中唐詩-261 寄盧仝#6 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-22


811年 元和六年春 韓愈44歳の作 作詩順からすると韓愈詩の35番目くらいに掲載予定であったが、孟郊と盧仝詩を掲載したので順を繰り上げて掲載。
孟郊 『答盧仝』(盧仝に答える#1~#3)中唐詩 Ⅶ孟郊(孟東野) 答盧仝#1 <24> kanbun-iinkai紀頌之の漢詩ブログ248
盧仝 新茶について述べながら、生き方、生活ぶりについて触れている。『走筆謝孟諫議寄新茶』(筆を走らせて孟諫議の新茶を寄せるを謝す)(#1~#3)
中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#1 kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ251



寄盧仝


先生又遣長鬚來,如此處置非所喜。
先生は又長鬚の下男を使いとしていって来させられた、「このような処置はわたしにとってうれしいことではない。」と。
況又時當長養節,都邑未可猛政理。
そうして、「ましていままさに季節は万物の生長する時節である、この街にきびしい政治をするべきときではない。」とおっしゃる。
先生固是余所畏,度量不敢窺涯涘。
先生は心から心から感服するお方である、その人格の大きさは、量りようがないはてがないほどのものだ。
放縱是誰之過歟?效尤戮仆愧前史。』

勝乎気ままにあばれる不良少年どもが犯す行為はいったい誰の過ちだろうか、「尤【とが】めて効【なら】うは、それ又甚だし。」といった王さまやしもべを殺したときに下のものの責任を負った殿さまを思いむかしの史書「春秋左氏伝」の故事に、はずかしく思うのである。

買羊沽酒謝不敏,偶逢明月曜桃李。
ときは満月がかがやき、桃李の花がさきみだれる春の真っ盛りです、羊の肉や酒を買ってきております、不行き届きをおわびいたします。(こちらへ、足をお運びいただきたいのです。)
先生有意許降臨,更遣長須改雙鯉。

先生もしもわざわざのおこしを御承知くだされば、どうぞもう一度、長鬚の下男に何らかのお知らせをとどけさせて下さいませ。



先生 又 長鬚を遣わして來たらしむ,此くの如き處置は喜ぶ所に非らず。
況【いわ】んや 又 時 長養【ちょうよう】の節に当たれり、
都邑【とゆう】未だ政理【せいり】を猛【はげ】しゅうすべからず。
先生は固【まこと】に是れ余【わ】が畏れる所なり、度量 敢えて涯涘【がいし】を窺【うたが】わず。
放縦【ほうしょう】なるは是れ誰が過【あやまち】ちぞや、尤【とが】に効【なろ】うて僕を戮【りく】すること前史【ぜんし】に愧【は】ず。

羊を買い 酒を沽【か】って 不敏を謝す,偶【たまたま】明月の桃李【とうり】に曜【かがや】くに逢えり。
先生 降臨【こうりん】許すに意有らば,更に長鬚【ちょうしゅ】遣わして 雙鯉【そうり】を改【いた】さしめよ。


現代語訳と訳註
(本文)

先生又遣長鬚來,如此處置非所喜。
況又時當長養節,都邑未可猛政理。
先生固是余所畏,度量不敢窺涯涘。
放縱是誰之過歟?效尤戮仆愧前史。』

買羊沽酒謝不敏,偶逢明月曜桃李。
先生有意許降臨,更遣長須改雙鯉。

(下し文)
先生 又 長鬚を遣わして來たらしむ,此くの如き處置は喜ぶ所に非らず。
況【いわ】んや 又 時 長養【ちょうよう】の節に当たれり、
都邑【とゆう】未だ政理【せいり】を猛【はげ】しゅうすべからず。
先生は固【まこと】に是れ余【わ】が畏れる所なり、度量 敢えて涯涘【がいし】を窺【うたが】わず。
放縦【ほうしょう】なるは是れ誰が過【あやまち】ちぞや、尤【とが】に効【なろ】うて僕を戮【りく】すること前史【ぜんし】に愧【は】ず。

羊を買い 酒を沽【か】って 不敏を謝す,偶【たまたま】明月の桃李【とうり】に曜【かがや】くに逢えり。
先生 降臨【こうりん】許すに意有らば,更に長鬚【ちょうしゅ】遣わして 雙鯉【そうり】を改【いた】さしめよ。

(現代語訳)
先生は又長鬚の下男を使いとしていって来させられた、「このような処置はわたしにとってうれしいことではない。」と。
そうして、「ましていままさに季節は万物の生長する時節である、この街にきびしい政治をするべきときではない。」とおっしゃる。
先生は心から心から感服するお方である、その人格の大きさは、量りようがないはてがないほどのものだ。
勝乎気ままにあばれる不良少年どもが犯す行為はいったい誰の過ちだろうか、「尤【とが】めて効【なら】うは、それ又甚だし。」といった王さまやしもべを殺したときに下のものの責任を負った殿さまを思いむかしの史書「春秋左氏伝」の故事に、はずかしく思うのである。
ときは満月がかがやき、桃李の花がさきみだれる春の真っ盛りです、羊の肉や酒を買ってきております、不行き届きをおわびいたします。(こちらへ、足をお運びいただきたいのです。)
先生もしもわざわざのおこしを御承知くだされば、どうぞもう一度、長鬚の下男に何らかのお知らせをとどけさせて下さいませ。


(訳注)
先生又遣長鬚來,如此處置非所喜。
先生は又長鬚の下男を使いとしていって来させられた、「このような処置はわたしにとってうれしいことではない。」と。
先生又遣長聚来 この一段は、慮仝がまた例の長鍋の下男をよこし、訴えた隣りの不良少年を寛大に取り扱うよう頼んで来たことを述べる。○如此処置非所喜 この句から下三句「都邑未可猛政理」までが、盧仝が下男にいわせて来たことばである。


況又時當長養節,都邑未可猛政理。
そうして、「ましていままさに季節は万物の生長する時節である、この街にきびしい政治をするべきときではない。」とおっしゃる。
 季節。○長養 育て養うこと。成長する時期には養ってやらないといけない。『漢書、五行志中之下』「長養同類」(養す同類を長す)昔の中国では、春と夏は、万物が芽吹き、成長する季節は育ててやることとされ、処刑を行わないことになっていた。○ この詩は、下に「偶逢明月曜桃李」(偶たま明月の桃李に哩くに逢えり)とあるように春であるから、「長養の節」というのである。○都邑 まち。大きなまちを都といい、小さなまちを邑という。○猛政理 猛は、きぴしくする。政理は、政治ということ。唐代では、高宗皇帝(李治)(649―683年在位)の名が治であったので、遠慮して治の字を用いず、代わりに理の字を用いた。


先生固是余所畏,度量不敢窺涯涘。
先生は心から心から感服するお方である、その人格の大きさは、量りようがないはてがないほどのものだ。
固是 心からという気持ちをあらわすことば。ほんとに。○ 心から感服する。○度量 人をうけ入れるはら。人格の大きさ。○不敢窺涯涘 儒者として、涯も涘も、きし。きしべをうかがおうとも思わない、つまり、人格がはてしがなくひろくてうかがえない、ということ。

 
放縱是誰之過歟?效尤戮仆愧前史。』
勝乎気ままにあばれる不良少年どもが犯す行為はいったい誰の過ちだろうか、「尤【とが】めて効【なら】うは、それ又甚だし。」といった王さまやしもべを殺したときに下のものの責任を負った殿さまを思いむかしの史書「春秋左氏伝」の故事に、はずかしく思うのである。
放縦 不良少年たちがすきほうだい勝手気ままなことをするのは。○ 詠嘆をこめた疑問をあらわす助辞。○効尤 人をとがめておきながら、自分為同じようにわるいことをする。『左伝、襄公二十一年』にある話に基づく。欒盈という晋の国の家老が晋の国を追われて、楚の国へ逃げて行く途中、周の王城の西を通ったところ、その近くの人たちに掠奪された。それを王に訴えると、王はいった。「尤【とが】めて効【なら】うは、それ又甚だし。」(とがめながらそのまねをするとは、いっそうひどいことだ。)そういって掠奪したものをかえし、賓客係りの官に送らせ、関所を出してやった。ここは、そのことばの意味よりも自分の部下のした悪事に責任を持った周の霊王(紀元前572―544在位)のはなしに重点が置かれている。○戮僕  僕である御者をころす。これも『左伝、襄公三年』に見えるはなしである。晋の悼公の弟の揚干が曲梁(今の河北省永年県)で陣を乱したので、司令官の魏絳がそのしもべである御者を貴任者として殺した。悼公は大変怒ったが、魏絳が手紙を悼公に送って、道理を説くとともに貴任を取ろうとした。公はそれに感じて、はだしで出て行っていった。「寡人が言は親愛なり。吾子が討は軍礼なり。寡人に弟有り、教訓すること能わずして、大命を干【おか】さしむ。寡人が過ちなり。子【なんじ】寡人が過ちを重ぬること無かれ。敢えて以て請うことを為すと。」つまり、これも、自分の弟のしたあやまちは、おのれの教訓できなかったためだと、自分の過夫にして責任を負ったはなしである。○愧前史 上の二つの「尤に効う」といった周の霊王と「僕を戮した」ときの晋の悼公のように、いずれも部下の責任を自分の過失としたものがたりを掲載する前代の歴史の書物に対し、治下から罪人を出しながら自分の過失と考えなかった自分がはずかしい、ということ。前史は、むかしの歴史の書物、ここでは「春秋左氏伝」をさす。


買羊沽酒謝不敏,偶逢明月曜桃李。
ときは満月がかがやき、桃李の花がさきみだれる春の真っ盛りです、羊の肉や酒を買ってきております、不行き届きをおわびいたします。(こちらへ、足をお運びいただきたいのです。)
買羊聴洒謝不敏 倒句として読む。この四句、自分の不行き届きをわびて招待し、結びとする。○は、羊の肉、酒のさかなである。○は、売るという意にも、買うという意にも、用いられるが、ここは、買うこと。娼屋、高楼で酒を買うのではなく、亀の中に入れているお酒をばら売りしている酒屋が売ることをいう。○は、あやまる・不敏は、ものごとを知らぬこと。ふっつか。おろか。自分を謙遜していうときにいつもつかうことばである。○ 明月と桃李の花が咲き乱れるときがならぶ、そろうことをいう。偶逢で、春の真っ盛り、真只中ということ。○ あかるくかがやく。○挑李  桃とスモモ。花についていう。春旧暦二月にはじめて花がさく。


先生有意許降臨,更遣長須改雙鯉。
先生もしもわざわざのおこしを御承知くだされば、どうぞもう一度、長鬚の下男に何らかのお知らせをとどけさせて下さいませ。
有意 気持ちがある。わざわざ来てくれる。○降臨 こちらにおいでになる。謙遜したいい方である。○双鯉 何らかの知らせ。手紙のこと。『文選巻二十七』無名氏の楽府『飲馬長城窟行』「客從遠方來,遺我雙鯉魚。呼兒烹鯉魚,中有尺素書。」(客逍方より来たり、我れに双鯉魚を迫る。児を呼んで鰹魚を烹るに、中に尺素の書有り。)―旅人が遠くからやって来て、わたしに二匹のこいをくれた。こどもを呼んでこいを料理すると、中にきぬ巻き紙の手紙があった。―とあるのにもとづく。


漢無名氏《飲馬長城窟行》
青青河畔草,綿綿思遠道。遠道不可思,宿昔夢見之。
夢見在我傍,忽覺在他鄉。他鄉各異縣,輾轉不相見。
枯桑知天風,海水知天寒。入門各自媚,誰肯相為言。
客從遠方來,遺我雙鯉魚。呼兒烹鯉魚,中有尺素書。
長跪讀素書,書中竟何如。上言加餐食,下言長相憶。


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