Ⅶ孟郊(孟東野) 燭蛾 <22> 紀頌之の漢詩ブログ 中唐詩246


孟郊は『寒地百姓吟』で以下のように詠った。
  無火炙地眠,半夜皆立號。
  冷箭何處來,棘針風騷勞。
  霜吹破四壁,苦痛不可逃。
  高堂搥鍾飲,到曉聞烹炮。』
  寒者願爲蛾,燒死彼華膏。
  華膏隔仙羅,虛繞千萬遭。
  到頭落地死,踏地爲游遨。
  游遨者是誰,君子爲鬱陶。』

この詩は、前半と後半に分けることができる。前半八句は、河南の人民が寒さに苦しむようすを描く。
この詩の自注に、畿内の人民が鄭余慶の恩恵を受けたと言っているけれども、鄭余慶がどのような政治を行ったのかは述べていない。最後のわずか二句に、自分の言いたいことを込めているのだ。この時代、苦しい思いは自分の苦学の時代が長かったことでよく理解しているのであろう。力のないものは西王母の時代から、蛾に変身するということで表現されている。夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。貧しいものは、変身してもしまいには踏みつけられる。ここまで、孟郊の、のぞき穴から見るような世界感である。この時代の精いっぱいの政治批判であろう。


韓愈は『苦寒歌』で以下のように詠った。
黄昏苦寒歌,夜半不能休。
豈不有陽春,節歲聿其周,君何愛重裘。
兼味養大賢,冰食葛制神所憐。
填窗塞戶慎勿出,暄風暖景明年日。

韓愈は「苦寒」の最後を、天に向かって正常な気候の回復を願うことばで結んでいる。
そのほかの詩でもおおむね、「寒い冬もきっと春の日を迎える。」というものである。孟郊は、「弱者はどんなにしても弱者でしかあり得ない。貴人、富者が仁徳も持たない限り弱者は救えない。」というものである。だから、弱者が蛾に変死しても、やがて貴人に踏みつけられてしまいというものだ。その続編である。


燭蛾 孟郊
  燈前雙舞蛾,厭生何太切。
  想爾飛來心,惡明不惡滅。
  天若百尺高,應去掩明月。


燈前 雙つに蛾 舞う,何ぞ 太切 生を厭うや。
爾 飛びて心に來るを想う,明は惡しとし 滅するは惡からず。
若し 天が百尺の高なれば,應に去りて明月を掩う。


 燭蛾
ともしびの前に 舞う蛾がふたつ、なぜそれほどに 生を厭うか。
飛び来たった おまえの心をおもう、明かりをにくみ 滅びをにくまぬ。
もし天が百尺の高さなら、きっと行って明月を覆うだろう。
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