燕臺詩四首 其二 夏#1 李商隠130 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 130-#1

燕臺詩(えんだいし) 四首 李商隠


棄てられた芸妓のこと、思いが伝わらない芸妓、そのやるせない思いは政治の中で正当に評価されなかったものとおなじなのだ。舞台は燕の国の王朝、実際には唐王朝の淫乱、頽廃、そして陰湿な讒言など、四季に分けて詠っている。恋歌とみせかけ、その裏にこっそりと王朝批判をしている。



其 二
前閣雨簾愁不巻、後堂芳樹陰陰見。
向こう側に楼閣がある雨は簾となって鬱々と降り注ぎやむことがない、その後方の奥の離れ座敷には芳しい木々の陰湿でくらい影が映っている。
石城景物類黄泉、夜半行郎空柘彈。」
ここ石城を舞台にして数々の悲劇がおこされた、その風景は黄泉の国なのだ、そんなところに深夜になっても遊客の一人はせっかく打ったはじきが空しくおわっている。
綾扇喚風閶闔天、軽帷翠幕波淵旋。
あや絹の扇は「天下を治めるところ」というおつげの風を呼びおこしている閶闔門は天界の門となる、奥の座敷では軽やかなとばり、翡翠のとばりの中に淵が波を打っている大皿が回っている。
蜀魂寂寞有伴未、幾夜瘴花開木棉。』-#1

蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑に魂を托し、そんな血を吐きながら啼く思いにお供をする者がおりはしない。幾晩も、南国の地から来た花は木綿の実をひらかせたのだ。
桂宮流影光難取、嫣薫蘭破軽軽語。
直教銀漢堕懐中、未遣星妃鎭來去。」
濁水清波何異源、済河水清黄河渾。
安得薄霧起緗裙、手接雲輧呼大君。』-#2
右夏

巻、見。彈。/天、旋。棉。』/取、語。去。/源、渾。君。

其の二
前閣の雨簾 愁(うれい)て巻かず、後堂の芳樹 陰陰として 見 ゆ。
石城の景物 黄泉に類し、夜半の行郎 空しく柘彈(しゃだん)す。
綾扇(りょうせん) 風を喚(よぶ) 閶闔(しょうこう)の天、軽帷(けいい) 翠幕(すいばく) 波 淵旋(えんせん)す。
蜀魂(しょくこん) 寂寞(せきばく)たり 伴有るや未だしや、幾夜か 瘴花(しょうか)を 木棉(もくめん)を開く。』
#2
桂宮 影を流すも光は取り難し、嫣薫として蘭は破る 軽軽たる語。
直だ銀漢をして懐中に堕(おと)さしめ、未だ星妃をして鎭に来去せしめず。
濁水 清波 何ぞ源を異にするや、済河は水清く 黄河は渾る。
安くんぞ得ん 薄霧 緗裙に起こり、手ずから雲輧に接して太君と呼ぶを。
右夏


燕臺詩四首 其二-#1 現代語訳と訳註
(本文)其二-#1

前閣雨簾愁不巻、後堂芳樹陰陰見。
石城景物類黄泉、夜半行郎空柘彈。」
綾扇喚風閶闔天、軽帷翠幕波淵旋。
蜀魂寂寞有伴未、幾夜瘴花開木棉。』
 
(下し文)
前閣の雨簾 愁(うれい)て巻かず、後堂の芳樹 陰陰として 見 ゆ。
石城の景物 黄泉に類し、夜半の行郎 空しく柘彈(しゃだん)す。
綾扇(りょうせん) 風を喚(よぶ) 閶闔(しょうこう)の天、軽帷(けいい) 翠幕(すいばく) 波 淵旋(えんせん)す。
蜀魂(しょくこん) 寂寞(せきばく)たり 伴有るや未だしや、幾夜か 瘴花(しょうか)を 木棉(もくめん)を開く。』

(現代語訳)
向こう側に楼閣がある雨は簾となって鬱々と降り注ぎやむことがない、その後方の奥の離れ座敷には芳しい木々の陰湿でくらい影が映っている。
ここ石城を舞台にして数々の悲劇がおこされた、その風景は黄泉の国なのだ、そんなところに深夜になっても遊客の一人はせっかく打ったはじきが空しくおわっている。
あや絹の扇は「天下を治めるところ」というおつげの風を呼びおこしている閶闔門は天界の門となる、奥の座敷では軽やかなとばり、翡翠のとばりの中に淵が波を打っている大皿が回っている。
蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑に魂を托し、そんな血を吐きながら啼く思いにお供をする者がおりはしない。幾晩も、南国の地から来た花は木綿の実をひらかせたのだ。


(訳注)其 二 夏
前閣雨簾愁不巻、後堂芳樹陰陰見。
向こう側に楼閣がある雨は簾となって鬱々と降り注ぎやむことがない、その後方の奥の離れ座敷には芳しい木々の陰湿でくらい影が映っている。
前閣右 向こう側にある雨の降り込める様子を簾にたとえ、簾にたとえたので雨が降り続くのを巻き上げないと比喩する。○陰陰 薄暗い様子。

南 朝   李商隠
地險悠悠天險長、金陵王気應瑤光。
休誇此地分天下、只得徐妃半面粧。

景陽井
景陽宮井剰堪悲、不盡龍鸞誓死期。
腸断呉王宮外水、濁泥猶得葬西施。


陳後宮   李商隠
茂苑城如畫、閶門瓦欲流。
還依水光殿、更起月華棲。
侵夜鸞開鏡、迎冬雉獻裘。
従臣皆牛酔、天子正無愁。


石城景物類黄泉、夜半行郎空柘彈。」
石城を舞台にして数々の悲劇がおこされた、その風景は黄泉の国なのだ、そんなところに深夜になっても遊客の一人はせっかく打ったはじきが空しくおわっている。
石城 南京郊外の200年頃孫権によって作られた石頭城。石城の意味は、それから150年後の六朝の莫愁にかかわるもの。ここでは。
無名氏の楽府「莫愁楽」其一
莫愁在何処。莫愁は何処にありや。
莫愁石城西。莫愁は石城の西にあり。
艇子打両槳、艇子、両槳(りょうしょう)を打して、
催送莫愁来。莫愁を催送して来たれ。

其二
聞勧下揚州、勧(きみ)が揚州に下ると聞きて、
相送楚山頭。相送る 楚山の頭(ほとり)。
探手抱腰看、手を探りて腰を抱き看よ、
江水断不流。江水、断じて流れず。


李商隠『無題』
重帷深下莫愁堂、臥後清宵細細長。
紳女生涯原是夢、小姑居処本無郎。
風波不信菱枝弱、月露誰敦桂葉香。
直道相思了無益、未妨啁悵是清狂。


莫愁 古くから楽府に歌われる郢州(湖北省)石城の美女の名であるが、李商隠は梁の武帝蕭衍(464-549)の楽府によると蘆氏に嫁いだ洛陽の女児のこと。○黄泉 死者の住む地底の世界。○行郎 行人、遊客。石城の莫愁と対になる男。妓女をまっている。○柘彈 柘(ヤマグワ)の枝で作ったはじき。


綾扇喚風閶闔天、軽帷翠幕波淵旋。
あや絹の扇は「天下を治めるところ」というおつげの風を呼びおこしている閶闔門は天界の門となる、奥の座敷では軽やかなとばり、翡翠のとばりの中に淵が波を打っている大皿が回っている。
綾扇 あやぎぬの扇。夏に結びつく物。○閶闔 天界の門。閶闔門は蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門。陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53
河内詩二首其二(湖中) 抜粋
閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。
後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

河内詩二首 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 126
李商隠はこの語を使用するのに展開との辛味で使っていない。商売で交通する船、遊郭に入っていく船を意味する場合に使っている。○軽帷翠幕 李商隠「無題』「重帷深下莫愁堂」と囲って出られない重いとばりでなく軽いとばり、「帷」も「幕」も布の仕切りで暖簾、幔幕。「帷」はベッドの周囲に、「幕」は部屋の周囲に垂らす。○波淵 大皿の淵が波を打っているもの李商隠はイメージを作るための道具、比喩として用いる。


蜀魂寂寞有伴未、幾夜瘴花開木棉。』
蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑に魂を托し、そんな血を吐きながら啼く思いにお供をする者がおりはしない。幾晩も、南国の地から来た花は木綿の実をひらかせたのだ。
蜀魂 蜀の望帝の化身である「啼いて血を吐く杜鵑。」「李商隠1錦瑟」詩注参照。
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。

古代中国・蜀の望帝が、臣下の妻に恋して、その為に亡びた時、 ほととぎすが啼いたので人々は ほととぎすを蜀帝の魂の化した 鳥として、こう記す。○瘴花 熱帯の花。瘴は瘴癘、南方熱帯の地に満ちる気。○木綿 花が咲き実できその身が割れると真っ白な素肌が出てくる。