山石 #3韓愈 中唐詩-228 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-24

山石3回目(3分割掲載)
韓退之(韓愈)34歳 801年貞元十七年


796年 董晋の招きで宣武軍節度使の幕府に入る。

797年 病気のため一時求職。

    孟郊が来る。

798年 同所で進士科の予備試験員。

    張籍、この試験合格者の中に有る。

799年 汴州の乱「汴州亂二首其一 韓愈特集-6

        「汴州亂二首其二 韓愈特集-7

    「此日足可惜贈張籍 韓愈-7-#1 ~14」

    徐州武寧軍節度使 張建封の幕府に入る。

    韓愈、命受けて長安へ。孟郊、呉、越を遊覧。

    「忽忽」忽忽 唐宋詩-218 Ⅱ韓退之(韓愈)  韓愈特集-22



800年 春長安より徐州へ帰る。幕府を退く。

    彭城に帰る

    「歸彭城」 #1(全4回) 韓愈 唐宋詩-219 Ⅱ韓退之(韓愈) 韓愈特集-23

801年貞元十七年

身言書判科を受験して、落第。三月、洛陽、冬、長安に戻る。孟郊、溧陽の尉となる。

「山石」

 ・孟郊常州に行く。

「将歸贈孟東野房蜀客」(將に帰らんとして孟東野・房蜀客に贈る。)


貞元十七年の冬、韓愈は結新たに再度単身で長安に上京した。口では世捨て人へのあこがれを言っていても、それは強がり、現実的には、高級官僚への夢を容易に絶ち切ることはできないのである。吏部試をもう一度受験しのである。彼はめでたく合格し、念願を果たすのである。この詩は、韓愈が決意を新たにした時の詩である。
iwamizu01

山石
 韓愈 #1
山石犖确行徑微,黄昏到寺蝙蝠飛。
升堂坐階新雨足,芭蕉葉大支子肥。
僧言古壁佛畫好,以火來照所見稀。」
#2
鋪床拂席置羹飯,疏糲亦足飽我飢。
夜深靜臥百蟲絶,清月出嶺光入扉。
天明獨去無道路,出入高下窮煙霏。
山紅澗碧紛爛漫,時見松櫪皆十圍。」
#3
當流赤足蹋澗石,水聲激激風吹衣。
谷川の流れに行き至ったので、裸足になって、水中の石を踏んでいくと、水の音はだんだん激しく、風は強く衣のなかにまで吹きつけてくる。 
人生如此自可樂,豈必局束爲人鞿。
人生とは、このように自分からら楽しめることだとおもえることをすべきものであるし。他人のことをきにして、その人のために繋がれてちぢこまっているということが、どうして必要なのか。
嗟哉吾黨二三子,安得至老不更歸。」
ああ、わたしの人生おける仲間の達、二、三人の君たちよ。どうして歳を取ってから、それでもなおまた、隠棲することにならざるをえないであろう。 

#1
山石 犖确(らくかく)として 行径(こうけい)微にして,黄昏 寺に到れば 蝙蝠(へんぷく)飛ぶ。
堂に昇り 階に坐ざすれば 新雨足り,芭蕉(ばしょう)の葉は大いにして 支子肥ゆ。
僧は言う「古壁の佛畫(ぶつガ)好し」と,火を以て 來り照らすに 見る所稀まれなり。

#2
床を鋪(し)き 席(むしろ)を拂いて羹飯(こうはん)を置き,疏糲(それい) 亦また我が飢を 飽(あ)かしむるに 足る。
夜深く靜かに臥すれば 百蟲(ひゃくちゅう) 絶え,清月 嶺を出て 光 扉(とびら)に入る。
天明 獨り去ゆくに道路 無く,高下に 出入して  煙霏(えんぴ) を窮(きわ)む。
山 紅(くれない)に澗(たに) 碧(みどり)に 紛まじりて 爛漫,時に見る 松櫪(しょうれき)の皆 十圍(じゅうい)なるを。
#3
流れに當りて赤足もて 澗石(かんせき)を 蹋(ふ)み,水聲 激激として 風 衣(ころも)を吹く。
人生 此かくの如く自から樂しむべく,豈 必ずしも 局束(きょくそく)として 人の爲ために鞿(つな)がれんや。
嗟哉(ああ) 吾わが黨の二、三の子し,安いづくんぞ 老に至りて 更に歸らざることを得ん。


sas00800

現代語訳と訳註
(本文) #3

當流赤足蹋澗石,水聲激激風吹衣。
人生如此自可樂,豈必局束爲人鞿。
嗟哉吾黨二三子,安得至老不更歸。」


(下し文) #3

流れに當りて赤足もて 澗石(かんせき)を 蹋(ふ)み,水聲 激激として 風 衣(ころも)を吹く。
人生 此かくの如く自から樂しむべく,豈 必ずしも 局束(きょくそく)として 人の爲ために鞿(つな)がれんや。
嗟哉(ああ) 吾わが黨の二、三の子し,安いづくんぞ 老おいに至りて 更に歸らざることを得ん。


(現代語訳)
谷川の流れに行き至ったので、裸足になって、水中の石を踏んでいくと、水の音はだんだん激しく、風は強く衣のなかにまで吹きつけてくる。 
人生とは、このように自分からら楽しめることだとおもえることをすべきものであるし。他人のことをきにして、その人のために繋がれてちぢこまっているということが、どうして必要なのか。
ああ、わたしの人生おける仲間の達、二、三人の君たちよ。どうして歳を取ってから、それでもなおまた、隠棲することにならざるをえないであろう。 


(訳注)
當流赤足蹋澗石、水聲激激風吹衣。

谷川の流れに行き至ったので、裸足になって、水中の石を踏んでいくと、水の音はだんだん激しく、風は強く衣のなかにまで吹きつけてくる。 
當流 (谷川の)流れに行き当たる。 ○赤足 裸足(はだし)。 ○ 〔とう〕踏(ふ)む。 ○澗石 〔かんせき〕谷川の石。○激激 〔げきげき〕水の勢いの激しいさま。


人生如此自可樂、豈必局束爲人鞿
人生とは、このように自分からら楽しめることだとおもえることをすべきものであるし。他人のことをきにして、その人のために繋がれてちぢこまっているということが、どうして必要なのか。 
人生 人生。人が生きる。 ○如此 このよう(に)。 ○自可樂 自分からら楽しめることとおもえることをやるべきものである。たとえ、落第しても、仲間と哲学論争をして、人生を意義あるものにしたい。○豈必 必ずしも…するには及ばない。 ○局束 〔きょくそく〕体や心が縮こまる。のびのびしない。人のことを気にしたり、受験のことだけで萎縮したり、知事困ったりすることの方が問題である。○爲人 人柄。人格、品格をけいせいすること。 ○ 〔き〕きずな。束縛。作者は動詞として使っている。


嗟哉吾黨二三子、安得至老不更歸。
ああ、わたしの人生おける仲間の達、二、三人の君たちよ。どうして歳を取ってから、それでもなおまた、隠棲することにならざるをえないであろう。 
嗟哉 ああ。おお。歎息する。感嘆する。 ○吾黨 わたしの仲間。 ○二三子 二、三人の者。 ○安得 どこに求められよう。どうして…だろうか。いづくにか…を得ん。いづくんぞ…なるを得んや。 ○至老 老齢になっても。年をとっても。 ○不更歸 なおまた隠棲することがない。「更不歸」の意。○安得不更歸 帰ってこざるを得ないだろう。

五重塔(2)

山石

山に転がって進む道を邪魔する石。(韓愈受験に落第し、再度チャレンジすることを決したことをこの山道にたとえてうたうものである。)
#1
山石犖确行徑微,黄昏到寺蝙蝠飛。
山に登る道は大きい石がごろごろとたくさんあり、小道は細くなってかすかな感じになっている。黄昏(たそがれ)になって寺にたどり着くと、蝙蝠(こうもり)が飛んでいる。 
升堂坐階新雨足,芭蕉葉大支子肥。
お堂に昇っていく階に坐れば新たに充分な雨が降っている。この雨で、芭蕉の葉は大きくなって、梔子(しし、くちなし)の実が大きくなっている。 
僧言古壁佛畫好,以火來照所見稀。」
坊さんは古い壁に措かれた仏の絵がすはらしいといい、明かりで照らしてくれたが、剥げているためいくらも見えなかった。
僧侶の方は「古い壁の仏画は好いものだ」とお説教をしてくれる。その仏画は、火で照らし出した部分、見えたのは、ごく一部である。


#2
鋪床拂席置羹飯,疏糲亦足飽我飢。
寝床と腰掛になる板を並べ、席(むしろ)の敷物をひろげてくれ、羹、煮物と御飯を置きならべてくれて、粗食であってもわたしの空腹を満足させるに充分である。
夜深靜臥百蟲絶,清月出嶺光入扉。
夜が深けて静かに横に伏せていたら、たくさんの虫の声が急に途絶えて、清らかな月が、嶺から出てくると、月光が戸口から入ってくる。
天明獨去無道路,出入高下窮煙霏。
天が明るくなったのにつられて、ひとりで出かけようと思うが道らしい道が無いのである。道は高くなったり、下に下がったりして変化に富んでいる、朝靄が深くなるところを窮めるまでるいていくのだ。
山紅澗碧紛爛漫,時見松櫪皆十圍。」
山は紅になり、谷川は、苔むした碧色で流れる水も淥である、赤と緑は混じり合って、光り輝いている。時々、松や櫪(くぬぎ)の十人でかかえほどもあるのを見かける。#3
當流赤足蹋澗石,水聲激激風吹衣。
谷川の流れに行き至ったので、裸足になって、水中の石を踏んでいくと、水の音はだんだん激しく、風は強く衣のなかにまで吹きつけてくる。 
人生如此自可樂,豈必局束爲人鞿。
人生とは、このように自分からら楽しめることだとおもえることをすべきものであるし。他人のことをきにして、その人のために繋がれてちぢこまっているということが、どうして必要なのか。
嗟哉吾黨二三子,安得至老不更歸。」
ああ、わたしの人生おける仲間の達、二、三人の君たちよ。どうして歳を取ってから、それでもなおまた、隠棲することにならざるをえないであろう。 

#1
山石 犖确(らくかく)として 行径(こうけい)微にして,黄昏 寺に到れば 蝙蝠(へんぷく)飛ぶ。
堂に昇り 階に坐ざすれば 新雨足り,芭蕉(ばしょう)の葉は大いにして 支子肥ゆ。
僧は言う「古壁の佛畫(ぶつガ)好し」と,火を以て 來り照らすに 見る所稀まれなり。
#2
床を鋪(し)き 席(むしろ)を拂いて羹飯(こうはん)を置き,疏糲(それい) 亦また我が飢を 飽(あ)かしむるに 足る。
夜深く靜かに臥すれば 百蟲(ひゃくちゅう) 絶え,清月 嶺を出て 光 扉(とびら)に入る。
天明 獨り去ゆくに道路 無く,高下に 出入して  煙霏(えんぴ) を窮(きわ)む。
山 紅(くれない)に澗(たに) 碧(みどり)に 紛まじりて 爛漫,時に見る 松櫪(しょうれき)の皆 十圍(じゅうい)なるを。
#3
流れに當りて赤足もて 澗石(かんせき)を 蹋(ふ)み,水聲 激激として 風 衣(ころも)を吹く。
人生 此かくの如く自から樂しむべく,豈 必ずしも 局束(きょくそく)として 人の爲ために鞿(つな)がれんや。
嗟哉(ああ) 吾わが黨の二、三の子し,安いづくんぞ 老おいに至りて 更に歸らざることを得ん。


blogram投票ボタン

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi

kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首


800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首 Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊
各詩人についてはブログ内の検索を利用したほうが良い場合もあります。
burogutitl770

http://kanshi100x100.blog.fc2.com/




唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))

李白詩INDEX02
日ごとのブログ目次

李商隠INDEX02
ブログ日ごとの目次

杜甫詩INDEX02
日ごとのブログ目次