井泥四十韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 141

李商隠の詩のなかでもとりわけ長い作品の一つ、八十句にのぼる。地中から運び出された泥が美しい庭園に身を置く境遇の変化をうたいながら、そこに寓意をこめる。発言が生かされない地位や、若い時期での失敗に、「羹に懲りて」いるため、ちょっと難解な詩となっている。(この詩は40韻で約8回に分けて掲載する。次が李商隠最終の「生きて西郊に次る詩一百韻」24回に分けて掲載の予定)


第一場面(8韻16句)

井泥四十韻
皇都依仁里,西北有高齋。
帝都の依仁里、永通坊というところ、その坊の北西に立派な屋敷があります。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
昨日、この話のご主人の妻氏がいた、そのお屋敷の母屋の西に井戸を掘ったのだ。
工人三五輩,輦出土與泥。
人夫が四、五人、でとりかかりました。土と、泥を猫車に積んではこびだした。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
水に届くまで数尺もないほど浅いのに、掘り出した泥土は庭の樹木に届く高さになった。
他日井甃畢,用土益作堤。
後日、井戸に瓦を張り終えた、その上に土をもって、さらに土手を作った。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
そこに行くには曲がりくねった道を進み、土手は樹林の向こうに見え隠れしている、ぐるりとめぐって井池の周囲を取り囲んでいた。
下去冥寞穴,上承雨露滋。
下に降りていくと地底の暗い穴になっていった、上からは雨露の潤いを承けるのであった。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』-
#1
言葉を寄せて別離し地下の霊の世界へつながる道にはいった、ことばをかけることによって黄泉の国の扉に礼を言ったのだ。
升騰不自意,疇昔忽已乖。
伊餘掉行鞅,行行來自西。」
一日下馬到,此時芳草萋。
四面多好樹,旦暮雲霞姿。」2-1
晚落花滿地,幽鳥鳴何枝。
蘿幄既已薦,山樽亦可開。」
待得孤月上,如與佳人來。
因茲感物理,惻愴平生懷。』-#2-2
茫茫此群品,不定輪與蹄。
喜得舜可禪,不以瞽瞍疑。」
禹竟代舜立,其父籲咈哉。
嬴氏並六合,所來因不韋。」
漢祖把左契,自言一布衣。
當塗佩國璽,本乃黄門擕。」
長戟亂中原,何妨起戎氐。
不獨帝王耳,臣下亦如斯。』-#3
伊尹佐興王,不藉漢父資。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
屠狗與販繒,突起定傾危。
長沙啟封土,豈是出程姬。」
帝問主人翁,有自賣珠兒。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
蜀王有遺魄,今在林中啼。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』-#4
大鈞運群有,難以一理推。
顧於冥冥内,爲問秉者誰。」
我恐更萬世,此事愈云爲
猛虎與雙翅,更以角副之。」
鳳凰不五色,聯翼上雞棲。
我欲秉鈞者,朅來與我偕。」
浮雲不相顧,寥泬誰爲梯。
悒怏夜將半,但歌井中泥。』-#5


井泥四十韻
皇都 依仁里、西北に高斎有り。
昨日 主人氏、井を治む 堂の西陸。
工人 三五輩、肇び出だす 土と泥と。
水に到るに数尺ならざるに、積めば庭樹と斉し。

他日 井禁 畢らば、土を用いて益に堤を作らん。
曲がるに林の掩映するに随い、練るに池の周廻するを以てす。
下は冥実の穴を去り、上は雨露の滋いを承く。
詞を寄せて地脈に別れ、困りて言いて泉扉に謝す。
昇騰 自ら意とせず、疇昔 忽(いささか)巳(すで)に乖(そむ)くと。


 現代語訳と訳註
(本文)

皇都依仁里,西北有高齋。
昨日主人氏,治井堂西陲。」
工人三五輩,輦出土與泥。
到水不數尺,積共庭樹齊。」
他日井甃畢,用土益作堤。
曲隨林掩映,繚以池周回。」
下去冥寞穴,上承雨露滋。
寄辭别地脈,因言謝泉扉。』


(下し文)
皇都 仁里に依り、西北に高斎 有る。
昨日 主人の氏、井を治む 堂西の陲り。
工人 三五の輩、輦び出だす 土と泥と。
水に到るに数尺ならざるに、積めば庭樹と斉し。」

他日 井禁 畢らば、土を用いて益に堤を作らん。
曲がるに林の掩映するに随い、練るに池の周廻するを以てす。
下は冥実の穴を去り、上は雨露の滋いを承く。
詞を寄せて地脈に別れ、困りて言いて泉扉に謝す。」


(現代語訳)
帝都の依仁里、永通坊というところ、その坊の北西に立派な屋敷があります。
昨日、この話のご主人の妻氏いた、母屋の西に井戸を掘ったのだ。
人夫が四、五人、でとりかかりました。土と、泥を猫車に積んではこびだした。
水に届くまで数尺もないほど浅いのに、掘り出した泥土は庭の樹木に届く高さになった。
後日、井戸に瓦を張り終えた、その上に土をもって、さらに土手を作った。
そこに行くには曲がりくねった道を進み、土手は樹林の向こうに見え隠れしている、ぐるりとめぐって井池の周囲を取り囲んでいた。
下に降りていくと地底の暗い穴になっていった、上からは雨露の潤いを承けるのであった。
言葉を寄せて別離し地下の霊の世界へつながる道にはいった、ことばをかけることによって黄泉の国の扉に礼を言ったのだ。


(訳注)
井泥四十韻
井泥 井戸の底の泥。『周易』井に「井泥は食らわず」というように、汚いものとされる。不遇の身を井戸の泥に比喩したことなのだろうか。
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唐期の洛陽城図(図中右下 永通坊)色がついているところは、李商隠の妻の実家のあったところ。



皇都依仁里,西北有高齋。
帝都の仁者の集まる里のちかくにある、永通坊というところ、その坊の北西に立派な屋敷があります。
皇都依仁里 唐代では長安に対置されて洛陽にも都が置かれた。「仁里」坊は東都洛陽の街区の名で、その北側が永通坊で渠水運河に面している。○ 1 神仏を祭るとき、心身を清める。ものいみ。「斎戒/潔斎」2 祭事を行う。「斎主・斎場」3 ものいみや読書などをする部屋。「山斎・書斎」4 精進料理。僧の食事。とき。「斎食(さいじき)」ここでは文人の屋敷、りっぱな書斎のある屋敷を言う。


昨日主人氏,治井堂西陲。」
昨日、この話の主人の妻氏がいる、その屋敷の母屋の西に井戸を掘ったのだ。
 単に井戸でなく井戸端、この頃は、砧を撃つところとなって渠水の傍に作ったと考える。○西陲 西側。「陲」は黄泉との境辺の意。西の兵馬俑の蕖水で黄泉の国に近いところと考える。


工人三五輩,輦出土與泥。
人夫が四、五人でとりかかった。それから土と、泥を猫車に積んではこびだした。
輦出 (1)手で押したり引いたりして動かす小形の車。(2)土砂などを運ぶ二本の柄のついた小形の一輪車。猫車(ねこぐるま)。(3)自家用の人力車。 「和らかひ衣類(きもの)きて―に乗りあるく時は/十三夜(一葉)」(4)二人が向かい合って両腕を組み合わせ、その上に人を乗せて運ぶこと。 「二人の―に乗つて帰らうと思ふが/狂言・鈍太郎」(5)近世の玩具の一。菊花や井戸車の形の車に糸をつけた、ヨーヨーのようなもの。(6)(多く「輦」「輦車」と書く)屋形に車を付けて、手で引く乗り物。内裏の中は歩くのが普通であったが、東宮・親王・摂政関白・女御などが、これに乗って入ることを許された。輦輿(れんよ)。れんしゃ。ここでは猫車の様なものと考える。それに載せて運び出す。

到水不數尺,積共庭樹齊。」
渠水に届くまで数尺もないほど浅いのに、掘り出した泥土は庭の樹木に届く高さになった。
 水脈、渠水運河に続ける。永通坊には蕖水運河が西流していた。

他日井甃畢,用土益作堤。
後日、井戸に瓦を張り終えた、その上に土をもって、さらに土手を作った。
○他日 1 将来における不定の日をさす語。いつか別の日。後日。2 以前の日。過ぎ去った日。○井甃 井戸の内側に張るかわら。井戸の工事をいう。○  おわる。おえる。二十八宿の一。西方の星宿。畢宿。あめふりぼし。

曲隨林掩映,繚以池周回。」
そこに行くには曲がりくねった道を進み、土手は樹林の向こうに見え隠れしている、ぐるりとめぐって井池の周囲を取り囲んでいた
掩映 ちらちら見え隠れすることをいう双声の動詞。○ めぐる、 まとう。百花繚乱など。


下去冥寞穴,上承雨露滋。
下に降りていくと地底の暗い穴になっていった、上からは雨露の潤いを承けるのであった。
冥寞 暗い空間、地下をいう。


寄辭别地脈,因言謝泉扉。』
言葉を寄せて別離し、地下の霊の世界へつながる道にはいった、ことばをかけることによって黄泉の国の扉に礼を言ったのだ。
地脈 地中の地下の霊の世界へつながる道。兵馬俑のような世界が地下にあるとされていた。○謝 1 わびる。あやまる。「謝罪/陳謝」 2 ことわる。「謝絶」 3 礼を言う。「謝意・謝恩・謝礼/感謝・多謝・拝謝」 4 お礼やおわびを表す金品。「月謝・薄謝」 5 入れかわる。「新陳代謝」○泉扉 黄泉の国の扉、すなわち地下世界、黄泉の国への入り口。