七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作 李商隠  : 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-79

七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作

初夢龍宮賓焔然、瑞霞明麗満晴天。
夢の始まりは、燦然と宝物の輝く龍宮にみちびかれた。香しくめでたい錦の霞が拡がって華麗で輝く宮殿、満点の晴れ空がひろがっていた。
旋成酔倚蓬莱樹、有箇仙人拍我肩。』
盃が廻ってきてたちまち酒に酔い蓬莱山の木にもたれていると、ある仙人がわたしの肩を叩いてきた。
少頃遠聞吹細管、聞聲不見隔飛煙。
しばらくすると遠くから笛の音が聞こえてきた。音は聞こえるが話に遮られて姿は見えない。
逡巡又過瀟湘雨、雨打湘霊五十絃。』
ほどなくさらに瀟湘の江に雨が通り過ぎていった。雨音は湘霊が奏でる五十舷の瑟のような音をたてたのであった。
瞥見馮夷殊悵望、鮫綃休賣海爲田。
水神馮夷をちらっと見ると、悲しげに遠くを眺めているのだ。絹を売る人魚の姿も消え、みるみるうちに海が畑に変わっていったのだ。
亦逢毛女無憀極、龍伯擎將華嶽蓮。』
華山の仙女毛女にも出会ったが、なんともうつろなおももち。巨人龍伯が華山の蓮花峰を手にささげている。
恍惚無倪明文暗、低迷不己断還連。
果てなく続く恍惚の世界、明るんだかと思えば暗くなる。朦朧としたまま、夢は途切れたかと思うと夢と現実がまた続いてくる。
覚來正是平堦雨、末背寒燈枕手眠。』

目覚めれば、なんと降り続けた雨がきざはし一面を浸し、ほの暗いともし火もそのまま、手枕をして寝ていたのだった。



夢の始まりは、燦然と宝物の輝く龍宮にみちびかれた。香しくめでたい錦の霞が拡がって華麗で輝く宮殿、満点の晴れ空がひろがっていた。
盃が廻ってきてたちまち酒に酔い蓬莱山の木にもたれていると、ある仙人がわたしの肩を叩いてきた。
しばらくすると遠くから笛の音が聞こえてきた。音は聞こえるが話に遮られて姿は見えない。
ほどなくさらに瀟湘の江に雨が通り過ぎていった。雨音は湘霊が奏でる五十舷の瑟のような音をたてたのであった。
水神馮夷をちらっと見ると、悲しげに遠くを眺めているのだ。絹を売る人魚の姿も消え、みるみるうちに海が畑に変わっていったのだ。
華山の仙女毛女にも出会ったが、なんともうつろなおももち。巨人龍伯が華山の蓮花峰を手にささげている。
果てなく続く恍惚の世界、明るんだかと思えば暗くなる。朦朧としたまま、夢は途切れたかと思うと夢と現実がまた続いてくる。
目覚めれば、なんと降り続けた雨がきざはし一面を浸し、ほの暗いともし火もそのまま、手枕をして寝ていたのだった。



七月二十八日の夜 王・鄭二秀才と雨を聴きし後の夢の作
初めて夢む 龍宮に宝 焔然たりて、瑞霞 明麗として晴天に満つるを。
旋ち酔いを成して蓬莱の樹に倚れば、箇の仙人の我が肩を拍く有り。
少頃して遠く細管を吹くを聞く、声を聞くも見えず 飛煙に隔たる。
逡巡して又た過ぐ 瀟湘の雨、雨は打つ 湘霊の五十絃。
馮夷を瞥見すれば殊に悵望す、鮫綃売るを休めて海は田と爲る。
亦た毛女に逢えば無惨の極み、龍伯は擎げ将つ 華嶽の蓮。
恍惚として倪無く 明にして又た暗、低迷として巳まず 断えて還た連なる
覚め来たれは正に是れ堦に平らかなる雨、未だ寒燈を背けずして手に枕して眠る。




夜與王鄭二秀才聽雨後夢作
王・鄭二秀才と雨を聴きし後の夢の作
○王鄭二秀才 王と邸の二人、名は未詳。「秀才」は郷試(地方試験)を経て進士の受験資格をもつ者の名称だが、一般に進士に合格する前の人に対する敬称として用いられる。



初夢龍宮賓焔然、瑞霞明麗満晴天。
夢の始まりは、燦然と宝物の輝く龍宮にみちびかれた。香しくめでたい錦の霞が拡がって華麗で輝く宮殿、満点の晴れ空がひろがっていた。
龍宮 龍王が住む海底の宮殿。○ したがう。導かれる。○烙然 燃えるように輝く様子。○瑞霞 めでたいしるしをあらわす色鮮やかな雲。李商隠 「碧城」三首の世界観


旋成酔倚蓬莱樹、有箇仙人拍我肩。
盃が廻ってきてたちまち酒に酔い蓬莱山の木にもたれていると、一人の仙人がわたしの肩を叩いてきた。
蓬莱 方丈、瀛洲とともに、神仙の住む東海の島の一つ。○有箇 一人の、或る、を意味する。



少頃遠聞吹細管、聞聲不見隔飛煙。
しばらくすると遠くから笛の音が聞こえてきた。音は聞こえるが話に遮られて姿は見えない。
少頃 短い時間の経過を示すことば。○細管 箏をいうこともあるが、ここでは長細い管楽器。



逡巡又過瀟湘雨、雨打湘霊五十絃。
ほどなくさらに瀟湘の江に雨が通り過ぎていった。雨音は湘霊が奏でる五十舷の瑟のような音をたてたのであった。
竣巡 これも少しの時間の経過を示す。○瀟湘雨 瀟水・湘水は南から洞庭湖に注ぐ川。○湘霊 湘水の神。『楚辞』遠遊に「湘霊をして窓を鼓せしむ」。〇五十絃 五十舷をもつ伝説のなかの琴。五十弦:古代の瑟は五十弦のものは宮女(宮廷の芸妓)が使ったもの。後に二十五弦と改められたと、琴瑟の起源とともに伝えられている。「錦瑟」参照。


瞥見馮夷殊悵望、鮫綃休賣海爲田。
水神馮夷をちらっと見ると、悲しげに遠くを眺めているのだ。絹を売る人魚の姿も消え、みるみるうちに海が畑に変わっていったのだ。
瞥見 ちらっと見る。○満夷 水神の名。『楚辞』遠遊の先の句に続いて「海若をして漏夷を舞わしむ」。海若は海の神。○帳望 悲しい思いで眺める。杜甫「詠懐古跡」其の二に 
搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。
悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。
江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。
最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。
「千秋を帳望して一たび涙を濯ぎ、粛條たる異代 時を同じくせず」。○鮫綃 入魚の織った網の織物。晋・左思「呉都賦」(『文選』巻五)の劉淵林の注が引く伝説に、人魚が水から出て人の家に寄寓し、毎日綃を売った。立ち去る時に主人に器を求め、涙をこぼすと真珠になった、という。○海為田 海が農地となる変化。地上では地殻変動を起こすほどの長い時間が神仙世界ではほんの束の間のことであるのをいう。晋・京浜『神仙伝』に仙女の麻姑が言う、「接待して以来(おもてなしをしてから)、己に東海の三たび桑田と為るを見る」。「桑田蒼海」の成語として使われる。「一片」詩にも「人間桑海 朝朝変ず、佳期をして更に期を後らしむること莫かれ」。



亦逢毛女無憀極、龍伯擎將華嶽蓮。
華山の仙女毛女にも出会ったが、なんともうつろなおももち。巨人龍伯が華山の蓮花峰を手にささげている。
毛女 仙女の名。始皇帝の官女だったが、秦の滅亡のあと華山に入り仙人となった。体中が体毛に覆われていたので「毛女」という(劉向『列仙伝』)。○無憀 無聊と同じ。頼りなげで、うつろな感じ。○龍伯 『列子』湯間に見える伝説上の大人国の名。ここではその巨人。○華嶽蓮 華山は五嶽の一つ。陝西省華陰県にある。その嶺の一つは蓮の花に似ているので蓮花峰と呼ばれる。



恍惚無倪明文暗、低迷不己断還連。
果てなく続くおぼろな世界、明るんだかと思えば暗くなる。朦朧としたまま、夢は途切れたかと思うとまた続く。
○恍惚 朦朧とした様子をいう双声の語。○無倪 果てしがない。○低迷 意識がぼんやりする様子をあらわす塁韻の語。哲康「養生論」(『文選』巻五三)に「夜分にして坐せば、則ち低迷して寝わんことを思う」。ばおっとしたなかで夢が切れたかと思うと続く。この二句のみが対を成し、夢とうつつのはざまの朦朧とした状態にたゆたうありさまをあらわす。


覚來正是平堦雨、未背寒燈枕手眠。
目覚めれば、なんと降り続けた雨がきざはし一面を浸し、ほの暗いともし火もそのまま、手枕をして寝ていたのだった。
平堦雨 「堦」は「階」と同じ。部屋から外に降りる階段。そこに降った雨水が一面にたまっている状態をいう。○未背寒燈 「背燈」は寝る時に灯火の向きを変えて暗くすること。



七言排律
○韻   然、天、肩。管、煙、絃。田、蓮。暗、連、眠。


(李商隠ものがたり<要旨>
唐宮廷の官僚は、牛僧孺・李宗閔らを領袖とする科挙及第者の派閥と、李徳裕に率いられる門閥貴族出身者の派閥に分かれ、政争に明け暮れていた。いわゆる牛李の党争である。若き李商隠は、牛僧孺派の重鎮であった興元尹・山南西道節度使 令狐楚の庇護を受け、837年、26歳にして進士科に及第する。しかしながら同年に令狐楚が没し、翌年には上級試験にも落第すると、今度はなぜか、李徳裕の派に属する太原公王茂元の招きに応じてその庇護下に入り、娘を娶った。翌839年、王茂元の働きかけにより文人官僚のスタートとして最も理想的といわれる秘書省の校書郎に任官されるも、牛僧孺派からは忘恩の徒として激しい謗りを受けることになった。以後も李商隠は、処世のために牛李両党間を渡り歩いたので変節奸と見なされ、厳しい批判を受けて官僚としては一生不遇で終わることとなる。しかし、これは詩人として選んだ道であった。この頃の詩人は、武人でなく、文人詩人としての生き方であったと考えるべきであろう。儒教的発想によりみると詩に、不遇を悔やむものといわれるものがあるや、よく読むと全く悔やむものではなく、矜持を感じるものである。儒教の垣根を取り払ってみなければ、李商隠は理解できない。




この詩は夢のなかで体験した神話的世界を、光、音の豊かなイメージを繰り広げながら描き出す手法で、上記物語<要旨>の強調部分を詠っている。特定の日付と人名は目くらましである。李商隠自身、嫁を娶り、文人スタートとして、華やかにデビューしたのだ。しかし、それは束の間の出来事であった。「旋」「少頃」「選巡」など時間の経過を示すことばによって夢の展開が夢の時間を追いながら記されていること、実際に降っていた雨の音を媒介として夢と現実が交叉していること、夢そのものを主題とした詩にしたてているが、実際の話を、竜宮を舞台に比喩しているのである。下に示す詩を参考にするとよくわかる。(李商隠のすべての詩を関連付けてみるとこの結論に達する)

哭劉蕡  李商隠 36 
寄令狐郎中 李商隠 37 
哭劉司戸二首 其一 李商隠 39 
哭劉司戸二首其二 李商隠 40
潭州 李商隠  41
桂林 李商隠  42