中唐詩-268 縣齋有懐 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-29 #2


縣齋有懐 #1
少小筒奇偉、平生足悲咤。猶嫌子夏儒、肯学樊遅稼。
事業窺皋稷、文章蔑曹謝。濯纓起江湖、綴珮雑蘭麝。
悠悠指長道、去去策高駕。
#2
誰爲傾国媒、自許連城價。
昔、漢の李延年は有名な歌手であったが、自分の妹が美人だったのを、武帝に売りこもうとして、帝の前で傾国傾城の美人がいるとうたったところから、彼女が武帝の寵愛を受けるいとぐちができたのだが、私にはそのようになかだちとなってくれる人もなかった。
初随計吏貢、屡入澤宮射。
しかしやはり昔、趙王がもっていた宝玉は秦の昭王が十五城と交換しょうと申し入れたほどの名宝で、「連城の壁」と呼ばれたが、自分ではそのような貴重な才能をもっていると自任していた。
雖免十上勞、何能一戰覇。
そこで最初は会計簿を朝廷にたてまつる役人に引率されて上京し、何度も科挙を受験した。
人情忌殊異、世路多權詐。
戦国時代の蘇秦は秦の恵王に意見書を十回ささげたが、全部握りつぶされてしまったという。私はそんなことをする手間は省けたが、一戦して覇者となり得ることなど、できるはずがない。
蹉跎顔逐低、嶊折氣愈下。

人情の常として自分と違っていると嫌うものだし、世間の道にはいろいろとからくりが多いものだ。
落第をくりかえすうちに自然とうつむきがちになり、挫折して意気はますます低くなる。

#3
冶長信非罪、侯生或遭罵。懐書出皇都、銜涙渡清㶚。
身將老寂寞、志欲死閑暇。朝食不盈腸、冬衣纔掩髁。
軍書既頻召、戎馬乃連跨。
#4
大梁従相公、彭城赴僕射。弓箭圍狐免、絲竹羅酒炙。
兩府變荒涼、三年就休暇。求官去東洛、犯雪過西華。
塵挨紫陌春、風雨霊臺夜。
#5
名聾荷朋友、援引乏姻婭。雖陪彤庭臣、詎縦靑冥靶。
寒空聳危闕、暁色曜脩架。捐躯辰在丁、鎩翮時方碏。
投荒誠職分、領邑幸寛赦。
#6
湖波翻日車、嶺石坼天罅。毒霧恆薫晝、炎風毎焼夏。
雷威固己加、颶勢仍相借。氣象杳難測、聾音呼可怕。
夷言聴未慣、越俗循猶乍。
#7
指摘兩憎嫌、睢肝互猜訝。秖縁恩未報、豈謂生足藉。
嗣皇新繼明、率土日流化。惟思滌瑕垢、長去事桑柘。
斵嵩開雲扃、厭穎抗風榭。
#8
禾麥種満地、梨棗栽繞舎。兒童稍長成、雀鼠得騙嚇。
官租日輪納、村酒時邀迓。閑愛老兵愚、歸弄小女奼。
如今便可爾、何用畢婚嫁。


現代語訳と訳註
(本文)

誰爲傾国媒、自許連城價。
初随計吏貢、屡入澤宮射。
雖免十上勞、何能一戰覇。
人情忌殊異、世路多權詐。
蹉跎顔逐低、嶊折氣愈下。


(下し文)
誰か傾国の媒【なかだち】と為らん、自ら許す 連城の価【あたい】。
初め計吏に随【したが】いて貢せられ、屢々沢宮【たくきゅう】に入りて射る。
十上【じゅうじょう】の労を免【まぬが】ると雖も、何ぞ能く一戦して覇たらん。
人情 殊異【しゅい】を忌【い】み、世路 権詐【けんさ】多し
蹉跎【さた】として顔遂に低【た】れ、嶊折【さいせつ】して気愈々下る。


(現代語訳)
昔、漢の李延年は有名な歌手であったが、自分の妹が美人だったのを、武帝に売りこもうとして、帝の前で傾国傾城の美人がいるとうたったところから、彼女が武帝の寵愛を受けるいとぐちができたのだが、私にはそのようになかだちとなってくれる人もなかった。
しかしやはり昔、趙王がもっていた宝玉は秦の昭王が十五城と交換しょうと申し入れたほどの名宝で、「連城の壁」と呼ばれたが、自分ではそのような貴重な才能をもっていると自任していた。
そこで最初は会計簿を朝廷にたてまつる役人に引率されて上京し、何度も科挙を受験した。
戦国時代の蘇秦は秦の恵王に意見書を十回ささげたが、全部握りつぶされてしまったという。私はそんなことをする手間は省けたが、一戦して覇者となり得ることなど、できるはずがない。
人情の常として自分と違っていると嫌うものだし、世間の道にはいろいろとからくりが多いものだ。
落第をくりかえすうちに自然とうつむきがちになり、挫折して意気はますます低くなる。


(訳注)
誰爲傾国媒、自許連城價。

誰か傾国の媒【なかだち】と為らん、自ら許す 連城の価【あたい】。
昔、漢の李延年は有名な歌手であったが、自分の妹が美人だったのを、武帝に売りこもうとして、帝の前で傾国傾城の美人がいるとうたったところから、彼女が武帝の寵愛を受けるいとぐちができたのだが、私にはそのようになかだちとなってくれる人もなかった。
しかしやはり昔、趙王がもっていた宝玉は秦の昭王が十五城と交換しょうと申し入れたほどの名宝で、「連城の壁」と呼ばれたが、自分ではそのような貴重な才能をもっていると自任していた。
傾国 李延年『絶世傾国の歌』「北方有佳人、絶世而獨立。一顧傾人城、再顧傾人國。寧不知傾城與傾國、佳人難再得。」(北方に佳人有り、絶世にして獨立す。一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の國を傾く。寧んぞ傾城と傾國とを知らざらんや、佳人は再びは得がたし。)連城の璧とは? 〔史記(藺相如伝)〕中国の戦国時代、秦の昭王が一五の城と交換しようといった、趙(ちよう)の恵文王所有の有名な宝玉のこと。転じて、無上の宝の意。


初随計吏貢、屡入澤宮射。
初め計吏に随【したが】いて貢せられ、屢々沢宮【たくきゅう】に入りて射る。
そこで最初は会計簿を朝廷にたてまつる役人に引率されて上京し、何度も科挙を受験した。
計吏貢 会計簿を朝廷にたてまつる役人。○澤宮 めぐみを施す宮殿。周代の宮殿の名前。榭を習わし、士を選んだ場所をいう。『周禮、夏官、司弓矢』「」澤共射椹質之弓矢。」(澤は椹質を射るこの弓矢を共す)。
射は科挙試験を射止めるという意味。


雖免十上勞、何能一戰覇。
十上【じゅうじょう】の労を免【まぬが】ると雖も、何ぞ能く一戦して覇たらん。
戦国時代の蘇秦は秦の恵王に意見書を十回ささげたが、全部握りつぶされてしまったという。私はそんなことをする手間は省けたが、一戦して覇者となり得ることなど、できるはずがない。
十上勞 上奏文十回の、戦国時代の蘇秦最初に周の顕王に近づこうとしたが、蘇秦の経歴を知る王の側近らに信用されず、失敗した。次に秦に向かい、恵文王に進言したが、受け入れられなかった。当時の秦は商鞅が死刑になった直後で、弁舌の士を敬遠していた時期のためである。その後は燕の文公に進言して趙との同盟を成立させ、更に韓・魏・斉・楚の王を説いて回り、戦国七雄のうち秦を除いた六国の間に同盟を成立させ、六国の宰相を兼任した。この時、韓の宣恵王を説いた際に、後に故事成語として知られる「鶏口となるも牛後となることなかれ」という言辞を述べた。何能一戰覇。


人情忌殊異、世路多權詐。
人情 殊異【しゅい】を忌【い】み、世路 権詐【けんさ】多し。
人情の常として自分と違っていると嫌うものだし、世間の道にはいろいろとからくりが多いものだ。


蹉跎顔逐低、嶊折氣愈下。
蹉跎【さた】として顔遂に低【た】れ、嶊折【さいせつ】して気愈々下る。
落第をくりかえすうちに自然とうつむきがちになり、挫折して意気はますます低くなる。

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