中唐詩 Ⅶ孟郊(孟東野) 寒地百姓吟 <21> kanbun-iinkai紀頌之の漢詩ブログ 245


「郊寒島痩」屈折された文学
宋の蘇軾は「祭柳子玉文」(『蘇軾文集』巻六十三、中華書局、一九八六)の中で、孟郊と賈島の詩の特色を「郊寒島痩」ということばで批評した。孟郊は寒く、賈島は痩せているという。「寒」「痩」という評語は、孟郊と賈島の詩を否定したものではなく、そこに新しい美意識を認めるのである。既に孟郊の「交友」友情、愛情について、「求友」  「擇友」  「結交」 「勸友」 「審交」   結愛  の六首を見た。    
孟郊の「人」について、「寒地百姓吟」(巻三)を例に挙げて、孟郊が「人」をどのように描いているか見てみよう。この詩には、「為鄭相、其年居河南、畿内百姓、大蒙矜卹」という自注がついている。宰相をつとめた鄭余慶が河南尹となり、人民のために尽くしたのを讃えた詩で、元和元年(八〇六)、五十六歳の作。孟郊は鄭余慶の下で、河南水陸運従軍、試協律郎の職に就いていた。

中唐詩193 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(1)「求友
中唐詩194 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(2)「擇友」 #1

中唐詩195 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(2)「擇友」 #2

中唐詩196 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(3)「結交

中唐詩197 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(4)「勸友

中唐詩198 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(5)「審交

中唐詩199 Ⅶ孟郊(孟東野)紀頌之の漢詩ブログ 孟郊の交遊の詩(6 結愛




寒地百姓吟(爲鄭相其年居河南畿内百姓大蒙矜卹)(孟郊 唐詩)
  無火炙地眠,半夜皆立號。
貧しい人間には土間をあぶっで暖房とすることができない。すると夜中に寒さでみんなが目をさまし泣き叫ぶのである。
  冷箭何處來,棘針風騷勞。
寒さがどこからも肌に突き刺さってくる。いばらのとげのように風が突き刺さるのである。
  霜吹破四壁,苦痛不可逃。
冷たい風が四方の壁を突き抜けてくるので、その苦痛は逃れる場所がないのである。
  高堂搥鍾飲,到曉聞烹炮。』
同じ寒い地方であっても貴人の家では、音楽を演奏して宴会を開いたり、おいしい料理を作ったり、ぜいたくな生活を送って明け方のときを知らせるのを聞くのである。
  寒者願爲蛾,燒死彼華膏。
寒さに苦しむ者が、蛾に変身したいと願うのである、どうせ死ぬなら燭蝋に焼かれたい、それほど寒いのだ。
  華膏隔仙羅,虛繞千萬遭。
しかし、蝋燭の灯火がうすぎぬで隔てられているので、蛾は部屋の周囲を千回も、万回もぐるぐる回るばかりなのだ。
  到頭落地死,踏地爲游遨。
しまいには蛾が地面に落ちて死ぬのである、そして遊楽する者に踏みつけられる。
  游遨者是誰,君子爲鬱陶。』

遊楽する者は、これだれであろうか、君子といわれる鄭余慶公は、貧富の差に心を痛めているだろう。


火の地を炙りて眠る無く、半夜皆立ちて号ぶ。
冷箭何処より来る、棘針風騒労す。
霜吹四壁を破り、苦痛逃るべからず。
高堂鐘を搥ちて飲み、暁に到るまで烹炮を聞く。』
寒き者は蛾と為り、彼の華膏に焼死せんことを願う。
華膏 仙羅を隔て、虚しく遶ること千万遭。
到頭 地に落ちて死し、地を踏みて遊遨を為す。
遊遨する者は 是れ誰ぞ、君子 為に鬱陶たり。』

ani0005

現代語訳と訳註
(本文)

 無火炙地眠,半夜皆立號。
 冷箭何處來,棘針風騷勞。
 霜吹破四壁,苦痛不可逃。
 高堂搥鍾飲,到曉聞烹炮。』
 寒者願爲蛾,燒死彼華膏。
 華膏隔仙羅,虛繞千萬遭。
 到頭落地死,踏地爲游遨。
 游遨者是誰,君子爲鬱陶。』


(下し文)
火の地を炙りて眠る無く、半夜皆立ちて号ぶ。
冷箭何処より来る、棘針風騒労す。
霜吹四壁を破り、苦痛逃るべからず。
高堂鐘を搥ちて飲み、暁に到るまで烹炮を聞く。』
寒き者は蛾と為り、彼の華膏に焼死せんことを願う。
華膏 仙羅を隔て、虚しく遶ること千万遭。
到頭 地に落ちて死し、地を踏みて遊遨を為す。
遊遨する者は 是れ誰ぞ、君子 為に鬱陶たり。』


(現代語訳)
貧しい人間には土間をあぶっで暖房とすることができない。すると夜中に寒さでみんなが目をさまし泣き叫ぶのである。
寒さがどこからも肌に突き刺さってくる。いばらのとげのように風が突き刺さるのである。
冷たい風が四方の壁を突き抜けてくるので、その苦痛は逃れる場所がないのである。
寒さに苦しむ者が、蛾に変身したいと願うのである、どうせ死ぬなら燭蝋に焼かれたい、それほど寒いのだ。
しかし、蝋燭の灯火がうすぎぬで隔てられているので、蛾は部屋の周囲を千回も、万回もぐるぐる回るばかりなのだ。
しまいには蛾が地面に落ちて死ぬのである、そして遊楽する者に踏みつけられる。
遊楽する者は、これだれであろうか、君子といわれる鄭余慶公は、貧富の差に心を痛めているだろう。


(訳注)
無火炙地眠,半夜皆立號。

貧しい人間には土間をあぶっで暖房とすることができない。すると夜中に寒さでみんなが目をさまし泣き叫ぶのである。


冷箭何處來,棘針風騷勞。
寒さがどこからも肌に突き刺さってくる。いばらのとげのように風が突き刺さるのである。
○冷 冷たい矢。○棘針 いばらのとげは、ともに寒風のたとえ。


霜吹破四壁,苦痛不可逃。
冷たい風が四方の壁を突き抜けてくるので、その苦痛は逃れる場所がないのである。
霜吹 寒風を指す。


高堂搥鍾飲,到曉聞烹炮。』
同じ寒い地方であっても貴人の家では、音楽を演奏して宴会を開いたり、おいしい料理を作ったり、ぜいたくな生活を送って明け方のときを知らせるのを聞くのである。
○貴人の豊かな生活と対比することによって、貧しい人民の悲惨な生活が強調されることになる。しかし、貧しいものに何の足しにもならないし、この時代九割の人間が貧乏人である。


寒者願爲蛾,燒死彼華膏。
寒さに苦しむ者が、蛾に変身したいと願うのである、どうせ死ぬなら燭蝋に焼かれたい、それほど寒いのだ。
華膏 華燭。・膏動物系のあぶら。○この二句は韓愈の「苦寒」(『昌黎先生集』巻四)に、冬の寒さに苦しむ雀を描いた句があり、「不如弾射死、却得親炰燖」、はじきだまで射られて死に、丸焼きにされるか茹でられるかして、暖まる方がよい、と言っている。803年貞元十九年の作であるから、これに基づき孟郊の詩がうたわれている。
苦寒歌(韓愈 唐詩)
黄昏苦寒歌,夜半不能休。
豈不有陽春,節歲聿其周,君何愛重裘。
兼味養大賢,冰食葛制神所憐。
填窗塞戶慎勿出,暄風暖景明年日。


無題
華膏隔仙羅,虛繞千萬遭。

しかし、蝋燭の灯火はうすぎぬで隔てられている、むなしいことに、蛾は部屋の周囲を千回も、万回もぐるぐる回るばかりなのだ。


到頭落地死,踏地爲游遨。
しまいには蛾が地面に落ちて死ぬのである、そして遊楽する者に踏みつけられる。
○苦痛の中で死ぬ貧しい人間と、享楽にふける富んだ人間を再び対比しながら、貧富の差があまりにも大きいことを述べている。


游遨者是誰,君子爲鬱陶。』
遊楽する者は、これだれであろうか、君子といわれる鄭余慶公は、貧富の差に心を痛めているだろう。
鬱陶 心がふさがって楽しまないこと。わずらわしく思うこと。


この詩は、前半と後半に分けることができる。前半八句は、河南の人民が寒さに苦しむようすを描く。
この詩の自注に、畿内の人民が鄭余慶の恩恵を受けたと言っているけれども、鄭余慶がどのような政治を行ったのかは述べていない。最後のわずか二句に、自分の言いたいことを込めているのだ。この時代、苦しい思いは自分の苦学の時代が長かったことでよく理解しているのであろう。力のないものは西王母の時代から、蛾に変身するということで表現されている。夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。貧しいものは、変身してもしまいには踏みつけられる。ここまで、孟郊の、のぞき穴から見るような世界感である。この時代の精いっぱいの政治批判であろう。
hinode0200

blogram投票ボタン

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
05rihakushi350

李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

700Toho shi

kanbuniinkai11の頌之漢詩 杜甫詩700首

800tousouSenshu
kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首 Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊
各詩人についてはブログ内の検索を利用したほうが良い場合もあります。
burogutitl770

http://kanshi100x100.blog.fc2.com/


唐宋詩 
(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))
李白詩INDEX02
李商隠INDEX02
杜甫詩INDEX02