答張十一功曹 韓愈-<29>

この803年の事件(通説では7月観察御史に任ぜられ、間もなく京兆尹李実を弾劾したが、逆にわずか2カ月で流罪となったものである。この弾劾自体は個人攻撃というものでなく、不作・凶作期の徴税方法について見識を示したものである)で3人流罪にとき流された張署という人があった。これは都に近い武功の尉から監察御史となっていたが、やはり流罪の処分を受けて臨武に流されることとなった。ほかにも一人が別の土地へ流されており、同時に監察御史が三人も流罪となったのだから、何かあったことは確実である。ただ、歴史的事実で不明な点が多い場合の原因は宦官が関係していることが多い。この段階になって、宦官勢力は、軍隊の中枢にまで触角をひろげていた。(ただ、翌年には流罪は説かれている)

 湖南省を南から北へと流れて縦断する湘江をかなり源流に近くなったあたりに臨武があり、そこから山越えをして、陽山に行き着く。二つの町のあいだは、直線距離にすればたいしたことはないが、五嶺山脈によって、互いに隔絶されている。配所へ行くのに、韓愈と張署とは別々にずらされてが赴任したのだが、先に臨武に到着してい張署と詩を交換したのである。


答張十一功曹
山淨江空水見沙,哀猿啼處兩三家。
(湘江の最上流部にきたようだ)山はきよらかであかるい、江川にはまったく人影もない、水は少ないので川砂の堆積がある。ここでも悲しげに猿が啼くあたりに、二、三軒の家が見えている。
篔簹競長纖纖笋,躑跼閑開豔豔花。
この地方特産の篔簹の竹はあちこちにわれがちに細い筍をのばしている、つつじは静かに美しい花を咲かせている。
未報恩波知死所,莫令炎瘴送生涯。
いまだに天子のご恩にまだ報いていないので、死に場所は心得ていてここでは死ねない。瘴癘の地に特有の暑さと瘴病の毒気のなかで、一生を終わらせてはならないのだ。
吟君詩罷看雙鬓,鬥覺霜毛一半加。

君から送ってきた詩を吟じ終えてわが両の鬢を見れば、白髪が半ばまで数を一気に増したのに気づくのである。

(張十一功菅に答う)
山浄く江空しくして水は沙を見【あら】わす、哀猿【あいえん】啼く処 両三家。
篔簹【いんとう】競いて長ず纖纖【せんせん】たる笋【たけのこ】、躑躅【てきしょく】閑かに開く豔豔【えんえん】たる花。
未だ恩波【おんは】を報ぜず死所を知る、炎瘴をして生涯を送らしむること莫かれ。
君が詩を吟じ罷【お】わりて双鬢【そうびん】を看れば、斗【たちま】ち覚ゆ霜毛の一半加わるを。

韓愈の地図01

現代語訳と訳註
(本文)
答張十一功曹
山淨江空水見沙,哀猿啼處兩三家。
篔簹競長纖纖笋,躑跼閑開豔豔花。
未報恩波知死所,莫令炎瘴送生涯。
吟君詩罷看雙鬓,鬥覺霜毛一半加。


(下し文) (張十一功菅に答う)
山浄く江空しくして水は沙を見【あら】わす、哀猿【あいえん】啼く処 両三家。
篔簹【いんとう】競いて長ず纖纖【せんせん】たる笋【たけのこ】、躑躅【てきしょく】閑かに開く豔豔【えんえん】たる花。
未だ恩波【おんは】を報ぜず死所を知る、炎瘴をして生涯を送らしむること莫かれ。
君が詩を吟じ罷【お】わりて双鬢【そうびん】を看れば、斗【たちま】ち覚ゆ霜毛の一半加わるを。


(現代語訳)
(湘江の最上流部にきたようだ)山はきよらかであかるい、江川にはまったく人影もない、水は少ないので川砂の堆積がある。ここでも悲しげに猿が啼くあたりに、二、三軒の家が見えている。
この地方特産の篔簹の竹はあちこちにわれがちに細い筍をのばしている、つつじは静かに美しい花を咲かせている。
いまだに天子のご恩にまだ報いていないので、死に場所は心得ていてここでは死ねない。瘴癘の地に特有の暑さと瘴病の毒気のなかで、一生を終わらせてはならないのだ。
君から送ってきた詩を吟じ終えてわが両の鬢を見れば、白髪が半ばまで数を一気に増したのに気づくのである。

韓愈の地図03

(訳注)
山淨江空水見沙,哀猿啼處兩三家。

(湘江の最上流部にきたようだ)山はきよらかであかるい、江川にはまったく人影もない、水は少ないので川砂の堆積がある。ここでも悲しげに猿が啼くあたりに、二、三軒の家が見えている。
山淨 山は汚れていない。きよい、澄んでいる,清くあかるい。○江空 川には人影もなく。○水見沙 水は少なくて川砂が現われている。


篔簹競長纖纖笋,躑躅閑開豔豔花。
この地方特産の篔簹の竹はあちこちにわれがちに細い筍をのばしている、つつじは静かに美しい花を咲かせている。
篔簹 竹の名前。偃竹。蘇軾「篔簹谷偃竹記」から。(竹の絵を描くとき、胸中にその構図を描いたのち始める意から)前もって立てている計画。十分な見通しということに使っている。○躑躅 つつじ。あしをとめる。またたたずむこと。ゆきつもどりつする。通常「躑跼」をつかう。○閑開 しずかにひらく。○豔豔花 つややかな花。あでやかな花。つつじのはな。華。


未報恩波知死所,莫令炎瘴送生涯。
いまだに天子のご恩にまだ報いていないので、死に場所は心得ていてここでは死ねない。瘴癘の地に特有の暑さと瘴病の毒気のなかで、一生を終わらせてはならないのだ。
炎瘴 瘴癘の地 湿熱の気候風土によって起こる熱病や皮膚病。


吟君詩罷看雙鬓,鬥覺霜毛一半加。
君から送ってきた詩を吟じ終えてわが両の鬢を見れば、白髪が半ばまで数を一気に増したのに気づくのである。
霜毛一半加 白髪が半ばまで数を増した。韓愈数えの37歳である。中国において、若白髪は、自分の思いとは違った行動をとる場合の情況を白髪に喩える常套句である。韓愈は、35歳で歯が落ち始め、37歳で白髪頭になったということではない。詩的表現と見る。ただし、歯については、残り20本と具体的に示しているので詩的表現ではなかろう。


●張十一功曹」とは、前に名をあげた張署のことである。この詩は臨武に流された張署から愈のもとに送られてきた詩に答えたもので、署の詩も現在残っている。●署にこんな所で死ぬなといっているのは、愈自身のここでは死なないぞという決意を表わしたものである。●この詩は張署が先に配所に着いていて、あとから臨武を通りかかった韓愈に、面会は許されないので、詩を贈答して友情を確かめあった。韓愈が陽山に着いたのは804貞元二十年の2月であった。