歸彭城 #3(全4回) 韓愈 中唐詩-224 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-23


796年 董晋の招きで宣武軍節度使の幕府に入る。
797年 病気のため一時求職。
    孟郊が来る。
798年 同所で進士科の予備試験員。
    張籍、この試験合格者の中に有る。
799年 汴州の乱汴州亂二首其一 韓愈特集-6
        汴州亂二首其二 韓愈特集-7
    此日足可惜贈張籍 韓愈-7-#1 ~14
    徐州武寧軍節度使 張建封の幕府に入る。
    韓愈、命受けて長安へ。孟郊、呉、越を遊覧。
    忽忽
800年 春長安より徐州へ帰る。幕府を退く。
    歸彭城(彭城に帰る)
    山石    ・孟郊常州に行く。


歸彭城 #3(全4回) 韓愈
 韓愈の常日頃頭の中に有ることは、浮世を捨てて隠士となり、孤高の生活を守りたいとおもっている。しかし、現実には「孔丘の道」をとろうとすることは許されないのだ。理想は天子のそばにあって、それを名君といわれるほどの聖天子に仕立てることにあり、また自分にはそれができる能力があると信じていることなのだ。
だからといって、武寧軍節度使の幕僚としてのつとめをおろそかにして、仁義、礼節を怠ることはしてはいない。幕僚になったばかりの貞元十五年冬、張建封のの供をして、長安の都まで出張した。徐州(彭城)へ帰ったのは、880年貞元十六年二月であった。その時作ったのが五言古詩「歸彭城」(彭城に帰る)詩である。


<詩の背景>
絶対的権威は失われ、朝廷の内部は、権力闘争があり、実態は宦官勢力が、要職を占めるに至っており、皇帝の権威は失われてきていた。財政的にも、節度使、潘鎮からの租税が低減しているし、主たる海外貿易の利権は安史の乱の約束により、ウイグルに吸収されていたのだ。国の富が減っていく中で太平はいったいいつになったら得られるのだろうか。

<#2までの要旨>
880年貞元十五年、節度使の呉少誠が謀反し、対応の近隣の節度使に討伐に出兵を命じた。国家の大計、大所高所に立った判断、適宜の計画を立てていないからだ。前年は関中地方に干ばつがあり、去年、洛陽地方では洪水で餓死、水死者がたすうであった。禍福はそれぞれに然るべき理由によって起こることなのだ。わたくしはいささかの策をささげたいと思ったが、天子の御前まで出るにはてだてがないのだが、建白書を書いた。


歸彭城 #1
天下兵又動,太平竟何時。訏謨者誰子,無乃失所宜。
前年關中旱,閭井多死饑。去歲東郡水,生民爲流屍。
上天不虛應,禍福各有隨。」
#2
我欲進短策,無由至彤墀。刳肝以爲紙,瀝血以書辭。
上言陳堯舜,下言引龍夔。言詞多感激,文字少葳蕤。
一讀已自怪,再尋良自疑。」
#3
食芹雖雲美,獻禦固已癡。
『列子』に見える昔話のように、芹を食べてうまかったところで、それを君主に献上しょうとするのは言うまでもなく愚かなことときまっている。
緘封在骨髓,耿耿空自奇。
そこ でしっかりと封をして胸のうち深くしまいこみ、自分一人が気にかかっていてたいせつにして奇策だと思いこんでいるばかりなのだ。
昨者到京城,屢陪高車馳。
先般、都長安へ行って、何度か節度使の御車にお供をして走っていったものだ。
周行多俊異,議論無瑕疵。
居ならぶ人々にはすぐれた方たちが多く、その議論には欠点がなかった。
見待頗異禮,未能去毛皮。」
わたくしに対する態度はいささか通常の礼をこえて鄭重なものではあったが、まだ遠慮を捨てきることはできない。

#4
到口不敢吐,徐徐俟其巇。歸來戎馬間,驚顧似羈雌。
連日或不語,終朝見相欺。乘閑輒騎馬,茫茫詣空陂。
遇酒即酩酊,君知我爲誰。」

(彭城に帰る) 
天下 兵又た動く、太平 竟に何れの時ぞ。
訏謨(くぼ)する者は誰が子ぞ、乃ち宜しき所を失えること無からんや。
前年 関中 旱(ひで)り、 閭井(りょい) 死飢多し。
去歳 東郡水あり、生民 流屍(りゅうし)と為る。
上天 虚しくは応ぜず、禍福(かふく) 各々(おのおの)と随うこと有り。
#2
我 短策を進めんと欲するも、形塀に至るに由(よし)無し。
肝を刳(えぐ)りて以て紙と為し、血を瀝(そそ)ぎて以て辞を書す。
上言は堯舜を陳(の)ベ、下言は龍夔(りゅうき)を引く。
言詞 感激多く、文字 葳蕤(いずい)少なし。
一たび 読みて 己に自ら怪しみ、再び尋ねて 良(まこと)に自ら疑う。
#3
芹(せり)を食いて美なりと云うと雖も、御(ぎょ)に献ずるは固(もと)より己に痴(ち)なり。
鍼封(かんぷう)して骨髄に在り、耿耿(こうこう)として空しく自ら奇とす。
昨者(さきごろ)  京城(けいじょう)に到り、屡々高車に陪して馳す。
周行 俊異(しゅんい)多く、議論 瑕疵(かし)無し。
待(たい)せらるること頗(すこぶ)る礼を異にするも、未だ毛皮(もうひ)を去る能わず

#4
口に到るも敢て吐かず、徐徐に其の巇(ぎ)を俟(ま)つ。
戎馬の間に帰り来て、驚顧(きょうこ)すること羈雌(きし)に似たり。
連日 或いは語らず、終朝 相 欺(あざむ)かる。
間に乗じて輒(すなわ)ち馬に騎(の)り、茫茫たる空陂(くうば)に詣(いた)る。
酒に遇えば即ち酩酊(めいてい)す 君知るや 我を誰とか為す。

miyajima0033221107930

現代語訳と訳註
(本文) #3

食芹雖雲美,獻禦固已癡。
緘封在骨髓,耿耿空自奇。
昨者到京城,屢陪高車馳。
周行多俊異,議論無瑕疵。
見待頗異禮,未能去毛皮。」


(下し文) #3
芹(せり)を食いて美なりと云うと雖も、御(ぎょ)に献ずるは固(もと)より己に痴(ち)なり。
鍼封(かんぷう)して骨髄に在り、耿耿(こうこう)として空しく自ら奇とす。
昨者(さきごろ) 京師(けいし)に到り、屡々高車に陪して馳す。
周行 俊異(しゅんい)多く、議論 瑕疵(かし)無し。
待(たい)せらるること頗(すこぶ)る礼を異にするも、未だ毛皮(もうひ)を去る能わず

(現代語訳)
『列子』に見える昔話のように、芹を食べてうまかったところで、それを君主に献上しょうとするのは言うまでもなく愚かなことときまっている。
そこ でしっかりと封をして胸のうち深くしまいこみ、自分一人が気にかかっていてたいせつにして奇策だと思いこんでいるばかりなのだ。
先般、都長安へ行って、何度か節度使の御車にお供をして走っていったものだ。
居ならぶ人々にはすぐれた方たちが多く、その議論には欠点がなかった。
わたくしに対する態度はいささか通常の礼をこえて鄭重なものではあったが、まだ遠慮を捨てきることはできない。


(訳注)#3
食芹雖雲美,獻禦固已癡。

芹(せり)を食いて美なりと云うと雖も、御(ぎょ)に献ずるは固(もと)より己に痴(ち)なり。
『列子』に見える昔話のように、芹を食べてうまかったところで、それを君主に献上しょうとするのは言うまでもなく愚かなことときまっている。
食芹 庶民の間で食するもの。○雲美 おいしいという。○獻禦 天子に献上する。●献芹『列子』楊朱から。つまらない野草のセリを差し上げる意みで、物を贈ることをへりくだっていう語。 君主に忠義を尽くすこと。また、それをへりくだっていう語。に見える。○ おろかなこと。


緘封在骨髓,耿耿空自奇。
鍼封(かんぷう)して骨髄に在り、耿耿(こうこう)として空しく自ら奇とす。
そこ でしっかりと封をして胸のうち深くしまいこみ、自分一人が気にかかっていてたいせつにして奇策だと思いこんでいるばかりなのだ。
緘封 しっかりと封をすること。○耿耿 1 光が明るく輝くさま。「洋灯(ランプ)が―と輝いて居る」2 気にかかることがあって、心が安らかでないさま。


昨者到京城,屢陪高車馳。
昨者(さきごろ) 京城(けいじょう)に到り、屡々高車に陪して馳す。
先般、都長安へ行って、何度か節度使の御車にお供をして走っていったものだ。
昨者 さきごろ。先般。○高車 節度使の御車。


周行多俊異,議論無瑕疵。
周行 俊異(しゅんい)多く、議論 瑕疵(かし)無し。
居ならぶ人々にはすぐれた方たちが多く、その議論には欠点がなかった。
○周行 居ならぶ人々。○俊異 すぐれた方たち。○瑕疵 欠点。欠陥。過失。


見待頗異禮,未能去毛皮。」
待(たい)せらるること頗(すこぶ)る礼を異にするも、未だ毛皮(もうひ)を去る能わず
わたくしに対する態度はいささか通常の礼をこえて鄭重なものではあったが、まだ遠慮を捨てきることはできない。
○見待 自分に対する、見識。○異禮,通常の礼を超越している。○毛皮 気持ちに毛皮をつけていること。遠慮がちである。

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