中唐詩230 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 游子吟(10)


游子吟
旅立つ息子の詩。
慈母手中線、游子身上衣。
慈しみをもった母は自から手の中の糸で、旅立つ息子の上着を縫っている。 
臨行密密縫、意恐遅遅帰。
出発に臨んでは旅先のことを考えてしっかりと緻密に縫い込んでいる、心配する親心は受験に及第をしないでかえるのがずっと遅くなることを心配することだ。
誰言寸草心、報得三春輝。

春に芽生えてくる小さな草の子供としての思いで、大きく包み込む春の陽光の母の慈愛に応えられるとは、だれも思ってはいないというものだ。(母親の慈愛に報いたいのは当たり前のことだ。


遊子吟
慈母(じぼ)手中の線(いと)、游子(ゆうし)身上の衣(ころも)。
行くに臨(のぞ)んで 密密に縫う、意に 恐る 遅遅として帰えらんことを。
寸草(すんそう)の 心を持って、三春(さんしゅん)の暉(き)に報じ得がたし。

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現代語訳と訳註
(本文) 遊子吟 
慈母手中線,遊子身上衣。
臨行密密縫,意恐遲遲歸。
誰言寸草心,報得三春暉。


(下し文) 遊子の吟
慈母 手中の線(いと),遊子  身上の衣(ころも)。
行くに臨みて 密密に 縫ふは,意に恐る  遲遲として 歸らんことを。
誰(たれ)か言ふ 寸草の心の,三春の暉(き)に 報い得(え)んとは。


(現代語訳) 
旅立つ息子の詩。
慈しみをもった母は自から手の中の糸で、旅立つ息子の上着を縫っている。 
出発に臨んでは旅先のことを考えてしっかりと緻密に縫い込んでいる、心配する親心は受験に及第をしないでかえるのがずっと遅くなることを心配することだ。
春に芽生えてくる小さな草の子供としての思いで、大きく包み込む春の陽光の母の慈愛に応えられるとは、だれも思ってはいないというものだ。(母親の慈愛に報いたいのは当たり前のことだ。


(訳注)
遊子吟

旅立つ息子の詩。
○母の子に対する慈愛の深さと、それに感謝する心を詠う。この作品は、全て対句となっているが、日本の読み下しの対句に対する無理が生じる。 ○遊子 旅人。家を離れて他郷にいる人。旅行者。ここでは、この母親の息子のことになる。 ○吟 詩体の一。


慈母手中線、遊子身上衣。
慈しみをもった母は自から手の中の糸で、旅立つ息子の上着を縫っている。 
慈母 慈(いつく)しみ深い母親。 ○手中 手の中。 ○ 糸。○身上 身の上に(羽織る)。 ○ 衣裳。


臨行密密縫、意恐遲遲歸。
出発に臨んでは旅先のことを考えてしっかりと緻密に縫い込んでいる、心配する親ごころは受験に及第をしないでかえるのがずっと遅くなることを心配することだ。
臨行 出発に際して。 ○密密 しっかりと。密に。ここでは縫い目が密であるさまをいう。 ○ 縫う。
 思い。意図するところ。 ○ おそらく。 ○遲遲 のろのろとして。ぐずぐずとして。時間がかかるさま。速度、進度が滞りがちなさまを謂う。 ○ 旅先から自宅に戻る。「歸」は本来の居場所(自宅、故郷、墓所)にもどることをいう。


誰言寸草心、報得三春暉。
春に芽生えてくる小さな草の子供としての思いで、大きく包み込む春の陽光の母の慈愛に応えられるとは、だれも思ってはいないというものだ。(母親の慈愛に報いたいのは当たり前のことだ。
誰言 …とだれが言おうか。だれも言わない。だれも思わない。 ○寸草心 小さな草の思い。子ども側の母親の厚恩慈祥に対する心。「草」は後出の「暉」=暖かい陽光、に対して使われている。 ○寸草 小さな草。○報得 …に応える。…に報(むく)いる。○三春暉 母親の慈愛のあたたかさや大きさ。○三春 春の三ヶ月。陰暦一月、二月、三月のこと。春季。○ 輝き。
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