中唐詩-262 落歯#2 監察御史 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈詩集-27

監察御史
 同じ803年貞元十九年の七月、韓愈は監察御史に転任した。これは御史台に所属するが、御史台とは検察庁に当たる役所で、監察御史というのは、定期的に地方を巡回し、地方官の不正をあばいたり、地方の裁判を再調査して判決を改めたりするのが役目である。身分はさほど高くはないが、四門博士よりは政治の中枢にタッチした職だけに、エリートコースに近づいたということができそうである。
 それにしてもこの転任には、何かの事情がありそうに思われる。監察御史となる前に韓愈は四門博士を辞任し、複散の高官にあてて手紙で就職運動をした末に監察御史となっているのだが、当時の例として、定期異動の場合もいちおう辞表を出し、それが受理されるのとひきかえに新しい官職の辞令をもらうことになっていたので、とりたてて特別視する必要はない。問題は、四門博士の在任期間が足かけ二年という、普通では考えられぬ短期間だったところにある。


落 歯
去年落一牙、今年落一齒。俄然落六七、落勢殊未已。
餘存皆動搖、盡落應始止。憶初落一時、但念豁可恥。
及至落二三、始憂衰即死。毎一將落時、懍懍恆在己。』
#2
叉牙妨食物、顛倒怯漱水。
ちぐはぐでものを食べるのに不自由だし、グラグラしてうがいをするのもビクビクものだった。
終焉捨我落、意與崩山比。
とうとう私を見捨てて抜けてしまったときには、まるで山が崩れ落ちたような気がした。
今來落既熟、見落空相似。
このころはもう抜けることにすっかり慣れっこになって、抜けてもああまたかと思うだけだ。
餘存二十餘、次第知落矣。
後に残った二十余本も、次々に抜けてゆくに違いない。
儻常歳落一、自足支両紀。
だが仮に毎年一本ずつ抜けるとしても、二十余年は十分に持つ勘定だ。
如其落併空、與漸亦同指。』

もしまた万が一、いっぺんに抜けて完全な歯なしになったとしても、少しずつ抜けてゆくのと結局は同じことだ。

人言齒之落、壽命理難恃。我言生有涯、長短倶死爾。
人言齒之豁、左右驚諦視。我言荘周云、木鴈各有喜。
語訛黙固好、嚼廢軟還美。因歌遂成詩、持用詫妻子。』


叉牙として物を食うことを妨げ、顛倒【てんとう】して水に注ぐ漱【くちす】ぐことを怯る。
終焉【しゅうえん】として我を捨てて落つ、意は崩るる山に比す。
今来【きんらい】、落つること既に熟し、落つるを見れば空しく相似たり。
余の存せる二十余りも、次第に落ちんことを知る。
儻【も】し常に歳ごとに一を落つれば、自ら両紀【りょうき】を支うるに足れり。
如し其れ落ちて併【あわ】せて空しくとも、漸【ぜん】なると亦指を同じくせん。』



現代語訳と訳註
(本文) #2
叉牙妨食物、顛倒怯漱水。
終焉捨我落、意與崩山比。
今來落既熟、見落空相似。
餘存二十餘、次第知落矣。
儻常歳落一、自足支両紀。
如其落併空、與漸亦同指。』


(下し文)
叉牙として物を食うことを妨げ、顛倒【てんとう】して水に注ぐ漱【くちす】ぐことを怯る。
終焉【しゅうえん】として我を捨てて落つ、意は崩るる山に比す。
今来【きんらい】、落つること既に熟し、落つるを見れば空しく相似たり。
余の存せる二十余りも、次第に落ちんことを知る。
儻【も】し常に歳ごとに一を落つれば、自ら両紀【りょうき】を支うるに足れり。
如し其れ落ちて併【あわ】せて空しくとも、漸【ぜん】なると亦指を同じくせん。』


(現代語訳)
ちぐはぐでものを食べるのに不自由だし、グラグラしてうがいをするのもビクビクものだった。
とうとう私を見捨てて抜けてしまったときには、まるで山が崩れ落ちたような気がした。
このころはもう抜けることにすっかり慣れっこになって、抜けてもああまたかと思うだけだ。
後に残った二十余本も、次々に抜けてゆくに違いない。
だが仮に毎年一本ずつ抜けるとしても、二十余年は十分に持つ勘定だ。
もしまた万が一、いっぺんに抜けて完全な歯なしになったとしても、少しずつ抜けてゆくのと結局は同じことだ。


(訳注)#2
叉牙妨食物、顛倒怯漱水。
ちぐはぐでものを食べるのに不自由だし、グラグラしてうがいをするのもビクビクものだった。
○妨 さまたげる。○顛倒 さかさまになる。揺れ動く。○ くちをすすぐ。手で揺り動かして汚れを洗う。


終焉捨我落、意與崩山比。
とうとう私を見捨てて抜けてしまったときには、まるで山が崩れ落ちたような気がした。
終焉 その場で身が落ち着くこと。窮まり果てること。臨終。○意與 気持ちを


今來落既熟、見落空相似。
このころはもう抜けることにすっかり慣れっこになって、抜けてもああまたかと思うだけだ。
今來 このころ○ 物事を、静かに深く考えたり、注意深く観察したりするさま。○空相似 空しく相い似たり


餘存二十餘、次第知落矣。
後に残った二十余本も、次々に抜けてゆくに違いない。


儻常歳落一、自足支両紀。
だが仮に毎年一本ずつ抜けるとしても、二十余年は十分に持つ勘定だ。
儻常 だが仮に。○両紀 二十余年。紀は歳星のひとまわり。十二年の倍二十四年。


如其落併空、與漸亦同指。』
もしまた万が一、いっぺんに抜けて完全な歯なしになったとしても、少しずつ抜けてゆくのと結局は同じことだ。
如其 もしまた万が一。○落併空 いっぺんに完全抜けて○與漸 おもむろに少しずつ。○亦同指 結局は同じことだ。


 その事情は、さまざまに推測することはできるが、いずれにしても推測の域を出ない。四門博士も後輩を指導する職で、韓愈の日ごろの理想に合致したものではあったが、こわもてのする監察御史も、韓愈にふさわしい官職であったといえよう。
 これで監察御史として平穏に勤務していれば何でもなかったのだが、どうやら官僚としての出世街道に出たと思った矢先に、わずか2カ月で重大事件が発生した。彼は流罪という処分を受けてしまったのである。