中唐詩-270 縣齋有懐 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-29 #4

縣齋有懐 #1
少小筒奇偉、平生足悲咤。
猶嫌子夏儒、肯学樊遅稼。
事業窺皋稷、文章蔑曹謝。
濯纓起江湖、綴珮雑蘭麝。
悠悠指長道、去去策高駕。
(県斉にて懐い有り)
少小より奇偉を尚【たっと】ぶ、平生 悲咤【ひた】するに足る。
猶子夏の儒【じゅ】を嫌う、肯て 樊遅【はんち】の稼【か】を学はんや。
事業 皋稷【こうしょく】を窺【うかが】い、文章 曹謝を蔑【なみ】す。
纓【えい】を濯【すす】いで江湖より起ち、珮【はい】を綴るに蘭麝【らんじゃ】を雑【まじ】う。
悠悠として長道を指し、去【ゆ】き去【ゆ】きて高駕に策【むちう】つ。

#2
誰爲傾国媒、自許連城價。
初随計吏貢、屡入澤宮射。
雖免十上勞、何能一戰覇。
人情忌殊異、世路多權詐。
蹉跎顔逐低、嶊折氣愈下。

誰か傾国の媒【なかだち】と為らん、自ら許す 連城の価【あたい】。
初め計吏に随【したが】いて貢せられ、屢々沢宮【たくきゅう】に入りて射る。
十上【じゅうじょう】の労を免【まぬが】ると雖も、何ぞ能く一戦して覇たらん。
人情 殊異【しゅい】を忌【い】み、世路 権詐【けんさ】多し
蹉跎【さた】として顔遂に低【た】れ、嶊折【さいせつ】して気愈々下る。

#3
冶長信非罪、侯生或遭罵。
懐書出皇都、銜涙渡清㶚。
身將老寂寞、志欲死閑暇。
朝食不盈腸、冬衣纔掩髁。
軍書既頻召、戎馬乃連跨。

冶長【やちょう】 信【まこと】に罪に非ず、侯生【こうせい】 或いは罵【ののし】らるるに遭う。
書を懐【いだ】いて皇都を出【い】で、涙を銜んで清㶚【せいは】を渡る。
身は将に寂寞【せきばく】に老いんとし、志は閑暇【かんか】に死なんと欲す。
朝食 腸に盈【み】たず、冬衣 纔【わず】かに䯊【か】を掩【おお】うのみ。
軍書 既に頻【しき】りに召し、戎馬【じゅうば】 乃【すなわ】ち連【しき】りに跨【また】がる。
#4
大梁従相公、彭城赴僕射。

汴州では董晋相公に従い、徐州では張僕射の招きに応じたのだった。
弓箭圍狐兔、絲竹羅酒炙。
そして弓矢を手にして狐や兔の巻狩をし、音楽が興を添える宴会には酒や肉をならべたものだった。
兩府變荒涼、三年就休暇。
しかし、どちらの幕府も主が死んで反乱がおこり寂しいものに変わり、私は三年間お勤めしたがお暇をいただく身の上、浪人となった。
求官去東洛、犯雪過西華。
官を求めて東洛に去り、雪を犯して西華に過る。さて官職を求めて東の都の洛陽へ行き、雪のなかで西岳の華山を越えるような難儀な旅もした。
塵挨紫陌春、風雨霊臺夜。
そして長安の春では都大路に舞い立つほこりのなかを歩き、霊台(陳西省都県にある)では風雨の一夜を過ごした。

大梁にて相公【しょうこう】に従い、彭城【ほうじょう】にて僕射【ぼくや】に赴く。
弓箭【きゅうせん】 狐兔【こと】を囲み、糸竹 酒灸【しゅしゃ】を羅【つら】ぬ。
両府 変じて荒涼たり、三年 休暇に就く。
官を求めて東洛に去り、雪を犯して西華に過る。
塵挨【じんあい】 紫陌【しはく】の春、風雨 霊台の夜。 

韓愈の地図03

現代語訳と訳註
(本文)

大梁従相公、彭城赴僕射。
弓箭圍狐兔、絲竹羅酒炙。
兩府變荒涼、三年就休暇。
求官去東洛、犯雪過西華。
塵挨紫陌春、風雨霊臺夜。

(下し文)
大梁にて相公【しょうこう】に従い、彭城【ほうじょう】にて僕射【ぼくや】に赴く。
弓箭【きゅうせん】 狐兔【こと】を囲み、糸竹 酒灸【しゅしゃ】を羅【つら】ぬ。
両府 変じて荒涼たり、三年 休暇に就く。
官を求めて東洛に去り、雪を犯して西華に過る。
塵挨【じんあい】 紫陌【しはく】の春、風雨 霊台の夜。 

(現代語訳)
汴州では董晋相公に従い、徐州では張僕射の招きに応じたのだった。
そして弓矢を手にして狐や兔の巻狩をし、音楽が興を添える宴会には酒や肉をならべたものだった。
しかし、どちらの幕府も主が死んで反乱がおこり寂しいものに変わり、私は三年間お勤めしたがお暇をいただく身の上、浪人となった。
官を求めて東洛に去り、雪を犯して西華に過る。さて官職を求めて東の都の洛陽へ行き、雪のなかで西岳の華山を越えるような難儀な旅もした。
そして長安の春では都大路に舞い立つほこりのなかを歩き、霊台(陳西省都県にある)では風雨の一夜を過ごした。


(訳注)
大梁従相公、彭城赴僕射。
大梁にて相公【しょうこう】に従い、彭城【ほうじょう】にて僕射【ぼくや】に赴く。
汴州では董晋相公に従い、徐州では張僕射の招きに応じたのだった。
○大梁 796年貞元十二年六月、汁州(河南省開封市)に本拠を置く宣武軍節度使の幕府の董晋は温厚な人物で、万事に寛宏であった。何軍事はいっさい部惟恭にまかせると発言し宜武軍は混乱から立ち直った。この董晋の幕下に、韓愈は招かれて入った。○相公 宣武軍節度使の幕府の董晋のこと。○彭城 徐州(彭城)へ帰ったのは、880年貞元十六年二月であった。その時作ったのが五言古詩「歸彭城」(彭城に帰る)詩を作っている。○僕射 中国の官名。戦国時代には各政府 、僕射という名称は尚書令の次官である尚書僕射にしか使われなくなる。 隋・唐・五代・宋・金・遼では、皇帝が尚書令に就任したため、尚書僕射が尚書省の実質的長官になる。


弓箭圍狐兔、絲竹羅酒炙。
弓箭【きゅうせん】 狐兔【こと】を囲み、糸竹 酒灸【しゅしゃ】を羅【つら】ぬ。
そして弓矢を手にして狐や兔の巻狩をし、音楽が興を添える宴会には酒や肉をならべたものだった。
○弓箭 弓と矢。弓矢。 2 弓矢を取る身。武士。○狐兔 きつね、うさぎ。○絲竹 絲は弦楽器。竹、笛の楽器。○羅酒炙 宴会に酒や肉をならべたもの。


兩府變荒涼、三年就休暇。
両府 変じて荒涼たり、三年 休暇に就く。
しかし、どちらの幕府も主が死んで反乱がおこり寂しいものに変わり、私は三年間お勤めしたがお暇をいただく身の上、浪人となった。
○兩府 宣武軍節度使の董晋の幕府と死んだ後の幕府。○荒涼 叛乱があり統治が乱れた。○三年 798―800年官を退く。足かけ三年。中国では経過年では表現しない。○休暇 お暇をいただく身の上となった(浪人となった)


求官去東洛、犯雪過西華。
官を求めて東洛に去り、雪を犯して西華に過る。
さて官職を求めて東の都の洛陽へ行き、雪のなかで西岳の華山を越えるような難儀な旅もした。
○求官 官を求める。○東洛 東の都の洛陽○犯雪  ○西華 中国陝西省華陰市にある険しい山。道教の修道院があり、中国五名山の一つで、西岳。


塵挨紫陌春、風雨霊臺夜。
塵挨【じんあい】 紫陌【しはく】の春、風雨 霊台の夜。 
そして長安の春では都大路に舞い立つほこりのなかを歩き、霊台(陳西省都県にある)では風雨の一夜を過ごした。
○塵挨 世俗、世間。舞い立つほこり。○紫陌春 長安の東西の大道の裴景色。○風雨 春の長雨。○霊臺夜 汴州で反乱がおこり、陳西省都県の霊台で足止めをされた。

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