春雨 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-77
七言律詩


春雨
李商隠は、風景、情景から言葉ができきてそれを味わい深く詩にして行くのではない。思いと言葉をパズルのように組み合わせている。他の詩人のように本文の一部を取って詩題にするということはなく、題にこそ詩全体のイメージがあるのである。
この詩は、春が持つ万物の成長、男女の情交、雨は逢瀬の約束を守ってやってきてくれる女の情念。春の冷たい雨のなかで、恋人への思いをうたうというものではない。男はどこへ行ったか分からない。遠くなのか、近くにいるはずだけど他の女のもとなのか。女は、探し求めることができない条件下にあるのである。そして女盛りを過ぎようとしていく焦りを詠う。
 ここでの「春雨」は何時もかよってきてくれていたころ、男に、「私は春の雨となってあなたといつも一緒にいる」と約束し、情交を交わしていたのだ。芸妓の恋歌である。
 李商隠自身の政治的な関与、朝廷の中枢から遠い存在、期待していた人物からのお呼び出しは一向にない。自己の焦燥感を芸妓に比喩しているのである。しかし、あくまでも詩人として、自分というものを前に出した詩にはしたくないというところであろう。



 雨
悵臥新春白袷衣、白門蓼落意多違。
待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
紅棲隔雨相望冷、珠箔飄燈獨自歸。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
遠路應悲春晼晩、残宵猶得夢依稀。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
玉璫緘札何由達、萬里雲羅一雁飛。

玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。


待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。


春 雨
新春に悵臥す 白袷衣、白門蓼落として意多く違う。
紅楼 雨を隔てて相い望めば冷やかなり、珠箔 燈に飄って独自り帰る。
遠路 応に春の晼晩たるを悲しむべし、残宵 猶お夢の依稀たるを得たり。
玉璫 鍼札 何に由りてか達せん、万里の雲羅一雁飛ぶ。



悵臥新春白袷衣、白門蓼落意多違。
待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
悵臥 愁いを抱いて部屋に閉じこもる。「帳」は失意、憂愁。双声の 「個帳」として用いられることが多い。○白袷衣 「袷衣」あわせ は春秋に着る衣。○白門 五行思想からすれば白色は西を示す。色町の門は西から入るもの。男女の逢瀬の場として南朝の恋の歌に見える。楽府「楊坂児」に「暫く出ず白門の前、楊柳 烏を蔵すべし。歓は沈水香と作り、僕は博山鐘と作らん」。ちなみに公なものには西をあらわすとき金を使う。金門は西の門である。○蓼落 ひっそり寂しいさまをいう双声の語。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。李商隠の詩は句の中で時間経過することが多い。



紅棲隔雨相望冷、珠箔飄燈獨自歸。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
紅楼 赤く塗られた楼閣。女の居所をあでやかにいう。○珠箔 真珠で編んだすたれ。「紅楼」と同じく、女の居所を華美な言葉でいう。自分自身は出ていくことはできないが気持ちとして巴女のように雨となってあなたのところへ行きたい、冷たく玉すだれの中へ帰ってきた。



遠路應悲春晼晩、残宵猶得夢依稀。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
晼晩 春の日、春の季節が暮れていく様子をいう畳韻の語。 一日乃至は一つの季節(多く春に用う)が暮れゆくさま。晼は日が西に傾くこと。ここでは女としての盛りを過ぎてゆくことを言っている。○依稀 おぼろげな様子をいう。



玉璫緘札何由達、萬里雲羅一雁飛。
玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。
玉璫 耳飾り。手紙とともに男が女に贈る習慣があった。「夜思」詩に「恨みを寄す一尺の素(手紙)、隋を含む双玉瑠」。○緘札 「鍼」は手紙に封をする。「札」は文字を書くふだ。○雲羅 「羅」は鳥を捕る網。かすみ網のように空一面に広がった雲。〇一雁 漢の武将蘇武は、匈奴にとらわれていたが、旬奴はそれを隠しすでに死んだと伝えた。漢の使者が、武帝の射た脛の足に蘇武の手紙が結ばれていたから生きているはずだと鎌をかけると、匈奴の単于はやむなく認めて蘇武を釈放した(『漢書』蘇武伝)。その故事から「雁」は手紙を届けてくれる鳥。

○韻 衣・違・帰・稀・飛。