河内詩二首 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 126

恋歌として読んだら、いろいろ意味不明なところがある。これは政治批判詩なのだ。宦官による皇帝を薬漬けにし、薬殺したことを詠う。詩は殺されたその夜を詠う。

其一
鼉鼓沈沈虬水咽、秦絲不上蠻絃絶。
なにがおこったのか、ワニ皮の太鼓が重く響き、虬の漏刻は咽び泣いている。宮中で秦の琴瑟は弾かれず、異民族の楽器は絃が切れたという。
常蛾衣薄不禁寒、蟾蜍夜艶秋河月。』
薬を飲んで帰られなくなった嫦娥は薄いころもをまとった月の女神となり寒さに震えている。月は蟾蜍に食べられた三日月になってはつややかに美しい、銀河と月が輝く秋の夜のできごとだ。
碧城冷落空豪煙、簾輕幕重金鉤欄。
ここ碧城は、茫漠たる靄に包まれ、ひっそりと静まりかえる。軽い御簾、重いとばり、そして金の簾止め、欄檻にもひとはいない。
霊香不下兩皇子、孤星直上相風竿。』
この仙界には香木の桂が繁っている八桂の林のあたりに九葉霊芝草の生えている、またそこで粗末なきものに制裁として小鬢を剃り落としたひとに出会った。
八桂林邊九芝草、短襟小鬢相逢道。
霊験あらたかな香を焚き、お勤めする身となった二人の皇子は下界にもう降りてこない。星が一つ、まっすぐ宮廷に建てたられた風旗台を目がけて登っていく。
入門暗數一千春、願去閏年留月小。』
正しい系統の王族たちで朝廷が立ち上がるのはそっと数えてみれば一千年もかかるという。なんとか閏の年ははぶき、小の月だけを数えることにできないものか。
梔子交加香蓼繁、停辛佇苦留待君。』

辛いクチナシの実というべき党派やら苦いタデの宦官たちの世の中、しかしその辛さ、苦しさに踏みとどまり、あなたに会える日のようにじっと待つしかない。右一曲 楼上

河内詩二首其の一
鼉鼓(だこ)沈沈として虬水(きゅうすい)咽(むせ)ぶ、秦糸(しんし)は上(のぼ)らず 蛮絃(ばんげん)絶ゆ
常蛾(じょうが) 衣薄くして 寒きに禁(た)えず、蟾蜍(せんじょ) 夜 艶たり 秋の河月(かげつ)。
碧城(へきじょう)冷落(れいらく)たり 空蒙(くうもう)たる煙、簾は軽く幕は重し 金の鉤欄(こうらん)。
霊香(れいこう)して下らず 両皇子(りょうおうじ)、
孤星(こせい)直ちに上る 相風竿(そうふうかん)。
八桂の林辺 九芝の草、短襟(たんきん) 小鬢(しょうひん) 相い逢う道。
門に入るには 暗(ひそ)かに數う 一千春、願わくは閏年を去りて月小を留めん。
梔子(しし)交(こも)ごも加わり 香蓼(こうりょう)繁し、辛に停まり苦に佇みて 留まりて君を待たん。

右 一曲 楼上にて。


河内詩二首其の一(楼上) 現代語訳と訳註
(本文) 其一
鼉鼓沈沈虬水咽、秦絲不上蠻絃絶。
常蛾衣薄不禁寒、蟾蜍夜艶秋河月。』
碧城冷落空豪煙、簾輕幕重金鉤欄。
霊香不下兩皇子、孤星直上相風竿。』
八桂林邊九芝草、短襟小鬢相逢道。
入門暗數一千春、願去閏年留月小。』
梔子交加香蓼繁、停辛佇苦留待君。』
右一曲 楼上

(下し文)
鼉鼓(だこ)沈沈として虬水(きゅうすい)咽(むせ)ぶ、秦糸(しんし)は上(のぼ)らず 蛮絃(ばんげん)絶ゆ
常蛾(じょうが) 衣薄くして 寒きに禁(た)えず、蟾蜍(せんじょ) 夜 艶たり 秋の河月(かげつ)。
碧城(へきじょう)冷落(れいらく)たり 空蒙(くうもう)たる煙、簾は軽く幕は重し 金の鉤欄(こうらん)。
霊香(れいこう)して下らず 両皇子(りょうおうじ)、
孤星(こせい)直ちに上る 相風竿(そうふうかん)。
八桂の林辺 九芝の草、短襟(たんきん) 小鬢(しょうひん) 相い逢う道。
門に入るには 暗(ひそ)かに數う 一千春、願わくは閏年を去りて月小を留めん。
梔子(しし)交(こも)ごも加わり 香蓼(こうりょう)繁し、辛に停まり苦に佇みて 留まりて君を待たん。
右 一曲 楼上にて。

(現代語訳)
なにがおこったのか、ワニ皮の太鼓が重く響き、虬の漏刻は咽び泣いている。宮中で秦の琴瑟は弾かれず、異民族の楽器は絃が切れたという。
薬を飲んで帰られなくなった嫦娥は薄いころもをまとった月の女神となり寒さに震えている。月は蟾蜍に食べられた三日月になってはつややかに美しい、銀河と月が輝く秋の夜のできごとだ。
ここ碧城は、茫漠たる靄に包まれ、ひっそりと静まりかえる。軽い御簾、重いとばり、そして金の簾止め、欄檻にもひとはいない。
この仙界には香木の桂が繁っている八桂の林のあたりに九葉霊芝草の生えている、またそこで粗末なきものに制裁として小鬢を剃り落としたひとに出会った。
霊験あらたかな香を焚き、お勤めする身となった二人の皇子は下界にもう降りてこない。星が一つ、まっすぐ宮廷に建てたられた風旗台を目がけて登っていく。
正しい系統の王族たちで朝廷が立ち上がるのはそっと数えてみれば一千年もかかるという。なんとか閏の年ははぶき、小の月だけを数えることにできないものか。
辛いクチナシの実というべき党派やら苦いタデの宦官たちの世の中、しかしその辛さ、苦しさに踏みとどまり、あなたに会える日のようにじっと待つしかない。


(訳注)
河内詩二首
○河内 懐州の治所のある河内県。今の河南省沁陽県。
ほんの少ししかつながりのない地名にこそ、政治批判できることがある。

鼉鼓沈沈虬水咽、秦絲不上蠻絃絶。
なにがおこったのか、ワニ皮の太鼓が重く響き、虬の漏刻は咽び泣いている。宮中で秦の琴瑟は弾かれず、異民族の楽器は絃が切れたという。
鼉鼓 ワニの皮で作った太鼓。『詩経』大雅・霊台に「鼉鼓逢逢たり」。逢蓬は太鼓の音。○沈沈 重々しく響く音。○虬水咽 虬水は虯水。虯水は蛟の口から水が出る形の水時計。咽は其の水音がむせびなく。皇帝、皇子が殺害されたのであるから、こういう表現で表したのだろう。○秦糸 糸はここでは琴瑟、単なる琴ではない。秦代の瑟は五十弦のものは宮女(宮廷の芸妓)が使い、一般に二十五弦で、琴瑟の起源とともに伝えられている。瑟はのち十三舷にかえられる。○蛮絃 少数民族の弦楽器。

常蛾衣薄不禁寒、蟾蜍夜艶秋河月。
薬を飲んで帰られなくなった嫦娥は薄いころもをまとった月の女神となり寒さに震えている。月は蟾蜍に食べられた三日月になってはつややかに美しい、銀河と月が輝く秋の夜のできごとだ。
常蛾 月の女神。「

1. 道教の影響 2. 芸妓について 3. 李商隠 12 嫦娥
」詩参照。仙薬を飲んでいる。○蟾蜍 月に住むといわれるひきがえる。李白「古朗月行」月の満ち欠けはカエルが食べてかけていく。○河月 天の川と月。

碧城冷落空豪煙、簾輕幕重金鉤欄。
ここ碧城は、茫漠たる靄に包まれ、ひっそりと静まりかえる。軽い御簾、重いとばり、そして金の簾止め、欄檻にもひとはいない。
碧城 仙人の住む地。碧城三首其三 李商隠15「恋の無題詩」詩参照。仙薬を飲んでたどりついたところ。○冷落 ひっそり寒々としたさまをいう。○空豪 空濠と同じ。雨や霧でもやった状態をいう。○鉤欄 金の簾止めと欄檻。

霊香不下兩皇子、孤星直上相風竿。
霊験あらたかな香を焚き、お勤めする身となった二人の皇子は下界にもう降りてこない。星が一つ、まっすぐ宮廷に建てたられた風旗台を目がけて登っていく。
霊香 香を焚いて礼拝すること。〇両皇子   740年、宦官仇士良が、文宗中毒死させた。詔を改ざんし、武宗を皇帝に立てる。この時、敬宗の二子皇子を殺害。846武宗毒殺。 これらの事件は宦官がすべて行った。文宗薬殺以前も宦官は皇帝を薬漬けにしている。憲宗、穆宗、敬宗と中毒死が続いていた。ただ武宗の後に皇帝に即位した宣宗は仙薬を飲まなかったので長期にわたった。李商隠は宣宗より早く歿した。この両皇子のとらえ方で、この詩は180度の展開を見せる重要点である。○孤星 天上の女を求めて上昇する男をたとえるという表現法だが、宮廷内において宣宗は、できるだけ対決を避け、孤軍奮闘していたことをいう。○相風竿 宮廷に建てた風旗台。三支槍を一番上にさした細くて長い旗竿を風旗台の穴に挿し、旗台には細くて非常に長い旗を掲げた。また、風旗台には「相風竿」という文字が彫られているということで、唐王朝のことをしめす。

八桂林邊九芝草、短襟小鬢相逢道。
この仙界には香木の桂が繁っている八桂の林のあたりに九葉霊芝草の生えている、またそこで粗末なきものに制裁として小鬢を剃り落としたひとに出会った。
八桂 香木の桂、○九芝草 九葉霊芝草のこと。天界の霊薺殿(れいしょうでん)の前に植えられていた、西王母の霊草で、大変な仙気を持ち、これで掃いたものは、何でも性質が強化され、瑞光や瑞気を放つようになる。○短襟 平民のやすい粗末なきもの。 ○小鬢 遊郭の制裁として男の片小鬢を剃り落とす風習があった。
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入門暗數一千春、願去閏年留月小。
正しい系統の王族たちで朝廷が立ち上がるのはそっと数えてみれば一千年もかかるという。なんとか閏の年ははぶき、小の月だけを数えることにできないものか。
暗數 数一千春一千年たったら会えると数える。○願去閏年留月小一千年が少しでも短くなるように、閏の年ははずして小の月は入れる。

梔子交加香蓼繁、停辛佇苦留待君。
辛いクチナシの実というべき党派やら苦いタデの宦官たちの世の中、しかしその辛さ、苦しさに踏みとどまり、あなたに会える日のようにじっと待つしかない。
梔子交加香蓼繁 クチナシの実は辛く蓼は苦い。辛さ若さを代表する植物。「植物の若さに掛けて胸中の苦しさをいうのは、南朝楽府によく見える。たとえは「子夜四時歌」春歌に 「黄垂 春に向かって生じ、苦心 日に随って長し」。黄葉も苦い植物。「交加」 はかわるがわる迫ってくる。薬物、仙薬などを連想させる句である○停辛佇苦留待君 辛苦に耐えてあなたを待ち続けるの意。


○詩型 七言古詩。
○押韻 絶。月。/煙、欄。竿。/草、道。小。/繁、君。


(解説)
 三十代後半、それ以降の李商隠は、唐王朝の中では官僚としての生きるいかなる方法もないという結論に至ったようだ。ストレートな批判は危険を招くことは身をもって体験している。詩人として生きるべきことを納得し始めた時期で、王朝批判の比喩的題材を求めていった。この時期から、意味不明、難解な詩が多くなっていく。
さまざまな芸妓、女性を描く素振りで、政治的批判をするようになる。難解な詩もいくつか並べると理解できる。ジグソーパズルか、謎解き問題のように楽しんで作っているようだ、この詩も角度を変えてそのことを述べている。表立って批判はできない、「自分の生まれ故郷(本籍地)にはこんな歌がある」という言い訳をしているかのようである。

 この詩を恋歌と解釈しているのを見かけるが、どこをどう考えてそうなるのか理解に苦しむ。登場関係者は皆、薬物に関係している。李商隠の「薬轉」とまったく同じ方向性をもった詩である。おそらく同じ時期につられたものと解釈している。この詩を恋歌と解釈するには、多分、李商隠をいつまでもうだつの上がらない、女好きの不遇のダメ男と理解されているのであろうと思う。

薬轉 李商隠
鬱金堂北畫樓東、換骨神万上藥通。
露気暗連靑桂苑、風聾偏猟紫蘭叢。
長籌末必輸孫皓、香棗何勞問石崇。
憶事懐人兼得句、翠衾歸臥繍簾中。

鬱金の堂の北 画楼の東、換骨 神方 上薬にして通ず。
露気 暗に連なる 青の桂苑、風声 偏猟にして紫蘭の叢。
長語末だ必ずしも孫皓に輸せず、香棗 何ぞ石崇に問うを労せん。
事を憶い人を懐いて兼ねて句を得たり、翠衾 歸りて臥さん 繍簾の中。
 
(現代語訳)
香を焚きしめた鮮やかな黄色の奥座敷の北側、あでやかな色彩の楼閣の東側にある。仙骨に変わる神秘の方法、最上の仙薬こそがそこに通ずる手段なのだ。
佳人をあらわにするような雰囲気が暗いところまで続いている、春の誘いをもよおす桂樹の庭園である。風の音に混じって紫の蘭の花のくさむらの一部のあたりで鳥獣を追い立てるような声がしている。
長い竹べらがある、西晋の富豪孫酷は竹べらで局部がはれたがまだそこまでに、なっていないようだ。厠に香を焚き、侍女に香り高い棗よういさせる、それは何のためかと石崇に尋ねるまでもない彼らと同様の横暴ななふるまいをしているのだ。
いろんな故事をおもいだし、いろんな人を思ってこんな詩句ができた。自分もみどりのしとねにくるまった妓女がいる、刺繍のすだれの部屋の真ん中に帰り、臥せることにしよう。

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