中唐詩 242 築城詞 Ⅷ 張籍<5> 紀頌之の漢詩ブログ


張籍【768年(大暦三年)~830年(太和四年)】。は、中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。賈島・孟郊などと唱和して古詩をよくし、盟友の王建とともに七言楽府に優れた作品を発表して「張王」と併称された。名詩人になろうとして、杜甫の詩集を焼いてその灰に膏蜜を混ぜて飲んだという逸話がある。表現は平易だが、世相の矛盾を指摘することは鋭く、白居易から「挙世(いまのよ)には其の倫(たぐい)少なし」と評せられ、後輩の姚合より「古風は敵手なく、新語は是れ人ぞ知る」と称えられた。中唐楽府運動の重要な担い手であり、白居易・元稹とともに「元和体」を形成した。『張司業詩集』8巻がある。

張籍は汴州の乱のおこった年の貞元十五年(799年)の進士であるが、韓愈より年長かも知れない。韓愈は孟郊に比べて後輩である。しかし韓愈の門人であって、その推薦によって官につき、水部員外郎〔水運水利を管理する職)となったので張水部と言われ、のち国子司業(大学教授)となったから張司業とも称せられる。

楽府体の詩に関しては友人の王建【768?~830?年(大暦10年進士)】と名を等しくするといわれ、元稹・白居易らの一群に数える文学史家もある。しかし晩年は律詩に力をそそぎ門人が多かった.張王二人の楽府は政治に対する批判と人民の苦痛を訴える点では杜甫・元結の風をうけるもので、七言の体が多い。


築城詞
城壁建設の工事の詞
築城處, 千人萬人齊把杵。
長城を築くところでは、何千何万もの人々が槌をしっかりと抱き握っている。
重重土堅試行錐,軍吏執鞭催作遲。
何重なり合ねていって土は硬くなりキリで刺して試して作業を進めていくのである、軍の指導の役人は鞭を持ち作業が遅いと出来上がるのが遅いと催促する。
來時一年深磧裏,盡著短衣渴無水。
ここへ来てから一年、深い砂漠の中で過ごし、着る物はみんな短い衣で、のどが渇いても水もない。
力盡不得休杵聲,杵聲未盡人皆死。
力尽きても手を休めて槌音を停めることはできず、作業員に槌音に合わせた歌を調わないうちに皆死んでしまう。
家家養男當門戶,今日作君城下土。

家ごとに男子を養って一家の支えとしているのに、今や大君の城壁の下の土くれになってしまった。

城を築く処、千人万人 斉しく杵を把る。
重重として土は堅く試みに錐を行うも、軍吏 鞭を執りて作すこと遅きを催す。
来りし時より一年 深磧【しんせき】の裏、尽々く短衣を着て渇するも水無し。
力尽くれども杵声【しょせい】を休むるを得ず、杵声未だ尽きずして 人皆な死す。
家家 男を養いて門戸に当らしめる、今日君か城下の土と作る。


現代語訳と訳註
(本文)

築城處, 千人萬人齊把杵。
重重土堅試行錐,軍吏執鞭催作遲。
來時一年深磧裏,盡著短衣渴無水。
力盡不得休杵聲,杵聲未盡人皆死。
家家養男當門戶,今日作君城下土。


(下し文)
城を築く処、千人万人 斉しく杵を把る。
重重として土は堅く試みに錐を行うも、軍吏 鞭を執りて作すこと遅きを催す。
来りし時より一年 深磧【しんせき】の裏、尽々く短衣を着て渇するも水無し。
力尽くれども杵声【しょせい】を休むるを得ず、杵声未だ尽きずして 人皆な死す。
家家 男を養いて門戸に当らしめる、今日君か城下の土と作る。


(現代語訳)
城壁建設の工事の詞
長城を築くところでは、何千何万もの人々が槌をしっかりと抱き握っている。
何重なり合ねていって土は硬くなりキリで刺して試して作業を進めていくのである、軍の指導の役人は鞭を持ち作業が遅いと出来上がるのが遅いと催促する。
ここへ来てから一年、深い砂漠の中で過ごし、着る物はみんな短い衣で、のどが渇いても水もない。
力尽きても手を休めて槌音を停めることはできず、作業員に槌音に合わせた歌を調わないうちに皆死んでしまう。
家ごとに男子を養って一家の支えとしているのに、今や大君の城壁の下の土くれになってしまった。


(訳注)
築城詞

城壁建設の工事の詞
築城 城壁建設の工事。張籍のこの詩の前に奏の長城建設を歌う「築城曲」があり、それは長城を築いて異民族を防ぐ労働者がテーマとなっている、一方、「築城臨場曲」「唯陽曲」などと呼ばれる曲が別にあって、漢の梁の孝上が創設した楽曲で、小さな太鼓でリズムを取り、城を築くものがツチでそれに合わせたということである.力尽きても手を休めて槌音を停めることはできず、作業員に槌音に合わせた歌を調わないうちに皆死んでしまう。家ごとに男子を養って一家の支えとしているのに、今や大君の城壁の下の土くれになってしまった。


築城處, 千人萬人齊把杵。
城を築く処、千人万人 斉しく杵を把る。
長城を築くところでは、何千何万もの人々が槌をしっかりと抱き握っている。
○築城處 長城を築いているところでは。○千人萬人 何千句万もの人々が。飾り気のない平明な措辞で、長城建設にかり出された民衆の口調を借りた、口語的な表現と思われる。○齊把杵 斉は一せいに。杵は土をつきかためる道具。


重重土堅試行錐,軍吏執鞭催作遲。
重重として土は堅く試みに錐を行うも、軍吏 鞭を執りて作すこと遅きを催す。
何重なり合ねていって土は硬くなりキリで刺して試して作業を進めていくのである、軍の指導の役人は鞭を持ち作業が遅いと出来上がるのが遅いと催促する。
重重土堅 重なる形容。土を何層にも重ねて、ツチで突き固めて行くことをいうのである。○試行錐土か堅くなったかどうか、キリで剌して試してみる。 ○軍吏 軍隊の将帥。○執鞭 ムチを持つ。○催作遲 催はせきたてる、作運は仕事がおそいこと。


來時一年深磧裏,盡著短衣渴無水。
来りし時より一年 深磧【しんせき】の裏、尽々く短衣を着て渇するも水無し。
ここへ来てから一年、深い砂漠の中で過ごし、着る物はみんな短い衣で、のどが渇いても水もない。
來時一年 ここに来てから一年が過ぎた○深磧裏 深い砂漠の中で過ごすこと。.○盡著短衣 みな短い着物を着ている。○渴無水 のどか渇いても、水もない。民衆の極限状態を描いている。


力盡不得休杵聲,杵聲未盡人皆死。
力尽くれども杵声【しょせい】を休むるを得ず、杵声未だ尽きずして 人皆な死す。
力尽きても手を休めて槌音を停めることはできず、作業員に槌音に合わせた歌を調わないうちに皆死んでしまう。
力盡休杵聲 力はなくなっても、ツチの音を停めることはできない。力尽きても、作業は続けなければならない。○杵聲 働く人々の歌声。○人皆死 死んでも作業をやめる二とができない苛酷な状況を描写した句である。杵聲を二度繰り返して使う意味はそれぞれ意味を持たせていることで、二重の強調するものである。


家家養男當門戶,今日作君城下土。
家家 男を養いて門戸に当らしめる、今日君か城下の土と作る。
家ごとに男子を養って一家の支えとしているのに、今や大君の城壁の下の土くれになってしまった。
家家 家ごと。張籍『征婦怨』に見える
九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。
萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。
婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。
夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。
養男 男を養う。○當門戶 門戸は、常見のことば。ここでは家、一族の意。「当門戸」で、一家をきりもりする、一族を支えるの意。『家家』が主語なので、他動詞に訓んでおいた。「今日」のニとばを用いるのは、前の句を承けて、故郷で養われていた過去と現在の対比か述べられているのである。その奥には、悪名高い始皇帝の長城建設といった過去のことではないという対比もあり、さらに、「今こうしている瞬間も」と、現在進行形を強調する気持ちもあるのである。
作君 天子の作らせるもの。○城下土 死んだ者がその城の土になる。
結びの二句、先の一句で強いことばで労働者たちの死を述べたのを承けて、その死の意味を問うているように思われる。家にとってはその死は極めて重いのだか、天子にとってはその死は土くれのように軽いということが対比的に述べられているようだ。