漫成五章 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 105


漫成五章 其二
李杜操持事畧齊、三才萬象共端倪。
李白、杜甫の筆さばき、その力量は肩を並べる。天、地、人あるいは太陽、月、星の三才、森羅万象、すべてをかすかな兆しまではかりしり、表現されている。
集仙殿興金鑾殿、可是蒼蝿惑曙雞。

天子の集仙殿と金鑾殿は厳かにある、そこで二人はそれぞれ天子の謁見を受けた、暁の朝礼で鶏の声、裏方である小うるさい青蝿よって消されてしまうことになっているはずなのだ。



其の二

李杜の操持 事 略(ほぼ)斉(ひとし)、三才 万象 共に端促(たんげい)す。

集仙殿と金鑾殿と、是れ蒼蝿(そうよう)の曙鶏(しょけい)を惑(まど)わすべけんや。




漫成五章 其二 現代語訳と訳註 解説
(本文)

李杜操持事畧齊、三才萬象共端倪。
集仙殿興金鑾殿、可是蒼蝿惑曙雞。

(下し文)
李杜の操持 事 略(ほぼ)斉(ひとし)、三才 万象 共に端促(たんげい)す。
集仙殿と金鑾殿と、是れ蒼蝿(そうよう)の曙鶏(しょけい)を惑(まど)わすべけんや。


(現代語訳)
李白、杜甫の筆さばき、その力量は肩を並べる。天、地、人あるいは太陽、月、星の三才、森羅万象、すべてをかすかな兆しまではかりしり、表現されている。
天子の集仙殿と金鑾殿は厳かにある、そこで二人はそれぞれ天子の謁見を受けた、暁の朝礼で鶏の声、裏方である小うるさい青蝿よって消されてしまうことになっているはずなのだ。



李杜操持事畧齊、三才萬象共端倪。
李白、杜甫の筆さばき、その力量は肩を並べる。天、地、人あるいは太陽、月、星の三才、森羅万象、すべてをかすかな兆しまではかりしり、表現されている。
李杜 李白と杜甫。盛唐を代表する詩人。韓愈「張張籍」(李杜文章在り、光焔万丈長し。)○操持 手で扱う。ここでは筆墨を手にすることをいう。〇三才 天、地、人。太陽、月、星。○万象 森羅万象、世界のすべての物。○端倪 端緒、きざし。端はいとぐち、倪ははて。はかりしること。『荘子』大宗師篇に「終始を反復して端悦を知らず」。ここでは動詞として、わずかなきざしをも捉えること。韓愈は「薦士」の中で、「国朝文章の盛なる、子昂始めて高踏し、勃興李杜を得て、万類は陵暴に困しむ」と言う。これは陳子昂を先駆者とし、李白の復古主義への貢献も含めての評価をしている。


集仙殿興金鑾殿、可是蒼蝿惑曙雞。
天子の集仙殿と金鑾殿は厳かにある、そこで二人はそれぞれ天子の謁見を受けた、暁の朝礼で鶏の声、裏方である小うるさい青蝿よって消されてしまうことになっているはずなのだ。
集仙殿・金鑾殿 ともに朝廷の宮殿の名。「集仙殿」はのちに集賢殿と改名された。杜甫は「三大礼賦」を献じて玄宗に称賛され、「集賢殿」に待機することを命じられた。李白は賀知章の推挽を受けて「金鑾殿」で玄宗の謁見を受けた。二つの宮殿は二人の詩人が玄宗の知遇を得た場所であったが、結局二人ともその好機を生かして重用されることはなかった。○可是 ~だろうか。○蒼蝿惑曙鶏 『詩経』斉風・鶏鳴、「鶏既に鳴く、朝既に盈つ。鶏則ち鳴くに匪ず、蒼蝿の声」 にもとづく。鶏が鳴くので夜が明けたかと思ったら、蝿の羽音だったという。ここでは李白を宮中から追い出した高力士、杜甫を認めなかった李林甫などの無学の物がかしましく騒ぎ立てて、二人を宮中から追放したことをいう。



(解説)
○詩型 七言絶句。
○押韻 斉、倪、鶏。


711年玄宗は高力士らの手を借りてクーデターを成功させた。宦官は一気に力を持つようになり、朝臣、張説、張九齢は失脚し、李林甫は宦官の手を借り朝廷を牛耳った。玄宗は一芸に秀でたものを集めたが李林甫は文学の詩を嫌った。これより、宦官と無学が唐王朝の中枢をなす。この詩は盛唐期に入って、詩のレベルが変わった事、しかし、宦官と無学によって妨げられたとしている。朝廷における朝礼を鶏に喩え、うるさく飛び交う青ばえを宦官に喩えている。唐王朝初期に60名くらいの宦官が李商隠の時代には5千名を超えていたという。



盛唐期
唐代の最盛期を反映し、多くの優れた詩人を輩出した時期である。修辞と内容が調和した詩風は、それまでの中国詩歌の到達点を示している。代表的詩人には、中国詩歌史上でも最高の存在とされる李白と杜甫を頂点として、王維・孟浩然・岑参・高適・王昌齢などがいる。



李白 701年 - 762年 中国最大の詩人の一人。西域で生まれ、綿州(四川省)で成長。字(あざな)は太白(たいはく)。号、青蓮居士。玄宗朝に一時仕えた以外、放浪の一生を送った。好んで酒・月・山を詠み、道教的幻想に富む作品を残した。詩聖杜甫に対して詩仙とも称される。「両人対酌して山花開く、一杯一杯又一杯」「白髪三千丈、愁いに縁(よ)りて個(かく)の似(ごと)く長し」など、人口に膾炙(かいしゃ)した句が多い。

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    2011/11/3 210首掲載 -350首予定


杜甫 712年 - 770年 鞏(きょう)県(河南省)の人。字(あざな)は子美(しび)。少陵と号し、杜工部、老杜とも呼ばれる。青年時代から各地を放浪。湖南省の湘江付近で不遇の一生を終えた。現実の社会と人間を直視し、誠実・雄渾な詩を作り、律詩の完成者で詩聖と称され、詩仙と呼ばれる李白と並ぶ唐代の代表的詩人とされる。「兵車行」「春望」などは有名。

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  2011/11/3 110首掲載 -700首予定