明示はないが、この二句には杜甫「春日江村五首」其の五が介在する。「異時 二子(賈誼と翁粲)を懐い、春日復た情を含む」。賈誼と主粲の不遇を併せて傷むところ、春に設定されているところ、この詩につながる。
春日江村五首 其五  杜甫
群盜哀王粲,中年召賈生。登樓初有作,前席竟為榮。
宅入先賢傳,才高處士名。異時懷二子,春日複含情。



永憶江湖歸白髪、欲廻天地人扁舟。
長い間の思い続ける願いがある、南方の水郷地帯に白髪の年になって伸びやかな世界に身を落ち着けること、春秋時代の蒋義がしたように小舟に身を任せて旅立ち、天地を回転させるような大きな事業を成し遂げたいと思っていることだ。
江湖 南方の水郷地帯。「身は江湖に在るも、心には観閲(都の門)を存す」(『荘子』譲王后にもとづく)の成語が示すように、中心、朝政と対立する周縁、隠逸の空間。政治に関わることによって得られる名利は望めないが、自由が保証される。○廻天地 天地を回転させるような大きな事業を成し遂げる。杜甫「章十侍御に寄せ奉る」詩に章葬の武官としての力量を誉めて、「指揮の能事は天地をも廻らせ、強兵を訓練しては鬼神をも動かす」。○扁舟 小舟。春秋時代の蒋義が越王勾践を補佐して宿敵呉を破ったあと、地位も名も棄てて商人になったことを用いる。『史記』安定城楼貨殖列伝に「乃ち扁舟に乗り、江湖に浮かび、名を変え姓を易え、斉に適きて鴟夷子皮と為る」。



不知腐鼠成滋味、猜意鴛雛竟未休。
ところが知らなかったことがある。腐った鼠の肉を美味と思う輩がいる。それを奪われまいとして、清らかなものしか口にしない鴛雛に猜疑心を向け続けている。
不知腐鼠成滋味、猜意鴛雛竟未休 『荘子』秋水篇の故事を用いる。荘子が梁の国の宰相恵子を訪れようとすると、それは宰相の地位を奪い取ろうとしているのだという重言があった。恐れる恵子に向かって荘子はたとえ話を持ち出す。南方に「鴛雛」という鳥がいて、梧桐にしか止まらず、練実(竹の実)しか食べず、清浄な水しか飲まない。鶴が「腐鼠」を食べていたところに鴛雛が通りかかると、鶴はにらみつけて「嚇」と叫んだ。今あなたは梁の国を取られはしないか恐れて威嚇するのか、と恵子に言った。「猜意」は猜疑の念を抱くこと。唐王朝の党派の政争、宦官たちをのさばらせていることなどが李商隠が指摘するところである。李商隠はこの尾聯が言いたかったことである。



○詩型 七言律詩。
○押韻 楼・洲・遊・舟・休。



詩題の地名によって、涇州の幕下にあった時の作であることは明らか。835年大和九年、王茂元が涇原節度使として涇州に赴任。837年王茂元の娘を娶る。838年開成三年、博学宏詞科に落第した李商隠は王茂元のもとに赴いた、その年の作。時に二十八歳であった。猜疑心によって長抄に流された若い賈誼、荊州に身を寄せても満たされない玉粲、彼らになぞらえているところに、この地でも猜疑心で不如意な思いをかこっていた李商隠の胸中がうかがわれる。