二月二日 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-87

854年梓州(三台)

二月二日
二月二日江上行、東風日暖聞吹笙。
二月二日、踏青節のこの日に川べりを歩めば、柔らかな春風、暖かな陽ざし、おや、風の音に混じって笛のような男女の声が聞こえてくる。
花鬚柳眼各無頼、紫蝶黄蜂倶有情。』
こちらにいる花の様な妓女、そちらには、切れ長の目をした男性それぞれが一人ぼっちでいる。紫の羽の蝶のようなあでやかな女、黄色の蜂のように元気者の男、どちらも気にった様子がうかがえる。』
萬里憶歸元亮井、三年従事亞夫營。
一方では、万里のふるさとに80日あまりで官を捨て陶淵明は郷里に帰ったことを思う、他方、実際は、三年、軍律を厳格に従わせる周亜夫に様な上司に仕えてきたのだ。
新灘莫悟遊人意、更作風簷雨夜聾。』

あたらしい上司が来たから踏青節に野山で女遊びをしたいこころを理解することをしない。軒端を揺らす夜の風雨にも似た凄絶たる風雨のようにやかましくどなり立てている。』



二月二日

二月二日 江上を行く、東風 日 暖かくして吹笙を聞く。

花鬚(かしゅ)柳眼(りゅうがん)各々無頼、紫蝶 黄蜂倶に情有り。

萬里 歸憶う元亮の井(せい)、三年 事に従う 亞夫の營。

新灘(しんたん)は遊人の意を悟る莫く、更に作す風簷(ふうえん)雨夜の聾。





二月二日 訳註と解説

(本文)
二月二日江上行、東風日暖聞吹笙。
花鬚柳眼各無頼、紫蝶黄蜂倶有情。』
萬里憶歸元亮井、三年従事亞夫營。
新灘莫悟遊人意、更作風簷雨夜聾。』

(下し文)
二月二日 江上を行く、東風 日 暖かくして吹笙を聞く。
花鬚(かしゅ)柳眼(りゅうがん)各々無頼、紫蝶 黄蜂倶に情有り。
萬里 歸憶う元亮の井(せい)、三年 事に従う 亞夫の營。
新灘(しんたん)は遊人の意を悟る莫く、更に作す風簷(ふうえん)雨夜の聾。

(現代語訳)
二月二日、踏青節のこの日に川べりを歩めば、柔らかな春風、暖かな陽ざし、おや、風の音に混じって笛のような男女の声が聞こえてくる。
こちらにいる花の様な妓女、そちらには、切れ長の目をした男性それぞれが一人ぼっちでいる。紫の羽の蝶のようなあでやかな女、黄色の蜂のように元気者の男、どちらも気にった様子がうかがえる。』
一方では、万里のふるさとに80日あまりで官を捨て陶淵明は郷里に帰ったことを思う、他方、実際は、三年、軍律を厳格に従わせる周亜夫に様な上司に仕えてきたのだ。
あたらしい上司が来たから踏青節に野山で女遊びをしたいこころを理解することをしない。軒端を揺らす夜の風雨にも似た凄絶たる風雨のようにやかましくどなり立てている。』



二月二日江上行、東風日暖聞吹笙。
二月二日、踏青節のこの日に川べりを歩めば、柔らかな春風、暖かな陽ざし、おや、風の音に混じって笛のような男女の声が聞こえてくる。
二月二日 春遊は春の菜を摘む「採草」の俗と、春の青草を踏む「踏青」の俗から起こった風習で四川では「踏青節」といった。酒肴を携えて郊外に出かけ春の景物を楽しんだ。唐の徳宗の貞元5年(789)に仲春に節日がないことから決められ、長安の東南隅のあった曲江池において臣下に曲江の宴を賜う。○江 陵江○吹笙 『詩経』小雅・鹿鴨に「我に嘉寅有り、忘を鼓し笙を吹く」。宴席で奏される笙。管楽器の一。匏(ほう)の上に17本の長短の竹管を環状に立てたもので、竹管の根元に簧(した)、下方側面に指孔がある。匏の側面の吹き口から吹いたり吸ったりして鳴らす。ここでは男女の情交の際の声を言う。



花鬚柳眼各無頼、紫蝶黄蜂倶有情。』
こちらにいる花の様な妓女、そちらには、切れ長の目をした男性それぞれが一人ぼっちでいる。紫の羽の蝶のようなあでやかな女、黄色の蜂のように元気者の男、どちらも気にった様子がうかがえる。』
花鬚 白鬚(ユキノシタ科ウメバチソウ属の多年草)、岩鬚花弁の形が外側に向けて鬚のようになっている。形から、女性の局部、性器をしめす。妓女の別称。 ○柳眼 柳は男性を示す語。男の目。元稹「春生ず二十章」詩の九に「何処にか春草生ず、春は生ず 柳眼の中」。○無頼 危うい魅力をいう俗語的表現。杜甫「絶句慢興九首」の其の一に「眼のあたりに客慾を見るも愁い醒めず、無頼の春色江事に到る」。○有情 情愛を感じさせる。李商隠の詩に頻用。ここでは、性交を表現しているが、訳文としては、両方が気に入ったという訳でよかろう



萬里憶歸元亮井、三年従事亞夫營。
一方では、万里のふるさとに80日あまりで官を捨て陶淵明は郷里に帰ったことを思う、他方、実際は、三年、軍律を厳格に従わせる周亜夫に様な上司に仕えてきたのだ。
元亮井 「元亮」は陶淵明の字。「帰去来の辞」が知られるように、陶淵明は官人生活を嫌悪し郷里へ帰ることを切望した人の典型。故郷を離れることを「離郷背井」というように、井戸によって故郷をあらわす。隠遁者を示す。○従事 節度使柳仲郡の幕下に仕えていることを指す。○亜夫営 「亜夫」は漢の文帝に仕えた将軍周亜夫。匈奴の侵入に備えて細柳の地に軍営を設けた。慰問に訪れた文帝をすら軍律に従わせ、文帝から「此れ真の将軍なり」と称賛された(『漢書』周亜美伝)。ここは儒者をしめす。



新灘莫悟遊人意、更作風簷雨夜聾。』
あたらしい上司が来たから踏青節に野山で女遊びをしたいこころを理解することをしない。軒端を揺らす夜の風雨にも似た凄絶たる風雨のようにやかましくどなり立てている。』
新灘 「灘」は早瀬。流れが急で危険なこと。○遊人 野山に出て遊ぶ人。ばくち打ち。風来坊。○風簷雨夜声 早瀬の水音を軒端に打ち付ける風雨の音に聞きなす。簷 のきば。


(解説)
○詩型 七言律詩。
○押韻 行、笙、情/井、営、声

梓州(四川省)で東川節度使柳仲郡の幕下に仕えていた時期の作で、二月二日、踏青節であっても、上司本人は、野山で女を連れ出し遊んでいる。自分はやかましく怒鳴られて儒者のように仕事をしている。四川では、踏青節として晩唐時代には定着していたようだ。