無題二首其二(幽人不倦賞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-91



 

無題二首其一
照梁初有情、出水舊知名。
はじめての経験、その夜は眠れず朝を迎え、ういういしさを朝日が座敷のはりを照らす輝きに、嬉恥ずかしい新しい気持ちなのだ。水面の上に花開く蓮は古くからはじめて開く妓女の姿として知られている。
裙衩芙蓉小、釵茸翡翠輕。
きものの裾は小さな蓮のように開かれるのである。房が多いかんざしには羽飾りの軽やかな翡翠がきれいだ。
錦長書鄭重、眉細恨分明。
今頃になると来てくれない、昔から思いのたけをていねいに長い錦に織り込んだ、細く描いた眉には、恋のつらさが浮かび上がる。
莫近彈棋局、中心最不平。
しかし、いくら約束の日に来ないといってもお相手をきめる弾棋の盤には近づかない方がいい。心の中の思いは燃えたぎっていて、平静の気持ちでおられない。

 

無題二首其の一

梁を照らして初めて情有り、水より出でて旧より名を知らる。

裙衩 芙蓉小さく、欽茸 翡翠軽し。

錦長くして書は鄭重、眉細くして恨みは分明。

弾棋の局に近づくこと莫かれ、中心 最も平らかならず。

 

無題二首其二(幽人不倦賞) 
幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
此地如攜手、兼君不自聊。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。

 

無題二首其の二

幽人 賞するに倦まず、秋暑 招邀【しょうよう】せんと貴【ほっ】す。

竹 碧にして転【うた】た悵望し、池 清くして尤も寂蓼たり

露花 終に裛濕【ゆうしつ】し、凰蝶 強いて嬌饒【きょうじょう】たり。

此の地 如し手を携えれば、君と自ら聊【たの】しまざらんや。

 


無題二首其二(幽人不倦賞) 訳註と解説

(本文)
幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
此地如攜手、兼君不自聊。

 

(下し文)
無題二首其の二

幽人 賞するに倦まず、秋暑 招邀【しょうよう】せんと貴【ほっ】す。

竹 碧にして転【うた】た悵望し、池 清くして尤も寂蓼たり

露花 終に裛濕【ゆうしつ】し、凰蝶 強いて嬌饒【きょうじょう】たり。

此の地 如し手を携えれば、君と自ら聊【たの】しまざらんや。

 

(現代語訳)
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。

 

(語訳と訳註)

無題二首其二


幽人不倦賞  秋暑貴招
竹碧轉悵望  池淸尤寂
露花終裛濕  風蝶強嬌
此地如攜手  兼君不自

○○△●●  ○●●○○

●●●●△  ○?○●△

●○○●●  △●○△△

●●△○●  △○△●○

 

幽人不倦賞、秋暑貴招邀。
隠遁者のような男がいる、まわりの風情を眺めるようすはない。秋とはいえこの暑さ、涼みがてらに人を招きたくなるというものだ。
幽人 ふつうは竹林の側、薄暗い奥まったところにいる隠者を示す語であるが、自分からなろうとしないで左遷され、隠遁者の住まいのような場所で世の喧噪から必然的に離され、友人も恋人もいない男として読む。

不倦覚 飽きることなく観賞する。○秋暑 残暑。

景招激 「貴」は欲の意。=‥‥したいと思う。「招遊」は人を招き迎える。


竹碧轉悵望、池淸尤寂寥。
竹林の青々とした静かなたたずまい、それを逆から見てみると悵めしい眺めなのだ。池の水清らかさ、切ないほどの寂しさがこみ上げるのだ。
悵望 悲しい思いで眺める。「七月二十八日夜……」詩注参照(七四頁)。


露花終裛濕、風蝶強嬌饒。
あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。
裛湿「嚢」は泡に通ずる。湿と同じくうるおう。

風蝶 風のなかに舞う蝶。

強嬌 なまめかしさをいう畳韻の語。『王台新詠』に桑摘みのむすめを唱った「重病綾の詩」がある。同音の「嫡嬢」とも表記する。


此地如攜手、兼君不自聊。
来られるものならこの地でもいい、あの人と手を取りからめ合いたい、あの人と一緒ならこんな自慰をしはしないのに。
○此地 朝廷から、取り上げられることがない。隠遁者と同様な暮らしを強いられている。正論を言う機会さえない。来ることは絶対にありえない「この地」という意味。

攜手 ここでは手を携えることを男女の性行為として表現している。同性どうしでも異性の間でも親密な関係を示すしぐさとして使われる。この語が次の句の「不自聊」にかかる。

兼君 「兼」は与と同じ。……といっしょに。

不自聊 自聊は自慰、しないこと。



○詩型 五言律詩。
○押韻 賞、賞、寥、饒、聊。



(解説)

この詩は、「幽人」という語を正しく理解しないと単なる艶情詩になってしまう。詩の状況から、巴の梓州に3年左遷されていた。唐の中央から地方まで牛李の闘争を繰り広げていた。作者の周りの地方官もすべてが反対派であった。その状況を詠いたかったのである。 
孤独であるため、初秋の景物を眺め、本来なら風流なものとして映るはずのものである。転じてみれば、「恨めしい」、景色なのだ。

せっかく仲良くなったあの人のことを考える毎日だ。