中唐詩-279 八月十五夜贈張功曹 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-34
(八月十五夜張功曹に贈る)

八月十五夜贈張功曹
仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。
纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
細い筋のような雲が四方の空に巻き、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月影は波の上にひろがりうつしている。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
川岸の砂は平らに流れの音もやみ、物音も物の姿も絶えたとき、一杯の酒を君に勧めたら、君は歌を歌ってくれ。
君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
君の歌はむせぶ様な痛ましいし調べと歌詞も哀しく、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。
1
私は九死に一生を得て転任先、配所の郴州に着いたが、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんでいるばかりで、まるで逃げ隠れしているようだった。

下牀畏蛇食畏藥,海氣濕蟄熏腥臊。
昨者州前捶大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。
赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。
遷者追回流者還,滌瑕盪垢清朝班。
州家申名使家抑,坎軻隻得移荆蠻。―2

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3
  

江陵は現在の武漢市より少し西の長江沿いにあって、この地方では大都会にちがいないが、やはり都を遠く離れた蛮夷の地である。法曹参軍というのは府の司法関係の事務を扱う役人で、官僚にはちがいないが、最末端に属する低い地位である。つまり愈は、流罪は解かれたわけだが、都へ帰ることは許されず、低い地位の地方官として田舎町に勤務しなければならなくなったのである。愈はこの命令に不満だったらしいが、いったん命令が出された以上、ありがたくお受けしないわけにはいかない。まして彼はもう罪人ではなく、身分が低いとはいえ地方官の一人なのである。今までの陽山県令の肩書は流罪に際して形式的に授けられたもので、法曹参軍は県令よりも地位が低いとはいうものの、勤務地が格段に都から近くなったのだし、罪人の扱いはもはや受けないのだから、これで満足としなければならぬのであった。


(八月十五夜張功曹に贈る)#1
繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。
沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。
君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。
洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。
十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。
#2
牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。
昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。
赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。
遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。
州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。
#3
判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。
同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。
君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。
一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

韓愈の地図03


現代語訳と訳註
(本文)

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。

(下し文)(八月十五夜張功曹に贈る)#1
繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。
沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。
君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。
洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。
十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。

(現代語訳)
仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。
細い筋のような雲が四方の空に巻き、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月影は波の上にひろがりうつしている。
川岸の砂は平らに流れの音もやみ、物音も物の姿も絶えたとき、一杯の酒を君に勧めたら、君は歌を歌ってくれ。
君の歌はむせぶ様な痛ましいし調べと歌詞も哀しく、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる。
洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。
私は九死に一生を得て転任先、配所の郴州に着いたが、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんでいるばかりで、まるで逃げ隠れしているようだった。


(訳注)
八月十五夜贈張功曹

仲秋の夜、江陵功曹参軍事に新たに任じられた張署君に贈る。
「張功曹」は803年暮、3人流罪にされたうちの張署である。中唐詩-266 答張十一功曹 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-29正式には功曹参軍事という。人事を担当する職で、愈が任ぜられた法曹参軍とは同格であり、府庁の最末端に属する官僚である。
これら参軍の職をひっくるめて判司と呼び、罪があれば鞭や杖で叩かれるお仕置きを受ける。高級官庶の場合は身分を重んじて、流罪とか左遷、革職(官職剥奪)、あるいは自殺を賜わるなどの処罰はあるのだが、叩かれることはない。判司はいちおう高級官原の末席には連なるのだが、扱いは高級職と下級職との中間にあるのであった。張署は愈と同時に臨武県へ流されたのだが、臨武県は彬州に属する。やはり郴州で命令を待つうち、これも江陵府の、功曹参軍に任ずるという辞令を受けたのであろう。そして出発の日を待つうち、たまたま中秋の名月の日が来て、張署が愈の宿を訪れ、酒を酌みかわしたところから、この詩が作られた。良くわからない罪で流罪となっている韓愈には次の赴任地がなかなか命が出ないのである。急進改革派、宦官筋からの裏工作によるものなのであろう。

纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
細い筋のような雲が四方の空に巻き、天には天の川も見えず、すがすがしい風が空を吹きわたって、月影は波の上にひろがりうつしている。
纖雲 細い糸の雲。筋雲。○四卷 糸巻きのように四方の空を巻く。


沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
川岸の砂は平らに流れの音もやみ、物音も物の姿も絶えたとき、一杯の酒を君に勧めたら、君は歌を歌ってくれ。

君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
君の歌はむせぶ様な痛ましいし調べと歌詞も哀しく、終わりまで聴いていることができずに涙が雨のように落ちる
聲酸 辛い、痛ましい、むせぶ様な調べ。


洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
洞庭湖は天に続くかと思われるほどにひろがり、九疑の山は高く、湖水のなかに蛟龍が出没し、山中では猩々【しょうじょう】や鼯鼠【むささび】が鳴く。
九疑 九疑山 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。


十生九死到官所,幽居默默如藏逃。―1
私は九死に一生を得て転任先、配所の郴州に着いたが、ひっそりした生活しかできなくて毎日黙りこんでいるばかりで、まるで逃げ隠れしているようだった。