中唐詩-262 落歯#1 四門溥士Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈詩集-27


 801年35歳貞元十八年春、韓愈はようやく吏部の試に合格して、大臣・宰相はあまり望めそうもない職ではあるが、高級官僚の列につらなった。これはたいへんな名誉で、韓愈に与えられたのは四門溥士というものであった。
 唐の政治体制のほとんどは、高級官僚、三品以上の人の子弟は国子学に、四品・五品の子弟は太学に、六品・七品の子弟は四門学に、それ以下の子弟は律学に入ることときまっていた。親の身分により、子弟の入学する学校に影響するわけで、これも六朝から続いた世襲制の名残りであり、博士はそこの教官の官名である。それぞれの学校には教官として博士および助教が各一名ないし三名いるので、韓愈が任官した四門博士というのは、四門学のなかでは高級官僚であってもとてもエリートコースに乗ったというものではない。重要なことは、役職に在るからこそ、作られた詩文に評判が出やすいというものである。頽廃化していく朝廷を儒教の論議により支えたいというのが韓愈であった。

 これらの学校には、学生になっていれば、無条件で科挙の受験資格、が得られ、国子監の学生であるか、地方長官の推薦状をもつことが、受験者としては必要な条件なのである。たてまえの上では前者のほうが本筋とされる。もっとも国立学校での講義は、科挙と無関係ではないものの、特別に受験指導をするわけでもないし、在籍していると受験に有利だということもない清廉な学校である。だから、長安の子弟は、入学しておけば学問的雰囲気のなかで過ごせるということであった。地方在住者がわざわざ上京して入学するということはなかった。国子監は科挙のための予備校であったのなら、賄賂等あり、清廉潔白ということはなかったのである。

 四門博士のような官を「清官」という。清廉潔白な官という意味である。この官職は教養があって学問・文学に熟達していなければ勤まりかねる職なので、これに任ぜられることは名誉であるが、役得というものとは全然ない。清潔なもので世の尊敬はあっても、本人にとっては一文も余分な収入はなく、生活は苦しかったようだ。

 韓愈は四門博士の職を、まじめに勤めたらしい。若い学生を相手にして「古えの道」を説くことは、彼の理想でもあったし、またそれが彼の性格にも最もよく合うものであった。ただ、それでは生計は立てにくい。四門博士に任官してまもない貞元十八年七月、韓愈は工部尚書兼山南東道節度使の于頗という人に手紙を送って、援助を求めている。何がしてほしいのか、必ずしも明瞭には書かれていないが、節度使に手紙を出した以上、援助してやるからおれの部下になれといわれたら、いまさら断わることはできまい。あるいは愈は、四門博士の俸給があまり安いのに音をあげて、節度使の幕僚にもう一度もどってもいいと思っていたのだろう。

 韓愈が、四門博士の職をけっして怠けていたわけではないが、韓愈にとって完全に満足できるポストではなかったということができる。それが反映したのか、このころの韓愈が書いたものの中に、
韓愈『与崔群書』(崔群に与うる書)というのがある。参考までに後半1/4を引用するが全体に自虐的な言葉が見える。生活の苦しさと、仕事に満足感がなかった時期であることが読み取れる。
「仆無以自全活者,從一官於此,轉困窮甚,思自放於伊、潁之上,當亦終得之。近者尤衰憊,左車第二牙,無故搖動脫去;目視昏花,尋常間便不分人顏色;兩鬢半白,頭發五分亦白其一,須亦有一莖兩莖白者。仆家不幸,諸父諸兄皆康強早世,如仆者,又可以圖於久長哉?以此忽忽,思與足下相見,一道其懷。小兒女滿前,能不顧念!足下何由得歸比來?仆不樂江南,官滿便終老嵩下,足下可相就,仆不可去矣。珍重自愛,慎飲食,少思慮,惟此是望。」
自分の老いを必要以上に強調しているところが認められる。自分の兄弟や叔父たちは、みな丈夫であったが若死にした。自分のように今から歯が抜け、目はかすみ、白髪が生えているありさまでは儒者たるもの、痩せ我慢をしたがる韓愈のことだから、寂しいというようなせりふはめったに口にしないが。(韓愈はこのとき三十五歳なのに)、そう長くはもたないだろうとも書いている。
 それは、見た目にもショッキングなできごとであったろう「歯が抜け落ちた」のだ。歯槽膿漏であった。

便宜的に3分割して掲載。

落 歯 #1
去年落一牙、今年落一齒。
去年は牙歯が一本抜け、今年は前歯が一本抜けた。
俄然落六七、落勢殊未已。
ちょっとの間に六本七本とぬけてゆき、歯の抜ける勢いはなかなかやみそうもない。
餘存皆動搖、盡落應始止。
あとに残った歯もみなグラグラして、きっと全部抜け落ちるまではおさまらないらしい。
憶初落一時、但念豁可恥。
最初に一本抜けたときのことを思い出す。あの時はただ歯と歯の間が透いたのを恥ずかしいと思った。
及至落二三、始憂衰即死。
しかしそのあと二・三本と抜けてゆくにつれて、このまま老衰して死ぬのではと心配した。
毎一將落時、懍懍恆在己。』

そして一本抜けそうになるたびに、いつもビクビクした思いにとりつかれた。

叉牙妨食物、顛倒怯漱水。終焉捨我落、意與崩山比。
今來落既熟、見落空相似。餘存二十餘、次第知落矣。
儻常歳落一、自足支両紀。如其落併空、與漸亦同指。』
人言齒之落、壽命理難恃。我言生有涯、長短倶死爾。
人言齒之豁、左右驚諦視。我言荘周云、木鴈各有喜。
語訛黙固好、嚼廢軟還美。因歌遂成詩、持用詫妻子。』


(落歯)
昨年、一牙【いちが】を落ち、今年、一歯【いっし】を落つ。
俄然【がぜん】として六七を落ち、落つる勢い殊に未だ己【や】まず。
余の存するものも皆動揺す、尽く落ちて応に始めて止むべし。
憶う 初め一を落ちし時、但だ念う豁【ひろ】きは恥ず可しと。
二三を落つるに至るに及び、始めて憂う衰えて即ち死なんと。
一つ将に落ちんとする時毎に、懍懍【りんりん】たること恒【つね】に己【おのれ】に在り。』

叉牙として物を食うことを妨げ、顛倒【てんとう】して水に注ぐ漱【くちす】ぐことを怯る。
終焉【しゅうえん】として我を捨てて落つ、意は崩るる山に比す。
今来【きんらい】、落つること既に熟し、落つるを見れば空しく相似たり。
余の存せる二十余りも、次第に落ちんことを知る。
儻【も】し常に歳ごとに一を落つれば、自ら両紀【りょうき】を支うるに足れり。
如し其れ落ちて併【あわ】せて空しくとも、漸【ぜん】なると亦指を同じくせん。』

人は言う「歯の落つるは、寿命も理として恃【たのし】み難し」と。
我は言う「生は涯【かぎ】り有り、長短 倶に死する爾【のみ】」と。
人は言う「歯の割【ひろ】きは、左右 驚きて諦視【ていし】す」と。
我は言う「荘周がいえり、『木雁【ぼくがん】 各々喜び有り』と。
語の訛【あやま】るは黙すること固【もと】より好く、嚼【か】むこと廢【はい】すれば軟かなもの還【また】 美なり。」
因って歌って遂に詩を成し、持して用って妻子に誇る。』



現代語訳と訳註
(本文)落 歯 #1

去年落一牙、今年落一齒。
俄然落六七、落勢殊未已。
餘存皆動搖、盡落應始止。
憶初落一時、但念豁可恥。
及至落二三、始憂衰即死。
毎一將落時、懍懍恆在己。』


(下し文)
叉牙として物を食うことを妨げ、顛倒【てんとう】して水に注ぐ漱【くちす】ぐことを怯る。
終焉【しゅうえん】として我を捨てて落つ、意は崩るる山に比す。
今来【きんらい】、落つること既に熟し、落つるを見れば空しく相似たり。
余の存せる二十余りも、次第に落ちんことを知る。
儻【も】し常に歳ごとに一を落つれば、自ら両紀【りょうき】を支うるに足れり。
如し其れ落ちて併【あわ】せて空しくとも、漸【ぜん】なると亦指を同じくせん。』

(現代語訳)
去年は牙歯が一本抜け、今年は前歯が一本抜けた。
ちょっとの間に六本七本とぬけてゆき、歯の抜ける勢いはなかなかやみそうもない。
あとに残った歯もみなグラグラして、きっと全部抜け落ちるまではおさまらないらしい。
最初に一本抜けたときのことを思い出す。あの時はただ歯と歯の間が透いたのを恥ずかしいと思った。
しかしそのあと二・三本と抜けてゆくにつれて、このまま老衰して死ぬのではと心配した。
そして一本抜けそうになるたびに、いつもビクビクした思いにとりつかれた。



(訳注)落 歯
去年落一牙、今年落一齒。
去年は牙歯が一本抜け、今年は前歯が一本抜けた。


俄然落六七、落勢殊未已。
ちょっとの間に六本七本とぬけてゆき、歯の抜ける勢いはなかなかやみそうもない。
○俄然 にわかに。突然。○落勢 歯が抜けていく勢い。○殊未已 どうしたものか止まりそうにない。


餘存皆動搖、盡落應始止。
あとに残った歯もみなグラグラして、きっと全部抜け落ちるまではおさまらないらしい。


憶初落一時、但念豁可恥。
最初に一本抜けたときのことを思い出す。あの時はただ歯と歯の間が透いたのを恥ずかしいと思った。
 歯と歯の間が透いた


及至落二三、始憂衰即死。
しかしそのあと二・三本と抜けてゆくにつれて、このまま老衰して死ぬのではと心配した。


毎一將落時、懍懍恆在己。』
そして一本抜けそうになるたびに、いつもビクビクした思いにとりつかれた。
懍懍 心の引き締まる形容。おそれおののく。 ○恆在己 常に心に心配事がある。



 このときの韓愈は35歳だから、ずいぶん早くから歯が悪かったわけである。本人は歯がぬけても平気のようなことをいっているが、内心で気にしていたことは疑いがない。それもそのはずで、この年(貞元十九年〈803年)の四月には韓愈の妻の母の苗氏が亡くなり、五月には兄の韓介の子で愈といっしょに育てられた韓老成(十二郎)が死んだ。愈は身辺が索莫として、もの寂しい気持に沈まざるを得ないのである。
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